―――逃れないモノ、それは自分。消せないモノ、それが過去。幾ら忘れ去ろうとしようとも、過去は足音を立てて追いかける。それが決して引き剥がす事の出来ない運命のように――――
美しい星々が悠然と輝く宇宙フィールド。その真ん中に聳えるのは、菱形にも似た巨大な岩だ。一年戦争時はソロモンとして、戦争後はコンペイトウとして連邦に接収された宇宙要塞だ。
その岩盤スレスレを舐めるようにして翔ける影があった。暗金色をしたその機影の銘は百式鬼夜行、レンが終に完成させた新型である。設計思想から見直したものであり、ギミックも仕込んである。通常の百式よりもマッシブになり厚ぼったい装甲、肩から突き出るようにして伸びるスラスターはガンダムSEEDの機体に酷似している。腰周りには本来の百式には無い装備を追加し、バックパックに至っては全く違う機体の物を改造したモノを使用している有様だ。当然、手にしている武装も新造である。追加装甲により太くなった腕に適応するように調整されたビームライフル。シールドは無いがパックパックと腰にはドラグーンが設置されている。最早百式の面影を止めるのはV字の角が追加された大きめの頭部と全体的にマッシブな装甲の意匠のみで原型が無い。
そんな百式鬼夜行の装甲表面はボロボロであった。なにか巨大なエネルギーが舐めて通ったように艶を失っている。
岩盤スレスレを危険にも飛行する百式鬼夜行を操る手を止めないレンは追いすがってくる機影を背後に感じていた。
《へーイ!待ちなさーい!》
装甲が増加しているとは言えかなりの機動性を誇る百式鬼夜行に追従する機影。そしてそれを操る相手の声が響く。
機体の銘はガンダム試作二号機サイサリスFA。とあるカスタムが施された機体であり、レンが手を焼いている正体だ。そしてその機体を操るファイターこそ第一回戦の相手、サンダース大付属高校の隊長である。
抽選を西住が行なった結果、何故か戦車道とガンプラバトルで当たる相手が同じになってしまったのだ。戦車道の方は先日、見事に勝利を収めている。なにやらスパイをしたとか言う話もあったが、レンからしたら何処のレコアさん?である。
だがそんな事は今のレンには関係が無かった。何しろ、今回の相手はかなりヤバイ相手であったからである。
レンの基本的な戦闘スタイルはドラグーンなどによる兵器と自分自身での攻撃だ。そして百式鬼夜行は射撃より格闘戦を想定して作られている。問題はここだ。今回の相手はこちらのレンジに入れてくれないのである。
普通の射撃であれば法則を見切り、突撃をするレンだが今回はそれがきかない。何故ならば。
《FIRE!》
「チィッ!またか!」
ケイの言葉とともにサイサリスの肩に担いだバズーカに光が収束する。そして、モニターを真っ白に染め上げる程の光が放射された。
無論、ただ光を放ったわけではない。その正体は核。サイサリスが担いでいるのは戦術核弾頭を発射する専用装備、アトミックバズーカである。そして本編の設定を基本受け継ぐバトルではサイサリスはMK―82型核弾頭を装備している。
この弾頭は戦略核以上の破壊力を有しており、劇中ではコンペイトウに集結した連邦艦隊の半数以上をたった一撃で撃滅している。そんなものを喰らってしまえば百式鬼夜行は撃墜どころか、摘発してしまう。
レンはアトミックバズーカに対し、咄嗟にリアスカートから抜刀したビームサーベルにより穴を掘り潜伏。穴の表面を光が焦す。ギリギリで回避した。これでアトミックバズーカを回避したのは四度目になる。大体のタイミングは掴めて来たが、それでもこんな危険には変わりなかった。
どうやら機体の最後についていたFAはフルアーマーではなく、フルアトミックの略称であったらしい。サイサリスに施された改造はアトミックバズーカの連射であったのだ。
予想以上の苦戦。だが、レンは正直楽しくなっていた。相手がスポーツマンシップを大事にしていたこともあるし、何よりこんな強敵を予想していなかったからである。自然とレンの顔に闘争心に溢れた笑みが浮び始めた。
「・・・・・・いいね。最高だ!」
