緋色の羽の忘れ物   作:こころん

13 / 31
第十二話

「それでね~、そのぱくぱくしてるのは弱いけど量産性と修理性バツグン。材料を集めたりの雑用にも便利なの」

「なるほど、それでだな」

「そっちのうねうねは~、逆に繁殖と自己修復機能が優れてて戦闘も出来る! でもってぱくぱくが運んできた材料の加工とかにも使えるの」

「いや、だからな」

「問題は~、両方とも可愛くないことなんだよね~。だから~」

「アリギュラ! 話は聞いてるからこいつら止めろって!」

 

 巨大な触手の隙間を縫って飛び込んできた虫を、コルネリウスの大剣が切り捨てる。羽をもがれた虫よろしく痙攣するそれは、即座に巨大イソギンチャクの口元へと運ばれた。

 

 コルネリウスがここに来た目的のひとつでもある、13王アリギュラ。会えたことはいいものの、当の彼女は工作自慢をしながらコルネリウスの戦闘を眺めているだけだ。本人が敵対姿勢を見せていないことは彼にとっての幸運であるが、忙しいことに変わりはない。

 不満げなコルネリウスの声に、アリギュラは頬を膨らませる。

 

「え~、でも別にあんた死なないじゃん。それにうるさかったのは、本当だし~」

「すまん! だが主な原因はお前の作品だ」

「アタシこんな変なの飼ってませ~ん。いつの間に大きくなったんだろ?」

 

 こてんと首を傾げるアリギュラは、低い背と可憐な容姿も相まって、13王の中では人気がある方だ。ついでに言えば、一部のマッドと怖い嗜好を持つ連中にカルト的な信者を持つ。

 だが13王に数えられる存在なのだ。自覚の有無はともかく、HLどころか世界の寿命をスナック感覚で消費しかねない危険人物であることに変わりはない。コルネリウスはそれを、不本意ながら彼等と関わった過去の経験から心に刻んでいる。

 

「今思いついた。集めてた材料ってのが車のことなら、中に入ってる肉やら、それを集めに来た連中を食ってたのかもしれんな!」

「な~るほど」

 

 ぽん、と手を打つアリギュラは、虫に運ばせた映画館にあるような椅子に座って雑談モード。ご丁寧にジュースとポテトチップスまで完備している有様だ。

 足をぶらつかせながらまったりする少女を見つつ、ミヨンが呟く。

 

「なんか、聞いてた印象と違う人ですね。というか、お知り合いだったんですか」

「こういう仕事してると、連中の一部が起こす騒動に巻き込まれることがあるんだ。大抵の奴は死ぬから、そうと知られてないだけでな」

「不倶戴天の敵ってやつですか?」

「それは~、事実誤認です~」

 

 ミヨンの言葉に反応し、抗議のジェスチャーなのか拳を振り上げるアリギュラ。

 

「邪魔されることもあるけど~、協力してくれる時もあるじゃ~ん」

「俺を世界の敵のように言うのはやめろ。利害が一致して、周辺への被害も無い時に仕方なくの結果論だ結果論」

「嘘つき~。これだからきゅ――」

「あー待て待てすまん謝る!」

 

 彼女を含む13王の幾人かは、その詳細はともあれコルネリウスが吸血鬼だと知っている。もっとも彼等にとってのその情報は単なる種族名でしかなく、口に出すことに悪気はない。

 

「これ駄目なの~?」

「駄目です。今度何か面白い本見繕うから、頼む」

「も~、しょうがないな~」

 

 そのやり取りをミヨンは、疑問符を浮かべてますと言わんばかりの表情で見ている。一方のコルネリウスは、彼女なら言葉の先に気付くこともあるまいと失礼な信頼を抱いていたが。なお、その考えは間違っていない。

 そんなお天気人狼は、わからないことはわからないと諦める……どころか脳裏から消し去り、ここへ来た本来の目的を思い出す。手を振ってアピールしながら、アリギュラへと声をかける。

 

「あのー! アリギュラさんは何でここにいるんですかー?」

「あんた誰~?」

「そうでした! 自分はイム・ミヨンと申します! 所属は……じゃなくて、ええと、カモフラージュ用の名刺どこだっけ……」

「ふ~ん、まぁすぐ忘れちゃうだろうしどうでもいいよ~。で、何で、だっけ?」

 

 んしょ、と腕を振り、反動を付けて椅子から飛び降りたアリギュラは続ける。

 

「決まってるでしょ~? アタシは~、アタシの彼氏を~、取り戻しに行くんだから~!」

「ええと、お付き合いされてる方、ですか?」

「他に何があるってのよ~」

 

 思いもよらぬ回答に混乱するミヨンに代わり、コルネリウスが会話を引き継ぐ。

 

「そりゃあれか、デルドロ・ブローディのことか」

「あったり~。半分だけどね~」

「半分? まぁいい。それじゃあ、ランドルナーザの社長宅にこのイソギンチャクを放ったのもその一貫か」

「ランド……セル? なにそれ」

「ランドルナーザな。総合恋愛カウンセリングの会社」

「…………?」

 

 そんなものは知らぬとばかりに悩み始めたアリギュラに、コルネリウスは剣を振るう手を止めぬまま、マンションの場所だのを細かく伝えていく。すると暫くして、ようやく思い至ったとばかりにアリギュラが両手を打った。

 

「あ~、あれね~。この前ネットサーフィンしてたら、見つけたの~」

「……行ったのか?」

「まっさか~。アタシは自分の恋は自分で勝ち取るのよ~。……で、サイトになんか腹立つこと書いてあったから、改造しちゃった」

「……何に」

「そ、れ」

 

