園子の誕生日から二日後、夏休みも終了し、禊たち学生は二学期に突入した。
授業も終わり、教室を後にして禊は勇者部の部室へと向かっていた。部室である家庭科準備室への廊下の途中、美森の車椅子を押す友奈の背がみえた。二人を見つけた禊は少し小走りになり、二人に追いつく。
「やあ、二人とも」
「あっ! 禊くんヤッホー」
「こんにちは、禊くん」
一週間ぶりに禊にあった二人は、沈んでいた彼の表情が晴れやかな事に気がつく。
「禊くん、今日はなんだか生きがいいね。悩み事は解決したの?」
「友奈ちゃん、それじゃあまるでお魚の鮮度みたいな言い方だわ。でも本当に元気になって良かったわ」
「そうだね、みんなには随分と心配をかけたみたいだから、ちゃんと一言謝っておくよ。二人とも心配してくれてありがとう」
そのまま楽しい雰囲気のまま三人は部室へ到着する。車椅子を押す二人に先行して禊が扉を開く。
「小戸禊、ただ今到着しました! みんなに心配かけてしまい申し訳……ってあれ、どうしたの? 三人とも」
元気よく挨拶を行おうとしたところで禊は風や樹、夏凜の様子に元気が無いことに気がつく。よく見ると三人の視線は机の上に置かれたアタッシュケースに向けられていた。アタッシュケースには部員全員分のスマートフォンが納められていた。それは大赦から提供されていた勇者に変身するための専用のアプリが入ったものだった。
「え? どうしてこれがここに? バーテックスはもうやっつけたはずじゃあ?」
「驚くのもわかるわ。どうやらまだバーテックスに生き残りがいたらしいの」
驚く禊に風が補足する。
「生き残りですか?」
「そう、戦いは延長戦に突入した。退社からの連絡をまとめるとそういう事。だからみんなにそれが帰って来た」大赦が退社になってました。
終わったはずの戦いがまだ続くと知り、部室内に緊張感が走る。顔を曇らせる部員たちを見て風が申し訳なさそうに続ける。
「本当に、毎回いきなりになってゴメン……」
「先輩のせいじゃ無いですよ。悪いのはバーテックスの方で、仕方ないことですよ」
「東郷さんの言う通りですよ! 先輩は何も悪くないです!」
「ふん! まあ、私たちはバーテックスの一斉攻撃も凌いだんだから問題ないわ!」
『勇者部五箇条、なせば大抵なんとかなる』
申し訳なさそうな風をフォローするように美森が励ます。それに友奈、夏凜、声の出せない樹はスケッチブックに書いて、それぞれがそれそれの言葉で風を励ます。しかし一人、禊だけは申し訳なさそうに頭をかく。それを見た風は大赦からの連絡を思い出す。
「そういえば、禊。あんたこれ以上変身したらマズイんだっけ?」
「はい、お医者さんからはこれ以上はまずいっていわれてて」
「大丈夫よ。あんたが休みでも私たちがいるんだから、任せられるところは任せなさい!」
『私たちに任せてください!』
もし訳なさそうな禊を鼓舞するように背を叩きながら夏凜が告げる。そんな二人の様子を見て他の者たちも夏凜がこの勇者部の一員になったことを再度認識し、思わず笑みがこぼれる。そんなみんなの表情に気づいた夏凜が慌てる。
「な、何よあんた達、そんなにニヤニヤして」
「べっつに〜? 夏凜さんも随分と馴染みましたな〜、なんて思ってませんとも〜」
代表して風がみんなの意思を代弁する。そんなことを言われた夏凜が恥ずかしがらないはずがなく、顔を赤くして怒る。寝れた様子の風はそれをのらりとかわし、話をまとめる。
