いずく1/2 その24(期末試験編プロローグ)
――雄英高校 運動場γ
職場体験後の初のヒーロー基礎学。
久しぶりということで、遊びの要素を含めた救助訓練レースが今回の授業内容だ。
複雑に入り組んだ迷路のような細道が続く密集工業地帯を模した運動場γで、5人のうち誰が一番最初にオールマイトの下へたどり着けるかというレース。
その最初の組は出久、尾白、飯田、芦戸、瀬呂というクラスでも機動力のあるメンバーがそろっていた。
誰がトップをとってもおかしくないこの状況。そこで出久は新たな力を見せつけることになった。
「ちょーっと、今回俺にうってつけ過ぎ……」
肘からテープを射出・巻き取り、空中へ踊り出でる瀬呂。
迷路のような道は、馬鹿正直に道を走るよりもその上を通っていくことが定石。
その点から言えば、対空性能の高い瀬呂は有利だ。本人も得意げに声を上げるが、その表情はすぐに驚きに彩られた。
「る……って、うおおお!?」
建物の上に飛び上がった瀬呂の顔に影が差す。
彼よりも上空を軽々と跳びあがるのは、頭から尾の先まで真っ白な巨大な狐だった。
その巨体に風圧をまとって猛スピードで駆け抜けていく巨大白狐を呆然と見送った後に、瀬呂は思わず叫ぶ。
「緑谷!? いきなり本気モードかよ!」
リスクのある巨大狐化をいきなり使ったことに驚きを隠せない。
それは彼だけでなく、同じくレースの最中のクラスメイトやモニター越しに様子を見ていたクラスメイトも一様に驚いていた。
だが、岡目八目という言葉もあるように、モニターを見ていた麗日が違和感に気が付いた。
「あれ? いつもなら尻尾が9本なのに、1本しかなくない?」
「あら、本当ですわ。大きさもいつもより少し小さいような?」
麗日の言葉に続けて八百万がいつもの姿との違いを発見する。
二人が意見を出したことで冷静になれたからか、他の人も違和感に気が付いたようだ。
というか――
「あの白い狐の上に乗っているのは緑谷ちゃんじゃないかしら?」
蛙吹が指をさして言う。
お狐ライダー緑谷ちゃん……と。
「フィニーッシュ!」
巨大白狐の機動力で1位を獲得した出久はオールマイトから『たすけてくれてありがとう』と書かれたタスキをかけられて嬉しそうにしていた。
オールマイトも出久の成長を喜んでおり、称賛の言葉を投げかける。
「おめでとう、緑谷少年。個性の使用の幅が広がったな!」
「はい! 僕の個性は強力ですが、いろいろとリスクがあるので」
いつまでも個性の反動で動けなくなったり戦えなくなったりしていてはいけないと多くの工夫を重ねた結果だという。
今回の職場体験に臨むにあたって身に着けた『自立型上級式神』の能力は強力な分、使用限界・キャパシティがあり、限界を超えると出久にすぐにフィードバックされて意識を失い行動不能となるデメリットがあった。
その点を改善するために出久が考え出したのが『能力特化型』式神だ。
一つの式神に多くの能力を付与するから負担が大きくなると気が付いた出久は、一体の式神ですべてを行うよりも用途に合わせて式神を運用するほうが良いと思いつく。
そして、その結果の一つが今回の巨大白狐であった。
名前も付けており、正式名称は『白叡』。通称『シロちゃん』である。
高火力・高機動を兼ね備えた出久の切り札である“巨大狐化”を、少々のパワーダウンしているとはいえ、低コストで運用できるのは強いメリットだ。
そして何よりのメリットは――
「オールマイト、この能力なら男のままで使えるんですよ! すごいです!!」
「そ、そうだね! 成長したね!」
感極まったように言う出久に、若干引き気味のオールマイト。
まぁ、力を使うたびに女の子になっちゃうふざけた個性なのだ。それが男のままで使えるというのは本人にとって重要なことなのだろう。
主に男の子のプライド的な意味で。
授業が終わり、コスチュームから学生服に着替えるため更衣室に集まるA組男子生徒。
その中に出久も混じっていた。
『なんか、男子更衣室を使うのって新鮮だな』
『主様は別の場所で着替えておったからの』
コスチュームの上を脱いでいるところで、感傷に浸る出久。
いままでは個性の副作用で女体化してしまい、男子更衣室が使えなかったのだ。
身体は女でも精神はれっきとした男子高校生の出久は、一人で空き教室での着替えを余儀なくされていた。
この度、女体化の副作用を一部克服したことで、皆と一緒に着替えることができたわけである。
この感動、理解できるだろうか?
