SAO/extra   作:ハマグリボンバー

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0-6 幕間は落ち──

 

 

 

 「あはは、やー、逃げた逃げた!」

 

 

 

 

 

 床にぺたりと座り込んだアスナは、愉快そうに笑った。

 

 迷宮区の中程に設けられた安全エリアの壁際にへたり込みながら、肺に溜め込んだ空気を一度に吐き出した。

 

 

 その横では、こちらも愉快そうに笑ったキリトが、マップで状況を確認している。

 

 

 往路の際は、私達が休息をとっているこの安全エリアから最深部までは約一時間程度掛かっていることを考えると、私達は少なくと10分程度走り続けた計算になる。

 一度はフロアボスの目前までたどり着いたというのに、ずいぶんと戻ってきてしまったものだ。

 

 

 

 まぁ3人で戦うとか正直無理だし、いずれにせよ引き返す必要はあったのだから、ボス部屋の位置情報を早急に持ち帰る私達は、非常に仕事のできるパーティーといえる。

 

 

 あぁ、本当に良い仕事をした。後は、私たちの情報をもとに結成されたレイドが、ボスを倒してくれるのを待つだけだ。

 

 

──これでしばらくのんびり暮らせるな、アスナ。

 

 

 「そんな訳ないでしょ。私達だってあれと戦うんだから」

 

 

 アスナは呆れたように笑って、

 

 

 「あれは苦労しそうだね…」

 

 と表情を引き締めた。

 

 「そうだな。パッと見、ボスを武装は大型剣1つだけど特殊攻撃ありだろうな…。白野はどう思う?なんか知ってるか?」

 

 

 そのキリトの言葉に首を傾げる。

 

 あの怪物について知ってること……。

 

 

 

 いや、知らんがな。

 そんな言葉が喉まで出かかった。だが、キリトの期待するような目を見て、なんとなく即答するのは憚られた。

 キリトの表情をみるに、明らかに何かを確信しているようであるし、思い当たる節がないのは私がなにかを、忘れているだけなのだろうか。

 

 うーん…うーん…と、いくら首を捻ってみても心当たりは何一つない。

 

 

 

 あの怪物については何も知らないが、山羊の頭を持つ悪魔はあまりにも有名である。

 

 名はパフォメットと言ったか。キリスト教の悪魔の一人で、グリモワールに記されたサタナキアと同一視される。同時に聖母マリアの反転した姿とも言われており、タロットにおいて、大アルカナの15番に描かれた悪魔はパフォメットだと考えられている。そして、その意味は『暴力』『激烈』『宿命』そして『黒魔術』。

 

 

 どうだ?とキリトの表情を伺う。私は聖杯戦争に参加していただけあって、歴史や伝説について人よりやや詳しい。

 確かに、伝説上の生物を模したモンスターであるならば、由来するモンスターの死因や弱点が、そのまま引き継がれている可能性は充分にあり得る。ならばこの雑学が攻略に役立つ可能性も充分に──

 

 

 「お…おう。勉強になったよ。」

 

 

 

 殴るぞキリト。

 

 

 頑張って知識を絞り出したというのに、キリトはやや引き気味だ。思わず、オイと不満を口にした。

 

 

 「ちっ…ちがっ!」

 

 慌てて手をワタワタさせ始めたキリトをじっとりと眺める。

 

 

 

 とはいってもキリトも私を辱しめる意図は無かったようだし、まぁいいかと結論をつける。だが、実際問題としてそれ以上私が知っていることはない。あれについて情報を集めるのであれば、主街区で聞き込みを行うしかないと思うのだが。

 

 

 「そうね。情報収集は当然行うとして、後は何度か実際に戦ってみないと…。」

 

 

 「あ…あぁ、いずれにせよ、盾持ちが10人は欲しいな。」

 

 

 攻略に参加出来そうなプレイヤーを数えているのだろう。キリトはなにやら人の名前を呟きながら右手の指を順に折っていく。

 ややあって、漸くその指が一往復したところで、アスナが、そういえばと、言葉を発する。

 

 

 「キリト君はどうして盾を使わないの?」

 

 

 アインクラッドでの戦闘は特殊だ。その生死はヒットポイントに依存するため、首を切っても死なないことがあれば、剣先で突くだけで命を奪うこともできる。

 であれば、重要なのは流動性のある必殺ではなく、固定的な有効打であり、それはつまりはどれだけ効率的にソードスキルを当てるかを追求すべきだということだ。

 

