小戸禊は勇者であったか?   作:加賀崎 美咲

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第6話 僕の名を呼ぶ声

人類の残された最後の安息の地、四国。その周辺は神樹の生み出した宇宙規模の結界により、灼熱の地獄と化した外界と分断されていた。だが何事にも最後の時が来る。そして結界のそれは今日であった。

地の神々の集合体である神樹の結界は、天の神々の集合し一体化した天の神の放った最後の使者、小戸禊、真名を蛇遣い座のオヒュカス・バーテックスによって大穴を空けられ、四国の空の一部からは外の様子が衆目の下に晒されていた。

夕焼けの空の中に夕日よりも赤い灼熱の業火の光が外から漏れる。それはまるでもう一つの太陽が空に現れたようであった。

しかし太陽に見えたのも束の間であった。すぐに赤い太陽は、小さな黒い点が集まり、黒く染まっていく。殺到する人型のバーテックスが影となって太陽を隠す。

 

友奈達の持つスマートフォンから樹海化警報のサイレンが鳴る。それまでの時間が止まるといった前準備なしに樹海化が始まる。樹海化が完了し、樹海化した四国に立った時、友奈達の視界にそれが入る。

 

「東郷さん! みんな、あれを見て!」

 

友奈の人差し指が神樹の生み出した壁に一点を指し示す。そこには巨大な穴が開いていた。開いた穴からは無数の白い人型の何かが止めどなく侵入し続けている。その数が尽きる様子は一切ない。

 

「待って、これどうなってんの? どう見たって十や百って数じゃないわよ!」

 

手元のスマートフォンを見て風の声が震える。それまで敵や味方の現在位置を示していたアプリであったが、今その画面の一角が小さな赤い点がいくつも現れ、重なり、赤く染まっていく。バーテックスとは12体ではなかったのか?

その中心、一点だけぽっかりと穴が開いたように赤が存在しない場所がある。そこには一つだけ別の表示が出されていた。蛇遣い座。最後にして最新の十三体目のバーテックスがそこにいることが誰にでも伝わっていた。

 

「よし! みんな、あれを全部やっつけて帰ろう! ……みんな?」

「友奈ちゃん……、みんな……もう……」

 

友奈の元気な声が皆を先導しようとする。しかしその声に答えるものは誰もいなかった。皆の思いは分かりやすいものであった。

四体のバーテックス襲来でほぼ全員が満開を使用した。しかし今回の敵は終わりが見えない。一体何回満開することになるのか。一体何を供物として捧げなければならないのか。そもそも勝てるのか。

 

「み、みんな! 戦わないと!世界が終わっちゃうよ!」

「友奈ちゃん……」

 

友奈の足は震えていた。いつのも快活さは見る影もなく、顔は青ざめていた。誰もが分かっていた。勇者システムの真実、乃木園子の現状、小戸禊の正体。不安の原因はいくつも探し出せた。勝てるかもわからない、無事に帰れるか分からない。ただの中学生の少女達にはあまりにも荷の重い状況であった。それを証明するようにいくら勇者のアプリを起動しても誰も変身できない。

 

「そうだよね、みんな不安になるよね。大丈夫、私に任せて。これでのすっごい強いんだよ私?」

 

戦うことに躊躇い、俯き、変身できない少女たちに園子は優しく言う。計21体の精霊が姿を現し、それぞれの武装を展開する。様々な種類の槍が展開され、彼女がいかに満開を繰り返し、供物を捧げたのかを暗に語っていた。展開した槍は陣形を組み、最適化された展開した槍のうち、移動を補助するものを用いて園子は飛び去っていく。

戦いを恐れる少女たちはただそれを見送るしかなかった。

 

神樹の結界に大穴を空け、そこから禊たちと星屑たちは結界の内側へと侵入する。穴をくぐり、そこには神樹によって展開された樹海が目下に広がっていた。何処かで見たような気がする。しかしそんなはずはない。おそらくオドの記憶を見て既視感を持ったのだろうと結論づけて禊は飛びながら進んでいく。

 

「さあ! みんな行こう! 全ての痛みを消しに、僕らの世界を創りに!」

 

しかし、星屑たちからの返事はない。

繋がった心からも返答はなく、結果的に禊の独り言のような形になってしまう。もとよりバーテックスたちに心などなかった。そんな禊の様子を見て、一体の星屑を足場にしたオドがケラケラと笑う。

 

