小戸禊は勇者であったか?   作:加賀崎 美咲

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第三話 名も明かさぬ君

  底も見えない水の中。頭上は陽のあたる水面で足元は深い水底。いつも見る一人でいた夢の中。今は誰かがいた。足場などない水の中、二人は向き合って立っていた。禊の眼前には黒い靄が立つ。靄は人型のようだが顔は見えず、輪郭だけがぼんやりと認識される。

 

「ヨオ。ヤットアエタナ」

 

  眼前の靄に禊は呆然とする。靄は樹海で聞いた少年の声であった。己の夢の中で見知らぬ存在に触れることは誰もが経験のないことだろう。目の前の以上に対して呆然とする禊に対して靄は実に軽い態度で接する。

 

「君は一体?」

 

  禊の中を満たすのは困惑であった。見知らぬ存在が気軽に接してくること自体が未知への恐怖を呼び込む。未知のものに警戒する禊の様子を見て靄は笑う。

 

「アー、ソウカ。ヤッパツナガリガウスインダナ? ショウガナイナ」

 

  靄は軽い足取りで禊に近づき手に手を合わせるように触れる。触れ合う手を軸に二人は鏡合わせになる。触れる手から禊は己から力が抜け体が軽くなるような感覚を覚える。脱力と反比例するように目の前の未知から靄が晴れて行く。ぼんやりとした靄が晴れていき、禊の顔は驚愕に染まる。

 

「これなら見やすいだろう」

 

 完全に靄が晴れた時、禊の目の前には禊がいた。禊に触れていた靄は姿を変え、鏡のように禊が立って、はっきりとしない声も明確なものへと成った。自身の顔が目の前にあることに禊が驚愕の表情をする一方で、靄だったものはいたずらが成功した悪童の顔に口角を上げていた。

 

「君は何? どうして僕と同じ顔をしているの?」

 

「同じ顔をしてるのはお前に合わせたからだよ。 俺が何だっていうのは難しい問題だな。 お前は自分をなんだと思ってるんだ?」

 

  質問をしたはずが逆に質問で返され禊はたじろぐ。

 

「ぼ、僕? 僕は小戸禊……」

 

  それ以上繋がらない。記憶喪失である禊にとって自身を定義できる方法は限られたものであった。それ故、突然の質問に答えられる言葉はなかった。

 

「な? 自分なんて自分で説明できないだろう? まあお前の場合記憶喪失のせいで余計に言いにくいだろうけどな」

 

  自身の声で言われた言葉は禊にとって衝撃であった。二年間探し続けた記憶を失う前の自分。一切の手がかりのなかったそれがいとも簡単に言及された。今までなかった手がかりに禊は動揺する。

 

「記憶をなくす前の僕を知っているの? 何か知っているのなら教えてほしい!」

 

「いや? 知らないが?」

 

  あっけんからんと偽の禊は答えた。表情から読み取れる。嘘をついている。話す気は無いと態度が語っていた。

 

「だいたい、どうして俺が答えなくてはならないんだ? そんな義理もないだろう」

 

「知りたいんだ。自分が誰なのか。分からないままなのは嫌なんだ」

 

  話す気は無いという偽禊に対して禊は食い下がる。そんな禊の様子に辟易だと言わんばかりに偽禊がうんざりだと表情で語る。

 

「まあ、なんだ。俺に聞くより自分で見つけろよって話だ。 じゃあ寝な。夜更かしはお肌の大敵らしいぞ」

 

  話を切り上げると偽禊は手のひらを虫を払うように下ろす。それに連動するように同じ位置にいた禊は抵抗できず、水底に向かうように沈んで行く。

 

「待って! まだ話は終わってない!」

 

  しかし、いかに抵抗しようにも体の自由は利かず、禊は偽禊を見上げるように沈んで行く。手を伸ばすが無意味に終わる。見上げた偽禊は手を振る。沈んでいき、周囲が暗くなっていくとそれに比例するように意識がまどろんでいく。

 

  誰もいなくなった水の中。沈んでいった禊を見送りながら偽禊は笑う。

 

「まあ? 俺が答えちまったら賭けにならないからな。頑張って結論を出してくれや、片割れ」

 

  眼が覚める。周囲は寝る前と同じ状況。先ほどまでは夢であったようだ。夢にしてはたちの悪い夢であった。不思議と現実感があり、感じた感覚が本物であったように感じる。服は濡れてはいなかったが息苦しさはあった。両の手を握り、放す。何度か繰り返し、自分がここにいることを確かめる。目覚まし時計を見ればいつも通りの眼が覚める時間であった。外を見れば明るくなって、種類の分からない小鳥たちが囀っていた。1度目をつぶりなんとか同じ夢を見ようと試みる。しかし

 

「あぁ。行かなくちゃ」

 

  時間を見ていつも通りの準備を始める。着替え、朝食を食べ、登校するため外に出る。見た夢に引っかかりを感じ続けるができることもなく、いつも通りの一日を続ける。

  授業が終わり、帰りの用意をする。昨日から勇者部に入った訳であるが考えてみればどこで活動を行なっているかなど聞いていなかった。困ったと思いながらカバンを持ち上げると教室の後ろ側の扉が開く。