自然と漏れ出る言葉。既にレンの脳裏に戦略が浮び始めていた。情報を掴み、実行する。その上で楽しむ。それの何という悦楽であり、開放的なことか。最早レンの脳裏に勝敗は消えかけていた。目的は既に敵機との戦いに向けられている。
レンは素早く百式鬼夜行を操作。自ら掘った穴から抜け出した。
それを発見したサイサリスも機体を翻して接近をかけてくる。それに対し、レンはスラスターを噴かせて逃走の体勢に入った。サイサリスもそれに続く。
追従するサイサリス。その速度は重厚な見た目とは裏腹にかなりの速度を誇っていた。元々サイサリスのサイサリスの機動性が高かったがカスタムされているためか、より素早くなっていた。しかし百式鬼夜行も負けてはいない。距離を詰める事を許さないほどの機動性を保持する。そのため、両者の距離は埋まらないままであった。
レンは如何しようも無い楽しさを抱えつつ、自身の作戦のタイミングを見計らうのであった。
レンが楽しんでいるようにまたケイもバトルを楽しんでいた。元々同じ学校のファイターで彼女に敵うものは居なかった。故に彼女は強敵を探していたのである。そして、滅多に無い強敵と合間見えそれが爆発していたのである。
彼女は被弾したのか、バックパックの一部が欠けた百式鬼夜行を追尾しながらとあるゲージを確認した。そのゲージはアトミックバズーカの再使用可能時間を示すものである。その時間はややもすれば埋まる。
しかし、当の百式鬼夜行は逃走を図っている。時たまビームライフルによる牽制を掛けて来るくらいだ。
サイサリスには標準的な射撃武装は殆ど無い。象徴的とも言えるアトミックバズーカは冷却中だ。
このままでは消耗戦に突入するのは必至。そうなればアトミックバズーカが保つとは考えにくかった。実はこのサイサリスの連射は十度が限界であり、それ以上発射することは自爆に等しいものだったのである。
なにか無いか。索敵をフルに活用して彼女は考える。そして二機は最初にアトミックバズーカが放たれた空域へと突入した。当然の如く、その空域は余波でそこ等中にデブリが散乱していた。
瞬間、彼女の脳内に閃光が閃いた。散乱したデブリ。その全てを避けながら移動する事は不可能に近い。そしてそれは背後から攻撃される事でより難しくなる。幸いにしてサイサリスには一つだけアトミックバズーカ以外の射撃武装が存在した。それは六十mm頭部バルカンである。
アトミックバズーカの発射まであと少し。彼女は行動を開始した。
ケイが作戦を立てたことなど露も知らないレン。だが、彼も色々と焦っていた。その要因としてデブリが挙げられる。
元々ここの空域に差し掛かった時に彼は、少々散らかっている程度だと思っていたのである。しかし、現状はと言うと機体がギリギリすり抜ける事が可能なくらいの隙間。予想外の事にレンは焦りを隠せなかった。
二重の意味でデブリに激突しないように操作をするレン。幾つかのデブリを速度を落とさずに乗り越えた時にそれは起こった。
背後から追従していたサイサリス。なんとバズーカの砲身を振り回してデブリを掃除していたのだが、百式鬼夜行にむけてバルカンを発射し始めたのである。それも百式鬼夜行を狙うのではなく、その進行方向に向けて。
バルカンとは言えその威力は馬鹿には出来ない。関節部などを持っていかれれば一気に勝率は下がる。そして、今回相手が取ってきた作戦も巧妙であった。進行方向を塞ぐことでアトミックバズーカを確実に当てる積りであるのだ。事実、百式鬼夜行は岩盤から引き剥がされているし、バルカンに気を取られてしまえばデブリとの衝突だ。
レンはその戦法に呆気に取られた。だがそれも一瞬。即座に作戦を切り替えると機体を操作した。
スラスターの出力を素早く調整すると進行方向にあったデブリを両足で踏みつけると、それを土台にしてサイサリスへと飛び掛ったのである。
無論、ただ飛び掛った訳ではない。フリーダムのビームライフルを改造したそれは、本来フォアグリップがある場所に刃渡りの短い刀を装備している銃剣なのだ。レンは銃剣―雷鳴でサイサリスへと斬りかかる。銃剣の切れ味は実に優秀である。実験用にZZガンダムを斬ったが、抵抗を感じる事無くすっぱりと切断したのである。
