一週間後の朝、智也は愛妻弁当を受け取りつつ、ずっと学校を休んでいる鷹乃に問いかける。
「鷹乃、今日も学校、休むのか?」
「……行きたくないわ…」
「そっか。じゃあ、風邪が肺炎になりかけてるってことにしておくから」
「…お願い…」
「じゃ、いってきます」
「いってらっしゃい」
鷹乃へ手を振って智也は藍ヶ丘駅から浜咲駅へのシカ電に乗る。車内で雅と歩に出会った。
「よぉ、お二人さん」
「おはようございます」
「おはようさんです」
色々とあったけれど、今は顔見知りの先輩後輩として雅は長幼の序を重んじて挨拶を返し、歩も関西弁で答えた。
「三上先輩、最近ぜんぜん彼女さんと登校してへんけど、もしかして、愛想つかされたんちゃいまっか?」
「鷹乃なら夕べも抱いた♪」
「ほな、なんで登校は?」
「まあ、ちょっと体調が悪い感じかな」
「体調が悪いのに、あんま酷使したらんときや」
「歩の言うとおりです。相手の体調を慮れないようでは、パートナーとして失格です」
「うーん……身体は元気そうなんだけどな。……たぶん…」
「「たぶん?」」
「……太ったのを気にしてるのかもしれない」
「「……」」
「誰にも言うなよ」
「言いません」
「言わへんよ。さすがに、それは……っていうか、うちらにも言うべきやないで」
「お前らが訊くからだ」
「訊かれても誤魔化してあげるのが優しさでしょう。やはりパートナー失格ですね」
「別に、そんなに休まなきゃならないほど、ひどく太ったわけじゃないぞ。むしろ、筋肉ばっかりだった身体が柔らかくなって抱き心地は良くなったくらいなんだから」
智也は話題のせいもあって車内が蒸し暑いのでシカ電の窓を開けた。涼しい海風が入ってくる。
「10月も中頃になると、涼しくなってきたな」
「確かに、秋の訪れを感じます」
「せや。うちらのクラス、学祭の出し物、なんにしょーかな。三上先輩、なんか、ええアイデアありまんせんか? ふざけた発想やなくて、まともな発想で」
「まともか……、薙刀の歴史でも展示したら、どうだ?」
「まともすぎて捻りがありませんやん。っていうか、それは薙刀部でやりますさかい。他に、なにか無いですか?」
「う~ん……同性愛文化の展示と実演♪」
「「………………」」
歩と雅が視線を交わし合って、歩が答える。
「それは……ふざけた発想やないですか?」
「いや、真剣かつ深刻に考えれば、十分に文化論だ。お化け屋敷とか、タコ焼きよりも、はるかに文化祭というに、ふさわしいほど文化的にデリケートな命題だ」
「タコ焼きは大阪の食文化やで」
「ここは澄空地方だぞ」
「このへんの食文化って、何があるんですか?」
「そうだなぁ……」
「まともな食べもんの話やで」
「お前……オレの本質を見抜きつつあるな、一年のくせに…」
「悪評名高い先輩やしね。ほんで、このへんの名物とか、ありますのん? 文化祭の出店で、さっさと作れそうなウマイもん」
「ああ、それなら嘉神川ウドンが…いや、まあ、あれは一企業の…」
智也はアルバイト中の嘉神川食品が扱っている商品を紹介しようとして、その案を歩たちが採用してしまうと、流れによっては幸蔵の会社を紹介するハメになり、そこからクロエのことが発覚する可能性を考え、話題をそらせる。
「あんまりないな。源頼朝が喰った餅とか、芹澤鍋くらいじゃないか。まあ、クラスの出し物はクラスで考えろよ。オレなんか、今さら文化祭の実行委員を当てられたんだぞ」
唯笑じゃあるまいし、おまけに絶交宣言され中のりかりんと二人でペアだからな、智也はタメ息をついた。
「たはーっ……もともと当たってた男子が体調悪いからってよ。いくら、オレが進学しないとはいえ、急に当てるなよなぁ」
「三上先輩、進学しはらへんのですか?」
「ああ、たぶん就職。いや、きっと就職。内々定を社長からもらってる」
「へぇぇ、どんな会社なんです?」
「まあ……小麦粉とか、食品とか、いろいろかな」
「なぜ、進学校の浜咲学園から就職なのですか? 進路の選択が不自然ではありませんか?」
「今年の三年も、ほとんどは進学するけど就職するやつだっているんだぞ。まあ、成績が悪いとか、いろいろ理由があるけど、オレの場合は鷹乃と結婚したいし……運良く就職先も見つかって、けっこう給料いいから♪」
クロエっておまけが無ければ最高なんだけどな、智也たちは浜咲駅へ到着したのでシカ電を降りる。それほど親しいわけではないので智也は二人の後輩と別れて坂道を進み、翔太に出会った。
「よぉ、中森。彼女は元気か?」
「ああ…三上か。いや、…あんまり元気じゃない。っていうか、ずいぶん痩せてさ」
「へぇぇ♪」
オレが給料を巻き上げてるからな、そりゃ痩せるかもしれないな、智也が微笑すると翔太は顔を曇らせた。
「けっこう心配なんだ」
「ダイエットでもしてるんじゃないか? 女ってのは教師になっても、女だから」
「先生のこと、大きな声で言うなよ」
「悪い悪い♪ まあ、ダイエットだろ、気にするなよ。レモンダイエットにでも挑戦してるんだろ」
「リンゴダイエットなら聞いたことあるけどさ。それに、ダイエットならオレが差し入れしたとき、嬉しそうな顔しないだろ。夕べ、アパートに家庭科で作ったクッキーを持っていったら、ものすごく喜んで食べてくれたけど……あれってダイエットっていうより餓えてるって感じだった。野草とか食べてたし」
「変わった教師だからな。サバイバルにでも挑戦してるんじゃないか?」
「……うーん……」
「ま、ときどき差し入れしてやれよ。野草じゃカロリー足りないだろうしな♪」
「ああ、そーする」
翔太と智也が教室に入り、朝礼を待っていると果凛が硬い表情のまま、智也の前に立った。果凛の表情は凍土のように冷たく、態度はダイヤモンドのように硬い。
「おはようございます。三上さん」
「……、おはよう、花祭さん。オレに何か?」
「不本意ながら、あなたとは文化祭の実行委員を担当せねばならないことになりました」
「ああ、そうだな。けど、オレは不本意じゃないぞ。できれば、花祭さんとは仲直りして以前のように友達に戻りたい」
「それはお断り申し上げます」
「……。そうか。…で、そんなに嫌いなオレにイヤイヤ話しかけてきた用件は?」
「はい。実はわたくし、今日の午後から仕事が入っております」
「モデルの?」
「はい」
「で?」
「大変、申し訳ありませんが、生徒会での会議と準備への出席は三上さんお一人で行っていただきたいのです」
「なるほど、オレ一人に押しつけたいと。……いや、悪い。お前がケンカ腰に話すから、つい買うだろうが」
智也は頭を掻いて気分を変えると、頷いた。
「別にオレ一人でもいいぞ。けど、一つだけ条件がある」
「どのような御条件でしょうか?」
「仲直りしてくれとは言わないが、せめてオレの事情を聞いてくれよ。な? あの日のことには色々事情があるんだ。聞いてから判断してくれ」
「………。聞きたくありません。まことに勝手ながら、実行委員の役務のほど、よろしくお願いいたします」
果凛は1センチだけ頭を下げて踵を返して行った。
「たはーっ……りかりん、あそこまで嫌わなくてもいいじゃないか…」
「それは仕方ないさ。寿々奈さんにあんなことしたんだから。嫌われて当然だぞ。正直、オレも軽蔑してる」
「なっ……どうして、中森まで知ってるんだっ?!」
「どうしてって、クラス中、みんなが知ってるさ」
「………あいつ、……言いふらしたのか……。あの女……」
智也がクロエのことを憎らしく想うと、翔太は不可解に感じた。
「言いふらすわけないだろ。ずっと学校も休むくらいショックを受けてるんだから」
「………は? ……中森、お前、何を言ってるんだ?」
「三上こそ何を言ってるんだよ?」
「…………。中森が何を言ってるのか、主語とかを省略せずに言ってみてくれ。誰が、何を、どこで、どうして、りかりんはオレを嫌ってる? なぜ、クラス中が知ってる?」
「………………………まさか……寿々奈さん、お前に話してないのか?」
「鷹乃? ………とりあえず、その、まさかを話してくれ」
「だ……だから…それは……三上が寿々奈さんを調教し…、いや、……その、お前、彼女にノーパンで登校させてただろ?」
「なっ…なぜ、それを中森が知ってる?! 見たのかっ?!」
「……見たよ」
「お前っ!!」