「はっはっは! そいつらに心はないさ。ただ命令を聞いて実行するだけのナマモノだよ」

「そんな言い方はないだろう。彼らだって僕らの同胞だ。痛みを消して、それでこの星は僕らの故郷になるんだ」

「まぁ? お前の好きに解釈すればいいんじゃないか? 最終的に人類が滅びれば俺の天命は全うされるわけだし?」

 

人の形を得た星屑たちを禊は同胞と呼んだ。何故か禊は彼らをそう呼びたくなった。共に歩む仲間、禊はそれを欲していた。オドからすれば人類を滅せれば、過程はそれほど重要ではなかった。

禊の記憶は彼の接収の権能と天の神の施した刻印が作用し、もうどこにもないはず、今更人間のように仲間を見出そうとするのは何故なのか禊自身にも分からなかった。。同胞と呼ばれた星屑たちは禊の言葉に一切の反応を示してはいなかった。

その時、禊の体に痛みの幻覚が発生した。星屑たちと構築した伝達網から彼らの感覚が逆流して禊に伝わっていた。すぐさま、痛みの発生源に向き直すと先遣隊として放った数十体の星屑が薙ぎ払われ、命を散らしていた。

目に入るのは紫色の祝福を受けた勇者の姿。それを目に入れ、禊の心が憎悪に満ちる。

 

「あれは、勇者! 痛みを生み出す存在! よくも僕の同胞を!」

「そうだ! あれが俺たちの敵だ!」

 

オドの煽る声を聞き、禊は怒りに任せて乱暴に翼を展開し、翼から噴出する熱が一気に距離を詰める。それまでいた場所から瞬間移動するように姿が消え、次の瞬間には禊は園子と接敵していた。

 

「よくも、よくも僕の同胞を消したな! 痛みを生み出す悪魔ども!」

 

接敵し、園子の操作する槍を掴み、力任せに放り投げる。強化された膂力は精霊の操る力を容易に超え、攻撃の当たろうとしていた星屑を守る。突如現れた禊に園子は驚愕する。

 

「みーちゃん⁉︎ どうして⁉︎ どうしてそっちにいるの⁉︎」

「勇者が僕に何の用だ! 消えろ、消えろ、消えろ!」

 

乃木園子を見て禊は憎悪を募らせる。今の彼にとって彼女は痛みを生み出す勇者の一人。面識のない敵に禊は己の力を振るう。敵を滅ぼすための黒い球体が園子を追尾するようにいくつも発生する。発生した黒い球体を園子は防御用の槍を展開し攻撃を防ぐ。間に合わないものは精霊のバリア発生して間に合わせる。

距離が開き、禊は急加速して殴りつける。しかしいくら強化された膂力を用いようとも、勇者を生かすためのバリアがそれを防ぐ。敵意に満ちた禊の行動に園子は困惑する。

 

「どうしてこっちを攻撃するのみーちゃん? 私だよ? 園子だよ?」

「勇者が気安く話しかけるな! 敵はさっさと落ちろ!」

 

園子の必死の呼びかけに禊は攻撃で答える。何度も殴られ、精霊のバリアが限界を迎える。残像を生んだ打撃が繰り返され、バリアが崩壊する。急いで槍で壁を作るがその槍ごと大きく後ろへ飛ばされる。

吹き飛ばした園子を禊は追撃する。バリアで防がれる黒い球体よりも打撃による殴打を選択する。拳を振り下ろす。精霊のバリアが再度再度展開され、園子を守る。通常の人間であれば破裂する威力の拳での打撃をバリアは防ぐ。何度も攻撃され、園子の満開のゲージが補充されていく。そこで園子は気づく、禊と戦うことに夢中になっている間に周囲にいた星屑たちがかなり奥にまで侵攻を終えていることに。このまま禊の相手をしていたら彼らが神樹へとたどり着いてしまう。躊躇っていられる状況ではなかった。それを解放するための言葉を放つ。

 

「満開!」

 

宣言と共に地の方から神の力が園子に向かって注がれる。余剰の力が衝撃波となって禊を吹き飛ばす。園子の満開特性である天方舟を展開する。禊を置いて園子は先行した星屑たちを追って飛び立つ。幸いなことに方舟であれば猶予を持って星屑たちに追いつく。

 

「神樹様の方には行かせないよ!」

 

展開された方舟に備え付けられた大型の舵のような槍が星屑たちを撃ち落そうと迫る。今までの星屑であればそれで全滅していただろう。しかしここにいるのは生まれ変わった勇者の力を模倣した人型のバーテックス。

