私は二度と独りにならない   作:まえきち

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私は今――

 

 

 

 地平線まで広がる青色の海やそれを覆う水色の空。どこまでも深く、終わりがないように思える。手を空に伸ばしてみるがもちろん手は届かない。私という存在がちっぽけに思えるほど広大な自然にただただ感嘆する。その時肩にかかっていた栗色の髪がふんわりと潮風になびいた。ひんやりとした風は心地よく、嗅ぎなれた潮の香りはここが私の居場所であるかのように思わせる。表情が緩んでいくのが自分でも感じた。

 

 さらに、たまたま私の背よりも高く跳ね上がった大量の海水の一部が水しぶきとなって私に降りかかる。冷たい海水がすごく気持ちいい。こんな平和な時間がいつまでも続けば――

 

 

 

「なんしとるんじゃユキカゼ‼ 敵襲じゃぞ‼」

 

――よかったのに……。

 

 耳をつんざくような怒鳴り声で私を現実へと引き戻された。ええ、わかってます。さっきのは砲撃。たまたまで海水が大量に跳ね上がりなんかしません。

 

「今から出撃するところだったんです~」

 茶目っ気っぽく誤魔化しながら声がした方へと向く。

「ならさっさと出んかい!」

 白髪で筋骨隆々とした二メートルを超えるほどの老人——私の上司だった。

「わかってますよ、ガープ中将」

 私は海上に目を向きなおして砲弾が飛ばしてきた思われる船が二時の方向に見えた。

 

「ユキカゼ、出撃します!」

 勢い良く甲板から海へと飛びだし、艤装をイメージして具現して着水する。人は海面に立つことはできないという常識を覆し、沈むことなく二本の足で立っている。

 

――私の平穏を潰した罪は重いですよ♪

 

 にやりと笑みを浮かべると弾丸のように駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 海を駆ける白い影が一つ。

 並の者ではその姿をとらえることはできない。

 

 本当なら滑るように移動した方が楽なんですが、水面を走った方が早いんですよね~。

 内心そんなことを愚痴りながら敵船へと接近していく。

 

 眼前にとらえるのは一隻の海賊船の側面。軍艦よりは大きくなく、感じる気配もさほど多くないので弱小かもしれない。

 私の存在に気づいた海賊たちが私に照準を向けて大砲を撃つ。しかし、砲弾ごときに私が当たるはずがない。かすりもしない砲弾には一切目をやらず、背中の艤装から魚雷を装填する。そして、魚雷を指で挟んで取り出し、片手で二本ずつ、計四本を前方に向けて発射。

 扇状に広がった魚雷は水しぶきを上げながら突き進む。船に上では何か騒いでいるように見える。大方魚雷をなんとかしようとしているのでしょうが、もう遅い。四本の魚雷は見事ヒットし、巨大な音を立てて小さくないダメージを帆船に与えた。

 

 ちなみに私の艤装には四連装(酸素)魚雷が装填されている。艦娘時代から愛用していて、数々の敵を沈めてきた私の装備。しかも今は改造してその二倍の八本も装填可能になっている。ただ、ちょっとした欠点があり、リュックのように装備している艤装からそのまま発射しようとすると、後ろにしか向けられない。方向転換はできるが、正面に向かって撃つためには、私が後ろ向きになってそのまま発射するか、艤装と体の向きを変えて発射するしかない。しかし、敵に背中をさらすなんて愚の骨頂。また、より強い相手ほど戦闘中に艤装の向きを調整する時間は隙になってしまう。

 故に私は別の方法、手で取り出して自分で投げるという方法も用いるようにした。自分で投げたほうが勢いもついて威力も増すので一石二鳥である。ちなみに元ネタは私の上司。

 

 ところで……

 

「この程度すら止められないなんて、たかが知れてる程度の海賊じゃないですか」

 

 なんで海軍に喧嘩売ったんですかね? そんなことを考えながらも海賊船のすぐそばまで近づいていく。まあ、さっさと鎮圧はしちゃいましょうか。一種の死刑宣告をしながら勢いのままジャンプ。空中から見ると……ひ、ふ、み……三十人ほどの男たちがこちらを驚愕しながら見ていた。そのまま敵地へと着地した私。相手がか弱い少女だと思われたのか、恐れがなくなって各々銃やら刀やらを向ける。一部は顔を赤く染めてますね……ロリコンですか。なめて見られたのは心外ですが、一応言っておきましょう。

 

「おとなしく投降する気、ありますか?」

 

 冷めた目で海賊たちを見渡す。気圧された者たちは踏みこめず、開戦前のピリピリと雰囲気に包まれる。そのとき、

「なんしてるんだお前ら、相手はたかが小娘一人だ! 野郎どもかかれぇ!」

 一人の大柄の男が手下たちを鼓舞する。おそらく船長だろう。顔は覚えた。今だけですが。

「うおおおおおぉぉ」

 数人の海賊が襲い掛かって来た。はぁ~とため息を一つ。

 

「ユキカゼ、敵兵を撃退します」

 

