SAO/extra   作:ハマグリボンバー

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誤字報告ありがとうございます。


1-2 円卓のバガテル

 「…なるほど。状況は概ね理解した。一先ずは、お疲れ様と言っておこうか。」

 

 血盟騎士団本部。白と赤で統一された室内は、その色合いに反して、ひどく重苦しい空気か漂っていた。

 

 アスナから、74層攻略に係る経緯の説明を受けた後、その沈黙を破ったのは、《血盟騎士団》団長にして、『異質なスキルを使用するNPC』岸波白野を巡る一件の責任者、ヒースクリフであった。

 

 

 「状況を鑑みれば、恐らくは最善に近い結果だろう。失ったものは大きいが、得たものもある。君が悔いる事ではない」

 

 

 「そうですね。2名が亡くなったことは無念としか言えませんが、いずれにせよ75層攻略前に、副団長の言うコードキャストを確認したいと思ってましたし、なによりも《二刀流》の出現は大きい」

 

 「ええ。話を聞くに、アスナさん達が割り込んでいなければ《軍》のパーティーは全滅していたでしょうから、大きな功績ではないでしょうか」

 

 「ですがそれは結果論では?『岸波白野』を失う可能性が多分にあったことは事実でしょう?少なくとも来るべき時まで失うわけにはいかないのですから、再発防止の策を考えるべきではないでしょうか。それに、《二刀流》にしたって、あれはむしろ今まで黙っていたことが問題でしょう。そう考えれば、私達が得たものは余りに少ない」

 

 「確かに。最悪を避けるのであれば、押さえ付けてでも岸波白野を止めるべきだったのでしょうね」

 

 「それでは、《軍》の方々は見捨てるべきであったと?」

 

 「そうではなく──いえ、そうであったとしても、彼女を失うことが、この世界を終わらせる可能性を無くす事に繋がるのであれば、結果として救う命の数が違う。少なくとも、この時点で彼女に魔法を使わせるべきではなかった」

 

 口火を切ったヒースクリフに続くように、その場に集まった《血盟騎士団》の団員が口々に言う。実際に見ていた訳でもないのによく言えたものだと、アスナは下唇を噛む。責めるようにアスナへ視線を向けた男に、魔法ではなくコードキャストです。と意味のない指摘をする。

 

 「それで、副団長殿。今回一件の原因はどこにあったのです?貴女方に問題があったのか、それとも彼女の手綱はとても握れたものではないのか。」

 

 「それは──」

 

 「そんなこと問う必要もないでしょう。貴方はクラディールの報告を聞いてなかったので?私に言わせれば《岸波白野》が我々の味方であるという考えから疑問です。理由があればこちらにも刃を向けるNPCですよ。」

 

 「それでも、《岸波白野》の有用性は同時に保証されています。後何回使えるのかはわかりませんが、フロアボスの特殊スキルを完全に無効化できるスキルは、上手く使えば戦況を変える一手になり得る」

 

 そして、岸波白野にはそれを可能とする戦術眼があった。

 

──気持ちが悪い。とアスナは思う。岸波白野の話でありながら、誰も彼女の事を話していない。そんな今の状況が、アスナにはひどく醜悪なものに見えてしかたがなかった。

 

 本当に、この場に彼女を連れてこなくて良かった。なにも、不必要な傷まで負わせるべきではないのだから。

 

 

 「白野さんには、私達と同じように感情があります。こちらが善意で接すればそれを返してくれますし、悪意で接すれば嫌悪感を示します。目の前で困ってる人がいれば例えそれが見ず知らずの人間であっても手を差し伸べることもあるでしょう」

 

 

 喉から競り上がる激情は押さえつけ、努めて冷静に言葉を重ねる。

 

 「手綱が握れるかと言えば、それは握れないとしか答えようがありません。彼女は自分で見て、感じて、考えて、行動を行います。私が何を言っても、彼女がそれを正しいと思えば、私にそれを止めることはできません。ただ、彼女の倫理観は、私達とそう変わりません。意味もなく人を害することはないのですから、彼女を人として認め、かつ、友好的に接することが攻略における最も適切な判断ではないかと考えます」

 

 

 「それは、理由があれば我々にも牙を剥くと認めると?」

 

 

 「それはそうですが、そういうことではなく!」

 

 ギリと、アスナは歯を食いしばる。あれだけ言葉を重ねて、これだけ想いを口にして、それでも何一つ重要なことは伝わっていない。

 

 それこそ、岸波白野と会話をしているよりも、ずっと無機質な時間だった。

 

 

 「第一、副団長はその様に接した結果として、《岸波白野》にコードキャストを使用させる事自体を忌避しているではないですか。情が移ったのだと思っていましたが、違うのですか?」

 

 「そんなこと──!!」

 

 

 「やめたまえ」

 

 

 耐えきれず、遂に大声を上げたアスナを遮るように、ヒースクリフが制止する。

 

 「その議論は不要だ。少なくとも、今すべき事柄ではない。」

 

 

 「ですが団長。このままでは──」

 

 

 「我々の事情であれば、いくらでも修正がきく。ただ、あちらの事情はそういくまい。」

 

 

 アスナくん。とヒースクリフはその名を呼ぶ

 

 

 「私は今回の一件について、君の判断は間違っていなかったと感じている。あれは、一重に《軍》の暴走による失態だろう。故にこそ、私はこれからの話をしたい」

 

 ヒースクリフの淡々と話す様は厳かで、それは理路整然と、相手の虚偽を許さない。

 

 「その為には、まず前提を知らねばならない。岸波白野とは何者で、何が目的なのか、これを知らねば敵味方の区別などつくはずもない」

 

