「智也が浜咲だったら」   作:高尾のり子

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第6話

 

 

 夏休み最後の日、カナタは自宅で陵いのりと話し込んでいた。同じ浜咲学園に四月から入学してきた後輩との関係は小学校からで、カナタは午前中の撮影で汗をかいた後、帰宅してシャワーを浴びてから、いのりと会っている。いのりは夏物の普段着で、カナタは下着姿で、寛いでいた。

「ふーん♪ じゃあ、その彼氏とは芦鹿島の花火大会で、彼氏って言える関係になったんだ?」

「うん、そう」

「教会でね、雰囲気あっていいじゃん」

「…エヘヘ…」

 いのりが照れくさそうに微笑んだのが可愛らしくてカナタは抱きついた。

「で、その彼氏の名前、そろそろ言ってみよっか?」

「や、ヤダよ。カナちゃん、言いふらすもん」

「アタシが言いふらさなくても、すぐにバレるって。いのっちの彼氏、どんなヤツか見に行く! 浜咲の一年でサッカー部だよね。天野?」

「違うよ」

「中谷は……いのっちの好みじゃなさそう……うーん、……あと、誰がいたっけ?」

「言わない」

「言え♪」

 いのりの脇腹にカナタの指が滑り込んできた。いのりのタンポポ色のキャミソールにカナタが手を入れてくる。

「ひゃっ…」

「言わないと、笑い狂うよ?」

「………言わない」

「あーそー♪」

 カナタの指がピアノを弾くように、いのりの脇腹から腋にかけて跳ね回った。いのりは長い髪を振り乱して笑い苦しんだけれど、白状しない。

「頑張るね、いのっち。でも、いいのかな? くすぐり地獄、レベル2に行くよ」

「ハァ…ハァ…ひぅ…か…勘弁して…ハァ…息が…」

 あまり体力のない、いのりが汗を拭いて息を整えている。

「レベル2はね。縛るよ?」

「ぅぅ……」

「縛って、舐めるよ♪」

 いのりの耳へ息を吹きかけて、キスをした。

「ひぅっ! カナちゃん?!」

「で、彼氏の名前は?」

「………」

「恥ずかしいとこ、舐めようか? 彼氏より先に♪」

「っ……カナちゃん、エッチすぎ……」

「で、彼氏の名前」

「……………………、………飛田……くん…」

「…………」

 カナタの舌が、いのりの頬を舐めた。くすぐられたせいで流れていた汗を舐めとった。

「うーん♪ これは嘘をついている味だ♪ 一年生に飛田なんてヤツいないよね」

「うぅ~………はい、…嘘です……でも、気持ち悪いから、もうしないで…」

 いのりが頬をハンカチで拭いた。

「もう嘘ついちゃダメだよ。次は脱がせて舐めるよ」

「うぅ………」

「彼氏のお名前は?」

「…………………」

「くすぐり地獄、レベル3♪」

 いのりの手首を握って腕を挙げさせると、カナタは腕の付け根を舐めた。

「きゃはははっ、イヤ! きゃははっ、やめて! カナちゃん!」

 指でくすぐられる何倍もくすぐったくて、いのりは逃げようとするけれど、巧く押さえ込まれて逃げられない。さんざんカナタに不本意な笑いを強いられ、いのりは息も絶え絶えになった。

「さあ、そろそろ言わないと、次は、とんでもないことするよ」

「ハァ……ハァ…ぅぅ…ハァ……もう、十分とんでもないよ…」

「そんなに彼氏の名前、秘密にしたいの?」

「う~………そーゆーわけじゃ……でも、学校でからかうよね? 絶対」

「いいじゃん、彼氏の名前くらいアタシに教えておかないと、つい、うっかりアタシが口説いて盗っちゃうかもよ? アタシはドロボウ猫になりたくないな、トトみたいな」

「………。……鷺沢……一蹴くんといいます。横取り禁止です」

 いのりは舐められたところをウェットティッシュで拭きながら、少しカナタを睨んだ。ほたるがウイーンへ行ってしまって、じゃれる相手が無くなった分、いのりに負担が向いている気がする。ほたるはカナタにキスをされても舐められても、ことさら拭いたりしなかったけれど、いのりは意思表示も込めてカナタの舌が触れたところを何度か拭いた。

「横取り禁止だし、イッシューをからかうのも禁止だよ」

「盗らない盗らない♪ ふーん、イッシューねぇ、鷺沢一蹴か…」

 カナタが一学期の記憶を振り返って、一蹴の顔を見ていたことがないか脳内を検索していると、いのりは慌てて話題を変える。

「ほっ! ほたるさん! ほたるさん、大丈夫なのかな? ウイーンで!」

「うーん……、どうかな。アタシも忙しくて見送りも行けなかったから……そのうち、サプライズで電撃訪問してみるよ。ヨーロッパでの撮影でもあればチャンスだし」

「トト先輩は、本当に知らなかったのかな……。だって、二人は親友だったのに…」

「アタシも、いのっちの彼氏の名前、知らずに出会って恋に堕ちてたら、どうしたかな? やっぱ女友達には、ちゃんと教えておかないとね」

「……カナちゃんにはショーゴ先輩がいるのに、そーゆーこと言うの?」

「あいつとはケンカ中♪」

「まだ、続けてるの? 夏休み、終わっちゃうよ。高校最後の夏休みなのに、ケンカで終わりにしちゃうの、もったいないよ? 後悔するよ」

「………ぅ……実は、ちょっと後悔してる。夏休み、ぜんぜん遊べなかった」

「ほら」

 いのりは欲求不満のはけ口を自分にされるのが嫌なので、カナタと正午を仲直りさせることにした。人肌が恋しいなら、ちゃんと恋人の肌を求めてほしい、いのりは小学校からカナタを見ているので、なんとなくカナタが本気で同性でも性的好意の対象にしつつあることは気づいている。そのことにカナタ自身が冗談めかしながらも内心では戸惑っていることも知っているので、できれば戸惑ったまま思い止まって、ちゃんと正午との仲を続けてほしい。男でも、女でもいいなら、男にしておくべきだと、いのりは思った。

