小戸禊は勇者であったか?   作:加賀崎 美咲

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第ニ話 後半

  視界を封じるまばゆい光が収まると、視界が徐々に戻っていく。目に入る景色は昨日も見たもの。樹海化した世界に禊はいた。周囲を見渡すがそばにいたはずの風と樹の姿は見えない。水平線の向こう、樹海の境界が揺らめくと三体のバーテックスがゆっくりと進行してくるのが見える。遠目で三体のバーテックスを眺めていると頭の中に熱がこもる感覚を得る。遠くから響くように声が聞こえる。

 

 

 コロセ。タオセ。シメイヲハタセ。

 

 

  男とも女とも判別できない複数の声が頭に響く。命じる様に聞こえる声が熱となり痛みに変わる。熱が頭を焼く。あまりの痛みに立っていられず頭を押さえたまま膝を屈っしうずくまる。分からない。誰の声?何の声?熱の痛みと共に思考が混沌とする。

 

 

『アーアーミテラレナイナァ。』

 

  それまで禊に頭痛を与えていたのとは別の声が聞こえる。幼い少女の声。聞いた記憶のどの声とも一致しない懐かしい声。その感覚に矛盾した声が聞こえてくると、いつまでも続くように感じた痛みがすっと引いていく。異なる二つの声が聞こえる。禊を責める様な声とそれに対して呆れた様な声が禊の中で拮抗する。そこに第三の声が響く。少年の声どこかで聞いたような声。導く様に声色が鳴る。

 

 

『オマエハシッテイルハズダ。ドウスレバイイノカ。ソレニシタガエバイイ。』

 

  第三の声が聞こえてくると不思議とどうすればいいか理解する。

 

「変身…」

 

 体の全てに火が通っていく。火が全身を包むと熱で炭になってしまうような錯覚を覚える。そして熱の中から熱を追い出す様に涼やかな風と共に花が咲く感覚が体の芯から放たれ、熱が霧散し体を蒲葡の鎧が包む。

  変身の一連の動作が完了すると聞こえていた声はいずれも聞こえなくなっていた。体の奥から力がみなぎる感覚。身に纏っていたのは先日纏った勇者の装備であった。よく見ると手首のあたりから前回には見られなかった三尺ほどの細い布のようなものが伸びていた。意識するとそれは自在に動くようであった。

 

 

「こうしてはいられない」

 

 自分がどこにいるのかを思い出し先ほど見えた、三体のバーテックスの下へ向かって跳躍することで移動を始める。勇者装備を纏うことにより禊の身体能力は飛躍的に上昇しバッタが行うような跳躍を人間大の規模で再現していた。少しの間跳んでいると遠くに見えていたバーテックスが見えてくる。跳んでいるとすでに変身を終えた三人がいることに気づき近くに着地する。

 

 

「小戸?随分と遅かったわね。なんかあった?」

 

 一人だけ到着の遅れた禊に対して風は安否を問う。聞かれた禊は先ほどの声たちについて言うべきか逡巡する。しかし口は思いとは裏腹に答える。

 

 

「随分遠くの場所に出ちゃったみたいです。もう大丈夫です」

 

 嘘を吐いてしまった。何故かは分からなかったが言ってはいけないような気がした。それだけを聞くと風は深くは問わずバーテックスに向き直り、全員に指示を出す。

 

 

「手前の二体から封印の儀に行くわよ!」

 

 

「はい!」

 

 

 指示に従い三人はバーテックスの方へ飛んで行く。全面に出ていた二体のバーテックス、それぞれスコーピオンとキャンサーに接近する。友奈と禊の二人は蠍座のバーテックス、スコーピオン・バーテックスに接近する。巨大な数珠状の尾を振り回し接近する二人を追い払おうとするスコーピオン。友奈は大きく跳ぶことで回避する。しかし大きく飛んだことは悪手であった。

  二体のバーテックスとは大きく後方に離れた三体目のバーテックス、射手座のサジタリウス・バーテックスはその口を大きく開くと中から無数のビーム状の矢を射出する。放たれた矢は放射線を描きながら空中にいる無防備な友奈へと殺到する。

 

「あわわ!」

 

  襲来する無数の矢に対し友奈は拳で撃ち落とすことで対応する。通常の人間であれば撃ち落とせるはずもなく、数も対応しきれるものではなかった。しかし神樹の加護によって強化された身体能力はその無理を可能に変えた。拳で矢を撃ち落とし、間に合わないものは妖精のバリアによって弾いていく。矢の勢いと重力に従い友奈は下へ落ちて行く。

