まどろみの中、瞼の裏の暗黒に日の光が差しこむ。目覚まし時計の電子音と窓の外のスズメさえずりが頭を一杯にする。毎朝のルーチンに体が反応し、上半身が起き上がる。小戸禊にとって毎朝起きることは溺れる水中から逃げ出すことに似ていた。寒々とした水の中から温い日の下に出るような安心感が禊の目覚めの感覚であった。
目を覚ませばそこからは早い。パジャマを脱いで讃州中学の制服に袖を通し、洗濯物をカゴに入れる。台所に着くと冷蔵庫から冷えた卵を割りフライパンに乗せて焼く。それを待つ間にダッシュボードの上に置いた袋から食パンを二枚抜き、トースターにセットしてつまみを回す。出来上がったものから順に皿に盛りつけていくと朝食が完成した。後はそれらと冷蔵庫からマーガリンと牛乳を取り出して机の上に並べていく。調理がうまくいったことを感じながら食事をのどに通すと片付けて台所で汚れを洗い流して、食洗機に置いていく。
学生鞄をもって家を出る。通学路を歩いていると段々と他の生徒が増えていく。生徒の集団は校門を通って学校に入っていく。階段を上がり自分の教室に入る。もうすぐ始業のチャイムが鳴る時間のため、おおよその生徒は教室内にいた。友人と世話話に花を咲かせる者、読書をする者、スマートフォンをいじる者、三者三葉の装いであった。そんな中から禊に気づいた者の声が彼にかかる。
「おっ! 禊っちじゃん。おはよー」
「丸山くん、おはよう。今日はずいぶんとクマが濃いね。またゲームかい?」
刈り上げの少年は目の下に絵の具を塗ったかのようなクマを目の下に作っていた。一昨日の彼が新発売のゲームに興奮していたことを覚えていた禊にはその二つの事実は容易に結びつき、まぁそうなのだろうと結論づけていた。
「そうそう。また新作が出てさ。今日も徹夜でハッスルだぜ」
「やっぱり。徹夜もほどほどにね」
「わーかってるよ。かぁちゃんもお前も同じこと言うなよな」
「そうかい。何度も言うのも余計な世話か」
禊が結論を出すとちょうど予鈴がなる。丸山が腕を九十度に挙げてこちらに手を振りながら席に戻るのを横目に禊も自身の席に着席する。暫くすると教師が入室し、朝のホームルームが始まる。起立、礼、神樹様への礼が終わり、一限目が始まる。
一限目の授業は数学であった。禊にとっては得意科目であり、ただ黙って教師が黒板に書く数式やメモを自身のノートに書き写していく。若干、退屈を感じ視線を黒板と教師からずらすと丸山の背が目に入る。どう見ても夢の国へ旅立った後であった。禊がその様子に苦笑いを浮かべているとついに教師もそれに気づく。溜息を挟み、教師は丸山の席へ歩みを進めた。教師の立つ教壇は中が空洞であることもあって足音が大きく響く。
ドン。ドン。
足跡が二度鳴る。しかし来るべき三度目が続かず、不審に思った禊は教師の方へ振り向いた。先生は右足を中途半端に上げて、まるでパントマイムのように静止していた。真面目な人柄の教師が急にどうしたのだと禊は周囲を見渡すと、周囲の生徒、外の飛んでいる小鳥も同じように静止していた。
少なくとも飛んでいる鳥が空中で静止するのは明らかにおかしい。周りの様子も相まって自身が世界から取り残されたような、うすら寒さを禊は感じ、禊は確信する。
お役目の時が来たのだ。
いつか園子に聞いた通りであった。「お役目の時が来るとね。時間が止まって勇者になる人以外は動けなくなるんだよ~。多分最初はビックリするけど大丈夫だよ~」
できることもなく、窓の外を眺めていると遠い海の向こうの水平線上に変化が現れた。
空間が割れ、色とりどりの輝きが溢れ出す。地響きが起こり、自身のように地面が揺れながら、水平線から溢れ出す輝きがコップのふちから水を流し込むように内陸部へと流れ込んでくる。流れ込む輝きが目に入る大地のほとんどを覆うと直視することのできる限界を超えて輝きがあふれて思わず腕で視界を隠す。視界の隅で光の花びらが飛ぶのが見えながら、光が収まると禊は不思議な場所に立っていた。
周囲にあるものは樹木と地面だけであった。人も建物もなく、周囲にあるのはあり得ない太さの樹木が組み合う光景ばかりであった。何処か神聖な印象を受ける場所の中、禊ははるか先に何かが来ることを感じた。それと同時に自身の頭の中で知らない声が反響する。
……コロセ。 コロセ……。 コロセ!