「ありがとうみんな、ようし!バーテックス! いつでもかかってこい!勇者五人がお相手だー」
窓を開け、夕暮れの日に向けて風は叫ぶ。
数週間後、バーテックスは現れていなかった。
「なんでよー、来たっていいじゃない!」
「まー、平和ならいいじゃないですか」
「あんな、啖呵切っておいてこれとはね」
少し前に切った啖呵が無意味になった風は納得いかないという風体であった。禊は笑って流し、夏凜は呆れていた。三人と樹が机に突っ伏していると部室の扉が開かれる。
「結城友奈入りまーす」
「こんにちは」
声の方に顔を向けて見ると美森と共に敬礼のポーズをした二人が目に入る。そんな二人に夏凜や、樹、禊も合わせて敬礼を返す。風だけは左目につけた黒い眼帯を意識してか、ロックバンド風のハンドサインを敬礼の代わりにした。そんな風の一工夫に気がついたのか友奈が笑う。
「すっかりそのキャラも定着しましたね」
「そうなのよ〜、いやーこんなに眼帯が似合うなんてね」
他からはよく分からないセクシーポーズらしき何かを繰り返す風を軽く流し、禊は彼女の足元から出てきた小さな影を見つける。小さな影は風の足元から飛び出すと近くにいた美森に飛びついた。
「きゃっ! 何かしらくすぐったい」
「フェレット?」
美森に飛びついたものはフェレットのような胴の長い生き物であった。以上なのは本来であれば尾であるはずの部位がデフォルメされた手持ち鎌の刃になっていることだった。美森に飛びついたそれに気がつくと風は美森に謝罪した。
「あぁ、ごめんごめん、それ私の新しい精霊。犬神と違ってあんまり言うこと聞かなくてさ」
「先輩の新しい精霊?」
風の新しい精霊である鎌鼬は興味有り気に美森の周りを這い回る。そんな主人のピンチに反応したのか美森の精霊四体が自ら現れ、鎌鼬を数で囲って追い払う。
「いつ見ても、東郷さんのところは賑やかでいいね」
「なんていうか、随分と賑やかになったよね。色々いるし」
苦笑を含んだ声を出しながら禊は部室全体を指差す。自主的に出現した精霊に感化されたのかそれぞれの精霊が勝手に現れて、部室が狭く感じるまでになっていた。
「なんて言うか、百鬼夜行?」
「これだけいたら精霊で文化祭の出し物にできそうだよね、東郷さん」
「ダメよ、友奈ちゃん」
「ですよねー」
一般人には目に見えない精霊ではたとえ何をしても心霊現象にしかならず、問題になることは目に見えていた。友奈にそれぞれが自身の精霊を紹介している間、禊は自身の精霊、二体に餌付けをしていた。
「ほーら、マサカドー、買ってきた水羊羹だぞー。ランスロットには紅茶だねー」
カバンからパック詰めのお菓子を取り出し、甲冑を着込んだ精霊、マサカドの口に寄せる。マサカドは小さな両手でそれを受け取ると少しづつ咀嚼し始める。もう一体の騎士甲冑の精霊ランスロットにはペットボトルの紅茶を渡してこちらはペットボトルをラッパ飲みし始める。小動物チックな精霊二体の仕草を禊は笑って見ていると横から夏凜が声をかけた。
「禊、あんたは精霊増えてないの?」
「うん? 特には増えてないよ? 夏凜ちゃんも増えてないの?」
少し聞きにくそうに聞く夏凜の様子に禊は疑問を覚える。なぜこのような事に聞きにくそうにするのか。
「私はいいのよ。なんたって義輝は一体で十分なくらい優秀な精霊なんだから」
「でもその義輝、牛鬼に食われてるよ?」
「え? ……って、ギャー!」
