緋色の羽の忘れ物   作:こころん

10 / 31
第九話

「おお? トーニオじゃねぇか。生きてたとは驚きだが、調子はどうだ?」

「そんなことはどうでもいいだろ。おい、誰の許しを得てHLへの直接進出なんざ計画してやがる」

「口を慎めよトーニオ。てめぇが大ボスの、ああ元大ボスの尻穴奴隷だろうが下っ端であることは変わりねぇ。そして俺がカポであることもだ」

「……そうですね。飼い主からの恩を忘れるような奴でも兄貴ですから」

 

 予想通りといえばそうだが、のっけから不穏な空気が漂っている。それを魔術を介して観察するコルネリウスは、場にいる面々が何処の何者なのかを考えていた。

 

 まず怒鳴っていたのはコルネリウスも顔を知っている、非合法組織コミッションの構成員であった。大崩落以前からNYに縄張りを持っていたせいで大打撃を受けた彼等は、組織としてかなり弱体化している。そうした現状を認識していることもあり、会話だけで激発することが少ない組織なのだ。その彼等が撃ち合いも辞さない様子ということは、余程腹に据えかねることを言われたのだろうとコルネリウスは思う。

 次にトーニオの相手。これは会話内容からして、彼の古巣かつシチリアに基盤を持つラゾローロ一家。その構成員でまず間違いないとコルネリウスは判断する。

 

「元? 兄貴達には伏せてたはずなのに、随分と情報が早いですね。まるで監視して機会を伺っていたようじゃないですか」

「元大ボスを守れず一人で逃げたのが辛いのはわかるが、被害妄想はやめろよトーニオ。俺はベルトーニ一家の正式な仕事でここに来てるんだぜ?」

「……言いたいことは沢山ありますが、その元ってのはなんすか。代替わりに伴う各種承認は昨日の今日で終わるようなもんじゃない。それこそ準備でもしてないと――」

「まぁまぁ君、そう喧嘩腰になっては纏まるものも纏まらない。シチリアのお客人も、ここはどうか私の顔に免じて場を収めてもらえんかね?」

 

 最後にラゾローロ一家と同席していた相手、これが問題であった。いがみ合う三者を表面上はとりなそうとしているのは、恐竜の化石のような顔を持つ異界存在。コルネリウスの記憶が確かであれば、彼はガルモスという名でガルガンビーノ一家の幹部である。

 

 ガルガンビーノ一家は祭司団騒動以降、電子魔術書の情報を求めるという形でコルネリウスの『記憶』にちょっかいを出すようになった。無論彼等自身は目的の先にある、吸血鬼の記憶などというものを想像すらしていないだろう。しかしコルネリウス、そしてヘンリエッテにとって邪魔な相手となったことは間違いない。

 つまりコルネリウスにとって仮想敵であるが、話し合いの余地が残っている相手であることも確か。ここで下手な諍いと面識を作りたくない気持ちもあり、どうするか迷っていた彼の前に店員……否、オーナーがやって来た。

 

「ミスタ・コルバッハ。貴方が何もしないのであれば、私が処理する羽目になるのだが。それでいいのかね?」

「お人形さんが増えるってか。あーわかったよ、わかったわかった」

「感謝するよ。なに、貴方が連れを抑えてくれるなら、後はこちらで済ませておく。店内での荒事はご遠慮願いたいからね」

 

 この店の特別なカーテンはショーを楽しんだり、諍いを避ける以外にも役目がある。それはオーナーの意思一つで密室を作り出すというものだが、そうして出来た黒箱で何が行われるかは言わずもがなだ。

 コルバッハは手早く会計を済ませると、トーニオを回収するために立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

「楽しい夜を台無しにしてしまい、申し訳ない」

「首を突っ込んだ以上、こっちのアホにも責任はある。だが若いもんの躾はちゃんとしてくれ。コミッションの立場もわかるが」

 

