完全に初出のやつがいるけど気にしない。
――今から4年前。
ジムリーダーや四天王、その他優秀なトレーナーや上流階級の人間が集まるパーティーが行われていた。
「にしてもケイのやつがジムリーダーとはな。スイセンのやつ、今頃イドースで地団駄踏んでるだろうな」
「スイセンってあのムカつく和メガネ?」
「そうそう。お前、ミールから聞いたことないのか?」
ホールの一角で、チャンピオンのユーリと四天王のギフトが飲み物片手に談笑しており、時折挨拶されるもののみな同じことしか言わないためかユーリは非常に退屈そうだった。
「ミール? 知らないなー、誰だっけ」
「そろそろ仲直りしたらどうなんだぞ……」
「やだね。あたしはあいつが頭下げようが二度と復縁するつもりないよ。あの馬鹿弟子……」
少々愚痴っぽくなったものの、ギフトはちらりと視線の先にいた人物に反応してユーリを軽くつつく。
そこには涼やかな笑みをたたえた男がいた。婦人たちの黄色い声に微笑みを向けながら、微妙な表情のアンリを連れ回している。
「アーサーは相変わらずだな」
アーサーと呼ばれた男はアンリと瓜二つの美形で、並ぶと血の繋がりが濃く感じられる。アンリの兄であり、ユーリとも幼馴染の彼は外面はいいがにじみ出る腹の黒さは隠しきれておらず、子供の頃からいじめられていたアンリは非常に嫌そうに付き従っている。
「それにしてもあいつ、最近アマリトから離れてるようだが何してるんだか……」
「アンリ放っておいていいの?かわいそうじゃん」
「どうせあいつ何かしらの理由でっちあげてアンリをそばにおいてるから無理だぞ」
「なんで仲悪いのにそんなことするんだか」
「いや、アーサーは――」
「俺の話なら俺の耳元でしてくれよ、二人とも」
音もなく近づいてきたアーサーにユーリは露骨に嫌そうに顔をしかめ、ギフトもびっくりして肩を揺らす。
アンリが助けてほしいと視線を送るが二人はそれに気づかないふりをした。
「久しぶりだっていうのに挨拶もなしか? 寂しいじゃないか、兄弟」
「お前と兄弟になった覚えはないぞ」
「従兄弟だし似たようなもんだろ? それよりユーリ。いいネタないか?」
「お前みたいな意地汚い記者に提供するネタはないぞ」
ユーリはシャンパンをちびちび飲みながら答えると、アーサーはまるで悪役みたいに声を押し殺してくくく、と笑う。
「ひどいこと言うなぁ。俺だってちゃんと良し悪しくらいは考えるさ」
そう言って、アーサーはアンリを連れて再びどこかへ行ってしまった。飽きたのか、ほかの用ができたのかはわからないがユーリはむっとした様子だ。
「あいつ、どーも最近きな臭くてかなわんぞ。いつも澄ました顔して……」
「酒に弱いとかなら酔い潰せるんだけどなー」
「あいつ、酔わないように飲むから難しいんだぞ」
二人してうーんと唸る。一方でフィルたちは会場を取り仕切っており、ホールの前方でなにやら話をしている。客もそちらに注目しているのかほとんどがユーリたちを見ない。
「あ、そういえば面白いもの作ったんだよねー」
「お、なんだなんだ」
イタズラを計画する子供のように、ギフトがどこからともなく謎の小瓶を取り出し、小声で「じゃーん」と得意げに言う。
「酒を飲まなくても強制的に酔っ払う薬〜。エチルアルコール摂取による酔い、つまり気分の高揚や本能の表層化状態を引き起こすことができるってわけ! 急性アルコール中毒の心配もなし、体に優しい酔い薬だ」
「なんのために作ったのかまったく理解できないが面白そうだぞ!」
完全にノリがイタズラ小僧である。
ユーリは手持ちのピカチュウに瓶を持たせ、アーサーが飲みそうな飲み物にそれを仕込み、さり気なくそれを設置した。
アーサーも話を聞きながら薬の入ったそれを手に取る。いつの間にかアンリがいなくなっており、アーサーは何気なくそれを顔に近づけ――ぴたりと止まった。
「……ん?」
それを遠くから見ていたユーリたちは動揺する。匂いでバレたか、と思ったが無臭なのでバレるはずがない。
「あれ、アーサーさん。お久しぶりですね」
そこへケイが現れアーサーに声をかける。ケイは和装だからか会場では少しだけ浮いていり、まだ16歳ということもあってか年齢層が高めなこの場ではとりわけ幼く見えた。
「あ、ケイ君じゃないか。ジムリーダーになったんだって? おめでとう」
アーサーはグラスを揺らしながら口をつけようとはしない。
「スイセン、キレてたけど何したんだい?」