振り返ると件の精霊、義輝は体の大部分を友奈の精霊、牛鬼に咀嚼されているところであった。もはや見慣れた光景ではあったが夏凜は急いで義輝を救出しに飛び出す。
「ふう、やっとみんな端末に戻ったわね」
スマートフォンを操作して出てきていた精霊全員がスマートフォンの中に戻っていた。各々勝手に動く精霊に皆、少し疲れていた。
『敵… いつ来るのかな ドキドキ』
「そうね、私の感だと来週辺りが危ないわね」
「実は敵の襲来は気のせい! だったらいいにのね〜。弘法も筆の誤り、神樹様だって予知のミスくらい……」
その時、風の台詞に被せるように各々のスマートフォンから樹海化警報のアラームが鳴る。
「噂をすれば、なんとやらってやつかな?」
「風が失礼なこと言うから、神樹様からの適切なツッコミね」
「あんただって感、外してるじゃない!」
「そんなこと言ってないで樹海化来るよー」
いつもの口喧嘩を始めた風と夏凜をよそに外の景色は光に包まれるのを目視しながら禊が締める。それ以上、何かを言う前に部室内、ひいては四国中が神樹の加護の光に包まれた。
光が収まると禊は見慣れ始めた樹海の中にいた。ポケットのスマートフォンを取りだし、位置情報を確認する。少し離れた場所で高速で神樹に向かって移動づるアイコンが確認できる。同じように確認をしていた美森がつぶやく。
「どうやら敵は一体、樹海の森を抜けて一気に神樹様に向かっているようです」
「今回の一体で延長戦も終わり。ゲームセットにしましょう! 行くわよ!」
「はい!」
風の呼びかけに禊以外が答え、画面を操作して変身を行う。それぞれが自身の勇者装束に着替える。禊一人はそれを見るだけになった。医者に止められている以上、禊は変身を行うわけにはいかなかった。見ているだけの自分の歯痒さが募る。変身を終えた時に夏凜以外の満開経験者たちが自身の満開ゲージ
変身を終えて、風は号令をとる。風の号令を受けて、またいつかのように円陣を組む。またかと夏凜は呆れた態度こそすれ、自然と円陣の中に入る。
「敵さんをきっちり、昇天させてあげましょう。勇者部、ファイトー!」
「おおー」
声が重なる。円陣を組み終え、勇者部たちは強化された身体能力で跳躍して巨大な樹海の上を飛ぶ。唯一変身していない禊は夏凜が抱えて飛ぶことで対処する。高速で走る双子座のバーテックス、ジェミニが上からよく見える位置に移動したところで集合する。その姿を遠目に見て風が首をかしげる。
「あれ? あいつ、前に樹が倒さなかったけ?」
「もしかしたら二体いる事が特徴のバーテックスなのかもしれません」
「二体でワンセット。双子ってコト?」
「どっちにしろ殲滅して終わりよ」
「それにしても早いね、250キロってことは新幹線とかと変わらないスピードなのか」
各々が思ったことを告げて行く。いざ倒しに行こうと言うところで皆の動きが止まる。そこで禊は気づく。皆少し、戦うことに怯えていることに。前回の戦いから夏凜以外、体のどこかに不調をきたしている。もし今回の戦いでもどこか不調になったらと思うと足がすくむのだろう。変身できない禊は自分だけ戦えないことを申し訳なく思う。
沈黙を破ったのは友奈の叫びであった。自身の顔を軽く叩き、己を鼓舞するように声を上げる。いきなり叫んだ友奈に皆はぎょっとして振り向く。
「先輩! あの走ってるのを封印したら、それで生き残りも片付くんですよね? だったらとっとと倒して文化祭の劇の話、しましょう!」
「ちょっと、待ちなさいよ。私も!」