 深夜の歓楽街、その表通りに繋がる薄暗い小路を歩くコルネリウスとトーニオ、そしてコミッションの面々。

 自分達だけが店を出るのに納得いかないと憤る構成員を宥めつつ、コルネリウスと話しているのはシルヴェストロ・ガッリャーノと名乗ったコミッションの幹部だ。

 

「でもシニョール、聞けば酔って席間違ったフリしてまで馬鹿にしに来たのはガルガンビーノの側だって言うじゃないですか。悪いのはあいつらですよ」

「そうだ、あいつらはいつも俺達のことを……!!」

 

 コミッションに同情的なトーニオの言葉に、構成員達の熱も再燃しかける。対するコルネリウスはそれを呆れたような目で見るだけだが。

 

「じゃあ思う存分撃ち合って死ね。酒の席での口喧嘩一つ許さないなんてのは、対等以上の力関係でなけりゃ相手に口実作らせるようなもんだ」

「悔しいがその通りだ。だが一つだけ弁解させて欲しい。今回は我々の財布の軽さだけを揶揄された訳ではないのだ」

 

 シルヴェストロは続ける。

 

「ガルガンビーノと同席してた相手と、その目的は我々……特に大崩落以前からの構成員にとっては、許し難いことだった」

「HL進出、その様子じゃコミッションに話を通してないか。確かに過去の過ちを認めずやるってのは、虫のいい話だな」

「なんすか、それ?」

「……お前一応"外"のマフィアだっただろうに」

 

 まるで話がわからない、といった様子のトーニオにコルネリウスは説明を始める。

 コミッションという組織は大崩落で打撃を受けた在NY非合法組織が母体だ。合併に次ぐ合併でなんとか生き残った彼等だが、そうせざるを得なかった理由の一つに"外"から見放されたというものがある。

 大崩落の影響を避けた"外"の連中は、NYの同胞を見捨てるか下克上する形で新たな勢力図を築いた。それはイタリア系の組織も例外ではない。

 大抵の組織には――本音は裏切りを避けるためとはいえ――同胞を見捨てないとする掟がある。それを堂々と破った上で、和解もせずHLに進出するなどというのは、コミッションからすれば認められたものではないだろう。

 

「ガルガンビーノ一家もその"外"の連中でな。大崩落から間もなく、うまく異界の非合法組織と結びついて巨大化した。その時も必死に戦ってたコミッションからすれば、裏切り者だ」

「そして、アンドレッティ君の古巣も。我々が異界の同胞を受け入れれば烏合の衆で、ガルガンビーノなら英断らしい。血の掟は何処にいったことやら」

 

 軽い口調かつ苦笑しながらも、目は笑っていないシルヴェストロ。そんな彼の目を見てしまい、居心地悪そうに余所見を始めたトーニオにコルネリウスは話を振る。

 

「フランチェスコ・ラゾローロが十中八九死んだという情報はもう出回ってる。いくらHL入りを伏せてようが、HFBI(連邦捜査局)が有事のために暗殺部隊編成してた程度には知られてたからな。気になるのはあそこにいた連中の飼い主だ」

「……アンダーボスのベルトーニですね。うちは実のところ、実権はそいつに握られてましたから。これだけ早く新しいボスになれたってなら、派閥外の相談役やカポ達も日和ったんでしょう」

 

 忌々しそうに吐き捨てるトーニオ。

 

「らしくないな。捨てられたし、捨てた組織だろ」

「……まぁ、元から嫌いな連中でしたから」

「そうかい」

 

 その言葉通りなのか、実のところ捨てきれていないのか。コルネリウスに判別はつかなかったが、どちらでもよかった。トーニオが今の主たる吸血鬼に捧げる愛と忠誠は本物だと思っているし、この後起きることに変わりはないからだ。

 コルネリウスはシルヴェストロに断ってから、上着の内に手を入れつつ言った。

 

