緋色の羽の忘れ物   作:こころん

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第四章 恋する災害
第十話


「えっとー、自分どうにも印象が薄いみたいで。好きなものとか、あまり覚えてもらえないんですよ。だからちょっとした時にすれ違いを感じるというか」

「ふむ、それは由々しき問題だねミヨン。コルネリウス、君はミヨンへのプレゼントはどうやって決めているんだい?」

「あー……欲しいと言っていたものを思い出して、選んでいるな」

 

 客、もとい悩める若者へ無機質な印象を与えないように努め過ぎたのか、自然物を用いた小物が多すぎて雑然とした印象を受ける部屋。コルネリウスは木製シーリングカバーの内から放たれる電球色に照らされながら、咄嗟に捻り出した無難な回答をカウンセラーへと返した。

 

「成程。しかしそれは、ミヨンの側からさり気なくアピールしてくれている結果ではないかな。仮に自分の意見のみで決めるとすれば、何を送るかね?」

 

 即座に質問を返したカウンセラーは、下顎の大きい二足歩行の亀のような異界存在だ。彼が発した問いは、コルネリウスからすれば好ましくないもの。何故ならコルネリウスが何と答えようと、その後の流れが決まっているようにしか思えないから。

 それでもコルネリウスは自分の隣に座る女性――イム・ミヨンを一瞥してから答える。

 

「…………酒、置時計、陶磁器、ガラス細工、傘、加湿器。あとは……あー……記念日なら宝石とか、貴金属などを」

「ふむ、ミヨンはどう思うかね」

「どれも嬉しいです!」

「それは、恋人から贈られるものとして?」

「えっ……うーん、そう言われるとちょっと違うような、そうでもないような」

「そうでしょう、そうでしょう」

 

 コルネリウスはあっさりと誘導されたミヨンを苦々しく思いつつ、それを表情に出さぬよう努力する。なにせ彼が今いるここは、ランドルナーザ恋愛総合カウンセリングサロンだ。女性への不満を感じさせるような行いをすれば、どうなるかなど目に見えている。

 本来の目的を果たすため、コルネリウスは耐えねばならない。たとえ潜入捜査のパートナーが今日出会ったばかりの女性で、質問に答えようがなくてもだ。

 

 

 

 

 

 

 

 遡ること数時間前。コルネリウスは気怠さを隠すこともせず、重い足取りで旧タイムズスクエアを通り過ぎようとしていた。目的地はここより徒歩十分程の場所にある恋愛カウンセリングのサロン。繰り返すが、恋愛カウンセリングだ。

 無論、コルネリウスが赤の他人に、恋の悩みを打ち明けに行く訳ではない。彼にとって非常に残念なことであるが、これは仕事であった。

 

 事の始まりはとある高級製菓メーカーの社長、正確にはその妻であった。どうにも流行という言葉に弱い女性であったようで、自他共認める夫婦仲の良さであるにも関わらず、近頃若い女性の間で話題だというランドルナーザの利用を決意。多忙な夫を引っ張って夫婦カウンセリングへと突撃したらしい。

 夫曰く、女性向けの話術は優秀だったらしいカウンセリングに妻は大いに満足したそうだが、問題はこの後であった。サロンの職員は夫婦仲を更に円満にするために贈り物はどうかと、ブランド品の小物やら家具やらを薦めてきたのだ。

 物自体は高級品に慣れた夫妻から見ても文句のつかぬ品々。サロン職員は各メーカーと協力関係にあるとか、ブランドの価値を下げぬため値下げも出来ず、本来処分される在庫を流してもらったとか説明していたそうだ。だがそれでも安すぎるし、流行には疎いが型落ち品ではないと疑念を抱いた夫。ここがHLであることも考慮して、調査を依頼してきたという訳である。ちなみに妻は満足してそれを夫に買わせたそうな。

 

「カルネウスからの紹介でなけりゃあな……」

 

 つい出そうになる溜息を飲み込みつつも、漏れ出る不満は止められないコルネリウス。

 VD社の重役兼社長付き人のカルネウスは依頼の、あるいはコルネリウスによる各種人材紹介の対価の一端として、性格に難がない経営者や著名人をコルネリウスへ引き合わせていた。そして今回の社長もその一人だ。

 得た人脈がコルネリウスの経営する書店に様々な恩恵をもたらしているのは確か。加えてカルネウスの顔を立てる必要もある。かくして天下無双の吸血鬼様は、恋愛カウンセリングの実態調査をする羽目になった。唯一の救いと言っていいのは、コルネリウスから見た分にはランドルナーザが黒である可能性が高いということだろうか。

 

