SAO/extra   作:ハマグリボンバー

1 / 13
0-1それは誰かのエピローグ

 

 

────────肉体が/精神が/魂が 解けていく。

 

 

 

 50に届く夜を超え、8回に及ぶ決戦を制した。

 

 

 

────────自分の肉体から浮上していく煌びやかな気泡が、私の身体(データ)であったものの様に感じ、欠けた心がさざめき立つ。

 

 

 

 

 月の聖杯戦争。万能の願望器”ムーンセル・オートマトン”を巡る戦いは終わり、岸波白野は唯一の勝者となった。

数多の願いを踏みにじり、いくつもの命をこの手で奪い、そうして得た今に後悔など存在しない。

 

……心残りがない、ということはできないが。

 

 

 

────────身体がその機能をまた一つ失う。緩やかに照明を落とした世界が、私の終わりが近いことを教えてくれる。

 

 

 

 あぁ、そういえば…最初の願い(生き残ること)は果たされなかったな。

 

急激に朦朧とし始めた意識で思う。既に答えの出された問だ。

 

 

 これでいい。そう、これでいいのだ。

 

 

あの願いは、私が空っぽだった故のもの。共に戦ってくれた彼女の笑顔が、苦楽を共にした最高の相棒(サーヴァント)が、私が経験した僅かばかりの日常が、この終わりを肯定してくれる。

 

 

 

────────私の相棒(サーヴァント)が手を握っていてくれている。

 

 

 

 既に感覚の機能はない。だが、不思議とそんな確信があった。それに、聖杯の内側まで付いて来てくれるほど優しいアイツのことだ。今だって私に励ましの言葉でもかけてくれているに違いない。

 

心配性なサーヴァントだと呆れる。私は不安も不満も抱いていないというのに…。

ただまぁ、最後の最後で無視するのも決まりが悪い。何か気の利いた返事をしなくては…。

 

そこまで考えて、ふと思い出す。

 

なんだ。大切なことを一つ伝えていないじゃないか。

 

怒涛の様に過ぎていく日々であったから、こんな当たり前のことすら伝える機会を逃していた。

 

 

楽しかった。と、

嫌なことも、大変なことも沢山あったが、しかしそれでもあなたといた時間は楽しかったのだと。

 

私は確かに…幸せであったのだと。

 

 

 

「──────────────……。」

 

 

果たして。

 

────この声は、届いたのだろうか。

────この想いは、聞こえたのだろうか。

 

────不正なデータと判断された私に、ささやかな感謝を伝える権利(きのう)は残っていたのか。

 

 

わからない。この身は既に自身の言葉すら知覚することが叶わない。

けど…届いているといいなと…そう思う。

 

それに───もう時間だ。

 

 

私は──────微睡みに身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっ…!あな…!だい……ぶ!?」

 

 

 ふと、どこかで甲高い声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無限の蒼穹に浮かぶ巨大な石と鉄の城。

直径にして10キロメートル。階層にして100。

数多のNPC(ノンプレイヤー・キャラクター)と無限にポップするモンスター、1万”であった”プレイヤー、そして異物が1つ。

 それが今のこの世界のすべてだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインクラッド74層迷宮区。今現在において、最もあの世に近い場所。

ここでは常に死神の鎌が首元にあり、一度気を抜けば瞬く間に私たちの命を絶つ。

 

 

 

「白野さん!スイッチ!」

 

 

 眼前でエネミーと相対していた白銀の少女───アスナが声をあげる。

 それと同時、放たれた流星のごときアスナのソードスキルが敵エネミーのバックラーを強烈に叩き、大きく弾き上げる。

 

 それは、前衛を交代させる合図に他ならない。

 私は、強く地面を蹴り二息歩行のトカゲのような敵エネミー──リザードマンロードの前に躍り出る。

 

 

────この鉄の城における敵エネミーの戦闘用AIは、ムーンセルのものとは勝手が異なる。

 

 同じ状況を作りさえすれば、必ず同じ行動を行うムーンセルの雑魚エネミーとは異なり、目の前のこいつらは、戦闘中に学習し、その相手に対して最適な戦術を組み立てていく。

そのため、一人で戦闘を行うことになった場合、その難易度はムーンセルの比ではないだろう。

 