「別に。兄貴がしたことを全部まとめてぶちまけて勘当しただけです」
「やるねぇ。ま、イワシャのやつもあれはどうしようもないって言ってたし、詰めの甘いスイセンの自業自得か」
早く飲めよとユーリとギフトは内心キレるがアーサーは口をつけない。
「あ、ケイ君これ飲む? 酒かと思ったらジュースだったからさ」
「はあ。まあ別に構いませんけど」
無警戒にグラスを受け取ったケイにユーリとギフトは慌てるが、常日頃からテンションの低いケイが酔っ払ったらどうなるのか。妙に気になって思わずそれを見守った。未成年ということもあり、酒を飲ませる機会もまだないため合法的にその姿を拝めると思うと面白そうだなどと二人は考える。
「だ、大丈夫だよな?」
「体に害はないしアルコールも実質ないと同じだから多分……」
ケイが普通に薬入りの飲み物をあっという間に飲み干し、しばらくアーサーと取り留めのないやり取りを続け、酔わないのか?と思い始めたあたりで異変が起きた。
「……う……」
「ケイ君?」
「なんか……ここ、暑くないですか?」
ケイの顔が赤くなっているのがわかる。これは酔ったのか?と二人が遠くから見ていると、ジルコンがそこにやってきた。
「ケイ君、顔が赤いみたいだけど大丈夫かい?」
「……んー……」
なんだか眠くてぼんやりしている子供みたいだなとユーリは他人事のように考える。ふと、アーサーを見るとケイの様子を見て笑いを堪えていた。やはり薬に気づいていたらしい。
と、そこへ、アリサとアンリが近づいてきた。
「ちょっとケイ、あんた顔赤いけど間違ってお酒でも飲んだの?」
少しいい方はきついが心配したようにアリサが顔を覗き込む。するとケイはぼんやりしたまま口を開いた。
「ありさ……おまえ、ジムリーダーになるとか四天王になりたいとか、ある?」
「え? まだ特に考えてないわよそんなこと。そのうち挑戦はしてみたいけど――」
「なら結婚しようぜー!」
パーティー会場に突然の求婚の言葉が響き渡り、しんと静まり返る。
言われたアリサもぽかんとしており、ただひたすら混乱している。
「な……なに、えっ何?」
「俺跡継ぎ作らないといけないから嫁必要なんだよ〜。お前のことは好きでもなんでもないけど上手くいきそうな気がするか嫁にきてくれ〜」
ケイの表情は完全にいつもの不機嫌そうなものではなく、へらへらと子供が甘えるときのような顔でアリサに寄りかかった。
「はあ!? ちょっとあんた落ち着きなさいよ! ていうかそれで結婚するわけないでしょうが!」
「頼むよ〜。俺が結婚しないと爺ちゃんの道場がさ〜」
「ああもう! 水! アンリ、水取って!」
くっつこうとするケイを引き離そうとアリサが抵抗し、手持ちのオノンドが間に入る。その様子はまさに乱痴気騒ぎという言葉にふさわしく、完全に周囲の注目を集めていた。
「くっ……駄目だ面白すぎる……!」
アーサーがついに吹き出して顔をそらし、少し離れたところで見ていたユーリとギフトも腹を抱えて笑っていた。
「け、ケイがあんなになるの初めて見たぞ! というか誰かれ構わず口説くんじゃないかアレ! スイセンに見せるために動画撮っとくか!」
「いやー面白いなー。真面目だと思ってたけど結婚願望強すぎでしょー!」
二人して笑っているとぽん、と肩を叩かれ振り返る。
そこには笑顔であるが完全にキレたフィルがいた。
「君たちは何をしでかしてくれたのかな?」
「あ、いや、伯父上これはだな……」
すると、酔っぱらいケイに水を飲ませようと近づいたアンリが目線を合わせようと少しだけかがむのがユーリたちの視界に映る。
「ほ、ほらケイ君! しっかりして、水飲もう?」
「アンリねぇちゃんでもいいんだよな〜」
「えっ?」
その瞬間、部屋の温度が下がったかのような錯覚に陥るユーリ。
「アンリねぇちゃん、俺がもらってやるからさ〜、結婚しようぜ」
「は?」
今まで聞いたことのないほど低いアーサーの声をが空気を裂く。
殺気が目に見えるほどに怒りに満ちており、ユーリすら思わずビビったほどだ。
そう、アーサーはアンリが嫌いとかではなく好きな子ほどいじめるタイプのシスコンであり、アンリ本人には一切その愛情は伝わっていないため、不仲に見えるそんな関係なのだ。
そんないじめたくなるほどかわいい妹に結婚などと言い出すものだから、アーサーは今まで見たことのない顔でケイを睨み――しかしケイがこうなったことの責任は自分にもあるからか最終的にすべての怒りをユーリへと向けた。