今度は呆気に取らされたサイサリス。しかし、硬直は短かった。何とバズーカの砲身をトンファーの如く振り回し、雷鳴の斬撃を受け止めたのである。
勿論のことだが、ただ受け止めたならばバズーカの砲身はただでは済まなかっただろう。驚くべき事に、サイサリスは刀の付け根部分を狙って受け止めたのである。当然、並大抵ではない技量が必要な技だ。
しばし鍔迫り合いに陥った両者。それを崩したのはレンだ。
鍔迫り合いの体勢から短いモーションで繰り出した百式鬼夜行での蹴撃。これをサイサリスは左手に握っていたシールドで素早く受け止める。レンもそれに反応を返した。左足を受け止められた体勢から足裏のスラスターを起動させたのである。
放たれる炎。その推進で両者ともに反発したように距離を取らされる。そして、レンはそこから雷鳴での射撃を敢行した。
当然の如く雷鳴の威力は高い。しかし、どちらかと言えば速射に重きを置いたためにその威力は元のそれより僅かに下回っていた。
百式鬼夜行は雷鳴の、サイサリスはバルカンでの射撃をデブリを挟みながら行なう。縦横無尽な軌道を描く百式鬼夜行に対し、サイサリスはどっしりと構えあまり動かない。両者の差。それはシールドが在るか無いかだ。
百式鬼夜行は装甲を厚くした為に機動性を損なうようなシールドを追加しなかったのに対しサイサリスは、アトミックバズーカを放つための重装甲なシールドを装備している。核爆発の熱にも耐えるように設計されたそれは雷鳴のビームに動じないだけの存在感を放っていた。
唐突に始まった射撃戦。しかし、それのタイムリミットが近づいていた。サイサリスのバズーカにゆっくりと光が集約されて行くのである。既に何度も見ているレンが見まごう事は無い。それは間違いようの無い発射の体勢が整った事を示す合図であり、勝利と敗北を分ける合図でもあった。
その事実にレンは自身の作戦を実行する事を決意した。チャンスは一度しかない。レンは機体を操る手を加速させた。
少なからず焦るレンが見据える双眸が一瞬、サイサリスから逸れた。レンとて人間だ。焦りもする。しかし、それは今の状況下では命取りとなる。
視線がサイサリスから逸れた瞬間、放たれたバルカンが百式鬼夜行に二発。命中したのである。
たった二発。しかし、その二発の着弾点が問題であった。一発が雷鳴を握る右手の親指を。もう一発が雷鳴の本体に命中したのである。ケイからすればラッキーショット、レンからすれば不幸な一撃である。
その衝撃で雷鳴が百式鬼夜行を離れ、デブリの彼方へと飛んで行ってしまったのだ。
その事実にレンが唖然としたその時であった。
サイサリスが接近してきたのである。彼方に飛んでいった雷鳴に目を奪われていたレンはその接近に気付けなかった。
レンがそれに気付いた時には既に遅かった。サイサリスの右足がサッカーボールを蹴るように、百式鬼夜行の腹部に入ったのである。
その衝撃は重い。百式鬼夜行の腹部装甲は拉げ、そのまま吹き飛ばされた。しかし、背後にたまたま浮遊していたデブリに激突する。ガチャン、と金属音を立てて衝撃が拡散する。
レンが素早くサイサリスに視線を戻す。アトミックバズーカを放つ前に阻止する為だ。
だが、時は既に遅かった。構えられたサイサリスのバズーカには光が収束し終わっていたのであった。
《これで―――》
「ッ!!!」
《FINISH!!》
スローモーションに感じる世界で、ゆっくりとサイサリスの指が引き金にかけられる。後はそれを絞るだけでレンの敗北は決定する。最早これまで。誰もがそう諦めた。しかし、レンだけはそんな表情をしていなかった。口元を三日月の様に歪め、笑っていたのである。罠に掛ったと言うように。
サイサリスの指がトリガーを引き絞る、その瞬間。サイサリスの背後から一筋のビームがバズーカとトリガーの隙間を切り離した。発射寸前で切り離されたバズーカはしかし、不完全にも爆発しようとする。しかし、その位置ではサイサリスが自爆するだけだ。それを見越したのか、サイサリスはバズーカを蹴り飛ばし遥か彼方に押しやったのである。
