翌朝、鷹乃は智也の部屋ではなく、その隣の部屋で目を覚ました。鷹乃が覚悟していたようなことは昨夜はなかった。前の晩に徹夜していた智也は風呂からあがると、すぐに熟睡してしまったので、鷹乃は案内されていた隣の客室で眠った。
「……………………」
おそらく智也に弟か、妹でもいれば使っていただろう空き部屋には客用のベッドと寝具、簡単な家具がそろっている。
「贅沢な話ね」
物心ついたときから、本屋の二階に住んでいる鷹乃にすれば、叔父夫婦と和布団を三つ並べて寝る生活から比べると、客室まで用意できる家の広さは贅沢に思える。
「彼は、もう起きているかしら」
廊下に出て隣室の気配を窺うと、まだ智也は眠っている様子だった。鷹乃は一階へ降りて洗顔をすませて、朝食を作り始める。その途中で玄関のチャイムが鳴った。
「こんな朝早くに……」
鷹乃は玄関へ向かったけれど、自分が応対していいとは思えず智也を起こすべきか迷っていると、ドア越しに声が聞こえてくる。
「そこにいるんでしょ。寿々奈さん」
「……桧月さん…」
「開けてよ。ちょっと話があるの」
「…………」
鷹乃は玄関を開けた。
「話って何かしら?」
「結局、泊まったんだ?」
「……、ええ」
「………。そう……もういいけどね、幼馴染みだからって智也のやることに干渉するのもやめるから」
「………話はそれだけ?」
「……………………。それだけのつもりだったけど、やっぱり一つ言っておくことにする」
「何かしら?」
「私は寿々奈さんのこと嫌いよ。智也は気に入ってるかもしれないけど、それって外見だけの話でしょ。だから、干渉はやめても監視はやめない」
「……………………」
「じゃ」
彩花が立ち去ると、智也が降りてきた。
「誰か来たのか?」
「………。…よく、わからないわ」
「ふーん……新聞勧誘とかじゃないか?」
「そうかも……」
「で、マリンランド、行くんだろ?」
「うんっ!」
鷹乃がとてもいい返事をしたので、智也も微笑んだ。二人で朝食を摂り、すぐに出かける。昼過ぎまでかけて鷹乃が乗りたいといっていたアトラクションを全てこなしたが、意外な人物に園内で出会った。
「白河さん…」
「白河……あいつ、一人で何をやってるんだ」
ほたるが一人で園内を歩いていた。誰かと待ち合わせしている様子もなく、ただ一人で乗り物に乗ったり、ドルピィ君グッズを眺めたりしている。
「鷹乃とのデート中に悪いんだけど、あいつ、ほっとくと自殺とかしそうで怖いんだが……声かけてもいいか?」
「ええ、私も、それが心配……、私が声をかけるわ」
鷹乃が声をかけてみる。
「白河さん」
「……え? ……あ、…鷹乃ちゃん?」
「ここで何をしているの? 一人?」
「………一人だよ………、想い出をカバンにつめてるの」
ほたるは意味不明なことを言った。
「鷹乃ちゃんは? 誰かと……あ、三上くんと……ふふ♪ 仲良くなれてよかったね。羨ましいよ」
「…………それは……その……いろいろと……ごめんなさい」
「謝らないでよ」
「…………」
鷹乃が言葉に困っていると、智也が率直な忠告をする。
「おい、白河。お前、自殺とかするなよ」
「三上くん………うん、ありがとう。大丈夫、それも考えたけど、ほたるが、そんなことしちゃったら、お姉ちゃんもパパもママも悲しむから」
「そ、…そうか。わかってるなら、いい……。で、これから、どうするんだ? 一人ならオレらと回らないか?」
「ううん、デートの邪魔しちゃ悪いよ。それに、ほたるもケンちゃんとデート中だから」
「「……………………」」
やっぱり現実を見てない、智也と鷹乃が病院に連れて行った方がいいか戸惑っていると、ほたるは微笑んだ。
「大丈夫、そんな目で見なくても、わかってるから。ほたるはケンちゃんにフラれちゃった………でも、ほんの半年だったけど、確かにケンちゃんと付き合っていたから、想い出はいっぱいもらったの。このマリンランドにも春休みに来たし、だから、ウイーンに行く前に想い出をつめておきたかったから」
「ウイーン?」
「コンクールで金賞をとるとウイーンに留学しないといけないの」
「ああ、月末の……そうか……白河なら確実だもんな」
「だから、ケンちゃんとは、どの道、お別れしないといけなかったから……きっと、バチが当たったの。大事なことをケンちゃんに言ってなかったバチが……」
「………。バチはともかく、コンクールは見に行くから頑張れよ」
「うん」
ほたるは微笑んで、それからポケットから男物の腕時計を出した。
「これ捨てようと思ってるんだけど、三上くん、使ってくれる?」
「捨てるって、お前それ、12万円以上もするスピードモンスターだろ?」
「ケンちゃんが要らないって………ほたるも要らない……けど、捨てちゃうのは、この子に可哀想だから……三上くんが使ってくれるなら、時計も喜ぶかなって……あ、でも…」
ほたるは鷹乃を見て、押しつける気を半減させた。
「鷹乃ちゃんがダメって言うなら、翔たんにでも………」
「白河さん……」
「悪い、オレは受け取れない。たぶん、中森も辞退するだろ」
「……そっか…」
「あ、加賀なら受け取るかも。あいつ、こだわりとか皆無な男だから、気にしないで普通に使うかも」
「うん……会えたら、渡してみる。じゃあ、お二人はお幸せにね」
ほたるは二人に別れを告げると、歩き出した。もう園内で健と巡ったコースは終わったので街へ戻る。
「……加賀くんか……」
たしかに彼の人柄なら受け取ってくれる気がする、カナタも怒らないかもしれない、ほたるはケータイで連絡を取った。すぐに行くと、正午は答えてくれた。ほたるは駅前で待ち合わせることにして、ぼんやりと改札口を眺めていた。
「……てるてる坊主♪ てる坊主♪ あーした天気にしておくれーぇ…」