「こ、困るよケイ君! 冗談でもそういうことは――」
「なー、だって俺らいじめられっ子同士だし仲良くしようぜー」
「け、ケイ君〜! でも君背が……うぅ……」
「なにちょっとその気になってんだクソ妹」
アーサーがアンリを突き飛ばし、ケイから引き離すと酔ってぐだぐだのケイを抱えて迷いなくユーリとギフトの元へと近寄る。
「おい、戻せ」
「いや、戻せと言われても」
「戻せ」
完全にキレているアーサー。更には騒ぎを起こしたことでフィルもキレており、ユーリとギフトは四面楚歌。
そして、酔いが冷めたケイに確実にキレられるのは間違いなく、完全に詰んでいることに気づいたユーリとギフトは――
「逃げるが勝ちだぞ!」
全力でその場から逃げ出したが、不幸にも逃げた先にいたのはリコリスであった。
「リコリス、二人を捕まえろ!」
「え〜? フィルおじ様唐突ね〜。承り〜」
舞うようにスカートの裾を持ち上げると無数のゴーストポケモンがユーリたちの足止めをし、ユーリがポケモンを出す前に動きを封じることに成功する。逃げの一手を決め込んだ時点で二人に逃げ切れるという未来はなかったのだ。
――2時間後。
「おい」
いつになく怒気を孕んだケイの声。普段なら鼻で笑い飛ばせるユーリだったが、今のケイなら本気で人を殺しかねない迫力があったためか終始縮こまっている。
「おい、なんか言え」
「す、すまなかったぞ……」
「ごめんちゃい……」
ユーリに続いてギフトも頭を下げるが、ケイは怒りに任せてユーリの顔のすぐ横に蹴りを入れ、後ろの壁を壊す暴挙に出る。
「謝って済むなら警察もジムリーダーもいらねぇよ」
壁から引き抜いた足からパラパラと破片が落ちる。パーティーは一応続いているがジムリーダーと四天王たちがほぼ抜けたせいで会場は白けていることだろう。
一応年上に敬意を払うはずのケイが完全にチンピラみたいに口が悪くなっていることからどれだけ怒り狂っているかがわかる。酔いが覚めて早々、まず八つ当たりなのか手近な壁を殴ってヒビを入れたほどだ。
ちなみにアーサーはアンリの頬をつねっており、ケイが正気に戻ったからかどうでもよさそうにしている。
「なに男女の癖してちょっとプロポーズにその気になってるんだよアホ妹が」
「兄様痛い、ひっぱらないでー!」
歪んだ愛情である。
「何よそ見してんだ」
ケイの第二撃。今度はかすったため思わずユーリも生唾を飲み込む。この状況で逃げ出すのはさすがのユーリにも無理だった。
「も、もう二度とこんなことはしないんだぞ。ゆ、許して……」
「兄貴に言ったらどうなるかわかってんだろうな」
「言わないんだぞ……」
「次は絶対に殺す」
アーサーと比較にならないほどの殺気にユーリとギフトはこくこくと頷きながら許しを乞う。
フィルも深くため息をついてケイを一旦なだめ、ひとまずパーティーに戻る者と強制退去、帰りたい者を確認して個室から出ようとする。
が、その前にケイは低い声でその場にいる全員に告げた。
「今日のことを話すやつは全員殺す……」
あまりに本気の言葉すぎて誰もが口をつぐんだ。会場に戻ったあとも箝口令が敷かれ、知る人ぞ知る伝説の事件になるのだがそれはまた別の話。
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――そして現在。
コハクに挑むため修行中のヒロは休憩がてらジムトレたちと話していた。
「そういえばケイさんとアリサさんって昔何かあったみたいな噂があるけど知ってる? 弟だし聞いてないのか?」
ケンガが話題を切り出すとヒロは首を傾げ、思い当たることを探すが特にない。
「いや、俺は聞いたことないな」
元々あまり自分の話はしない姉だとヒロは言う。ケイは顔色一つ変えずジムリーダーの書類仕事を片付けている。
「一時期デキてるなんて噂聞いたけどどこが出処なんだろうねー。二人の接点ってジムリーダーになる前に何かの同期とか聞いたけどそれくらいだし」
アオイの言葉にケイはペンを折りそうになるが堪えてケンガの眉間にペンを投げつけるケイ。
「馬鹿な話するならお前らの仕事増やすぞ」
いつものじゃれるような言い方ではなく、明確に苛立っているのがわかる声音に全員それ以上は何も言わなかったが、なにかやっぱりあったのか……と思わずにはいられなかった。
その後、ケイは絶対に酔っ払わないと誓い、酒にめっぽう強くなった。ケイは初恋もまだです。