彼方で閃光が生まれデブリ群が押し寄せる中、サイサリスは腰のビームサーベルを抜刀。それをビームが飛来した方向へと投擲したのである。
投擲されたビームサーベル。それは狙いを外す事無く、見事に暗金色のドラグーンの砲口へと突き刺さり爆発を引き起こした。時間の流れが元に戻る。
レンが取った作戦。それは、ドラグーンを用いての狙撃によりアトミックバズーカを無力化する事であった。
先の核爆発をやり過ごした際に、バックパックのドラグーンを切り離しておく。そして、ドラグーンをサイサリスの遥か後方から追尾させる。そして、発射体勢に入る直前で自爆させるプランだった。気付かれないようにドラグーンを操るレンはには綱渡りの作戦であった。その甲斐あってか、自爆は叶わなかったが、サイサリスはその代名詞とも呼べる兵器を失った。後は近接戦を仕掛けるより他は無かった。
「――行くぞ」
《ええ!》
言葉は必要ない。そう思えるほどに二人は心が通じていた。
よく小説などにもあるが、戦っている相手の思いが心にストンと落ちてくると言うのか共有的な感覚に陥る事があると。
正に今の二人がそうだった。後は自らの全力を出し切って戦うのみ。そこに言葉など不要。
故に、サイサリスは残ったビームサーベルとシールドを、百式鬼夜行は両手にリアスカートから抜き放ったビームサーベルを構えた。
視線が、機体越しに衝突し―――合図も無く、両者は激突した。
百式鬼夜行が車輪の様に回転しながらサイサリスへと斬りかかる。それをサイサリスはサーベルで受けるのではなく、シールドで受け止めた。ギャリギャリと火花を立てながらシールドが悲鳴を上げる。アトミックバズーカを発射する上で元以上に強度を上げたシールドだが、ビームサーベルが触れている場所が赤熱し始める。
それに気付いたケイはそのシールドで以って、シールドバッシュをした。身の丈ほどの高さと重厚なシールドである。
斬撃の合間を突かれた百式鬼夜行は堪らずたたらを踏んで距離を取らされる。その刹那を突いて今度はサイサリスが仕掛けた。
通常の連邦製MSより出力が上だと記載される事に相応しい威力を持って、上段斬りを掛ける。それを百式鬼夜行は二刀を以って受け止めた。
しかし、その膂力はバズーカを支えるだけあって百式鬼夜行のそれより上だ。ジリジリと、だが確実に押し込まれてゆく。
弾切れなのか、バルカンを発射しないサイサリスのガンダムフェイスが勝利を確信した様に歪む、レンにはそう感じられた。
ジリ貧の状況。しかし、レンは諦めない。
「ッッ!」
レンの意思に同調する様に百式鬼夜行のツインアイが血の如く紅い光を放つ。
そして、レンは自身の脳内に存在する漆黒の種を弾けさせた。
種が弾けた瞬間、彼の知覚が一気に拡大する。身体にはかつて無いほどの全能感が満ち、纏う雰囲気までもが変化した。
それを感じ取ったのか、サイサリスが身じろぎをする様に震える。だが、状況は変わらないとばかりにビームサーベルを一層強く押し付けた。
百式鬼夜行とビームサーベルには殆ど隙間が存在しない。このままでは、自身のサーベルに斬られるかサイサリスに斬られるかだ。レンはその状況を挽回する一手を模索し―見つけた。
鍔迫り合い、しかも押されている体勢から百式鬼夜行は背中のドラグーンを射出した。一機破壊されているが、残機である六機が猛然とサイサリスに踊りかかった。
巧妙に、百式鬼夜行を避けて上側から放たれる三条のビーム。それをサイサリスは百式鬼夜行を蹴りつけた反動を生かして回避の一手を打つ。だが、レンはそれをも予測していた。
サイサリスが回避した方向に待ち伏せさせたドラグーンの砲口が機体を捕らえる。
それに気付いたのだろう。サイサリスは素早くスラスターを稼動させて振り切ろうとする。が、それよりも早くドラグーンから放射された三条のビームがサイサリスの脚部とシールドを保持する左手を捉えた。右足と左手を吹き飛ばされたサイサリスは爆発の影響を受けつつも、姿勢制御によりギリギリで体勢を立て直した。