 大きくジャンプしながら、向かってきた海賊、ついでにねらい打ちをしようと銃を向ける者にも艤装から魚雷を発射。見事着弾し、大きな爆発をあげながら吹き飛んでいく。ん、途中で「ご褒美です!」とか「ありがとうございます!」とか聞こえるけどキニシナイ。残っている残党も攻撃をしかけるが全てぬるい。

 

「この程度の至近弾、当たりませんよ」

 

 なんとなく体を右へ左へと逸らしてよける。

「なんで弾が当たんねえんだよ!」

 海賊の一人が思わず嘆く。

 そんなのあなた方の鍛え方が柔いだけです。再装填した魚雷を投げると瞬く間に吹っ飛んだ。

 そして隙をついたつもりなのか、九時の方角から刀を持って襲ってくる気配を感じたので、艤装の向きを変えて魚雷を発射。爆発とともに海へと落とされる。

 しかし、まだ敵がちらほら残っている。未だ武器を構え、闘志を燃やしている。

 

「いちいち相手するのも面倒ですね……」

 

 手負いの相手ほど油断ならない。慢心しているようではここまで生き残ることなどできないのだ。

 

(ソル)

 

 かき消えたかのように上空へと飛び上がる。海賊たちは目で追えず、姿を見失ってあたふたしている。その間に船首から船尾へと空中で前転移動しながら魚雷を装填、発射、装填、発射……。

 

「沈みなさい。魚雷雨(トルピードレイン)

 

 空中に浮かぶ計十六本の魚雷が高速で降り注ぎ、船上を焼き払う。残る船員を吹き飛ばし、甲板は一面火の海となる。マストは燃える炎の塔となり、魚雷の爆風を受けたのか、根本からメキメキと音を立てて倒れる。

 

 さて、これで終わりかな。あっけなさすぎです。

 

 海上に着地しようかと考えていたが、

 

「てめぇ、よくもやりやがったな」

 

 

 空中でバク宙しながら甲板に戻る。宙には黒い大剣で切り裂く大男がいた。もし避けてなければ確実に切られていただろう。男――いや、先ほど見た船長は顔に青筋を浮かべている。私の魚雷はうまくかわしていたのか、ダメージは見受けられなかった。

 

 姿を変化しながら甲板に降りる船長。黒い体毛に覆われ、筋肉は膨れ上がる。高かった背もさらに伸び、もともと背の小さい私からすればある意味巨人のようだった。

動物(ゾオン)系の能力者ですか」

 見た感じ……熊ですかね。私の背丈よりも大きな大剣を構えている。パワーは十分にありそうです。

「俺の仲間をここまでコケにしやがって。船だってもうダメだ。絶対許さねえぞ!」

「いやいや、手を出してきたのはそっちでしょ。駆り出されるこっちの身にもなってくださいよ」

 やれやれと私は呆れて再度ため息を吐く。もちろん、相手はお気に召さなかったようで、

「うるせぇ!」

 大剣を振りかぶりながら接近してくる。筋は悪くない。

 しかし、私から見ればその動きはあまりにも遅く、慌てることなく横に回避する。甲板に彼の大剣が突き刺さり、大きな穴が開いた。余波がここまで伝わってくる。攻撃力の警戒度を上げる。

「さっさとつぶれろ!」

 すぐさま切り返して切りかかってこようとするが、反応が遅く隙だらけ。なので、

 

「剃」

 

 逆に相手へ急接近し、懐に潜り込む。

「なぁ⁉」

 相手は愕然とし、目を見開いている。急に現れたように見えたのだろう。このぐらいの速さについていけないようではこの海で生きることなどできない。

「さっさと帰ってのんびりしたいので、沈んでください」

 

 右手に軽く覇気をまとわせ、おまけとばかりに

 

「鉄塊拳法」

 

 顎にむけてアッパーカット。

「がはぁっ⁉」

 大剣を手放して上空へと浮き上がる。並の相手ならばこのクリーンヒットで地に沈むだろう。しかし、悪魔の実の恩恵か、体力は並以上であり、あの一撃を喰らってもまだぎりぎり力尽きはしなかった。それどころか空中で立て直し、反撃の意志を見せる。

「て、てめぇ‼」

「ふむ、これを耐えるということは身体能力だけは高かったようですね……」

 ただ、辺りには火の手がまわっており、黒い煙がもうもうと立ち込める。これ以上戦闘を長引かせたくなかった。

 足に力を込めて相手船長よりも高く飛び上がると、

 

嵐脚(ランキャク)

 

 右足を振り抜き、船よりも大きい鎌風を放つ。斬撃に切られた船長は声をあげる間もなく船にたたきつけられる。そして斬撃はそのまま船を真っ二つに切り裂く。木々が割れるけたたましい音は、最期の船の悲鳴のように聞こえた。

 

 私は空中で一回転すると海上に着地。目にかかった髪を払い、ちらりと海賊船へと目を向ける。ごうごうと音を立てて燃え盛る割れた船。海水につかり、黒ずんだ折れたマスト。沈むまで数分までもないような惨状が目の前にあった。

 

 少々やりすぎちゃいました?

