SAO/extra   作:ハマグリボンバー

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0-4 スタートラインに立つ

 

 

 「アスナ様!その様な我が儘を言われても困ります!」

 

 

──面倒なことになった。

 

 恐らくそれは、私とアスナの共通の感想だと思う。

 

 

 

 キリトとのS級食材を用いた夕食を終えた翌日。パーティーを組むという約束を果たすため、集合場所に赴かんとした私たちであったが、アスナのホームを出た直後、玄関前で待ち構えていた血盟騎士団の団員─クラディールに捕まっていた。

 

 

 「ですから!今貴方は護衛の任についていないでしょう!付いてきて頂く必要はないし、私も望んでいません!」

 

 「ですから!私がアスナ様の護衛の任を解かれたのは、アスナ様が攻略から外れ、下層に向かったからです!アスナ様が攻略に参加されるのであれば、再び護衛の任につくのは、至極当然の流れかと!」

 

 

 この二人の会話は平行線だ。否、もはや会話とは呼べない。お互いが自分の意見を前提に会話しているのだ。会話というより、自分の意見を相手に押し付けるだけの作業でしかない。

 

 

 私個人の意見としては、やはりアスナ寄りだ。クラディールの言いたいこともなんとなく理解できるが、その言い分の可否以前に、言動が少し気持ち悪い。自宅の前で待機はさすがに狂気染みていると思う。彼と行動するには、護衛からの護衛が必要になってしまう。

 

 

 そもそも私はこの男があまり好きではなかった。直接顔を合わせたのは2回目だが、私を見るときの見下すようなこの男の視線だけはどうにも好きになれない。

 

 

 「ともかく!私は、既に別の人とパーティーを組む約束をしているし、暫くはその人とのパーティーを続けるつもりだわ。身の安全が問題なのであれば、特別これ以上の護衛は必要ないはずよ」

 

 

 再度、アスナがクラディールの説得を試みる。言葉を受けたクラディールは眉間にシワを寄せ、何かを考え込むような素振りを見せた。

 

 「その別の人とは、昨日会っていた男のことですか?あんな男に護衛が務まるとは─…」

 

 

 「なんで知ってるのよ!!?」

 

 

 どこから見ていたのか。いよいよストーカー染みてきたクラディールの言葉を遮ってアスナが悲鳴のような声をあげた。

 

 

 街の要所に建てられた時計を見れば、既に約束の時間である9時は過ぎ、長針は3と4の間にいる。

 いずれにせよそろそろ向かわなくてはキリトも帰ってしまうかもしれない。

 

 

──クラディール。申し訳ないが、約束を破るわけにもいかない。クラディールもヒースクリフと今後について相談して、明日以降のことは夜にでも決めよう。だから、今日のところは勘弁して貰えないだろうか。

 

 

 キリトと合流ができれば、より現実的な話し合いができる。クラディールの意見を聞き入れる必要は特に感じないが、腐っても同じ攻略組の仲間なのだ。不要な亀裂は極力避けたい。最悪の場合、クラディールを含めた四人でパーティーを組んでも問題はないはずだ。

 

 それがこちらのできる最大の譲歩で、最良の落とし所だった。視界の端でアスナは嫌そうな顔をしたが、それは見なかったことに──

 

 

 

 「黙れ。NPC風情が。この私に意見など…。」

 

 

 

 

 私の出した妥協案は、一瞥すらされずに切り捨てられた。

 

 

 

 

 

 一瞬、思考が白に染まり返すべき言葉すら見つからない。

 

 

 クラディール!!というアスナの非難が、どこか遠い世界の出来事に感じる。

 

 

 苦しくもないのに呼吸が浅くなり、視野が狭まっていくのが分かる。

 

 

 隣にいるアスナすら知覚できない。それでも、胸に煮えたぎる『何か』だけは、これでもかと存在を主張している。

 

 

 

 

 人はそれを、かつて怒りと名付けた。

 

 

 

 不愉快ではあるが、それはなんでもない一言であった。

 

 私をNPCとすることだって、誤解であり、感情的に気分の良いものではないが、元々がNPCなのだから取り立てて非難することではない。ましてや、アスナ達のような、地上に肉体を持つ者をプレイヤーだと定義するのであれば、私は間違いなくNPCだ。

 

 

 であればこの感情はなんだ。私は何に憤っているのか。

 

 

 私が月において、或いはこの鉄の城において、度々お世話になり、何度も会話を行った、運営の中核すら担うNPCを風情呼ばわりしたことか。

 

──否。否だ。

 

 そう考える人間がいることもなんとなく理解している。共感できるかは別だが、その程度でここまで感情を揺さぶられることはない。

 

 

 感情の根底は分からない。だが、私はクラディールに向けて一歩踏み出した。

 

 手足が砕けても私の背中を押し続けた手が、反対に押し留めようするのを感じながら、それでも私は足を止めない。

 

 

 