まず大剣を構えた星屑がその大剣を斜めに構えて迫り来る大木のような槍をいなし、仲間の星屑を守る。

ワイヤーの射出機能を備えた星屑たちが放ったワイヤーが槍に絡まり、8対計、十六本の槍を絡めとり、動きを封じる。

手甲を備えた星屑たちが園子の方舟の動力部である翼のパーツを殴り抜けることによって破壊する。

双剣を備えた星屑たちが身軽さを生かして方舟にのる園子を直接狙うが、園子が精霊によってさらに展開した槍によって防がれる。

左腕を狙撃銃のような武装に備えた星屑が園子の展開した槍を撃ち払い、守りを削っていく。

勇者たちがバーテックスに対して唯一持っていた数の有利、連携の強さという優位性は消失し、皮肉にも強大な敵に複数で立ち向かう勇者たちとその敵であるバーテックス、という構図が逆転していた。もはや生物の頂点たるバーテックスと呼ぶには力不足の星屑など、どこにもいない。そこにいるのは新たなる繁栄種としてあるべき本当の意味でのバーテックスであった。

予想だにしていなかった星屑たちの連携という強さに園子は返討ちにあう。

トドメと言わんばかりに数体の星屑が船に張り付く。張り付いた星屑たちの体に刻まれた天の神の刻印が光りだす。天からの神力が供給され、星屑を満たす。満たされた星屑は溢れ出る力を直接用いて、爆発に変える。さながら自爆テロのように自身を供物にして敵を殺す。

方舟を完全に破壊され、満開を維持できなくなり、園子は地へ落ちていく。

感覚を共有する禊は追いかけながら、バーテックスたちが自爆攻撃を実行したのを痛みを通じて理解する。

 

「またいくつも消えた。みんな戦いたがっているの?」

 

消えていくバーテックスの苦しみを共感し、禊は表情を曇らせる。何のためにその命を散らすのか。自らを供物に捧げる戦い方は好きになれなかった。そんな禊の意思とは関係なくまた爆発が起きる。

 

神樹にほど近い場所に出現していた友奈たちの目にも、その戦いの様子は映っていた。かつてバーテックスを退けた先代勇者が容易く落とされた。誰も目にも、もう勝ち目など見えなかった。落下してきた園子が近くに落下する。友奈たちはその身を案じて駆け出す。落下の衝撃で生まれた空間に乃木園子は倒れていた。

倒れる園子を友奈は抱き上げる。抱き上げられ、即座に園子の意識が回復する。

 

「乃木さん、大丈夫⁉︎」

「いてて……、バーテックスがあんな風に連携するなんて。あれ? 結城さん? 何言ってるのかよく聞こえないよ? ……そっか」

 

今回の満開の供物は右耳の聴力であった。右側から話しかける友奈の声や音はなくなり、左耳の聴力だけが園子に音を伝えていた。友奈の声を聞くために園子は左耳を彼女に向ける。その様子を見て、誰もが何が失われたのかを察する。失われた事実に友奈は息を飲む。

 

「乃木さん……、その、耳が……」

「そうみたい、でもよかった。これならまだ問題なく戦えるよ」

 

明るく園子は答える。友奈たちを不安にさせまいと気丈に振る舞っていた。今にも折れそうな彼女の細い体を抱える友奈は分からなくなる。

 

「乃木さん。どうして乃木さんはそんなに戦えるの? そんなになってまで戦っても、もう勝てるかどうかも分からないのに」

 

悲痛な声が園子に問いかける。己を犠牲にしてなぜ戦うのか。どうして心が折れないのか。

 

「……もう無くさないって」

「え?」

「もう無くさないって、もう何も失いたくないって思ってたの」

 

ぽつり、ぽつりと園子は語り始める。己の思いを。ずっと誰にも言えず秘めていた想いを。

 

「勇者の御役目に選ばれた時、初めはとても名誉なことなんだって思った。大人たちはみんなそう言ってた。私もそうなんだって、よく考えずにそうなんだって納得していた」

「同じ様に御役目に選ばれたミノさんやわっしーともお友達になれて、すっごく嬉しかった。友達の出来なかった私に初めて出来た大切なお友達。ずっとお友達でいられるって信じてた」

 

懐かしい話をする彼女は穏やかなものだった。嬉しい記憶。それは誰にとっても大事な記憶。でも表情は暗転する。

 