「それはそれとして、俺達には一つ共通点がある」

「一気に片付けてしまいたいと。成程、相手もそう考えているだろう」

「…………相手? シニョール・コルバッハ、説明をお願いしますよ」

 

 コルネリウスは相変わらず察しが悪いトーニオに苦笑しつつ、返事代わりに『門』から短剣を引き抜いて小路の先へと投擲。横にいたシルヴェストロも、素早く抜き放った拳銃を同じ方向へと発砲していた。

 突然の展開に惚けた顔のトーニオが小路の先を見れば、今まさに飛び出そうとしていた銃を構えた男達が短い悲鳴と共に倒れ伏すところであった。

 

「自分達に楯突く組織と、取引先を悩ます異分子。それが人気のない夜道を一緒に歩いていたら、ガルガンビーノみたいな連中がどう出るかなんてガキでもわからぁな!」

 

 物陰から次々と飛び出してくる刺客に対抗するように、コミッションの構成員達も各々の得物を抜き放つ。申し合わせたかのような一瞬の沈黙の後、夜道を照らす銃火の華が咲いた。

 

 

 

 

 

 

 

 拳銃、短機関銃、手榴弾、おまけにロケットランチャー。携行可能な銃火器の見本市となった小路は、先程までの静けさはどこへやら。HL有数の騒がしい場所へと変貌していた。

 

「シニョール! これ、俺思いっきりやっていいやつですか!」

「んな訳あるかアホ! 周囲に『迷惑』を及ぼさない程度にしとけ」

 

 刺客達は数の上では圧倒的に勝っていたが、相手が悪かった。なにせ力こそ抑えているが吸血鬼が二人いるのだ。

 コルネリウスが投擲する、血で覆われた糸によって操作・回収可能な短剣は次々と犠牲者を増やしている。トーニオは今も三角飛びの要領で接近した相手の首を掴み、壁に叩きつけるどころか半身をめり込ませたばかりだ。

 コミッションの面々は元々の練度が高かったこともあり、二人の活躍に鼓舞されるように銃撃戦を優位に進めている。

 

「貴方のことは知っていたが、アンドレッティ君も凄まじいものだな。見た限りでは機械化している訳でもなさそうだが」

「頭はともかく身体の方は少し特別なんだよ。それより、思ったより数が多いな」

 

 コミッションの面々は人間と異界存在の混成だが、言うまでもなく無数の銃弾を撃ち込まれたら虹の橋を渡ることになる。

 

「なに、問題はない。経験則から言わせてもらえば、ガルガンビーノが新参者に紹介しようとする土地は、どうせ我々の縄張りだ。どの道やり合うことになるし、部下も鍛えている」

 

 対するシルヴェストロは言外の心配を察し、笑って返す。そんな彼の銃の腕前は見事なもので、拳銃であるにも関わらず遠距離の相手も少ない弾数で効果的に仕留めていた。

 

 コルネリウスはシルヴェストロの活躍と相手の数を見て、あるいは今日の襲撃は相手にとって予定の内であったのではないかとも思った。いくらこの地域が際立った影響力を持つ組織が無いというだけの、HL基準の中立地帯だったとしてもだ。この数は電話一本ですぐ飛んでくるものではないだろう。

 

「シニョール! 敵の新手が来ましたよ!」

 

 楽しそうに壁の間を飛び跳ねているため、高所から遠方を見ていたトーニオが叫ぶ。

 

「内訳はどんなもんだー?」

「えーっと車が五台ぐらいで中から……あ」

「どうした、サイボーグでもいたか?」

「それもいますけど、あいつらどでかい火炎放射器持ってます!」

「夜の市街地でバーベキューとは良い趣味だなおい!」

 

 

 

 

 

 

 