 つまり、キリトのような片手剣でのヒットアンドアウェイは、このアインクラッドのシステムと相性が良くない。

 

 無論、敵によってはヒットアンドアウェイの方が有効な敵も存在するが、であれば私のように両手剣を使った方が効率的だったりする。

 

 キリトがソロ故の都合も勿論あるのだろうが、それでもやや不合理的だ。

 

 

 怪しいなぁ…と、尚も追及するアスナ。視線だけで助けを求めてきたキリトに、此方からも怪しいなぁと迫っておく。

 

 そうなるとお手上げなのがキリトである。両脇から迫る私達から少しでも距離を取るべく、頭を寄りかかった岩肌にベッタリとくっつけながら、「スキルの詮索は…どうなんでしょう…?」と呟いている。戯れ言だ。もっと勢いでいかなきゃうちの姉御を丸め込むことはできない。

 過去の苦い思い出が、再び再現されることを想像しながらほくそ笑む。だが、

 

 

 「そうね。スキルの詮索はマナー違反だもんね」

 

 予想に反してアスナはバツが悪そうに引き下がった。

 

 

 「学校での事とか聞いちゃったから、ちょっと変になってたのかも。ごめんなさい」

 

 

 その言葉に私は首をかしげる。

 

 はて、私はアスナにスキル構成を全て言わされたのだが…?

 

 それはそれで肩透かしを食らったような顔をしているめんどくさい男は一旦置いておき、アスナに過去の暴挙の詳細を問う。

 

 

 「それは貴女がいつの間にか瞑想とか取ってるからでしょ!」

 

 

 「だからあんた今も座禅組んでるのか!」

 

 

 二人の予想以上の勢いにたじろぐ。いや、ポーズをとるだけでバフがつくなんてお得だと思ったのだ。実際に取得してみると想像以上に使いづらいスキルだったが。

 

 だが、私はまだ諦めていない。いつか戦闘中に、『μ'sの加護を!』とポーズを決めてみたい。

 

 

 

 渋々足を崩しながら、ふと、ガチャガチャと金属同士がぶつかる音がするのを感じた。

 

 その音源─下層側へと続く出入り口に視線を向けると、そこにはぞろぞろと上がってくる6人プレイヤーの姿があった。

 

 

 「おお、キリト!しばらくだな」

 

 その先頭を歩く長身の男は、キリトの顔を見たとたんに、笑顔になり、嬉しそうに駆け寄ってくる。

 

 「まだ生きてたのか、クライン」

 

 「相変わらず愛想のねぇ野郎だな。それより、今日は珍しく連れがいるの…か……」

 

 

 キリトに合わせて立ち上がる私達を見て、クラインと呼ばれた男は目を見開いた。

 

 

 「アスナとクラインは会ったことあるだろうけど一応紹介する。こっちはクライン、ギルド《風林火山》のリーダーをやってる。んで、《血盟騎士団》のアスナと、岸波白野だ」

 

 キリトが互いのことを紹介するも、肝心のクラインは目を見開いたまままさに心ここにあらずといった感じだ。口閉じろ、口。

 

 「こっこんにちは!!くくクラインというものです24歳独身」

 

 訳のわからないことを言い出した、くくクライン(24)がキリトに脇腹を肘打ちされているなか、今度は《風林火山》のメンバーが代わる代わるに自己紹介をしてくる。何てったって勢いが凄い。みんな若いなぁ。

 

 「ま、まぁ悪い連中じゃないから。リーダーの顔はともかく」

 

 キリトの軽口に、今度はクラインが足を踏みつける。そのどこか滑稽な二人の姿に、アスナは顔を綻ばせた。

 

 

 「ちょちょっと来いキリト!!」

 

 不意に、我に返ったクラインがキリトの腕を掴み、フロアの隅へと引っ張っていく。

 チラチラと此方の様子を伺いながら、内緒話をするように話す二人だが、いかんせん声が大きい。やれ『どういうことだ』だとか、『どっちが本命だ』だとか、下世話な会話が筒抜けである。私はアスナと目を合わせた後、こちらへ苦笑いを向ける《風林火山》のメンバーへと、肩をすくめて見せた。

 

 

 

──不意に、また新たなプレイヤーの集団がクライン達と同様にやって来るのを感じる。

 

 金属製の鎧がぶつかり合うガチャガチャとした音の発生源を見れば、統一されたプレートメイルの集団がそこにいた。

 

 