 "外"の人間には意外に思われることだが、HLは恋愛に関する犯罪が多い。しかも対象の殆どは異界存在だ。

 そも思想・学術的な都合や、人界視点から乱暴に一括りにしているだけで、異界存在という言葉は無数の種を指す。そして彼等は、全員が望んでHLに来た訳ではない。

 急に出現した、十分な都市計画も無いまま変容を続ける大都会。そこに放り込まれた、あるいはやって来た異界存在達は、同じ種族と出会える場所に恵まれていない。更に田舎者や不慣れな者であれば、デートスポットひとつ選ぶのにも苦労するのだ。

 故に恋愛相談だとか、パートナー探しのサイトだとか、繁殖可能な異種族情報だとかはHLの人気コンテンツとなっている。必然、それを悪用する輩も多い。

 

 今回の依頼人は夫婦共に人間であるが、それならカモにされないはずもなし。コルネリウスはランドルナーザに突き付けるための、各メーカーから得た協力関係にないという証拠を持って目的地を目指す。それは正規の手段で入手したものでも、完璧な調査結果でもない。しかし使い方を間違えなければ、相手を観念させるかボロを出させるには十分なものだ。あとは何かしらやっているであろう悪事を暴けば、依頼人への報告内容が揃う。

 

 NY時代から変わらぬ都市一番の繁華街をぎりぎり抜けないあたり。ランドルナーザは五階建てのビルを丸々借りていた。桃色の多い看板には男女別やカップル用、果ては個室の待合室まで完備しているとある。それでも屋外に相談待ちらしき客がちらほらいるあたり、この業界における超新星であることは確からしい。

 客が多い時間帯に正面から乗り込むのは、主に精神的にタフな案件となる。コルネリウスが先に魔術的な調査を選ぼうとしたところで、彼の優れた聴力が気になるものを捉えた。

 

「そうつれなくするなよ。嬢ちゃんも割引ブランド品目当てにペア探してるクチだろ?」

「いや、そういう訳では……」

「気にするなって。多いんだぜ、それ。だから俺達と少しお茶してくれるなら、もっと安く譲ってやるよ。なにせここに品を卸してるのは俺達だから、多少は融通が効くんだ」

 

 ビルの裏手から聞こえるその会話は、男女の……というより二人の男が女性に粉をかけているだけのもの。だがランドルナーザの人気の一端であろう、妙に安価なブランド品。その出処を追える可能性を示していた。見逃すという選択肢は無いだろう。

 コルネリウスがビル前でいちゃつき出した男二人を避けつつ現場に向かえば、そこには人間と異界存在の男が一人ずつ。彼等は一人の女性を、逃げられぬよう壁際に追い込んでいた。

 

「えっと、その……仕事があるんで、このあたりで失礼してもいいでしょうかっ!」

 

 絡まれていた黒髪ポニーテールの女性は元気な声で、しかし困ったように言うと、少し強引に男達の囲みを抜けようとする。だが飢えた狼がそれを座視してくれるはずもない。

 

「おい、折角俺達が良い話を持ちかけてやってるのに、その態度はなんだよ」

 

 苛立ちを含んだ声と共に乱暴に伸ばされた手は、しかし女性の細腕を掴むことはなかった。男の手は過たず女性へと至ったが、何故か目標を通り過ぎ……否、すり抜けてしまったのだ。勢い余った男はつんのめる形で壁へとダイブし、したたかに顔を打ち付ける。

 

 コルネリウスはその一瞬のやり取りから、絡まれていた女性が人狼であると推測した。魔力に類するものは感じられず、手早く周囲を探知した限り科学技術による投影の線もない。それにコルネリウスは何度か人狼という存在に相対したこともあり、その時と似た感覚を抱いたのだ。

 

「ってぇ……おい!」

 

 痛みに頭が沸騰した様子の男とその相方が、懐から折りたたみナイフを取り出す。HLでは貧相極まりない得物であるが、女性一人脅すには十分なそれ。問題は向ける相手が、自身に関するあらゆる要素を"薄める"ことで、物理的にも魔術的にも触れること能わぬ人狼であるということ。そして彼等から情報を引き出そうとしていたコルネリウスに、不要だったとはいえ手頃な大義名分を与えてしまったということだろう。

 

「HLで不用意に得物取り出すのはいかんよ。なぁ?」

「な、なんだてめあがッ」

 

 一足飛びで近付いたコルネリウスに襟元を掴まれ、先程の数倍の勢いで壁に顔から打ち付けられた男が意識を失う。片割れの異界存在は突然の展開に驚き、背を向けて逃げ出そうとしたが叶うはずもない。足を払われ、うつ伏せとなったその背をコルネリウスが踏んで動けなくされた。