「仲直りしようよ、カナちゃん」

「だって、あいつが…」

「意地張ってる時間がもったいないよ。ショーゴ先輩と連絡あるの?」

「………ない………」

「仲直りしたいなら、ちゃんと連絡しないと。ね、待ってないで、こっちからしようよ。負けるが勝ちって昔の人は言いました♪ はい」

 いのりがテーブルに置いてあったカナタの携帯電話を渡してくれる。カナタが渋っていると、勝手に操作して正午の電話番号まで検索して表示させてくれた。

「かけよ?」

「………」

「かけるね」

 いのりがボタンを押してコールを始める。

「もう……勝手に……」

 文句を言いつつも、カナタは携帯電話を耳にあてて受話されるのを待った。七回コールした後、正午が出た。カナタは気分を切り替えて明るい声を放つ。

「ハーイ♪ ショーゴ」

「……。何?」

「What? What have you been doing? Long time no see.」

 きれいな発音で「何してた? 久しぶりだね」と言ったけれど、正午の反応は冷たい。

「日本語を喋れよ」

「ナニの一言も文章になってないね」

「用件は何だよ? オレ、忙しいんだ」

「夏休みの宿題で?」

「そーだよ! わかってるなら切るぞ!」

「まあまあ、待ちなよ。用件はさ、明日の始業式、サボるのか、出席するのか、聞こうと思って♪ ね、サボるなら、いっしょにウォーターパークとか行かない?」

 とっさに考えたデートプランが無断欠席前提なことに、いのりはあきれつつも一蹴のことをムリヤリ聞き出された仕返しに、カナタが耳をあてている携帯電話に反対から耳をあてて盗聴する。カナタも嫌がらずに正午との会話を聞かせるので、二人で一つの電話をはさむ形で座る。

「ね、ショーゴ。明日なら夏休み明けるから、他のお客が少なくて気持ちいいよ。うるさい小学生も中学生も学校いってるし、家族連れもいなくて、いるのは夏休みが長い大学生くらいだから、きっとガラガラ。アタシたちのプールだぁ! ってくらい、遊べるよ。始業式なんてアホ校長の長話になるからさ、二人で風邪引こうよ。暑気あたりでもいいし」

