朝目が覚める。ぬくぬくとしたベッドは、この寒い時期には抜け出すことを許してくれない。
カーテンの間から差す光が、部屋で舞っている埃をくっきりとあらわにする。
「…………めんどう」
それが示していたのはさほど遠くない時間の中で、誰かが俺の部屋で埃の舞うようなことをしていたということだ。
いつものように起きたことを悟られぬように寝返りを打つ。今日という日は目いっぱい寝てやるために。
だが、寝返りを打った先には女の子がいた。
「――――うおっ!」
当然びっくりして大きな声が漏れてしまう。
「ああ……提督、おはよ……」
それは髪を下ろした川内だった。
ベッドの隙間からかすかに見えるピンク色の薄手のパジャマは、きちんと成長している女の子である川内の体のラインを強調しており、髪からは女の子特有の甘いにおいがしていた。
そして川内は柔らかそうでピンク色をした唇を大きく開けて、とても年頃の女の子がするとは思えないようなあくびをする。せめて口に手を当てるとかそういうのをしてほしいもんだ。
「なあ、一つ訊きたいことと怒りたいことがあるんだが」
「なに? ああ、ここで寝てたこと? それはいつものように提督を起こしに来たら、ちょうどあったかそうなベッドがあったからさあ。夜戦で徹夜しちゃったから睡魔に勝てなくてつい……」
「何がついだ。そのおかげで俺が一瞬の間にどれだけの思考を巡らせたと思ってる。最悪の場合責任を取らねばならないまでも考えたんだぞ」
「……へええ? 責任? いいじゃん何もしてないけどとっちゃえば」
「――――うるさい! いいからベッドから出ろ! 俺はまだ寝るんだ!」
とっちゃえばじゃないまったく。意味を分かって言ってるのかこいつは……。
俺は川内とは反対方向に寝姿勢を返し、ついでに川内にかかってるであろう暖かな布団もぐるぐると体に巻き付ける。
「ああ! ちょっと提督! 怒んないでよ! 寒い! ねえ寒い!」
「へっへっへ、これは罰だ。お前はこの鎮守府の提督を怒らせたんだ。これくらいの罰は持ってしかるべきだろう?」
「うわあ大人気ない! ほんとに最低! ああもう夜になったら覚えてろ!」
そう告げると川内はベッドから飛び起きて一目散に撤退した。
「大人を怒らせると怖いというのは大人になる前にわからなければならないからな」
自分に言い聞かせてさっきの行動を正当化しようと試みる。
それにしても、ここにきてもう三年以上経つのか……。時がたつのは本当に早いもんだ。
あたりを見回してみる。
黒い壁紙に灰色の絨毯。一番目立つ蓄音機以外は、一般の一人暮らしの部屋にあるものと変わりはない。
艦娘たちの働きによって随分持ち直すことができた。最初なんて黒ずんだカーテンやタイル丸出しの部屋の床なんて当たり前だったから、それから比べると贅沢さが天と地ほどの差になる。
「あいつらには本当に感謝だ。今度間宮で何かおごってやるか」
間宮というのはうちの鎮守府にある甘味処の名前だ。甘味処とはいっても中は広く、甘味以外にも夜は料理や酒なんかも出している。カフェかレストランとした方がいいのではないかと提案したことはあったが、店主の間宮さんに猛反対された。なんでも強いこだわりがるそうだ。だが、うちの鎮守府の鳳翔も時々お手伝いに行っている関係もあり、よく俺にサービスをしてくれる。
「まあ奢るとは言っても赤城以外だが」
あいつは食いすぎるから食事代の半分を出す程度でいいだろう。その方が本人の自重も促しそうだし。
そんなとき、部屋の扉がノックされる音が響いた。
「提督? 愛宕だけど、まだ寝てるの? 私が起こしてあげましょうか?」
ノックの主はうちの秘書艦だった。
愛宕には、俺の着任当時から相当お世話になっていた。上司と部下という立場を抜きにして愛宕は献身的に支えてくれる。そんな愛宕だからこそ今までいろいろなことを任せてこられたし、正直こんなに早く鎮守府の立て直しがかなったのは彼女の功績が非常に大きい。
「いや、もういく。執務室で待っててくれ」
「そうね、じゃあここで待たせてもらうわ。また寝ちゃうかもしれないもの」
「そ、そうか、急がないとな……ははは」
そして彼女は俺を仕事に向かせる技術なら鎮守府ナンバーワンの実力をもっている。正直そんな技術を身に着けてほしくなかったが。
「じゃあ、あと5分以内に出てこなかったら長門に報告ね」
「…………おっふ」
長門はうちの鎮守府のイベント企画運営を行ってくれている。普段は誠実でちょっと冷静すぎて冷たく見られがちなところもあるが、根は意外に乙女な部分がある。そんな彼女はうちの鎮守府で怒らせると一番怖い。この前会議に遅刻した時なんか散々怒られた後に『提督はまず根っこの部分を直した方がいいな』という理由で鎮守府中を走り回らされたのは苦い思い出だ。
それを知っているうえでこんなことを言っている愛宕はひょっとしたら鬼か悪魔とかではないだろうか。まあお姉さんっぽいところはあるがそこにまさかの鬼畜という新たなジャンルを取り入れるのか。それはほかの人には需要はあるかもしれないが俺に至ってはまったくいらない属性だ。いますぐゴミ箱にポイした方がいい。
「仕方ない……仕事するか」
毎朝恒例となった台詞を吐きつつ、布団を手放し、ベッドから降りて伸びをする。ちょうど立った場所にカーテンの隙間から漏れた光が当たって目をひそめた。
「あああああああああああ……」
このまま日の光で溶けてしまいたいという感情にかられるが、扉の前で待つ鬼の秘書艦に怒られそうだ。
「ていうか5分とか本気で言ってんのか全く」