小戸禊は勇者であったか?   作:加賀崎 美咲

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第2話 目を閉じていた僕

 泥中にいるような感覚が禊を支配する。目を開くとそこは何もない灰色の世界であった。先ほどまで自分は樹海化した四国の中でバーテックスと戦っていたはずだ。しかし満開を発動したところから記憶が抜け落ちている。

 周囲を見渡す。今まで夢の中で見て来たのは暗い水底の景色であった。それに対して今見えるのは生気を感じない灰色、周囲を見渡しても果てが分からず、今まで夢の中にいたもう一人の禊もいない。

 

「ここはどこ? 早くみんなの所に帰らないと」

 

 試してみると浮いているこの体はこの灰色の空間の中でも自由に動くらしい。禊はひとまず行けるところまで進んでみることにした。しかし進めど、進めど一向に景色は変わることなく、果ても分からない。動き疲れたためだろうか。少し頭がぼーっとする。不思議な浮遊感とともに熱が頭を撫でる感覚が走る。

 閉じた瞼の向こうに視界が晴れる。目をつむりながら見たことのない景色が見える。

 見えてくるのは地獄のような光景であった。太陽の表層の様にプロミネンスが地と空を走る。視界のあちらこちらに白い点が見える。

 

「あれは……バーテックス?」

 

 よく目を凝らし目に見える風景を眺める。白い点に見えていた無数の何かは白い袋のような生き物であった。その大きな口と装飾のようなパーツはどこかこれまで戦って来た十二体のバーテックスを連想させた。根拠のない確信がそれを正解だと述べていた。

 その時、更に別の熱が頭を撫でる。

 

 次に見えて来た景色は神樹の力によって樹海化した四国の風景であった。しかし禊の知るそれとは一点だけ大きく異なっていた。見たこともない大きな橋が樹海の端に建っており、それは禊には2年前に事故によって、現在大きく破損している瀬戸大橋によく似ている、もしくは破損する前の大橋ではと禊は思った。

 しばらく見ていると橋の壁の外側の端から三体のバーテックスがゆっくりと進行してくるのが見える。並んでいるのはさそり座のスコーピオン、かに座のキャンサー、そしていて座のサジタリウスの三体であった。

 

「またやって来た? 早く倒さないと」

 

 突然現れた倒したはずの三体に驚き、禊は急いで変身して迎撃しようと向かうが体は動かない。そこで気づく。禊が見ているのは何時かの記録。少なくとも過去の情報なのだと。見ていると侵攻していた三体のバーテックスの一体に向けて矢が打ち込まれる。矢の飛んで来た方を見ると少し小高い位置に一人、弓を構えた少女がいるのを確認する。その少女を見て禊は驚く。

 

「東郷さん? でも何だか少し幼い?」

 

 視界に捉えている少女は知己の人物である東郷美森であった。しかし彼女の纏う勇者装束は禊の知るものとは異なり、和服を連想させ、手に持っている武器もライフルではなく弓であった。

 東郷に似た少女の攻撃を合図に更に二人の少女が禊の視界に入り、バーテックスたちに立ち向かっていく。前に立っている少女は禊の知らない少女であった。夏凜を連想させる赤い勇者装束を身に纏い、大型の二本の戦斧を構えた少女が勇猛果敢にバーテックスに立ち向かっていた。そして赤い少女に続く紫を見た時、禊は驚愕に顔を歪める。何時も見ていた包帯こそ巻かれていないが、あれは間違いなく乃木園子であった。初めて見る自由な姿の彼女に禊の視界は固定される。

 驚きと元気な姿の園子を見たことで喜んでいたのも束の間。三人は三体の連携に押され始め、ついに幼い美森と園子は吹き飛ばされる。残った最後の赤い少女は一人、果敢に三体のバーテックスに立ち向かう。精霊のバリアが無いためか赤い少女は傷つきながらも三体のバーテックスを押していく。遂に橋の向こう側にまで押すとどういうわけか三体のバーテックスの姿が消え、残ったのは傷だらけの少女一人であった。