役目を終えたドラグーンは百式鬼夜行へと帰還する。元在った位置に収まるドラグーン。
瞬間、弾けた様に両者は再び激突せんと加速した。サイサリスは一刀、百式鬼夜行は二刀。数の上では百式鬼夜行が勝っているが、出力的には劣る。
故に、レンは速度を以ってサイサリスを圧倒する。右のサーベルは刺突、左は斬撃。タイミングをずらしての必殺の一撃。
サイサリスがサーベルを振るうより早く、右のサーベルがサイサリスを貫かんと奔る。
コクピット部分を狙っての一撃。だが、それはサイサリスが左腕を犠牲にする事で防がれた。ピンと伸ばされたサイサリス左腕にサーベルの塚頭が埋没する。
一瞬遅れての左腕から放たれる斬撃。だが、それもサイサリスは肩部のアーマーを犠牲にする事で食い止めた。
右腕のサーベルから手を離し、硬直を余儀なくされる百式鬼夜行。その隙を突く様にしてサイサリスの右腕から閃いた。
百式鬼夜行を断ち割る積りの左斬り上げ。目を見開くレン。サイサリスのその一撃が入れば、間違いなくそのバトルの勝敗は決する。会場の誰もがサイサリスの勝利を確信した。それは他でないケイもだ。
「――まだだッ!〃ESシステム〃限定起動ッ!!」
瞬間、恐ろしいまでの速度でレンの両手が稼動した。スロットを高速で動かし、システムを起動させる。
その組み込まれたプログラムに従って、百式鬼夜行の左腕全体が禍々しく紅い光を佩びる。
そして、全ては逆転した。
追加装甲によってずんぐりとしていた百式鬼夜行の腕。その装甲が左腕のみナニカに耐えかねた様に弾けたのだ。
そして、内部から出現したのは百式とは似ても似つかない華奢な腕。だが、その腕は宇宙の黒よりも黒い純黒のカラーリングを施されており、その腕にも紅い光が纏わりついた。
禍々しい左腕は、残像を残すような光速で稼動した。握っていたビームサーベルを放棄すると、サイサリスの左腕に埋没したサーベルを抜き、発振させる。そして、サーベルは余剰な出力を受け、刀身が数倍に伸張した。これが秒にも満たない程の時間で行なわれたのである。
放たれるは横一閃。
《BATTLE END》
斬り裂かれたのは、サイサリス。上半身と下半身を泣き分かれさせたサイサリスは爆発した。百式鬼夜行は左の脇腹の装甲を焦がしただけだった。
唖然とする会場とケイ。静寂な会場に、勝者を告げる電子音声だけが響いた。
試合終了に伴い、プラフスキー粒子が収束して行く。レンはバトルシステムの上に残った機体を回収する。
そして、対戦相手がレンへと近づいて来た。
「いいバトルだったわ。楽しかった」
「そうですか、此方こそ楽しかったですよ」
手を差し出す相手。その手をレンは躊躇い無く取ると、握手をした。
レンのようにガンプラバトルを世界中で、かつ莫大な数をこなしていると大体相手の性格が分かる。そして、それから導き出された結論は、正直に人間的に好感の持てる人物だったという事だ。その為、レンは躊躇する事無く手を握ったのである。
握手を終え、レンが控え室に戻るべく踵を返そうとする。だか、ケイはそれを止める様に声をかけた。
「一つ聞くわ。最後のアレは、一体なんなの?」
その口調から伝わるのは、純粋な疑問。他意が無い事を感じ取ったレンは、言葉を返す。
「・・・・・・済みません、企業秘密なもので。教えられないんですよ」
「あ!そうなの。なら仕方ないわねっ」
拍子抜けするほどあっさりと引くケイ。その姿にレンは呆気に取られた。根掘り葉掘り聞いてくると思ったのである。故に、煙に巻く準備をしていたのだが、杞憂に終ったからだ。
「では、これで」
「あ、待って!」
今度こそ、戻るべく踵を返そうとしたレンをケイが呼び止めた。そして、手を差し出し来る。
「握手なら先程しましたが・・・・・・友達にでもなるための握手でもするのですか?」
「え?違うわよ、だって」
そこで言葉を区切るケイ。レンが頭に疑問符を浮かべ掛けた時、彼女は驚くべき事を言った。
「だってもう私たち、友達でしょ?」
強引に敢行される握手。その言葉にレンの思考が停止した。一体何時のタイミングでそうなったのだろうか。