 だが逆に、こちらが二人以上になったとき、その評価は逆転する。

 

 

 ギョロリと爬虫類の持つ独特の眼球が、飛び出した私を捉えた。

 

 

────敵の硬直が解ける。

 

 

その胴は未だにがら空きだったものの、私の素早さでは僅かに間に合わないと判断。

 

 

────そも、アスナは能力値を俊敏に寄せた細剣使い(フェンサー)で、私は能力値を筋力に寄せた両手剣使い(セイバー)だ。これに私の連携の拙さが合わされば、こういった細かなロスは仕方がないと割り切ることができる。

 

 それに、このビルドの違い、戦い方の違いだけで、敵AIにとっては致命的だ。

 

 

────プレイヤーの戦闘方法によって自らの最適化を行うこのAIは、急激な戦闘法の変化に対応することができない。

 

 

 リザードマンロードが、わずかに腰を落とし眼前に左手のバックラーを掲げる。だがそれは、アスナの突きから身を守るための対処法に他ならない。

 

 私は減速せず、飛び出した勢いのままにそのすぐ横走り抜け、すれ違いざまにその背中を切り裂く。無論、その程度大したダメージにはならない。だがこれによって二撃目、次の本命を相手は対処することができない。

 

────弧を描くソードスキルの残像は、三日月のそれによく似ていた。

 

 防ごうと掲げられバックラーの隙間を縫うように、青い三日月はリザードマンロードの首に突き刺さる。否、その一撃でもってリザードマンロードのHPが全損したことで、その三日月は鎌へと変質する。

 

 一瞬の停滞の後、死神に追いつかれた”それ”は世界から否定されるように霧散した。キラキラと光る粒子は大気に溶け、もはや存在の形跡もない。

 

 あのリザードマンもまた、データの海に還ったのだろう。

 

 いや…あるいは私のように遠いどこかでまた目を覚ますのか。

 

 

────データの海。そうデータだ。私は今なお電脳世界の内部にいる。

 

 とは言っても、地上に戻るべき肉体がない以上、私が存在できるのは電脳世界しかないため、ある意味当然ともいえるのだが。

 

 

 「白野さん、お疲れさま。もういい時間だし、そろそろお昼にしましょ。」

 

 

 そう、先ほどまで、確かにリザードマンロードがいたはずの虚空を眺めていた私の肩に手を置き、アスナが告げた。

 

 

────あぁ。アスナのお弁当は美味しいから楽しみだ。

 

 

 そっと視線をアスナに移し、「そんなこと言っても白野さんの取り分は増えませんからね。」なんて言いながらセーフティーエリアに向かう彼女の背を追った。

 

 

 この迷宮区に入ってからずっと握り続けていた刃の波打つ紅い両手剣──原初の火。その刃の形状から鞘の欠けた歪な剣。アスナからの借り物であるその剣は、ただ何も告げず、私をじっと見つめている。

 

 

 

 

 

 

 「ええ。確かにスイッチの声を聴いてから動き出すと、どうしても一歩遅くなっちゃうわね。理想としてはその前に走り出してることだけど…。ていうか、白野さんの場合は立ち位置がちょっと遠過ぎよ。走り出すタイミングとかそれ以前の問題だわ。」

 

 

 

───ぐぬぬ。

 

迷宮区に点在するセーフティエリアの一つ。痩せた岩に囲まれたそこで行われる反省会はもはや恒例で、いつだって、私はアスナのごもっともな指摘に返す言葉もない。

 

 大丈夫…大丈夫…。あれは、マスターとしては近すぎる位だった。最近まではそちらが正しかったのだし、今回出来なかったのは仕方のないことだ。次、そう次から頑張るから…。

 

 

 アスナと行動を共にするようになってから、まだ今日で4日目だというのに、私は既に自己弁護が癖になりつつある。

 

アスナの酷く的確な指導は、油断したまま受けると確実に私の芯を打ち抜くのだ。

 

 

 そりゃ、ビシビシ指導してくれと頼んだのは私だし、アスナの言葉も私の為を思ってだとは理解しているが、私は褒めても伸びるハイブリッドタイプだ。ついでに言えば公衆トイレも、"清潔に使ってください。"より"いつも清潔に使ってくださってありがとうございます。"の方が気合いが入るタイプだったりする。