 「──事実です!ギルドの参謀職も、アスナ様が消耗品に情を移しすぎだと懸念をさっ──」

 

 未だにアスナとの口論を続けていたクラディールの脇腹を、私のソードスキルが叩く。火花の如くポリゴンが弾け、ダメージの代わりに強烈なノックバックが発生する。ついぞ私に視線を向けることのなかったクラディールは、反応できる筈もなく、数メートル左方に吹き飛んだ。

 

 

 「白野さん!」

 

 クラディールの行動を非難しながらも、まさか私が剣を抜くとまでは思っていなかったのだろう。

 その声には、驚愕と困惑が多分に含まれており、これ以上の愚行を止めるように、アスナは私の腕を強く握る。

 

 「き…貴様ぁ!何をしたか理解しているんだろうな!」

 

 体勢を整え、抜刀するクラディール。手には私と同じく両手剣握られ、その切っ先は僅かなブレもなく私に向けられている。

 

 

 無論、圏内での攻撃にダメージはない。それは、この場で何をしたところで意味がないことを表している。だが、現状の本質はそこにはない。故に、お互い視線を逸らすことなく、ただその一挙一動を観察する。

 

 

 ふと、目の前の剣士を睨み続ける私の視界に、栗色の頭が割り込んだ。

 

 

 「貴方の白野さんに対する暴言は、今ので手打ちにします!引きなさい、クラディール!」

 

 アスナの言葉に、クラディールは血走った眼を向け、

 

 「そういう訳にはいきません!我々に攻撃するNPCなど論外です!今すぐに処断してくれる!女ぁ、圏外へで出ろ!」

 

 

 殺す。と狂気に染まった男はそう告げた。

 

 

 そこまでするつもりは毛頭になかったが、向こうがそのつもりなら仕方ない。実際に命を取るとは言わないが、今後の憂いを晴らす意味でも決着はつけておくべきだろう。

 

 

 「や…やめなさい、クラディール!白野さんも!」

 

 

 クラディールの言葉に、一時は唖然としていたアスナだが、私が了承の意思を示したことで慌てたように声をあげる。

 

 

 申し訳ないが、アスナの言葉を聞き入れる訳にもいかない。

 

 背を向けて歩き出したクラディールを追い、歩を進めようとした私の手をアスナが引く。

 

 

 「白野さん!何をバカなことを…」

 

 

 言葉とは裏腹に、アスナの声色はすがるような色に帯びていた。

 恐らくは、事を荒立てず場を終息させる事を望んでいるのだろう。

 

 だが、今の状況から平穏に終えるのは不可能に近い、加えてここでの一件を中途半端なままにした場合、今後この男がどんな行動を起こすかも予測できない。

 

 先程は感情に支配されていた肉体も、今なら理性的に動かすことができる。それでも、今はこの男と戦う以外の選択肢がないように思えた。

 

 私の言葉は届かない。当然だ。私に対して怒りを覚えているのなら、私が何を言ったところでそれは油以外にはなり得ない。

 アスナの言葉は届かない。一人の人間としての声も、上司としての声も、先程から散々投げ掛けているが、事実として男の耳に届いているとは思えない。これ以上何を言おうとも、今の男には酷く無意味に感じた。

 

 

 「何してる!怖じ気づいたか!」

 

 付いてこない私に業を煮やしたのか、クラディールが怒鳴り声をあげる。もはや致し方ない。私の腕を掴むアスナの手を優しくほどき、声の元へと足を向ける。

 

 

 私もアスナも、現状を打破する術を持たない。

 

 

 だがもし──もしも、この状況を変えることができる者がいるとするならば、それは、

 

 

 

 

 「おい、デートに誘うにしても、もっとマシな口説き文句があるんじゃないか?」

 

 

 

──それはきっと、また別方向の悪意に他ならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──来ない。

 

 

 

 時刻は午前9時10分。74層の主街区ゲート広場。迷宮やら、スキルの上昇具合の確認を終えた俺は、未だにやってこない二人の相棒に思いを馳せ、転移門をぼんやりと眺める。

 

 

 もう随分と昔の話にはなるが、俺はアスナとパーティーを組んでいた時期があった。さほど長い期間ではなかったため断言することは出来ないが、あの優等生然とした少女が約束を忘れて惰眠を貪っている…というのはどうにも想像ができなかった。ならば…、

 

 

──もう一人の少女が何かをした…のだろうか。

 

 

 岸波白野。アスナが連れていた不思議な少女の名前だ。

 

 俺の記憶に誤りがないのであれば、『あれ』は花屋に配置されたなんの変哲もないNPCであったはずだ。

 

 昨日顔を会わせたとき、どうにも印象が変わっていて気が付かなかったが、彼女は─フィールドで簡単に採取できる草花を幾つか納品することで心ばかりの報酬が貰える、そんな旨味の少ないクエストの依頼主であったはずなのだ。

 

 

 どうにもしっくりいかない。

 