童謡を一番だけでなく、二番、三番まで歌い、さらにオリジナルの即興曲を歌う。
「てるてる坊主の♪ テは天気のテ♪ テルテル坊主の♪ ルはル~ル~ル~♪」
非音楽的なリズムを口ずさみ時間を潰していると、改札口から見知った顔が二つ、流れ出てきた。
「っ…、…ケンちゃん、……トトちゃん…」
ほたるは信じられない光景を見て、とっさに隠れる。健と巴は恋人のように寄り添って歩いてくる。ほたるに気づかず、なにか楽しそうに会話している。
「イナも律儀ね」
「誕生日は大事だよ」
「別に気にしなくていいよ。まだ付き合い始めたばっかりでプレゼントもらうのも、なんかあつかましいから」
「そんなことないよ」
「とか言ってプレゼントくれて、代わりに私の大事なもの奪っちゃうなんて計画してない?」
「トトの大事なもの?」
「とぼけなくても♪」
「とぼけてないよ」
「ホントに? 私のバージン狙ってるんじゃないの?」
「バっ、バっ…バージンっ?!」
「そんな大声で言わないでよ。みんな見てる。ふふ♪」
「ボ……ボクは…」
「でも、イナになら……いい……かもよ? 明日で私の17才も終わりかぁ…」
恥ずかしそうに嬉しそうに巴は微笑みながら、ほたるに気づかず通り過ぎていった。
「……………………そっか…………………そうだったんだ……………、ケンちゃんの……新しい恋人………トトちゃんなんだ」
ほたるが泣きそうな顔をして佇んでいると、正午が声をかけてきた。
「オレ、あの二人と同じ電車だったんだ」
正午の視線の先にも、もう遠くなった健と巴がいた。
「ほたるちゃんが許可をくれるなら、オレは二人とも殴ってやりたい」
「加賀くん………」
ほたるの許可を待たずに正午が駆け出す。
「殴ってくる」
「待って!」
ほたるは正午の手首を握った。
「止めるなよ、ほたるちゃん。あの二人は…」
「いいの! やめて、加賀くん!」
「……。けど…」
「いいの。もう、いいの。きっと、トトちゃん、気づいてないから」
「気づいてないって……そんなこと、ありえるか?」
「…………。もう、いいの。それより、ほたるのお願いきいてほしい」
「ああ、どんなことでも! かなえてやる! さあ、願いを言え! どんな望みも一つだけ…いや、いくつでもかなえてやろう! とくに伊波を殴る蹴るするのは大賛成だ」
「………。それは、もういいから、これを受け取って」
ほたるは押しつけるようにスピードモンスターを正午に渡した。
「これって………」
「お願い、加賀くんが使ってあげて」
「……………………」
「どんな願いもかなえてくれるんだよね? 捨てちゃったら、この子、可哀想だから」
「…………………………。わかった」
正午は受け取ると、すぐに手首へ巻いた。
「ほたるちゃんの気持ち、受け取った」
「ありがとう、加賀く…んっ?!」
ほたるは礼を言う唇をキスで塞がれて驚愕した。
「んんっ?!」
正午がキスを続けてくる。あまりにも自然な動作でキスをされたので抵抗のタイミングを逸してしまった。驚いて硬直していると、正午がゆっくりと離れてくれた。
「オレも前から、ほたるのこと好きだったよ」
「ぇ………………………って!! 加賀くんにはカナタちゃんがいるでしょ?! いきなり何するの?! こんなことカナタちゃんに言えないよ!!」
ようやく大声で批難することができたが、正午は不思議そうな顔をする。
「あいつとは別れたし、なんで怒ってるの?」
「な、なんでって…今、ほたるに……キス…」
「だって、これくれたから、オレと付き合おうって、そーゆー意味だと想ったけど…? 違うの?」
「ち、…違うよ! ただ単に捨てるくらいなら誰かに使ってほしかったの!!」
「……………………。……ごめん」
正午は勘違いに気づいて謝った。
「けどさ」
勘違いには気づいたけれど、愛おしさにも気づいた。
「オレ、ほたるが好きだ!」
「っ?!」
ほたるは抱きすくめられた。
「は、離して!」
「好きだ」
「す……だって! カナタちゃんがいるでしょ?!」
「あいつとは別れたんだって」
「そんな……話……聞いてないよ」
「あんなワガママな女に付き合ってられない! ずっと、ほたるの方が好きなんだ」
「そ…んなこと……言われても……」
「好きだ」
「……………………」
ほたるの意識が抵抗する気をなくしていく。ずっと淋しかった身体の方は抱かれた瞬間から抵抗していない。暑い日なのに、人の体温が恋しい。フラれて疼いていた胸の痛みが少しずつ癒えていくのが、わかる。フラれただけでも苦しかったのに、その相手が親友の巴だと知り、もう気が狂いそうだった。それなのに、こんな風に抱きしめられて好きだと言われると、ほたるは正午の言葉を信じたくなってしまった。
「……………加賀くんの……バカ…」
ほたるが諦めると、正午がキスをしてくる。二度目のキスが終わると、ほたるは大切なことを告げる。
「ほたるは、今度のコンクールに優勝してウイーンに留学しないといけないんだよ? ほたるはウイーンに行っちゃうの。それでも、いいの?」
「どこだって関係ない」
正午が抱いてくれる力を強めてくると、ほたるも抱き返した。
「こんなはずじゃなかったのに……ほたる、これじゃ日本に未練ができて……ウイーンにいるの、つらくなっちゃうかも…」
ほたるは目を閉じて三度目のキスを求めた。
翌日、唯笑は計画が崩れて困っていた。ほたると電話で話している。
「そっか、ほたるちゃんは欠席かぁ…」
「ごめんね。どうしても外せない用事ができちゃって。トトちゃんには、おめでとう、って伝えておいて」
「うん、伝えとくよ。じゃ」
唯笑は電話を切ると、タメ息をついた。もともと、ほたるのために計画した巴の誕生会なので主役が欠席するのに等しい事態だった。さらに、唯笑のケータイが鳴る。正午からの着信だった。