――――理解出来たら変人である。
「おい、緑谷!! やべェことが発覚した!! こっちゃ来い!」
「ん?」
一人静かに感動していたところへ、峰田が興奮した様子で声をかけてきた。
振り返ってみれば、剥がれかけのポスターを指している。
「見ろよ、この穴。ショーシャンク! 恐らく諸先輩方が頑張ったんだろう!!」
女子更衣室へののぞき穴を発見し、覗き行為をしようと言う峰田。
いつも通りの通常運転だが、出久はやれやれと止めに入る。
女子として生活した経験もある以上、見逃すことなどできなかった。
「やめようよ、峰田君。きっと後悔するよ?」
「うるせえ! オイラのリトルミネタは誰にも止められねえんだよォオオ!」
出久の咎めるような視線を睨み返し、すぐさまのぞき穴に目を近づける峰田。
覗き込んで見えたものは、例えるならバラの園のような――――
腰を振る独特なダンスを踊る坊主頭の三人組のオカマ。
ハイレグ姿のモヒカン頭で、股のところからVの字を描くように上下に腕を動かすオカマ。
バレリーナ姿の二人組のオカマ。
そのほかいろいろとカオスな風景が映りこんでいた。
「なんじゃ、こりゃあー!!」
あまりの光景に泡を吹いて倒れる峰田。
もちろん、出久の幻術である。
こうして峰田の野望はもろくも崩れ去ったのだ。
良いことをしたなー。と、振り返ってみれば、何故か鼻を押さえていたり、前かがみになっている男子メンバーたち。
「ど、どうしたの、みんな?」
「どうしたって、緑谷。おまえ気が付いてねえのかよ?」
「バカバカバカ! 言うなよ。気まずくなるだろ!」
何があったのかと尋ねる出久に、切島が気が付いてないことにツッコむ。そして、そのことを伝えようとするのを上鳴が止めた。
周りを見ても視線を逸らされ、口を噤む皆に出久は首を傾げた。
何があったのか?
ヒントは出久の個性だ。
出久は個性を使うたびに女の子になってしまうという難儀な体質をしている。
それを克服できたような気になっているが、それは式神を使役する能力に限りなのだ。
そして、今回、峰田に対して一瞬だけだが幻術を使った。
つまり、何が起きたのかというと……
幸せパンチである。お値段はプライスレス。
知らぬは出久本人と幻術を受けた峰田のみ。
すでに男の身体に戻っているのに、出久の半裸姿にドキドキしてしまったりして、微妙な空気となったのだった。
どうしてこうなった?
「いったい、何があったのか。誰か教えてよ!」
『主様よ。世の中気が付かない方が幸せというものもあるのじゃ』
――――6月最終週
A組の皆は、いや、この時期に限って言えば全国の高校生たちは期末テストに向けて努力をしているところである。
特にヒーロー科は夏の林間合宿への参加がかかっており、絶対に落とせない状況だ。
担任の相澤先生からは『赤点は学校で補習地獄』というありがたいお言葉を頂戴しているのだからして。
幸いにして、筆記試験に関しては成績上位陣が勉強会を開くことでフォローをすることになっており、希望が見えている。
問題は、同時に行われる演習試験だ。
「演習内容が不透明で怖いね……」
食堂で昼食を摂りながら、期末の演習試験について話し合うA組。
相澤先生は「一学期でやったことの総合的内容」とだけしか教えてくれず、不安が募っていく。
「試験勉強に加えて体力面でも万全に……」
整えていかないとね。と、言葉を続けようとしたところで動物的な勘が働き頭を下げる出久。
その数瞬後には折り曲げられた左ひじが、出久の頭があった場所を空振りする。
事故ではなく故意にぶつけようとした悪意ある人物。
それはA組に対して強い対抗意識を持つB組の物間であった。
「おっと、失礼。頭が大きいから当ててしまいそうに――ッ!?」
いじわる気なちょっとヤバい顔で笑っていた物間だが、すぐにその顔は恐怖に引きつることになった。