 こそこそと騒いでいたキリト達も口をつぐみ、フロア全体の空気がガラリと変わった。先程までの弛緩した雰囲気からやや緊張感のはらんだものになる。

 

 「ありゃ軍の連中だぜ」

 

 やや速歩きで戻ってきたキリトとクラインがいう。

 

 

 あぁわかっている。先程も見た顔だ。

 

 ここくるまでの間、私達は一度《軍》の集団と遭遇していた。遭遇…とはいっても、私達は隠れてやり過ごしたため、向こうからすれば今が初対面ではあるのだけど。

 

──もっと浅い所で引き返すと思っていたのだが。

 

 彼らはずいぶんと長い間攻略には参加していなかったらしい。ならば、ここに至るまでの精神的な疲労は並でなかったであろうに。

 

 横目に《軍》の連中を伺う。遠目に見ても、彼らの疲労が限界なのは明らかである。横目なのは、目を合わせると『何見とんじゃわれぇ』と、絡まれそうで不安だからだ。──だと言うのに、集団のリーダーらしき男が、こちらへずんずんと歩いてくるではないか。

 

 

 思わずうへぇと舌を出したくなる。とはいっても、私が彼らに良い印象を抱いていないのは、アスナ達から聞いた話が問題なのであって、実際に話してみれば悪い人達でも無いかもしれない。私が直接話すわけでもないのだし、となんとか前向きに捉える。

 

 

 兜を外し、私達の正面に立った男は、全員の顔を順に睨み付けた後、ただ一人一歩前に踏み出したキリトに向けて口を開く。

 

 

 

 

 「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ」

 

 

 

 

 

 ……うへぇ。

 

 

 

 「キリト。ソロだ」

 

 第一声から心が挫かれた私は、なんだか名乗る気は起きなかった。だが、向こうもこちらの素性になど興味はなかったのだろう。

 

 コーバッツは小さく頷くと、なぜか偉そうな口調で訊いてくる。

 

 「君らはもうこの先も攻略しているのか?」

 「…ああ。ボス部屋の手前まではマッピングしてある。」

 「うむ。ではそのマッピングデータを提供して貰いたい」

 

 当然、とでも言いたげなコーバッツに眉を潜める。

 

 だが、この場において、最も早く反応したのはクラインであった。

 

 「な…て…提供しろだと!?てめぇ、マッピングする苦労が解っていってんのか!?」

 「我々は君ら一般プレイヤーの解放のために戦っている!諸君らが協力するのは当然の義務である!」

 

 

 「て、てめぇなぁ……」

 尚も言い募ろうとするクラインの手を引くことで止め、キリトに視線だけで合図する。

 

 

──マッピングデータを渡すべきだ。

 

 

 無論、彼の言い分に思う所がないわけでもないが、私達は別に敵というわけではないのだ。加えて、先程クラインが噛みついたように、マッピングには相当な労力を要する。─今の彼らがこれ以上マッピングを続けて、無事に帰れる様にはとても思えなかった。

 

 

 キリトは僅かに頷き、コーバッツへ向き直る。そして、手際よくマップデータを送信する。

 

 「協力感謝する」

 

 キリトから送られたマップデータを表情一つ変えず受け取った男は、くるりと後ろを向いた。

 

 その背中にキリトが声を投げ掛ける。

 

 「おい、ボスにちょっかい出す気ならやめといたほうがいいぜ」

 

 

 その言葉に、コーバッツは足を止める。それは彼にとって侮辱の言葉であったのか、僅かにこちらへ向けた相貌には、怒りがありありと浮かんでいた。

 

 「……それは私が判断する」

 

 それ以上、何かを言うことはしなかった。それが無意味であることを、言われずとも理解できたからだ。

 

 

 コーバッツが部下を引き連れ、安全エリアから出て少したった頃。丁度、彼らの鳴らす金属音が微塵も聞こえなくなった時だ。私の隣に立つクラインが気遣わしげな声で言った。

 

 「…大丈夫なのかよあの連中…」

 

 その懸念は、恐らくはこの場の誰もが抱いていることだ。普通に考えれば、或いは、定石に則れば、今の状況でボスに挑むなどあり得ない。だが、あの男には、それすら言い切れないある種の危うさがあった。

 

 

 「……一応様子だけでも見に行くか…?」

 

 キリトの言葉に、私を含めた皆が頷く。

 

 

──決まりだな。と上層へ至る出口へと歩き出したキリトの背中を、私達は追い掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ひょっとしてもうアイテムで帰っちまったんじゃねぇ?」

 

 

──まずい。

 

 