 燃え盛る建物でライトアップされた歓楽街をコルネリウス達は走る。後方からは宇宙服のような強化装甲に身を包んだ刺客が数人、腕部から火炎を撒き散らしながら脚部のキャタピラを使って猛追していた。狭い場所でこんなものと戦う訳にはいかず、既に戦場は大通りへと移っている。

 

「あんなもん持ち出して、他の組織にどう言い訳するんだ」

「ううむ、私にもわからないな。事前に調整出来る域を超えていると思うのだが」

「案外俺達が強すぎて、ムキになってるとかじゃないですか?」

 

 制限付きとはいえ、吸血鬼の力で戦場を縦横無尽に暴れまわっているトーニオが面白そうに言う。コルネリウスは案外それが正しいかもしれないと思いつつ、路地から飛び出してきた腕がチェーンソーになっている刺客の足を払ってから後方へ放り投げる。悲鳴と共に明日の焼肉屋の売上が下がりそうな匂いが辺りに立ち込めた。

 

「しかし凄いっすねHL! まるでアメコミの中みたいだ!」

「正真正銘クラーク・ケントと戦える街だよ、ここは」

「ゴッサムシティ扱いですら生温いがね。……ふむ、しかし」

 

 シルヴェストロは少し考え込んでから、悪戯を思いついたような表情で指を立てる。中折れ帽とスーツが似合う男が、拳銃片手にそんなことを言っても物騒でしかなかったが。

 

「もし相手がやり過ぎているのであれば、この街らしい戦い方が出来そうだ」

「選択肢が多すぎて絞れん」

「それは……ハードな日常だね? とりあえず、三つ先の角を左だ」

 

 言われた通りに角を曲がれば、そこも歓楽街。道を行き交う人異入り混じった群衆は、武器を持ったコルネリウス達が走っていても一瞥するだけ。しかし彼等を追うようにして見事なコーナリングを見せた火炎放射軍団を確認するに至り、流石に悲鳴を上げて逃げ惑い始めた。歓楽街は一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。

 

 コルネリウスは周囲の群衆……ではなく、建物。正確には非合法組織の拠点がある、もしくはありそうな建物を幾つか眺めながら納得したように頷く。この通りは一段と縄張り争いが激しい。つまり石を投げれば、目標に当たるのだ。

 

「成程。やりたいことはわかったが、どこならいいんだ」

「そこの二階建てが邪組だが、どうかね?」

「個人的な選択肢としては微妙だが、やり方次第ってとこだな」

 

 そう言って道端に落ちている小石を拾い上げ、血でコーティングしてからシルヴェストロが指差したビルの二階へ投擲。赤い礫は防弾ガラスを易々と突き破り、蜘蛛の巣状のヒビと甲高い破砕音を生み出した。

 

「どこの鉄砲玉の仕業じゃゴルァァァァ!!」

「ガルガンビーノ一家だ、文句あるか島国猿!」

 

 そうして乱暴に窓を開けた一人のヤクザを、すかさずコルネリウスが血を纏わせた縄で釣り上げ、後方へリリース。所属偽装のおまけまでつける丁寧さだ。

 不幸なヤクザがどうなったかなど言うまでもない。ただし急に消えた仲間を訝しみ、窓から身を乗り出したヤクザ軍団にどう見えるかは、また別の話であるが。

 

「あ、兄貴ぃ! サダヤスがガルガンビーノの連中にローストされてまさぁ!」

「んなぁにぃ!? あの野郎共、今日兵隊連れて来るのは西区で会食するからって話だったがありゃ嘘かぁ!!」

 

 気の早い邪組下っ端が宇宙服へと銃撃を始めたのを尻目に、コルネリウス達はその場を走り抜ける。ガルガンビーノだけが狙われて彼等はノーマークということはなかろうが、追手にとって面倒な事態となったことは間違いない。なにせ直接手にかけたのは、確かにガルガンビーノの構成員なのだから。

 

「こんなところだな。あと何件かやっとくか」

「思っていたのとは違うが、鮮やかなお手並みだ」

 

