【完結】けものフレンズ りゆにおん   作:家葉 テイク

12 / 14
その12:おねがい

 私は……! 私は、何をしているんだ……!!!!

 

 プールから出て、自室へ走っていく道すがら、私は内心で自分に激怒していた。

 あんな風に飛び出して、今更何を言っても誤魔化し切れるわけがない。気が動転していたからって、あまりにも軽率な行動、

 ……いや、ひょっとして私は、そういう風にしてルカの気を惹きたいだけなんじゃないだろうか。そしてルカに私のことを心配させて、何を言っても受け入れられるような雰囲気にして、自分の罪をさも『今まで隠していて辛かったんです』とばかりに被害者面で語って、それで何となく許してもらおうと、この期に及んでそんなどうしようもないことを考えてしまっているんじゃないだろうか!?

 ない……なんてとてもじゃないけど言い切れない。だって、わたしはただでさえ自分勝手にルカを振り回して、自分だけいい思いをしている前科がある。自覚がないだけで、本質的にわたしという人間は、ルカさえも自分が居心地のいい空間に居座るだけの舞台装置としてしか見れてないのかも……。

 

 ……ああ、浅ましい! 浅ましい浅ましい浅ましい!

 

「セツナっ!!」

 

 思考に気を取られていたからだろうか。乱雑に私の肩を掴む手で、走る足が止まった。ぐい、と引き寄せられて、私の視界いっぱいにルカの顔が見えた。

 ルカの表情からは、私のことを心配していることが一目で分かった。そのことに心のどこかで喜びと安堵を覚えている自分がいることに気づいて、吐き気がした。

 

「る、ルカ……」

 

 そこまで言って、一瞬『ここでルカに嫌われるようなことを言えばいいのでは?』という選択肢に思い至った。

 私は……私みたいな人間は、ルカには相応しくない。ルカを利用して自分だけが救われたいだけの人間が近くにいては、いつか絶対にルカのことを傷つけてしまう。それならいっそ、ここで私がルカに嫌われてしまえば……今はルカも落ち込むだろうけど、幸い周りにはそれを支えてくれる友達がたくさんいるわけだし、まだ比較的浅い傷で済むんじゃないか。

 そう考えて…………そしてすぐ、酷い自己防衛っぷりに眩暈がした。

 違うだろう、そうじゃないだろう、私。

 現実を過小評価するな。私は、これまで、ルカと仲良くなるために必死でコミュニケーションをとってきた。本当に、必死で。今の私は、掛け値なしにルカの一番の友達だ。……だから苦しいんだから。

 そんな私がいきなり掌を返してルカに嫌われるような言動をとってみろ。ルカにとって私は『一番親しいヒト』なんだ。ルカにヒト全体に対するぬぐい切れない悪印象を与えてしまう可能性が高い。それは、ルカにとって一生影を落とす傷になってしまうだろう。

 そんな影を落とす選択肢が、ルカにばかり痛みを押し付けるような発想が、正解なわけがない!

 

 間違えるな、私。これ以上間違えることだけは絶対にしてはいけない。間違えて、ルカを傷つけでもしたら……その時は本当の本当に、私はルカの友達失格になる。

 だから、正しい行動をとろう。たとえ自分がその選択で苦しむとしても、それは自業自得。すべてを受け入れよう。

 

「あの、私…………ごめん。水に揺られてたせいかな、酔っちゃって、気持ち悪くて」

「気持ち悪くて、プールから飛び出すの?」

「そ、れは……」

 

 ああ、やっぱりだめだ。誤魔化し切れない。

 ……やっぱり、本当のことをルカに説明すべきなんじゃないかな。私の頭の中で、その選択肢が脳裏をよぎった。

 だって──このまま全てをルカに秘密にしているのは、あまりにも不義理だ。全部伝えて、それでルカに全ての判断を委ねよう。拒絶されても、それがルカの選択なら受け入れよう。それが、私にできる償い、

 

 …………なの?