 

「お、お助け……」

「なに、安心しろ。お前らが取引先に卸してる、出処不明のブランド品について知ってることを全て吐けば無事に帰れる」

「えっ、で、でもそれは……」

「自殺志願者だったか。死ぬ直前でもナンパとは、相当なもんだな」

「話します、話しますから!」

 

 あっさりと観念した異界存在の男にコルネリウスは満足し、その目を絡まれていた女性へと向ける。少し高めの背丈に、青文字系のどこかボーイッシュな装い。活発な印象を受けるその女性は、乱入者であるコルネリウスを驚いた様子で見つめていた。

 

「一人でも切り抜けてたろうが、こっちも都合があってな。こいつらはなんとかしておくから、君はもう帰るといい」

「え? ええっと、その……はい」

 

 女性は倒れている男達に視線を向け、少し迷った様子見せつつも表通りへと去っていく。コルネリウスは女性の態度、正確には男達を見る眼差しの鋭さに少々の違和感を覚えた。故に踏みつけていた男にはまず女性と面識があったか、あるいは何かしらの目的を持った仲間だったかを尋問したが、結果はシロ。

 回答を聞いたコルネリウスは、即座に血を用いた魔術で索敵を開始する。吸血鬼にとっては身体の一部とも言える血を用いたそれは、周囲の状況を手に取るように彼へと伝えてくれる。それによれば、ビルの裏手となる小路にはコルネリウスと男二人しかいない……が、コルネリウスにはちょっとした確信があった。

 

「おい嬢ちゃん。人狼だからって盗み聞きがバレないとは限らんぞ」

「えっ、ええっ!?」

 

 姿は見えぬが、慌てた声。カマかけに引っかかるその純粋さに、コルネリウスは苦笑する。

 

「俺はランドルナーザの調査のためここに来たが、そっちの目的は知らん。そんな状況じゃ、こいつらに話を聞くことも出来んのだ」

「えーっと、えーっと……その……」

「相反する目的でないなら協力も出来るが、どうだ?」

 

 なにせ人狼というものは、諜報活動への適性がこの星で一二を争う程に高い。そんなものを気にしながら仕事をするぐらいなら、協力する、最低でも敵対関係でないと確認する方が良い。

 そうして投げかけられた問いへの返答は、何も無かったはずの空間が歪む、あるいは滲むようにして現れた先程の女性の姿であった。

 

「その、狙った訳じゃないですが自分も同じで……あーでも、お仕事だから……」

「ソロでやるってなら別に構わんが、そこまで秘匿してやらなきゃならんのか?」

「う、うーん……今回はそうでもない、のかなぁ。あー、じゃあお願いします! ただし私の所属とかは秘密ってことで!」

 

 熟慮したというより、迷うのに疲れたといった感がある元気な返答。所属にしても秘密にする必要がある組織だと宣言したようなものだが、これで演技なら大したものだろう。どの道コルネリウスはこの案件そのものには気を張っていない。敵対するようなことさえ無ければ、どんな思惑があろうと構わないとそれを流した。

 一方の女性は本来の調子を取り戻したのか、大きな身振り手振りや快活な声で話し始める。

 

「イム・ミヨンといいます! 所属はじん……あっ、その、いまのなしで」

「……ああ、うん。コルネリウス・コルバッハ。便利屋で、さっきも言った通りランドルナーザの調査中だ。既に各メーカーがここに品を流してないことは確認済。こいつらにも話を聞けば、そのあたりの真相にはだいぶ近づけるだろう」

「仕事が早い……そうなるとー……あっ、そうだ!」

 

 名案を思いついたとばかりに手を打つミヨン。コルネリウスは特に警戒することもなくそれを聞き、そして驚愕することとなる。

 

「せっかくですし、二人でカウンセリングを受けながら潜入捜査しましょう! 普段隠れてばっかりだから、一度やってみたかったんです。こういうの!」

 

 

 

 

 

 

 

 尋問の結果、件のブランド品や家具の出荷元には裏稼業の連中が関与しているとわかった。またその面子からして、品物が精巧な贋作であることもほぼ確定。故にその贋作を売りつけている音声証拠だとか、現物を確保する意味はある。また他にも何かしらの犯罪行為をしてないか、おとり捜査をするのも見方次第では魔術より簡単で効果的だろう。だが、コルネリウスが既に確保した証拠と、人狼の力があればそれで十分なのだ。

 