 そう言いつつ、幾つかの事務所に銃弾を撃ち込んでいるシルヴェストロ。手当たり次第にも見えるが、彼のことなので目標はきちんと選んでいるのだろうとコルネリウスは思っている。

 

「シニョール、俺そろそろ面倒になってきたんであの宇宙服どうにかしたいんですが」

「待て待てトーニオ。折角相手がやらかしてくれたんだ。もう少し面白くしてやった方がいい」

「その通りだ。だがヤク漬けで考える頭が無いようなところだけにしてくれると、我々としては助かる」

「二人とも楽しそうっすね。いや、俺もこういうの大好きですけど」

 

 

 

 

 

 

 

 取るに足らない虫に難癖をつけられたものの、引き続きナイトクラブを満喫していたガルモスとレミージョ。そして彼等率いるガルガンビーノ一家、及びラゾローロ一家改めベルトーニ一家の構成員達。

 そんな犯罪者達の楽しい楽しい時間に終わりを告げたのは、ガルモスの付き人にかかってきた一本の電話であった。

 

「……ガルモスの兄貴、少しよろしいでしょうか」

「ん、どうした…………おい、それは事実だな?」

「現場にいる部下からの報告です。薬もやっていませんので、まず間違いないかと」

「…………そうか。わかった」

 

 ガルモスは恐竜の化石のような頭部……その角のように見えるが、実際は感情表現に使う触覚を忙しなく動かしながら重く呟いた。

 

「……レミージョ殿、貴方の部下には火炎放射器持ちの強化装甲を持たせたのですか?」

「ああ、そうだが」

「派手にやって大丈夫だとは言いましたが……」

「しかし、そちらもロケットランチャーから何から持ち出していただろう。なに、シルヴェストロとかいう奴が如何に手練だろうと、狭い路地で粘性燃料の放射を喰らえばポルケッタになるさ」

 

 悪びれもせず笑うレミージョであるが、ガルモスとしては頭が痛い。ガルガンビーノはHL慣れしている分、こういったモザイク模様の中立地帯で使う爆発物の選定と取り扱いには万全を期しているつもりだ。HL慣れしていないベルトーニ一家にそれが出来ているとがあまり思えず、火炎放射器などという加減の難しい得物を持ち出しているのがそれを裏付けている。

 だがベルトーニ一家はこれからガルガンビーノ一家と深い付き合いをする客人だ。互いのファミリー内の立場ではガルモスが上でも、自分の家のようにやめろと言うのは難しかった。

 また標的を手早く片付けてしまえば問題が無いのも確かだ。結局そこで追求を止めてしまう。それが、いけなかったのだろう。

 

「が、ガルモスの兄貴」

「……今度は何だ」

 

 暫くしてどこか焦った顔の――ガルモスにとっては人間の表情はわかり辛くて困るのだが――部下から報告を受けたガルモスは、その表情を凍り付かせた。上司とは異なり、それをしっかりと判別出来る部下は言い難そうにしながらも、最後まで報告を済ませる。

 

「北区でやり合ってる上に、他所を巻き込んだと?」

「はい……邪組や蛇咬会から抗議が来ています。構成員をやられた、と」

「……現場の連中に繋げ。私が話す」

 

 横で呑気に酒とショーを楽しんでいるイタリア人とは違い、ガルモスは状況の悪さを正確に把握していた。ガルガンビーノ一家が今日の会合、そしてコミッション幹部の始末に際して他組織と行った調整。その域を超えて暴れまわるどころか、被害まで受けさせたとなると、下手すれば抗争に発展しかねない。それはガルガンビーノ一家におけるガルモスの立場どころではなく、命をも危うくするだろう。

 羽虫一匹潰せない部下や、余計なことをしてくれた客に苛立ちつつ電話を待つガルモス。しかし待てども待てども部下は彼に電話を渡そうとしない。ただ一言二言話すと、焦ったようにダイヤルし直すだけだ。