 おどけたようなクラインの発言を聞きながら、私は─否、恐らくは皆が現状を楽観視できないでいた。

 

 

 あれから30分。真っ直ぐに最深部へ進み続けた私達だったが、《軍》の連中と再び会うことはなかった。

 マップデータは渡した。であれば、彼らも迷うことなく最深部へと向かう筈だ。

 引き返していないのか、或いは、わざわざ高価なクリスタルを利用して帰ったのか。あのコーバッツがどちらの選択肢を取りそうかと言えば、それは前者のような気がしてしまう。

 

 

 「ぁぁぁぁぁ───!!!!」

 

 

 そして、そんな予感は最悪の形で的中した。

 

 フロアを微かに響き渡る絶叫。それは私達よりも深部から響いてきていて──この先には、フロアボスの部屋があった。

 

 

 瞬間、速足で歩いていた私達は、示し合わせたように疾駆した。風のように駆けながら──敏捷で勝るアスナとキリトが、私達を引き離していく。

 

 

 最高速を保ったまま、一度ボスの下までたどり着いている私がクライン達のやや前を走り、地形に疾走を邪魔されないルートをガイドする。

 

 既にその背の見えないキリトとアスナを追いながら、迷宮区のマップを脳内で思い描く。

 

 

 

──次、次の角を曲がれば、もう扉が見えるはずだ。

 

 

 逸る気持ちを抑えつつ、ただ脚を動かし続ける。きっと、既に取り返しのつかない事態は起きている。─それでも、もう手遅れであったとしても、この脚を止めることだけはしたくない。

 

 

 

───果たして、地獄の門は開かれていた。

 

 

 門の先では、地獄の主が君臨する。軽く3メートルを越えるその巨躯と山羊の頭を持つ悪魔。

 

 その周囲には蒼い炎が煌々と燃え、ただでさえ青いその悪魔の表皮を際立たせる。

 

 円を描くように置かれたその蒼い炎と、石畳の床は、さながら儀式場を連想させた。──何者かに召喚された悪魔が、契約の対価に人間の魂を求めるように。

 

 

 

──状況は!?

 

 先にその場までたどり着いていたキリトとアスナに短く尋ねる。

 

 キリトは悪魔の動向を気にしながら私達に状況を伝えてくれた。

 

 

 「最悪だ。《結晶無効化空間》になってるらしい!ローテも崩れてる。もう──いや、このままじゃ全滅する」

 

 

 ──っ!!

 

 キリトの言葉に絶句する。それでは、転移アイテムは愚か、回復用のクリスタルすら使えない。

 

 

 その言葉を聞いたクラインは、途方に暮れたように呟く。

 

 「な……何とかできないのかよ…」

 

 

 その言葉にキリトは唇を噛み締めた。当然だ。私達が切り込むことで、彼らを助けることはできるかもしれない。

 だが、それでは犠牲になる人間が代わるだけだ。このフロアが《結晶無効化空間》とわかった今、盾持ちが15人は欲しい。それをこの人数でなど無謀だ。たちまちに瓦解して、すぐに《軍》の二の舞になる。

 

 

 故にこそ、キリトは何も言えない。《軍》を見殺しにすると決めることも、私達に死ねと言うことも、人一人が判断するにはあまりに重い選択だ。

 

 

 

 

 

 

 

───だがそれは、通常であればの話である。

 

 

 

 

 

 

 ふと、キリトの縋るような瞳と目があった。

 

 その瞳は揺れ、どこか迷子の子供を想起させる。

 

 

 何かを言われた訳ではない。ただ、その意味は痛いほどよく理解できた。ここで誰も死なず、誰も殺さず、そんな方法があるとしたらそれは──。

 

 

 私はキリトに何も言われていない。キリトは迷い、躊躇し、今なお何も言えないでいる。だから─

 

 だから、そう、私はキリトに『コードキャストを使え』など言われていない。

 

 

 キリトと目を合わせたまま、私は微笑んでみせる。

 

 

──大丈夫だ。と言葉にぜずに、そう告げた。

 

 

 キリトは大きく見開いて、不思議と少し枯れた声を出した。

 

 

 「…白野?」

 

 

 私が、アイツを引き付ける。その間に、《軍》の人達を救助して欲しい。

 

 

 「白野さん!?何を!!」 

 

 「おめぇなにバカなことを!!」

 

 

 アスナの声も、クラインの制止も、私の手を掴もうと伸ばされたキリトの腕すら無視して、私は地獄へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

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