なぜなら、獣化した出久の鋭い爪が首元に突きつけられていたのだから。
「ちょ、ちょっと、からかっただけだろぉ! なんて暴力的なんだ! A組は!」
「あ、ごめん。職場体験の影響で背後に気配を消して立たれたり、悪意や殺気をもって立たれると体が反射的に攻撃するようになっちゃっててね」
お前はどこの超A級スナイパーの殺し屋だとツッコミを入れたくなるような出久のセリフに物間も口元が引きつるのを感じた。
どんな職場体験してきたんだよ、と。
「あと、食事時はちょっと気がたってるというか、警戒心が強くなってるから……気を付けてね?」
「それ、野生動物に対する注意点だろォ!?」
ワイプシたちのところで受けたサバイバル訓練により、野生化が激しい出久であった。
物間のツッコミが食堂に響き渡る。
「うるさい! 食堂で騒ぐな!」
「グフッ!?」
首筋にトッ、と手刀を受けて崩れ落ちる物間。
同じくB組の拳藤によって意識を落とされたのだ。
踏んだり蹴ったりである。自業自得だが。
「ごめんな、A組。こいつ、ちょっと心がアレなんだよ」
物間を抱えながら謝罪の言葉を口にする拳藤。
さすがはB組の姉御的な存在だ。
頼れる姉御は、知り合いの先輩から情報を得ており、それをA組にも伝えてくれたのだった。
曰く、「入試の時のような対ロボットとの演習訓練」であると。
懐が深いとか、器がでかいとか言うのは彼女のためにあるのであろう。
情報アドバンテージを失うとか、A組を出し抜いてやろうだとかみみっちいことは言わないのだ。
誰かと違って。どこかの誰かと違って!
「んだよ、ロボならラクチンだぜ!!」
拳藤からの期末試験が対ロボット演習であると聞いて喜びの声を上げている上鳴。
その隣で芦戸がやったあ、とはしゃいでいる。
二人とも個性が強力なだけに対人では加減が難しいため、ロボット相手ならば小難しいことを考えなくて済むと楽観視していた。
彼ら二人だけではない、A組全体にどことなく安心感が漂っている。
そんな空気をぶち壊すのはヤツだ。
「ハッ! その情報が正しいなんていう根拠はどこにもねえだろうが、アホが!」
「アホとはなんだ、アホとは!」
「そうだよー! 拳藤さんを疑うなんて、サイテーだよ!」
喜んでいるところに冷や水を浴びせかけるような爆豪に、二人は文句を言う。
しかし、その程度で自分が口にしたことを曲げるような爆豪のはずがない。
「B組のヤツの言葉を信じる信じねえじゃねえよ。ここは雄英高校だろーが! 去年と同じ試験内容? ハンッ! そんな甘ェことする場所じゃねえのはわかりきってるだろーが!」
むしろ、ヴィランの襲撃があったくらいなのだから、より厳しくなってもおかしくない。
そう正論を主張する爆豪に、たじろぐ上鳴。
「じゃ、じゃあ、期末試験は何をやるってんだ? 教えてくれよ爆豪!」
「知るか! ンなもん、知っとったら苦労せんわ!」
縋りつくように聞く上鳴を一言で切って捨てる爆豪。
いや、ごもっともである。
「試験の内容が分からねえ以上、何が起きても大丈夫なように個性をはじめとした体調の管理をしっかりするしかねーだろうが。てめえらも勉強の方ばっかりに力ァ傾けて当日へばってんじゃねえぞ!」
そんなアホは、補習地獄受けてとっとと死ね!
と、吐き捨てて教室を去る爆豪。
その姿を見送った出久は目を見開いて驚いていた。
「かっちゃんが、かっちゃんが他人を気遣うような言葉を!?」
中学のころはあんなにトゲトゲしかったのに、丸くなったのだな。
そう思うと涙がこぼれそうになる出久であった。
B組に姉御がいるなら、A組にはオカンがいる?
なんかいろいろと詰め込みすぎた気がしますが、文字数的にはちょうどいい……はず。
次回から期末試験本編。お楽しみに!