そう言うと友奈は皆を置いて飛び出していった。出遅れた夏凜も我もと飛び出す。飛び出していった2人がいなくなると呆けていた4人も慌てて動き始める。風と樹は2人の後を追い、美森はその場でうつ伏せになり、狙撃の姿勢に入る。変身しておらず、機動力に欠ける禊は美森の横に腰を下ろし、スマートフォンに注目した。
スマートフォンの望遠機能を使い遠くの4人を観察する。画面からは友奈と夏凜の息のあった連携によって転ばされるジェミニが確認できた。
「他に敵影なし、あいつさえ倒せばこの延長戦も終わり」
「そうだね、今確認したけど、壁の方からの増援もないみたいだ。あっ! 立ち上がる」
「問題ないわ」
同じように狙撃銃のスコープでジェミニの動きを確認していた美森の行動は早かった。素早く小さな的に狙いを定めて引き金を引く。それだけで放たれた銃弾はおそらくジェミニの頭部にあたる部分を吹き飛ばす。頭部を失ったジェミニはそのまま動かなくなる。
封印の儀が開始され、御霊が暴き出される。放り出された御霊は幾つにも増殖し、辺り一面に広がる。飛び上がった友奈が新たに追加された自身の精霊の力で足に炎をまとい、空中からの飛び蹴りを放つ。
精霊によって強化された必殺の飛び蹴りは爆炎と衝撃を放って周囲の御霊を殲滅する。御霊が全て破壊されたことにより、ジェミニは砂へと帰った。
戦闘が終わり、美森に抱えられて禊は皆の元へ移動する。地面に着地し、合流する禊と美森。ふと気になって見てみると友奈の右の手甲の満開ゲージが増えていた。全員がそれに気づき、表情を曇らせる。
そんな友奈を心配したのか美森は友奈の手を両手で包んで支える。
「大丈夫? 友奈ちゃん。体は平気?」
「うん! 大丈夫だよ、元気そのものだよ、みんな怪我なく終わってよかったよ」
友奈が言い終わったあたりで、周囲に展開されていた樹海化が解けはじめ、光が周囲を包み込み始める。
夏凜は怒っていた。皆の制止を振り切り、勝手に一人飛び出したことを怒っていた。
「いい? 友奈今日帰ったらみっちり説教よ。あんなことして私が黙っているとでも……。あれ? 友奈はどこ?」
樹海化が解除され夏凜と風、樹は学校の屋上にいた。説教気味になっていた夏凜はそこで初めて友奈がいないことに気づく。
「友奈どころか、東郷と禊もいないじゃない⁉︎」
更に美森と禊がいないことに気がついた風が声を上げる。声の出ない樹も慌てて周囲を探してみるが学校の屋上には三人以外誰もいなかった。
樹海化が解け、光が収まった時、禊たちはいつも自分たちが転送されていた学校の屋上にいないことに気がついた。周囲を見渡すと目に入ったのは大きく破損した瀬戸大橋であった。
「ここは、……大橋のところ?」
「そうだよ〜、みーちゃん。そして待ってたよ〜、わっしー。会いたかった〜」
聞き慣れたのんびりとした声が聞こえる。振り向いて確認するとそこにいたのは園子であった。珊瑚の首飾りを着けた彼女は病院のベットごとそこにいた。彼女の姿を確認した禊は驚き、慌てて彼女の側に駆け寄る。
「どうして、園子? こんなところに出てきていいの?」
「うん。今日は伝えたいことがあったからこうして呼び出したんだよ。上手くいってよかった」
そう言う彼女の視線は禊を一度見ると友奈と美森の方へ移された。そして改めて心中を吐露する。その声は今まで禊の聞いたことのない声であった。
「会いたかったよ、わっしー」
「わし? ていうかなんでベッドがこんな所に? ドーンと?」