頭に直接響くかのような複数の声に対し、禊は不快感に表情をゆがめる。響く声は怨嗟のごとくであり、声に老若男女の差はなく、そのすべてが混ざった不快の声が禊の背筋を撫でる。
「やる気のない勇者に対する処置か、何かかい? それなら神樹様も随分と人が悪い。いや、そもそも神様に人格も何もないか。そんなに戦ってほしいのなら、そうしてあげるよ」
戦う意思を示す。変身に必要なのはそれだけであった。それだけで禊の周りには神の加護が現れ、光で禊を包みながら、その姿を変えていく。光が収まると神の戦士がそこにあった。もともと来ていた学生服は影も形もなく、花を模した色の戦闘用の衣装であった。西洋の騎士甲冑を模した蒲葡の衣装は首からつま先を覆い、頭部には冠のようなパーツから薄布が顔を隠すように垂れていた。
変身を終えると禊は自身の格好を確認する。
「これが神樹様の勇者か……。しかしこれどうやって戦うんだ?」
一通り確認すると禊は自身が武装らしい武装を所持していないことに気づく。振り向くと板状の何かが背後に三基浮いているのを見つけた。近づいてみると砲口があり、これが何かを禊は理解した。一見、武器らしくないこれが自身の主武装なのだと理解し、禊は感じた気配の方へ向かって跳ぶ。
蒲葡の影が樹海の上を飛び、三基の砲台が追随する。暫し跳んでいると視界の先に件の気配の正体を見つける。目に入ったのは巨大なナニカであった。生き物とも機械とも判断のつかない白いそれはゆっくりと神樹に向かって進行していた。禊はソレの名前を知っている。
『バーテックス』
旧西暦の時代、人類の多くを死に追いやった人類の敵であり、神樹に選ばれた勇者たちが倒すべき存在。あれらが神樹に到着する前に倒さねばならない。
「いくよ」
短く言うと禊は追随する砲台で攻撃を繰り出そうとした。その時、背後から絶叫が近づいてくるのを聞き振り返った。目が合った。反応する間なく、緑色の少女が腹に刺さる。当たったと思った瞬間、禊の両肩から二体の小さな人型が、緑の少女の背後から二葉に綿のついたような生き物が現れ、蒲葡色と緑色の障壁を張る。それにより二人の衝突によって起きた衝撃が緩和される。二人はそろってその場に転がる。
「ご、ごめんなさーい」
「僕の方こそすまない。怪我はないかい?」
「は、はい。大丈夫です。あなたは?」
「小戸禊。君たちと同じ神樹様の勇者さ」
「え?私たち以外の勇者がいるんですか?」
「そうみたいだね。無駄話をしていると時間が怖いから先に行くね」
言い切ると禊はバーテックスの方へと飛んでいく。大樹の塊を抜けるともう一度バーテックスの姿が見える。先ほどはいなかった黄色の少女がバーテックスと戦っていたる所であった。
禊は一度砲台を後ろに下げると、少女の横に着地した。少女の方も禊に気がつくとバーテックスから視線をそらずに問いかけた。
「今度は何?てかあんた誰?」
「君たちと同じ神樹様の勇者だよ。助太刀する」
「助かるわ。私は犬吠埼風。神樹様の勇者よ」
「僕は小戸禊。君と同じく神樹様に選ばれた勇者だよ」
「分かったわ。よろしく」
言い切ると二人は散会した。バーテックス・ヴァルゴは下部にある器官から何度も巨大な種子のような形をした弾丸を発射する。それに対して禊は砲台を操作して撃ち落とすことで対処する。三基の砲台は原理は不明だが禊のイメージ通りに動き、禊の意思に合わせてレーザーのような怪光線を放つことのできる武装であった。
飛んでくる弾丸を撃ち落とし、残った一基で少しずつバーテックスを攻めていく。しかしヴァルゴの弾丸を撃ち落とすことに集中しすぎたため、禊は自身への注意が薄くなっていた。ヴァルゴはそれを見逃さず、長いリボンのような部位で禊を叩き落とす。二体の精霊が張る障壁によって直接的な場撃は防御できたが衝撃はそのまま残り、禊は下へ落下していく。
禊がやられたのを見た風と樹も驚いた隙を突かれ、弾丸の連射と爆発によって吹き飛ばされる。三人をひとまず退けたヴァルゴはそのまま神樹方向へと弾丸を放つ。
「まずい。あっちには友奈と東郷が!」
しかし風の叫びはむなしく、弾丸は放たれる。しばしの後、弾丸は神樹のかなり手前で爆発した。誰かが止めたのである。
少しの間。雄たけびを上げた桜色の閃光がヴァルゴへ一直線に飛んでいく。ヴァルゴはそれを撃ち落とそうと何度も弾丸を放つが桜色はそれを正面から打ち払っていく。
「友奈!」「友奈さん!」彼女を知る二人から驚きの声が挙がる。雄たけびはそれにこたえる。
「勇者パーンチ!」
雄たけびから放たれた一撃はヴァルゴ・バーテックスの中部の部位を抉り取るように破壊した。桜色の勇者は着地するとヴァルゴの方向へと向き直る。
「勇者部の活動はみんなのためになることを勇んでやる。私は讃州中学勇者部、結城友奈。私は勇者になる!」
その日、停滞した日常が終わり、運命は動き出した。
小戸禊 プロフィール
男性 14歳
誕生日 10月11日
身長 166㎝
讃州中学二年二組 所属
血液型 AB型
趣味 園子とのお喋り 将棋 映画鑑賞など
好きな食べ物 うどん
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