SAO/extra   作:ハマグリボンバー

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0-2 いずれ、彼女達は出会う。

 

 

 カツカツと、一歩先を歩くアスナの靴底が一定のリズムで廊下を叩く。

 ここは、第55層にある血盟騎士団本部。

 アスナと私は、攻略参加の表明のために訪れていた。

 

 なんでも、来ないなら置いていくぐらいに言っていたアスナだが、私が不参加だった場合、アスナも攻略に加わらない予定だったとか。それどころか、攻略自体を遅らせることすら視野に入れていたと言う。

 

 ──正直そこまでしてくれる理由がよくわからない。

 

私以外にも、攻略組に続く者は居るのだし、私にだけ投資する必要性を感じないのだが。

 

 私にそこまでの可能性を感じているのだろうか?

 そうだとしたら、なかなか良い目をしていると言わざるを得ない。…残念ながら共感は出来ないのだが。

 

 

 「ここよ。」

 

 この巨大な建物内の最深部、一際大きな扉の前でアスナは足を止めた。

 

 ふぅと、アスナが大きく息を吐き出し、こちらに向き直る。

 

 「事前に連絡してあるし、基本的には私が対応するから、そんなに身構える必要もないわ。…行くわね。」

 

 

 

 コンコンコン、とノックを三回。僅かな間をおいて、内側から扉が開かれる。

 

 「お入り下さい。」

 

 扉を開けた男性は、アスナ、私の順に視線を送り、道を開けるように端に避けた。

 

 その動きを追って、私は男性の顔を見上げる。

 

 年齢は30代前半だろうか。髪は短く切り揃えられ、今なお私に視線を投げ続ける瞳には確かな知性が宿っている。

 

 アスナ曰く、この場には血盟騎士団の団長と参謀役のみが集められているらしい。

 

 ならば、おそらく目の前の彼も参謀役の一人なのだろう。

 

 それにしても…。

 …なんだろう、やたら観察されてる。

 

 目の前のこの男だけではない。私とアスナを除く全ての人間が私に視線を向けていた。

 

 

 正直、居心地が悪い。視線の意味が測りかねるのだ。もしかして私はお呼びではないのか。

 

 でもそうだとしたら、アスナのせいだし…。私連れて来られただけだし…。

 

 

 僅かな静寂。だが、それはすぐに切り裂かれた。

 

 「…ふむ。まずは久し振り…と言おうか。アスナくん。」

 

 

 ──その声は、まさしく部屋の空気を一変させた。

 

 まるで、この場の中心が動いたかのようにその男に視線がいく。

 

 白い長テーブルの向こう側。窓から射し込む光を背に浴びて、男は座してなおこちらを見下ろしている。

 

 「こうして顔を合わせるのは6日ぶりかな?──よく、間に合わせてくれた。その手腕は、流石と言う他にないだろう。これで心置き無く攻略に臨むことができる。」

 

 「…いえ。」

 

 

 数あるギルドの中でも最強と名高い血盟騎士団の団長にして、プレイヤー6000人の頂点。もはや、伝説とすら呼ばれる男の称賛を受けてなお、アスナは気まずげに視線を反らす。

 

 

 というかこっちを見ないでほしい。身構えなくていいとはなんだったのか。

 

 

 ひどく気まずげにこちらを伺うアスナ。形の良い眉は八の字を描き、目は伏せられ、下唇を僅かに噛まれている。

 悲しむというよりは、なにかを悔いるようなそんな表情だ。

 

 

 ──アスナが何を思ってそんな表情をするのか、私には理解することができない。

 

 

 アスナや他のプレイヤーと話すとき、今回のように、よくわからないまま微妙な雰囲気になることは過去にも何度か存在した。

 

 そんなとき、アスナは決まってこの表情をするのだ。

 

 

 正直言って最悪の空気である。

 

 まさか、いきなりこんな空気になろうとは…。ここはアスナのホームではなかったのか。

 

 私がこの空気を打破しようにも、生憎とこちらは面白い自己紹介しか用意していない。それを今やれと言われても無理である。というか嫌である。

 

 だが、このまま黙っているわけにもいくまい。

 もはや会話とも呼べない今のやり取りのどこがウィークポイントだったのか、私には想像もつかないが、現にアスナは完全に返答に窮していた。ならば、ここは私が助け船を出す他にないだろう。

 

 アスナに集まっていた注目を私へ向けるため、前に一歩踏み出そうとして──やめた。

 

 

 「団長。まずは一つ訂正を。」

 

 

 他でもないアスナが、その顔を上げたからだ。

 

 