  着地するかしないかの瞬間、足元から友奈目掛けてスコーピオンの尾が突き上げる様に友奈を刺す。幸い精霊のバリアがあるため直接的な接触はなかったが友奈は突き上げられながら上昇して行く。

 

「まずい」

 

  友奈が上へ吹き飛んで行くのを見た禊は慌てて追いかける様にスコーピオンの尾を走って登って行く。横からはそれを妨害する様にサジタリウスの矢が飛来する。飛んでくる矢を精霊のバリアと移動砲台を盾がわりにすることで防ぎながら登って行く。左側を見れば蟹座のバーテックス、キャンサー・バーテックスが自身の三組の反射板を用いてサジタリウスの矢の軌道を変えて風と樹を襲っていた。

 

「届け!」

 

  右手を伸ばし、さらにそこから新たに装備された手首の布を伸ばす。思った通り布は禊の意思を反映してリボン状に伸びると友奈の胴に巻きつく。布が巻きついたことを確認すると思いっきり布を釣りの要領で引き、身動きの取れない友奈を手元に引っ張る。引き寄せた友奈を抱えると横に構えた移動砲台の砲撃で牽制しながら下へ落ちて行く。

  着地するとスコーピオンは尾を何度も振り上げては叩きつけ、二人を潰そうとする。もはやゲリラ豪雨の様に飛来するサジタリウスの矢をキャンサーは反射板で操作し、四人の勇者を襲う。四人とも遠距離への手段を持たないため対抗する手段がなく、妖精のバリアによってかろうじて守られ身動きを取れずにいた。精霊のバリアがそこまで耐えられるか、そこに四人の生命はかかっていた。

 

  勇者とバーテックスの戦いから遠く離れた場所、小高い丘のようになった樹海の上で東郷美森はその様子を見ていた。知り合いの四人が訳の分からない化け物に蹂躙されようとしていた。美森の中にあったのは未知の状況に投げ出された恐怖であった。怖い。恐ろしい。でもそれ以上に悔しかった。大切な自分の友達、友奈が化け物に攻撃され、怪我をしてしまうかもしれない。もしかしたら死んでしまうかもしれない。悔しい。友達を傷つけるバーテックスが許せない。でもそれ以上に何もできずただ見ているだけしかできない自分がもっと許せなかった。足が不自由で見知らぬ土地に引っ越してきた自分を親切に助けてくれた友奈。今度は私が助けるんだ。

 

「友奈ちゃんをいじめるな!」

 

  戦う意思が示された。

 

「今度は私が勇者になって友奈ちゃんを守る!」

 

  スマートフォンの画面に表示されたボタンに指が触れる。戦う意思に神樹が答え、威光が美森を包む。光が治ると勇者装備が美森を纏っていた。首の後ろのリボン状の装備が地面へと伸び、足の不自由の美森を支える。自然と両腕を前に出す様に構える。精霊が反応すると両手には大型の狙撃銃の様な装備が構えられていた。構える。自然と冷静になれていた。

  引き金を引く、弾丸が当たる。神樹の加護が与えられた銃弾はサジタリウスの表面を削る。不意打ちの様に横っ面を殴られたサジタリウスは矢の供給を止める。

  矢の雨が止めばあとは簡単であった。好機と見た風が手に持った大剣を大きく振りかぶり、バッティングの要領でキャンサーをかっ飛ばす。友奈もそれに続き、渾身の拳でスコーピオンを殴り飛ばし、吹き飛んだキャンサーにぶつける様にスコーピオンを飛ばす。巨体同士がぶつかり、二体のバーテックスはもつれて後ろへと倒れこむ。

  危機を脱した勇者たちの元へ美森が跳躍する。東郷の姿を見つけた樹の喜びを含んだ声。

 

「東郷先輩!きてくれたんですか?」

 

「遠くの敵は私が狙撃します」

 

「東郷…あんたいっしょに戦ってくれるの?」

 

  返事は一度のうなずき。理解した風は安堵の息を漏らす。バーテックスの方へと振り返り、指示を出す。

 

  「手前の二匹から行くわよ!」

 

「オッケー!」

 