 そこまで見ていると、不意に視点が大きく移動する。遠くから眺める位置にいた視点は一直線に傷だらけの少女の目の前まで移動する。こちらに気づいた赤い少女は何かを言っている。しかし見ているだけの禊には音は一切聞こえず、無音の映像であった。

 話しかけられている視点の主人はただ前に手を伸ばす。視界に入るのは白色の鎧に包まれた右腕であった。

 

「待って、何しようとしてるの?」

 

 何をしようとしているのか禊は知らなかった。しかし何か良く無いことが起きようとしている事だけはなぜか理解できた。

 次の瞬間、赤い勇者装束の少女は突如、出現した黒い球体に飲み込まれた。黒い球体が収縮して消えるとそこには何も無かった。彼女がいたことを示すものは何も残らず、まるで最初から誰もいなかったようにすら思えた。しばらくしていると突如胸に矢が生えた。見ると怒りの形相をした二人の勇者がこちらにそれぞれの武器を構え、攻撃を繰り出すところであった。

 視界が突如飛ぶ。大きく、高く移動するといくつかの黒い球体を少女たちに放ち、遠くに去っていく。そして映像はそこで途切れる。

 

 そして禊はやはり灰色の空間にいた。

 

「今の映像は何? 誰の記憶?」

 

 底知れない不安感が禊の胸を満たす。まるで自分では無い自分が体の中を這いずり回る錯覚を起こす。怖くなり、自分の体を抱いてみても身持ち悪さは癒えず、孤独感ばかりが増す。孤独感の中、禊は自分以外の何かを感じる。感じた方を見るために真上を見る。

 

「なに……あれ」

 

 視界に入ったのは大きな目のような空。空に何かがあるのではなく、灰色の空そのものが瞳のように形を成していた。それはただ黙って禊を見ていた。見つめられる禊は体の自由がなくなる。少しづつ体が空になっていく感覚を恐怖が禊を襲う。

 突如体が自由になる。今までの変わらない風景と無音空間に変化が現れた。無音をかき消すように鳥の羽ばたく音が耳に入る。振り返るとそこにいたのは一匹の青い鳥。羽ばたいて止まるその取り止めが合う。鳥は頷くと踵を返して飛んでいく。時々、こちらを確認するように振り返る。

 

「付いて来いって言ってるの?」

 

 他に手段があるわけでも無い禊は飛んでいく鳥について行く。自然と青い鳥に追いつき、少しづつ灰色の視界が明るくなって行く。

 更に進んで行くとそれまであった浮遊感はなくなり、横向きの重力に引っ張られて禊は落ちて行く。

 

「小戸禊、お前は私たちの初めての可能性だ。どうかそこではなく、今いる場所を選んで欲しい」

 

 眩しさに目が眩む中、禊は確かにその声を聞いた。知らない女性の声。しかしどこかで聞いたその声は禊を優しく後ろから押し、灰色の空間から脱出させた。

 

 次に眼が覚めると禊は何処かのベットにいた。体を起こし周囲を見回す。どうやら病院の一室らしい。取り敢えず手近にあったナースコールのボタンを押すと数秒後、血相を変えた看護師が病室の扉を開け、急いで禊の状態を確認する。

 そこからはてんやわんやの騒ぎであった。看護師に呼ばれたのであろう医者も血相を変えて病室に来る。いくつかの簡単な診察を終えると直ぐに精密検査が始まる。いくつかの精密検査と心理テストを終えると日の暮れた時間帯となりつつあった。しばらく自室となっている病室で大人しくしていると病室の扉が開かれる。

 

「禊くん! 眼が覚めたんだね!」

 

 そこにいたのはやはり勇者部のみんなであった。皆心配そうな顔と安心した顔を同時に浮かべて病室に入る。そんなみんなを安心させようと禊は努めて笑顔を作る。そんな能天気な禊に帰ってきたのは夏凜の怒った声であった。

 

