「おう!のび太!野球するぞ!」
「早く来いよのび太ー!」
ほんの数週間前まではうんざりしながらも心の中ではどこか楽しみに待っていたその誘いの言葉は今ではただの雑音だ。毎日のように家の前までやってきて僕を家から出そうとする。
「いい加減にしてくれないかなぁ」
そう暗い部屋の中でひとりごちる。
「のび太君、ジャイアンとスネ夫今日もきてるよ。そろそろ顔ぐらい出してあげてもいいんじゃないかい」
部屋の前から聞こえる声。うるさい。
「そんな気分じゃないんだ」
「そりゃ毎日毎日こんな暗い部屋の中にいたらそんな気分にもなるよ。たまには外に出て遊んできた方がいい」
「・・・うるさいなぁ」
「うるさいっt「うるさいんだよ!僕は今ひとりになりたいんだ!」
「のび太君・・・これだけは言わせてもらうよ。みんな君の事を心配してるんだ。君は今自分がひとりきりだと思っているんだろうけど、それは違う。君はひとりなんかじゃないよ」
それだけ言ってドラえもんは静かに階段を降りていく。
「違うよ、ドラえもん。僕はひとりでいいんだ。ひとりがいいんだ。だから、ドラえもん君も僕にはもう関わらないでくれ」
そうだ。僕はひとりがいい。1週間前のあの日から僕はひとりを選んだ。ドラえもんもしずかちゃんもジャイアンもスネ夫ももういい。もう誰とも関わりたくない。
「あんな思いをするぐらいなら僕はひとりがいい。ひとりがいいんだ・・・」
僕はまた暗い部屋の中でそうひとりごちた。
—————1週間前—————
あの日のことは今でも鮮明に思い出せる。いつも0点の算数のテストで80点を取った僕は舞い上がっていた。
(はやく帰ってママに見せなきゃ!)
いつもならしずかちゃんと一緒に帰るその道を僕は算数のテストを握りしめてひとり走った。胸の中は僕のテストを見て表情を変えるママの想像でいっぱいだった。
(どんな顔するだろう、笑うのかな、驚くかな、両方かもしれない。)
テストを見ては怒るママがこのテストを見たらどんな表情を見せて、どんな風に褒めてくれるのか、楽しみで仕方がなかった。
「ただいまー!ママー!これ見てよー!」
家に帰るなり靴を脱ぎ捨て、いつもママがいる居間に直行したがそこには誰もいない。いやに家の中が静かだった。
「買い物にでも行ってるのかな。それなら家の鍵でもかけておけばいいのに不用心だなぁ」
こんな日に限っていないなんてタイミングが悪い。
「最初にママに見せたかったけど、仕方ないからまずドラえもんに自慢しようっと」
階段を上がり僕の部屋のドアを勢いよく開ける。
「ねぇねぇドラえもん!これ見てよー!」
そう勢いよく部屋に入ったものの返事がない。どうやらドラえもんも出かけているようだ。
「ちぇっ、こーんないい日に限って誰もいないなんてついてないなぁ、みんな帰ってくるまで昼寝でもしてよーっと。今日は気持ちよく昼寝ができるぞ!」
いつものように座布団を枕にして昼寝の体勢に入る。それから眠りに落ちるまで1秒もかからなかった。
「・・・くん・・・たくん・・・」
「う〜ん、むにゃむにゃ」
「のび太君!!」
「うわぁっ!」
「やっと起きたか。おはよう、のび太君」
「あ、ああドラえもんかぁ、おはよう。びっくりしたなぁ」
「びっくりしたじゃないよ。もう7時だよ」
「もうそんな時間かぁ。ちょっと寝すぎたなぁ」
「仕方のないやつだなぁ。それよりママはどこに行ったか知ってる?」
「え?ママまだ帰ってきてないの?」
「そうなんだよ。ご飯の時間なるからミーちゃんとのデートを切り上げて急いで帰ってきたのに家に君しかいないだもの。なにかママから聞いてない?」
「聞いてるもなにも僕が帰ってきたときにはママはもういなかったよ。君がなにか聞いてるんじゃないの?」
「なにも聞いてないから君に聞いてるんじゃないか。僕が家を出た時にはまだママはいたんだけどなぁ」
(って事はママは誰もいなくなるのに鍵もかけずに家を出たってことか。しかもどこに行くのかも伝えずにまだ帰ってこない。)
ざわざわ、ざわざわとなんとも言えない感覚が僕の心をうろつき始めた。
「とりあえず家の中をちょっと探してみようよ。なにかメモでも置いてあるかもしれない。ママがなにも言わずに家をあけるなんて考えられないからね」
「それもそうだね」
そうしてドラえもんとふたりで家の中を探し始めた。それが見つかったのはそれから10分もしなかった。
「のび太君!のび太君!これ!これ見てよ!」
居間を探していた僕にドラえもんが大急ぎで近づいてくる。
「なにか見つけたの?」
「これが、これが冷蔵庫の中に入ってたんだ!」
ドラえもんから冷蔵庫に入っていた少しひんやりとしたメモ用紙を受け取る。80点のテストのことなんてもう頭になかった。先程まで感じていたざわざわといういやな感覚が今まで感じたことがないほど大きくなっている。
「なに、これ」
自然と口からそう溢れていた
————ごめんなさい。
ママ
手紙にはたった一言それだけが書かれていた。
その日からママとパパはもう家に帰ってこなかった。
ごめんなさい。