小戸禊は勇者であったか?   作:加賀崎 美咲

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小戸禊が見たもの


閑話 俺/僕の記憶

 禊の両の掌が偽の禊に触れる。そこから温かいものが地震に流れ込むのを禊は感じる。

 声が聞こえる。己の声。二年間、聴き続けた、話し続けた己の声。

 時間に束縛されない心の中で偽の禊はこちらに語りかけてくる。

 

 さて、俺の話。いや、俺であり、そしてお前の話をするとしよう。

 意味がわからないって顔をしているな? それはそうさ。俺とお前は同じ存在から分かれた同輩。生まれの関係ない兄弟みたいなものさ。

 

 かつて異教の神は何もない世界に言ったそうだ、

「光あれ」と。そして世界が生まれたそうだ。

 俺が最初に見たものも光だった。

 

 天上の高天原におわせられる、一柱の神。それが俺たちの生みの親だ。今は統合されて一柱の天の神って形で顕現しているがな。

 俺が作られた理由は確固たるものだった。

 人類を根こそぎ滅ぼす為の尖兵。実に単純明白なものだろう?。でもそれだけなら数多いるバーテックス共でも問題ないはずだった。

 そもそもの話だが、旧世紀の人類は禁忌を犯した。詳細は俺も聞かされてはいないが、重要なのは被創造物である人類が神の領域に土足で踏み込んだこと、その一点がなによりも神々の怒りを買った。

 怒った神々は人類を粛清する為だけにバーテックスという新種を創造した。結果はお前も今知った様に人類は神樹の領域である四国地方を残してさっぱり消えて無くなった。

 

 でも生き残った人類とそれを守る神樹。それが本当にしぶとかった。諏訪で無双してた勇者の活躍もあって天の神側は四国に三年もの猶予を与えちまった。

 お陰で最終的に人類の粛清は和平交渉って形で決着しちまった。そこまではよかった、どうせ寄せ集めで生まれた神格なんて神々の時間感覚で言えば、大して長い間に自己の存在を保てない事は明白だった。

 天の神からすれば時間切れを待って、そのあと攻め込めばよかったんだ。ところが新世紀が始まって一つ発覚したことがあった。

 勇者システムだ。それの研究が当然のように、秘密裏に存続されていたんだ。

 当然、天の神はこれまた怒った。なんせ、和平の条件が神樹側に神樹の結界の外に出ない事と勇者システムをはじめとする武力の破棄だった。その上で許してやるって条件だったのに人類の奴ら、こっそり研究なんてしてたわけだ。

 人間だったらここで契約不履行だって言って殴り込みに行けばよかったろう。でも問題は天の神も神という存在であり、その根本の規則には等しく縛られているって事だ。だからこそ、一度でも不可侵の契約が結ばれ贄を捧げられちまったら文字通り、神にも破れないのさ。

 勇者システムは天の神にとって神樹以上の脅威になり得た。理論上、神樹自身を対価に勇者システムを運用すれば同士討ちで天の神が敗れる可能性があった。なんせ、直接神の力やその類似の力を人間サイズで運用できるんだからな。

 故に、天の神はいつか神樹の力が弱まり、契約が切れる時に勇者システムに対しての有効打を持つことが必要になった。

 

 ここまで言えばわかるな? そうだ。俺やお前という存在がその対抗策だ。例えどれほど勇者システムが強化されようと問題なく抵抗できるバーテックス、それが俺やお前だった。

 与えられた権能は『接収』

 早い話が食ったものを己の血肉にする、最も単純な生物の機能の一つ。それが神が俺にお許しになった権利だった。同時に与えられたもう一つの神の権能であるブラックホール生成能力と組み合わせて問答無用で進化した勇者システムそのものをこちらの戦力として利用する。それが天の神が生み出した勇者システムとしての対抗策だった。

 

 でも不思議だよな? どうしてバーテックスがこんなにも人間に近いのか、見た目こそ完全に人間そのもの。別に権能こそあれば、形はなんでもいいはず。それがどうして滅ぼすはずの人間の形をしているのか。

 それは俺たちが人類を滅ぼした後の地上に栄える、新しい人類に当たるからだ。本来、神々は人類がいなければ存続できない。人が神を信仰して、神が星を循環させる。それが正しい関係性だった。だから今、天の神がやってる事は矛盾してる。このまま人類を滅ぼせば自分たちもいずれ消滅する。だから滅ぼした後に神々を信仰する新しい人類が必要になった。

 今度は禁忌を犯さない、神々に都合のいい人類がな。

 新しい人類はそれぞれが生まれた時から何かしらの使命を与えられた存在。それに逆らう真似をすれば命を失う。それによって新しい人類は神々に都合のいい養分になるわけだ。

 それは俺も例外じゃない。

 あまりいい気分はしないが誰も生みの親を選べない、仕方がないことさ。

 

