SAO/extra   作:ハマグリボンバー

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1-4 ただ一度のコンチェルト

 「今日はこれくらいにしておこうか」

 

 

 ヒースクリフのその一声に、肺に溜め込んだ酸素をまとめて吐き出した。

 

 隆起する木の根を避けるように突き立てたロングソードに身を預けながら、目の前の《聖騎士》を睨み付ける。

 

 生い茂る木々の隙間から突き刺さる西日が男の白銀に反射し、私の眼を僅かに焼く。

 

 葉の隙間からこぼれる光も、方向感覚を狂わす周囲の木々も、足の取られる地面から隆起した根も、幻想的ではあるものの、お世辞にも戦い易い場所とは言えなかった。

 

 

──もう少し戦い易い場所では駄目だったのだろうか。

 

 思わず不満が口をついて出る。だが、それも仕方ないのではないだろうか。昼休憩からこっち、延々とポップし続けるヘビ型のモンスターと戦い続けて来たのだ。

 

 ここは75層のフィールド。敵も相応しいほどに強く、戦闘となれば一時の予断も許されない。となれば既に疲労は限界であり、早くお家に帰りたいと私が言い始めて既に二時間になる。

 

 同じ時間を共に戦っていた筈の男は、いつも通りの微笑みを湛えた表情をこちらへ向けた。

 

 

 「いや、どうやらここが最も効率が良いようなのでね。あのヘビ─アイヤタルは体力が減れば仲間を呼ぶ習性があるようだし」

 

 

 そのせいでずっと苦しい戦いだった訳だが。

 

 事実として、共に戦っているのがヒースクリフでなければ、今頃私は死んでいたかもしれない。それがどれ程かと言うと、アスナから私を引き抜いたのはここで殺す為だったのかと覚悟したほどだ。最強と吟われるヒースクリフですら、HPの3割近くが削られている事実が戦いの激しさを物語っている。彼の中で安全マージンはどこにいったのかと私は首を傾げる他にない。

 

 

 「報告で聞いた君の戦闘能力と、私自身の力があれば、十分に安全だと判断した。であれば、わざわざ効率の悪い下層に降りる必要も無かろう」

 

 

 これのどこが十分に安全なのか。私は黄色に染まった自分のHPバーを指差しながら抗議の声をあげる。

 ヒースクリフの視界には映っていないそれに、男はわざとらしく肩を竦めた。

 

 「下層であれば死の危険が無くなるわけではない。モンスター、トラップ、地形、或いは我々の同士に刃を向けられることもある。長期間そちらで戦うよりも、ここで手早く強化した方が結果として安全だと判断したのだが?」

 

 

 そういうことじゃないから…もうやだこのゲーマー…そう言って、思わず天を仰ぐ。

 

 ヒースクリフの言い分はいつだって合理的で、具体的な反論は思い浮かばない。だがそれでも、何か大切なものが欠けているように思えてならない。

 

 なんともなしに漏れたその言葉に、ピタリと、ヒースクリフはその動きを止めた。

 

 

 「──ゲーマー…かね?」

 

 

 視線すら合わせず、確かめるように呟く男に僅かに眉を寄せる。

 

 

 

──ゲームなのだろう?この世界は。

 

 

 もっとも、現実の命がかかっている時点で、普通のゲームとは言いづらいのだが。

 

 

 「…それは、アスナ君から聞いたのかね?」

 

 

 男の口から出たよく知る少女の名前に、いいやと首を振る。

 

 それは違う。思えば、アスナはその事実を過剰なまでにひた隠しにしていた。おそらくは、『この世界』の住人である私に、『この世界』は偽物だと伝えることを避けたのだと思う。

 

 おかげで、その事実を知ったのはごく最近だったりする。

 

 とはいえ、別にゲームだったからと言ってなんということもない。私の立場がどうにかなるわけでもないし、思えば聖杯戦争も似たようにものだった。

 

 

 ヒースクリフは無言のまま、考え込むように自らの顎を触れる。

 

 

 その姿に失言だったかと思い直す。

 思えば、ヒースクリフもこの世界がゲームであることを連想させる発言は極力避けていたように思う。もしかして、この男もアスナと同様に私に気をつかってくれていたのだろうか。

 

 「ならばなおのこと理解に苦しむ。君が手を貸している100層への到達、ひいてはプレイヤーの現実への帰還は、つまりはこのゲームのクリアを指す。それは、このアインクラッドの最後であり、君の最期だ。そこまで理解して尚、なぜ攻略に力を貸す。まさか、自分がプレイヤーの一人だと勘違いしている訳では無かろう?」

