武士道!戦車乙女と侍   作:フリート

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アンチョビ
日輪の子 


「相変わらず、おみゃあさんが淹れてくれた紅茶はうみゃあなあ」

「ありがとうございます!」

 

 アンツィオ高校戦車道部の隊長室にて、少女が日課としてアンチョビに紅茶を提供するようになったのは三ヶ月も前の話である。

 一口目を飲めば、必ず人懐っこい笑みで美味しい美味しいと称賛してくるアンチョビ。少女はこの笑顔が見たくて毎日を生きていると言っても過言ではなかった。

 

 アンチョビについて来たのは正解だと、三ヶ月前の自分を褒め称えたくなる。

 

 元々、少女は聖グロリアーナの戦車隊に所属していた。しかし中々成績が振るわず、もう戦車道を止めてしまおうかと思い詰めていた時に、アンチョビと出会ったのだ。

 その時、アンチョビは少女を引き抜きに来ていた。

 

 アンツィオならおみゃあの力を存分に発揮できるでよ。だから、来てくれんか……。

 

 くしゃくしゃと人懐っこそうな笑顔を浮かべて、けれども確かな威厳を醸しながら、両手を握られて懇願するように頼まれた少女。断る理由はなかった。

 自分の力を認めてくれる。自分のことを欲しいと言ってくれる。これだけで報われたような気分になったのだ。

 

『私なんかが、お役に立つのでしょうか……』

『勿論だで。おみゃあさんの力がアンツィオには必要なんだわ』

『あっ、でも、お母様やお父様が許して下さるか分かりませんし、ダージリン様も……』

『そこは、私に任せるでよ。諸々の手続きはやっとくがや』

『どうしてそこまで私のことを?』

『だから言っとる。おみゃあさんが欲しいってな』

『ああ、本当に、本当にですか?』

『おう。本当じゃ』

 

 こうして少女は聖グロからアンツィオに転校することになった。アンチョビは言葉通り、少女の両親に話を通して許しをもらい、聖グロ戦車隊の権威者であるダージリンにも話を認めさせたのである。

 

 これだけでも驚きに値するのだが、それ以上に度肝を抜かれたのは、少女の両親やダージリンがすっかりアンチョビを気に入ってしまったことだ。プライベートでも自らお茶に誘うほどで、十年来の関係と見間違えるほど距離を縮めた。

 

 また、少女の両親は経済界ではそれなりの人物で、アンツィオ高校戦車道部に資金援助をすることを約束し、ダージリンも使わない戦車をアンツィオにプレゼントすると言い出したのだ。

 

 そしてこれだけで終わらない。

 アンツィオ高校戦車道部には、少女と同じように他校から引き抜かれた人がたくさん在籍していたのだ。それも両親やら元の学校の隊長陣を納得させる形で。

 

 アンチョビは、天性の人たらしであったのだ。

 

 こうしてアンツィオ高校戦車道部の一員となった少女は、レギュラーとして戦車に乗る傍ら、聖グロ時代の技能を生かし、アンチョビに紅茶を提供する係となった。まさかこんなことになるなんて夢にも思っていなくて、少女は現在、幸せの絶頂期であった。

 

「ところで、先ほどから何をご覧になってらっしゃったのですか?」

 

 先ほどから気になっていたので、少女は訊ねた。

 少女が紅茶を淹れる前から、アンチョビは熱心に一冊の本をめくっていたのだ。

 

「ああ、これか?」

 

 アンチョビが掲げたのは雑誌。月刊販売されている雑誌で、戦車道のことについて載せられている。

 

「こりゃあ二か月前のものだて。ちびっと気になったことがあったもんで、見てたんだがや」

 

 ぺらぺらとアンチョビがめくり、あるページで止める。これだがや、と少女に示されたのは、『黒森峰女学園まさかの決勝戦敗退。念願の十連覇ならず!』と見出しされた、今年の大会に関する内容。少女もこのことは、戦車道に携わる者として勿論知っている。と言うよりは、この決勝戦を見に行っていたのだ。知らない筈がない。

 

 これがどうかしたのか、と少女が小首を傾げれば、アンチョビが答えた。

 

「西住みほっているでしょう、例の」

 

 これこれとアンチョビが指をさした先には、その西住みほの写真が載っていた。黒森峰を敗北に導いた戦犯だとか、厳しい意見が世間で飛んで回っている子だ。どうしてそんな風に言われているのかと言えば、決勝戦の時に、川に落ちた仲間を救うべきフラッグ車を放置して助けに行った結果、そのフラッグ車を撃破されて黒森峰が負けてしまったのである。しかも、みほの所属する流派が多少の犠牲はやむなしという考えで、その教えに背いたことも問題視されているのだった。

 

「風の噂で聞くところ、随分酷い目に遭っとるらしいんだがや」

「酷い目とおっしゃると――虐め、ですか?」

「まあ、そんなところ」

「それは、かわいそうですね」

 

 確かに負けたのはみほの行動が原因なのは、文句のつけようがない。だからと言って虐めて良いとかいう理論は意味不明だ。十連覇が掛かっていた重みもあるのだろうが、だったらなおさら、王者としての対応というものがあるだろう。虐めと言ってもどれほどのことかは知らない。無視するとか、暴力を振るうとか、言葉攻めにするとかであろうが、王者としてのプライドがあるのなら程度の低いことはしないでほしいと、少女は思う。

 

「何とか出来ないものでしょうか」

 

 本当に虐めがあるのだったら何とかしたい。これを見過ごせるほど少女は薄情じゃないつもりである。

 

 すると、我が意を得たりとばかりにアンチョビが微笑んだ。

 

 ああ、これだ。私はこの太陽のような笑顔に救われたんだ、と少女はうっとりと見惚れる。同時に、西住みほは何とかなるだろう、と思った。この笑顔には何人なりとも抗うことは出来ず、心をほだされてしまうのである。

 

「私は思うんだが、西住みほは黒森峰にあっとらんのではにゃあか」

 

 この一言で、少女はアンチョビの意図を悟った。

 自分と同じである。聖グロで燻っていた自分を救ってくれたように、黒森峰で不遇の生活を送っているであろう西住みほも救おうと言うのだ。

 

「黒森峰には黒森峰のやり方がある。しかし、見たところ西住みほは仁の人だがね。犠牲を許容するような場所では身が狭かろうに、こういう人物は、アンツィオにこそ相応しい――おみゃあさん、そうは思わんか?」

「はい。私もそういう方と一緒に戦車道をやれたのなら楽しいと思います」

「でしょ! だったらもうやることは一つしかねえでよ」

 

 膝を一叩き、アンチョビがその場から立ち上がり、出口へと向かおうとする。思い立ったが吉日。即断即決こそがアンチョビの信条であり、強みでもあった。

 

 少女は実際以上に大きく見えるアンチョビの背を見送りながら、

 

「西住さんは、紅茶お好きでしょうか」

 

 と、近い未来を想像するのであった。

 

 

 

 

 




日輪の子――豊臣秀吉
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