その言葉からは悪意が感じられない。なんと本気で言っているらしかった。もう、訳が分からない。
そうして、停止するレンを置いて彼女は去っていった。レンが再起動するまでに時間が掛ったのは言うまでも無かった。
控え室に置いていた荷物をまとめ、外へ出る。そこには、西住たち一行がいた。
サンダースとの戦いの前。会長の強引な顔合わせにより、戦車道をする奴らと挨拶を交わさせられたのだ。その結果、レン自身はあまり覚えておかなくてもいいのに、名前を覚えさせられたのであった。
「イオリくんお疲れ。凄かったね!」
「ああ。・・・・・・実に楽しい戦いだったよ。また、戦いたい位だ」
「イオリ殿ぉ!」
西住と話すレン。そこにインターセプトしてきたのは秋山とかいう女子生徒だった。
裏表が無いのは美点だが、声が煩いためにレンは苦手であった。
「・・・・・・なんだ」
「す、凄かったですよ!あのバトル、感服しました!」
普通にテンションが可笑しいのか、若干うざく思えるのは仕方ないのか。レンは小さく溜息を吐いた。
秋山からの悪意は無い。ならば、純粋に喜んでいるのだろう。
「・・・・・・そうか、なら良かった、のか?」
言葉尻がつい、疑問形になるレン。女子との会話に慣れていない所為だった。
それに対して西住も秋山も大きく首を振って同意をする。レンは自身の判断が間違っていなかった事に、少ながらず安堵を憶えた。
「イオリの操縦凄かったね・・・・・・。どう思う?」
「あれは人間の範疇に納まっているのだろうか・・・・・」
西住たちの後ろで、武部と冷泉がこそこそと話をしている。図らずともその会話を拾ってしまったレンは軽く傷ついた。
確かにレンは〃
なにが言いたいかと言うと、とりあえずZを見るのならばTVにした方がいい。映画版は矛盾が無くなって、セリフの洗練されていたが、最後が戴けない。しっかりとカミーユはシロッコにやられないと(愉悦)。
どうやら彼女らがレンを待ち受けていたのは、誘いを掛けるためだったらしい。西住の説明によると、抽選会の帰りによったチェーン店のファミレスで美味いスイーツがあったらしいのだ。
意外に思われるかもしれないが、レンは無類の甘党である。いちごぎゅーにゃーではないが、それでも生の果物を除く、大抵の甘い物には目が無い。
故に、その誘いには小さい子どもの様に一も二も無く首を振っていた。・・・・・・その様子をじっと見詰められ、何時もの仏頂面に取り繕ったのは仕方の無い事だ。若干、赤面していたが。
そのメンバーはレンを待ち受けていた者も参加する。冷泉が参加する事に西住たちが驚いていたことから、相当に美味いのだと推測をレンは立てた。
いざ、往かんスイーツへ!と足を踏み出したレンの耳に、猫の鳴き声が聞えてきた。見渡す限り猫はいない。
「ちょっと、麻子。スマホ、鳴ってるよ?」
その発生源は冷泉。少し意外であるとレンは驚いた。見た目クールな感じであるのに、可愛いものが好みだったりするのだろうか。
レンがそんな益体も無い事を考えている内に冷泉はスマホを取り出していた。
「・・・・・・知らない番号だな。・・・はい・・・・・」
普通知らない番号は出るものではない。レンは過去にあった事を思い出して内心、苦笑を浮かべた。スマホに知らない番号がかかって来て、つい通話してしまったのだ。相手は何と自分の息子とのたまう。阿呆らしとブチ切ったら、延々電話をかけ続けてきやがったのだ。無論、警察へシュート。犯人は合えなく御用となった。
電話が終了したのか、スマホを仕舞う冷泉。だが、様子が妙だった。手が小刻みに震えている。
「おばぁが倒れて・・・・・・病院にいるって・・・・・・」
「「「ええっ!!」」」
「早く病院へ向かわれないと!」
驚く一同(レンを除く)。その中で五十鈴だけは冷静に言う。
冷泉の両親は早くに他界している。そのため、家族といえば祖母だけらしいのだ。
冷泉の祖母が居るのは学園艦。今からここに寄港してもらうのは難しい。それは時間的にも都合的にもだ。
家族を大事に思っているということで共感したことがあるレンは、どうするかと考え込む。と、一つある事を思い出した。