「お♪ いいな、それ。……って、ダメだ!」

「なんで? 宿題なら、アタシのを写させてあげるしさ。いいじゃん」

「っていうか、忘れたのかよ、オレらケンカ別れしただろうが!」

「だから、仲直りしてあげようって言ってるの♪」

「仲直りって………、いや、ダメだ。オレ的にダメだ」

「……ぶーーっ……まだ怒ってんの?」

「ああ、怒ってる」

「………許して♪」

 かなり可愛い声を出してみたが、電話の向こうにいる正午は拒否してくる。

「ダメだ。君とは別れた。もう終わったんだ」

「ムカっ……意外に、根に持つね」

 下手に出たのに冷たくされてカナタは苛立ち、またケンカになりかける。怒りで拳を握ると、いのりが握った拳を両手で包み、カナタの目を見つめて首を横に振る。

「「………」」

 ケンカしちゃダメ、仲直りするの、という念波を送ってくる。カナタは怒りを鎮める努力をする。

「……………うーーん……ごめん、許して、あのときはアタシが言い過ぎました。蹴りすぎました、ごめんなさい」

「………。そーゆー風に言われてもなぁ……」

「♪」

 あと一押しね、カナタが手応えを感じ、いのりも励ますように肩を抱いてくれる。

「ずっと仲直りしたかったけどさ。夏休み後半になってモデルの仕事、いろいろ入ってたから連絡もとれなくて、ごめんね」

「……それは、いつものことだろ?」

「うん、ごめん。ほたるのコンクールでも、お互い無視してたよね。りかりんと、のんにも気を揉ませちゃってさ。アタシたち大人気ないね」

「…………」

「だから、明日、遊びに行こ♪」

「……遊びに行く理由になってないぞ」

「いいじゃん、宿題も写させてあげる」

「モデルの仕事してたんじゃないのか?」

「アタシは、ちゃーーんと計画的にやってます」

「………」

「いいのかな? 宿題」

「三上に見せてもらうからいい」

「毎年、智也も8月32日くらいにならないと完成してないと思うけど?」

「あいつは寿々奈さんと同棲してるから、きっと彼女が計画的に引っぱってるはずだ」

「え?! 同棲? マジで?」

「ああ、知らなかったのか? まあ、オレも昨日、電話して知ったんだけど、なんか、同棲してるらしい。保護者だった叔父さんにも断って、普通に暮らしてるって」

「へぇぇぇぇ♪ やるねぇ♪ やりまくりだねぇ」

「そーだな」

「アタシたちも、しばらく、してないね」

「………もう、しない。君とは別れた」

「頑固だねぇ」

「ああ、頑固だ」

「………。そろそろ許しちくれよ、ショーゴ様」

「ふざけてるなら、もう切るぞ。これから三上の家に行くんだから」

「きゃは♪ 二人の暑い空間、お邪魔に行くんだ?」

「…」

 正午が一方的に電話を切った。

「あちゃー……けっこう怒ってる。暑いから脳が沸騰してるのかな」

「カナちゃんが、ふざけるからだよ。ちゃんと本気で謝らないと」

「……。アタシ、けっこう何回も詫び入れたよね?! あいつ、ちょっと調子に乗りすぎ! もういい! 知らない!」

「ダメ」

「……………………」

「はい、深呼吸。イライラも意地っ張りも、飛んでいけ~♪」

「飛んでいかない」

「飛んでいくよ? はい、飛んでいけ~♪」

 いのりがカナタの胸、その中心を優しく撫でてくれる。本気で癒そうとしてくれているのでカナタの気分も鎮まった。

「飛んでいった。いのっちのイは癒しのイだね」

「さ、リトライしよ。怒ってるショーゴ先輩が子供なの。カナちゃんは大人だから、大きくかまえよう♪ ね♪」

「大きくかまえる♪」

 カナタが再コールしてみる。なかなか正午は受話しない。

「あいつ、無視してやがる」

「きっと出てくれるよ。そしたら、謝ろうね。出てくれるってことは、ショーゴ先輩だってホントは仲直りしたいから出るんだよ」

「いのっち……」

「本気で怒ってる人は電話に出ないもん」

「そうだねぇ……あいつ、なかなか出ないね」

「…………………」

「………………………あ」

 コール15回で正午が受話してくれた。

「ハーイ♪ ショーゴ、大事な話あるよ」

「……何だよ?」

「どうせ、智也は鷹ちゃんの答えを丸写しになるよね。それをショーゴまで写すと先生にバレやすいからさ。アタシの答えもミックスすれば、バレにくくなるよ?」

「……………」

「♪」

 考えてる考えてる、あと一押しね、カナタは親指を軽く舐めた。いのりは素直に謝らないで実利で男を釣ろうとするカナタへ軽く頭突きする。いのりの白い髪飾りの部分が当たったので、カナタは痛かったが、声には出さない。

「でさ、ちゃちゃっと四人で宿題仕上げて、あとは、その場のノリでさ。智也の家、誰もいないし、やっちゃおうよ。四人で。アタシ、鷹ちゃんが、どーゆー風に智也としてるのか、ちょっと興味ある」

「…………オレもある……けど! ダメだ!」

「いいじゃん。で、明日も始業式サボって四人でプール行こうよ。楽しいよ? プール。水着だよ、ビキニだよ、競泳水着だよ、鷹ちゃんとアタシ、水着交換してみよっかな? 競泳水着、アタシも一回、着てみたかったんだ♪」

「……………………」

「ねぇ、ごめん、ショーゴ。ホントに謝るから、機嫌なおしてよ」

「…………………」

「ぶーっ……、アタシ、すごく譲歩してるよね? 何度も謝ってるよね? そろそろ許してよ? ケンカ両成敗じゃん」

 頑張って謝っているカナタの背中を、いのりが優しく撫でくれる。そのおかげで大きく譲歩できていた。珍しいカナタの譲歩に正午も揺れてきている。

「そう言われても……」

「明日、遊びに行けないとさ。もう冬物の撮影とか始まって忙しくなるし、ショーゴだって受験前になるし、もう来年二月の自由登校まで、お互い時間とれないよ? クリスマスだってセンター試験前になるしさ。ね? ショーゴ、ごめんなさい、アタシが悪かったです、許してください」

 本気で謝ったカナタへ合格点をあげるように、いのりが頭を撫でて抱きしめてくれた。カナタは娘が母親に甘えるように、いのりの胸に頬擦りする。電話の向こうの正午も折れてきた。

「……いや、あのときはオレも悪かったけどさ…」

「決まり♪ じゃ、今から…」

「待て! 待て待て待て!」

「まだ何かあるの?」

「だからさ、オレとカナタは別れただろ? そーゆーことだからさ、あのときのケンカは和解するけど、もう遊びに行ったりとかはしない。ただの友達に戻ろう」

「……………………どうして?」

「どうしてって……………………オレ、別に彼女できたからさ」

「………………」

 にわかには信じがたいけれど、正午がウソをついている気配でもないのでカナタが黙り込み、いのりも深刻な表情になった。

「そーゆーことだから、カナタとは別れたままにしておいてくれ」

「……、エープリルフールは五ヶ月前に終わったよ?」

「ウソじゃない。ホントに新しい彼女ができたんだ」

「……………………ふーん……」

 カナタが軽く受けとめるように鼻を鳴らすと、いのりは激しく首を横に振って、そんな反応じゃダメ、と唸っている。カナタは冷静を装って、正午に問いかける。

「ちなみにさ、誰? ショーゴの新しい彼女って」

「それは…………………………言わない」

「ふーん…………りかりんかぁ…」

「違っ……カマかけとかするなよ! いや、とにかく、りかりんかもしれないけど、りかりんじゃないとも、言わない。のんちゃんかもしれないし、のんちゃんじゃないかもしれない。桧月さんかもしれないし、誰とも言わない。言ったら、お前とその子との関係が悪くなるだろ?」