 

「小戸禊はいるかー!」

 

  元気よく、若干芝居のかかった言い回しで犬吠埼風が現れる。風は禊を見つけるとニヤリと口角を上げる。突然の風に禊は思考が停止する。

 

「おっ! いたいた。勇者部行くわよ!」

 

  サムズアップ。思わず禊もサムズアップで答える。風について教室を出る。振り返ると丸山が笑うのを我慢した顔で手を振っていた。

 風に連れられて二人は家庭科準備室に向かう。廊下に付けられた表札には家庭科準備室と書かれており、その下には同様に勇者部部室と明記されていた。入室すると禊と風を除く勇者部の三人が待ち構えていた。

 

「あっ! 二人とも来た。待ってたよー」

 

「二人とも待っていたわ。 さあこのぼた餅をどうぞ」

 

「待たせてごめんなさい。よく考えたら部室の場所とか知らなかったよ」

 

  机の上にぼた餅が二人分置かれる。とりあえず手に取り食べてみる。すっきりとした甘さに優しい後味が口の中に広がる。

 

「これすごく美味しいね。こんなに美味しいぼた餅は初めて食べたよ」

 

「まだいっぱいあるから好きなだけ食べてちょうだい」

 

「東郷さんのお菓子は世界一だからね!」

 

  カバンの中からタッパーを取り出し、中にはこれでもかとぼた餅が綺麗に並べられていた。出されたぼた餅咀嚼しつつ、禊は先程から黙ったままであった樹と眼が合う。

 

「えっと…、一つ?」

 

  「は、はい。いただきます」

 

  ぼた餅を渡し、樹はそれを食べる。会話が続かない。どうやらお互いに会話の切り出しを失っているようで、これではいけないと禊は切り出す。

 

「えっと、小戸禊です」

 

「いっ、犬吠埼樹です」

 

  会話が終わる。樹は人見知りゆえに、禊は口下手ゆえに。会話が続かず嫌な汗が背筋を伝いはじめる。

 

「趣味はテレビを見ることです!」

 

「趣味は占いです!」

 

  元気の良い自己紹介が連鎖して沈黙が戻る。二人を見かねた美森が口を挟む。

 

「二人ともまるでお見合い見たいね」

 

  そんな美森の発言に聞き捨てならないと風が反応する。

 

「ちょっと? うちの可愛い妹を嫁に欲しいなら、まずは私に話を通してもらわないと」

 

「でも風先輩から絶対許可出なさそうだよ?」

 

「友奈ちゃん。それは言わないお約束よ」

 

  美森のちょっとした冗談で会話の流れがおかしな方へと流れていっている。どうしたら良いかと禊があたふたしていると意外にも声をあげたのは樹であった。

 

「もう、お姉ちゃん! 小戸先輩が困ってるよ」

 

「うう。うちの妹が嫁に行ってしまう。 よよよ〜」

 

  風は真面目なのかふざけているのか分からない泣きを始める。周囲はそれを無視して会話を続ける。

 

「なんだかすまない、犬吠埼さん。僕が口下手なばっかりに」

 

「いえ、いいんです。お姉ちゃん私に過保護だから…。あっ!小戸先輩。お姉ちゃんと紛らわしいから私のことは樹って呼んでください!」

 

「えっと…樹さんでいいのかな?」

 

「はい!」

 

「これからよろしくね?」

 

「こちらこそよろしくお願いします!」

 

 風の犠牲こそあったものの上手いこと着地した会話。区切りがいいと見た風が復活し勢いよく立ち上がった。

 

「よし! 色々言いたいことはあるけど、とりあえず打ち解けて来たところで今日の勇者部の活動行くわよ!」

 

  言い終えると風は横の机に置いてあったゴミばさみとゴミ袋を一人一組ずつ渡して行く。

 

「それじゃあみんな一つずつ持ったわね? 今日は通学路のゴミ拾いよ」

 

「ゴミ拾い? 勇者部は普段何をやっているの?」

 

  勇者部という部活の名前だけでは実際には何を行なっているのか予想できず禊は疑問を口にする。

 

「勇者部はみんなのためになる事を勇んでやる部活だよ」

 

「具体的に言うと勇者部に来た依頼をやっていくわ。具体的には地域のお手伝いや部活の助っ人とか。毎回やる事は違う事が多いわ」

 

  禊の質問に友奈が答え、美森がそれを補足する。

 

「へー。そんな事をしてるんだね」

 

  ボランティア活動を積極的に行う勇者部の彼女らを素直にすごいと思う禊。思わずほおけた声がもれる。

 

「今日からはあんたも勇者部の一員なんだから、がんばりなさい!」

 

「了解です」

 

  会話が一段落し、勇者部一行は通学路に向かい、学校の正面門の前に全員が集合した。

 

「それじゃあ、通学路のゴミ拾い始めるわよ。勇者部ファイトー!」

 