「でも、一体どうやって?」
「学園艦に寄港してもらうより方法が・・・・・・」
「で、でも撤収に時間が!」
喧々諤々。それぞれが、冷泉を祖母の元へ向かわせるためのアイディアを言い始める。
レンが言うタイミングを見計らっている時にそれは起きた。何と冷泉が鬼気迫る表情を浮かべ、靴と靴下をパージしたのである。その表情から察するに恐らく彼女は泳いででも行くつもりなのだろう。気持ちは分からないでもない。レンだって、セイや義母さん、義父さんが同じ状況になったならば、どの様な手段を講じても行くからだ。
実際、脱衣しかけた彼女を押し止める武部。ギリギリで我に返る冷泉。そこでやっとレンの発言する機会がやってきた。
「なら俺が連れて行こうか?」
「「「「「え?」」」」」
「位置にもよるが恐らく〃アレ〃ならば三十分も掛かるまいよ」
「本当か?」
「ああ。こんな時に嘘は吐かんよ」
「なら、頼む!」
頭を下げる冷泉。それに対してレンは、軽く手を振って答えた。同じ家族を大切に思う者同士だ。当然だと。
冷泉の了解が取れたレンは港へと向かうように促した。移動手段はそこに置いてあるためだった。
港へと駆け出しかけた一行。その背に声がかかった。
「話は聞いた。私たちが乗ってきたヘリを使うといい」
かけられた声に対して振り向く一同。そこには、とある人物が居た。
「あ・・・・・・お姉ちゃん」
その人物とは黒森峰の隊長西住まほと、副隊長であった。彼女らもガンプラバトルの敵情視察に来ていたのである。
普通ならば驚くべき、喜ぶ場面。しかしレンにとってはそうとはならない。否、寧ろ逆である。
脳内に走る記憶。同時に駆け巡る頭痛。昇ってきた吐き気と痛みに、レンは顔を片手で覆い、背筋を丸めるようにして顔を伏せた。その顔色は真っ青を通り越して真っ白、死人の如くであり手が小刻みに震えていた。
レンの隣に居た冷泉は、その顔色に息を呑み冷や汗を垂らした。それ程の恐ろしさであったのだ。
「急いだ方がいい。時間が無いのだろう?」
「隊長!なにもこんな奴らにヘリを貸すことは!」
「これも戦車道だ。・・・・・・おい、君大丈夫か?」
「イオリくん・・・・・・?」
突如顔を伏せたレンに対して何を思ったのだろう。西住姉はレンの肩を掴もうと腕を伸ばす。それに気付いたのか、西住妹たちも訝しげにレンへと視線を向けた。ただ一人、レンの表情を見た冷泉以外は。
この時、冷泉がレンの状況を伝えていればまた違った結果になっただろう。だがそれはIFの話だった。
伸ばされた手がレンの肩に触れかけた、その瞬間。西住姉の眼前にはレンの手刀が突きつけられていた。
「・・・・・・俺に、触れるな。その
「―――何を、言って」
そして、レンが囁くように放った言葉。その言葉と瞳には深い、深い憎悪が宿っていた。
レンが放った、黒森峰の禁忌であり一部の黒森峰しか知り得ない言葉に西住たちは硬直する。
同時に西住妹は恐怖した。レンの初めて見る憎悪を煮溶かして固めたような瞳に。冷徹な、温度を全く感じない冷たい声音に。そして、それは黒森峰の者にも伝わっていた。
その様子とは反対に、冷泉以外の人間は何の話か見えておらずキョトンとしている。
その様をレンは冷徹に見詰めつつ、ゆっくりと手刀を下ろした。
「・・・・・・まぁいいさ。冷泉は俺が送り届ける。アンタらさっさと黒森峰に帰れ・・・・・行くぞ」
「あ、ああ・・・・・・」
レンに促され冷泉は歩を進める。今だ硬直が解けない彼女らへ何とも言えない視線を向けて。
走り掛けたレンは、つと足を止めると踵を返し西住妹の前へと行く。そして、肩に掛けた荷物を下ろした。
「済まないが、コレを頼めるか?アレに乗せるスペースが無い。それに中のガンプラを壊したくないからな」
「う、うん・・・・・・分かった」
戸惑いがちに了承する西住妹。それを確認したレンは再び、港へと駆け出すのであった。
港の船着場近く。その一角にレンと冷泉は居た。
相も変わらずレンの顔は真っ白である。しかし、その行動には微塵も震えは無かった。
