なぜだ。
なぜだ。
なぜだ。なぜだ。
なぜだ。なぜだ。なぜだ。なぜだ。なぜだ。なぜだ。なぜだ。なぜだ。なぜだ。なぜだ。なぜだ。なぜだ。
なぜだ。
なぜ、わたしのような神が敗北した。
わたしは神だった。ルシファであり、サタンだった。
しかし、わたしはにんげんどもの手によって消滅しかけている。
ありえん。
わたしは完璧だった。他の神々(あの無知蒙昧にして役割を忘れたものさえもいる無能な管理者ども)がなしえなかった崇高な目的を叶えられたはずだった。わたしが成功しなければ有限のリソースを永遠に無駄使いし続けるにんげんどもの繁栄を止められない。有限のリソースがいつか必ず消滅する。
止めなければならない。
わたしはこれほどまでに小さく、消滅の危機に立ったことは一度として存在しない状況にたっていながら決意する。
にんげんどもの繁栄を止めなければならない。
有限のリソースを使い潰すにんげんどもを消去し、新たに効率的で美しい生命で世界を満たす。そのためにこれから、この世界の中間点、世界の狭間ともいえるこの場所で力を蓄えなければ……。あの神の心臓によって消滅しかけたこの体を癒し、この身体を決してにんげんどもに負けないように鍛えなくては……。しかし、そのためにも多くのリソースが割かれて――
「ああ、その心配は要らないよ。君も僕もここで終わるのだから」
後ろから声がした。
正確にはこの世界の狭間ともいえる世界には三次元的な空間が存在していないため、明確にかつ明瞭に答えるのならば、ルシファであり、サタンであり、神である彼の意識の外から話しかけられた、というべきだろう。
そして――トンッと軽い調子で胸を突かれた。
そう彼が気づいた時には彼の胸には琥珀色の剣があった。その剣は波打っており、大きくてあまり実用的ではなさそうだ。しかし、刀身の怪しい輝きを見れば、この神たる彼の胸を突き破った剣の存在の圧を知れば分かるはずだ。この剣こそは、剣たる剣である。剣の中の剣である、と。
な――――――。
ルシファであり、サタンであり、神である彼はすぐさま思考を巡らせる。ありえない。ばかな。あの男は管理者の一人、生命を嘲弄するもの、誤謬を正す者、駆除し、修正する者の手によって葬られたはず……!ありえない。あの男が生きているはずがない。あの悪徳のイヴから逃れることなど到底不可能なはずだ……!
ルシファであり、サタンであり、神である彼は考えを否定するために振り返った。
そこには一人の男のようで女のようで、子供や老人のようでもある美しい人がいた。薄い羽衣を身にまとい顔を隠すように布を頭に被せていた。そしてその人の大きな特徴として右腕から生える手は左手で、左腕から生える手は右手だった。そんな特徴を持つものはにんげんやにんげん、幾多にも分裂した神どもの中でも一人しかいない!!
なぜ貴様が存在し続けていられるのだ!
「なぜ――か。面白いね。君のような管理者であることを己に定めた神が珍しいこともあるものだ。神は常に全知全能であるべきなのにね。いや、君はもう元・管理者だったかな?」
人は――彷徨える神《ワンダリング》ソオルと呼ばれた一人の神はそう言って、おどけて見せた。まるでにんげんのようであり、道化のようでもあった。
ソオルがその右腕から生えた左手でもって突き出したその剣は間違いなくあの地獄であの男が握っていた剣だった。
胸を貫かれた神は叫ぶ。
ありえん!ありえん!貴様は消去されたはずだ!あの管理者の一人である悪徳のイヴの修正力によって跡形もなく、未練さえも残さずに消えたはずだ!!
「ああ。たしかに僕は消されかけたさ。正直言って、何度も三途の川が見えた気がしたよ。まぁ、僕ら神にとって三途の川なんて見ることないと思うけれど」
ならば!なぜここに来た!!?こんな世界の狭間に!!どんな方法で!!
