《BATTLE END》
硬質な機械音声が、シンと静まった会場に響く。先ほどまであった喧騒が嘘のようだ。そんな会場に、その音声はよく響いた。
薄く、青く発光する六角形をした機械を挟んで向かいます合う二人の少年の目の前には、二体の
その内の一体は、致命傷だったのであろう、胸部を無惨にも断ち割る傷を受けており、その
《・・・・・・第八回ガンプラバトル選手権、世界大会決勝。優勝者は、イオリ・レンに決まりました!》
アナウンスの声が、静まった会場に、誰もが声を発する事が出来ない世界に響く。そして、一瞬の刹那。
『ウォーーーーーーー!!』
歓声が爆発した。会場のそこら中から響き渡る人々の声。そのどれもが、寸前目の前で行われていた戦いを、二人の
そんな歓声が爆発するなか、イオリ・レンと呼ばれた黒髪の少年は自身の機体である金色の人形を大切そうに回収すると、同じく自身の機体を回収していた青髪の少年に歩みよっていた。
バトルのダメージが、ガンプラに直接反映されるレベルA設定のため、飛び散った破損パーツを回収している青髪の少年。飛び散ったパーツを回収しなければならないのはレンも同じだが、幸いな事に広範囲に広がっておらず直ぐに回収が出来たのであった。
レンが、接近している事を察知したのであろう。青髪の少年はレンに視線を向けた。
だが、レンはそれに構わず歩を進める。そして、少年の眼前に立つと口を開いた。
「いいバトルだったよ、セイ。流石だな、負けるかと思ったよ」
「こちらこそだよ、
先ほどまで死闘を繰り広げていた二人が、なぜここまで敵意なく喋っているのか。実はそう難しい問題ではない。レンの対戦相手の少年の名は、イオリ・セイ。イオリ・レンの義弟である。
「でも、いけると思ったんだけどなぁ。あれからもっと改良したこの機体――ビルドストライクコスモスなら」
「そうそう負けるわけにはいかないさ。一応プロだし、メイジンにも勝ったし。何より、この
そう言って、レンは手にしている百式のカスタム機――百式鬼をセイに見せる。
激闘を経た百式鬼だが、そこに一切の草臥れは感じられない。いや、寧ろ戦闘意欲が機体から発している様だ。とセイには感じられた。
「兄さん、行こう。皆が待ってる」
セイがそう言って指差した先。今まで共に戦い、鎬を削り、支えあってきた戦友たちがいた。
レンはその光景にしばし目を奪われると、自分でも気付かない小さい笑みを浮かべ、セイには返した。
「セイ、お任せに待ってるのは皆じゃなくて、チナ君だろう?」
「――なッ、兄さんそれは!」
「事実だろう?いいじゃないか、うん。さて、チナ君も待っているし早く行こうか」
からかわれた、セイがそう思い自分でも分かるくらいに赤面した頬に平手を入れるとレンを見、驚いた。
過去にあった出来事で滅多に笑わない兄。それが、自分でも意識していないのだろう珍しい、無邪気な笑顔を浮かべていた。セイもそれに釣られて笑みを見せると、自分たちを待つ仲間たちの下へ共に、向かうのであった。
「・・・・・・ふぁ、よく寝た。にしても、懐かしい夢を見たな」
それが、約一年前の記憶である。レンは珍しく登校した教室で一人ごちった。
レンは県立大洗学園の二年生である。この大洗学園は、茨城県大洗町の飛び地として建造された学園艦に所属する学校であり、特筆すべきことは歴史以外ないという逆に珍しい学校である。
しかし、彼が登校することは滅多に無い。それは、レンが所属する会社。ヤジマ商事によるものだった。
ヤジマ商事所属ファイターであり、プロであるレンは、しょっちゅうエキシビションマッチを組まされたり、ランク戦に参加したり、新作ガンプラのPR活動に勤める等多忙なのである。
そこに、彼がこの高校に所属する理由があった。仕事の所為で学校に行きにくいことが分かったヤジマ商事は、ゆるいこの高校へ打診。卒業まで所属する事を条件に高卒の資格を得る事にしたのだ。因みに、レンが学園にいるのは長期の休暇が出たためである。
レンが思い出していた、一年前の大会。その中に一瞬、吐き気を催すような光景が過ぎった。
世界的にブームとなっているガンプラバトル。だが、もう一つ特異な競技がこの世界にはあった。
その名は、戦車道。第二次世界大戦に作成された戦車を用い、女子だけが戦う競技である。この競技は今やマイナーになりつつあるが、それ以前は莫大な人気を博しており、それ故に女尊男卑的な思想が広がっていたのだった。
