武士道!戦車乙女と侍   作:フリート

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二条城の会見 END

 己の決意のほどを機甲科に語ったまほが、西住本家に足を運んだのはその日の夕方である。本家と言えばまほの実家であるが、別に里帰りをしようなんてことではない。勿論、母のしほとの対談のためだ。

 黒森峰女学園機甲科としてのみほの処遇は決まった。次に西住流現当主のしほが最終的にどのような処遇を下してくるのか。それを訊きに来たのだ。結果によっては大事になるかもしれない。

 

 実家に辿り着いた頃にはすっかり星々の輝きが幻想的な時間となっていた。

 怯えるみほを常に気遣いながら家の門を潜るまほの顔には、やはり実家に帰って来たという風情はなかった。ここは戦場である、今から敵陣に乗り込むのだと常在戦場の心持が表れている。

 

 ずんずんと肩で風切り胸を張って、足音荒く歩いていくまほの後ろを、周囲を警戒しながら恐る恐るといった感じにみほが続く。

 

 玄関に辿り着くとインターホンを鳴らした。来客の訪れを察知して玄関の扉を内側より開けたのは、住み込みで働いている手伝いである。まほとみほとの関係も姉妹のような仲の手伝いだ。世間話に興じたいところであるが、今日は大切な用があるのだ。

 

「母上はおられるか?」

 

 この言葉は単なる儀礼のようなものである。

 いることは承知しているので、もし「おられません」「今、お会いになれません」などと返答されようものなら家の中に乗り込む気満々であった。

 はたして、手伝いはこう返答した。

 

「当主様でしたら、書斎におられますけど」

「分かった」

 

 短くそう言うと、まほは手伝いに軽く一礼してから中へと入って行った。みほも深々と頭を下げてまほの後を追う。

 

 二人の後姿を見ながら手伝いは頭を傾げた。実家に帰って来たと言うのに何やら雰囲気が物々しい。特にまほには決死の気魄が浮かんでいた。実の母に会いに来たとは到底思えない。心当たりがないことはないのだが。手伝いは二人の姿が見えなくなってもその場を動かなかった。

 

 手伝いと別れた二人はガラス障子に囲まれた廊下を突き進む。日本戦車道界を二分する流派の実家とあって、無駄に広々としているのだ。

 家の中にしてはそこそこ歩くので、まほは書斎に着くまでの間、みほの手を握ってあげていた。中に入った辺りからみほは震えていたのである。怖がる必要はない、と安心させるための行為であった。

 

 やがて書斎の前で二人は足を止める。

 みほの恐怖が繋いだ手を通してまほに伝わってきた。

 優しくまほは微笑みかける。

 

「安心しろ。お前は何も心配することはないのだ」

「うん。ありがとう、お姉ちゃん」

 

 勇気をもらって、みほは力強く頷いた。

 これに頷き返すと、まほはガラス障子の向こう側にいるしほに声を掛けた。

 

「母上、まほです。少々大切な話がありこうして罷り越した次第。よろしいでしょうか」

 

 やや時間があって、

 

「入りなさい」

 

 と、しほが部屋の中より言い放った。

 

「では失礼を」

 

 まほが書斎に入れば、そこには背筋をきっちりと伸ばし正座をして待ち構えるしほの姿があった。まほたちが来ることを分かっていたような様子。

 まほはしほと机を挟んで対面に腰を落ち着け、みほはおずおずとまほの隣に腰を下ろす。

 席に着いてしばらくの間、まほとしほは無言で睨み合った。

 

 お互いがお互いに話さずとも何が言いたいのか理解できるのだ。しほは、みほと一緒にやって来たのを見て、まほが何を言いに来たのか分かった。まほも、しほがみほの顔を見て表情を険しくするのを見逃さず、みほに対してしほが何を思っているのか、その胸中を読み取った。

 

 殺伐とした空気である。山の頂上に居るように息がしづらい。みほは荒い息を何度も吐き出す。

 それを見て取ったまほは、この空気を変えるべく話を切り出した。

 

「ここらで腹の探り合いは良しとしましょう。単刀直入に伺いたい。此度のみほの一件、母上はどうお考えになっておられるのか、如何でしょうか?」

 

 淡々としほは答える。

 

「撃てば必中、護りは硬く、進む姿は乱れなし。鉄の掟、鋼の心。これが西住の教えです。教えに反した以上、厳しく罰しなくてはなりません。下の者に示しがつきませんので」

「それは……どうやら本心のようですね。残念です。では、続いて私の考えと致しましては、みほは人として良くやりました。誉めこそすれ、どうして罰することが出来ましょうか」

