SAO/extra   作:ハマグリボンバー

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0-3 今も、空は鉄に覆われている

 アイクラッド50層主街区─アルゲード。ここに、アスナの恩人とも言える人物がいるのだと言う。

 

 街並みは、猥雑とでも形容しようか。多くの店が立ち並びながら、どの店舗も小さく、不思議と祭りの出店を連想させられる。

 

 ──街と言うよりは、一つのダンジョンに近いわ。

 

 

 アルゲートの転移門についてすぐ、アスナに言われた言葉だ。

 

 実際に少し歩いた今であれば、実に上手い例えだと思う。私自身も既に、転移門まで戻れる気がしない。

 

 もっとも、原文で言えば、だから勝手な行動はしないでね。が続くし、昼間の血盟騎士団本部での一件もあって、文字で列べるより、ずっと冷ややかな声であったのだが。

 

 

 「あっ、いたいた。やっぱりエギルさんの所だったみたい。」

 

 

 ──エギル。アスナによれば、攻略組の一員にして、所謂商人プレイヤー。大柄な体躯と日本人離れした風貌から、やや恐れられ気味であるが、接してみれば気のいい兄貴分なのだとか。

 

 

 もっとも、商人として利益を追求する部分は当然あり、それにその見た目を利用している辺りは単純にいい人とも言いかねるのだろう。

 

 

 

 

 果たして、アスナが入ったのは、これまたこぢんまりとした店舗であった。

 陳列棚に並ぶ商品に統一性はなく、武器、アクセサリー、食糧と、手に入った物を全て並べてみました。といった様相を呈している。

 

 「──ったさ。多分二度と手に入らんだろうしな……。ただなぁ、こんなアイテムを扱えるほどの料理スキル上げてる奴なんてそうそう……」

 

 

 アスナから聞いていた情報から、一目でこの人がエギルだと理解できる男性が一人と、その正面に立つ少年が一人。

 

 話している内容は、アイテムのトレードについてだろうか。だがどうにも気安く、売買の交渉と言うよりも、友人との雑談だと言われた方が納得できる。

 

 その二人の会話に臆することなく、アスナは少年の背後に近寄り、─キリト君。とその名を呼びながら右肩を人差し指でトントンと叩き…

 

 

 

 

 

 

 「──シェフ捕獲。」

 

 

 

 

 

 

 捕獲されていた。

 

 

 「な……なによ」

 

 

 アスナの訝しんだ声。その表情は見えないが、後ずさった足が内心を如実に表している。

 

 

 そして、アスナが後ずさったことで僅かにできた隙間から、少年─キリトと目があった。

 

 

 

 キリトの瞳が僅かに細められる。だが、それ以上私に何かを言うこともなく、視線はアスナへと戻された。

 

 『どこか大人びた表情をする子供』それが、私の抱くキリトの第一印象だった。年齢的にはおそらく私とそう変わらない。だが、男性としてはやや可愛らしいその見た目と不自然に大人びた表情のギャップが、その印象を加速させる。

 

 

 

 「あーいや、アスナがこんなところに来るなんて珍しいな。──それより…、アスナって妹がいたのか?」

 

 「…違うわよ。似てるところはカスタマイズできる髪の色だけじゃない。彼女は岸波白野さん、最近はパーティーを組んでるの。」

 

 

 …へぇ。と彼は改めて私に目を向ける。

 

 

 「俺はキリト。よろしく」

 

 

 

──あぁ。よろしく。

 

 

 

 一言の挨拶。それは、今後の友好を約束するものだったが、お互いに特に広げる話題もない。私は、アスナと話をしていたエギルとも挨拶を行い、キリトはアスナとの会話に戻っていった。

 

 

 「それで、こんなごみ溜めに何しに来たんだ?」

 

 「なによ。今回のボス攻略の編成に携わる者として、貴方が生きてるか確認しに来たんじゃない。」

 