 「こうして、ボス攻略に参加できることを、私自身も喜ばしく思います。ただ、それは私の力だけではありません。白野さんが。他でもない白野さん自身が努力をし、ボス攻略を参加するに足る実力を身に付けたこと、そして、死の危険があるにも関わらず攻略に参加する意思をみせてくれたこと、この二つがあって、ようやく実現したことです。」

 

 

 凛と話すその姿に、先程までのアスナの面影はない。紛れもなく、『騎士』アスナの顔なのだろう。

 

 

 「ですので、団長。先程の言葉を、訂正してはいただけないでしょうか?」

 

 

 ──そのアスナの話す内容について、思うことがないわけではない。

 

 そもそも、アスナから武器を借りている上(システム的には私の物になっているが)、一週間近くの間、一対一で戦い方を教わったのだ。私自身、もう全部アスナのおかげで良いんじゃないかなと思っている。

 

 

 そしてそれは、きっとアスナも自覚しているはずで、

 

 

 ならば先程のアスナの言葉だって、本当の意味はもっと別の所にあるはずなのだ。

 

 

 私はまだ、その意味を知れずにいた。

 

 

 

 「アスナさ──」

 「そうだな。」

 

 長机の末席、入室の際に扉を開けた男の言葉を遮るように、血盟騎士団 団長─ヒースクリフは声を発した。

 

 「あぁ。そうだ。そうだとも。今のは私の失言だ。二人には撤回と謝罪をしよう。すまなかった。」

 

 

 

 アスナの言葉を、正しい意味で受け取ったであろうヒースクリフは、否定することなく謝罪した。

 

 

 

 そして、その横で不満気な表情をした部下に、彼は視線だけを向ける。

 

 

 「今回の責任者は私だ。君たちのことは信用しているが、ここは私のやり方でやらせてほしい。」

 

 

 その言葉に、アスナの目が見開かれたのを感じた。いや、アスナだけではない、参謀役のことごとくが驚いたようにヒースクリフを見ていた。

 

 

 だが、こう言われては言い返すこともできないのだろう。男は、何かを誤魔化すように髪をかきあげ天井を見上げた。

 

 

 

 

 うーん…じぇらしー…。

 

 目の前で共にいた年月の差を見せつけらている。話についていけないし、なんだか浮気された気分だ。

 

 

 

 

 「では、そろそろ本題に入ろうか。まずは…そうだな。お互いに話は聞いているだろうが、自己紹介から始めようか。」

 

 

 ヒースクリフはそう言って立ち上がり、私に向けて手を差し出した。

 

 

 「私の名前はヒースクリフ。一応、この血盟騎士団の団長の立場にいる。名ばかりだがね。」

 

 

 

 その言葉を受けて、私も握手に応じるべく、ヒースクリフの前に移動する。その間、アスナの心配そうな視線をヒシヒシと感じたが、是非安心してほしい。─最高に面白いのを用意してある。

 

 

 ちがう。ふざけているわけではない。ヒースクリフはまだしも、他の男達からは、何故か警戒されているように感じるのだ。

 

 有り体に言えばめっちゃ見られている。今は、私が変なことをしないように一挙一動を見張っているのだろうと納得しているが、そうでなければもはやセクハラである。是非やめてほしい。

 

 

 そこで面白い自己紹介だ。面白い自己紹介は、人と人との間にある心の壁を破壊する矛に成りうる。

 

 

 例えば、ここで私の自己紹介が大ウケしたとする。

 

 

 

 ──『なんて面白い人だ!きっといい人に違いない!』

 

 こうやって、警戒は解け、

 

 ──『こんな簡単に場の空気を暖めるなんて!さすが白野さん!』

 

 アスナは私を認め直し、

 

 ──『ふむ。このままボス攻略と洒落込もうか。』

 

 そうして、74層はクリアされる。

 

 

 

 ──完璧である。既にハッピーエンドではなかろうか。

 

 

 そんな、明るい未来に胸を馳せつつ、私はヒースクリフを見上げる。

 

 

 あぁでも、そんな未来が私に掛かっているのかと思うと少し緊張してしまうな。

 

 

 

 そうして、私は揚々と口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 ────拙者!坂之上田村麿と申す!