「もしもし、唯笑です」
「ああ、オレ、加賀正午。悪いんだけどさ、今日のトトのパーティー行けなくなった。ごめん」
「ええーっ?! 正午くんまで~ぇ?!」
「悪い。トトには地獄へ堕ちろっていっておいてくれ♪」
「………。正午くんのバカっ!!」
唯笑が電話を切ると、また着信が入る。カナタからだった。
「もしもし…唯笑です…」
「ごめん、唯笑ちゃん。アタシ今日の集まり行けなくなった」
「えーーっ?! どうしてぇ?!」
「急遽、雑誌の表紙撮影が入ったの。ごめん! ホントに、ごめん! 今度埋め合わせするから、許して」
「うーっ……お仕事なら仕方ないよね……うん、みんなに言っておくよ」
残念な気分で電話を切ると、さらに着信が入ってきた。
「ううっ……うーっ……まさか、トモちゃんまで…」
着信は三上家の固定電話からで、唯笑は受話するのが怖くなった。
「トモちゃん………彼女できたから……」
受話を迷っていると、コールが終わってしまった。
「そんなすぐに……」
唯笑がコールの短さに文句を言いたくなると、今度は今坂家の固定電話が鳴る。これは、かなり連絡を取りたがっている感じだった。すぐに母親から呼ばれて、仕方なく受話する。
「もしもし、唯笑です。ただいまパーティーの欠席は認めていません。ファクシミリの方はピーという発信音のあとに…」
「お前、何をバカなこと言ってるんだ?」
「だって、みんなドタキャンするんだもん!! トモちゃんは欠席しないよね?! ね?!」
「まあな。で、みんなって全員ドタキャンか?」
「ううん、ほたるちゃんと正午くん、カナタちゃんから欠席って」
「なんだ、あの三人か。って、加賀と黒須はともかく白河が来ないなら意味ないだろ?」
「そーなの! どうしよ?!」
「どうしようって言ってもな。ケーキとか用意してあるんだろ?」
「うん♪ バッチリ♪」
「じゃあ、せっかくだし、トトにサプライズでいいんじゃないか? まだ、トトには秘密にしてあるにしても、トトのために用意したのを、別の会に変更するのも変だしさ。それか、唯笑一人で喰え。一人パーティーしてろよ♪」
「ひっどい! トモちゃん、ひどいよ!! 唯笑一人で食べたら太っちゃうもん!」
「喰いきれること前提かよ。で、誰が来るんだ? どれだけ集めてる?」
「うんとね。唯笑と、彩ちゃんと、みなもちゃんと、トモちゃん♪ のんちゃんと、りかりんちゃん」
「結局、いつもの藍二中のメンバーか」
「うん。でも、あと一人、音羽さん…って知ってる?」
「知らん」
「かおるちゃんは去年、澄空に転校してきたお友達なの♪」
「転校? 双海じゃなくて?」
「うん、双海さんとは……あんまり友達じゃないから…、どうして、トモちゃんが双海さんのこと知ってるの?」
「オレの情報網は神の手だ♪」
「………。神の手だけど、音羽さんは知らないんだ?」
「むむ、いい反撃をするようになったな。まあ、とにかく、オレの用件はさ、欠席の逆で、もう一人参加させてほしいって話なんだ」
「え? もう一人? うん、いいよ! 歓迎大歓迎♪」
「誰かも聞かずに即答でいいのか?」
「だって、パーティーは多い方が楽しいもん♪」
「……。ま、その希望的観測は加賀と同じく唯笑のいいところだからな。で、連れて行くのはオレの彼女の鷹乃だから、そこんとこ、よろしく」
「うん♪ 彼女さんにも、よろしくね」
予想範囲内の招待だったので、唯笑はこころよく受け入れることにした。持っていく物をまとめると家を出る。すぐに彩花と出会った。
「あ、彩ちゃん♪」
「幹事ごくろうさま。どんな調子?」
「トモちゃんが彼女さんも連れてくるって♪」
「あの子を……、ふーん……」
振り返って三上家を見ると、智也と鷹乃が出てくるところだった。すぐに彩花たちと合流する。
「白河が欠席ってのは残念だけど、トトが驚く顔は見物だな」
「うん♪」
「それより、どうして寿々奈さんまで参加するの?」
「別にいいだろ?」
「悪いとは言わないけど、トトと面識ないのに参加しても面白くないかもしれないよ? 智也が無理に連れ回してるなら、やめてあげたら?」
「そーゆー…わけじゃなくて……まあ、…加賀以外は女の子ばっかりだって知ったら、鷹乃が……、それに加賀も欠席だしさ。オレも彼女いるのに、彼女じゃない女ばっかのパーティーにいても…な?」
「ふーん……」
「私の意志で参加するのよ。桧月さんには関係ないわ」
鷹乃が睨むと、彩花も一瞬だけ睨み返して、話題をかえる。
「私は唐揚げとポテトサラダを持ってきたけど、唯笑ちゃんは?」
「ケーキだよ♪」
「智也は?」
「鷹乃が作ってくれた唐揚げと、あとは途中でコーラでも買い込もうと思ってる」
智也は言った通り、同じ藍ヶ丘にある巴の自宅に一番近いコンビニで飲物を買い込み、目的地に到着した。ちょうど、花祭果凛と野乃原葉夜が乗ったリムジンも駐まり、伊吹みなもも先に着いていた。
「あとは、かおるちゃん……あ!」
唯笑が音羽かおるの姿を見つけた。ワクドナルドの大きな袋を持っている。合流して、お互いに簡単な挨拶を済ませると、いよいよ巴の家へ突入することになる。
「よし。オレが考えた作戦を告げる」
智也が中学の頃のように、余計なことを考えると葉夜が喜んだ。
「秘密のオペレーションだね♪」
「うむ、オペレーション・トト・ブレイクだ」
「壊して、どうするのよ。いいから、普通にチャイムを鳴らしなさい」
「彩花よ、お前にはサプライズの意味がわかってないぞ」
「うれしいビックリと、驚愕させるのは別よ」
「まず、トトの家は玄関、勝手口の二つが主な浸入経路だ」
智也は彩花を無視して、作戦図を宙に描く。