 

「貴様は現状がわかっているのか。さっさと貸せ!」

 

 ついにガルモスの堪忍袋の尾が切れ、部下から電話を奪い取る。突然の怒声に驚いているレミージョ。その姿に更なる苛立ちを募らせるガルモスの耳に飛び込んできたのは、上司の質問に対するまともな応答ではなかった。電話口からは、ただただ悲鳴のような泣き言が。そしてその背後からは、混沌としか呼び表せない状況が聞き取れた。

 

『だ、駄目です。あいつらヤクのやり過ぎで話が通じやしません!』

『おおおお、おお前らも松明にしてやろぉかぁ!?』

『わりゃぁ人のシマに火付けしておいて無事に帰れるたぁ思ってねぇよなぁ!』

『――斗流血法 刃身ノ壱 焔丸。オイオイ兄ちゃん達よぉ。人にぶつかっておいて慰謝料も無しってのはどういう了見だぁ? ほら見ろよ、じっちゃんから受け継いだ家宝のトールサイズコーヒーが台無しじゃねぇか』

 

 止むこと無く響くHLのアウトロー達の怒声。最早現場レベルでの解決は不可能だと悟ってしまったガルモスの手が震える。電話口からは、ついにパトカーのサイレンまで聞こえ始めた。

 

『こちらHLPD、ダニエル・ロウ警部補だ。貴様らの行動は――おい誰だこっちに撃ちやがったのは! いい度胸だクソアホ共、全員監獄か天国を選ばしてやる!』

 

 言うが早いか始まった掃射音は、機動警察の誇る車両固定型のガトリング砲のものだろう。ガルモスは携帯を握り潰しそうになりつつも、なんとか通話終了ボタンを押すことが出来た。もっとも、それは事態の解決になんら寄与しないのだが。

 何事かと問いかけてくるレミージョを無視し、事態収拾の会合の席を準備するため部下達に帰還を告げようとしたガルモス。しかし彼が声を発する前に、ナイトクラブの店員が彼等のスペースへとやって来て告げた。

 

「お客様。大変申し上げにくいのですが、お連れの方々が暴れてらっしゃいます。それにより当店、及び街は多大な損害を被りました」

「……少なくともこの店への損失は補填する」

「ご配慮に感謝します。しかし、事態が事態です。他の店への示しもあります。原因となったそちらのお客様の来店は、今後ご遠慮願えればと」

 

 店員の言葉にレミージョの部下が激昂し、即座に銃を抜いた。

 

「てめぇ接客業の分際で兄貴に何……を……」

 

 が、その言葉が最後まで続くことはなかった。彼が銃を抜いた瞬間、どこからともなく現れた集団がベルトーニ一家にだけ銃を突き付けたからだ。老若男女人異問わない彼等は店員だけでなく、客としか見えない者まで混じっている。そして、一様に目から意思の光というものが感じられない。

 

「どうか、ご理解頂けますでしょうか」

「……おい、この店は客に銃向けんのか」

「よせレミージョ、店はいくらでもあるんだ。俺達が原因の問題も起きてる。今夜は帰るべきだ」

 

 殺気立つレミージョを見て、ガルモスは咄嗟に止めに入る。レミージョは風俗店というものを、自分達に庇護してもらう存在としか思っていない。それはこの状況で致命的な間違いを生みかねないのだ。

 

「…………ちっ」

 

 舌打ち一つして殺気を収めたが、不満を隠しもしないレミージョ。ガルモスはそれを見て、この期に及んでHLを理解しようとしない愚か者を寄越したベルトーニ一家を強く呪った。

 

 

 

 

 

 

 

「ガルモスさんよ、HLじゃあマフィアが店の側に配慮するもんなのかい」

「独立独歩で生きている店においては、そうだ。"外"とは違い、彼等は明確な武力を保持しているからこそ誰かの庇護下に入っていない」

「それでも手を焼く程度だろ? 俺達は面子商売だってのに……どうした?」

 