「ふーーーん………」

 果凛とは事務所で今日も出会っている、そんな様子はなかった。葉夜は正午に興味をもっていないし、カナタを裏切ってくるとも思えない。智也を諦めた彩花という線は否定材料が少ないというだけで、肯定できるとも思えないし、あえて正午が例にあげたということは別人だと思われる。そして何より、カナタと交友関係にある範囲だと、正午は無自覚に白状していた。

「一応さ、アタシはショーゴの彼氏だったわけじゃん。次の彼女が誰かくらい、聞く権利はあると思うな」

「………………………………、悪いけど、言わない」

「…………そう………じゃあ、さよならって、ことなんだ?」

「ああ……」

「バイバイ、ショーゴ」

 あっさりとカナタが電話を切ろうとした指を、いのりが超絶技巧的なスピードとテクニックで摘み、電話を切らせなかった。

「「……」」

 もう少し話して、納得できてないよね、と強い視線に乗せてくる。

「…………………………」

「悪いな、カナタ。じゃあ…」

 正午が電話を切ろうとしている。いのりの視線に負けてカナタが引き伸ばす。

「明日から二学期だよね」

「…ああ」

「で、アタシとショーゴは廊下で会っても、お互い無視? それとも挨拶くらい、してくださるのかしら?」

「………、………君が望む方で……オレは、どっちでもいい」

「どっちでもいいなら、シカトもかっこ悪いし、ご挨拶くらい交わしましょうか?」

「………そーやってケンカ腰になるなら………無視する」

「………………捨てられたアタシは嫌味の一つも言うと無視されて、ご挨拶さえいただけないのですね?」

「捨てたって………、……ケンカ別れだろ?」

「……」

 カナタが痛そうに額の古い傷痕へ手をあてた。もう痛くないはずなのに、痛い。自分から捨てられたと表現してしまったことも、いのりが隣で気づかってくれるのも、とても悔しい。今すぐ携帯電話を壁に叩きつけたい衝動にかられる。

「だいたい……オレとカナタって周りが囃し立てて付き合えばとか言うから、なんとなくいっしょにいただけで、ホントに付き合ってたのか?」

「っ………」

 痛い、痛い、激痛が額と胸に走った。

「ショーゴが…、そう想うなら…、そうかもね。付き合ってなかった…のかもね。はは」

 カナタが空笑いした瞬間、いのりが耐えられなくなって怒鳴った。

「そんな言い方ひどすぎるっ!! じゃあ、この三年は何だったの?! 好きじゃなかったのに付き合ってたの?! 最初から好きじゃなかったなんて!! どうして、そんなこと平気で言えるのっ?! 信じられないっ!! ケンカ別れとか言っても! いつものケンカなのに! 浮気した自分のこと棚に上げて!! どうして、ぜんぜん自分は悪くない風に言えるの?! 付き合ってたことまで否定するの?! じゃあ、どんな気持ちでカナちゃんを抱いたのっ?! 好きじゃないのに、なんとなくいっしょにいたの?! 答えてよ!!」 

「っ……カナタ? ……なのか?」

 正午は聞き慣れない声で怒鳴られて混乱している。

「今の声はカナタ……?」

「アタシじゃないよ……もういいよ。話はわかったから、じゃ、バイバイ、ショーゴ」

 今度こそカナタが電話を切った。

「ふーっ……」

「ハァ……ハァ……ハァ…」

 いのりは怒鳴って息切れし、カナタはタメ息をついている。

「………………」

「…ハァ……ハァ…」

「……………………」

 カナタは黙ってベッドへ倒れ込むと、枕に顔を押しあてた。

「………カナちゃん……」

「……………………」

「ごめんなさい……、勝手に割り込んで……」

「………………」

「でも、ショーゴ先輩の言い方、ひどすぎるよ」

「…………………………」

「あんな風に言われたら黙ってられなくて…」

「…………うん、アタシも限界…」

 ふらりとカナタは立ち上がると、いのりに枕を投げつけた。

「きゃっ?!」

「やってくれたねッ!!」

 それだけで足りなくて、氷の溶けたアイスコーヒーを顔へ浴びせて、グラスは壁に投げつけた。大きな音がしてグラスが四散し、いのりは頭からコーヒーでずぶ濡れになった。

「くっ…ハァ…ハァ…」

「……カナちゃん………」

「…くぅぅ……」

 カナタが握った拳を震わせている。いのりは枕とコーヒーの仕打ちを受けたにもかかわらず、寄り添って手を取る。

「カナちゃん、泣きたいなら無理に我慢しないで…」

「うるさいっ!! これ以上、アタシを惨めにしないで!!」

 手を払って、いのりを涙目で睨む。

「いのっちのせいでアタシは自分の惨めさを認識しなくちゃならない! ショーゴにも知られる! ショーゴは無自覚だったのに! そーゆー風に、ずっとしてきたのに!」

「カナちゃん……何を言って……?」

「わからないっ?! ショーゴはアタシのこと、たいして好きじゃないの! アタシがショーゴを好きな気持ちの10分の1も好きでいてくれない!! なんとなく、いっしょにいるだけ!!」