「誤解するな。見たというより、正確には、見てしまったんだ」
「………風……か?」
「いや、寿々奈さんが転んだんだ」
「どこで?!」
「あそこの教壇。授業中に問題を当てられて………クラス中が……見てしまった」
「……………………………オレが……休んだ日にか…?」
「ああ」
「……………………」
智也が頭を抱えて机に肘をついた。
「…そんなこと………鷹乃、一言も……」
「………言いにくいだろ。……そりゃ……」
「…………だから、学校に来たくなかったのか……」
「そもそもノーパン登校なんかさせるなよ。いくら彼女にしたからって。やっていいことと悪いことがあるぞ」
「…………まさか…転ぶとは……しかも教壇か……」
「せめて、お前が休む日くらい強要するなよ。守ってやれないだろうが」
「…いや……ノーパンで毎日、登校してくれとは言ったけど、まさか、オレが休む日まで実行してくれてるとは……」
あの日は、クロエと………ってことは、オレはクロエのことも誤解してるな、りかりんをオレが嫌ってるのはクロエが関係を暴露したからだと思ったが、あの子は誰にも話してない、でもって、あの日の後、鷹乃が大泣きしたのもクロエが何か伝えたわけじゃなくて、鷹乃は教室で転んだことがショックで……そうか……そーゆーことか……全部、オレが悪い上に、クロエを悪く思っていたのか、智也が考え込んでいると翔太は追加する。
「つばめ先…、南先生も、その件を注意した後から元気がないんだ」
「………」
「三上を生徒指導室に呼んだだろ? 生活指導のためにさ」
「……ああ」
「南先生は…そーゆー話、苦手なんだ」
つばめは実の父親に……三上と寿々奈さんは同意があってプレイとして遊んでたんだろうけど、世の中には理解できない世界だってあるんだ、翔太は心に大きな傷をもっている恋人を慮って秘密を守りながら苦言を呈する。
「南先生を指導の担当にした他の教師たちも恨んでるけど、三上のことも少なからず恨んでる。正直、友達を辞めようかと思った。……健が、ほたるちゃんを捨てたことと、同じくらい……、最悪だ」
「………………悪い………」
智也が大きなショックを受けているので翔太は肩を軽く叩いた。
「ちょっとは反省したみたいだな」
「……………………」
「寿々奈さんのショックも大きいだろうし、花祭さんの嫌悪感も……、待てよ。三上が寿々奈さんが教壇で転んだ件を知らなかったとしたら、さっき三上が聞いてくれって言ったあの日の事情ってのは、何だ?」
「………」
クロエのことだ、しかし、それは言えない、智也は深く深呼吸して答える。
「誰にだって言えないことはあるだろ?」
「……ああ」
「そーゆーことだ」
「そーゆーことか……。とにかく、ほたるちゃんみたいな悲しい想いを寿々奈さんにさせるなよ。お前から告白して付き合ってるんだからさ」
「ああ。……中森、お前って、いいヤツだな」
「やっと分かったか♪」
「長生きしてくれ。事故には気をつけろ。いいヤツほど早く死ぬ。クルマに轢かれそうな仔猫とかを無理して助けようとするな」
「……お前はイヤな奴だな。知ってたけどさ」
「あらためて知ると、げっそりするだろ♪」
「………健とは、ぜんぜん違うタイプで新鮮味があるよ」
翔太は朝礼が始まったので席へ戻る。智也は授業が始まっても集中する気もなく、今の状況について考え込み、昼休みになってから職員室へ向かった。
「ちーっす」
教師たちにいい顔をされない智也らしい自然な挨拶をして職員室へ入ると、つばめへ不自然さのない雰囲気で話しかける。
「先生、ここ、ちょっと教えてもらえますか」
「っ………」
つばめは古語の参考書に「二人で話したい」というメモ書きが挟まっているのを見せられて不自然なほど表情を暗くした。
「そんなイヤそうな顔しないでくださいよ、先生」
「……給料日は……まだ……」
「進路指導室とか、開いてないっすかね?」
「…………」
つばめは多重債務で自殺する20代前半の無知な若者のような顔で進路指導室へ入ると、財布を机に投げ出した。
「…15円しか、……入って…いません…。ほしければ、……もっていけばいい…」
「いや、そうじゃなくて、もう終わりにしますから」
「っ…、まさか、翔太くんのことをっ?! 校長にっ…」
「いや、そうでもなくて、もう脅すのはやめる。そーゆーことっすよ」
智也は投げ出された女物の財布を拾い上げると、そこへ自分の財布から5万円を移した。
「先生、痩せすぎっすよ。もともと肉が少ない方だから余計に」
智也は紙幣を補給した財布を女教師へ投げ渡した。
「もうオレと先生は、ただの生徒と教師。すぐに卒業式で、さようなら。その後は、他人。そーゆーことで、よろしく」
「……………………どういう……こと?」
「そーゆーことです」
「………………………………罠?」
つばめは財布を恐る恐る見つめ、疑惑でいっぱいの瞳を智也へ向ける。
「……これは……また、……新しい罠?」
「罠じゃないっすよ。和解っす」
「………和解………、と……言いつつ、……また、私を罠に…はめて……」
「この状況で、どんな罠がはれるんですか?」
「…………また、……私に……想像もつかないような……とんでもない…罠…」
「罠じゃないっす。ホントに、これで終わりですって」
「………………いったい……何を企んでるの?」
「……。相当、オレのこと……まあ、当然か」
「……………………わかったわ」
「わかってくれたか」
「このお札が罠ね」
つばめが財布に入っている紙幣を睨む。
「これが……偽札? 使ったら、私の社会的立場が…」
「その罠は逮捕された先生がオレのことを自供するリスクたっぷりな上に、オレに経済的メリットが何もない」
「………じゃあ、このお札は、他の生徒から盗んだか、脅し取ったもの。……通し番号を控えてあって…………。また、私を脅す材料に…」
「いや、材料は十分な上に、いっぱいいっぱいまで追いつめてたから、これ以上、脅すと先生、自殺したり何もかもイヤになって放火したり、オレを刺したりすると思うから」
「……………………………」
いっぱい、いっぱい……そう、私は、いっぱい、いっぱいだった……夕べ、翔太くんがクッキーを持ってきてくれなかったら、健くんから3万円の返済を求められて悩んでいるうちに、ガス代を節約するつもりで熾した焚き火を見ていたら、おかしな気分になっていたもの、この朝凪荘が燃えてしまえば、いろいろなことが消えてくれるような気がして、あやういところだった、つばめは本物らしい紙幣を見つめ、それから智也の目を見透すために凝視する。
「……………………」
「………」
「……………………………」
「じゃ、そーゆーことで」
「………なぜ、……急に?」
「心境の変化ってヤツですよ」
「…………なぜ?」
「まあ、中森に借りができたから、かな。中森は貸しとも思ってないだろうから、オレは中森の目に見えないところで返しておこうと思ってさ。そーゆーことですよ。いい彼氏をもって幸せですね」
「……翔太くんが………、……」
つばめは瞳を潤ませた。
「また、翔太くんが………私を……助けて……くれた。……あの男からも……この男からも、私を……救って…」
つばめは財布をキュッと胸に抱いて幸せそうにつぶやいている。智也は「この男」が自分であることはわかったし、「あの男」が誰なのか知りたいとも思わなかったので、進路指導室を出て職員室を通り過ぎようとしたが、担任の教師に呼び止められた。
「おい、三上」
「はい?」
「このプリント、各学年の学祭実行委員に配っておいてくれ」
「…わかりました。どうせ、進学しなくてヒマですから」
智也はプリントを配って校舎内を回る。三年、二年、一年と配っていくと一年生の教室で、いのりに出会った。
「あ、リアル平安。ちょっといいか?」
「……あの……リアル平安って誰のことですか?」
「美しい髪のお嬢さんのことだ♪」
「………。…………それが、どうしてリアル平安になるんですか?」
「リアルに平安時代の姫様みたいな長い髪をしてる面白いヤツ、だからだ。リアル平安姫♪」
「………………」
「すげぇ長いな。このまま伸ばせば三年生になる頃には地面に着くんじゃないか? 平安姫」
「……伸ばしてるから……」