「まほ。あなたはまさか、西住の教えに背こうとしているの?」

 

 心臓を射抜くようなしほの視線がまほを捉える。

 しほの目を見たみほは小さく悲鳴をあげると、まほの腕に抱きついた。

 

 まだ耄碌する歳でもあるまいに、西住に浸透し過ぎだな、とため息の一つもつきたくなったまほ。妹が哀れだと思わざるを得ない。母親としての言葉を聞きたいのに、出てくる言葉はこれである。自分であったらもう拳で想いを訴えかけてるところだ。

 と言うよりは既に拳がひとりでに動き出そうとしているので、まほは強い意志で拳を解きみほの頭の上に置いて一撫で二撫で。その状態のまま言葉を紡いだ。

 

「西住流の教えが人の命を軽視するとあっては、批難せざるを得ますまい」

「正気なの、まほ?」

「母上こそ正気とは思われませんな。実の娘が人の命を何人も救ったのですぞ。西住の誇りと呼んでも差し支えないかと」

「西住は勝利を常とする流派。みほは西住の人間でありながら敗北をもたらしたのです。断じて許されることではないわ」

 

 ハハハ、とまほはいきなり大口を開けて笑った。

 私の母はどうも武道と戦争を混同しているらしい、と思わず笑ってしまった。

 みほは驚き、しほは滅多に色を付けない表情を怒りで朱く彩る。

 

「何がおかしいの?」

「ちょうどよろしいではありませんか。黒森峰は勝ち過ぎていたのです。九連覇という偉業を成し遂げて、慢心が見て取れました。そろそろ敗北を知って、心機一転し気を引き締めるべきだったのです。実力で負けたのではなく、人の命を助けて負けた。これで王者の面目は保ちつつ敗北の味を知れた。結果として一番良い終わり方ではないかと」

「何を言ってるのッ!」

 

 しほは机を力の限り叩いて身を乗り出した。

 

「どんな理由があれ、西住は敗北を許容しない! 絶対に許されない!」

 

 ならばとまほが言い返す。それは誰も想像しないような言葉を使っての言い返しであった。

 

「西住を変えましょう。勝利を求めつつ、慈愛の精神を育む流派。この際、そのように生まれ変わらせては如何でしょうか?」

 

 絶句した。しほは元より、みほも信じられないと言いたげにまほを見上げる。古きから今に続く西住の教えを変えるなどと、とんでもないことだ。

 そんなことをしたら西住がどうなることか想像もつかない。流派として崩壊する危険性もあった。

 

 しかしまほは冗談で言ったわけではなかった。西住も変わるべきなのだ。何も一から全てを変えようというわけではない。旧来の発想を多少なりとも今の世に合わせるだけのことである。

 つまり、貪欲に勝利を求めるのも大切だが、一武道として人の命の大切さを教えにいれようというだけのこと。何をそんな大騒ぎすることがあろうか。

 

「まほ、もう一度訊くわ。あなたは正気なの?」

「お姉ちゃん、本気で言ってるの?」

 

 しほと流石のみほも言外に反対の意を示す。

 西住は最早西住だけのものではなく、本家の人間たるまほが変えようと言ったところでそうそう変えれるものではない。

 だが、やはりまほは本気であった。そうだ。既に覚悟は決めているのだ。みほを守るためには、傷つけさせないためには、西住を変えるしかない。そしてそれを妨害しようものなら真っ向から戦うまでである。

 

「武道において、人の命よりも勝利が大切などと抜かすようなやつばらは、この西住まほがそれこそ許さぬッ!」

 

 勢いよくまほは立ち上がった。

 

「母上ッ!」

「何、かしら?」

「西住流やその関係者で、もしみほを不当に非難するような輩がいた場合は、こう申し伝えおいてください――西住まほは、貴様らの相手になる準備が出来ておると!」

 

 もの凄い剣幕であった。まほの瞳には憤怒の炎がぼうぼうと燃え上がっている。最早殺気すら感じるほどの剣幕に、さしものしほも押されるばかりで、首を縦に振る以外の動作は出来なかった。況やみほなど言葉も動きもない。

 

 後日のことである。

 しほがまほに頼まれた通り、門下生やOG会やらにまほの言葉を伝えた結果、みほを執拗に批難する者はすっぱりといなくなったという。誰も怒り狂った虎を相手にしたくないということだろうか。これにまほは鼻を鳴らして、

 

「軟弱者はこれだからいかん」

 

 と吐き捨てたとか。

 

 

 

 

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