武士道!戦車乙女と侍   作:フリート

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西住まほ
加藤の有名な方


「非常に嘆かわしいことだが、裏で我が妹のみほを虐げておる者がいるとか」

 

 西住まほは鋭い目を爛々と輝かせて一同を見回した。まるで擬人化した虎が獲物を窺うようで、張りつめた空気が訓練場に蔓延している。

 誰一人とて一言も発せず強張った表情を隠せはしない。

 まほの隣には俯き加減で、ちらちらと上目遣いにまほとその他に視線をせわしなく向けるみほの姿があった。

 

「今ここで名乗りを挙げよ――とは言わん。ただただ残念である」

 

 まほは大きく息を吐いた。臓腑に溜まっている苛立ちを外に出すような動作であった。

 びくりと数名が反応を見せたが、まほは気付かない振りをする。

 

 第六十二回戦車道全国高校生大会より幾ばくかの時が経ったある日、黒森峰女学園機甲科の訓練場では、訓練ではなく緊急会議が行われていた。機甲科全員参加の会議である。隊長のまほを筆頭にしてその彼女が睥睨する先、逸見エリカが、赤星小梅が、直下が、そしてみほが、機甲科の全員が集められていた。

 

 会議の内容は先の大会における反省、ではなくみほのいじめ問題である。詳しく説明するまでもないと思うが、今年度の大会で黒森峰は十連覇を逃す事態となった。決勝戦、川に落下した味方を救うべくみほがフラッグ車を離れた。落下した味方は全員救うことが出来たのだが、フラッグ車の車長であったみほが離れたことによりフラッグ車の動きが止まり、そこを相手に突かれて敗れたのである。

 

「此度の敗北の責任はみほにないわけではない。自身の戦車を放置した結果が私たちの敗北であるからな」

 

 それが大多数の見解でもあった。みほが不用意に持ち場から離れなければ悲願の十連覇達成は果たされていたのだ。

 みほが怯えるように身を縮こめた。彼女としては自分の判断が過ちのものだと思っていない。あの時、雨が降り、川の水かさが増して、流れも速くなっていた。救助隊が遅れれば命はないかもしれず、味方の命を見捨てられなかったのだ。

 

 けれども自分がフラッグ車を離れたせいで負けたことも事実。みほは声をあげれず、ただただ敗北の二文字に打ち震える以外にはなかった。

 

 まほとて、みほを責めたい気持ちがないと言えば嘘になる。実際、言葉にしようとしたこともあった。が、止めた。それ以上に重大な問題が発覚したのだから。よもや栄えある黒森峰機甲科に、裏でこそこそと陰険な策を企てそれを実行に移している輩がいるとは思わなかった。大嫌いなタイプだ。一番大嫌いで、虫唾が全身を駆け巡るような不快を覚える。

 

 考えただけでイライラしてきた。

 そのイライラが表情と動きに出たのか、みほがピクリと反応する。

 ああ、別にお前に怒っているわけじゃないんだ、とまほは妹に薄く笑みを向けてから、言葉を繋げた。

 

「だが、勘違いをしてもらっては困る。此度の敗北の最終的な責任は私にある上、私はみほの行動を悪いなどと思ってはおらん」

 

 断言するとみほが勢いよく顔をあげた。それはみほが一番欲しかった言葉だった。母親のしほには厳しく叱責され、世間の評価もきついもの。自分を肯定してくれる人など、せいぜいが命を助けられた人たちだけ。時間の経過と一緒にみほの心も、暗闇に沈んでいこうとしていた。

 

 まほの断言はそんなみほの心に光をもたらしたのである。

 また驚いているのはみほだけではない。機甲科全員の気持ちも驚きであり、強張っていた表情に目を見開くという形で表した。

 まほはさらに続けた。

 

「勝敗は兵家の常だ。勝負事、勝ちもあれば当然負けもある。西住流は常に勝ち続ける流派だが、負ける時だってあろう。いちいちそんなことを気にしてられようか。それに負けて気付くこともあるだろうしな」