「伸ばしてるだろうな。見ればわかる。その先端あたりなんて10年以上前に製造された部分だろ。すげぇな、姫♪」
「…………」
最初にイッシューに会ってから切ってないから、この先端は子供の頃のイッシューに触ってもらったこともある部分だから、いのりは愛おしげに自分の髪を撫でた。
「姫、トイレに入るときは大変じゃないか? どうするんだ? っていうか、授業中にイスへ座っても床のゴミが着くだろ?」
「………首に……巻くの………座るときは……」
いのりは呪い殺すような目で睨もうかと思ったけれど、巴ほど受け入れられないアダ名でもなく、女の子として姫の称号は悪い気もしないので話を進めることにする。
「何か、ご用ですか?」
「このクラスの学祭実行委員は、誰だ?」
「私と天野くんですけど」
「リアルちょうどいいな。このプリント、渡しに来ただけだ。じゃ」
智也はプリントを渡すと去っていく。いのりがプリントに目を通しながら席へ戻ると、早絵が声をかけてくる。
「いのちゃん、先輩に何を言われたの?」
「プリント渡しに来ただけだって。学祭の」
いのりは途中になっていた昼食を再開する。本当は一蹴と食べたかったけれど、今までの習慣でサッカー部の仲間と食べているので、いのりもクラスメートの早絵たちとランチを囲んでいる。
「さっきの先輩、カッコ良かったね」
「……イッシューの方が、ずっとカッコいいよ」
「あんたは…、また…、そーやって平気でノロける。聞いてるこっちが疲れるよ」
「……ごめん…」
「まあ、仲がいいのは、いいことだしね。そろそろキス以上のこと、してそうね」
「うん」
「……。へぇぇ♪」
早絵が興味深そうに微笑み、声をひそめて顔を近づけてくる。いのりは同性の息がかかる距離を嫌うように後退った。その態度を早絵は話題から逃げようとしていると思い、追求を強める。
「どこまでしてるの? 話してみなよ」
「う~ん……全部、かな」
「……。へぇぇ♪ 全部って、どこまで?」
「………………食事中だよ?」
「いいじゃん。Gじゃん。Fじゃん」
「それ、流行ってるけど、私は嫌い」
「そうなの? いのちゃんが尊敬する先輩の遺産らしいけど?」
「ほたるさん、死んでないし……」
そのギャグ、最近は、ほたるさんよりカナちゃんを思い出すからイヤなのに、いのりは話題を避けようとし、余計に早絵は追求を続ける。
「キス以上の、どんなこと、してるのかな?」
「だから全部」
「全部って? もしかして、アレかな? アレをナニに? ナニすることでしょうか?」
「……? 早絵ちゃんが何のこと言ってるのか、よくわかんない」
「またまたっ!! カマトトぶっちゃって! 全部っていえば、アレしかないじゃん!」
「……アナルの方?」
「ぁ……、あ……、アナ……うん、まあ、……それも全部といえば、全部だね。その前段階として、その、ノーマルの方は、どうでしょう? してますか?」
「男と女なんだから、当然あるよ」
「そ、…そう……。まあ、私も天野くんとしてるから♪」
「全部?」
「……いえ……前段階だけ」
「ふーん…」
「まさか……いのちゃんに先を越されるとは……」
「私とイッシューが付き合いだしたの、早絵ちゃんと天野くんより、ずっと早いよ?」
「それは、まあ…そうなんだけどね」
早絵は喉が渇いたので、いのりが飲んでいるペットボトルを勝手にもらった。
「ぶっちゃけ、アナルって怖くない?」
「………」
いのりは勝手に飲まれたペットボトルを見つめる。
「ね、いのちゃん?」
「…………」
間接キス……早絵ちゃんの唾液……着いてる……って、早絵ちゃん相手に何を考えてるの、私は、こんなの何度もあったことだし、私もジュースもらったり、みんなで回したりするの普通だったのに、早絵ちゃんの唾液、汚いとか、思うはず、ないのに、いのりは軽く首をふってペットボトルからお茶を飲もうとしたけれど、胃の奥から吐き気が込み上げてきたので口元を押さえた。
「ぅっ…」
「いのちゃん?」
「……何でも……ない…」
いのりの吐き気をこらえるような仕草と、今までの会話の流れから早絵は当然といえば当然のことを口にする。
「つわり? なんてね♪」
「………」
「妊娠してたりして♪」
早絵が笑いながら、いのりの下腹部を撫でようとしてくる。
バシンッ!
いのりの手が、本人も意識しないほどの速さで早絵の手を払いのけていた。早絵が痛かったのと驚いたので硬直する。
「………」
「ぁっ……、ごめん、早絵ちゃん…」
「……いのちゃん……マジで?」
「ちっ、違うよ! 早絵ちゃんに触られるのが気持ち悪いとか、そーゆーことじゃないから」
「……………………………」
早絵が複雑な顔をして返事に窮する。いのりは慌てて早絵の手を握ろうとした。
「ごめんなさい、早絵ちゃん。気持ち悪いとか、汚いとか、そんなこと、ぜんぜん思ってないから」
「…………………………。思って、……るんだ」
「…………………」
いのりの手は早絵の手を握ろうとしているけれど、途中で空中停止している。まるで汚物に触れるのを拒否するかのような動作で、早絵は気を悪くした。
「……へぇぇ……私って汚い?」
「ぉ…思ってない。思ってないよ、早絵ちゃん」
「あっそ」
早絵が手を伸ばして、いのりの手に触れた。
「っ…」
いのりは反射的に手を引っこめ、避ける動作をしてしまった。
「……………………」
「……………………」
「……思ってるじゃん。思いっきり」
「…………」
「そこまで避ける? って思うほど、思いっきり汚いって思ってる」
「…………そーゆー……わけじゃ……ないの……。友達として、早絵ちゃんのこと……」
「なんで、汚いとか思われないといけないのかな?」
「……思ってない…」
「もしかして、あれ。自分は鷺沢くんと何ヶ月も付き合ってからエッチしたけど、私と天野くんは、にわかカップルだから汚いとか? 告られて、その日にエッチなんて超お手軽、超汚いって?」
「思ってないよ! ぜんぜんそんなことじゃないよ! 二人はお似合いだよ!」
いのりは誤解をさけようとして早絵の肩へ触れようとしたけれど、またしても手が強張り、触れられない。肉体が強烈に同性を拒否していて、腕に鳥肌が立った。
「……私、……ちょっと体調……悪いの……」
「なによそれ? 自分なんかアナルセックスまでしてるくせに。そっちの方が、よっぽど汚いじゃん。気持ち悪い」
「っ……。……イッシューと私は……汚くない……」
いのりが呪い殺すような目で早絵を睨んだ。
「取り消して。イッシューと私は汚くないから」
「……」
「私とイッシューは神さまが望まれた関係なの。愛し合うように神さまが、ずっと、ずっと昔から。最初から、そう運命づけられて創られたの」
「ちょっ……なに言ってんの……」
「汚いどころか、そーゆー運命だったの。だから、付き合ってるの」
亡くなったリナちゃんのためにも、イッシューのためにも、私たちは幸せにならないといけないの、いのりは呪い殺すような目をゆるめず、早絵は青ざめて後退る。
「…くっ……くだらない! 超くだらない! だ、だいたいさっ! あんた重っ苦しいのよ! バカじゃない! 運命とか! リアルに言うヤツ初めて見たっ!」
「……………………」
いのりと早絵の友情が壊れていく。いっしょにいた女友達が二人のケンカを見かねてフォローに入ってくる。いのりと早絵に一人ずつ、気を静めるようにと言いながら肩に触れてくる。
「触らないで」
いのりはフォローしてくれようとした女子の手も払った。それで決裂が固定化される。早絵たちが離れていき、いのりは一人になった。
「…………………」
しばらく反省していたけれど、いのりは嫌悪感の方が強くなったので早絵たちが使っていた自分の机をハンカチで拭いて、ペットボトルを捨てた。まだ友達と思いたい気持ちもあったけれど、離れていかれ、一人になると抑えていた気持ち悪さが感じられる。さっきまで感じないようにしていたけれど、同じ空気を吸っていることも、苦しかった。
「……たはーっ……」
絶交、されちゃったかな……したのかな、いのりちゃんのナゾナゾタイ~ム、仲直りした方がいいのかな、できるのかな、それより、イッシューといる時間の方が、ずっと大切じゃないかな、いのりは今すぐ謝りに行かないと高校生活で女友達がいなくなるかもしれない危機に気づきつつ、もう同性との友情はいらないかのように一蹴たちのところへ行く。サッカー部の仲間たち男子ばかりで談笑している中、声をかける。