  樹と友奈の声が重なる。禊もうなずき肯定を示す。美森は腹ばいになり先ほど用いた大型狙撃銃を顕現させ、遠くにいるサジタリウスを狙う。再起したサジタリウスは美森を狙い、もう一つの口を開き、先ほどまで放っていた矢の雨とは違い、大型の長いレーザー状の矢を構えて発射した。戦車砲の様な轟音と衝撃波を放ちながら矢が美森の元へ迫る。対して美森は冷静であった。接近する矢に対して正確に狙撃することで対処する。撃ち落とされた矢は空中で爆発する。サジタリウスは何度も矢を放つがその全てが正確無比な狙撃で潰されて行く。

 

「大人しくしてて」

 

  美森は己の技術を用いてサジタリウスを抑え込んでいた。一方、倒れ込んだキャンサーとスコーピオンの元へときた四人の勇者たち。前回と同様に封印の儀を発動し、二体のバーテックスの動きを封じる。二体のバーテックスはその体の一部を開けられ、中から御霊が現れる。二つの逆四角錐を破壊しようと四人の勇者が動き出す。

  まず動いたのは友奈であった。

 

「私行きます!」

 

  接近し、拳を振るう。しかし御霊は友奈の動きに合わせて動き、その拳を避けて行く。

「あ、あれ? この御霊絶妙に避けて行くよ!」

 

  素早い御霊の動きに困惑する友奈の後ろから禊が飛び出す。

 

「手伝う!合わせて!」

 

  腰のハードポイントから光刃の柄をつかんで抜き、刃を形成する。踏み込みと切りつけを行う。これに対して御霊は友奈に行ったようにするりと回避する。しかしそこは織り込み済みであった。回避した先でそれまで姿が見えなかった三基の移動砲台が御霊の逃げ場所を無くす様に接近して御霊に衝突する。逃げ場のなくなった御霊を禊は手首の布を伸ばし、御霊全体に巻きつける。御霊自体が丈夫であるからか、それとも樹のワイヤーの様な攻撃力がないためか布は決定打にはならない。

 

「だからこうだ!」

 

  禊は体を翻し、布を背負う様なポーズを取ると一本背負いの要領で友奈の方へ向かって御霊を投げる。

 

「任せて!」

 

 布によって固定された御霊は身動きを取れず、御霊に向かって跳んだ友奈の拳が御霊に当たりそのまま撃破した。

 

 一方で風と樹はもう一つの御霊と対峙していた。攻撃されることを悟った御霊は分身の様に見た目の同じ分身を無数に発生させる。

 

「数が多いなら!」

 

  増え続ける御霊に対して樹は自身の武器を発動させ、ワイヤーを展開する。展開したワイヤーは広がり、無数に増えた御霊全てを囲み、そのまま一つに纏める。そこに大剣を巨大化させた風が迫る。

 

「面の攻撃なら!」

 

  ワイヤーに捕まり切り刻まれまいと抵抗する御霊を力ずくで叩き潰して破壊する。破壊されたそれぞれの御霊に連動する様に二体のバーテックスはその体を砂に変えて崩壊して行く。

 

「あと一つ!」

 

  二体のバーテックスが砂になるのを確認した美森は風へ向けて通信を発した。風はスマートフォンを取り出し耳に当てる。

 

「風先輩。部室では言い過ぎました。ごめんなさい」

 

「東郷…あんた」

 

  美森も理解していた。神樹のお役目を果たすための勇者部であったっとしても。勇者部を作った風には悪意などはなかったことを。ただ運悪く勇者部のみんなが選ばれてしまったのだと。だからこそ自分のできることを精一杯行う。それが自分の意思を示す方法であろうから。

 

「精一杯援護させていただきます」

 

 

  そんな美森の心境は風にも伝わった。

 

「心強いわ、東郷。私の方こそ…」

 

  言い終えるのと当時に美森は狙撃を開始した。その規模はもはや狙撃というよりも砲撃に近いものであり、先ほどまでサジタリウスのいた場所にすでに死に体のバーテックスがいただけであった。その怒涛の攻撃に思わず風は閉口する。勇者部で最も怒らせてはいけない人物が決まった瞬間だった。

 

「えっと…本当にごめんなさい。はい」

 

  怒号の狙撃を受けたサジタリウスは無事でなく、最早形を保っているのも限界の様子であった。足元には美森の封印の儀が発動され、サジタリウスはその御霊を吐き出した。最後の抵抗だろうか吐き出された御霊は高速で動き回り、攻撃を避けようとする。目では最早追いかけられぬほど加速する。

 