 「フレンド登録してあるんだから、わざわざくる必要もないだろ。というか、その追跡機能を使ってここまで来たんじゃないのか。」

 

 「そうだけど…。それだけじゃないのよ。他にも少し…聞きたいことがあって…。」

 

 

 徐々に言葉の勢いを無くしていくアスナに、キリトは小さくため息をつく。

 

 

 

 「あぁいや、悪かった。実を言うとアルゴから少し話は聞いてるんだ。でも箝口令が敷かれてるって話だったからな…。もっとも、話を聞いた限り俺が何かをできるって訳でも無さそうだけど。」

 

 

 右手で後頭部を掻きならキリトが告げる。だか、ふとその右手は動きを止め、唇がニンマリと弧を描く。

 

 

 「──ただし、条件がある。」

 

 

 「条件…?」と訝しげなアスナの反復にキリトは短く返事をしながら、右手で何かを操作をした。

 

 すると、丁度キリトの手元付近にアイテムウインドが表れる。可視モードにしたのだろう。そうして示されたアイテムをアスナが覗き込み、驚きの声をあげる。

 

 

 「こ…これ…!!」

 

 

 

 

 

 「取引だ。こいつを料理してほしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コチコチと、木製の大型時計が時を刻む。

 

 

 

 非常に居心地の悪い静寂のなか、何度目になるのか、私は先ほどから落ち着きのない隣の少年に声を掛けた。

 

 

──ああいった時計のことをホールロックというらしいよ。キリト。

 

 

 「し…知ってるよ」

 

 

 

 

 カチコチに固まったがキリトが、私の苦し紛れの話題をすげなく終わらせる。

 

 会話をしたと言うよりも、ただ返事をしたといった感じだ。もはや本当に知っていたのかさえ怪しい。

 

 

 

 果たしてその調子で味なんて分かるのだろうか。

 そんなに緊張するなら料理なんて頼まなければ良かったのに。

 

 いや、まさかに自宅に招待されるとは思っていなかったのか。

 

 

 未だ視線を右へ左へと忙しそうなキリトに、私は憐れみの視線を送る。頑張れ青少年。

 

 

 

 「それはそうと…なぁ白野」

 

 漸く少し落ち着いてきたのか、ここに来て初めてキリトから声を掛けられた。

 

 

──どうした少年。

 

 

 「その呼び方はやめてくれ。ところであんた、魔法が使えるんだって?」

 

 

 魔法─コードキャストのことか。いつぞやの私が犯した失態だ。キリトがどこまで知っているのかは知らないが、何らかの形で情報は回っているのだろう。

 アスナだって報告の義務がある。そして知る者が増えれば自然と周囲に伝わっていく。血盟騎士団との関わりがないキリトがそれを知っているということは、相当数の者に伝わっていると考えていい。

 

 そもそも、何も隠すことではないのだから、誰に知られたところで問題はないのだが。

 

 

 

 「へぇ、凄いな。アスナに使ったヤツの他に、どういう事ができるんだ?」

 

 

 

──どういう事…と言われても少し困る。此方に来てから実際に使った訳ではなく、コードキャストの補助に使用する礼装も手元にないのだ。本来の効力とはいかないだろうし、最悪の場合発動できない可能性もある。

 

 だが、全てのコードキャストが使えたのなら、確かにそれは圧倒的なアドバンテージに成りうる。

 

 各能力値を強化ができる。味方のヒットポイント、及び状態異常の回復ができる。相手の動きを止める事や敵のバフの解除だってできる。私はあまり使わなかったが、マップの形状だって調べることができるのだ。考えてみれば、それこそがこの世界で一番重要なコードキャストかもしれない。マッピングは通常よりも数段危険が伴うのだから。

 無論、add_revive()[天女の鈴]は除く。リザレクションの効力を持つあのコードキャストは、間違いなく別格だ。

 

 

 「…なんだよ…それ」

 

 それは、恐らく自然とこぼれてしまった言葉なのだろう。

 呆然と、ギリギリまで目を見開いたキリトは一人言のようにそう呟いた。

 