「イッシュー」
「あ、いのり?」
「ふにゅっ♪」
いのりは一蹴の鼻をつまんだ。
「や…やへろよ」
「エヘヘ♪」
ホントはおちんちん、つまみたかったけど今は他の人がいるからガマンしないとね、いのりが恋人に触れて楽しんでいると、他の男友達が冷やかしてくる。
「あいかわず熱いな。お前らは」
「いのりちゃんのナゾナゾタィ~…」
脳内では言い切れても発音するときは恥ずかしいので語尾が消えていく。
「男の子が熱いモノを女の子に入れました。入れられた女の子は、どんどん熱くなってしまいます。最初は小さな種だったのに、とっても大きく熱くなって出てきます。な~んだ?」
「「「「……………………」」」」
それって……………………男子高校生たちが同じ想像をする。いのりと毎日のように性的関係をもっている一蹴が慌てる。
「ちょっ、待ってよ! いのり! 向こうへ行こう!」
「正解は、恋の種」
「「「「……………………」」」」
ちゃんとオチがあってよかった、男子たちは安心し、天野が思い出した。
「陵さん、そろそろ生徒会室に行かないと」
「あ……そっか」
いのりは学祭の実行委員だったことを思い出して一蹴と過ごせなくなるのを惜しく思った。今日は午後からの授業はなくなり、すべて学祭の準備にあてられる日なのに、実行委員では一蹴と過ごすことはできない。
「あうぅ……イッシュー、終わったらアパートに行ってもいい?」
「今日は勘弁してよ。そろそろ引っ越しした荷物を片付けないと」
「でも、夕ご飯は?」
「今日は自分で作るからさ」
「うう~……イッシューぅ」
いのりは恋人に近づくと耳元へ囁く。
「イッシューと、したい♪」
「……」
「荷物の片付け、手伝うから」
「そんなこと言って、この一週間、ぜんぜん片付いてないじゃないか」
「テヘヘ♪」
「……たはーっ……とにかく今日は学祭の準備もあるしさ」
「イッシューぅ~」
「あの日から毎日だろ……ちょっと休憩くれよ」
「何分くらい?」
「……せめて三日」
「ふにゅっ♪」
いのりは一蹴のブレザーへ右手を忍び込ませると超絶技巧的な感覚で乳首を正確につまんだ。
「うっ?!」
「しようよ。私は女の子で、イッシューは男の…」
「陵さん、イチャつくのは、そのくらいにして行こうぜ。上級生もくる会議なんだから遅れるのはマズイしさ」
天野が催促してくるので、いのりは一蹴から離れる。廊下へ出て生徒会室へ向かう道すがら早絵とケンカしたことを思い出した。
「天野くん」
「ん?」
「ちょっと早絵ちゃんとケンカしちゃった」
「なんで?」
「ちょっと、いろいろね」
「ふーーん……それをオレに言われても…」
「うん。でも言っておかないより、言っておく方がいいから」
「それは、そうだな。早く仲直りすれば?」
「うん……できれば、ね。早絵ちゃんと、この話題になったら、私が早絵ちゃんに悪いことしたって思ってるって伝えておいて」
「…まあ……」
天野が煮え切らない返事をしたところへ、いのりは素早く手を伸ばした。
「ふにゅっ♪」
「なっ…なひふっ?」
天野が鼻をつままれて慌てる。
「何するんだよ、陵っ!」
「エヘヘ♪」
天野くんだと気持ち悪くないんだ、やっぱり、早絵ちゃんが言ったみたいなことじゃなくて、単に女の子が気持ち悪くなってるみたい………カナちゃんのせい……、でも、カナちゃん、ほたるさんと加賀先輩のこと知ったりしたら………、いのりが考え込んでいるうちに生徒会室での会議が始まり、いろいろな係りと分担が決まっていく。気がつくと、いのりが担えそうな空きポストは二つだけになっていた。
「……天野くんは、何にしたの?」
「運動場の管理と設営。陵は、どうするんだよ?」
「う~……」
残っているポストは食品衛生管理か、入場門設営だったが、このさい、何をするかよりも、誰とするかが高校生にとって重要事項だったりする。すでに決まっている食品衛生管理のメンバーは三年生も二年生も女子で、いのりが入ると女三人での作業になる。逆に入場門設営は三年生が智也、二年生が川本拓で、いのりが入るとバランスが取れそうだったが、女の子一人になってしまう。
「う~……どっちも……」
「君さ、こっちおいでよ♪」
拓が誘ってきた。
「男ばっかじゃ超つまんねぇしさ。君、こっち来てよ。力仕事はオレと先輩でやるからさ。君はアイデアとか、くれればいいよ。な?」
「先輩が、そう言ってくださるなら……」
「やった! 決まり♪」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく♪ オレ、川本拓」
「私は、みささ…」
「リアル平安」
「……。陵いのりです」
「姫とも言う」
「……」
いのりが智也へ送る視線の性質で、拓が気づいた。
「あれ? お二人は知り合いっすか?」
「まあな」
「知っては…います……」
「とにかく、よろしくっす。せっかくの文化祭なんすから、仲良く楽しく盛り上げていきましょうよ。パーッと」
「いや、オレ的にも、そーしたい気持ちはあるが、前科があってチェックが厳しいからな。ついでにバイトを優先したい。まあ、老婆心で生温かく見守ってやるから新しい文化祭を若人がつくっていってくれ」
「んじゃあ、ノリの悪い先輩はおいといて、オレら二人で、みんながビックリするような入場門にしてやろうぜ。な、いのりちゃん♪」
「…、川本…先輩…、その……いのりちゃんは、ちょっと、やめてください」
いのりが初対面の男子にちゃん付けで呼ばれるのを彼氏がいる身として当然に拒絶すると、拓は気にしない雰囲気で提案する。
「んじゃあ、いのりん♪」
「……それも、ちょっと」
「リアル平安だぞ、こいつは」
「それも、ちょっと。っていうか、ダメダメです」
「んじゃあ、いのり♪」
「名前の呼び捨ても、やめてください。陵でいいです」
「ミサちゃん」
「……やめてください」
「みさっち」
「………」
「いのっち」
「……………………」
いのりが呪い殺すような目で拓を睨んだ。
「っ…、くっ、くだらねぇ…、こと…言って、ごめん…。み…陵さん」
おっかねぇ、怖ぇぇ、貞子かと思ったつーの、ぜってぇ危ない女だ、可愛いけど、やばい系かも、拓は浮かれていた気分を少し自重する。
「じゃあ、オレらの持ち場で仕事を始めましょうか。どこだっけ?」
「入場門は体育館の二階だ。持ち出して美術室でデザインして本番に設営」
「さすが先輩」
「お拓も二年目だろ」
「……オタクって誰のことっすか?」
「川本拓だから、丁寧に御をつけて御拓♪ リアルもつけてやろう、リアルお拓」
「……………………」
拓は呪い殺すような目を真似して智也を睨んでみた。
「その技、簡単じゃないから無理だぞ。たぶん、姫にしかできない」
「くっ……先輩、川本でお願いしますよ。オタクじゃないっすから!」
「気が向いたらな♪」
智也たち三人は体育館の二階に収納されていた入場門を美術室へ運び込む。三分割されていたので智也と拓が持ちあげ、いのりが補助をしながら三往復した。
「たはーっ……疲れた。これで時給なしだからな」
「ハァーっ…きついっすね」
「すいません。私、何もしなくて」
「いいって、いいって。力仕事は男がやるからさ」
「よかったら、どうぞ」
いのりが缶ジュースを智也と拓に渡した。
「お、ありがと」
「サンキュー♪ いのりちゃん」
「……。どういたしまして、お拓先輩」
「………陵さん。オタクは勘弁してよ。オレ、部活はやってないけど、個人でバンドとかやってるからさ」
「けいおんか」
「けいおんって何っすか。先輩」
「軽い音楽だから、けいおん。ちなみに姫は重い音楽をやってるから、じゅうおん♪」
「「じゅうおん……」」
「重いのも、軽いのも、似合ってるぞ、二人とも」
「……。陵さんも音楽やってんの?」
「ピアノを少し…」
「すっげぇ! 今さ、オレらのバンド、キーボードいないんだぁ。よかったら練習とか見に来てよ。合いそうだったらさ。そのまま入ってよ。女の子一人もいなくて淋しいから」
「…えっと……ピアノと…キーボードは…違うと…」
「ホントに軽い音楽だな。姫は重いから簡単に動かないぞ♪」
「三上先輩」