 

 

 無論だ。だが別に、このゲームがクリアされれば、この世界がなくなると決まった訳ではない。存外世界は続いて、たまに遊びに来るアスナなんかと一緒に暮らす未来もあるかも知れない。

 

 

 そんな夢のような理想を言葉にして、それでも、それがあり得ないことなのだと、心のどこかで分かっていた。なぜなら──。

 

 「ないな。例えこの世界が無くならずとも、アスナ君達がここに戻って来ることはない。本人意思の問題ではなく、周囲がそれを許さない筈だ。」

 

──我々は、この電脳世界に来るにあたって、ナーブギアという機械に頼って居るのだが、これが政府に回収される筈だ。

 

 自分のこめかみを指差しながら、男は続ける。視線は遠いどこかへ向き、表情からその内面は読み取れなかった。

 

 

 「そして、きっとこの世界は台無しにされる。様々な思惑がこの一つ一つを奪い取っていくことだろう。最後に残るのは、行儀の悪いハイエナ食い散らかされた残骸だ。君が思い描く未来など来る余地もない。」

 

 そこで、男は一度言葉を区切る。沈みゆく夕日は空を紅く染め、だが肝心の太陽は、木々に隠れてその姿を見せない。青々とした葉が映す擬似的な紅葉は、色合いに反してその生命力を強く主張する。

 

 「──そしてそれは、この世界の創造主とって我慢ならないことだろう。台無しにされるぐらいなら、この景色を醜いものにされるのなら、クリアと共に世界ごと消滅させた方がいい……と、考えるのではないかな」

 

 

 

 そう言って、ようやく私へと視線を向けた。その表情にはいつもの微笑が戻っている。

 

 

──らしくない。口から出かけたその言葉を、すんでのところで飲み込んだ。らしくないのではない。今この瞬間が、ようやく見せた彼らしさなのだと感じたから。

 

 

 ヒースクリフも、現実ではゲームを作っていたりするのだろうか。妙に実感のある言葉にそんな邪推すらしてしまう。もっとも、目の前の男は、研究者だとか、魔術師だとか、そういった職の方が向いていそうではあるが。

 

 

 「…私は学者だよ。私自身、それなりには向いていたという自負もある。だが、科学は日進月歩だ。今私が戻ったところで、もう私の席は残っていまい」 

 

 最後は、喧嘩別れだったしと、よくわからない捕捉をする男に苦笑しつつ、なら、この世界の創造主を恨んでいるのかと問う。

 

 「…いや、私は恨んでなどいない。私の学者という立場が、彼─茅場晶彦と近かったから、共感できる部分もあるからだろう。…君はどうかね?この世界の創造主であり、同時に君の創造主でもある茅場晶彦について、或いはその男が創りあげたこの世界について、君はどう感じている?」

 

 

 眼を瞑ったまま苦笑するその姿は、その質問自体を恥じているようにも見える。普段からは想像もできない姿に驚きながら、今日は珍しいものをよく見る日だと感想を覚えた。

 

 それにしてもと、投げ掛けられた問いへと思考を移す。

 

 

 茅場晶彦について、私はどう思うのか。

 

 ムーンセルの願望器としての機能が、『願い通りに現実を歪める』のではなく、『理想の未来を再現する』ことにある以上、今ここにいる岸波白野の作成者はその茅場晶彦で間違いない。

 だが、それと同時、月の聖杯戦争において、魂を獲得し、アーチャーと共に戦い抜いた記憶を持ち、反対にこの鉄の城における『岸波白野』の役割の一切を知らない私は、茅場晶彦に作り出されたのだと言われても、些か実感が薄いのだ。

 だが、私が今こうして息をしていられること、アスナやキリトと出会えたこと、そういった諸々は、間違いないなく茅場晶彦のお陰で。そこに関しては、非常に感謝をしていた。

 

 

 それに、この森も、川のせせらぎも、人々の営みもこの世界には存在していて、同じ電脳世界だというのに、過酷な生存競争を強いる月とでは大きく異なっていた。

 疑いようもなく、この世界は美しい。こんな美しい世界を創り出せる男が、悪い人間のはずがないと考えてしまうぐらい。

 

 

 だから、私は茅場晶彦のことを憎からず感じていた。無論、打倒すべき相手なのは間違いないが、それは現実へと帰還したアスナやキリト、或いはヒースクリフといった正真正銘のプレイヤーが行うべき事柄なのだ。