「玄関からの浸入は察知されやすい。勝手口のドアなら鍵がかかっていても、のんが突破できるな?」
「任せて♪ 秘密のピッキングで楽勝だよ」
「「「「「……………………」」」」」
なんで、そんな特技を持ってるのだろう、と思っている者を代表して、かおるが問いかける。
「あのさ。もしかして、私たちを犯罪に巻き込もうとしてない?」
「大丈夫だ。住居侵入は被害者が訴えなければ、犯罪じゃない♪ トトは笑って許してくれる。さ、行くぞ、のん!」
「イェッサー♪」
葉夜を先頭にして勝手口へ回る。ドアの鍵はかかっていなかった。智也が嗤う。
「うかつなヤツめ」
静かに智也と葉夜が家の中に滑り込み、あとに続くメンバーをも招く。仕方なく全員が勝手口から入った。
「勝手口なだけに勝手に入れたぞ♪」
「おお♪ ほたる的ギャグだね。ピース♪」
「どっちかというと、智也的屁理屈よ。で、どうするの? 気配としてはトトは二階にいるみたいだけど?」
「そうだな。まずは料理をテーブルに広げて、即パーティーって準備を静かに整えよう。で、電話かチャイムでトトを一階へ呼んでサプライズだ♪」
「トモちゃん、賢い♪」
唯笑がテーブルの真ん中へケーキを置くと、彩花たちも持ってきた料理を並べる。すっかり準備が整った。果凛が手際の良さと非常識さにあきれて肩をすくめる。
「ホント、あなたたちに付き合うと、いつもこうね。あきれるでしょ? 寿々奈さん、音羽さん」
「「え……ええ…」」
かおると鷹乃は反応に困りつつも否定できなかった。全員にパーティー用のクラッカーが装備として配られ、いよいよトトを迎える段階になった。
「よし、彩花。ケータイでトトの家電話を鳴らせ」
「はいはい」
彩花がコールする。
「…………………………………………」
リビングにいる智也たちの、すぐ近くで固定電話が鳴り始めるが、二階に感じる巴の気配は動かない。
「居留守する気なの……」
「もっと、しつこく鳴らせば、諦めるだろ」
「そうね」
彩花がコールを続けると、二階の気配が動いた。ベッドから降りる足音と、急いで身支度をする音が聞こえて、さらに階段を駆けおりてくる足音が近くなる。
「来た! 全砲門っ撃て!」
「秘密のファイヤー♪」
巴は階段を降りきると、いるはずのない友人たちがリビングにいるのに気づいた。
「なっ?!」
連発するクラッカーの音とカラーリボンの集中砲火を受けて巴が驚きのあまり完全停止する。カラーリボンが巴の身体に巻きつき、下着一枚だった彼女の身体を、ある程度は隠してくれた。
「…あ……あんたたち……いつの間に…」
「ピーース♪ 誕生日おめでとう! トトちゃん!」
「トトちゃん、おめでとう!」
葉夜や唯笑が祝辞を浴びせる中、果凛と彩花がそばにあったタオルを肩と腰に巻いてくれる。
「トト、夏とはいえ、そんなカッコで降りてくるから。………」
彩花が智也の方を見ると、智也は目を閉じて笑顔で祝福する。
「誕生日おめでとう。よく育ってくれて、パパも嬉しいぞ」
「………………。あいつ、殴っていい?」
巴は思いっきり智也を殴った。目を閉じたままだった智也が床に転がる。
「ぐほっ……いいパンチだ。強くなったな、娘よ」
「まったく! あんたらの非常識さにはあきれるわ! 人の家に勝手に上がり込んで!」
文句を言いつつも、智也が痛みに耐えながら、ちゃんと目を閉じたままでいることと、テーブルの上に並んだ心のこもった料理を見て、巴は笑顔になった。
「もう……みんな…、……忘れられてるかと思ったのに、……ありがと♪」
巴は礼を言ってから、うれし涙を少し拭いた。
「今年の誕生日は、いいことばっかりね」
「トトちゃん、そのカッコ………ちょっとキレイかも…」
「秘密のドレスだね♪」
巴の身体に巻きついたカラーリボンが奇抜なドレスにも見えるようだった。
「ふふふ♪ ウェディングドレスを着る日も近いかもよ?」
「あのさーっ」
果凛が呆れてタメ息をつく。
「いくら三上くんが目を閉じてるからって、そろそろ恥ずかしがるとか、服を着るとか、しなさいよ」
「きゃは♪ 忘れてた」
巴が二階へあがっていく。少し待つことになると、果凛は鷹乃からの不思議そうな視線に気づいた。
「あら? 何かしら、寿々奈さん。わたくしの顔に何かついていまして?」
「い……いえ、…そうでは…ないわ…」
「うふふ♪ わかってる。すっごい意外だったんでしょ? 私がさーっ、こんな普通の喋り方するなんてさ♪ ずっとお嬢さまだったのに~ぃ、みたいなね? うん、そう。猫かぶってるの。まあ色々あるわけよ、私の家での立場も。でも、こっちが素顔だから、よろしくね」
「そ…そう……私は、別に…、今の…あなたも……いいと思うわ」
「ありがと♪ 私も三上くんと付き合いはじめた寿々奈さん、いいと思うよ。前と違って、すごく女の子になってる」
「…………………それ、誉めてるの?」
「うん♪」
果凛は微笑んでから、その微笑みを凍りつかせた。服を着た巴が二階から、健を連れて降りてきたから。
「へへ~ん♪ みんなに紹介するね! 私の彼氏♪ イナこと、伊波健くんでーーす♪」
「わーーっ♪」
「へーーーっ♪」
唯笑と彩花、みなも、かおるの澄空学園サイドの四人は紹介された健の顔を見て、ごく普通の反応をする。けれど、浜咲学園に通う果凛、葉夜、鷹乃、そして智也は凍りつき、健も見知った顔がいることに硬直している。
なぜ、ここに、という疑問が頭の中を吹き荒れる。
「イナといい、パパといい、みんなといい、私の誕生日をちゃんと祝ってくれるなんて、ホント嬉しいよ。ありがとう♪」
屈託無く巴が微笑む。その微笑みは巴の演技力を考慮しても、ほたると健の関係を知らなかったとしか思えないほど明るく、罪悪感の欠片もない。
「そういえば、イナとトミーって同じ学校でしょ? お互い、知らない?」