 そんなこんなで生まれた俺はその後、数百年は何もせずにいた。なんせ、人と戦う為に生まれたんだ、戦う時じゃなければ用無しなのは当然さ。目に見えていたのは炎の海と無限に生まれ続ける星屑と呼ばれる下級バーテックスと製造中の完成体バーテックスばかり、俺以外の存在らしい存在はいなかった。今思えば何も面白げのない光景だ。

 

 そして時は流れて数百年。その時は来た。今から2年前、俺たちは結界の弱まった神樹へ向け、侵攻を開始した。

 

 その時、俺たちと戦ったのがお前の知る、乃木園子、当時は鷲尾須美と呼ばれていた東郷美森、そして俺から見て最も優れた勇者、三ノ輪銀の三人。

 

 戦うところを見てまず感じたのは失望だった。想定していたものよりも明らかに勇者たちは弱かった。たかだか完成体のバーテックス一体に手をこまねいている程度の連中だったからだ。数回戦わせてみて出した結論はそうだった。はっきり言って俺がいなくても適当に三体ほどまとめてけしかけてしまえば勝てると思った。

 だから4回目で実際にそうした。

 

 そして想定外が起こった。

 途中まで、たしかに想定通りに事が進んだ。乃木園子と鷲尾須美は三体の連携の前に倒れ動けなくなり、あと残るのは三ノ輪銀ただ一人。その頃からすでに興味を失っていた俺はただ成り行きを見下ろしていた。どうせあと一人、適当に潰れて終わり。そう思っていた。

 そして俺は光を見た。生まれた時に見た荘厳な神の輝きではない、泥臭く鈍色に輝く光。清浄な神の輝きに比べれば、なんて事ない人の放つ輝き。

 でもその光に俺は少しも目を逸らすことが出来なかった。初めて見たその輝きも長くは続かなかった。たった一人で奮闘した三ノ輪銀は俺の放ったバーテックスを追い払い、自身の命を終えようとしていた。

 惜しいと思った。ここでもう見えて無くなってしまうにはあまりにも光るそれが永遠に失われることを不愉快に思った。

 気づけば体は動き出し、俺は三ノ輪銀に対峙していた。バーテックスと同じ存在感を放つ俺を見て一目で敵と理解したのだろう。最期の足掻きか俺の目を見てもう長くないであろうボロボロの体に力を込めて彼女は言った。

 

「……どうだ、見たか。これが私たち、人間だけの輝き……たましいってやつよ!」

 

 ろうそくが消える直前に燃え盛るように事切れようとしていた。その輝きを素晴らしいと思った。劣っているはずの旧人類に対して妬ましいと思った。天命を定められて生まれてきた俺には出せない輝き。欲しいと願った。

 三ノ輪銀が事切れる寸前、権能を用いて俺の一部にした。でも彼女を取り込んでもあの時の輝きを俺は持てなかった。不思議に思った。三ノ輪銀を取り込み、血肉の一部にしたのだから同じようになると思った。不思議に思い、自身の体を眺めていると一部始終を見ていたのだろう、乃木園子と鷲尾須美が顔を怒りに染めてこちらに襲いかかってきた。

 邪魔に思い、重力子を固めて押しつぶそうとした時、頭に声が響いた。

 

「その二人はやらせない!」

 

 吸収した三ノ輪銀が俺の頭の中で暴れてひどい頭痛がする。彼女を俺の中から消してしまえば治せるものだった。でもそれは選べない選択肢だった。戦いを中断し、その場で離脱した。

 

 俺の領域に帰還し、始まったのは俺と三ノ輪銀による対話だった。知りたかった、あの輝きの正体を。しかし対話を重ねても何も理解できない。

 

「私にはお前たちが理解できない。何故お前はあの様に輝ける? 何故あの様に戦った? 誰かに命令されたのか?」

「アタシには友達とか、兄弟とか家族とか、もろもろ守りたいものがあるんだ、誰かに命令されたからじゃないよ。お前にはそういうのないのか?」

 

 友達? 家族? 守るもの? そんなものが何故あの輝きを生み出すのか理解ができない。根本的に価値観、見える世界が余りにも違う、何だあれは、本当に俺はあれらを元に完成した人間なのか?