 

 そこまで考えて、ふと私は自分の思考に疑問を持った。

 だって、相手はルカだよ? 全て伝えて……もし仮にルカが『騙された』と思って、わたしのことが嫌いになったとして……嫌いになるまではいかなくても納得できない気持ちを感じたとして……それをすぐ態度に出すような子だろうか、ルカは。

 ルカはあれで優しいし意地っ張りなところもあるから、心の中では何か思うところがあっても、黙ってそれを飲み込んでしまうんじゃないだろうか。

 それって、ルカのためになっているだろうか。

 ルカばかりが嫌なものを抱えて、私だけがすべてを吐き出してすっきりした気持ちで過ごすなんて……それこそ、ルカに痛みを押し付けているんじゃないだろうか。

 それに、ルカに判断を委ねるというのもいかにも無責任だ。だってそれって、ルカに『許す』か『許さない』か、言ってみればこれまでの友情を捨てるか残すかの選択を強制しているってことでしょ。ルカからすれば私は、『セツナ』は掛け値なしに今まで一番長い間過ごしてきた友達で、それだけ長い間はぐくんできた友情を人質にとるような、卑怯な手じゃないだろうか?

 

「………………」

 

 言えない。私だけが楽になって、ルカに辛い部分を押し付けるような選択は選べない。

 でも、かといって言わないままでいるのも、それではルカに拭いきれない心配な気持ちを押し付けているだけになってしまうわけで、それって結局私が辛い思いをすることから逃げて、代わりにルカに辛い部分を押し付けているだけでしかない。

 

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

 じゃあ私、どうしたらいいんだろう……?

 私だけが今までの報いを受けて、苦しい思いをして、いい思いをしないで、かつルカが幸せになれる、辛い思いをしなくて済む選択って……なんだ? この状況で、私が選び取れる正しい選択肢って、なんだろう?

 

 ルカを遠ざけようとするのもダメ。

 ルカに真実を隠し続けるのもダメ。

 ルカに真実をさらけ出すのもダメ。

 

 だとしたら……後残された選択肢って、なんだろう?

 

 私は、正しい選択をしなくちゃいけない。これ以上間違っちゃいけない。これ以上ルカを苦しませちゃいけない。たとえそれが自分が辛い思いをする選択だったとしても受け入れなくちゃいけない。もしもそれができなかったら、私はもう本格的にルカの友達失格だ。分かってる。それがこれまでルカを騙し続けてきた私がしなくちゃいけないことだってことも、よく分かってる。

 なのに、どう答えても、ルカを苦しませてしまう。私ばかりが楽になってしまう。私がルカを楽にしなくちゃいけないのに、自分の負債がルカにのしかかってしまう。

 

 どうすれば……どうすればいい? どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば……。

 

 ………………ああいや、前提が違うのか。

 

 もう、ルカを一ミリも傷つけさせないで事を収めることって……無理なんだ。

 だって私は、もう既にルカの友達失格だったんだから。

 あの日、あのパビリオンで、自分の都合を優先させてルカにお別れを伝えられなかった時点で。

 ナナみたいに『また会おう』って、そんなふうに未来に希望を託すことができなかった時点で。

 私という人間は、ルカの友達には相応しくない存在だったんだ。

 

 私って…………。

 

 

の の の の の の

 

その12:おねがい

 

の の の の の の

 

 ──セツナは、それからじっと固まってしまった。

 

 わたしは、こういうのを見たことが何度かある。セツナって考え事をすると周りのことが見えなくなっちゃうところあるから。あと熱中したときもね、すぐに周りが見えなくなる。だから今も、考え事に夢中で、ほかのことができなくなってるんだと思うけど。

 

 ……正直わたしは、後悔していた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 セツナが自分のことを許せるようになってから、あの日のことは思い出の箱から取り出せばいいと思ってたから。

 わたしは、セツナも()()()()も、どっちのあの子も大好きだったから、それでよかったけど…………セツナにとっては、そうじゃなかったのね。

 

 最初は、恥ずかしがっているだけだと思ってた。

 初めのホームルームで声をかけられたときは、正直分からなかったけど……わたしに声をかけてきたときの雰囲気とか、すぐ調子に乗る性格とか、話しているだけですぐにセツナが『ブランコ』だって、わたしは分かってた。

 だってわたしも、セツナと同じだったから。

 セツナに会いたくて、あの日のことをずっと忘れないでいて、セツナと会うためにじゃぱりあかでみーに入ったんだから。

 

 最初は、相手がブランコだってわかった時点で、昔のことを話してみるつもりだった。でも、かばんさんが『もしセツナさんが自分から昔のことを言いださない場合は、待ってあげてください』って言うものだから……その通りにした。