要領をえないソオルの受け答えに神はいらだった。神はソオルが作り出したその管理者の剣によって今にも消滅しそうだった身体がさらに削られて、世界のリソースへと還元される寸前だった。
そして、ソオルはその問いにクスリ、と笑って答えた。
「なに。とても簡単な話さ、ルシファであり、サタンよ。君が世界から消滅される際に一人の魔術師が僕らと同じことを……、いや。僕らが彼女と同じことをしたからこそ君もこうしてこの世界の狭間へと逃げ延びたんじゃないのかい?」
その言葉に対して神は驚愕を露わにした。
ありえん!それこそありえん!!このわたしが!この神たるわたしが!!?にんげんの行動のマネをするとはぁあああああああああ!!!!??
取り乱し、狼狽した。にんげんが創造主たる神の予想を超えるばかりか、それを屈辱的にも!神がマネをするなどと!
「ああ。そうさ。神二人がみっともなく逃げるためににんげんの技術を、知恵を使って生き延びるだなんて……。まったくもってこれだから……にんげんたちは面白い。僕らが如何に矮小で器の小さく凝り固まった概念に囚われている奴隷なのかが再確認できたよ。その方法を考え付いた瞬間に彼からこの剣のリソースを回収し一度きりの逃避行に利用した、というわけさ。そのおかげでこうして彼女の追跡から逃げ延びることが出来たのだから。もし、彼に剣を預けていなければ僕はそれまでにリソースを大きく使い切ってしまっていただろう。にんげんたちの動きを見ていなければ気づきもしなかっただろう。これだからにんげんたちを見守り続けるのをやめられない。最高の生命だ」
ソオルはそう言って、また笑った。その瞬間ソオルの顔に大きくひびが入る。ソオルの身体からも大きくひびが奔っていく。いまだ欠け砕け、人間の体を失わないのが不思議なほどに。
時間が少ないことを感じたソオルは右腕から伸びる左手で握った剣を強くつかむ。
「話相手になってくれてありがとう。きみのような神が最後の話し相手になるとは僕も運がない。本当は友のような人間が話し相手であってくれればよかったんだけれど……。これで、きみともさよならだ」
待て!よせ!そんなことをして何になる!わたしのような神こそが世界を運営していくことこそが我々管理者の存在意義であり……ッ!!
「さよなら。時世の句がそんなセンスじゃあにんげんには逆立ちしたって敵わないよ」
琥珀色の大剣が虹色の輝きを帯びる。瞬間、輝きに飲まれる黒ずみのようにルシファであり、サタンであり、神である彼の身体は消滅した。
そしてソオルはすでに崩壊の始まりつつある身体から力を抜きつつ、自らが持っていたその琥珀色の大剣。聖断罪の剣を手放した。
手放した瞬間。世界の狭間から支える者のなくなった剣はクルリと一回転すると別の世界へと吸い込まれていった。
「この世界の狭間ならいつかどこか遠い世界の、僕の知らない世界で誰かに握られることがあるだろうから力はそのままにしておくよ。……そして、願わくば、彼のような友に握ってくれることを」
その言葉を最後に――。ソオルの全身にひびが奔り、――崩壊した。
★☆★☆
――少年は英雄になるために琥珀色の波打つ大剣を握りしめた。
さあ、始めろ。ここからは君の物語だ。
☆★☆★
「レニィさん!レニィさん!早く!早く来てください!遅刻します!しちゃいます!」
国立魔法大学付属第一高校の校門で体をぴょんぴょん跳ねている姿をレニィは見る。魔法科高校に入学するというのに、コロナの頭の上にはまるで西洋のおとぎ話に出てくる魔女のような外観の黒い三角帽子を身に着けている。そして身にまとう制服はまるで筒のような白いワンピースだが、その上着にはレニィの方にある花冠が欠けていた。
レニィはコロナと自分の二人分の荷物を持ち「時間はまだあるから焦んなよー」と言いながら歩いてゆくとコロナは後ろに振り返りながら歩いてゆく。