 

 何故かとても悲しいと思った。

 

 数ヶ月にも及ぶ意味の無い対話の後、天の神からの出撃命令が下された。逆らうこともなく、俺は神樹の結界を破り、他のバーテックスと同様にそこにいた。

 対峙した二人は以前とは見違えるほど強くなっていた。更に強化された勇者システムとその精霊のバリアは俺の放つ『接収』のブラックホールを防いでいた。接収ではなく、ねじ切りためのブラックホールに切り替える。

 

「ミノさんの敵、取らせてもらうよ!」

 

 戦いながら勇者たちの姿が変わる。バーテックスとしての感覚器が神の力を感じる。どうやら神の力を直接、人間の身で行使することを可能にしたらしい。強化されたその力は他のバーテックスどもをあっさりと倒した。そこで片方の勇者、鷲尾須美がいなくなったことに気がつく。見渡し、見つける。足が動かないらしい。どうやらこの新しい力は代償を必要とするらしい。矮小な人間が大いなる神の力を行使するのに無償なわけがない。この力は満開と呼ぶらしい。

 何度目かの戦いの後、遂に鷲尾須美は戦線に戻ってこなくなった。乃木園子を何かを話すとそのまま気を失う。鷲尾須美と話し終えた乃木園子の覚悟を決め、何度も満開を繰り返して代償を払う姿に、俺はまたあの輝きを見た。

 無意識に口角が上がっていくのを感じる。あの輝きがまた見られる事に歓喜した。同じようになりたい、その思いで俺の中の三ノ輪銀を媒介に神樹に接続を作り、あの力を模倣する。模倣した満開で天の神からの神通力で出力を強化する。

 本来の俺の製造目的である強化された勇者システムの逆利用を実行し、作られた本分を全うする。

 驚いた表情を作る乃木園子に俺は笑みを深くする。

 やはりというか、満開を獲得した俺と満開を行使する勇者とでは地力の差からあっさりと決着がつく。合計二十回の満開でも俺との差を埋めることは出来なかったようだ。精霊のバリアといえど、全力の一撃であれば貫けるはず。最大限に圧縮したブラックホールでねじ切り殺そうとした時、満開が解け始めた。

 まあいい、勇者の満開とは違い、こちらは一切代償などない。

 その時、三ノ輪銀を媒介に作った神樹との繋がりから逆流してくる力を感じた。体が動かず、その場で固まる。体から文字通り、魂が抜かれる。抜け殻になった体が俺から離れていく。いや逆だ、魂だけになった俺が体から離れていく。神樹に引かれながら、神樹の結界である、樹海化が解かれていく。

 

 世界が暗転して、そこは神樹の中であった。満開の供物の要領で俺の魂が持っていかれたらしい。

 神樹の一部になった事で結界の内部である四国中が簡単に見渡せる。俺の体を見つけた。大橋に近い砂浜で乃木園子に槍を突きつけられ、振り下ろそうとする動作を始めようとしているところだった。抜け殻となった俺は何かを言っている。

 空が綺麗? あの神樹の結界で作られた偽物の空が?

 どういうわけか振り下ろそうとしたところで動きが止まり、そのまま変身が解除された乃木園子は不自由な体を支えられずに倒れこむ。

 

 しばらく見ていると慌てた様子の大赦の職員たちがやってくる。倒れた乃木園子を見つけて驚き、更に敵であるはずの俺が一緒に倒れている事で状況が見えない様だ。仕方なく二人とも救急車に運ばれていく。

 

 ここまでがお前の持っていなかった俺の記憶。理解したか?

 

 お前に家族がいないのはお前は天の神が作った唯一無二の人類抹殺の尖兵にして、人類を滅ぼした後に栄える新しい人類だから。

 お前が勇者になれたのはお前の中に残留する三ノ輪銀の因子があったから。

 お前が2年前以上の記憶がないのはそもそもお前が生まれたのが2年前だから。

 お前がバーテックスを倒すたびに勇者装束の装備が増えたのは接収の権能が中途半端に作用したから。

 お前が満開のした時に行使したのはバーテックスとしてのお前の力。

 祀られていた乃木園子にお前が容易に面会できたのはお前の監視と記憶が戻る様なことがあればいつでも始末できるようにするため。

 お前が勇者として矢面に立たされたのは犠牲になってもいい戦力だったから。

 あわよくば相討ちに立ってくれればと思われていたから。

 そして、乃木園子が身体機能の大部分を喪失したのは俺/お前と戦い、何度も満開したから。

 

 これが事実であり、お前が知りたかったことの全てだ。どうだ? 納得したか?

 面白いよな、自分の人生を滅茶苦茶にした本人に心配されるなんて。乃木園子はどんな気持ちだったんだろうな?

 

 

 これが僕の記憶?

 そうだ。お前が失っていたもの。

 僕が園子を傷つけていた?

 そうだ。

 僕がいなかったら園子は傷を得ることはなかった?

 そうだ。

 

 己の声は無情に罪を肯定していく。罪悪感に心が包まれていく。心の足場が崩れていく。どうにかなっていまいそうだった。

 己の口から出た絶叫が僕を現実に引き戻す。

 振り返れば園子がいた。もう二度と自由に動くことのない、普通の幸せなど一生ないその体で。

 

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