「ぇっ…………」
健が返答に窮し、智也も判断に時間を要したが、答える。
「同じ学校でも生徒も多いしな。あまり見かけないな。な、鷹乃?」
「………。ええ、…こんな人、知らないわ」
鷹乃も智也に同調して、吐き捨てるようにいった。果凛と葉夜も知らなかったフリをするけれど、さすがに空気がおかしいことに巴も気づいて、微笑む。
「あれ? なんか私、ミスってる? 空気読めてない?」
「「「「…………………」」」」
智也と鷹乃、果凛、葉夜がお互いの出方を決めかねている。ほたるのことを言うべきか、ほたるは巴と健のことを知っているのか、健は今の彼女と先週までの彼女の友好関係を知っているのか、いろいろと考えてしまい、空気が重い。
「きゃは♪」
巴は、それを笑い飛ばした。
「いや、もう、みんなが悪いんだよ。いきなり家に入ってくるからさ。電話だと思って降りてきたから、あんなカッコだったの♪ まあ、気づく人は気づいてるみたいだけど、あんなカッコでイナといたってことは、そーゆーことです。はい、この話は、これでおしまい」
この底なしの明るさで、ほたると健のことを知っているはずがないと浜咲学園のメンバーが判断して、智也と果凛はペットボトルの蓋を開ける。
「さ、パーティーを始めましょう。のん、そっちのお皿を並べて」
「うん♪」
果凛と葉夜が明るい空気をつくると、唯笑と彩花も同調する。かおるが持ってきたワクドナルドのポテトやナゲットを広げつつ、誰も言わないのでやむなく言うことにする。
「あのね。トトと彼氏さん」
とても言いにくそうに、けれども言わないとパーティーを始められないから、かおるは告げる。
「できれば、食べる前に、手を洗うって習慣は大切かなって思うの」
「「……………」」
巴と健は先刻まで二階でしていたことを思い出して、かおるの提案に従った。みなもが持参した肉料理を切り分けているのを彩花が見咎める。
「みなもちゃん、それ何の肉? サイズ的に豚でも鳥でもないよね」
「聞かない方が美味しいよ、彩ちゃん。猫じゃないってことだけは教えてあげる」
「………」
「オレは、そーゆーの気にしないぞ」
「さすが智也さん♪」
みなもが喜ぶと智也は誰にも聞こえないように耳元へ囁きかける。
「それ、リアルホットドックだろ? みなも」
「はい♪ 韓国で教えてもらったの。はい、あ~ん」
みなもが切り分けていたナイフで智也の口元へ肉片を運ぶ。
「うむ、美味い」
「あーっ! トモちゃん、つまみ喰い!」
唯笑が声にして文句を言い、鷹乃が黙って、みなもを睨んだ。みなもは睨まれて鷹乃が智也の恋人だということを思い出した。
「智也さんは、やっぱり髪の長い人が好みだったんですね。キレイなポニーテール」
「……」
鷹乃が返事をしない代わりに智也が答える。
「髪で選んだわけじゃないけど、鷹乃の髪型は好きだな。みなものツインテールもよかったのに、こんなスポーツ刈りにして………本当にパパは悲しいぞ」
智也が泣き真似をして、みなもの頭を撫でる。ショリショリと短髪独特の感触がした。
「そう言われても、結えるくらい伸びるには、一年はかかるかなぁ~。どうせ、ちょっとバイトしてお金が貯まったら、今度は南米に行くつもりだから、また男のフリしてないと襲われるし」
「南米か……たしか、双海がペルーから…ん?」
智也は鷹乃に袖を引かれて、みなもの頭を撫でるのをやめた。鷹乃は黙って智也を見つめて、意図を伝えた。
「悪い。みなもは妹みたいなものだからさ。ごめん」
「………。もうしないで」
「わかったよ、ごめん」
智也は素直に聞き入れる。みなもは肩をすくめて、戻ってきた巴と健を祝福する。
「あらためて、お誕生日おめでとうございます♪」
「ありがとう♪ みなもんた」
「……。そのアダ名、やめろって言ったよな? アダ名大魔神、ハルマゲドンするか?」
「ぅっ……なに、そのドスの効いた声………、いつのまに、男役の声色をマスターしてるの?」
驚いている巴に彩花がコーラを注いだグラスを渡す。
「はいはい、主役だからって、はしゃぎ過ぎ。じゃ、みんなにもグラス行き渡ってるね。はい、乾杯の音頭は……そうね、寿々奈さんにやってもらおうかな?」
「え? ……私? ……、でも………私は……飛世さんとは……」
鷹乃が困惑してしまったのを見かねて果凛が名乗りをあげる。
「ここは不肖このわたくしめが乾杯の音頭をとらせていただきたいと思います」
「いいぞ♪ 市議会議員の娘! よっ、大統領!」
「はい、ありがとうございます、三上様。では、こほん」
果凛は可愛らしい咳払いをして一堂を見渡した。
「本日は飛世巴さんのお誕生日を、こうして多くの仲間たちと祝えることを本当に幸せに思います。高校生活も、あとわずか半年ですが、まだまだたくさんの想い出をつくってゆきたいところですし、今日のこの日も振り返れば、いい想い出になっていると思います。では、乾杯いたしましょう。乾杯♪」
「「「乾杯!」」」
パーティーが始まり、各々に会話が盛り上がる。しばらくすると、だいたいお互いの話し相手が決まってくる。かおると鷹乃は中学が別だったこともあって、会話についていけないこともあったけれど、それほど置いていかれることもなく時間が過ぎていく。葉夜との会話を一段落させた果凛が、みなもと話していた彩花に声をかけた。
「ね、桧月さん♪ さっきの乾杯の音頭を寿々奈さんにさせようとしたの、ちょっと意地悪じゃないかな? やっぱり、嫉妬?」
「意地悪? そうかな、ちょうどトトもカップルだから彼氏もち同士で、いい演説してくれるかなって期待しただけよ?」
「ウソ。顔に描いてある。寿々奈さんのこと、気に入らないって」
果凛が声を小さくしたので彩花も小声になる。