 

 

 

 

 差し出した手を、がっしりと掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この先は地獄だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──もしも過去に戻り、一つだけ選択をやり直すことができたなら。

 

 

 

 

 

 それはきっと、誰しもが一度は考える、どこまでも魅力的で、どこまでも夢想的な、そんな問い。

 

 

 

 

 

 だが、過去の私にとって、結城明日菜にとって、その問いは、まるで意味のないものだったのだと思う。

 

 

 順風満帆な人生であったから。

 周囲の人間の期待に、裏切ることのない人生であったから。

 そしてきっと、ただの一度も、選択などしてこなかった人生であったから。

 

 

 仮に、かつて歩んだ道の途中に引き返すことができたとして、その道が最後まで変わらぬ一本道であったのなら、たどり着く場所に変わりはなどなく、なれば、もはや引き返す意味すらもないのだから。

 

 

 だからきっと、私にとってその問いが意味を成したのは、このデスゲームに囚われてからで。

 

 

 デスゲームに囚われることで、道が開けたように感じるなんて、皮肉な話だと思う。

 だが、極端な話、私はここで漸く、私の人生を手に入れたのだ。

 

 

 しかし、選択肢を得た代償は予想を遥かに越えて大きなものだった。

 

 後悔。

 あるいはそれを、有り得たかも知れない未来に対する未練とでも言うのか。

 私からすれば、それは選択の代価に他ならない。

 

 

 あの時こうしていれば。

 あの時こうしなければ。

 

 愚かにも、過去に戻り、やり直すことができたならと思わずにはいられないほどに。

 

 

 だがそれは、過去の自分に対する冒涜で、現在の全てに対する否定なのだろう。

 そもそも、考えて、考えて、そうして正しいとしたことをなぜ上から目線に否定できるのか。

 

 自分で道を選ぶことの意味も、その結末を飲み下すことの意義も、私はこの世界で学んだ。

 

 

 

 

 

 それでも、今だけは思わずにはいられない。

 

 

 

 

──もしも、やり直すことができるなら、

 

 

 

 

  岸波白野だけは、この場に連れてこないと─。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …なんて思われているのだろうか。

  

 

 無事に攻略参加の表明を終えた私達は、先程の部屋を抜け、血盟騎士団本部の廊下を歩いていた。

 当然、つい30分前に通った道を引き返している形になる。

 

 

 ──ガツガツと、三歩先を歩くアスナの靴底が、廊下を叩く音はひどく荒々しい。

 

 

 うーん。これは怒っていますわぁ…。

 

 助けなければ良かった。とは思われていないと信じたいが…。

 

 

 とはいえ、目的が全くで果たせなかった訳ではない。

 

 あの渾身の新ネタまでは、あれほど警戒の視線を向けていた男達は、一転してアスナに同情の視線を向けた。

 そう、あれは月の聖杯戦争において、私が焼きそばパンを99個まとめ買いしたときのアーチャーのような…。いや、嫌なことを思い出した。私の髪は焼きそばの色ではない。

 

 

 問題は真顔で「バグったか…。」と呟いたヒースクリフの方か。そういうのは本当にやめてほしい。

 

 とはいえ、あのまま74層の攻略に向かっていた場合、私はうっかり意図的に命を落としかねなかったので、そこは幸運だったと思うことにする。

 

 

 ──もしもしー…。アスナさーん…?

 

 いつまでもアスナをこのままにしておく訳にもいくまいと、やや尻込みしながらもアスナに声をかける。

 

 するとアスナは、ガツンと一際大きな足音を立てて、勢いよくこちらに振り返った。

 

 その余りの勢いに、先程までは三歩分あったはずの距離が30センチメートル程度まで縮んでいた。

 

 ──はやいっ!!

 

 

 

 「もしもしじゃないわよ!どうしてあの状況でふざけられるの!?」

 

 顔の距離が15センチまで近づく。あまりの至近距離に私の視界いっぱいにアスナの顔が広がった。

 

 

 「完全に私が吹き込んだって思われたじゃない!」

 

 

 ──なんと!アスナの手柄になっていたのか!

 

 それは気がつかなかった。今まで散々お世話になったお礼として、ぜひその勘違いは解かないでいただきたい。 

 

 

 「何を言ったって信用してくれないわよ!ばか!」

 

 

 そういって再び歩き出したアスナを慌てて追いかける。

 

 ──正直、アスナの怒りはもっともだと思うのだが、せめて今向かっている先だけでも教えてくれないだろうか?

 

 

 私の言葉に、アスナはチラリと視線を向けた。

 

 

 「ボス攻略に参加する人に挨拶にいくの。丁度、相談したいこともあるし。」

 

 

 ──なるほど、その人どんな人なんですか?

 

 

 「何かとだらしがなくて、子供っぽいけど──。」

 

 そこでアスナは、私に向けていた視線をどこか遠くへ向け、

 

 

 ──とっても頼りになる、私の恩人よ。

 

 

 

 そう言った。

 

 

 

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