いのりが呪いをかけるような目で睨む。呪い殺すほど強烈ではなく、どちらかというと彩花が怒って智也を睨むような軽い呪いだった。三人とも軽口を叩きながら作業を進めているおかげで親しく話すようになり、いのりも気を許していく。
「先輩たちは去年のデザイン、見てるんですよね。どんなでした?」
「「……………………忘れた♪」」
「……たはーっ…」
いのりは腕まくりして入場門への装飾を考える。
「文化祭もお祭りだから、聖なるものを祭るような神聖な感じとか出したいです」
「数珠と十字架でもぶら下げるか?」
「まじめに考えてください」
「いやいや。平安時代に空海が三教指帰という寓意小説の仏教書を記している。これには儒教、仏教、道教の各要素が論じられている。もともと日本は姫が産まれた平安時代から多くの宗教を受け入れる文化的寛容性をもった…」
「ふにゅっ♪」
いのりが演説する智也の鼻をつまんで無駄口を止めた。
「ふごっ、ひはわ…」
「私は平安時代からいるわけじゃないです」
「三上先輩のサンゴウなんたらは、置いておいて。いのりちゃんの神聖な感じってコンセプトはありじゃね?」
さりげなく拓は、いのりちゃんと呼びかけてみたが、今回は拒否がなかった。鼻をつままれていた智也が再び話を膨らませる。
「神聖なってのが、キリスト教っぽいイメージなら教会みたいなのは、どうだ?」
「あっ♪ いいですね」
「門の上部中央に金色の十字架と後光、でもって左右の柱にはアダムとイブを阿吽の像っぽく描こう♪」
「それ、いいですね」
「いのりちゃん……」
どんだけ、いかがわしいアーチだよ、文化祭っていうより変なセクシャル系コミックバンドのライブ会場みたいだよ、拓は困った顔をして頭を掻く。智也も迷った。
「………」
冗談だったんだが、この案が採用されると、当然、三年生のオレに責任が来るよな、前科的にも類推有罪だろ、智也は色々と忙しい上に、さらなるトラブルをかかえることを回避する。
「アダムとイブはやめといて十字架だけにしないか。シンプルで楽だろ。あとは色紙で作った花でも貼りつけてさ。オレ的には、この仕事、できれば今日中に終わらせてバイトとか私生活にいそしみたいんだ。そしたら、実行委員としての仕事、当日の前夜に組み立てるだけで済むだろ?」
「手抜きっすね」
「でも……私も、賛成かな」
いのりもクラスでの活動を一蹴とこなしたいので頷いた。
「よしっ、じゃあ、今日中に終わらせる感じで頑張ろう!」
「なら、オレ、弁当でも買ってきますよ。腹が減っては戦ができねぇっていいますし」
拓が右手を智也に差し出した。
「閣下、軍資金を」
「……まあ、いいか。領収書、もらってこいよ」
智也が財布の紐をゆるめ、いのりは腕まくりして作業を始める。拓は30分後に息を弾ませて戻ってきた。
「ハァっ、ハァっ! お待たせっす」
「遅かったな。どこまで行ってたんだ?」
「このあたりで一番美味い弁当屋っすよ!」
拓はカラアゲ弁当を三つ掲げた。智也が訝しむ。
「その言い方、お前の関係者か?」
「うっ……いい勘してるっすね」
「やたら宣伝臭いからな。で?」
「……うちの親がやってる弁当屋っす。でも、マジで美味いっすよ」
「ってことは、融通が効くんだな?」
「割引はしませんよ。定価オンリーっす」
「いや、そうじゃなくて領収書の金額を水増しできるか?」
「ど……どうっすかね。…わかんないっす」
「できるなら、少し小遣い稼ぎができるぞ」
「……どんな?」
「このアーチの装飾には生徒会から3万円までの予算がおりることになってる」
「けど、個人の飲食はダメじゃなかったっすか?」
「おっ♪ お前も少しは考えてたみたいだな。家業への利益誘導を」
「へへ♪ 一応、跡取り息子っすからね」
「…」
嘉神川食品とは比べものにならないだろうけどな、まあ、いいや、智也は図を書いて説明する。
「別に弁当屋だからって弁当しか売れないわけじゃない。もしかしたらアーチ装飾に使える材料、たとえば弁当の箱とか、模様のある紙とかを仕入れてるかもしれないだろ? 現に、ここに弁当箱はある」
「ふんふん」
「二人とも冷める前に食べませんか? せっかく川本先輩が走ってもどってきてくれたんですから」
いのりが机を片付けて弁当を並べてくれている。智也と拓は礼を言って座り、食べながら悪事についての話を進める。
「お前の家からの領収書を、但し書きを品代、もしくは材料費みたいな曖昧な表現にしておいて2万円分、作る。でもって生徒会からもらった金は、オレとお前で山分け♪ 姫が加わりたいなら三人で山分け、だが?」
「私は共犯者になりたくないです」
「ってことは、一万円ずつだ♪」
「なるほど……先輩、頭いいっすね」
「ちょっと待ってください。それじゃあ、アーチを飾る予算が一万円しか残らないよ」
「そこは工夫してアリモノで済ませる。画材は美術室にあるもの、あと、オレは卒業して二度と美術とか図画工作はしないから、オレの小学校からの絵の具とか、全部使って、それなりの形のものにする。ちょこっとだけ、この弁当を食い終わった後の弁当箱も洗って切り取って貼りつけよう。そうすると、本当に材料にしてるから発覚しても言い訳ができる。どうだ? やるか?」
「……………………」
拓が考え込む。アンプ、楽譜、メンテ用品、軽音楽を続けるのに欲しい物は次々と出てくる。いのりのように一千万円もするピアノを学校から、ほたるの手紙一つで使わせてもらえるような身分ではなく、ほたるが全国優勝したおかげで学校をあげて重視してもらっている重音楽と違い、軽音楽は学校から軽視以前の無視状態だった。少しくらい予算を使っても正当な気がしてくる。
「やります! 先輩!」
「よしっ」
話がまとまると食事が終わり、神聖をコンセプトにした入場門へ、ゴミとなるはずだった弁当箱がリサイクルされて貼りつけられていく。さっきまでダラダラと作業していた智也の動きが機敏になり、材料代をかけずにアーチが飾られつつある。
「今日中に終われそうだな」
一息ついた智也は缶の緑茶を飲んだ。
「あっ…悪い、間違えた」
いのりが飲んでいた缶に間違えて口を付けたことに気づいて謝った。いのりは少し缶を見つめた後、了承する。
「いいですよ。私も三上先輩のウーロン茶もらっていいですか?」
「おう」
智也も気にしないタイプなので快諾する。いのりの唇がウーロン茶を飲むのを拓が盗み見る。
「………」
いのりちゃん、間接キスとか気にしないのか、それとも三上先輩のことを好きとか、でも、たしか三上先輩は水泳部の怖そうなキャプテンと付き合いはじめたってウワサがあったはず、拓は彼女いない歴17年5ヶ月の青少年として文化祭がきっかけで知り合えた年下の少女へ小さな挑戦をしてみる。
「いのりちゃん、このサンピン茶も飲んでみない? 美味しいよ」
「え~っ……それ、怪しいですよ」
いのりは拓が飲んでいたサンピン茶を怪しむ。もともと弁当といっしょに拓が持ってきたものだったが、怪しいので拓しか飲んでいない。
「沖縄じゃ有名なんだって。うちの店でも評判だんだん良くなってるしさ」
「う~ん……」
「これを機会に気に入るかもよ」
「……三上先輩は、どう思いますか?」
「商品以前に、オレは川本と間接キスしたくない」
「それは、そうですよね」
「………」
いのりちゃん、やっぱ三上先輩限定なんだ、くそっ、意識してないっぽい感じで意識してるじゃん、っていうか、三上先輩っ余計なこと言うなよな、拓は気を落としたけれど、いのりはサンピン茶の缶を受け取った。
「私は一口だけ、味見」
いのりは好奇心から聞いたことのない茶を飲んでみる。
「う~ん……意外と、普通かな。ちょっと苦いです」
「そ、それが慣れれば美味しく感じるんだって♪」
拓が小さな希望をもった。そして戦術的に動いてみる。
「と、ところで三上先輩って水泳部の切れそうなほどの美人と付き合ってるってホントっすか?」
「まあな♪」
短く嬉しそうに肯定してくれた。智也が彼女もちなことを明言してくれたので拓は次の作戦段階に入る。
「いいなぁ~…彼女いる人は。オレ、ぜんぜんなんっすよね。なんでかなぁ~」
「川本先輩は好きな人とかいないんですか?」
「うん♪ いないいない。ぜんぜんフリー。っていうか、今、目の前にいる子を可愛いなぁと思ったりしてっ!」
「…エヘヘ…」