 コルネリウスから協力を誘った手前。

 既に十分働いているとはいえ、後の作業を殆ど女性に任せるのは体裁も気分も良くない。

 ミヨンが目を輝かせながら、カウンセリングと潜入捜査について語っていた。

 都合よくキャンセルが入り、すぐカウンセリングが受けられる。

 こういった諸々の要素は無視すべきであったと、コルネリウスはカウンセラーに受け答えしながら強く思っている真っ最中だ。

 

「互いに甘えていい曜日を決めるのです。月水金はコルネリウス、火木土日はミヨン。その日は身体を洗ってあげるだとか、料理を作ってあげるだとか――」

 

 そもコルネリウスは、この手のカウンセリングを受ける気はない。しかもキャンセルのせいで仕事としてやるべき手順はともかく、互いの簡単な情報交換すら出来ていなかった。そこから生まれた齟齬はパートナーへの不理解と捉えられ、そしてカウンセラーによるコルネリウスへのストレス攻撃に繋がる。

 互いのことを知らぬのはミヨンも同じだ。しかし言外に責めるような質問は彼女には――コルネリウスはそうあって欲しいとは思わないが――飛んでいかない。女性としてこういった受け答えに長けている……とは違う。明らかにターゲットにされていない。

 

「仕事を口実にパートナーから逃げてはいけません。男が逃げれば、女性は追う。そこに優越感を抱き、繰り返してはいけないのです」

 

 とはいえ、何事にも終わりは来るものだ。問答と簡単なアドバイスを終えたカウンセラーは、聞いていた通りにブランド品やら何やらを薦めてくる。コルネリウスは内心で歓声を上げた。吸血鬼にも精神攻撃は効くのだ。

 

「あっ、これグレーテの新作ですね!」

 

 楽しそうに数々の贋作を品定めするミヨン。贋作だと知った上での演技かは、コルネリウスにはわからない。ただ事前に話し合っていた通りの仕事はこなしている。人狼の能力を使い、ブランド品の"内側"に指を潜り込ませて何か仕込まれていないか探っているのだ。

 やがて検分を終えたミヨンは、その品々を強請るふりをしてクロだと示す符丁のひとつをコルネリウスへと伝えた。悪い意味で密度の濃い時間を過ごしたコルネリウスへの褒美なのか、誘導しやすいミヨンを与し易い相手だと思ったのか。その符丁が示すのは、仕込まれていたものが機械だということ。これだけで十分な証拠となるものを、あっさりと引き当てたことになる。

 

 それを受けたコルネリウスは、ミヨンの手で並べられた品々を全て購入。参考物件としては少々数が多いのは気になったが、状況が状況。仮とはいえパートナーである女性が満面の笑みを浮かべていることもあり、否とは言えない。

 

 一時間後、二人は仕掛けられていた盗聴器や発信機を手に、ランドルナーザへと殴り込みをかける。対するは警備員と称する外見だけ整えたゴロツキ達と、亀のような異界存在のカウンセラー。彼等をぶちのめすコルネリウスは、それは素晴らしい笑顔を浮かべていたという。

 

 

 

 

 

 

 

「責める訳じゃないんだが、やっぱり買った量多くなかったか」

「え、いやその上客なら更に悪事を引き出せる可能性が……その……すいません」

「……大事に使ってやってくれな」

「はい、それはもう!」

 

 盗聴器や発信機の受信機械、職員の写真付き名簿や、贋作が詰まったビル内の倉庫写真に、その他諸々の悪事の証拠。必要なものを粗方揃えた二人は調査の仕上げとして、ランドルナーザの経営者が住む家へと向かっていた。

 当初コルネリウスは職員を使い、ランドルナーザまで経営者を呼び出させるつもりだったが、彼等の話によれば数日前から連絡が取れないらしい。当然ながら訝しんで身体に聞いた結果、嘘はついてないと判断。だが各種資金の流れは滞っておらず、このような事態を想定して店仕舞いをした訳でもなさそうであった。

 単に遊び呆けているか、何かしらのトラブルに見舞われたか。後者であれば裏社会の、特に競合する業種や、上納金を求める連中の仕業が考えられる。コルネリウスはその手の連中が会社の金に手を付けていないことに違和感を覚えたが、頭の中だけで結論が出る問題でもないので行動することにした。

 

「で、ここか」

「ふわー……いいとこ住んでて羨ましいです」

 

 辿り着いたのは高級マンションが立ち並ぶ区画。ランドルナーザ経営者が住むとされるそこも、周囲と同じブルーカラーの数ヶ月分の収入を一月で求めるような場所であった。

 コルネリウスは魔術を用いた遠見により、管理室付きの広いエントランスと認証式の扉を敷地の外から眺めている。

 