 でもガープ中将も砲弾投げまくったらこうなるから大丈夫。上司の真似をしただけですから、文句を言われる筋合いはありません♪

 

 

 

 

 

 

「やりすぎじゃバカモン!」

 

 怒られました。那珂ちゃんのファンやめます。

 

「なんでですか! 中将だってやったらあんな感じになりますよ!」

 ぷんぷんとおこりながら例の海賊船を指さす。今は鎮火し、燃えカスのようになっている。

「後処理が大変なんじゃ!」

 吹き飛ばして落ちた海賊らを引き上げたり、燃える船を鎮火して気絶した海賊を回収したりと戦闘よりも後処理の方が時間かかったようです。面倒さも増して……。もちろん私も手伝いましたよ。今は捕らえた海賊たちの護送のために応援を呼んでいるところです。後処理も含めて疲れたので休もうとしたところ、青筋を浮かべたガープ中将がやってきて説教を始め、今に至ります。休みたいところを邪魔されて私もカンカンです。思わず文句を連ねていると、

 

「罰として三日間デザートなしじゃ」

 

「なんですとぉー⁉ 私頑張ったのにー⁉」

 

 この爺とんでもないこと言いましたよ⁉ 食後のデザートは至福のひと時。誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃダメなんですよ。独り静かで豊かで――

 

 それなのに、それなのに――それなのに!

 

 ええ、わかりましたよ。使いたくありませんでしたが奥の手の出番です。

 

「お願い、おじいちゃん。許して♪」

 

 両手に手を合わせ、上目遣いで懇願する。ウルウルとした目、甘い声、今の私はか弱い少女である。少しの間のあと、

「む、むう……仕方ない。お前の頑張りに免じてデザートをなしにするのはやめておこう」

 かの海賊王を追い詰めたと言われる伝説の海兵も、少女のオネガイにはたじたじだった。内心喜びの舞を踊る。

 

「じゃが、罰は罰。明日一日雑用係じゃ」

 

 天国から地獄へと再度落とされた私は上目遣いのままぴしりと固まる。マジですかぁ~……。でも、

「わかりました」

 デザートを確保できただけマシとしましょう。納得はしませんが。

「チッ」

 思わず舌打ち。

「なにか言ったか?」

「いえいえ、何も言ってませんよ」

 黒い私は奥に押し込んで、笑顔いっぱいに応じる。話は終わったのか、ガープ中将は船内に戻っていった。見えなくなったのを確認してから、再度舌打ち。

 

 

 

「はは、相変わらずですねユキカゼ少将」

 

 ガープ中将の入れ替わりでやって来たのは薄ピンクをした青年——コビー曹長だった。額には髪をあげるためのバンダナが巻かれ、瓶底眼鏡がかけられている。また、最近出来て間もない額のバツ印の傷跡が初々しさを醸し出す。

 

「む、相変わらずとはどういうことですか。私はお願いをしたまでですよ? それをガープ中将が聞いてくれただけです」

 

 全身全霊のどや顔で無実アピールをする。

対するコビー君は苦笑い。

 なんの不正もしていませんのにね。どうしてでしょう(すっとぼけ)。

 

「ガープ中将にあんな啖呵切れるのは少将ぐらいでしょ。あとデザートのために必死になるのも」

 

 続いてやってきたのは金髪長髪でオールバックの男——ヘルメッポ軍曹だった。コビー君とヘルメッポ君は二人ともガープ中将に拾われてこの船に乗った新参者。日々鍛錬をこなし、雑用からスピード出世した期待のルーキー。乗船時から面倒を見ていて、今も時々鍛えて(しごいて)いる。あのころは可愛げがあったのに……。上司をからかうようになるとか、きっと悪い影響をどこかで受けてしまったのでしょう。

 

「さあ、なんのことやら。あ、二人とも鍛錬の時は覚悟しといてください」

 

 ゲッ、と二人の顔がこわばる。さて、一休みでもしましょうか。こういうときは潮風を浴びながらのんびりとするのが一番です。固まる二人は置いといて、うんと体を伸ばし、ゆっくりとマスト上へと上る。

 

 見張り台へと着くと、やはり心地いい風が吹いていた。体を包み込むような冷たい風は先ほどの戦闘の熱さは忘れさせ、穏やかな気持ちにさせる。下を見ると、作業が終わった海兵たちが談笑しながら休息していた。

 

 

 

 ああ、こんな平穏がいつまでも続けばいいのに――

 

 

 

 かつての仲間たちや鎮守府を懐古する。もう取り戻すことのできない、仲間たちや姉妹たちと切磋琢磨して深海棲艦と戦ってきたり、みんなとバカしたりした日々。辛いことも多々あったけれども、彼女たちとの思い出はかけがえのないものだった。

 しかし、彼女たちはもういない。司令もいない。地の果てまで探したとしても、私が知る者に会うことは決してないだろう。

 だから、みんなの分まで生きると決めた。みんなのことを心に刻んでいる限り、私たちはともにあると信じて――

 

 

 

 

 

 

 


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