「最初にいなくなっちゃったのはミノさんだった。私やわっしーの力が足りなくてミノさん一人に強い敵の相手をさせてしまって、あいつにミノさんがやられるのを見てるしかできなかった」

「次に消えちゃったのはわっしーだった。ミノさんを失って、もう負けない様に強くなろうって二人で誓って、新しい勇者システムを手に入れて、私たちは強くなった。でもその力自体が私たちから、たくさんのものを奪っていった。体の自由、普通の幸せ、そんな些細な日常を私は失った。私のお友達だった、あのわっしーはもうどこにもいない」

 

園子の視線は美森に向けられていた。もう誰もがその視線の意味を理解していた。東郷美森はかつて鷲尾須美であった。名前が変わった理由こそ察するを得ないが、美森がかつて、そうであった記憶が失われ、実際のことを知るのは残された園子、ただ一人であった。

 

「でも最後に一つだけ得られたものがあった。それがみーちゃん。私の三人目のお友達。かつてミノさんを消して、わっしーの記憶が消える戦いを起こして、私たち人間を消そうとした私たちの敵。でもその敵は魂を神樹様に食べられて、その器だけが残された。それがみーちゃん」

「それが禊くんの正体……?」

 

今までともに時間を共有し、思い出を作ってきた友人。それがこの戦いを起こした存在であり、人類と敵対する倒すべき敵。今まで手にかけたバーテックスと同じだと言われ、友奈はその言葉を飲み込めずにいた。

対して園子の表情は穏やかなもの。

 

「みーちゃんはね、あの青い空を見て綺麗だって言ったんだよ? それまで神樹様の作り出した偽物だって言って、嘲笑ったその口で綺麗だって言って、思ってくれたんだよ? 私たちと同じように感じて思ってくれる命になったんだって私は思って、だから失った私が生まれたみーちゃんを守ろうって決めたの」

「自由がなくなって祀られている私にとって逢いにきて、笑ってくれるみーちゃんが何よりも心地よくて、このまま時間が止まればいいのにってずっと思ってた。でも大赦はそう思ってなかった。みーちゃんを勇者に仕立て上げて、バーテックスと戦うための捨て駒にしようって、もし記憶が戻るようなら私が始末するって決まってた」

「結局、いなくなったはずのあいつが現れて、何もかもがも壊されて、みーちゃんはあっちに行っちゃって、また戦うことになっちゃった。もう私のことも覚えてないみたいだけど、もしみーちゃんが苦しいっていうなら助けたいんだ」

 

苦笑で園子は想いをしめる。勇者システムの補助を用いて立ち上がり、侵攻を続けるバーテックスと禊を捉える。

 

「だから私は何度でも立ち向かうよ。またみーちゃんと笑える日常が欲しいんだもん」

 

そして園子はまたも飛び去っていく。その足取りに迷いは無く、その心に曇りはなかった。

飛び去る園子を眺めて、友奈が立ち上がる。

 

「……東郷さん、風先輩、樹ちゃん、夏凜ちゃん。私、行くよ」

「どうして? 友奈ちゃんがこんな苦しい目に合わなくてもいいのよ? 勝てるかも分からないのよ?」

 

行こうとする友奈を美森が止める。勝てるかも分からない、勝てたとしても無事に終わるわけがない。そんな事実が美森を動かす。それに対して友奈は首を振る。

 

「違うよ。もしここで戦わなかったら、絶対私は後悔する。それだけは間違いないんだ。誰かが苦しむのも辛い目に会うのも嫌なんだ。苦しんでる友達があそこにいるのなら私は行くよ。だって私は勇者だから」

 

手元のスマートフォンが友奈の決意に反応する。敵に立ち向かう力、誰かを助けるための力。桃色の花が咲いて友奈は勇者装束を身に纏う。もう恐れる気持ちは無い。世界を守るため、みんなを守るため、彼女は立ち上がる。

次に立ち上がったのは夏凜であった。

 

「全く、友奈のくせにカッコつけすぎよ。私にも見せ場残しておきなさいよ。勇者部は私がいられて、みんながいられる場所なのよ。それを教えてくれたのは他の誰でも無いあいつ。それをあいつ自身に壊させるもんですか。ひっぱたいても連れ戻すわよ」

 

赤い花が咲いて夏凜は自身の勇者装束を身に纏う。もうそこには自身がそこいる意味を悩む少女はいなかった。仲間のために命をかける少女は立ち上がる。

次に立ち上がったのは樹であった。声の上がらない少女はスケッチブックに思いの丈を記して行く。

 