  

 

 「10000人近くの未来を奪った男だとしてもか?」

 

 奪ったという言葉には語弊がある。2年間という期間は誰にとっても致命的だが、決して取り返しのつかないものではない。望んだ生き方はできなくても、望んだものになれなくても、きっと人は幸せになれる。

 

 

 「4000人近い命を奪った男だ」

 

 それは違う。茅場晶彦が奪った命の数はもっと少ない。数が少なければ許されるというわけではないが、この鉄の城で生き、勇敢に戦い、そうして命を落としていった者達の最後を、茅場晶彦に殺されたで済ませて良いわけがない。

 彼等はこの世界に生き、この世界で死んだのだ。そこに茅場晶彦が絡む余地はない。

 

 

 「…そうか。───そうか。」

 

 男は噛み締めるように。

 

 

 

 「君たちは、そう思うのだな」

 

 

 

 

 そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カチャカチャと、皿とフォークの触れ合う音が鳴る。

 店内に響く陽気な音楽が、周囲の話し声ごとそれを呑み込んだ。

 

 木でできたカフェテラス。スプーンとフォークで目前のパスタを絡めとりながら、黙々と口へと運んでいく。

 

 

 「それで、君たちはいつまで喧嘩しているのかね」

 

 

 うぐっ…と、思わず口に入れたパスタを吐き出しそうになるのを堪えながら、目の前でコーヒーを飲む《伝説》へ視線を向ける。

 

 

 それを貴方が言うのか。そもそもの原因はヒースクリフにあると思うのだが。

 

 「いや、あれはあの状況でふざけた事を言う君の責任だろう。まぁ私が悪くないと言うわけではないがね」

 

 

 余裕の表情で返すヒースクリフを憎たらしく思いながら、パスタの山の中でフォークをクルクルと回す。

 

 先日の一件の後、アスナとはほとんど口をきいていない。

 

──貴女にとっては、その程度のことなのね。

 

 

 そう、何かを諦めたように呟いたアスナの表情は今も脳裏に焼き付いたままだ。

 

 「あれから、会話は一切していないのかね?」

 

 していない。私はあれから血盟騎士団(というよりヒースクリフ)と行動を共にしているが、私が女ということもあって、生活の拠点はアスナのホームから移っていない。だからこそ、会話のない今の生活は酷く苦痛だった。

 

──あぁでも、『行ってきます』の挨拶だけはしっかり返してくれる。

 

 

───行ってきます。

 

───行ってらっしゃい。

 

 

 特に理由があるわけではないが、どちらが先に出たとしても、その会話だけは欠かした事がない。

 

 

 「それで、食事も作って貰えずここに居るわけか」

 

 

 あぁ、そうだ。と視線を下げたまま返事をする。

 

 

──これは嘘だ。

 

 口にはせずとも、何も言って来なくとも、アスナがあれ以降も欠かさず食事を作ってくれていることを私は知っていた。

 

 それなのに、私は何も知らない振りをしてアスナを裏切る。──ここにいるのは、ただの私の癇癪なのだ。

 

 

 私だって、アスナと一緒に──。

 

 

──というか、なんでヒースクリフはここにいるのか。本部に帰ると言っていなかったか。

 

 

 「我が血盟騎士団の本部に食堂の機能はなくてね。あと、ここは私の行き着けだ」

 

 

 この店を使うのは今日で最後にしよう。別にヒースクリフが嫌な訳ではないが、あまり事情を知っている人と会いたくない。

 

 

 「話を戻すが、最近、アスナ君に変わった様子はあったかね?何か、思い悩んでいるような様子は」

 

 

 思い悩んで…いたのだろうか。最近アスナとの会話がなくなったものだから、変わった様子と言われても困る。変わったと言えば全てが変わったし、ただそれは、関係性の変化によるものとも取ることができる。

 

 後は、キリトと行動を共にする事が多くなったぐらいか。血盟騎士団の活動から離れたのだから、ある種当然とも言えるが、以前から考えれば、大きな変化ということもできる。

 

 結論を言えばわからないだ。そもそも、質問の意図を教えて貰えねば、その質問には答えられないと思うのだが。

 

 

 ヒースクリフは、確かにと頷き言った。

 

 

 

 

 

 「──先ほど、アスナ君からしばらく攻略から離れたいと連絡がきた」

 

 

 

 

 

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