軽音楽ってホントに頭も軽くなるのかなぁ、いのりは社交辞令的な微笑みで拓の発言を流そうとしたが、拓は踏み込んでくる。
「いのりちゃんは好きな人とかいるの?」
「はいっ♪」
「…そ…そうなんだ…。うまく、いってんの?」
「はい、とっても♪」
「そっか…、よかったね。…はは、は…」
拓のテンションが見てわかるほど低下したのを、いのりは見て見ぬフリをする。智也も面倒なので無視して作業を進める。拓の口数が減ったので、いのりと智也が会話をはじめた。
「姫の彼氏って、サッカー部だっけ?」
「はいっ」
「変な名前だったよな?」
「イッシューは変な名前じゃないです」
「個性的でいいな。オレなんか智也だからさ、どこにでもいるからな」
「寿々奈先輩とお付き合いされてるのは、どういうキッカケだったんですか?」
いのりの女の子らしい好奇心からの質問に、智也はニヤリと笑って答える。
「オレが好きになって強引に口説き落とした♪」
「強引って? どんな風に?」
「一回デートして口説けなかったけど、悪くない感じだったから部屋に誘ってオレの女にした」
「それって男と女の関係にってことですか?」
「そーゆーことだな。姫と彼氏は? どの段階なんだ?」
「もちろん、男と女の関係ですよ」
いのりが嬉しそうに肯定すると、拓がサンピン茶で噎せている。
「ごほっ…」
可愛い顔してヤることヤってんだ、まだ高校生になって半年なのにさ、しかも誇らしげだし、拓は作業を進めながら聞き耳を立てる。
「まあ、鷹乃との初夜は強引すぎて、しばらく泣かれたけど、今は悪くない関係だぞ」
「そんなに強引だったんですか……」
いのりの言い方は批判的というより、憧れが籠もった声色だった。一蹴から強引に迫られる自分を想像してときめいているので、智也は絵の具を塗りながら問いかける。
「姫の初夜は、どうだったんだ?」
「ん~……強引だったかな。少し」
「泣かされたか?」
「…エヘヘ…、強引だったのは、私です」
「なるほど♪ 場所は?」
「誰もいない教会でした」
「へぇぇ♪ 雰囲気はバッチリだけど、自宅でもラブホでもないところでとは、大胆だな。まあ、流れとか勢いもあるしな。とくに初夜は」
「その後はイッシューの部屋が多いですよ」
「屋内が一番、落ちつくからな。屋外もスリルがあっていいけど」
「屋外って、どんな場所でするんですか?」
「オーソドックスだと夜の公園とか、学校内の死角とか、あとは学校サボって午後の早い時間にシカ電に乗ると、誰も乗ってないときとか、あるからな」
「うわぁぁ……大胆。さっすが三年生ですね」
「姫だって音楽室でヤってるだろ? いのりちゃんのエロエロタイム」
「変な造語をつくらないでください。イッシューとするとき、思い出しそう」
「もしもチャンスがあるなら校長室とか職員室でやってみたいな。それも夜中じゃなくて昼間、たまたま誰もいないときに」
「見つかったら退学にならないですか?」
「全裸にならないでヤる分には、先生が戻ってきても、さっと離れれば追求されないだろ。何か言われても彼女が頭痛でフラついたから支えた、とか誤魔化せばいい」
「スリル満点ですね。ちょっと怖くて無理かな」
「彼氏からノーパン登校とか要求されないか?」
「ノーパン登校って、下着なしってことですか?」
「うむ、夏場じゃなければブラジャーも無しがいいな♪ でもって、ときどき制服の上から撫でてやると反応が最高に可愛い」
「それって彼女さん、濡れちゃって困らないですか? 授業中とか座ってるうちに」
「ああ♪ 立てなくなって恥ずかしがってるのを放課後まで放置するのが楽しいぞ」
「三上先輩の彼女になると大変そう。…あ…」
いのりが何かを思い出して拓には絶対に聞こえないよう智也へ近づくと耳元へ囁きかける。
「この前、寿々奈先輩が学校でノーパンでいて……私、そのとき、そーゆー男女のこととか慣れて無くて、思いっきりヘンタイって言っちゃったんです。……謝っておいて、もらえますか?」
「鷹乃………姫にも見られたのか。わかった。サンキュー」
「ノーパンにするなら、せめて守ってあげないとダメじゃないですか」
「面目ない」
「でも、イッシューは、そーゆー要求してこないから……」
「淋しいか?」
「ちょっと……、でも、女の子から言い出したら変じゃないかな?」
「そーだなぁ……引くかもなぁ」
「それって不公平だと思いません? エッチな願望って女の子にもあるのに」
「うむ」
「寿々奈先輩は要求とかしないんですか?」
「基本的に受けかもな」
「三上先輩が支配欲強いからじゃ?」
「うーん……自由を奪ったりはしてないけど、するときもあるなぁ」
二人が囁き合っていると拓が立ち上がった。
「何を二人でヒソヒソイチャイチャやってんすか。恋人にチクりますよ」
「悪いな、蚊帳の外にして。お前も話題に入るか?」
「ごめんなさい、川本先輩」
いのりが智也から離れて拓が話題に入れるスペースを譲り、問いかける。
「川本先輩は、女の子とのケーケンありますか?」
「ケ…ケーケンって、…アレのこと?」
「はい」
「ぁ、あるさっ。それなりに!」
「「………」」
いのりと智也は反応を見て拓が童貞であることを確信する。
「へぇぇ…さすが川本先輩」
どうして男の人って意味のない見栄を張るのかな、初めてなら初めてって相手に伝わる方が相手の女の子だって嬉しいのに、いのりは顔に出さないように努め、智也は顔に出してニヤけた。
「やるな、川本。で、何人くらい今までにヤったんだ?」
「さ…ご、五人くらいっすかね!」
「ほおっ♪」
お前さっき、ぜんぜんフリーとか自分で言った記憶をオフしたのか、面白いヤツ、智也は意地悪く追求する。
「すごいな。五人か」
「三上先輩は、何人っすか?」
「オレは、ふた…、過去のことは忘れた。鷹乃のことしか、頭にないな」
「へぇぇ♪ 一人っすか」
「………」
いのりは智也の顔を見つめて表情の奥を読む。女の勘で鷹乃以外にも性的経験があることを読み取った。
「………」
中学の時、いつも近くにいた桧月先輩かな、それとも今坂先輩、伊吹先輩あたりかな、誰にしても自慢の種にしないで隠してあげるのは、えらいなぁ、いのりは追求しないことにして拓のホラ話を聞く。
「ま、まあ、一年に一人くらいのペースっすかね」
「ほお♪ じゃあ、中学一年から一人ずつか、早いな。早弾きの川本だな。テクニックも相当なのか」
「当然っすよ。ギタリストの指は女の子の憧れっすからね。この指技で一晩に何回昇天させたことか」
「ちょっと教えてくれよ。なかなかイってくれないんだ。オレ下手なのかも♪」
「それは彼女さん可哀想っすね。男として情けないっすよ」
「ああ、なんか基本的な技だけでも、教えてくれよ。頼む」
「そっ…そーっすね。……こ、こう…」
拓は何の経験もないのに指を動かしつつ解説する。
「こんな感じで、ククッと…素早く動かしてみるとか…」
「その動きで、どこを攻めるんだ?」
「ぇ…えっと、…やっぱ、クリちゃんかな」
「川本先輩、そんな風にクリトリスに爪を立てたら痛いですよ」
「ぁ、いや、オ、オレが相手にしてきたハードコアな女たちは、このくらいでないと感じないんだぜ。いのりちゃんはデリケートだなぁ」
「クリトリスって一番デリケートなところですよ。少なくとも爪を立てられたら、痛くて感じるところじゃないと思うなぁ。男の人だってフェラで歯を立てられると痛いでしょ? 川本先輩が一年しかお付き合いが続かないの、そーゆーところにも原因があるんじゃないですか?」
「ぐっ……、じゃあ、いのりちゃんは、どんなテクならいいんだよ?」
「うーん……クリトリスなら、こう…」
いのりは実演しようとして気分が悪くなった。
「私が女の子への愛撫方法を説明するなんて変じゃないですか。おちんちんでもクリトリスでも基本は同じだから、フェラなら、こう…指の腹と、舌で…、で、指は卵の殻をもつくらいの優しさで…こうして、こう…」
いのりが男根への愛撫を実演する。その超絶技巧に智也と拓が感心した。
「姫、すごいな。それされたら、すぐイきそうだ」
「いのりちゃん、指の動き器用すぎだよ。キーボードやったら、絶対すげぇって」
「でも……あんまりイッシューは喜んでくれないかなぁ…」
「そうなのか? 絶対、それ気持ちいいはずだぞ。彼氏、真性の包茎か?」