『私、勇者部に入って良かったです。声を無くしたことはもうどうしようもなくて、歌手になる夢は諦めるしかなくて。でもこの夢、勇者部に入らなかったら持つことも出来なかった。もしかしたらまた別の夢を将来持てるかもしれない。勇者部は私にとってそんな場所なんです。だから応援してくれた禊先輩が帰って来られるこの場所を私は守ります』

 

緑色の花が咲いて樹は自身の勇者装束を身に纏う。もう自分には何も無いと思う少女はいない。かつて姉の背に隠れていた少女はいなくなり、夢のため、将来のため、いなくなった少年を救うため、帰る場所を守るため、前へ進む少女はそこにはいた。

次に立ち上がったのは美森であった。

 

「私、もうこんな世界無くなっちゃえばいいってあの時、本当のことを知らされた時に思ったわ。いつか全てを失って、全てを忘れるくらいならいっそいなくなればいいって思ったわ。でもそうじゃなかった。こんな状況でも未来を求めて、諦めない人がいる。だから私はも守るわ、この美しい国を、みんなの帰る場所であるこの国を」

 

青い花が咲いて美森は自身の勇者装束を身に纏う。一度は絶望して諦めようとした。でも諦めない人が、状況を打破しようと動く人がいる。ならば何故、自分は諦めている。友達を置いて一人諦めるなど出来るはずもない。かつて自身の大切な人、乃木園子の話をする禊を美森は思い出す。あの表情に偽りなどなかった。もし今、自分と同じ様に彼も思い出を失っているのなら、自分がその想いを今度は彼自身に語ろう。無くしてしまったのなら語ってまた思い出にすればいい。過去を振り切って少女は立ち上がる。

最後に立ち上がったのは風であった。

 

「私、みんなにずっと申し訳ないって思ってた。大赦の御役目と私の復讐にみんなを利用する様なことをして、騙す様な真似をして、結果的に何かを失わせて、ずっと私の責任だって思ってた。それは間違いなく私の責任。でもこれからは責任じゃなくて私自身の理由で戦う。勇者部は私たちの部活で、みんなで揃って初めて勇者部なのよ。誰か一人でも欠けさせるもんですか」

 

黄色の花が咲いて風は勇者装束を身に纏う。みんなを巻き込んだ責任、妹の夢を失わせた罪悪感、それを全て背負って風は歩き出す。欠けた一員を取り戻して、もう一度初めから勇者部で、みんなで歩き始めるために少女は立ち上がる。

もう誰も迷っていなかった。明日の日々のために、いつもの日常のために少女たちは立ち上がる。

いつだって、神に見初められるのは無垢な少女である。そして多くの場合、その結末は残酷なものなのかもしれない。しかしその少女が結末に絶望して諦めるなど誰が決めたのだろうか?

 

「よし、行くわよ! いつもの日常に戻るために、手始めにまずは世界を救うのよ! 勇者部、ファイトー!」

「オオー!」

 

皆の声が重なる。それだけでこの絶望的な状況でも勇気が途切れない。不安がないといえばそれは嘘だ。でもそれ以上に諦められない理由が折れることがない。

 

最終決戦、六人の勇者たちは立ち上がる。世界を救うため、未来を守るため、いつもの日常を取り戻すため。神樹に向かうバーテックスを世界を殺そうとする敵を止めるために少女たちは飛び立って行く。

 

樹海の空。バーテックスたちを送り、接近してくる最強の勇者を迎撃するために小戸禊は静かに佇んでいた。何度目になるのだろうか。もう億劫になる程重ねた満開を展開した乃木園子が飛来する。互いに空中に静止し、静寂が訪れる。

禊は敵を射抜く憎悪の表情で。園子は愛しい人を見つめる恋慕の表情で。

 

「お前を殺す、勇者。お前を見ていると頭が痛くなる、胸がざわつく、だからこの感情を消すために僕はここにいる」

「連れ戻しに来たよ、みーちゃん。私、みーちゃんに言いたいことがいっぱいあるんだ。だから私は来たよ」

 

