勇気の少女と芸術家 作:ローレル
ああ、なんて美しいのだろう。
彼女と出会ったとき、初めて出逢ったとき、私はそう思った。
そして私は、初めて、この可憐な少女の描きたい、人物画を描きたい、と思った。風景画や抽象画しか描いてきてこなかったマイナーな芸術家の私は、初めて人物画を描きたいと思ったのである。
美しきの内に強固たる勇気を秘めた少女Yとの出逢いは、私の今後の人生に、大きな変化を与えたのである。
芸術家の端くれと、勇気の少女の物語を、ぜひとも聞いてほしい。
舞台は、ヴァーチャルリアリティの世界、ソードアート・オンライン。場所は、鋼鉄の城《アインクラッド》。
「出だしはこんな感じで、いいかな」
自分のスキルで作ったノートブックと2B鉛筆で、そうやって書いた。生憎と文才というものは持ち合わせていないので、なかなか拙いものとなってしまった。それでも、拙いなりに書いていこうと思い、ひとまずノートを閉じ、側に鉛筆を置く。
表紙には《自伝》と書いた。
この世界から現実に文章を持ってくることが可能なのかは定かではない。持ってこられないのであれば、それはそれでいい。鉄の城の、第一層から第百層までの風景を脳内から呼び起こし、油絵で描きまくるのみである。
さて、私は今、科学技術の進歩により生まれた最新鋭のゲーム《ソードアート・オンライン》に囚われている。どういうことかというと、開発者であるところの天才――茅場昭彦によってこのゲームからログアウトできないようにされてしまったのだ。当然、このゲームに参加していた他の人たちは阿鼻叫喚そのものとなり、地獄絵図と化した。
私は、現実世界での本業は芸術家であるが、所謂スランプに陥ってしまった。風景や抽象的な模様の油絵を主としているのだが、最近思うように描けなくなってしまったのである。絵自体は問題ない。だが何かが違う。完成はしている、だが完全ではない。不完全なのだ。
これがスランプと表現して、他にどうやって例えられるか……ないな。うん、スランプ以外の何物でもない。
ともかくスランプになったので、闇雲に絵を描いていても時間を無駄にするだけだと思い、一ヶ月ほど活動を休止し、思いっきり羽を伸ばすことにしたのである。そこで、何をしようかと思案しているところに、某宅急便が荷物を運んできた。それは、最近世話になったとある美術館の館長からだった。サインして荷物を受け取り、荷物である大きなダンボールのガムテープをビリビリと剝がす。中に入っていたのは、ナーヴギアと呼ばれる頭を覆う機械に、《ソードアート・オンライン》ゲームソフト。そして普通のサイズの茶封筒だった。「蒲郡先生へ」と書かれている封筒の中には手紙が入っていた。掻い摘んで言うと、こんな感じだった。
「お元気ですか? 先日の美術展は、大成功でしたね。機会があればまたお願いいたします。ところで同梱されている機会についてですが、息子から貰ったものなのですが、どうにもこういったものは苦手でして、先生に喜んでいただければと思い、送らせていただきました。不要であれば捨てていただいて構いません。それではこの辺で」
息子から貰ったものに対して容赦ないなぁ、とは思いつつもちゃっかりと遊ぼうとする私も私であるが、それはさておき。
SAOの存在は知っていたものの、どんな内容なのかはイマイチ把握できていなかった。習うより慣れろといった風にゲームを進めていけば色々分かるかと楽観的に思考していたのだが、それが仇となってしまった。
そして今現在のザマである。
HP全損で現実からグッバイとは、なかなかどうして。
舞台であるアインクラッドは、第100層まである。第100層のボスを倒せば、ゲームはクリアされ、閉じ込められた約一万人のプレイヤーは解放されるそうだ。
茅場は、この状態を夢見ていたそうだ。そして叶えられた。さしずめ、魔王茅場を倒さんとする勇者プレイヤー、といったところか。これがロマンというやつなのだろう。
そんなわけで。
私はアインクラッドで、戦いからは極力避けた生活を送っている。避ける理由は、こんなところで死にたくないからだ。私は芸術家。私が満足するまで、私は絵を描き続ける。スランプを終えたら白川郷のでっかい風景画を描こうと思う。
そういえば、私がここまで生きているということは、つまり誰かがログインしたままの私に気づき、救急車を呼んでくれた、ということなのだろうが、果たして誰だろう。隣の部屋に住む女子学生か。それとも学生時代の後輩か。……だが、誰であろうと助かったことに変わりはない。現実に戻ったら、その人には精一杯感謝しよう。
アインクラッド。鉄の城。
攻略組と呼ばれる最前線のプレイヤーたちによって、現在開放されている階層は、第74層まで。ゲーム開始から、およそ二年。私は30歳になり、アラサーの仲間入りを果たした。
ゲームの中で絵を描くことはできるのかと不安だったが、
さて、このデスゲームの始まりの地である第1層で私は、とある少女に出逢った。天真爛漫を人間に憑依させたような、活発で愛らしい少女。アメジストのように煌めく深い紫色の髪をした少女。絵になる少女。初めて人物画を描きたいと思わせてくれた少女。
――私の、至高の少女。
「エリコー!」
私を呼ぶ声が聞こえる。元気な声だ。
「ご飯できたから、一緒に食べよ!」
だから私も、笑顔で答えた。
「ああユウキ、今行くよ」
広大なアインクラッド第1層の風景が描かれたカンバスから離れ、椅子に様々な色の絵具がついた木のパレットと筆を置いて、アトリエを後にした。
この絵画は、まだまだ未完成だ。
一話1000〜2000でテンポ良く投稿したい。