 

 まぁ確かに、キリト達からしたら、ズルいと思うかも知れない。ただ─

 

 

 「──もちろん。それだけの事ができて、代償がない筈もないわ。」

 

 

 いつの間に、部屋着に着替えて戻ってきたアスナが、私の言葉を引き継ぐように声を発した。

 

 

 「…代償って?」

 

 

──あぁ。この服で隠れているが、以前コードキャストを使った時に、私の一部は正しく死んだのだ。

 

 

 「死んだって言われてもな…」

 

 困惑した様子のキリト。

 

──誇張した表現ではない。私の脇腹は既に感覚もなく、そこに刃が突き立てられたとしても私にダメージは入らない。故に死んでいるという表現に誤りはないのだ。

 

 

 「試した訳じゃない。でもきっと次もそうなる。それに、コードキャストを使った後の白野さんは、痛みでとても戦える状態じゃないの。」

 

 

 淡々と話しをするアスナは、あまりにも無感情で。だが、その下に隠された激情は言われずとも理解できた。

 

 

 「待ってくれ。話が見えない。だったらなんで──いや、そもそも痛みって──」

 

 

 「痛い(・・)のよ。白野さんは。私たちとは違う。」

 

 

 キリトの言葉を遮るように、アスナは告げる。

 

 

──だがその言葉は無視できない。待ってほしい。私があの時蹲ったのは、右手が疼く的なアレではなく…。

 

 

 「白野さんは黙ってて」

 

 

 その冷ややかな声に、私の喉がヒッと音を鳴らした。構わずアスナは言葉を続ける。

 

 

 「ペインアブソーバーが機能してないのか、それともそういう仕様なのか。いずれにせよ白野さんには痛覚があるの。初めてコードキャストを使った時のことを、みんな知らないから簡単に言えるのよ」

 

 

 

 

 ──もう二度とあんな姿…とアスナは俯き、頭痛を耐えるように自らの額に手の平をあてた。その表情は垂れ下がった髪で窺い知ることはできない。

 

 

 「白野さんがあと何回コードキャストを使えるのか、そんなことは誰にもわからない。最初はお腹だった。次は頭かもしれない。単純なダメージじゃないだもん、そうなったらお終いよ。いやそれ以前に、もう一回だって、白野さんが耐えられるのかわからない。それに参謀職の人達の間でも意見が割れてる。白野さんの存在が、今後出てくる規格外の敵へのカウンターなんだって。白野さんがいなきゃ立ちいかなくなるんだって。みんな恐れてるの…。もし団長がまとめてくれなかったら、今頃どうなってたか!」

 

 

 血を吐くように、あるいは叩きつけるようにアスナが声を荒げる。知らなかった。私の存在が、アスナをここまで追いつめていたとは。

 

 

 何か言葉発せねばと、考えすらまとまらぬままアスナに顔を向け、──伸ばしかけた手をそっと止めた。

 

 

 

 アスナは、キリトを見ていた(私をなど見ていなかった)

 

 

 「だって、これは私たちの戦いでしょう!?巻き込むだけじゃなくて…そんなの…‼」

 

 

 アスナの頬を伝う感情の雫は、顎から零れ、しかし床に届かず霧散した。

 

 

 

 「おかしいよ。この状況も、血盟騎士団のみんなも。…それとも私がおかしいの?…教えてよ、ねぇ…キリト君」

 

 

 

 

 縋る様なアスナの言葉。キリトは驚いた表情のまま、それでも言葉を発しようと口をパクパクと動かした。

 

 

 「あ…アスナ」

 

 

 迷うように、或いは何かを探すように、キリトはあちこちに視線を向け──それでも、最後にはアスナの目を見据えて口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「しばらく、俺もパーティーに加えてくれ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 カチリと、時計の針が刻む音が、一際大きく部屋に響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は進み、物語は確かに巡る。されど、ここから月は見えない。

 

 

 

 

 

 

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