敗者の憎しみ、世界を越えて魔王に至る絶望。
捕食とは闘争、闘争は悪、悪こそが人を育て、それは日常の中にある
引き寄せられるように、世界の守り手とオディオはぶつかる。
オディオは時に魔王であり、時に欲に溺れた人間であり、時に周囲を傷付けるようになった被害者である、時に恐ろしい化物であり、総じて倒すべき敵である。
オディオでなかった者は、オディオに至りこう語る。
それは太古の昔より、はるかなる未来まで在るもの。
平和なる時も、混乱の世にも在るもの。
あらゆる場所、あらゆる時代に戦いの火ダネとなるもの。
それは人間が存在する限り、永遠に続く『感情』
その感情の名を……『憎しみ』あるいは『オディオ』という。……そう、語るのだ。
オディオの名を冠した者はどんな世界にもどんな時代にも現れる。
それを止める者も対になるように現れる。
例外はない。
討つ者と討たれる者、オディオとそれを止める者は世界を超え、自分の世界ではない場所でぶつかり合うことすらある。
「あんたがオディオって奴か?」
どこかの世界で、独裁者マーダルは豪華な王座に腰を降ろしていた。
オディオ、と鷹山仁の名を呼ぶ。
マーダルがオディオと召喚されたことは一度も無い。
なのに何故か、その呼称が妙にしっくりと来る自分が居た。
「……誰もそう呼んでいなかったというだけで、余はそう呼ばれるべきだったように思える」
マーダルは自身の名を捨て、オディオという名を使い始める。
ここが自分の居た世界ではないという確信が、オディオの胸の中にあった。
「ジョルディ王子……ディ、オージ……
『席が埋まっていたから』か。
余がオディオであったか……
それとも王子がオディオとなる可能性があったか……
いや、そんなことを考えることに、意味はないのだろうか」
物語に主人公と宿敵というものがあるならば、主人公がオディオとなる物語も、宿敵がオディオとなる物語もある。
「余はあの平和を否定するために生まれ、生きたのか。
余はあの世界が許せなかった。
与えられた平和の中で、何の欲望も目的も持たなくなった者達の世界が!
怒りで攻撃もせず! 希望で立ち上がりもせず! 絶望を激情で吹き飛ばしもしない!
だから闘争をあの世界に放り込もうとした!
あんな平和を享受し、水に溶かされる塩のように呑まれる未来の自分など、許せるものか!」
「ああ、分かる。おかしい世界の中で……何もしない自分が憎かった」
「無力なまま何もせず、間違っていると思っている状況を肯定するなど許せなかった。
何もしない自分が憎い、許せない。
ゆえに世界をひっくり返した自分しか許せない……
あの結末で、余は余を許さぬまま、後を託して自らの信念と心中したのだ」
「……いいんじゃないか、自分を許さないまま死んでいっても。上等だろう」
オディオは平和が腐らせた人間の世界を否定した者である。
彼は闘争の肯定者。
食らい合う闘争ではなく、混沌を前提とした闘争、悪を否定しようとする闘争だ。
「生命は闘争を好む。それは闘争の中から生命が生まれたからだ。彼らは戦い続ける……」
鷹山仁が初めて意外そうな顔をした。
「初めて意見が分かれたな。
生命が闘争を好むは……食ってやろうとするからだ。
相手の体の肉を、土地という肉を、金という肉を。
で、自分の肉を食われる痛みに抵抗するため、食らい合う闘争が始まる」
闘争の中から命が生まれたがゆえに、命に罪は無い。
だからこそ何も考えられず与えられる平和に悪がある、とオディオは言う。
仁はそれに対し、そこまで善く人間を見られないのだと言う。
命は食うからこそ罪深く、食うからこそ戦い、罪の無い作られた者ですら、他の命を食うという罪を重ねずにはいられない。
「闘争の中から生命が生まれたって言ったな。
そんなことはなかったよ。
俺が闘争のないビーカーの中で生み出した命は……ずっと、戦っていた」
仁の視点から解釈すれば、オディオが居た世界の平和に毒された豚の人間は、何も喰わない生命という欠陥品に近いものがあったのだろう。
オディオはこれ以上語ることもない、と言わんばかりに、鼻を鳴らす。
「永遠に腹が一杯な生き物は、必ず破綻する。それだけのことだ」
王座から立ち上がるオディオの姿は、仁には恐ろしい異形に見えた。
魔王になった人間に見えた。
憎しみの名が、オディオでなかった者をオディオに至らせる。
仁はこれを倒せば元の世界に戻れるだろう。
この戦いを記憶に変えて。
その邂逅を教訓に変えて。
自身とアマゾンに関する憎しみを捨てられず、それをもって終わりなき戦いの火種となってゆくならば、鷹山仁もオディオと成り果てる可能性はある。
「俺も一歩間違えたら『そう』なるのか……
あるいは、俺もその内『そう』なるのか……
……もしかしたら、もう『そう』なってるのかもな」
ベルトを巻いて、起動する。
「アマゾン」
《 アルファ 》
切り刻み、切り刻み、切り刻んだ。まるで野獣のように。
「お前は人間であることをやめたのだな」
「……人間を守るには……人間をやめないと、な」
「覚えておけ。
お前は怪物を狩れない人間であることが嫌になったのだろう。
だが、人間である以上、人間であることが嫌になったなら……おしまいだ」
拳を握り込み、憎しみを噛み潰し、硬い床に踏み込んで。
「知ってる」
終わった世界の残り香である憎しみの首を、仁の刃が刎ね飛ばした。
●五常の徳・仁
他人に対する親愛の情、優しさ。人を思いやること。愛すること