「ファイトー!」

 

「ふぁっ、ファイトー!」

 

  風の掛け声に禊以外の三人は揃えて声を上げる。若干遅れて禊もそれに続く。掛け声を終えた勇者部通学路を逆走しながら道路に落ちたゴミを拾い、ゴミ袋へ納めて行く。

 

「しかし、こうしてみると意外と通学路にゴミが落ちているものだね」

 

「普段から使う通学路だし、やっぱり綺麗な方が気持ちいいよね」

 

「そうだね。こうして自分の手で綺麗にして行くのは気持ちがいい」

 

  初めて行うボランティア活動に充実感を感じる禊。ゴミ拾いを続けて高かった日が落ち辺りは少し暗くなり始める。ゴミ拾いを続けていた風が声をかける。

 

「暗くなって来たし、今日はこの辺りで切り上げましょうか」

 

「はーい。 結城友奈ゴミ捨てに行って来まーす」

 

「禊、あんたも半分持っていって」

 

「任された」

 

  友奈と禊は全員分の膨らんだゴミ袋を両手に持って校舎裏のゴミ置場に向かう。ゴミ置場に向かう中、友奈は禊に笑って振り返る。

 

「今日は初めての勇者部だったけど、どうだった?」

 

「うん。大変だったけどいいことしたって感じかな」

 

「そうだよね!みんなのためにできることをやってると嬉しいよね。これからもみんなで頑張っていこう!」

 

  その後二人はゴミをゴミ置場に置き、部室へと帰還する。入ると皆が待っていた。全員がいる事を確認して風が

 

「よし、二人とも帰って来たわね。じゃあ今日はここまで。解散にするわ」

 

「みんなお疲れー」

 

「お疲れ様でした」

 

  口々にお互いの疲労を労わり合う。それぞれ自身のカバンを持ち、それぞれが帰路にたつ。デイサービスの送迎車に乗る美森と友奈を見送り、犬吠埼姉妹と別れ、禊は帰ろうとする。そこで禊は時間的にまだ園子のところへ寄る時間があることに気づく。気がつけば行動は早く、自転車に乗り、スピードを上げる。

 

  自転車を飛ばす。道路が空いている事もあり、三十分ほどで園子のいる病院に到着する。時計を確認すると面会時間までまだ三十分ほど余裕があった。階段を上がり、見慣れた通路、見慣れた扉まで行くと禊はその扉を開いた。もう見慣れた物々しい病室に入る。大量に貼られたお札や鳥居を無視して進むと園子が禊に気がつく。

 

「あっ! みーちゃん来てくれたんだ〜。今日は来ないと思ってたよ〜」

 

  あいも変わらずのんびりした調子の声で園子は顔を綻ばせる。

 

「今日は勇者部があって来られないと思ってたんだけど、時間があったから来たんだ」

 

「わーい。そっか〜、みーちゃん勇者部に入ったんだったね。どんな事したの?」

 

「今日は通学路のゴミ拾い。初めてやったけど結構楽しかったよ」

 

「そっか〜、みんなでゴミ拾いか〜。みんなでやったら楽しいんだろうな〜」

 

  自分も勇者部の活動に参加している光景を想像しているのか楽しげに瞳を喜色に染める。しかし包帯だらけの自身が目に入り、自身の状況を思い出したのか視線を下げる。そんな園子の表情に禊は慌てる。

 

「大丈夫だよ! 体が良くなったら園子もきっと…。みんないい人ばかりだから、園子もきっと勇者部を気に入るよ」

 

  慌てる禊の様子が面白かったのか気落ちしていた園子はころころと笑う。

 

「そうだよね。体が良くなったらきっとね…。わっしーにも会いたいし、早く体直さないとね」

 

「その調子だよ」

 

  目標ができたためか園子にはまたいつもの楽しげな様子に戻り、禊もつられて笑う。他愛のない映画の話や、禊の学校での出来事など世話話が続く。

 しばらく話続けていると禊の腕時計が七時を知らせる電子音が鳴る。もう少し話していたい気持ちもあったが面会時間や夕食を運んで来た看護師と目が合い、禊は帰る準備を始める。

 

「もうこんな時間か…。じゃあ帰るよ」

 

「うん。久しぶりにこんなに長く人と話せて楽しかったよ〜。また来てね、みーちゃん」

 

「もちろん。また来るよ」

 

  やってきた看護師と会釈しながら禊は病室を後にする。帰り道の途中にスーパーに寄り、夕食の食材を購入し、マンションの部屋へ帰る。

 

  こうして小戸禊の日常は進んで行く。未だ残るバーテックスの存在を脳裏に残しながら禊園子の体が治って勇者部の楽しい日々が続いていけば良いなと思っていた。

 

  少なくとも今は。

 




実はゆゆゆい始めました。お気に入りは勇者服園子コンビです
この小説の書き方が読みやすいのか疑問なこの頃です。あったかくなってきたので皆さんも体調に気をつけて欲しいと思ったり。
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