「そんなこと……」

「あるよ!! ほたるといっしょ!! ほたるがケンを好きだった気持ちほど、ケンはほたるを好きじゃなかった! そーゆー関係といっしょ!! だから、アタシは傷つかないように対等にしてきたのに!! いのっちが全部壊したっ!! 最後の最後に超惨めにしてくれた!! 最悪っ!! もう最悪だよ!!! いのっちに八つ当たりしてる自分も!! 余計なことを言ってくれた、いのっちも大っ嫌いっ!! 大っ嫌いっ!!」

 カナタは泣き喚きながら、いのりにクッションやヌイグルミを投げつけ、CDケースや文房具を壁に投げつけている。かろうじで怪我しそうな物は人に投げつけないという理性が残っているだけだった。

「ハァ…ハァ…ひっく…ハァ…ぐすっ…」

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

 いのりが、ごめんなさいを百回言う頃には、室内は荒れ果てカナタの心境を表しているような無惨な状況になった。

「……ハァ……ハァ……」

「……ごめんなさい……ごめんなさい……」

「…く…ぅ…くぅぅ…ぅぅ…」

 さんざん怒鳴り散らした後に悲しくなってきたカナタが座り込んで泣き始める。

「ぅぅ…ぅうう…」

「カナちゃん…」

 古い傷痕が痛むらしくカナタは右手を額へ、左手を胸へあてて泣いている。いのりは強い既視感にかられた。こんな風に額を押さえて、喪った悲しさで泣いていた一蹴の姿と、カナタの姿が重なって、いのりの胸も痛くなった。

「カナちゃん……ごめん、ごめんなさい…」

 いのりは盛大な八つ当たりを受けたことも忘れて、カナタを抱きつつみ、いっしょに泣いた。しばらく泣いた後、カナタがつぶやいた。

「どうして……アタシは、あんなヤツが……好きなのかな……」

「…………」

「あいつに惚れちまった自分が………嫌い。やめたいのに、………やめられない」

「カナちゃん………、……」

「ショーゴにはフラれるし、ほたるは留学しちゃうし、どうして、アタシは惚れたヤツに縁がないかなぁ……」

「……………」

 やっぱり、ほたるさんに本気なんだ、聞きたくなかった、さらっと告白されても困るよ、いのりが抱いていたカナタから、さりげなく離れようとすると抱きしめられて、胸へ顔をうめてくる。

「いのっち」

「………………」

「コーヒー臭い」

「………カナちゃんのせいだもん…」

「ごめん。……怪我しなかった?」

「うん、それは平気」

「シャワー浴びてきなよ。着替えも用意するから」

「……。うん」

 いのりは小学校の頃には何度か使ったことのある黒須家の浴室を貸してもらう。脱衣所に入って鍵を閉めて、裸になり、シャワーを浴びる。長い髪に染み込んだコーヒー臭を落とすのは、ちょっと大変そうだった。

「いのっち、頭、洗ってあげる♪」

 いつのまにか、カナタが背後にいた。カナタも裸になっている。

「………鍵……かけたはずなのに…」

「あれは外からマイナスドライバーで開くから」

「…………入ってこないでって意味なんだよ?」

「うん、そーだね」

「………………」

「いいじゃん。小学校のころは、よく二人で入ったし」

「あの頃とは……」

「あの頃とは、この髪、すっごい伸びたよね。一回さ、いのっちの髪を洗ってみたかったの♪」

 カナタはシャンプーを、いのりの髪に塗ってくる。

「うわぁー♪ 大変だね。シャンプー、すぐ無くならない?」

「うん……よくお母さんに不経済だって、言われる」

「いっそ洗濯機に入れたくなるよね。きゃははは♪」

 さっきまで大泣きしていたカナタが空元気でも出してくれたのは嬉しいけれど、シャンプーを泡立てるという名目で、いのりの身体を頭から足首まで撫でてくれるのは正直なところ困惑する。

「これだけ長いとシカ電でドアに挟まれたりしない?」

「しそうだから、それは、すごく気をつけてるよ」

「なるほどね♪ アタシとショーゴの再会は、シカ電でスカート挟まれたアタシを助けてくれたことだったけど、あの野郎は再会じゃなくて初対面だと今でも想ってやがるよ。どう思う?」

「……どうって言われても……」

「さっきね、思い出したんだけど、鷺沢一蹴って聞いたことある名前。それも10年くらい前に」

「っ…カナちゃん?!」

 いのりが戦慄して振り返った。その反応でカナタは確信した。

「そっか。やっぱり、そっか。あの事故の……」

「どうして……」

「どうしてって、よく思い出してよ。いのっちとアタシが知り合ったのは、どこだった?」

「……小学校だよね?」

「不正解。いのっちをアタシが見かけた最初は、アタシが額と腿を切られて入院したときだよ。いのっちは子供すぎて覚えてないかな。アタシは短期の入院だったけど、いのっちは長いみたいだったから、印象的でね。じゃなきゃ、ただの新一年生の一人に、あえて声かけないよ」