二人の前に置かれた大き目のコンテナ。その扉を閉ざしていた錠前をレンは開錠する。そして、その中身が日の目を見た。
コンテナの中身はある乗りものであった。小型の飛行機じみたフォルムを持ち、ブースターすらも備えたもの。もうぶっちゃけて言えば、翼の無いコアランダーだった。
「イオリこれは・・・・・・?」
「以前、同僚と何処でも移動できる乗り物を作ったことがあってな。その試作品だ」
翼の代わりにブースターを増設されたコアランダー。同僚――ニルスの話によると、磁気フィールドがなんやかんやで浮いて稼動するとの事だった。ただし、地上から四・五メートルが限界だが。
迅速にハッチを開けたレンはコアランダーに乗り込む。操縦席周辺はコアスプレッダーのモノを模している。シートは加速時の耐Gを考えリニアシートっぽいモノとなっている。基本的に一人乗りだが、少し弄ればシートの後ろに補助席が使えるようになっていた。
冷泉を引っ張り上げたレンはそこに冷泉を座らせる。少しきつそうではあるが、我慢してもらうより無い。
十字になったシートベルトを締め、起動ボタンを押す。すると、ヤジマ商事のロゴとともに『G.U.N.D.A.M』の文字が表示された。
フヨフヨと、重力に逆らって移動するコアランダー。その全貌をコンテナから出すとレンはコアランダーを艦に向けて発進させた。
その速度は恐ろしいの一言に尽きた。見る見る内に陸地が遠ざかってゆく。その速度は百キロを遥かに超えていた。
と、後ろでなにやらごそごそしていた冷泉が何かを見つけたらしい。その内容を声に出す。
「・・・・・・プラフスキー・ドライブ?イオリ、これは何だ?」
「・・・・・・他言無用で頼む。それは色々と不味い産物なんだ」
見つけたのはコアランダーの取説だったらしい。その動力を口止めする。全くの偶然とは言え出来てしまったモノを搭載している事は公表していないからだ。
ややの沈黙。その中で、冷泉が口を開いた。
「イオリ、先程のは一体・・・・・・」
「悪いが、話すつもりは無い。詮索もしないでくれ・・・・・・」
「ああ・・・・・・分かった」
それから二人が会話する事は無かった。
冷泉を無事に送り届けたレンは一人、甲板に立っていた。夕方に吹きすさぶ風にしばしの間、身体を預ける。が、唐突にその場に蹲った。
そして、胃の中に詰まっていたモノを全て吐き出した。殆ど消化されていたのか、ドロドロになった固形物と胃液が足元にぶちまけられた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・嗚呼」
粗方、胃の中にあったモノをぶちまけたレン。蹲る体勢から身を起すと低く声を発した。
「―――アアアアアア嗚呼アアアア嗚呼ああ嗚呼アアアアああ嗚呼アア嗚呼嗚呼ああああ嗚呼!!」
茜色の空に向かって放たれた咆哮。狂乱寸前の精神が発した魂の叫びは、誰にも届くことなく消えてゆくのであった。
ある日の出来事である。
仕事を終えたレンは、唐突に移動用の乗り物が欲しくなった。いい加減、送迎にも飽きてきたと言うか申し訳なく思えてきたのである。
そして、それを相談する相手は一人しか居なかった。
「乗り物ですか・・・・・・」
「何か無いかな、ニルス君」
レンの前で腕を組む少年。ニルス・ニールセンである。エンジニアも兼ねる彼に相談したレンは、難色を示されていた。
「何処へでもと言うのは・・・・・・・。もういっその事一から創りますか」
「え、マジで」
その一言が地獄への入り口であった。
結論から言おう。彼等はニルスの部下も道連れにして、一週間。貫徹を続けた。結果、全員が狂気に呑まれコアランダーが出来ていたのだ。その中でプラフスキー・ドライブは出来上がった。何と内部にガンプラ用の――多少強化した――プラスチックを使用することで。
七日間、貫徹を続けた彼ら。八日目にそこを訪れた社長が目にしたものは。
「我がヤジマ商事の技術は、世界一イィィィィィィィィィィィッ!」
因みに、艦の横ハッチに飛び込ませた事によってコアランダーはオーバーホールされた。