 岸波白野の存在が余りにも異質で、小さな疑問点の山が、まるで霧のように真実を覆い隠しているように感じる。

 

 

 ふぅと、小さく息を吐き出す。

 

 今一度冷静になろう。幸い時間があるのだし、岸波白野について、再度整理しておくのも悪くはない。

 

 

 

 

 初めて、岸波白野について話を聞いたのは3日前。懇意にしている情報屋から話を聞いた。曰く、『魔法が使える人種のNPCが現れた。現在は、混乱を避けるため、血盟騎士団で情報を独占している。』

 

 魔法が使える人種、というのは余りにも大きな情報だった。血盟騎士団が情報を秘匿した本当の理由はともかく、箝口令を引いたのは、結果として正しかったと言わざるを得ない。

 

 

 『白野さんが、これから現れる規格外へのカウンターなんだって─』

 

 昨日、アスナが言っていた言葉だ。

 想定される事項の一つと言っていい。魔法があるならば、当然それを必要とする敵が存在するはずだ。

 

 ならば、その規格外が現れたとき、もし、岸波白野が既に死んでいたら、いや生きていたとしても、自分のパーティーにいなかったとしたら…

 それは議論すら必要ない明白な結末を迎えるだろう。

 

 

 それだけではない。岸波白野を巡る一件の最終報酬が、ユニークスキル[魔法]である可能性はどれだけ存在するのか。

 コードキャストの反動を知った今であれば、それは無いと断言できる。だがあの時俺は真っ先にそれを想定した。

 

 

 故にこそ起こり得た岸波白野の争奪戦。それは奇しくも血盟騎士団が出した箝口令によって阻止された。

 

 

──ヒースクリフの判断なのだろうとなんとなく予測できる。

 

 

 異質と言えば、今回の一件でのヒースクリフの対応も異質である。

 

 圧倒的な力を持ちながら、攻略組の指針に一切口出しをしてこなかった筈のあの男が、今回は最高責任者ときた。

 それだけ事態を重く見たのか、或いは奴にはそれ以上のなにかが見えているのか。

 

──だが、いずれにせよ…、

 

 「カウンター…なんだろうな…」

 

 

 誰に向けるでもなく呟いた言葉は、どこかに届くこともなく静かに大気に溶けていった。

 

 

 75層のフロアボスに対するカウンター。それが、俺と情報屋で議論した最終的な結論だった。

 

 25層毎に現れる特別強力なフロアボス。その三体目が魔法を必要とする敵であると考えれば、一応納得することができる。

 

 

 だが、その予想が事実であったとしたら─。

 

 

──悪趣味だぜ。茅場晶彦…

 

 

 今度こそ、発せられることのなかった言葉。それは何にも溶けることなく、いつまでも口の中で転がっている。

 

 

 

 もしも、岸波白野が何かへのカウンターであるならば─。

 

 それは、岸波白野がコードキャストを使わなくてはいけない場面が来ることを意味していて──。

 

 それは、岸波白野の終わりが決定付けられていることを意味していた。

 

 

 飲み下せと、茅場晶彦は言っているのだろうか。それを地上に戻るための必要な犠牲だと。俺達が地上に戻ることは、ここに生きるNPCのことごとくを、殺すことを意味するのだと。

 

 

 

──せめて、彼女がもう少し『人間らしく』なければ、そう思わずにはいられない。

 

 どこか儚げに笑う姿も、俺やアスナをからかう姿も、アスナの作ったシチューを食べて感動してる表情だって、どう見ても人にしか見えなかった。

 

 

 

 1日でこれだ。ならば、1週間行動を共にしたアスナが、岸波白野をどう見てるかなど、想像するのは難しくない。

 

 

 そこに、魔法の存在を情報屋に漏らしながら、そのデメリットを伝えなかった血盟騎士団の参謀職だ。

 

 

 恐らくは、彼女をいざというときに使用する消耗品の様に考えていて──そういった扱いをアスナにも求めているに違いない。

 

 

 どこまでも『人間らしい』パートナーと、それを物として扱うギルドメンバー。そして、攻略だけを考えたとき、圧倒的にギルドメンバーが正しいのだから、アスナの抱え続けたストレスは相当のものなはずだ。

 

──そしてそれが、昨日のアスナに繋がる訳だ…。

 

 

 あのときは余りの唐突さに理解が追い付かなかったが、順に考えれば納得である。

 

 

 とはいっても、岸波白野の不可解さと、どこか茅場晶彦らしくないと感じる何かの正体は未だに掴めないままなのだが…。

 

 

 「それにしても…遅い…。」

 

 時刻は既に20分を過ぎ、もし自分から誘ったのでなければ既に帰っている時間だ。

 

 

──仕方ない。様子を見に行くか。

 

 

 いつまでたっても現れないかつての相棒を探すため、俺は重い腰をゆっくりと上げた。

 

 

 

 

 

 

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