「……。でも、…イッシューのことは……どうして知ってるの?」

「いのっちは話してくれたよ。普通に。覚えてないの?」

「……………………」

 いのりは頭を抱えて座り込んだ。カナタも隣に座って顔を覗き込む。

「そんな……」

「それで一蹴は、覚えてた? いのっちと再会だって、こと」

「言わないで!! 絶対に言わないで、お願い!」

「……」

「私がリナちゃんのフリをしたことも! リナちゃんが死んじゃったことも! ううん、あの事故のこと自体、イッシューは忘れてる感じなの! だから、絶対に言わないで!」

「……………。…そっか…ふーん…」

 カナタは知らなかったことまで詳しく言ってもらい、いろいろと記憶がつながった。

「ショーゴと同じで一蹴も忘れてるのね。………アホね、うん、アホイッシュー」

「変なアダ名をつけないで!」

 いのりが抗議したのにカナタは両手で胸をつかんできた。

「きゃっ?!」

「可愛いおっぱいだね♪」

「離してよ! カナちゃんに言われると嫌味!」

 いのりは怒ってカナタの胸を睨んだ。モデルをしているだけあって、まさに理想的といっていい大きさと形をしている。いのりの本人としても、たぶん男子としても、ちょっと物足りない、という胸に比べると、羨ましくて仕方ない。

「羨ましい? 触りたい?」

「……羨ましいけど、触りたくないよ。私、もうあがる」

 立ち上がろうとしたけれど、カナタが座らせてくる。

「あがるって、まだシャンプー流してないよ。それに身体も洗えば? くすぐられて汗かいたよね」

 カナタはボディーソープを手に取ると、いのりの身体に塗ってきた。

「じ、自分で洗うからいいよ!」

「洗ってあげたいの♪ だからさ、アタシの身体、いのっちが洗ってよ」

 言いながらカナタが抱きついてくる。身体を密着されて、いのりが本気で怒った。

「やめて! 気持ち悪いからベタベタしないで! そーゆー変なことしないで!!」

「………。はっきり言うんだ……くすん…」

「泣き真似してもダメなの! 女の子でしょ?! どうして、女の子に興味もつの?!」

「…………好きだから♪」

「す……好きでもダメ!!」

「アタシね、男の子にフラれて傷ついてるよ? 慰めてほしいよ?」

「普通の慰めならするけど! カナちゃんがしたがってることはダメっ!」

「……………………あ~……あ~……いのっちにまで……フラれちった……」

 カナタが指先で、いのりの膝をクルクルと撫でて、いじけた仕草をしている。

「ちょっと身体の洗いっこしたかっただけなのに………」

「……………………」

「くすん……ショーゴはさ、きっとアタシが急にいなくなっても探してくれない、追いかけてくれないくらいにしか、アタシを好きじゃなかったよ」

「……同情を誘ってもダメだよ…」

「アタシとの付き合いは、飼ってない猫にエサをあげるのと、いっしょ。なんとなくそばにいるときは可愛がるけど、どっかに行っちゃっても探さない、また、そのうち来るかなぁ……って束縛しない。首輪もつけてくれない。それだけの関係だったから…」

「……………」

 いのりが慰めるようにカナタの肩を撫でると、カナタが胸を撫でてくるので、やっぱり突き放す。

「カナちゃん!」

「いのっち!」

 今度は抱きついてくる。いのりは避けようとしたけれど、逃げきれず抱きつかれてしまった。

「離してよ! もう!」

「いいじゃん! Gじゃん! Fじゃん!」

「ほたるさん的ギャグを言ってもダメなものはダメ! ダメダメ、ダメ欲求だよ!」

「ふーん……いいのかなぁ?」

 カナタは抱きついたまま離れない。いのりが突き放そうとしても、モデルとしてのトレーニングをしているカナタには腕力で負けている。体格もカナタの方が大きい、泡で滑る状況では抵抗しにくい、逃げても、すぐにカナタが身体を密着させてくる。お互い裸なので気が気でない。いのりは本気の本気でカナタの頬を思いっきり叩こうかと迷っていたが、カナタが悪魔のように囁いてくる。

「リナ♪」

「っ…」

「アホイッシューに言っちゃおうかな?」

「ダメっ!! 絶対ダメっ!!」

「そう、そっか。じゃあ、言わない」

「………」

「でも、口止め料がほしいかな?」

「…………口止め…」

「昔の人はいいました。人の口に戸は立てられぬ」

「………言ったら、カナちゃんでも許さない…」

「うん、言わない。言わないから、アタシを口止めしてよ」

「……口止めって……」

「アタシの口を塞いで♪ 口に戸を立てる方法が、一つ、あるよね? カナタちゃんのナゾナゾタイ~ム♪ キで始まる口を塞ぐ方法は、な~んだ?」

「…………………………」

「ヒント♪ 好き、を逆さまに読むよ?」

 言いながら、いのりの唇を指で触れてくる。わかりたくないけれど、カナタの狙いがわかってしまう。

「……私を脅迫するの?」

「うん♪」

「……………」

「汚い女だな、って思った?」

「思った!!」

「キスと洗いっこ以上はしないから、ね?」

「ね、って……」

「妊娠させたりしないよ?」

「……………………」

「できないだろ! ってツッコミがほしかったのに♪」

「…………」

「ゆっくり目を閉じて、力を抜いて」

「………そんなに……したいの? 女の子同士なのに…」

「したい♪」

「……………………………は~ぁ……」

 いのりが深いタメ息をついて悩みながらも、一蹴のために諦めた。

「イッシューにはリナちゃんのこと、絶対に言わないでよ。言ったら、私……カナちゃんに何をするか、わからないから」

「えっ? 何するの? 何してくれるの?」

 カナタが変な期待しているけれど、いのりは呪い殺すような目でカナタを睨む。

「…………」

「……ふーん、そんなに言われたくないことなんだ?」

「言ったら、……許さない」

「じゃあ、言わない」

「……………本当に?」

「うん、言わないよ。ずーーっと言わない。いのっちのこと好きだから♪」

「…………」

 それって、ずーーっと私を脅迫するってことなの、いのりは目を閉じて力を抜きながら、かなり悲しくなった。すぐにカナタがキスをしてくるのを、あまり感じないように、考えないように、身体を洗い合うのも、何も考えないように、記憶にも残らないように、気持ちを閉ざして、カナタのしたいようにさせながら、これって一種の強姦だよ、と確信した。