「だがセキュリティの方は貧弱だな。お約束と言えばそうだが」

「えっ、でもここお高いんですよね? 相応のものがあるんじゃ」

「人狼が言ってもな……物理方面特化で、魔術や異能は検知程度だよ。それでもロックハートを使ってるあたり、質は高いけど」

 

 そも魔術を用いた犯罪は、物理的に対処可能なものが多い。科学的な常識を超越して火だの雷だの魔獣だのを出したところで、高品質な超合金の扉は砕けないし、術者はセキュリティのガトリング一発当たればお陀仏だ。

 逆に単純な武力で解決出来ない魔術となると、術式の阻害手段が必要となってくる。高度な魔術とそれを扱えるようなアドリブの効く術者を阻害出来るようなセキュリティを、不動産会社や警備会社が用意するのは相当に困難だ。なにせそれを成せる人材は国家機関や世界的大企業、裏社会の大者ですらろくに確保出来ない程に貴重なのだから。

 

 ともあれ、公権力に属さぬ二人にとって無視出来るセキュリティというのはありがたい。コルネリウスは潜入に使う魔術を隠すため、一度ミヨンと別れる。フリーランスの人材が手の内を隠したがるのは珍しいことでもない。ミヨンは特に疑うこともなく、自身の存在を希釈し、一足先に目的の部屋へと向かった。

 その後にコルネリウスが使った術式は、いわゆる空間連結術式の一種だ。基となった術式は血界の眷属御用達とまで言われる『血脈門』で、普段は武器の収納などにも用いている。故にそうとわからぬよう改造はしてあるが、秘匿するに越したことはない。それに空間連結術は高難度の技だ。必死に隠す必要こそ無いが、おおっぴらにし過ぎると目立って仕方ない。

 

 コルネリウスは虚空に現れた『門』をくぐり抜け、セキュリティに一切感知されることなく目的の階層の一つ下へと到着。階段を用いて上へと向かい、既に部屋の前で待機していたミヨンと合流した。

 

「いよいよですね、コルネリウスさん。ここが敵の首魁が潜むアジト……!」

「ミヨンの期待しているような激戦は起こらんと思う」

 

 潜入捜査時からの流れでファーストネームで呼び合いつつ、得物を取り出す二人。コルネリウスはいつものシュラハトシュベールト、ミヨンはどこにでもあるような拳銃だ。後者は武装としては心許ないが、彼女が人狼であることを考慮すれば十分ではある。

 

 準備が整ったことを確認し、ミヨンは手袋を付けてから腕だけ扉をすり抜けさせた。そのまま内から鍵を開けんとし……首を傾げて動きを止める。

 

「どうした?」

「いや、鍵が全部開いてるというか……壊れてるんですよね」

「あー、やっぱり襲われてたか。こりゃ死んでるかもな」

 

 そうなれば金目の物は勿論、会社に関する資料も奪われている可能性がある。つまり全くの無駄足になりかねないが、そうであっても確認は必要だ。コルネリウスはミヨンがどくのを待ってから扉を開け、土足のままフローリングの廊下を進んでいく。一応靴は血でコーティングされており汚くはないし、足跡も残らない。もっとも足跡だけ気にしても警察の目は誤魔化せないのだが、それが目的ではなくあくまで彼の性格だ。

 

「死を偽装してまで逃げてるようなことはあるまいし……おい」

 

 居間へと通じる扉の数歩手前で足を止めたコルネリウス。木とガラスが組み合わされた扉の奥からは、吸血鬼には馴染み深い血と、大量の硝煙の匂い。問題は争いの結果であろうそれが、一人二人ではきかぬ量ということ。そして居間の更に奥、別の部屋から何かが蠢く気配がするということだ。コルネリウスは吸血鬼故にわかった部分は省いてそれをミヨンへと伝え、大剣を構える。

 

「ランドルナーザの社長が魔術師だの、武闘派だのという情報は無かったが……」

「自分も聞いてないで……あっ」

 

 思い出したのは些細なことではないだろう。明らかに顔色を悪くしたミヨンを見て、コルネリウスはその情報の重要性を悟ると共に、彼女の上司に強く同情した。

 

「よし、怒らんから言ってみろ」

「えっとですね、その……次長に言われてたんですけど」

「おう」

「ランドルナーザの社長が13王と接触した可能性があるって……というか自分、そもそもそれを調べに来たんでしたぁ!」

 

 扉の向こうまで響いたに違いない、ミヨンの悲鳴じみた泣き言に反応したのだろう。その言葉の直後、頼りない仕切りを突き抜けて大量の触手が二人へと襲いかかった。

 

 

 

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