「呼んでたんだよ? あなた達が戦っているのを感じたから」
園子の視線は美森ただ一人に注がれる。その視線は懐かしい人に会う時のものであった。その視線に友奈は美森に確認をとってみることにした。
「えっと、東郷さんの知り合い?」
「いいえ、初対面だわ」
どこか自信なさげに美森は答える。少し園子は気落ちしたそぶりを見せ、気持ちを切り替えて微笑む。
「わっしー、ていうのは私の大切な友達の名前なんだ〜。その子のことを気にしてつい、口に出ちゃうんだ。ごめんね」
「あの、私たちを呼んだんですか?」
「うん、その祠からなら、バーテックスと戦った後のあなた達を呼び出せると思ってね」
園子の口からバーテックスという勇者しか知らないはずの名称が出たことに対する反応は様々だった。友奈と三森はその言葉が出たこと自体に驚き、禊は己の予感が悪い方向へ当たりつつあることを察した。確認のため友奈が口を開く。
「バーテックスをご存知なんですか?」
「一応、あなた達の先輩に当たるのかな? 私、乃木園子っていうんだよ」
「わ、私は讃州中学2年、結城友奈です」
「東郷美森です」
「友奈ちゃんに、……美森ちゃん、か」
美森の名を呼ぶ時、少し寂しげな声であった。まるで他に呼び名があったかのようで。禊は何も答えずただ黙って顔を俯いていた。友奈にはそれが判決を待つ被告人のように思えた。禊を横目に見つつ、友奈は続ける。
「先輩ということは、乃木さんも?」
「うん、私も勇者として戦ってたんだ。二人の友達と、エイエイオーってね。今はこんなになっちゃったけどね」
そういって園子の視線はもう動かない自身の四肢を見ていた。
園子がかつて勇者であった事実。一つ目の事実を禊は知った。
「バーテックスが先輩をこんな酷い目に合わせたんですか?」
明らかに重体であるその子を見て友奈の声が震える。しかし勇者には精霊のバリアがあるはず、ならばなぜここまで重傷になってしまっているのか。それに対する答えは否定であった。
「うんとね、敵にやられたって訳じゃなくてね、えーと友奈ちゃんたちは満開、したんだよね? わーって咲いて、わーって強くなるやつ」
「はい、しました。わーって強くなるやつ」
「私もしました」
満開を行なった事実を聞いて園子は少し、眉を下げる。そして意を決したように話し始める。
「咲き誇った花はその後どうなると思う? 満開を行なった後に散華っていう隠された機能があるんだよ」
「散華? 華が散ると書く散華?」
「満開を行なった後、身体のどこかが不自由になったはずだよ」
その言葉に友奈と三森は息を飲む。味覚、左耳の聴力。聞いた話によれば風の左目、そして樹の声。心当たりはいくつもあった。
乃木園子は続ける。華一つ開けば一つ散る、華二つ開けば二つ散る。満開システムとはつまり、勇者が神樹の力を直接行使する代わりに身体の機能一つを贄として捧げる仕組みであると。そして今の自分があるのは戦い続けた結果だと。満開の代償に身体の自由が失われたと。
勇者システムの真実。禊が知った二つ目の真実であった。
そこまで聞いて友奈は声を震わせながら質問する。
「ど、どうして。どうして私たち何ですか?」
「いつだって、神様に見初められて供物にされたのは無垢な少女だから。汚れなき身だから大いなる力が宿せる」
「……みんなは供物になるために勇者になった? 園子も?」
そこで初めて禊は声を発した。
一緒に頑張ってきたみんな、守りたいと思った園子も初めから供物として選ばれた?