「みんな昨日ぶりだね」

「あんたバカ⁉︎ あんた丸二日も意識が戻らなかったのよ!」

「禊、皆あんたが起きないから心配してたのよ」

「風部長……。ごめんなさい、僕どうも満開してからの記憶があやふやで」

 

 どうやら自分は丸二日意識を失っていたらしい。皆の心配も当然のものだろう。薄らいだ記憶の中で覚えているのは大火球をどうにかしようと満開を行使した所まで。それ以上は他人事のようにうっすらとしか思い出せなかった。ぼんやりした頭で考えるとすすり泣く声が聴こえる。見ると流れる涙を腕で拭う夏凜がいた。

 

「皆疲労でどこか調子悪くするし、あんたも、もしかしたら目覚めないんじゃ無いかって……」

 

 すすり泣きでそれ以上、言葉は続かなかった。

 体をベットから起こし、立ち上がる。すすり泣いて下を向く夏凜の手を取り、顔をあげさせて目を合わせる。

 

「ごめんね、夏凜ちゃん。心配かけちゃったみたいで。でも、もう大丈夫。この通り元気だから、もう泣かないで」

「バカね、泣いてなんか無いわよ」

 

 腕で思いっきり涙を拭って、夏凜は背いっぱい強がってみせる。初めてできた夏凜にとっての大事な繋がり。それが断ち切れそうになったことで泣くのはそれだけ彼女にとってこの勇者部が大事なものになった証であった。

 

「強がっちゃって、もう。全く、夏凜は大げさね〜」

「そういえば風部長、その左目どうしたんですか?」

 

 見れば風は左目を隠すように黒い眼帯を着けていた。禊に問われ、手で眼帯を弄りながら風は答える。

 

「勇者システムを使った事による疲労が原因だって。そのうち治るらしいからそれまでの辛抱ね」

『早く治るといいですよね』

 

 風の言葉に同意するように樹はスケッチブックに文を書いて意思を表示する。それを見た禊は風に対して樹は声を疲労でやられたことを理解する。樹が歌を歌う事が好きなことを知る禊は一度悲しそうに眉を下げ、また優しい表情に戻る。

 

「そうだね、早く治ると良いね」

 

 少ししんみりした空気をかき消すように風が宣言する。

 

「それじゃあ、禊も目を覚ましたことだし、祝賀会といきましょうか!」

「はーい、賛成です!」

 

 風が宣言すると素早く友奈もそれに同意、テキパキとあらかじめ用意していたのであろうお菓子を病室の机の上に並べると買ってきた缶ジュースを一人、一つずつ配っていく。全員に缶ジュースが渡ると風は皆を見渡し、改めて口を開く。

 

「それじゃあ、改めて。皆よくやったー、勇者部大勝利を祝って、かんぱーい」

「かんぱーい」

 

 乾杯の声が重なる。優しめの力でお互いの缶ジュースをぶつけ合い、乾杯の気持ちを交換し合う。それぞれが持った缶ジュースに口をつける中、友奈が缶ジュースに口をつけた時に変な表情をしたのが目に入る。しかし直ぐにいつもの笑顔に戻り、禊は気のせいかと思う事にした。今それを聞く事が恐ろしいとも思った。

 祝賀会も盛り上がりの中、流石に時間も遅いということもあり、退院が明日を予定している禊を置いて皆帰路に着いた。お菓子などのゴミの片付けの手伝いを友奈や樹は申し出たが、入院中は暇だから任せて欲しいと禊が押切った。

 皆が帰って静かになった病室で禊は静かにベットに腰掛けて窓の外を見ていた。外の景色を見ていると扉をノックする音が聞こえる。誰かと思い、開いて見るとそこにいたのは車椅子に腰掛けた美森であった。

 

「あれ?東郷さん? どうしたの? 何か忘れ物?」

「違うわ、禊くん。私もしばらく入院だから別の病室に泊まっているのよ。今少し時間いいかしら?」

「そうだったんだね。うん、今時間は大丈夫だよ。消灯前に帰らないと怒られそうだけどね」

 