それにまつわる記憶が、一年前に限らない記憶が過り、レンは苦い顔をした。因みに、レンは気づいていないが周囲の人間――女子が殆どを占める――は滅多に登校してこないレンが一人、百面相するのを遠目から引きつつ見ていたりする。とは言え、ガンプラバトルに興味がある人や、一部の人間はそうではなかったりするのだが。
「さて、飯でも買いに行くか」
両親から離れて暮らしているレンだが、無論料理スキルなど皆無である。そして、家にはずいぶん戻っていない。まだ、一緒に七年ほどしか暮らしてもいないのに、恋しくなっているのはホームシックだからか。それとも・・・。
だが、考えても仕方ないと割りきりレンは席から立ち上がる。そこに、奇妙な光景が飛び込んできた。
シャーペンを落としたらしく、屈んで拾い上げようとする。だが、立ち上がる時に、体が当たったのかだろうか。落とした女子生徒が立ち上がった瞬間、開けっ放しだった筆箱の中身が四散した。・・・・・・なんだろう、このやるせない感じ。
四散した中身は勢い余ってレンの方まで飛んできた。飛んで来たのは消しゴム。そのカバーに描かれていたイラストにレンは、既視感を覚えた。そう、たしかあれは……。
「ボコ、だったか・・・・・・?」
家の近くに住んでいたらしい少女が、持っていたのを思い出した。最も、その少女が持っていたのはぬいぐるみ等であったが。にしても、とレンは思い出す。件の少女はよく家に来ていたなぁ、と。始めこそ警戒していたが、ガンプラを教えている内に打ち解け、兄妹のように居たのだったなぁ――。
「ボ、ボコを知っているのですか!」
レンが何気なく言った独り言が聞かれていたらしい。同類を見つけたと言わんばかりに迫ってくる女子に、レンは一瞬硬直した。
「あ、ああ。そうだ。・・・・・・悪いが離れてくれ」
「あ・・・・・・す、すみません。突然」
本当に吃驚した。レンは、社交性こそ低く無いが事に女子は
レンは、若干警戒しつつ落ち着いた彼女から一歩引いた。
「あ、あの。私、西住みほって言います」
躊躇いがちに自身の名を名乗る彼女――西住。しかし、そのワードは、レンにとってある種の毒であった。
「・・・・・・西住、だと」
もごもごと、口の中で名前を呟いてしまうレン。そこにあったのは驚愕と憎しみ。一瞬、脳内をトラウマが過り、吐き気が込み上げてくる。だが、レンは西住の言う名よりも、みほと言う方に気を取られた。
「今、何か・・・・・・?」
「いや。それよりも、君は戦車道をやっていたりするのか?」
レンの言葉に西住はビクッと僅かに肩を震わせて反応すると、小さく反駁した。
「今は・・・・・・やってないよ・・・・・・」
今は、と言う言葉に僅かな安堵を得たらレン。彼は、一年前の大会以前から西住の名は知っていたが、こと西住みほに限っては違うのだ。大会終了後のインタビューで聞かれた、戦車道のこと。黒森峰が優勝を逃した原因の少女についてどう思うかと言う質問。それについて彼が返した返答で一時期世間は沸騰したのだ。故にレンは一応気には掛けていたのだ。かつての自分に近い環境に置かれた少女に。
「そうか、なら構わないさ」
「・・・・・・聞かないの?」
どうやら、彼女は何か聞いて来ると思ったらしい。馬鹿馬鹿しい、と彼は心中で一蹴する。何故に胸糞の悪くなる話を聞かねばならんのか。
「・・・聞かないさ。その手の話は聞く方も話す方も辛いだけだ」
「・・・・・・ありがとう、イオリくん」
西住が礼を言ってくる。正直な所、レンには訳が分からなかった。
「俺は何もしていない。と、言うか何故俺の名を知っている」
自己紹介をした覚えは無い。それに今学期は初めて登校しだ。とレンが訝しげに思っているにも拘わらず、と言うか気にせず西住は続けた。
「名前はイオリ・レンくん。誕生日は九月二十七日だよね」
これにはさしもののレンも驚いた。バトル時以外は眠たげに細められている目を軽く見開いた程だ。余談だが、この時レンは一歩引いている。正直、自分を知るものはいないと思っていた為だ。
「私、転校してきたばっかりで。でも、まだ友達がいなくて・・・・・・。それで、誰とでもいつ友達になってもいいように、名簿を見ているんだ。でも、イオリくんは知ってたよ。一年前の大会から」
「そ、そうか・・・・・・」