「そろそろ、あがろっか。いのっち」

「……うん…」

 ようやく一定の満足をしてくれたようで解放された。

「…ごめんね、…いのっち…」

「………」

 いのりは黙ってシャワーを浴びて身体を洗い流した。

「アタシのこと、嫌いになった?」

「……」

「そうだよね。嫌がってるのに……アタシ、頭、おかしいよね。すごく変」

「…………………」

 自分でわかってるなら、思い止まってほしかった、いのりはシャワーを終えて脱衣所へあがる。カナタもシャワーを浴びて、あがってくる。

「うん、自分でもわかってるよ、……でも、……なんでかな。女の子が可愛く見えて、どうしようもないよ」

「………。でも、ショーゴ先輩と付き合って……」

「だから、アタシは変なの! 男の子も好き! なのに、女の子も好き! なんでかな?!」

 カナタが思いの丈を初めて素直に見せてくるので、いのりも考えてあげたいと少しは思うけれど、手に余る命題だった。

「……何でって……言われても、私には……まったく………」

「こーゆーのを世間はバイっていうけどさ、ホントにいるんだね」

「………自分で言うの?」

「だって、……そうなんだもん。ごめんね、いのっち。どうしても、してみたくて……ごめん」

「………もういいよ。カナちゃん……、きっと、カナちゃんはショーゴ先輩にフラれて悲しかったから、そーゆー気分になっただけだよ」

「……………………」

 カナタは身体を拭いたバスタオルをそばにかけた。

「違うと思う。ずっと前から、ほたるのこと好きだから」

「……………」

「いのっちは、ほたるに少し似てたから……ごめん」

「………」

 私は身代わりなの、本気で好きって言われても困るけど、身代わりにされるのも、ヤダよ、いのりは長い髪をバスタオルで拭くのに手こずっている。カナタが手伝ってくれようとしたけれど、仕草で拒否した。

「いのっちに嫌われるのは、なんとか耐えられるけど……きっと、ほたるに嫌われるのは耐えられないから。……ひどい話だね。いのっちにしたらさ」

「……………。ほたるさんのこと、本気で好きでいるの?」

「うん………本気」

「……ショーゴ先輩と、ほたるさん、どっちが好き?」

「どっちも好き」

「…………どっちが、より強く好き?」

「いのっちは、お父さんと、お母さん、どっちが、より強く好き?」

「…………………………そーゆーのと、違わない?」

「わかんない。でも、気持ちの強さは変わらない気がする。ただ、ほたるはケンが好きだったし、ショーゴはアタシと……一応は付き合ってくれたから……」

「…………ショーゴ先輩が悪いよ、……カナちゃんは、こんなに可愛いのに…」

「いのっち……」

 カナタが寄ってくるのを、いのりは避けた。

「ごめんね……いのっち」

「………………。私を身代わりにできるみたいに、男の子で好きになれそうな人、探せばいいよ」

「……うん……できたら……そーする…」

「…………………」

「でも……ショーゴのこと、ずっと……好きだったから……できるかな。……なんていうか、男の子を好きな気持ちは、アタシの女の子としての気持ちだから、そんな簡単に身代わりとかできないの………。女の子を好きな気持ちは、アタシの男の子としての気持ちかもしれないから……いのっちには、すごく悪いけど、恋愛と性欲は別みたいな感じで……」

「…………。……女の子の気持ちは、わかるけど……」

 一蹴と付き合えないからって、すぐに代わりの男の子というのは、いのりとしても受け入れにくい。むしろ、一蹴しか考えられない、物心着いたときから、ずっと、そうだった。そして、カナちゃんも私と同じくらい長くショーゴ先輩のことを好きでいる。

「……カナちゃんは……複雑なんだね……」

「………複雑っていうより、頭がおかしいんだよ……きっと」

「……」

「ほたるとショーゴ、二人とも同じくらい好きでいる。二重人格でもないのに、頭が二つに割れそうだよ…………ふふ……割れたところで、どっちもアタシを相手にしてくれないけどね……」

「……………………」

 ありえないけれど、もしも、ほたるさんとショーゴ先輩が付き合ったりしたら、カナちゃんは壊れてしまうかもしれない、イッシューがリナちゃんをなくしたときと同じくらいのショックを受けて壊れてしまうかも、今のイッシューも忘れることができたリナちゃんのことを思い出したりしたら、きっと壊れる。

