SAO/extra   作:ハマグリボンバー

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1-1 In the moonlight

 

 

 

───────夢をみる。

 

 

 

 それはあまりに平凡な夢。

 

 背の高い建造物の並ぶ地上で、当たり前の日常を過ごす、そんな夢。

 

 いつだって隣にはアーチャーがいて、学校の教室に行けば慎二がいて、リンがいて、ラニがいて─キリトがいて、アスナがいて。生徒会室では、桜がいて、レオがいて、ユリウスがいる。

 

 

 そこでは、誰もが英雄ではなく、勇者ではなく、強者でも、弱者でもない。

 

 

 決して特別ではないそんな風景を。

 

 夕陽を浴びて燃える草花のような、そんな美しさを。

 

 

 

──────私は今も、夢に見る。

 

 

 

 

 

 

 

 草原を走る風が、私の頬を撫でる。

 

 

 夜闇を照らす月の光が、辺りをキラキラと輝かせ、ただ一人で立つ孤独を、まるで美しいもののように錯覚させられる。

 

 

 

 75層のスタート地点。アインクラッドの構造上、星空を見るにはその円周まで赴かねばならない。

 せっかくだからと、私こうして月を見上げていた。

 

 

 「どうかしたのか?白野」

 

 ふと、背後からそんな声がした。

 

 

 そちらに振り返り、背後で腕を組む。

 

 遠くへと想いを馳せていたこともあり、その挙動がいやにゆったりとしたものになったことを、私自身もなんとなく感じていた。

 

 

──月を見ていた。こちらに来てから、まだ一度も見ていなかったから。

 

 

 見上げていた月の光は、反対に私の背を照らし、私の表情に影を落とす。目の前に立つ少年の立ち位置では、おそらくシルエットしか見えていないだろう。

 

 その少年─キリトが小さく息を呑んだ。

 

 

 「──ここは、MO……じゃない、モンスターがいつ現れてもおかしくないんだ。早く戻ろう。」

 

 

──あぁ。今いくよ。

 

 

 一歩前へ踏み出す。惜しむ気持ちはまた次へ。76層へと上がる時までとっておこう。

 

 キリトの横まで10メートル弱。たったそれだけの距離で、空は鉄に覆われ、月から私を隠してしまう。

 

 

──キリト?

 

 キリトとすれ違って尚も、その場から動かないキリトを不審に思い、私は声をかける。

 

 

 「いや…。なんでもない」

 

 その言葉とは裏腹に、キリトの足が踏み出すことはない。

 

 

──先に行ってるよ。

 

 私は短く返す。きっと、先の戦いでキリトも思うことがあるのだろう。なら、一人の時間も必要だ。

 

 「白野」

 

 宙に浮かせた右足を、元の位置へと戻す。城の外から吹き込む風に、髪を乱されないよう抑えながら、キリトの方を向き直った。

 

 「悪かった。俺のせいで、辛い思いをさせた」

 

 

 はて、と私は首を傾げる。先程の戦いで、キリトの落ち度は無かったように思う。どちらかと言うと、コーバッツの謝罪が欲しいのだが。

 

 むしろ、私はキリトに命を救われている。感謝こそすれ、憤りを感じる道理はない。

 

 そう言うと、キリトは首を横に振った。

 

 「いや…、あれだけの間、一人で戦って生き残っていたことの方が奇跡に近い。俺達はもっと早くに助けに行かなきゃいけなかった。それに……、左腕のことも…。」

 

 

 肘から先が黒く染まった左腕を掲げる。自分の失態の結果を見られるのは少々気恥ずかしかったが、今さら無理に隠す必要も感じなかった。

 

 

 《アトラスの悪魔》。あの時、私が使用したコードキャストだ。命名の経緯までは知らないが、その魔術の原理は、所謂『ラプラスの悪魔』に近い。『ラプラスの悪魔』は、地球上の全てを分子単位で把握すれば、完全な未来予知が可能であるという学説だが、《アトラスの悪魔》は、そこに、現実の変換の要素が加わる。標的の攻撃を構成する要素を観測・解析し、その中枢を強制的に変換させることで、その現象をそのままに、こちらのダメージ数値を0にするコードキャストだ。

 

 言うまでもなく大魔術。それを片腕の犠牲だけで発動できたのならば、それは幸運という他にない。

 

 

───それに、この結果を悔いるには忍びないほどの、命を救う事ができたから。

 

 

 肘の断面から伝わる鈍い痛みも、その先の、ジェットコースターに括り付けられているような妙な不安感も、今は誇らしく感じていた。

 

 ふと、横を見れば、未だ罪悪感に濡れた表情をするキリトに、思わず笑ってしまう。

 

 

 あぁ。そういえば、私も最初はそうだったな。

 

 

 キリトの前髪をそっと撫でる。キリトの方がやや身長が高いから、少し間抜けな構図だ。

 

 

──私の方が、先輩だから。

 

 

 「え?」

 

 

 私の方が先輩だから、キリトが私に迷惑を掛けるのは、全然構わないのだ。まぁ、逆が余りにも多いから、私は気にしなくちゃいけないのだが。

 

 

 「先輩って…。あんた…、そんなガラじゃないだろ」

 

 キリトの額の前の髪を一房、ネジネジと弄っていた私の手を払い、こちらをじっとりと睨み付ける。

 

 

──そんな事はない。これでも私は保健室の後輩からよく慕われていて──。

 

 あっそんなことより、左腕が使えなくなったせいで両手剣が使えないから、余ってる片手剣を恵んで欲しいんだけど。

 

 

 「それは、先輩後輩以前の問題だろ!!」

 

 

 冗談だ。そういってキリトの肩を叩く。皆の所に行こう。キリトはいいが、コーバッツには謝罪させねば。

 

 

 「白野」

 

 宙に浮かせた右足は、止まることなく前へと踏み出された。既に、キリトも歩き出している。

 

 「──いろいろ、助かったよ」

 

 

 どういたしまして。

 

 

 その返事は呑み込んで、ただ笑ってみせた。

 

 

 

 

 

 

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