「まあ、実際のとこ、ちょっと性格に問題を感じてるけどね。寿々奈さんって学校じゃ、どんな人?」
「うーーーん……それが、三上くんと付き合い始める前と後で、ぜんぜん別人って感じかなぁ……前は、もっとクールで男なんてよせつけないって顔してたよ。私のお嬢さま演技とは別の意気込み方っていうか、肩肘張ってるって意味じゃ同じかな」
「ふーーん…ぁ」
彩花は話題にしていた人物が、こちらを見ていることに気づいた。ずっと、鷹乃は智也の隣にいたけれど、智也が健と話し始めたのと同時に彩花と果凛が自分のことを話題にしているのが耳に入って、智也と離れて二人に近づいてくる。
「人のことをネタにコソコソと話すのはやめてくれる? 気分が悪いわ。蛾の卵を見つけたときみたい」
「蛾って…」
彩花が怒る前に果凛がフォローへ入る。
「やっぱり変わってないのかな♪ そーゆー喩え、ユニークで面白いね」
「………、別に面白がらせるために言っているわけではないわ」
「せっかく花祭さんがフォローしてくれてるのに、身も蓋もない人。誰彼かまわずケンカを売るの、やめたら?」
「あなたには関係ないことよ。もう私たちに関わらないでちょうだい」
私たちと複数形で表現したのが智也とのことだとわかり、彩花は肩をすくめた。
「そうね、お互い関係ないことよね。智也と私の関係にも、唯笑ちゃんと智也の関係にも、寿々奈さんは関係ないよね?」
「………。何が言いたいの? 言いたいことがあるなら、もったいつけずにハッキリ言いなさい」
「まあまあ、桧月さん、寿々奈さん、とりあえず、ここは…」
果凛が燃えあがらないうちに鎮火しようとしたが、無駄だった。
「私と唯笑ちゃんは智也の保護者役だから、変な虫がつかないように監視もしなきゃいけないし、おかしなことしないように注意したり、朝ちゃんと起きるように指導するから、智也の家の合い鍵だって持ってるの♪ でも、そーゆーことには寿々奈さんは関係ないから、関わらないでちょうだい」
「………、ウソよ。合い鍵なんて……」
「本当、ほら証拠♪」
彩花がポケットから合い鍵を出して見せる。自分の家の鍵とセットで繋がっている。鷹乃の顔色が悪くなった。
「…………どうして…」
「だから、保護者役なの。おわかり?」
「っ!」
鷹乃は踵を返すと、健と智也の会話に割ってはいる。
「どうして! 桧月さんが、あなたの家の合い鍵を持ってるのよ?!」
かなり大きな声での詰問だったので全員が驚いて静かになった。
「なんだよ? いきなり…」
「桧月さんが、あなたの家の合い鍵をもっているって! どうして?!」
「どうしてって……昔から、そーゆー関係だから…」
「そういう関係って何よ?! あなたは私と付き合いたいって言うから! なのに、他の女性が合い鍵をもってるなんてイヤよ!」
「イヤって言われても……」
「イヤよ! 絶対イヤっ!」
「…………………」
智也が困って黙り込むと、みなもが咥えていた犬の骨を噛み砕いて、皿に吐き出した。
「うぜぇ女、空気読めよ。人の誕生会でヒス起こして何わめいてんだ?」
「………。あなたには関係ないわっ!」
「うぜぇから消えろよ。女の腐った…」
「おい」
みなもの口上を智也が止めた。
「オレの前で、鷹乃の悪口を言うな」
「………あいよ、兄貴が、そーゆーならオレは引っこむよ。くだらねぇ」
みなもは腰を上げると、荷物をもった。
「んじゃ、まあ、次は再来年くらいに生きてたら帰ってくるよ。じゃあな♪」
さっさと出て行ってしまった。
「みなも……」
「ねぇ、私の話は終わってないわ!」
「鷹乃……」
「どうして、あの人が合い鍵をもっているのよ?! やめてよ!」
「だから、それは…」
困る智也の隣へ、果凛が立った。
「あのさ、寿々奈さん。TPOってあるよね。桧月さんも悪いけど、せっかくのトトの誕生会で話題にすることか、どうか、ちょっと考えてみようよ。どうしても話したいなら、二人のときに、ね?」
「………、………イヤよ! 今すぐっ! 今すぐ、あの人から合い鍵を取り上げて! それに、今坂さんまで持ってるって!!」
「ほぇ…?」
唯笑が急に指さされて目を丸くした。
「彩ちゃんと唯笑がもってるトモちゃんちの鍵のこと?」
「そうよ! どうして持ってるの?!」
「ずっと前から……持ってるよ? トモちゃん、よく自分の鍵なくすから、唯笑たちが持ってないと家に入れなくなっちゃうもん」
「秘密の鍵だね♪ 大切だよね」
葉夜が茶化そうとしたけれど、ますます鷹乃は金切り声をあげてヒステリックに智也へ迫った。
「イヤなの! 私がイヤって言ってるの! イヤよ! やめてよ! あなたは私の! 私の恋人でしょ?!」
「寿々奈さん、いい加減にしないとさ、みんなもあきれて…」
果凛が言い含めようとするのを、かおるが止める。
「私は彼女の言い分にも理解できるところはあると思うよ」
かおるが鷹乃の肩へ手を置いた。
「みんなさ、唯笑ちゃんたち三人の幼馴染み関係に慣れてるみたいだけど、それって別の彼女ができたら変えるべきじゃない? ね、三上くん」
「オレは……」
「私だったら、すごくイヤ。彼氏の家に自分以外の女の子が出入りする、それも合い鍵まで持ってるなんて知ったら、マジギレするか、空気無視して訴えるか、するよ。寿々奈さんが怒ってるみたいに、ね」
「ボクも音羽さんが正しいと思う」
健も鷹乃の味方をする。
「寿々奈さんと付き合うなら、きちんと過去の関係は清算すべきだと思う」
「てめぇ…」
てめぇに言われくねぇ、智也は反射的に苛立った。かおるに言われても腹が立たないことでも、同性に言われると据えかねる。まして、ほたるのことを思い出すと余計だった。
「そうだな、オレは過去の関係ってのを、ざっくり斬り捨てられるほど、冷酷な人間になりきれなくてな」