 先に店を出たガルモスが立ち止まり、無言になったのを訝しむレミージョ。続いて店を出た彼も、ガルモスが感じていた異様な雰囲気にようやく気付いた。

 

「人が……いない?」

 

 火の回りが早かったのだろう。西の空は明るくなっており、半鐘の音やサイレンの音が響いている。北からは明らかに銃撃戦とわかる音や、爆発音がひっきりなしに響き紛争地帯もかくやという有様だ。

 そんな状況であれば、人が逃げ去っていること自体はおかしくない。問題は見える範囲には誰もいないのに、無数の視線を感じるということだ。

 

「どういうこった……?」

「……迎えの車はまだか」

 

 周囲を警戒しつつ付き人に確認するガルモス。彼は目の前でかけられた電話が受信不可のアナウンスを返すに至り、懐から銃を抜く。他のガルガンビーノ一家の面々もそれに倣った。驚いたのはレミージョ達だ。

 

「お、おい。一体なんだってんだ、他組織の襲撃か?」

「イタリア人ってのは頭の中にも太陽があるのか? それならまだましだ。これは差し向けた部下達がくたばって、街の連中が……今なら犯人なんざ特定出来ないと確信したってことだ! 来るぞ、走れ!」

 

 ガルモスの叫びに呼応したかのように、通り沿いの店の屋上や小路から武装した群衆が飛び出してくる。その多くは顔を隠していたが、中にはそれすらせずに殺意の、あるいは喜びの込もった目で凶器を構えている者もいた。

 

 反応が遅れたベルトーニ一家の構成員が何人か銃弾を受け倒れ伏す。ガルモスは混乱しているレミージョの腕を部下に引かせ、自らは銃撃を行いつつ東を目指す。

 

「北と西は駄目だ。東か南へ抜けるぞ!」

 

 路地裏から伸びてきた触手、店の窓から覗く狙撃銃、マンホールから湧き出した無数の骨の腕、隣を通った瞬間動き出すマスコットに、突如巨大化する猫のような何か。

 ひっきりなしに襲い来る、百鬼夜行としか言い表せない凶手達にガルモス達は次々とその人数を減らしていく。それでも武闘派組織の面目躍如といったところか。殿まで用いてなんとか追手を撒き、区域の端まで辿り着く。

 

「くそっ、何なんだこの街は!? ボスに一体どう報告しろってんだ!」

「……それはこちらの台詞だレミージョ。この騒動は、貴方が愉快な玩具を後先考えず投入したことも大きな原因だぞ」

「大崩落に適応出来なかった、死に体の残党。俺達のHL入りの武功にゃ手頃な連中だっつったのはアンタだろうが!!」

 

 逃げ切った安堵からか、言い合う二人。両者共に僅か数人にまで減ってしまった部下は疲れ切っており、それを止める余力すら無い。

 

「それは……いや、よそう。今は車を奪って退避し、巻き込んでしまった組織と話し合いの場を――」

「設けられると面倒なのだよ、ガルモス」

 

 立て続けに響く銃声と、倒れ伏すガルモスの護衛。部下達があげる苦痛の呻き声の中、ガルモスとレミージョ、及び彼の護衛は銃を構え声の主を見やる。

 月明かりに照らされる陰は三人。未だに硝煙を上げる拳銃を持ったシルヴェストロと、手元でナイフを弄ぶトーニオ。そして、唯一凶器を持っていないというのに、最も強烈な威圧感を放つコルネリウスであった。

 

 伏せた兵がいるようには見えない。しかもシルヴェストロは、自分の役割は終わったとばかりに銃を胸元に収めた。数の上ではまだガルモス達が優勢だ。ガルモスという頑強な異界存在もおり、一見すれば優勢なのは彼等の側に思える。