「えっと……どうなのかな? 真性の包茎って、どんなのですか?」
「ちんぽの皮、剥けるか? ゆっくりでも剥けるなら仮性だし。っていうか、仮性包茎が正しい姿なんだぞ」
「イッシューのは剥けてると思いますけど……射精もしてくれるし」
「射精してるなら気持ちいいっていうか、イったんだろ。文句なしに」
「う~ん……男の人って、先にイっちゃうと悲しいって気持ち、ありますか?」
「そうだな、あんまり早いと、ちょっと、な」
「それって変じゃないですか? 私は気持ちよくしてあげたいから頑張るのに……」
「なるほどな。さっきの姫のテクだと、すぐイきそうだからな。自分のこと早漏だって思うかも」
「三上先輩は、いつも寿々奈先輩とイくタイミング合いますか?」
「う~ん……合うときもあるけど、やっぱ生で膣に入れると気持ちよすぎるからな、オレの方が先にイきそうになって中断するときもあるな、正直」
「イッシューも中断しちゃうんですよ。先にイけそうならイってくれてもいいのに」
「まあ、男ってのは見栄もあるしな。なんか、女より先にイくと情けない感じもするからさ」
「情けなくないと思うけど……。イってくれるってことは私で感じてくれてるってことなんですから」
「それは男と女のオルガスムの違いがあるだろ。女は先にイっても、ぜんぜんセックスを続けられるけど、男はイったら、とりあえず休憩しないとリトライできないし、萎えるだろ」
「二回目は疲れてるはずなのに長く保ってくれるんですよ。ちょっと一回目より小さいけど」
「ああ、どうしても一回目の勃起を上回るのは難しいな。それに、疲れてるけど長く保つってわけじゃなくてな、二回目は感度も鈍くなるんだ。オレもそうだけど、彼氏も二回目くらいの方が思いっきり突いてイくタイミングが同じになるくらいじゃないか?」
「はいっ、そんな感じです」
「なら、ぜんぜん問題ないセックスだと思うぞ。自信を持て。そして日々精進しろ、あらたな道を開発するんだ」
「う~ん……知ってることは全部やりましたけど…」
「アナルは?」
「済みです」
「ノーパン登校は?」
「……私から要求するのは……三上先輩って女の子が淫乱でもいいと思います?」
「う~ん………恥じらいは失ってほしくないな。恥じらいつつオレの要求に応えてくれるのが最高にいい」
「やっぱり…」
「こういうのは、どうだ。ノーパン登校は他人もいるから自重するとして、ノーパン新妻ごっことか」
「どうするんです?」
「彼氏の部屋で待ってるとき、先に全裸になって料理してるとかな。鷹乃には裸エプロンが似合うけど、姫がオレの彼女だったら、もっと違うのを期待するな。しかも、それは姫にしかできない」
「どんなことです?」
「全裸になって髪の毛で身体を隠すんだ。ハードのジェルとかで胸と股間に髪を固定して靴下とかは脱がないでいて一見すると着衣のままかと思わせつつ、実は裸っていうサプライズだ」
「それはサプライズかも♪」
「ついでに、ボディペイントもするといい」
「ボディペイント?」
「鏡を見ながら身体に、イッシュー専用、とか、イッシュー様ご予約済み、とか描くんだ。高くつくけど口紅で描くか、安いけど肌荒れする油性マジックにするかは、悩みどころだけどな。たいていの男は驚きつつ、なにしてるんだよ、とか言いながらも絶対嬉しい。オレの女だぁって感じがするからな」
「オレの女……。三上先輩、そーゆー言葉、寿々奈先輩に言いますか?」
「ああ、要所要所で言う」
「いいなぁ……」
「言ってくれないなら、言わせてみればいい。そーゆープレイとしても悪くないぞ。あえて恥ずかしいセリフを鷹乃に言わせたりするぞ♪」
「どんなこと?」
「姫自身が、こんなこと恥ずかしくて言えないけど、してほしい、みたいな、ことだ」
「……………………」
いのりが頬を赤くして目を潤ませる。智也がいやらしく微笑んだ。
「おっ♪ その顔は考えてるな」
「教えませんよ。三上先輩には」
「だろうな。ちなみに言うだけじゃなくてボディペイントすると、もっと盛り上がるぞ。ラブラブな言葉でもいいし逆に侮辱的なのとか、自虐的なのも面白い」
「自虐的って?」
「たとえば、処女です、とか、逆に、ヤリマンです、とか、イッシューのチンポください、みたいな卑猥な言葉を描いてもらって、コート一枚羽織って散歩してから部屋に戻って抱き合うとかな」
「私がイッシューに描くのはアリですか?」
「いいんじゃないか。いのり専用、女子厳禁、手を出したら呪い殺す、ドロボウ猫はシュレディンガーの刑に処す、とかな」
「ううっ♪ イッシューに会いたくなっちゃった」
いのりと智也は熱っぽく話し込んだせいで、二人とも血が騒いできた。もう文化祭の準備を今日中に終わらせることなど、どうでもよくなって帰って恋人と身体をからめたい衝動が若い血潮を熱くして身体を駆けめぐる。いのりは他の男子に訊いてみたかったことを、この機会に訊いてみることにした。
「三上先輩は、好きな人のおしっこなら飲めます?」
「美味しくはなかったけど、まあ、たまに飲む」
「飲ませたりも?」
「ん~……それは、ないなァ。口の中に射精したときは飲んでくれるけど。今度、鷹乃がいいなら試してみよう♪ あ、そうだ。姫に、いいテクニックを教えてやろう」
「はいっ?」
「フェラで先にイかれそうになったとき、半殺しのいいテクがある」
「半殺し……」
「生殺しでもあるけどな。彼氏が射精するタイミングは、わかるか?」
「だいたい、わかるようになってきたかなぁ…」
「射精タイミングに合わせてチンポの根元をギュッと圧迫するんだ」
「圧迫、ですか?」
「首の動脈でも強く押さえれば血が止まるように、射精も圧迫されれば止まってしまう。脳としてはイってるのに、射精は無い、もしくは最小限に精液が滲むくらいで終わるから、萎えても回復が早いし、二回目の勃起力も強いし、そのわりにイきにくさもあって一石三鳥だぞ」
「へぇぇ♪ そんなテクがあるんだぁ」
「とくに姫なら、その長い髪でチンポの根元を絞めれば確実に止まりそうだし、プレイとして面白いぞ」
「はい。……あの、そろそろ今日は終わりにしませんか。やっぱり今日中に終わるのは無理そうっていうか…」
「そーだなぁ…」
二人とも盛り上がってしまい恋人に会いたくなったので当初の目的を変更しようとしたが、二人の携帯電話が鳴った。いのりと智也は同時に、それぞれメールを開いた。
((会いたい))
カナタとクロエから用件だけの短いメールが着いていた。
「「…………………………………………」」
いのりと智也は黙って携帯電話の液晶を見つめ、それぞれポケットに片付ける。
「「………………………………………………」」
「ど、どうしたんすか? 二人とも」
「いや、別に…」
「何でも…」
「そんな風には…見えないつーか…」
さっきまでオレが入る余地もないくらいエロエロに語り合ってくせに、今は親の命日みたいに悲痛な顔で沈んでるし、いのりちゃんなんか顔色まで悪くなってる、拓は作業を続けつつ二人が心配になる。
「あのォ~、ホント、大丈夫っすか?」
「ああ、気にするな。ちょっと考え事したいから黙っててくれ。すまん」
「はい……。いのりちゃん、大丈夫? 気分でも悪い?」
「平気…です…。気にしないで…ください。…少し…話しかけないで…ください…ごめんなさい。少しだけ……考えたいことがあるから…」
「……………………」
拓は心の中でタメ息をついて作業を一人で再開する。しばらくして考え込んでいた智也が話しかけてきた。
「川本、ちょっと頼まれてくれるか」
「はい、何っすか?」
「そこのノコギリで、この角材を意味もなく切り続けてくれ。なるべくノコギリの音が響く感じで」
「は…はぁ…いいっすけど」
「ノコギリの音だけで余計なことは言わなくていいからな。すぐ、済む」
「は~い」
拓が言われた通りにノコギリを使い始めると、智也はトンカチを持って意味もなく釘を打ちながら携帯電話を開き、クロエにコールする。幸蔵から社用として与えられた携帯電話は会社との連絡より、クロエとの連絡用になっていた。
「もしもし、オレ」
(智也♪ すぐ電話してくれるなんて、うれしいです)
「悪いんだけどさ。文化祭の実行委員あてられたって言ったろ?」
(はい…。まだ学校ですか?)