瞬間、二つの影は激突する。憎悪を纏い、敵を滅ぼすための黒い球体いくつもが放たれる。恋慕を乗せた槍が愛しい人を離さないように、繫ぎ止めるためにいくつも射出される。

高速での戦いの中、お互いの攻撃はすれ違う。黒い球体が生まれて、槍が貫通してかき消していく。

遠距離では互いに決め手がないと判断すると同時に戦い方が変わる。高速での移動を得意とする方舟と舵の様に展開させた槍を振るう。背の翼を最大限に展開し、バーテックス数万体分のエネルギーを用いて加速力を得る。単純に防御に優れた装甲はされ自体が優れた武器になる。空中で何度も激突を繰り返す。

いくつもの激突を経て、攻撃と防御が素早く交互に入れ替わる。

流れ行く景色の中、禊は園子がこの激しい戦いの中笑っているのを見つける。

 

「何がそんなに可笑しい! ふざけているのか!」

「だって私、みーちゃんとケンカするの初めてだよ? なんだか嬉しくて」

 

微笑みながら園子の攻撃は緩まることはない。むしろ表情と反比例する様に攻撃は鋭さを増していく。園子との記憶のない禊からすれば意味の分からない発言であった。勢いを増す槍を処理しきれず、少しずつ禊の装甲に傷が生まれていく。

 

「だいたい、何だそのみーちゃんっていうのは!」

「みーちゃんはみーちゃんだよ。私が作った貴方のあだ名、私が貴方にあげた、人が生まれて最初に貰える名前と言う名の祝福」

「黙れ! 勇者が僕をその名前で呼ぶな! 僕をその名前で呼んでいいのは世界でたった一人、……あれ? 誰だ?」

 

無意識だった。憎悪するべき勇者に呼ばれたその名前は禊にとって初めて呼ばれたはずのものであった。ならばそのなで己を呼ぶ者などいないはず。

ならばその名前で呼んだのは誰? 分からない、理解できない。なぜその音を愛しいと思うのか禊には分からなかった。理由の分からない気持ち悪さが頭を撫でる。思い出すことを拒む様に全身に走った刻印が点滅し、体を締め付ける。動きが止まる。

 

「その黒いのがみーちゃんを苦しめるんだね。なら! 受け止めて、みーちゃん!」

 

頭上を取り、園子が選んだのは激突だった。方舟の先端に槍を使って禊を括り付け、地面に向かって一直線に最高で落ちて行く。そのまま、一切減速することなく、地面に激突する。

思いのありったけを乗せた加速は速度と重みの破壊力を司って衝撃で禊を押しつぶす。

 

押しつぶされた禊であったが生きていた。接触したことで黒い球体を手の平から発生させる。生み出された球体は方舟を飲み込み、園子の満開が強制的に終わらせられる。散華が行われ、何かが持っていかれる。しかし目も見える、耳も聞こえる、声もまだ出る、ならまだ戦える。躊躇うことはない。

 

「満開! まだまだ行くよ、みーちゃん!」

「いい加減、落ちろよ勇者! その耳障りな声をやめろ、頭が痛くなるんだよ!」

 

互いに空へ駆け上がり、第二ラウンドが始まる。何度もぶつかり合う二人を遠くからオドは眺めていた。

 

「おいおい、思ってた展開から随分と離れて来たな。あんな何度も満開して怖くないのかね?」

 

覚悟を決め、戦う園子を見て疑問を浮かべるオド。その表情は明るくない、かつて見た三ノ輪銀の輝き、その片鱗を園子は纏い始めていた。自分では出せなかったそれを見せる彼女を見て不愉快に感じる。大量に連れてきたバーテックス達も勇者達と戦い、おおよそ互角。数ならば圧倒的に勝っているはずが何故か勝てない。それどころか、むしろ押され始めていた。

 

好転しない状況に歯噛みしている時にオドが気づく、この場を満たす神樹の力場が乱れ始めている。何かそれに拮抗するものが介入し始めている。それが何かなど、考える必要もない。むしろ何故今になって降臨し始めたのか、そちらの方がオドには疑問だった。

 

「今更出てくるなんて、よっぽど焦らされたか? 親のくせに我慢の効かないもんだな」

 

勇者とバーテックスが未来をかけて戦う上空、そこには本来、塗り替えられた世界であり、太陽の様な炎がいくつも噴出しては消えるを繰り返しているはずだった。その炎をかき分ける様に、むしろ炎の海が割れる様に開く。そこから現れたのは巨大な鏡。かの、強大な天の神。その顕現体にして御神体たる八咫鏡を模した強大な姿が現れ始めていた。

 




愛に本気になった女の子に男の子が勝てるわけがないわけで
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