 だがトーニオに豊富な罵倒を放つ余裕があるレミージョとは違い、ガルモスはコルネリウスから視線を外さない……否、外せない。

 

「そうか、この騒ぎはシルヴェストロでも、そこの坊主でもない……となれば、貴様かっ……!!」

「あの地区には知り合いが多くてな。自分達に被害を与えた連中が、手勢を壊滅させた情報を流せばすぐだったよ」

「くそっ、私が、銃を撃つだけの脳筋共とは違うこの私が馬鹿共のせいでっ!!」

 

 怒りに震えるガルモスの横では、いつの間にか接近したトーニオに腕一本で持ち上げられたレミージョが苦しそうにもがいている。月明かりでなんとか確認出来るその顔は、何故か急速に干からびていく最中であった。もっともガルモスにとっては、既にどうでもいいことであったが。

 その光景を見ながら、コルネリウスは笑う。

 

「そっちの教え子は出来が悪そうで大変だな」

 

 そして懐から、質量を無視したかのように大剣を取り出す。血で覆われた赤い大剣は、ガルモスの目には乏しい明かりの中でもやけに明るく映った。

 大剣を片腕で持つコルネリウスはトーニオと、そして今まさに命脈が尽きようとしているレミージョ達に向けて歓迎するように両腕を広げる。

 

「新入生諸君、ようこそHLへ! 長いか短いかは君達次第だが、楽しんでいってくれたまえ!」

 

 大将首を求める功名心ある若者達がそこへ辿り着いた時。残っていたのは鉛で僅かに体重を増やした数人のマフィアと、千切られた自らの腕で壁に縫い付けられたガルモスだけであった。イタリア人は一人たりとも残っていなかったという。

 

 

 

 

 

 

 

『それで最近はシルヴェストロの旦那と仕事してまして。昨日はワイズガイとして推薦させて欲しいとまで言われてるんすよ、凄いでしょう!』

「おめーつい先日まで地上最強だと思い上がってたよな。それが弱小マフィアの正規構成員の座で喜ぶのか……」

『え、あーそういえば……』

 

 数日後、コルネリウスはオフィスの凄まじい柔らかさのソファでだらしなく寝ながら、トーニオからの電話を受けていた。まだ昼で、平日である。

 

「まぁシルヴェストロにHLの生き方を学ぶこと自体はいいんじゃないか。ただあいつ、お前の正体にもう気付いてるか、遠からず気付くぞ」

『マジっすか……やっぱり裏社会を生きる人間としての格の違いですかね……』

「いや調子乗ってシチリアマフィア共の血を抜き取ったからだろ。死体の処理や目撃者も考えずにあれをやるのはやめろよ、本当に」

 

 机に広げられた新聞には、深夜の銃撃戦と大捕り物、ついでにガルガンビーノ一家が複数の組織と抗争に入ったことが一面になっている。暫くはHLの裏社会マニアの興味を一身に集めることであろう。

 

「コミッションで活躍し過ぎるのもやめとけよ。弱小組織がいきなり暴れ始めたら、同業者から睨まれる。それどころかライブラみたいな連中にまで怪しまれて袋叩きだ」

『えー、それじゃ歴史ある斜陽組織を立て直した伝説のマフィアになれませんよ』

「わかったわかった、お前脳の情報抜かれそうになったら自害しろ。あとお前経由で俺まで辿り着かれたら、男として生きていけなくなる呪術を片っ端からかけるからな」

『それ死ぬのと同じじゃ――』

 

 相も変わらず呑気なトーニオとの通話を切り、今度こそ昼寝に入るコルネリウス。HLの住人、そして吸血鬼としての後輩が彼に認められる日は、まだまだ遠そうであった。

 

 

 




トーニオ関連をうまく処理出来ず纏まりの悪い章に
二期は七話しか見てなかったので蛇咬会の絵が出てたのも知らなんだ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。