 禊は美森を病室に招き入れ、彼女に対面して座るために手近な椅子を運ぶとそこに座った。

 

「それでどうしたの?」

「禊くん、単刀直入に言うわ。満開した後、どこか体に調子の悪いところは無い?」

「調子の悪いところ? 特に無いけど?」

「不思議ね、満開をした人は皆、体のどこかに不調を示していた……」

 

 美森の質問は不思議なものであった。まるでどこか調子が悪いところがある事が前提の質問だと禊は思った。禊の答えに美森は納得のいかないような様子で考え込む様子を見せた。考え込む美森を見て今度は禊が自身の疑問を彼女にぶつける。

 

「ねえ、東郷さん。昔どこかで乃木園子って子とあったことある?」

 

 考え事をしていた美森は禊の質問に顔を上げ、質問を受け取り、少し考えるそぶりを見せる。

 

「いえ、そんな名前の子は知り合いにいないわ。確か乃木家は大赦でも有力な一家の一つだった筈よ」

 

 質問に対して美森の答えは園子を知らないというものであった。では禊が見たあの映像はなんだったのだろうか。その疑問で禊の頭の中がいっぱいになる。園子の家が大赦でも有力な一家という話も今初めて聞いたものであった。確かにあの病院にいた頃、禊は園子の家族に一度もあったことはなく、見舞いに来たところもない事を思い出した。

 

 少し、嫌な予感がした。何故だかわからない。でも今自分は何か重要な事を見逃している。禊はそんな気がした。

 

 考え込んでいた美森は一度考え込むのをやめた。

 

「今考えても答えは出なさそうね。禊くん、ごめんなさい、こんな夜遅くに問い詰めるような事をして」

「問い詰めるだなんて、そんな。気になったなら聞いてくれて構わないよ」

「そう言ってくれるなら、良かったわ。ごめんなさい。やっぱり乃木園子って名前には心当たりがないわ」

「うん、もしかしたらって思って聞いただけだから気にしないで。僕の勘違いみたいだったよ」

 

 あの映像に居た美森に似た少女はどうやら別人だったらしい。礼儀正しい彼女が人の顔や存在を忘れるとは禊は一寸も思わなかった。

 

「でも、それをきいてくるなんて、禊くんにとってその人は、禊くんの大事な人なのね」

「うん、僕にとって、とても……とても大事な人だよ。君にとっての友奈ちゃんみたいな」

「まあ」

 

 美森に質問され、禊は少し頰を朱に染めて答える。禊の出した友奈の例えに美森は感嘆の声を上げる。若干、両名の認識に齟齬があったが両者、それに気づくことはなかった。思わぬ友人の一面を知り、美森は少し楽しそうに頰を手に当てる。禊は恥ずかしそうにはにかむ。

 

 静かな病院の中、二人は互いの大事な人の話で盛り上がる。そんな楽しい二人だけの座談会は一時間後まで続いた。

 

 美森も就寝時間が迫り、彼女の病室まで送った禊はそれまでのようにまた眠ってた時に見ていた映像を思い出す。

 

「あれはどこの景色で、いつの光景なのか全くわからない。手がかりだった東郷さんも園子を知らなかった。でもあれは確かに誰かの目線だった。ということはあれは園子をあんな風にしたやつの視点かもしれないんだ」

 

 暗い気持ちが胸を占める。失われた自身の過去。その手がかりの一端を見つけ少しずつ前進していることを禊は感じていた。

 

 小戸禊はいくつかの失敗をしていた。

 その一つは東郷美森が過去二年間の記憶を失っているという事実を知らなかったこと。

 二つ目は乃木園子の状態が何ゆえ起こった事なのか。それを知らなかったこと。

 無知は罪ではない。知らないという事を知ることこそ、価値があると述べる者もいる。しかしいつだって、無知の代償を支払えるのは自分自身しかいないのだとこの時、誰も彼に伝えてはくれなかった。

 

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