お正月企画三題噺シリーズ・ネクスト   作:ルシエド

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お題は『口笛』『鬼』『幼女』

ブラックスワンが消えた後の刃蓮火、赤バラが消えた後のリトルレディ


第五回:ローズレッド・ストラウスの終わりの次

 全てが終わった。

 全てに決着がついた。

 何をするか、何をしたいか、何をするべきか。

 蓮火の頭はそれら全てを明確に分かっているはずなのに、それらを心に定められずにいる。

 

 ストラウスを殺そうとしていた時とは完全に逆だ。

 あの頃の蓮火は心が復讐を決意し、復讐心を鈍らせないために頭で合理的な判断を考えないようにして、心に引っ張られるように戦っていた。

 そのストラウスも、もう居ない。

 

 小松原ユキが生きていた時、彼女は彼の全てだった。

 小松原ユキをストラウスが殺した後は、ストラウスが彼の全てだった。

 そのストラウスが死んだ今、何となく何もする気がしない。

 ストラウスが守ろうとしてたもんでも守ってやるか? なんて考えてはみるものの、そんなことを考えても"あの燃えるような復讐心"に近い熱が湧き上がってくることはなく。

 自然と、彼の口は口笛を吹いていた。

 

「~♪」

 

 蓮火の口笛を聞き、少し離れた場所で黄昏れていたブリジットも寄って来た。

 ブリジットは静かに彼の口笛を聞いていたが、やがて彼のリズムに合わせる。

 

「―――♪」

 

 蓮火がブリジットに、ブリジットが蓮火に合わせ、即興にしてはリズムが上手い具合に噛み合って、なんとなくで口笛曲が一曲仕上がってしまった。

 一曲終わり、蓮火が感心した様子で頷く。

 

「上手いもんだな。即興で合わせてくるとは思わなかった」

 

 ブリジットは偉そうに笑って、寂しそうに笑みを引っ込めた。

 

「口笛は、地球の人間達の間に自然と生まれたものだ」

 

「? ああ、そうだな」

 

「だが、ヴァンパイア達の間に自然と生まれたものでもある」

 

「……ん? どういう意味だ?」

 

「口笛の起源など探す意味は無い、ということさ」

 

 蓮火と紡いだ口笛の旋律が記憶の中に入っていき、押し出されるようにブリジットの大切な記憶が蘇る。

 

 

 

 

 

 むかし、むかし。

 それこそ千年以上前と言っていい昔。

 まだブリジットが幼女だった頃、彼女の愛した男が60歳の若造だった頃。

 若き日の二人の吸血鬼は、小さく綺麗な彼女の部屋で確かな絆を深めていた。

 

「私の小さな娘(リトル・レディ)

 君の推測は正しい。

 人間の中に生まれた口笛も、ヴァンパイアの口笛も、種族の内から自然と生まれたものだ」

 

 ローズレッド・ストラウスの教えは、いつだって彼女の心に染みていった。

 彼女の中で大切なものになっていった。

 彼女は彼が好きだった。

 愛していた。

 彼の生き方が幸せになれないものだと理解した後も、全てを崩壊させるものだと理解した後も、彼女は彼の生き方が好きだった。

 

「口笛は、人間や吸血鬼の身体構造に依存する。

 きっと、遠い宇宙からそのままの姿で来た宇宙人には真似もできないだろう。

 けれどそれ以上に……口笛は、その心から生まれるものなのだと思う」

 

「心?」

 

「ああ。きっと、人間やヴァンパイアに似た生物を作っても意味は無い。

 その生物が口笛を吹くことはないだろう。

 楽しい気分になると口笛が吹きたくなる気持ち、口笛を吹くのが楽しいと思える気持ち……」

 

 そういうものがなければ、きっと口笛は吹けないんだ、とストラウスは言う。

 

「私は思う。人間とヴァンパイアは、同じ心を持っているんだ。

 だから同じく口笛というものを生み出した。

 ……同じ心を持っているなら、どんな困難があったとしても、分かり合えるはずだろう?」

 

 幼い少女の心には、分かり合うことの大切さ、相互理解は可能であるという確信、相手と同じ音を愛することの大切さが刻まれた。

 

 

 

 

 

 そして今、かつて幼い少女だった女の心に、刻まれた大切なものはない。

 彼女が愛した男があの頃紡いでいた言葉は、一から十まで甘過ぎた。幻想だった。脆い理想だった。儚い夢だった。

 口笛を分かり合う心の証明にしようとした男は、結局不和に理解の拒絶、そして強者への恐怖が合わさった心をぶつけられ、悲劇のままに死んでいくしかなかったのだ。

 今のブリジットには分かる。

 人間とヴァンパイアには同じ心があるから分かり合える? 手を取り合える?

 違う、逆だ。

 

 同じ心を持っているから、人間とヴァンパイアは同じように互いを憎み恐怖した。

 同じ心を持っているから、人間とヴァンパイアは同じようにストラウスを恐れた。

 同じだ。

 心の形が同じだったからこそ、両者の共存は不可能だった。

 

 せめて片方の種族が、ストラウスのように過剰に寛大な心を持っていればよかったのに。

 

「ブリジット」

 

「どうした、蓮火。何か用か?」

 

「どうした、は俺の台詞だ。泣きそうな顔しやがって」

 

「―――」

 

 心の中を見抜かれた。

 蓮火の成長を肌で感じ、ブリジットは苦笑する。

 ブリジットが背中を追って行けるストラウスはもう居ない。

 これからはブリジットが蓮火達に背中を見せ、進んで行く方向を指し示していかなかればならないのである。

 

 それが寂しくて、悲しくて、辛くて―――心の痛みで、気合いが入った。

 

「蓮火。もう一曲付き合え。今度は私の方にお前が合わせろ」

 

「二回連続で上手く行くとは思わんが……まあいいか。何の曲だ?」

 

 ブリジットは月を見上げる。

 

鎮魂曲(鎮魂曲)だ」

 

 前に進み続ける彼ら彼女の勇み足が、夜の闇の中でも何かに躓かないように、月は彼ら彼女らの足元を照らしてくれている。

 

 その輝きは、いと高き月の恩寵だった。

 

 

 




 吸血しない吸血鬼はただの鬼
 ストラウスは鬼から見ても恐ろしく強い異次元の鬼
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