どうやら西住もレンと同じくぼっちらしい。(レンは登校していない事が原因)それよりも、自分の個人情報が漏れている事が彼にとっては一大事であった。消し去った筈の過去が逆流するなど止めて欲しい。
「あ、あのっ!それで――」
「ねぇねぇ!彼女!お昼どう?」
「えっ……?」
レンと西住が会話しているのを見て二人の女子が割り込んで来た。非常に礼儀に欠ける行為である。レンは、その女子から素早く後退した。こうすることは、女子との不用意な会話をしない事に繋がるし何よりレンの精神的にいいのだ。
「沙織さん、西住さんが驚いていらっしゃるじゃないですか。あと、すみませんイオリさん」
「あ、ゴメンね?」
「よろしければ、一緒にお昼などどうでしょうか?」
「わ、私とですか!?」
「うんうん」
「え、えっと……あの」
何故だか、西住は此方をチラチラ見てくる。恐らく、先ほどの会話の続きがしたいのだろう。
だが、レンにはもう用は無かった。と、言うより会話をしたく無かった。女子と会話をするのはレンとって苦痛であるし、同じ様な境遇に晒されたからとは言え“西住”と言う存在を許容出来ないからだった。
「あの、イオリくんも一緒にどうかな・・・・・・?」
「いや、俺はいい。結構だ」
そう言って足早にその場を立ち去る。返答なぞ求めていないし、聞く意味も無い。女子という存在が苦手なレンにとって、一緒に飯を食べると言う選択肢はない。
故に、さっさと屋上にでも行って食べるべく、レンは脚を動かした。無論、購買にも寄って。
その日の夕方。レンは自身の部屋でガンプラを弄っていた。
滅多に帰らないとは言え、綺麗に整頓されている部屋はしかしガランとしており寂しい印象を抱かせた。そんな部屋の作業机にかじりつく様にしてレンはいた。机には数々の工具とプラ板とパーツ。塗装用具が散乱している。だが、そんな机にはレンが弄っている機体ともう一体。完成し、フル装備で立つガンプラがあった。
レンが行っていること、それは自身のカスタム機――百式鬼の改造であった。元々は第七回用に作られていたのだが、とある”システム“の調整が上手く行かず、参加を見送ったのだった。まぁ、その第七回大会で起こった事件には予備として完成していた機体で対処したのだが。そんなことを片手間に考えている内に、本体の改造はほとんど終わっていた。
くすんだ金色だったのが、暗い金色へ塗り替えられている。さらに装甲も一新されており、無骨な禍々しい意匠をしていた。その禍々しい姿は、違う機体を無理やり百式の姿にしたような印象を抱かせていた。無論、改造するのは本体だけでは無いが、
本体の改造を終えたレンは、自身のスマホを取り出した。彼の数少ない親友たちのグループ通知が入っていたためである。そこには、こうあった。
『今度、また皆で集まんない?僕さ、ちょっと相談したい事があって。あと、バトル!』
『了承した。自分も異論無い。是非、皆と鎬を削り合いたいものだ』
『オレもいいぜ!・・・・・・相談と言えばオレにもあってさ。ちっと乗ってくれ』
「了解、俺もいいよ、っと。さて、相談か。珍しい事もあるもんだな」
彼が参加しているグループに居る人物達。彼らは皆、ガンプラバトルによって知り合った。中学生からの付き合いではあるが、その絆は恐ろしく固いと言っても過言ではない。そこに至るまで色々とあったが、今は割愛する。
そして、そんな彼らからの相談だ。レンは一も二もなく頷くのであった。
チーン、と電子音が響く。レンが表情を緩めて写真を見ている内に加熱が終了したらしかった。
レンはスマホを点けっぱなしにしたまま机に置き、レンジへと向かった。
置かれたスマホ。その画面に表示されている写真には、中学生服を着た四人の少年が肩を組んで写っていた。四人とも笑顔で、肩を組んでいない方の手にガンプラを持っていた。四人のうち最も背の低い気の弱そうな少年は水陸両用型MS赤いズゴックを。武人のような顔の造作をした少年は可変型MSデルタガンダムを。そして、最も無邪気な笑顔をした少年は狙撃戦用MSガンダムデュナメスを。そして、陰鬱そうな顔にぎこちない笑みをを浮かべる少年、レンは高機動MSフリーダムガンダムを。
それぞれの少年が浮かべる笑顔。戻ってきたレンはそれに釣られて笑みを見せつつ、面倒事の無い日常に感謝するのであった。
最も、平穏と言うのは長続きしない。それは、絶対の法則であると彼は知る事となる。
「ねぇ、イオリくん。ガンプラバトルしてくんない?学園のために」
「は?」