 

 これは危うい言葉である。西住流宗家次期後継ぎの立場でありながら、まほは教えに反発しようとしているのだ。いや、言葉を強くするなら西住への謀反である。

 俄かに場がざわつき始め、みほも心配そうにまほを見ている。こんなことを現当主たるしほに知られればまほの立場が危ない。

 

「静まれッ!」

 

 まほが一喝すると、再び場に緊張感が戻った。話はまだ終わっていないのだと、まほはみほを含めて機甲科の顔をもう一度見回した。

 

「お前たちに私の考えを伝えよう。私はみほの行動を全面的に肯定する。妹の勇気ある行動は大変感服するばかり。しかし命綱もなしに川に飛び込んだのだけはいただけないが、それ以外は模範としたいところ。危険な行為であり、同じ事態などそうそうおこらぬから、皆も真似をせよとは申さんが、心構えだけなら真似できよう。分かったな?」

「しかしそれを認めてしまえば、西住流やOG会が黙っておりません! 隊長がどうなるか……」

 

 突然に声をあげたのはエリカだった。彼女はそれこそ西住流に傾倒しているが、しかしそれはまほを通してみた西住流に傾倒しているのである。要はまほに傾倒していると言っても過言ではないので、この場ではまほの身を心配する方が勝るのだった。

 まほはエリカが自分の身を案じてくれるのを嬉しく思いながら、固めた決意を言い放った。

 

「母上やOG会が私の判断に否を突きつけようものなら、一戦も辞さん覚悟であるッ! 私とて西住家の教育を受けた女、正面から正々堂々と相手しようぞッ!」

 

 身を焼くほどの気迫に覆われたエリカは押し黙った。ここまでの決意を聞かされてしまってはもう言うことはない。蛇の道のりを歩もうとするまほに付いていくだけである。

 

 他の者たちの反応は二つに分かれた。エリカのようにまほに最後まで付いていこうとする者と迷いが見える者。無理からぬ話だ。人生の岐路と言っても良いかもしれない。簡単に答えは出ないだろう。

 

 まほはそんな迷いが見える者に対してはっきりと告げた。

 

「私の決定に文句があるならば首を洗って前に出よ。我が槍とティーガーの弾、好みの方をたんと馳走してやるわッ!」

 

 告げられた人たちはお互いに目と目を合わせる。

 このままではどちらの道を進んでも破滅の可能性が高い。ならば、どちらの破滅がマシかと考えれば、

 

「申し上げます。私も隊長に付いていきます」

 

 すると、一人一歩前に出た者がいた。一人が言い出せば、残りの者も関を切ったようにあれよあれよとまほに従うことを表明した。

 一人として欠けるものはいなかった。

 まほは満足そうに頷く。

 

「お姉ちゃん……」

 

 まほが自分のために母のしほと対決する覚悟までしていたとあって、みほは涙が止まらなかった。姉を止めなくてはいけないと思っていても嬉しさが胸の内から上り瞳を通じて溢れ出る。

 嬉しさで震えるみほの肩に、まほが両手を添えた。優しい手付きであった。

 

「お前はよくやったのだ。案ずるな、私が何とかしてやろう。母上とて立場もある故、お前に厳しい態度を取ったのであろう。それに、人の心は天候のようなものよ。今しばし時間をおけば、お前を正しいと見る者たちがどんどん出てこよう」

 

 まほはそっと両手をみほの頬に移した。世界にたった一人の可愛い妹。たとえ世界が敵となろうとも傷つけさせはしない。自分は姉なのだから。

 

「私が守ってみせよう」

 

 まほが自分に言い聞かせた言葉を聞いたみほは、ついに我慢が出来なくなって姉を力いっぱい抱きしめた。

 それを受けて、まほも妹の腰に腕を回した。

 

 




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