「っ…」
ほたるのことを責められていると感じて健は鼻白むが、鷹乃のために反論を続ける。
「どっちにも優しくしようなんて自分に都合がいい考え方で、結局は両方を傷つけるんじゃないかな?」
「お前といっしょにするな! 彩花と唯笑は別物だ!」
「そうよ、私たちは別よ。ね、唯笑ちゃん」
「ぅ……うん」
唯笑が頷き、かおるがタメ息をついた。
「三人仲良しがダメってわけじゃないの。ただ、彼女の気持ちを考えられないかって、言ってるの。どんなに三上くんが幼馴染みの二人を妹か、お姉ちゃんみたいに思っていても、そんなの彼女の立場からすれば我慢ならないこと。それに、映画でも小説でも、よくあるパターンよね。幼馴染みに恋人ができたとたん、それまで異性と想ってなかったのに惜しくなる、ついついお互い気心が知れてるから引かれ合う、でもって、オレはやっぱりアイツが好きだった、悪いけど別れてくれ、なんて言われた日には、私って何なの、って思って殺意が湧くね。うん」
「オレは……、…………………」
智也が考え込んで、決めた。
「彩花、唯笑、悪いけど、鍵、返してくれ」
「智也……」
「トモちゃん……。……………………」
唯笑は智也の目を見つめて、本気だと悟ると猫のキーホルダーから合い鍵を外した。
「はい、トモちゃん」
「ああ…今まで世話になったな。唯笑」
智也は鍵を受け取って礼を言うと、唯笑の頭を撫でた。かおるがタメ息をつく。
「ほら、そういうタッチも、今後はひかえようね」
「ぅぅ……かおるちゃん、頭ナデナデしてもらうの、唯笑の生き甲斐なのに……」
「唯笑ちゃん……それ、ビミョーに愛の告白っぽいから、ひかえようね。唯笑ちゃんは保育士さんになって子供たちの頭ナデナデしてあげるのを、生き甲斐に変えようよ、ね?」
「…ぅん」
唯笑が頷き、智也は彩花を見る。
「彩花、悪いけど…」
「別に智也は悪くない。私も肩の荷が下りて、むしろ気楽よ。はい、さようなら」
彩花は鍵を渡しながら、問いかける。
「でも、智也の両親いないから、ホントに鍵をなくしたとき、窓ガラス割るとか、そーゆー手段にならない?」
「ああ……、それは…、鷹乃」
智也は合い鍵の一つを鷹乃へ向けた。
「悪いけど、持っていてくれないか。オレが閉め出されたときとか、頼みたいからさ」
「うんっ!」
鷹乃は頷いて鍵を受け取ると大切そうに握り締めた。かおるが鷹乃の背中を撫でる。
「よかったね」
「……がとう」
鷹乃が礼を言い、彩花は大袈裟に肩をすくめた。
「それにしても、音羽さんが敵に回るとは思わなかった」
「ごめんごめん。ちょっとね、転校前に付き合ってた彼氏とうまくいかなくなったこととか、想い出しちゃってさ。寿々奈さんの切羽詰まった感じ、胸が痛くなってさ」
「オレと鷹乃、そろそろ帰る。トト、おめでとうな」
智也は巴の頭を撫でようとして、やめた。代わりに健の肩へ腕を回すと、耳元へ囁く。
「今度こそ、大事にしろよ。白河もトトも、オレらの友達だったんだからな」
「……。それは誓って」
健が誓約し、智也と鷹乃が出て行った。空気が冷めてしまう前に果凛が彩花に抱きついた。
「ご愁傷様です♪」
「ふんっ…」
彩花が不機嫌そうに鼻を鳴らしたので、果凛は唇で彩花の耳を甘噛みする。
「はむっ♪」
「んぁッ…ちょ、何するの?!」
「お互い彼氏のいないもの同士、慰め合いたいなって」
果凛が頬擦りしてくる。
「んんーっ♪ 桧月さんのホッペ、いい感触♪」
「……。そーゆー趣味はないから、人肌が恋しければ、黒須さんにでも抱きつけば?」
「カナタにはショーゴ君がいるもん」
「加賀くんも狙ってるよね? さっさとチャレンジしないと、私みたいに取り逃がすよ」
「……、ずいぶん腹を割って話すのね」
他のメンバーもそれぞれに会話していて彩花と果凛の話を聞いていないとはいえ、核心に迫る内容だったので、果凛は抱きついたまま場所をかえる。みんなから少し離れると、抱きつくのをやめた。
「私ね、ショーゴ君が好きだからカナタを好きなのか、カナタを好きだからショーゴ君を好きなのか、その両方なのか自分でもわからなくなってるの。どうしたら、いいと思う?」
「……………とりあえず、加賀くんに告ってみる、なんてのはダメ?」
「カナタにね、とりあえず告ってみたの」
「……ホントに?」
「というか、相談した形でね。今みたいに言ったら、カナタは何て言ったと思う? 桧月さんの発想に似てたよ」
「うーーん………似てたって……いわれても……、黒須さんの発想は智也並みに、ぶっ飛んでるから………ぶっ飛んでる上に、私にとって智也より遠い存在だから、余計わからないよ」
「とりあえず、キスしてみよ、って言われた」
「ぶっ飛んでる………色んな意味で」
「ホントにね」
「……で、したの?」
「まーね」
「………………ご感想は?」
「いくつか、はっきりわかったよ。まず、カナタはバイ」
「やっぱり………っていうか、自分だって…」
「ううん、私はノンケっぽい。実際、カナタとキスしてみて、悪いけど……正直なところ…」
「正直なところ?」
「気持ち悪かった」
「………。普通ね、ノーマルな感想……」
「だって、カナタ、舌まで入れてくるのよ!」
「うわぁ……」
「だから、私よくわかったの。カナタのこと好きなのは友達としてのみっ! カナタに憧れてるのはモデルとして先を歩かれてるからっ! カナタみたいになりたいって気持ちはあっても、カナタと一つになりたいって気持ちは皆無!」
「なるほどねぇ……で、加賀くんに対しては?」
「たぶん………………全部かな」
「全部って?」
「友達として好き、男の子として好き、カナタの彼氏として好き。だから、手出ししないの。そう決めたの」
「見事な自己分析と結論ね」
「桧月さんこそ、どうなの?」