「ああ」
智也はトンカチを使って音を響かせながら、作業の真っ最中である雰囲気を電話の向こうへ伝える。
「しばらく終わりそうになくてさ。ごめん」
(いえ、そーゆーことなら仕方ないですから)
「じゃあな」
智也は電話を切ると、拓に礼を言う。
「サンキュー。もういいぞ」
「いえ、このくらい……。電話の相手、誰なんすか?」
「バイト先のおばちゃん。今日もシフトに入ってくれって言われたけど断った」
「ふーん……」
そんな感じには見えないけどな、まあ、いいや、拓は気を取り直して作業を再開しようとしたが、いのりが角材とノコギリを拾い上げた。
「すいません、川本先輩、さっきと同じこと、してくれますか。私も電話したいところがあるから」
「い、いいけど…」
「お願いします。あ、三上先輩、トンカチを使ってもらってもいいですか。そのへんの釘を意味なく…」
「あ? ああ、いいぞ」
智也も言われたとおりにトンカチを使う。いのりはカナタへコールした。
「もしもし、私です」
(いのっち♪ すぐ電話してくれるなんて、思わなかったよ♪)
「悪いけど、文化祭の実行委員をしなきゃいけないの」
(え~~…そんなのEじゃん)
「今も作業の最中だから」
(いつ、終わるの?)
「しばらく終わりそうにないの」
(う~……いのっちに、会いたい)
「もう、切るから。……メールなら空き時間に返事するから。じゃ」
いのりは電話を切り、智也と拓へ礼を言う。
「ありがとうございました」
「ああ」
「いのりちゃんのためなら、このくらい、ぜんぜんオッケーだって♪ 電話の相手、誰だったの?」
「ごめんなさい。ちょっと気分が悪いから」
いのりはトイレへ行ってしまった。智也は意味もなく打った釘を抜きつつ黙って考え込む。
「…………」
クロエのことを疑っていたが、あの子は誰にも言わないでいてくれたんだ、本当に悪いことをしたな、オレは、けど、だからってクロエに優しくしてやれば期待と誤解をもたせてしまって余計に傷つけるだけだろう、かといって完全に距離を置くこともできないし、今さら肉体関係があるのに妹みたいに可愛がることもしてやれない、どうしたものかな、智也がタメ息をついていると、いのりが戻ってきた。
「…すいませんでした…」
いのりは先輩二人に謝って作業を再開する。けれど、ほとんど集中できていない。
「…………」
カナちゃんのこと、どうしたらいいの、ほたるさんは加賀先輩を盗っちゃうし、そんなこと知ったらカナちゃんは壊れちゃう、だけど、私がカナちゃんのこと慰めてあげることだって、もう限界、気持ち悪くてできないよ、身体が完全に拒否してる、せめてメールくらいなら交信できるけど、声を聞くだけでも吐きそう、けど、このままカナちゃんを突き放したら、どうなっちゃうかわからない、いのりは悲痛な面持ちで胸ポケットから出したソウチンニャン人形を握り締めて祈っている。あまりに二人の空気が重いので拓は帰りたくなった。
「あの~ォ」
この人ら、完全にやる気なくしてるし、テンション三億ビートくらい下がってる、雰囲気暗くて息がつまっちまうぜ、拓は絵の具を投げ出した。
「今日は、もう、ここまでってことにしませんか?」
「……。そうだな」
「……。そうですね」
智也たちは簡単に後片付けをして、美術室を出る。
「じゃあ、また明日。放課後、ここにな」
「「は~い」」
後輩たちを見送った智也は帰宅することにした。
「久しぶりに早く帰って鷹乃と過ごそう」
いつも仕事で遅くなるパターンばかりだったので日が暮れる前に三上家の玄関を開いた記憶が遠い。
「ただいまァ♪」
智也が玄関ドアを開くと、鷹乃は電話を終えたところだった。誰かと話していた鷹乃は受話器を置くと予想外に早く帰宅した智也に驚き、それから慌てて顔を隠した。
「っ…」
「なんで、顔を隠すんだよ?」
「なっ…何でもないわ。ど、どうして、こんなに早く?」
「ああ、文化祭の用意ってことでバイトを休んだのに、あっさり後輩どもが気力を無くしたから、とりあえず今日は帰ることになったんだ。この頃、鷹乃と過ごせる時間がないしさ。で、鷹乃、何を隠してるんだ?」
「………」
鷹乃は智也に背を向けて顔を隠している。
「…な…何でも……ないの…」
「鷹乃、ウソは信じてもらえるようにつけよ?」
智也は後ろから鷹乃を抱きしめて囁く。
「何を隠してる? 見せないと、このまま裸にして公園で散歩させるぞ♪」
「っ…、…二人とも逮捕されるわよ」
「素直に謝れば、厳重注意で済むさ」
「………」
「何を隠してる? どうしても、隠さなきゃいけないことなら遠慮するけど、残念だな。鷹乃に隠し事されるなんてな……たはーっ…」
智也がタメ息をついてみせると、鷹乃は戸惑いながらも顔を隠すのをやめた。
「……笑わない?」
「耐えられる限り、耐えよう」
「っ…やっぱりイヤ!」
「笑わないっ♪ 笑わないから見せてみろよ?」
「……………………」
鷹乃が諦めて振り返る。智也は鷹乃の顔を見て驚いた。
「…これは……また…」
「……………………」
鷹乃は薄い化粧をしていた。
「女って……すごいな…。…こうも……化けるのか…」
「っ…やっぱり変なのねっ?!」
「いッ、いや! 可愛い! っていうか、美人! 美しい系だ!」
「……系って……なによ……」
「今まではスポーツ系ナチュラル美人属性だった」
「………勝手に分類しないで、私は種類の多い甲虫類じゃないわ」
「うむ、進化したんだな」
「……一世代で?」
「なら、変態か?」
「………誉めてる、のよね?」
「もちろん♪ 水中を泳いでたヤゴが羽化して空を飛ぶトンボになるみたいに。完全変態した鷹乃は一皮むけてるぞ」
そう言って智也が短いキスをする。鷹乃は完全変態という昆虫学用語を使ってくれた恋人の言い回しが気に入って抱きつく。二人の唇が離れるとリップグロスの色が智也にも移っていた。鷹乃が指で智也の口元を拭く。
「口紅の色が移ってしまったわ」
「口紅って、そーゆー欠点があるのか。見た目はいいのにな」
「……本当?」
「ああ。すごく似合ってる。見違えた」
しげしげと智也は化粧をした鷹乃を見つめる。
「変わったな。鷹乃……、いい妻をもってオレは嬉しいぞ♪」
「……あまり……見ないで……」
「裸になってみろよ」
「……………」
返事はしなかったが、鷹乃は服を脱いで裸になる。
「ダイエット成功したんだな」
「……気づいて、いたの?」
「日に日に抱いたとき、重くなっていたからな」
「……………………」
「けど、今の鷹乃、最高いいな」
智也は両手で鷹乃の身体を撫でる。がっちりと競泳選手らしい筋肉がついていた肩や背中が女性らしい丸みに変わり、一時的に太ったことで競泳水着で押し潰されていた乳房が年齢相応に発達してきている。女性として理想的な身体になっていた。
「身体もいいし、化粧もいいな。化粧品を買うの、小遣い、足りたか?」
「うん………少し食費も回したけれど…」
「ははは♪ 鷹乃が食べない分だから、けっこうな額になるな♪」
「………。もう二度と、あんなに食べたりしないわ」
鷹乃は悪夢を振り払うように過去の自分を忘れようとする。
「あれは、あれで食べっぷりは可愛かったけど、どんどん太られるのはオレとしても悲しいからな。ホント、見違えるくらい美人になったなぁ……」
智也は誉めながら鷹乃の乳首を吸った。
「あんっ…」
「しようぜ」
ソファへと妻を導き、カーテンも閉めずに性交する。いつもより深く愛し合った後、鷹乃は裸のままエプロンをする。
「お夕飯は何が食べたい?」
「うーん……鷹乃♪」
「今、食べたばかりでしょう」
「おかわり♪」
「………。お腹、空いてないの?」
「学祭の準備で弁当を食べたから。鷹乃は?」
「……私は……あと200グラムくらいダイエットしたいから…」
「それで目標達成なわけか?」
「ええ」
「じゃ、二回目は騎乗位で鷹乃が上になって運動するってのは?」
「いいわよ」
鷹乃は裸エプロンのまま智也に跨る。ちらりとガラス越しに隣家へ帰宅した彩花と目が合い、彩花が「カーテンくらい閉めなさいよ」と唇の動きでタメ息をついたことがわかったけれど、鷹乃は気にしないことにした。