声が、体が震える。みんなのためだと思って体を張っていた勇者部も初めから供物になるために仕組まれていたという事実に禊は足元が崩れるのを錯覚する。
「でも、もう戦いは終わったんだからもう私たちは供物を捧げなくていいんだよ! 乃木さん、私たちの体もいつか治るんですよね?」
暗くなる皆の心を支えるように友奈が希望的観測を持ち出す。もう戦いは終わった。それならばもう、供物を捧げることもない。体の不自由もいつかは治るはず。
「そうだよね、治りたいよね。私も体を直して友達を抱きしめに行きたいよ」
友奈の希望に対して現実は非情であった。園子の言葉と現状が答えを言っていた。先輩勇者が不自由なまま、今に至り、言葉に混ざる悲壮感が治らないことを代弁していた。
もう体が治ることはない。その事実に禊は両の手を血が滲むまで握りしめていた。
その時、四人を取り囲むように大赦の神官たちが現れる。彼らは何を言うでもなく、ただ園子に向かって平伏する。突如現れた神官たちに友奈と三森は動揺するが彼らは平伏したまま動かないのを知ると何事かと園子の方を見る。
「今や私は半分神様みたいな物だからね、崇められちゃってるんだよ。悲しませてごめんね、大赦がこれを隠すのも一つの優しさだとは思うんだよ。でもね私なら知っておきたかったって、そう思ったから。安心してね、あなた達も丁重に元の街に送ってあげるから。みーちゃんは少し待っててね。まだ話し足りないことがあるから……」
出来るだけ安心させてあげようと園子はできるだけ優しい言葉で伝える。それでも続けた言葉の時には涙が流れていた。その後、禊に語りかける声も震えていた。
園子の言葉に禊は何故、園子があの物々しい部屋で祀られ、誰とも面会されなかったのかを知る。
涙を流す彼女にもう何もしてあげられない無力感を振り払い、園子に向き直ろうとした時、禊は己の声を耳で聞いた。
「あのさー、それだけじゃあ、どうして小戸禊がここにいるのかがわからないだろう?」
突如現れた声に誰もが振り向いた。神官の一人の背後にそれはいた。まるで今そこに現れたその人物は軽薄な笑みを浮かべていた。顔の見える人物も仮面を被った神官達も等しく驚く。特にそれに対峙した禊は訳がわからなかった。動揺したまま、声が漏れる。
「君は、……僕?」
「よう、片割れ。夢の中以来だな?」
そこに立っていたのは小戸禊であった。見えるところに差異はなく、唯一違っているのはきている服が讃州中学の制服か、大赦の神官服であるかの違いであった。軽薄な笑みの禊はイタズラが成功した子供の様に笑いながら話す。
「なあ? おかしいとは思わなかったか? あの説明じゃあ既存の勇者達のことは分かる。だけどお前は当てはまらないことだらけじゃないか」
「……え?」
目を逸らしていた事実を突きつけられる。
「どうして無垢な少女でもないお前が勇者に変身できたのか。どうして満開を行使しても体が不自由にならないのか。どうして祀られていて両親さえも面会できない乃木園子にお前は容易く面会し続けられたのか。どうして勇者に変身するたびに焼かれる痛みを感じていたのか。あれだけヒントがあって分からないのか? それとも察しながら目を逸らし続けていたのか?」
矛盾する事実が羅列されていく。薄々感づいていた。でも気づかない振りをしていれば指摘する者は誰もいなかった。そうすれば今のままでいられると思っていた。
「……あ、ああ。あああ……」
頭ではもう分かっていても心がそれを押しのけようとする。それでも目の前の小戸禊は構わず続ける。
「それらは全て、お前が人間でないことに由来する。お前は天の神が作られた、十三体目のバーテックスなんだよ」
「やめろー!」
偽の禊の声をかき消す様に園子の絶叫がこだまする。突如、勇者装束に変身した園子は無闇矢鱈にの槍を射出する。合計八本の大型の槍は真っ直ぐに偽の禊に殺到するが見慣れたバリアがそれを阻む。それは見慣れた精霊のバリアを鎧を着込んだ女武者の精霊が展開していた。