 

 

 だが、自ら「もっと褒めてくれ」と頼むのは違うのだ。私はただ、…うぅん。と唸ってやることしか出来ない。

 

 

 

 「そういえば、白野さん。あれから体調に変化はあった?」

 

 

──いや、大丈夫だ。特に変化もなく、動きに支障もない。

 

 

 薄手でありながら不思議と耐久に高い補正のかかるワンピース越しに脇腹を撫で、アスナの問いに答える。

 

 

 

  私の脇腹は、黒く染まっている。

 

 

 それはいつか見た誰かの様に、見紛う筈もない終わり行く者の証。あの月において、何度も私が押し付けてきたものだ。

 

 だがこれは、どうにも自業自得に近い。

 

 

 この迷宮区において、アスナに"拾われた"私が、何かしら役に立たねばと愚かにもコードキャストを使ったのが原因だ。

 

 使用したコードキャストは、単純な敏捷の強化。この鉄の城の言い方で言えばAGIの強化か。

 

 移動時間を短縮しようと使用したコードキャストではあったが、結果として、私はあまりの痛みに悶絶。それを見たアスナが強化された敏捷でもって駆け寄ってくる、というあまりに間抜けな構図になったのだ。

 

 

──それが、外のルール(月の魔術)を強引に持ち込んだ事が原因なのかはわからない。

 

 

 ともあれ、腹部の変色は広がっていく気配もなく、痛みも動きに支障のあるレベルではない。

 

 自分の現状を知る勉強料であったと、納得するほかにないだろう。

 

 

 「そう…、ならよかった。」

 

 問題なく戦闘を行っている姿から、ある程度予想はついていたのだろう。その言葉は心配というよりも、確認といった意味合いを強く感じた。一息をおいて、再度アスナは口を開く。

 

 「今朝、ギルドの方から連絡があったの。この迷宮区の攻略もあと少しで終わるだろうって。」

 

 

 私がこの迷宮区でアスナに救われてから約一週間。アスナは、レベルこそ90に近かったものの、武器の熟練度は総じて0であった私に付き添い、下層の迷宮区、或いは今日のように74層の迷宮区の踏破済みエリアで、レベリングを行っていた。

 

 当然、その間も他の者による攻略は行われている。

 

 日々、新たなエリアに向かい、新たな敵や新たなギミックと戦う事が攻略であるならば、一週間の間攻略から離れたアスナは、他の攻略組と比較し、大きく遅れていることだろう。

 それは能力の話ではなく、戦闘の勘であり、情報の話だ。

 

 この迷宮の底が見えていないのだ。私も、アスナも。

 

 全てのエリアを走破し、全種類の敵モンスターを撃破し、そうしてその奥に潜むボスの戦闘力にアタリをつけるのが通常だ。 

 無論、ボスモンスターに対して、複数回の偵察は行われることだろう。

 しかし、行動の傾向や使用するスキルをいくら聞いたところで迷宮区全体の難易度を知らなくてはどうしても認識が甘くなってしまう。

 或いは、迷宮区に数多く存在するモンスターの中に、ボスと同様の行動を行う敵がいる可能性も否定出来ないのだから、現状の私とアスナでボスモンスターに挑むのは望ましいこととは言えない。

 

 

 であるならば、アスナから続く言葉はある程度予測できた。

 

 「だからね…、明日から私たちも攻略に参加しようと思うの。勿論、白野さんまで無理に来る必要はない。命を落とす危険は今までの比ではないし、貴女がまだ無理だと言うのであれば街で待っててくれていい。ただ、できれば貴女にも来て欲しいって思ってる。」

 

 

 どうかしら…? おずおずと、アスナは私に問いかけた。

 

 そんな、いつもと違うアスナの姿に自然と笑みがこぼれる。

 

 それは、アスナの騎士然とした格好とはひどく不釣り合いで──

 

───それでもアスナという少女には、ごく自然な仕草に見えたから。

 

 

 

  迷惑でなければ、私も同行させて欲しい。

 

 

 返答は決まっていた。

 

──全ては、あるべきものを、あるべき場所に返すために。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。