「この御霊早い!」

 

  しかしいかに早く移動しようとも無意味であった。一拍をおいて弾丸が飛来、御霊の中心を正確に撃ち抜く。正確な射撃に勇者部の面々は驚く。御霊を破壊されたサジタリウスもまた他の二体の様に砂へと還った。

 

「 状況終了。 みんな無事でよかった」

 

 全てのバーテックスが倒され、神樹による樹海化が解除され世界が光に包まれる。光が明けると全員学校の屋上にいた。美森がそばにいることに気づいた友奈は彼女の方へ駆け寄る。

 

「かっこよかったなー東郷さん。私ドキっとしちゃったよー」

 

「友奈ちゃん…」

 

  お互いの無事を確かめ合う様に友奈は美森に抱きつく。そんな友奈の行動に美森は困った様な嬉しい様な表情を作る。そんな二人に風は話しかける。

 

「でも本当に助かった。東郷。それで…」

 

「覚悟はできました。私も勇者として頑張ります」

 

「ありがとう。うん。一緒に国防に励もう!」

 

  嬉しそうな面々。そんな彼女らを禊は見つめていた。どうやら丸く収まったらしい。 嬉しそうな彼女らに自身も嬉しく感じる禊。会話がひと段落し、風は禊の方へと向き直った。

 

「小戸。あんたもありがとう。あんたがいなかったら危ない所が沢山あった。これからも力を貸してくれる?」

 

  「うん。きっとまだまだ大変だろうし、こちらこそ力を貸して欲しい」

 

  一度勇者に選ばれてしまった以上、最後までやり通すべきだろう。やめてしまえば多くの人々が大変な目にあってしまうこともある。それ以上に園子からのお願いを守りたいのもあった。

 

「なら決まりね」

 

  そういう風の顔は綻んでいた。そして何かを思い出し手を叩く。

 

「なら昨日渡した入部届けを書いてもらわないとね」

 

  入部届という単語に禊はポケットに入っていた物を思い出した。ポケットに入れた四つ折りにしたプリントを取り出す。開くとそれは昨日貰った入部届けであった。必要事項には全て記入がなされていたが結局出すかを悩んでいた。それまでとは違うコミュニティに入ることに禊は躊躇していた。俯く禊を見て風はその手に持った入部届が目に入った。

 

「あれ?なんだ、もう書いてたのね。それ貰っていい?」

 

  禊が入部届を書いてくれていたことに笑う風。

 

「あっ!小戸くんも勇者部に入ってくれるんだね!」

 

  風と禊のやりとりを見ていた勇者部の面々は歓迎の空気を作っていた。一緒にお役目を果たす禊に対して仲間意識が生まれていた。 ただ禊にとって自分がそこにいていいのか、迷惑になるのではと考えてしまう。

 

「これからよろしくね!」

 

  元気よく差し出される友奈の右手。朗らかな笑顔。そんな様子が何となく、似ていないはずの園子を連想させた。見惚れる。気づけば禊は促されるまま握手を返していた。

 

「こちらこそ。よろしくお願いします」

 

  自然と口が動く。ためらってしまう気持ち以上に口は素直であった。

 

「よし。今日は小戸の歓迎を兼ねてうどんひっかけに行くわよ!」

 

「その前に授業ですよ風先輩」

 

「あっ! 宿題まだ終わってないよ。アプリのテキストばっかり読んでたから」

 

「もう友奈ちゃんまで。そこまでは守れないわ」

 

「そんな〜」

 

 戦いが終わり一時の平和な日常が帰ってきた。その後なんとかいなくなったことをごまかしながら授業に戻り、放課後に勇者部一行と禊は風いきつけのうどん屋に向かい食事を共にした。

 

  食事を終えてそれぞれが帰路に立つ。自宅に着き、身支度を終えて禊は布団の中に入る。布団に入るとあっさりと眠りにつく。バーテックスとの戦い、そして勇者部の歓迎会。その両方が禊にとっては一大事であった。微睡み、水の中に沈む様な眠り独特の感覚の中、禊は思う。

 

 あぁ。きっとこれから楽しくなるのだろう。

 

『ユメノナカデシカツナガレントハ。ズイブントヨワッテイルノダナ』

 

  夢の中で目がさめる。目の前には人型のもや。聞こえる声は少年の声。どうやら非日常はまだ終わっていなかったらしい。

 

 

 




一週間後に更新とか言ったような気がしますが私は元気です
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