「それがねぇ……私もアイツにキスしてみたの…」
「三上くんにっ?! いつ?!」
「まあ、これは犯罪なんだけどね。智也が入院して寝てたとき、ちょっと魔が差してやっちゃった♪」
「……寿々奈さんがヒステリックになるわけね」
「で、キスしてわかったことに、やっぱり私は智也に男の子を感じにくい……。たしかに、好きよ。バカな弟で、ときどき頼りになる兄でもあって、リアル血を分けた兄弟にもなったから余計に愛おしいの。すごく好き、いつから好きかわからないくらい好き、でもそれは恋じゃない気がする。幼稚園での婚約は子供の遊び、小学校もその延長、中学に入って、ほんの一時期だけ智也をとても意識した頃があったけど、その気持ちも落ちついてしまって、今は本当に兄弟みたいな感覚。たぶん、智也も唯笑ちゃんも、そーゆー風にお互いを感じてるはず。だから、智也は私たち以外の子を見つけてきた。……でもねぇ」
「気に入らないのね」
「そうなのよ。うちの智也が付き合うのに、いい子とは思えないなぁ……って考え方自体が、なんだか姑っぽくて自己嫌悪なんだけど、どうしても受けつけないのよ、あの寿々奈さん………顔はいいかもしれないけど、それだけだもん」
「ホントにお姑さんの話を聞いてるみたい」
果凛は少し笑って話を続ける。
「人が人を求める引力には三種類あるそうよ」
「三つ?」
「一つは恋」
「うん」
「あと性欲」
「……なるほど。で、もう一つは?」
「愛着」
「……愛着って?」
「愛着は性欲や恋に比べると、穏やかな感情、異性に限らず、友人にも家族にも覚える親しみや友愛、存在してくれることが心地いい、失われることが苦痛。でも、その友人や家族が別の人と結婚しても大きな嫉妬は覚えない。それが愛着」
「嫉妬は恋の証だもんね」
「では、恋と性欲の違いを科学的に述べよ♪」
「う~ん………あらためて問われると……」
「恋は原則的に対象が一人に絞られるの。でも、性欲は好みのタイプなら複数に覚える欲望。食欲もそう、パスタでも、ドーナツでもいい。けれど、恋は違う。彼じゃなきゃダメ、彼女でないとダメ、似たような人じゃダメ、そーゆー融通が効かない困った衝動」
「困ったものね。うちの智也は、あんな女に惚れこんじゃってさ」
「三上くんから口説いたのよね」
「アイツが面食いだとは思わなかった」
「面食いじゃない人の方が少数派じゃないかな」
「ポニーテールもえなのかな?」
「………。話を戻すとさ。伊波くんの場合だと、白河さんに愛着も性欲も覚えていたでしょうけど、結局は恋の力に負けてしまった。伊波くんとトト、相思相愛なんて羨ましい話」
「………」
「桧月さんと三上くん、今坂さんの三人もお互いに強烈な愛着があって、さらに三上くんには抑えられる程度の軽い性欲がある程度じゃないかな」
「私と唯笑ちゃんには魅力がないと?」
「そうじゃなくて幼児期をいっしょに過ごした人には性欲を覚えにくいらしいの」
「ふーーん……」
「刺激としても新鮮さに欠けるから、恋も芽生えにくいしね」
「まあ……ホントに家族みたいだもん。キスはしてみたけど、その先は想像しにくいかも……」
彩花がタメ息をついていると、巴が大きな声で呼びかけてくる。
「ねぇ! ねぇ! 王様ゲームしようよ♪」
「却下」
「なんでよ?」
「このメンバーで王様ゲームなんてトトだけが有利でしょ。唯笑ちゃん、そろそろ帰ろ。熱い二人の邪魔しちゃ悪いしね」
彩花は腰をあげて果凛を見つめる。
「ありがとうね、色々話せて、よかったよ」
「こちらこそ♪ きっと、桧月さんは、いい看護師さんになるね」
「KARINはKANATAより、いいモデルになるよ♪」
彩花は手を振って、久しぶりに会った友人たちと別れた。
数分後、鷹乃と智也は三上家に戻っていた。玄関の前で鷹乃が受け取ったばかりの合い鍵をポケットから出して微笑む。
「私が開けていい?」
「ああ」
智也が了解すると、鷹乃は合い鍵を使ってみる。カチリと鍵の開く音が鷹乃の手に伝わってくる。とても嬉しくなって鷹乃は子供みたいにクルリと回って笑顔を智也へ向ける。智也も微笑を返した。家へ入って、智也がソファに座ると鷹乃はグラスに冷たい水を注いでテーブルに置いた。外が暑かった分、すぐに二人とも水を飲み干した。
「暑い……こんなに早く帰って来るならクーラーつけたままにすればよかった」
真夏の居間は、二人がいないうちに30度を超えているようで、智也はシャツのボタンを外して胸をはだける。冷房が効くまでには、しばらく時間がかかりそうだった。
「ごめんなさい、私が場の空気を悪くしたから居づらくさせてしまって……」
「いや。そうでなくても、あの伊波のこともあったからな。あんまり手放しで盛り上がれない空気だったしさ」
智也はポケットに残っている二本目の合い鍵を出して考える。
「こっちの合い鍵は庭木を囲ってるレンガの下へ隠しておくから、もしも二人とも鍵をなくしたら、これを使おうな」
「うん」
隠し鍵の位置まで教えてくれることが嬉しくて鷹乃が小気味よく頷く。その姿が可愛らしくて智也は恋人を抱きよせてキスをする。キスが長く、深くなって鷹乃も男の背中へ腕を回して抱き合った。キスが終わっても、抱き合ったまま、鷹乃の耳や首筋、鎖骨へと本能のままにキスを繰り返して、智也の手が衣服の中へ入ってきても鷹乃は拒絶せず、身を任せて顔を赤くして息を乱している。最初のときとは違う、落ちついた優しい愛撫と鷹乃の許容が二人を一つにして、真夏の午後が過ぎていく。
「鷹乃、愛してるぜ」
「私も。……ずっと、私のそばにいてちょうだい」
「ああ、約束する」
「智也……愛してるわ」
もう一度、若さにまかせて抱き合い、鷹乃は叔父夫婦のところへ帰らず、また智也の家に泊まった。