窓から見えるとても広い青に目をとられていた。茶色く少しさび付いたクレーンのほかにはここから見えるものはない。
きれいだ。この鎮守府に着任して初めてよかったと思ったのは、確か景色を見た時だったな……。
「提督? 聞いてる?」
秘書官の愛宕にそう言われ、俺は再び会議に意識を向ける。
「――――ああ、すまん。少し考え事をしていた」
さすがにただぼーっとしていたとは言いづらい。
ホワイトボードを背に今後の方針を事細かに決めている長門に鋭い視線を向けられる。
「提督、やっぱりまだ眠いようだな?」
「い、いやそんなことはない。今後の動きについて深く考えていたところだ!」
俺はそれでも向けられる長門の強い視線に耐え切れなくなり、視線を卓に落とす。
今いるのは、提督及び鎮守府の重要役職についている者たちが使う会議室だ。部屋の中央には黒い大きな円卓があり、それを囲む形でふわりとした座り心地のいい、革の椅子が七つ並べられている。
そしてどの席にだれが座るのかはあらかじめ決まっていた。提督から見て右回りで赤城、瑞鶴、長門、榛名、金剛、愛宕の順だ。このメンバーは鎮守府のいろいろな役割を担ってくれているとともに、わが鎮守府の第一主力艦隊にも配属されている。
そんなメンバーによって今決められているのは、今度うちの鎮守府でやる体育祭のことだ。この鎮守府では毎年一回、体力付けの一環で、このイベントが行われている。まあ実際は、そんな目的なんてどこかに置き捨てたかのように盛り上がるのだが。
「そうか、では提督、考えを聞かせてもらおうか」
長門がこう言ったのは決してさっきの言葉を信用しているからではない。むしろ俺の言葉に信憑性のかけらもないと悟ったからこそこう言っているのだ。
みんなの視線が集まる。
まずいな。ここで何も言わなければ後で怒られる。かといって下手に言うと長考した結果がそれかと、内心で馬鹿にされるかもしれない。
「いや、それがだな。いい考えがついここまで浮かんできているんだが、なにぶん考えがまとまらない。もうすこし時間をくれないか」
俺は必死に考えた結果、苦肉の策を使い時間を延ばすことにした。
長門の表情は依然として変わらず、怒ったような表情のままだ。これが弥生のように表情がもとから固いからしょうがないなどの理由であればどんなにいいか。
見れば周りの何人かは俺の思考を見透かしているかのように苦笑いをしている。笑わないで信じているのはたぶん瑞鶴と榛名だけだ。
「3分間だけ待ってやる」
与えられたのは絶望的に短い時間だった。
「そ、そうか。でもその前に今決まっていることをもう一回説明してくれないか? その方がまとめやすいと思うんだ」
「ふむ。確かにそれもそうか。せっかくアイディアを出すといっているんだし、まあそれくらいならばいいだろう」
どうやら提督の寿命はあと少しだけ伸びたようだった。
「提督もうまいことやりマース……」
ぼそっとそんな言葉が左側から聞こえた。
金剛……! 頼むからそういうことは考えてても言わないでくれ。あまり長門を刺激したくない……!
俺は頭の中で金剛に対して必死に叫ぶ。
金剛の声が聞こえたのかどうかはわからなかったが、長門はみんなのほうに向きなおす。
「今決めているのは来月の初めに行われる鎮守府体育祭についてだ。知っての通り、この時期は特に私生活が堕落しがちになる。そこで体育祭というイベントを用意することによって体力をつけ、規則正しい生活に戻そうという目的だ。そこで今出ている案としては、戦艦による綱引き。空母組による艦載機ありの障害物競争。軽巡洋艦及び重雷装巡洋艦による水上での徒競走。駆逐艦による二人三脚などが上がっている。これらについては異論反論がないようだからそのまま決定の流れになるだろう。明石やあきつ丸などは運営側に回すとしてもそのほかの重巡洋艦、航空巡洋艦、潜水艦をどうするのかで今話しあっていたところだ」
そこまで言って、説明は以上だと言う代わりに長門はゆっくりと目を閉じる。おそらく今から三分間数えるつもりだろう。
だがなるほど。重巡洋艦と航空巡洋艦が余っているのか。最悪潜水艦は駆逐艦の競技に入れてもいいとしてもその二つは別の競技を用意した方がいいということだな。ならば縄跳びなんてどうだろうか。運動会や体育祭には割とある方の競技だろう。
だがそこまで考えてふと愛宕を見る。
愛宕も縄跳びを…………。そ、それはちょっといろいろまずいのではないだろうか。飛んでる最中俺はどこを見ていればいいというのだ。当然ながらボツだ。
ならばいっそのこと遊びを入れてもいいのではないだろうか。それこそ外で遊ぶようなことでも体力をつける一環になるし、わりといいアイディアなのではないだろうか。
「よし、決まったぞ」
みんなの視線が再び俺に集中する。そして長門も目を開けてこちらを一直線に見据えた。こんなに仰々しくやるということは、おそらくミスれば命はないということだ。
「俺が考えたアイディアは重巡洋艦、および航空巡洋艦にやってもらいたい競技だ」
「ほう、それはいいな。どんな競技なんだ」
長門の目に光がともる。
「俺が考えたのは鎮守府全体を使った鬼ごっこだ」
「――――っな! 鬼ごっこ? ふざけているのか?」
長門に明確なイラつきが現れ始めた。そこまで怒るようなことをしただろうか。……いっぱいしてました。
「ふ、ふざけているんじゃない。俺はいたって真剣だ。鬼ごっこは体力付けという目的にもぴったり当てはまるし、何より面白い。ただ逃げるというだけではなく、鬼がどこにいるのかという正確な情報に富んだ奴の方が生き残れるし、仲間を見つけて共闘したとしても勝率は上がる。誰にも見つからない場所に隠れてもいいな。そういう戦略性においては右に出る競技はないと思っている。うちの重巡洋艦はなぜか頭のいい奴らばかりだし、きっと面白くなると思うんだが」
しばらく長門はあごに手を添え考え込む仕草をした後、口を開いた。
「…………ふむ。提督にしてはまともな意見を言っている。最初はふざけているのかと思ったが、確かに考えてみれば多様な可能性を秘めた競技だ。素直に面白いんじゃないかと思う」
よし。とりあえずは長門を納得させることに成功だ。自分でも結構いい線いってる案だと思ったし、短時間で考えたにしてはいい出来だ。
「私もいいと思うわ。細かなルールを作る必要はあると思うけど、せっかく提督が出してくれた案だし、私は賛成よ」
愛宕も賛同してくれた。
それに続いて次々と賛同者が現れ始める。
そして全員の賛成が取れたところで、長門が口火を切る。
「では、この案は可決ということでいいな。提督、いつもこれくらい貢献してくれれば文句はないんだが……」
「仕方ないだろう。俺はこういう性格なんだ。いつもまじめになんてしてたらそれこそ身が持たない」
「はあ……。まあ今日はいい。潜水艦についてはほかに案がなければ駆逐艦と一緒の競技をしてもらうが、何かないか」
何か疲れたように長門はそう訊いてきた。
手は上がらなかった。正直うちの潜水艦にどんな競技をやれと言ってもやる気が出ないなどの理由で出場しないのが関の山だろう。
「ならば今回は駆逐艦と同様に二人三脚をやってもらうこととする」
長門は今決まったことをホワイトボードに素早く書き込む。
「では今日はこれで解散とする。後日もう一度、今度は誰をどの役割にするのかで会議をする」
鎮守府での朝の会議がこうして終了した。
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