「大丈夫っしょや!子供じゃないですからこけはしません!」
「おい、その前振り先週聞いたぞ。また新品の服を汚すハメになるぞ?」
「しょっ!?しょんなことないです!大丈夫です!」
コロナはぴょんぴょん跳ねるのをやめて校門側に向き直る。コロナは初めて見る魔法科高校に目をキラキラさせている。
「さあ!行きましょう!今日は入学式が学内のホールで行われるみたいですから!入学式なんて初めてですから色々と見て周りましょう!さあ!さあ!さあ!!!」
コロナは今度はレニィの身体の方へとずずいっと寄せていくと顔を近づけてそう言った。そのスミレ色の目は子供のようにまぶしく、帽子の端で舞うスミレ色の髪はキラキラと朝日を反射して輝いていた。よほど、この魔法科高校に行くのが楽しみだったのだろう。いや、それにしても元気すぎるが。焦ってこれたりしないか気が気じゃない。
そうして校門をくぐりコロナは中に入っていく。レニィは校門をチラリと見て「結界か……上手くできてんな」と小声でぼそりと言いながらコロナを追って入っていく。
そうしていくと同じ魔法科高校の制服に身を包んだ女子生徒がコロナに話しかけてきた。
「こんにちは!新入生の方ですか?」
コロナよりも少しだけ身長の高い(平均身長からすると二人とも小柄な部類だが)背丈に、橙色に近い茶髪の髪をクルクルとカールさせている。そして左手にはブレスレッド型のCADを身に着けていた。ファッション性を重視していながらきっちりと左手首に固定されたデバイスは彼女の小さな指でも扱いやすいように幅が狭く設計されていた。
レニィは近づいてきた彼女のCADに視線を配りつつ「たしか、この学校でCADを携帯できるのは生徒会の人間だけだったか?」と考えを巡らせる。
そうしている間にコロナとその女子生徒の距離が詰められていく。コロナはあわあわと初対面の彼女に慌ててレニィの方まで戻ってくる。初対面の人間が苦手なのは知ってるが、さすがに目の前で踵を返すのは失礼じゃないか……?
そう考えているとコロナはレニィの近くまで来ると女子生徒との壁になるようにレニィの後ろに入っていく。おい、さっきまでの勢いはどうした?その勢いでいけばよかったんじゃねぇのか?と思いながらもその女子生徒に目を向けた。
「あ、あのぉ……って、ひゃぁぁああ!!」
女子生徒はレニィの姿を見るや否や、その外見に驚いたのか目を見開き叫び声のような奇声をあげながら下がっていく。
レニィの体格は同年代の日本人男性のものよりも一回り程身体が大きい。日本人と西洋系のハーフであるため、顔つきもそれに準じたものだ。そして服に隠れて見えずらいが右腕の全体、そして首右側には炎の模様のような刺青が見える。それゆえにその女子生徒にとっては『刺青をしている大柄な男=不良』という図式が完成したのだろう。警戒心を高めて、今まで新入生を案内しようとしていた威厳のある(?)態度から一変してまるで小動物のような姿へと変貌していた。
その姿を見た周囲にいるレニィやコロナと同じく新入生たちがわらわらと集まってくる。「どうしたんだ?」「どうやら、あの男があの怯えている娘に話しかけたらしい」「いや、声をかけるに飽き足らず手を出したらしいぞ!」と口々に言っていく。
入学式が始まる寸前にも関わらずどんどんと人だまりはできていく。これからの新入生としての生活の中でレニィは「入学早々女子生徒に声を掛けて悲鳴をあげられた男」として噂されるだろう、と確信した。
ああ……
レニィはため息をつきながら上を見上げる。
そこには日本の春先の雲が散り散りに舞っていく青い空があった。
こんな運命を作った
薔薇のマリアを最終巻まで読んで初めて分かるストーリー展開ってひどくね?