 そうしてセツナの様子を見ていたら、かばんさんが言っていたことの意味がわたしにも分かった。

 

 セツナは、ずっと自分のことを責めてた。

 それでいて、わたしとおともだちになりたいって思ってた。

 

 そんなときにわたしが自分から昔のことを話したら、たぶんその時はセツナもすっごく喜んでくれると思うけど……たぶんまた、自分のことを責めだすと思う。今みたいに大変な感じじゃないと思うけど、ずっと心の中でちくちくと。『今の関係はルカがやさしかったから成り立ったんだ』……みたいに。私はそういう感じになっちゃうのがすごくいやだったから、言わないでおくことにした。

 多分かばんさんは、セツナがそんなふうになるのを止めるためにああ言ったんだと思う。

 

 だから、事情を察してくれたらしいアンを仲間に引き込んで、セツナが自分のことを許せるようになったら、そのとき昔のことを話そうと決めた。別にわたしは、それまでセツナとして『だけ』のあの子と一緒に遊ぶのも苦じゃなかったし。

 

 ただ……ナナの方にまでは、さすがに話してなかったから……。

 

 あそこであんな風にナナとアンのことが分かるとは、考えてなかった。自分のやっていることが間違ったことだとはぜんぜん思ってないけど、でもこうしてセツナが苦しんでるのを見るのは、つらい。

 

「……セツナ」

「──あっ! ええと、ルカ、ごめ、ごめん、ごめんなさい! 理由は言えないけど、ええと…………違うそうじゃない、それじゃ意味がない。正しいことを、私は……」

「セツナ!」

 

 強く呼びかけると、セツナはようやくわたしのことを見てくれた。

 そしてわたしは、セツナにこう言う。

 

「この間の『お願い』、使ってもいいのよ」

 

 ぽかん、とセツナはそう表現するしかないくらい意表を突かれた表情を浮かべていた。でも、それも一瞬のこと。すぐにすごい形相で私の言葉を否定にかかった。

 

「だっ! ダメだよ!! これ以上! ルカに……そんな! ただでさえルカにばかり苦しい思いをさせ、」

「誰が、苦しいの?」

 

 ……違うでしょ。

 

「わたしは、苦しくないわよ。今まで一度も、セツナと一緒に過ごしてきて苦しい思いをしたことなんてない。本当よ、嘘じゃないわ」

 

 苦しいのはセツナ自身でしょ。

 自分がこれ以上ないくらい辛くて苦しいから、揺れている水面の月がゆがんでしまうみたいに……一番近くにいるわたしも、苦しんでいるように見えちゃってるんでしょ。

 

「だから、もういいのよ」

 

 そう言ってわたしは、セツナのことを力いっぱい抱きしめた。

 もともと隠し事なんて苦手なくせに……変に隠し事しようとしなくても。正しいこととか、わたしを苦しめないようにとか、そんなこと考えなくたって、いいから。

 

「正しいとか……自分勝手とか、そんなのわたし、分かんないわよ。パークじゃそんなこと気にしたこともなかったし。別にいいじゃない、正しくなくても、自分勝手でも。正しくなくて自分勝手なくらいで、わたし、怒ったりしないわ。だってセツナは、わたしのおともだちなんだから」

「……私はこんなに浅ましくて、醜くて、どうしようもないのに?」

「どういう意味かよく分かんないけど、たぶん全部間違ってると思う。セツナは良い子よ」

 

 そう言いきったら、セツナは静かに泣き出した。

 そうしてひとしきり泣いて──そして、こう言った。

 

「『お願い』だから……っ……わたしのことを、きらいにならないで」

 

 ──まぁ、どんなお願いにしても、答えは決まってるんだけど。

 

「わたしがアンタを嫌いになったことなんて、今まで()()()ないわよ」




・かばんさん
理事長先生は聡明なのだ! ヒトの心理状態をまるで実際に読んだみたいに言い当てられるのだ! あとフレンズは理事長先生のことをかばんさんと呼ぶのだ!

・自己嫌悪スパイラル
自分は自分勝手な人間なので、思考は全て綺麗事で塗り固めた自分本位な発想なのでは? という精神状態。この状態だとあらゆる思考が自己否定に繋がり、八方塞がりになって精神的に詰む。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。