「いのっちには、つまんない話だったね。ごめん」

「……ううん……。カナちゃん、そろそろ着替え貸して」

「あ、うん。忘れてた。部屋にあるから、来て」

「………このカッコで?」

「大丈夫、誰も帰ってこないから」

「そーゆー問題じゃ…」

「もしも誰か帰ってきても、いのっちなら背中を向ければ、髪の毛で身体全部隠れるから、服来てるのか、裸なのか、わからないって♪」

 カナタは強引に、いのりを部屋へ連れて戻り、ドアを開けて、さっき自分で室内を嵐のようにメチャクチャにしたこと思い出した。

「あちゃーー……」

「片付けるの、大変そう…」

「ま、いいや。片付けは今度にして、着替えだけ」

 カナタは二人分の下着と、いのりの荷物、自分の携帯電話を持つと、隣の客間へ移動する。

「いのっちの服は洗濯してるからね」

「……それまで下着だけっていうの、落ちつかないよ…」

 いのりは下着しか貸してくれなかったことに文句を言ったけれど、カナタは無視してキッチンへ飲物を取りに行った。

「アイスティーでいい?」

 キッチンから声が響いてくる。

「…うん…、あとTシャツでもいいから貸してよ!」

「プリンもあるよ♪」

「Tシャツ!!」

「あ、メロンもあった♪」

「………………」

 聞こえてるはずなのに無視してる、いのりが恨めしく思っていると、カナタの携帯電話が鳴った。

「……ショーゴ先輩から…」

 何気なく見た液晶画面には、正午の名前が表示されていた。

「カナちゃん!! ショーゴ先輩から!!」

 けれど、いのりが叫んだときにはコールは止まってしまい、カナタが急いで戻ってきたのに意味がなかった。

「ホントにショーゴから?」

「うん、だって…ほら」

 いのりが携帯電話をカナタへ渡す。着信履歴を確認すると、たしかに正午だった。

「……………………………」

「かけ直してみようよ」

「……。大事な用件なら、あいつがかけ直すよ。ほとんどワンコールだったよね? どうでもいい用件なんじゃないの」

「そんなこと言ってないで、ちゃんとしよ? きっと、ショーゴ先輩だって話したいことがあったからかけたんだよ。でも、迷って切っちゃった。今、話せば、きっとうまくいく。今、話さないと、また何年も二人の運命は離れたまま、もう戻れないかもしれない。ほんの少しの勇気を出して、カナちゃん」

「……いのっち……恋愛漫画の読み過ぎ……よく、そーゆー発想がでてくるね」

「だって、ショーゴ先輩は、さっきの電話でも、最初はカナちゃんからの誘いに乗り気だったのに、思い出したみたいに新しい彼女がいるからって言ったけど、あんなのウソっぽいよ。ウソじゃなくても、その人のことだって、たいして好きじゃないからプールに行こうって話に乗りかけたんだと思うよ。それに、カナちゃんとショーゴ先輩、普通に話せてた。別れかけてる二人なんて、思えないくらい、すごく自然に話せてたよ」

「…………………………………………自然に話す努力をした結果なんだけどね……」

「かけてみよ。ね?」

「………かけて、もしも、ダメだったら……、……」

「勇気を出して!」

「……もし、ダメだったら、……。今より、もっと傷ついたアタシを……アタシを慰めてくれる?」

「……………………」

 それは、どういう意味でなの、いのりは戸惑ったけれど、勢いのままにカナタの背中を押した。

「かけよう! カナちゃん!」

「………わかったよ…」

 カナタは押しに負けて正午へコールしてみる。すぐに正午が受話した。

「ショーゴ、さっき、アタシに電話したよね?」

「あ、悪い」

「何か話でも?」

「ごめん、三上の家へかけるつもりでミスってカナタにかけたんだ。それだけ」

「……。ふーーん、相変わらずアホね♪ そんなことだと思ったよ」

 カナタは経験から半分くらい予想していたことなのでショックを受けなかったけれど、いのりは膝をついて倒れ込んだ。カナタは普通に正午と話を続けてみる。

「あのさ、智也と鷹ちゃんが同棲してることって学校で言っちゃダメだよ、ショーゴ、うっかり者だから心配」

「ダメか? そうか……うん、ダメかもしれないな」

「あと、アタシとケンカ別れしたけど、アタシが貸してるCDとか、ショーゴから借りてるグランツーリスモとか、どうする?」

「ああ、そっか……CDは返すよ、明日にでも」

「アタシはグランツー、もうちょっとやりたいんだけど?」

「んじゃあ、それは、いつでもいい」

「そう♪ なら、借りておくね」

「あ、他にも、けっこうオレの部屋にカナタの物あるぞ」

「ふーーん……また、そのうち考えるよ。それでいい?」

「おう」

「じゃ、バイバイ」

 カナタから電話を切った。いのりが叫ぶ。

「ショーゴ先輩って何考えてるの?! アホなの?!」

「うん、かなりね。あの子はアホなんだよ。生温かい目で見ちやってくりよ」

「だって! だってカナちゃんと別れて新しい彼女いるって言ったのに!! あの態度はなに?! バカにしてるの?! それともバカなの?!」

「バカなんだよ」

「このタイミングで間違ってかけてくるとか!! ありえないよ! どれだけ私たちが気を揉んだと思ってるの?!」

「一切、思ってないよ。アホだから」

「ハァ……ハァ……」

 いのりは叫び疲れたので座り込んだ。

「ところでさ」

「…ハァ…ハァ…」

「かけてダメだったら、アタシを慰めてくれる約束だよね?」

「……」

「ね?」

「……ダメじゃなかった! ダメじゃなかったよ! ちゃんと、貸し借りでショーゴ先輩との関係を残してるよ! まるっきりダメってわけじゃないよ!」

「うん、でも、ちょっとダメだったから、ちょっとアタシを慰めて、ね、ちょっと」

「や~ん! こんなカナちゃん、やだ~ぁ!」

 いのりは押し倒されながら、祈った。正午がカナタを深く愛してくれますように、と。

 

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