腕を組んだまま、スマートフォンを操作し、偽の禊は赤い勇者装束を見に纏っていた。それは禊の夢の中で園子と共に戦っていた少女が着込んでいたものと瓜二つ、強いて言うならば、男性用にアレンジされている以外、同一のものであった。
「おいおい、話してる最中に攻撃するなんて無粋な奴だな。少し静かにしてろ」
突如、大型の戦斧が落下し、園子の不自由な体をを支える様に展開していた槍を地面に縫い付ける。
「さて、どこまで話したかな? まあ、俺に関して話すにはこうしたほうが早いか」
そう呟くと偽の禊はゆっくりと禊に向かって歩む。手で触れる距離まで近づき両手で禊の頭を優しく掴む。
「ほれ、俺の記憶を接収しな。それで説明が省ける」
手で触れている部分から何かが流し込まれるのを禊は感じた。次の瞬間、何をしたわけでもなく、勇者装束が展開された。しかし纏っていたのは蒲葡色の鎧ではなく、満開の時の白い鎧であった。
翼が展開された。あの黒い球体を発生させた時の同様の動作であった。すると禊の頭の中にいくつもの知らない情報が目の前の偽の禊から流れ込む。
天の神。新人類創造計画。第二次侵攻。十三体目、オヒュカス・バーテックス。バーテックスを指揮するためのバーテックス。勇者システムに対するカウンター。新世紀298年の戦い。三ノ輪銀。魂。天の神による勇者システム。満開。
いくつもの情報と記憶が禊に流れ込んでくる。最後に見えたのは満開した園子がこちらに刃を向ける光景。
全ての事実を禊は知った。
愕然とする。思考が脳裏を巡っていく。
今まで、園子と一緒にいられたのは僕の監視のため?何時でも僕を殺せた?勇者になれたのは僕の中に三ノ輪銀の因子があったから?医者のカルテ、体には異常なし?忠告したのは変身した時に何かを思い出して、寝返った時に不都合だから?天の神は僕を待っている?
でもそれ以上に衝撃的なのは。
「……ねえ園子」
「みーちゃん、そいつ言うことに耳を傾けないで! 大丈夫、何があっても私はみーちゃんの味方だか……」
「僕は君たちを殺すために作られたの? 君の体がそうなっているのは、君が二十回以上満開したのは僕と戦ったから?」
今まで守りたいと思っていた。もし体が一生不自由でも最期まで支えてあげてあげたいと思っていた。例え、普通の幸福はもう得られなくても一緒に幸福を感じることは出来ると思っていた。
でも彼女の普通の幸福を、当たり前を奪ったのが僕だったのなら。どう顔向けしたらいいのだろう。
「……こんな、こんなはずじゃなかったのに」
「みーちゃん!」
自然と目の焦点は園子を捉える。目に入る彼女はその大部分が包帯に巻かれたまま、勇者装束を纏っていた。もう動かない四肢を動かすため、連結した複数の槍。遠目に見ればまるで、十字架に架けられた聖人の様で。
記憶の中で知った彼女の昔の勇者としての花言葉は神の祝福。時に障害をもって生まれた子供は祝福された子供と呼ばれることもある。例え障害をもっていても、生まれてきたことを赤子は祝福される。でもそれは神に祝福されたものだ。彼女のそれは祝福などではなく、敵と戦って刻まれた傷跡。僕という敵がなければ背負う筈もなかったもの。
ただ最悪感が心を満たす。
「……あ、ああ……、あああ!」
言葉にならない罪の意識が叫びになる。どうしたら良いの? どうすればよかったの?
もはや手遅れの疑問が溢れては叫びに消されていく。
気づけば視界が涙で滲みながら、僕は走り出していた。今は一刻も早く、ここからいなくなりたかった。もうどこにもいたいくなかった。胸の痛みだけが無情にここにいることを教えていた。
絶叫を上げ禊は走り出した。何もかもが突然のことで、見送る偽の禊以外、誰もが呆然とそれを見ていた。
ただ一人、園子は背を向けて走り去っていく禊に届かない手を伸ばす。
「待ってよ……、待ってよ! みーちゃん、私を一人にしないで!」
少女の声が虚しく空に消えてく。届けようとした声は罪悪感に嘆く声にかき消されて禊には届かなかった。
もうすぐ学校が始まるので少し更新が遅れるかもしれないですがそこはご愛嬌ということでお願いします
最終回までプロットはできてるので完結は間違いなし
これからもよろしくお願いします