 

 「それは…」

 

 アスナが言い淀む。

 

 当然だ。そもそも、その回答をアスナは持ち合わせていないのだ。アスナにとって岸波白野とは、少しおかしな発言をする善意の協力者でしかない。

 

 

 「だがそれはあり得ない。」

 

 

 だがそれを、ヒースクリフは確信を持って否定する。

 

 

 「NPCであったとしても、自己保存の心理は働く。それが上位のAIであればあるほど、明確に死を意識するものだ。にもかかわらず、家族を捨て、命を削る。それが自身にとって無意味なことであるのなら、それはもはやNPCとして破綻している。ならば、その行為の果てに、彼女は何かを見ている筈だ」

 

 

 アスナは何も言うことができない。今までは、そんなこともあるだろうと納得してきた事柄を、論理的に有り得ないのだと告げられ、その言い分に一部でも納得してしまったから。

 

───かつて出会ったダークエルフの少女も、思えば。

 

 

 「質問を変えよう。」

 

 それはまるで、先の質問にアスナが答えられないことを予期していたかのように。

 

 

 

 

 「あの時──、74層の迷宮区で、初めて岸波白野と出会ったあの時、君が彼女から受けたクエストはなんだったのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、アスナに依頼などしていないが?

 

 「まじか」

 

 

 50層に店舗を構えるエギルの雑貨屋の二階にて、疲れた様子のキリトに答える。私からすれば、むしろ何故そんな風に思ったのか疑問なのだが。

 

 「じゃあ、なんで白野は上層を目指すんだよ?」

 

 隣に座るクラインが、心底不思議そうに首を傾げた。

 

 だが、どうもこうもない。アスナやキリトが地上に帰りたいと言っていたからだ。クラインも同様に地上への帰還を望んでいると思っていたが、違うのだろうか。

 

 「そりゃ、俺だって、今すぐにでも帰りてぇさ。でもよ、それだと、お前さんに得がねぇじゃねぇか」

 

 

 口を尖らせて言うクラインにそんなことはないと返す。

 

 得るものは、きっとある。それはきっと、形のあるものではなくて、それが私を幸せにするのかはまだわからないけれど。

 

 

 それよりも、今はキリトのパパラッチ対策の話ではなかったか。

 

 「それな。ほんとそれ」

 

 「おめぇが話を脱線させたんだろ」

 

 「因みに、ここに泊まるなら一泊千コルな」

 

 壁に体重を預けたまま黙って話を聞いていたエギルが、キリトににやにやと笑顔を向ける。

 

 「誰がこんな所に泊まるかよ」

 

 けっと、吐き捨てるキリト。その様子を見たクラインが呆れたように口を開いた。

 

 「ただまぁ、教えようがねぇことで追っかけ回されてもたまんねぇよな」

 

 「そうなんだよ。せめて条件がわかっていればなぁ」

 

 

 なんでも、昨日のグリームアイズとの戦いでキリトが使用した《二刀流》が、既に周知されていたらしい。その結果、キリトのホームには《二刀流》の情報目当ての剣士やら情報屋が詰め掛けてきたのだ。そのせいで、キリトは自分のねぐらから出ることも出来なかったのだとか。先程も、『どうやって俺の居場所を調べたんだ…』と、ぼやいていた。深い理由はないが、なんとなく哀れに思うところもあり、丁度今朝がたに思わぬ臨時収入もあった私は、今度ご飯でも奢ってあげようと思います。

 

 

 「あぁ、サンキュー…」

 

 「いや、キリト。そりゃぁ…」 

 

 

 とはいえ、一部ではキリトを英雄視する声もあるようだ。その声まで、鬱陶しいの一言で済ませてしまうのは、些かどうかと思う。

 

 「わかってるさ。ただ、どれだけ期待されても俺が出来ることが増える訳じゃない。それに、俺なんかより、あんたの方がよっぽどそれらしいだろ」

 

 

 キリトが、手に持った飲みかけのお茶を私に差し出す。それをやんわりと断りながら、よくわかってるじゃないかと、心にもないことを口にした。

 

 

 

──私はきっと英雄から程遠い。例えこの城で何を為そうとも、あの月において、トワイスの言葉を否定できず、地上と月の繋がりを断たなかった私は、その事実だけで、とても英雄にはなり得ない。

 

 英雄とは、その行いが善であれ悪であれ、何かを為し遂げた者の名だから。

 

 「そういや、昨日のあの戦いの後も、コーバッツの野郎は岸波殿、岸波殿ってうるさかったぜ」

 

 クラインの言葉に、そんなことを言われても困ると手を振る。やや無責任にも思えるが、これ以上私がコーバッツに出来ることは殆ど無いように思えた。

 

 彼が負うべき責任も、これからの展望も、私が力になれることはきっとない。無論、力になれる様であれば是非手を貸したいと考えているのだが。

 

 

 「それにしても、アスナは遅すぎないか?」

 

 キリトが時計を見ながら言う。見れば、待ち合わせから既に二時間以上経過している。何かがあったにしろ、余りにも遅い。大丈夫だろうかと、少し心配になる。

 

 ふと、私の耳が階段をトントンと上がってくる音を捉えた。

 

──だが、その音は。

 

 

 「…二人?」

 

 

 キリトの呟きに答える者はいない。

 

 静かに扉が開かれる。その先にいた人物を見て、誰かが唾を飲んだ。

 

 「突然すまない。少しいいかね?」

 

 

 泣きそうな顔をしたアスナと、微笑みをたたえたヒースクリフがそこにいた。

 

 

 

 

 

 

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