 そうしてアリギュラが指差したのは、今なお触手を振るい続ける巨大イソギンチャクだ。言うまでもないが、そこに人間であった面影は欠片もない。HLの恋する若者や悩み持つ夫婦を食い物にしていた報いとして適切かどうかは、コルネリウスにはわからないし、どうでもいいことだが。

 

「部屋にいたのがオリジナルじゃなかったか。なぁ、こいつ帳簿とか持ってなかったか」

「し~らない。そいつおじさん達に椅子に括り付けられて、死ぬ寸前だったし」

「……ふむ。大体わかったよ、ありがとなー」

「ど~いたしまして。じゃあ、アタシ仕上げに戻るから~」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 手を振って階段を降りようとするアリギュラ。その背を慌てて呼び止めたのはミヨンだ。彼女はメモ帳と鉛筆を手に、最後の質問を始める。

 

「アリギュラさんは具体的に、どうやって彼氏を取り戻すんですか?」

 

 アリギュラがその所業からくる印象と違い、気さくな性格をしていたせいなのだろう。その質問はある意味で当然のものであったが、慣れた者にはわかる特大の地雷であった。

 

「ばっ、おま……」

「え~、知りたいの~? ん~、じゃあ少し急いで~、見せてあげる~。それまで暇だろうし、これと遊んでてね~」

 

 止める間もなく、スキップをしながら階段を下りていくアリギュラ。コルネリウスが伸ばした手は、虚しく宙を彷徨っている。

 

「……あれ、今のまずかったですか?」

「……仕事熱心なのはいいことだ。だがああやって聞いたら、大半の13王がノリノリでHL崩壊アイテムを見せつけてくるってのは、覚えておいてくれ」

 

 自身の注意不足でもあるからと、力無く呟いたコルネリウスの眼前。何かに呼ばれたかのように上層から集まってきた虫と子イソギンチャク達を、巨大イソギンチャクが猛然と口の中に放り込んで巨大化している。だがこれが前座でしかないというのが、13王なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 地下駐車場にいた同族と虫を全て喰らい尽くしたであろう巨大イソギンチャクは、天井を突き破り地下五階の天井にすら届かんとしていた。崩落する天井を斬り払いつつ、コルネリウスは成長しきった怪物を眺める。

 もはや巨大化というより肥大化といった有様の、たるんだ肉が層を作る醜いそれ。しかし触手だけは先程までと変わらぬ速度の、素早い攻撃を繰り返してくる。しかも巨大化したことで崩落を気に留めなくなったのか、今度は柱もお構いなしだ。

 

 コルネリウスは上層へ通じるスロープと、その周辺の足場だけは壊されないようにあえて前に出る。巨大な触手を避け、斬り払い、避けるが、その際にかかる負担は今までの比ではない。

 

「重ね重ねすいませーん!」

「いい、もう過ぎたことだ。こういう時はプラスの要素を挙げるに限る」

「……あるんですか?」

 

 豆鉄砲と化した拳銃を撃ちつつ問いかけるミヨンに、コルネリウスは頷く。

 

「まず敵は回復手段を使い潰した。次に相手は巨大化し過ぎて、身体の一部を触手でカバーするのが難しくなっている。最後に……」

「最後に?」

「ある程度時間が経てばアリギュラが何か持ち出してくるから、あれはその時巻き込まれて死ぬに違いない。その時は俺達も、いやお前はいいが俺も危険だがな!」

「うわーん、すいませーん!」

 

 半泣きで銃を撃つミヨンを狙っても意味がないと学習したのか、コルネリウスだけを集中して狙い始めたイソギンチャク。もはや回数を数えるのにも飽いた触手の薙ぎ払いを、コルネリウスは跳躍して避ける。次に足下を通り過ぎる触手に剣を突き刺し、身体を引っ張らせることで、宙にいる彼を狙った第二撃をも回避。

 それだけでは終わらない。痛み故にか振り回される触手に刺した剣を、タイミングよく引き抜くことで勢いを付けてイソギンチャクの胴体へと飛びかかるコルネリウス。凄まじい勢いで飛来した彼が腰溜めに構える大剣は、怪物のたるんだ脂肪に深々と突き刺さった。魔術で生んだ熱を剣に通して傷口を焼くことで、ダメージも増加させている。しかし、それだけであった。

 

「攻撃が通らん。デカすぎるわ!」

 

 角度の問題からか、散発的にしか繰り出されない触手を避けつつ叫ぶコルネリウス。接近した機会を逃さず、イソギンチャクの胴体へと傷を与え続けているが、この調子では倒すまでにどれだけの時間がかかるかわかったものではない。

 コルネリウスが試しに貼り付けてみた爆発の魔法陣を描いた紙も、スペック通りの威力こそ発揮したが、まるで足りる気配がなかった。

 

「HLPDに協力を頼むとか、どうでしょう!」

「見た目こそ地味だが、この札はあいつらの戦闘ヘリが撃つミサイルよりかは威力がある。それに何より、こんなもん地上に出したら回復薬の中に放り込むようなもんだ」

「じゃあどうすれば……」

「一番安全なのは逃げることだ。目的はもう達成してるからな。それ以外だと自殺覚悟で大火力の魔術を放つか、アリギュラが来るまで引っ掻き傷を増やすかになる。まぁ足下なら比較的安全だから、最後のでなん……と……か……」

 

 コルネリウスはイソギンチャクから目を離していない。だというのに、彼の首が次第に上を向いていった理由は簡単。

 イソギンチャクが、その巨体からは信じられぬが、触手を用いてその身を持ち上げたのだ。狙いは足下をうろちょろしている、小癪なネズミに間違いあるまい。

 

「言った直後にこれか! 素体の知能でも残してるんじゃないだろうな、畜生!」

 

 それは巨体故か、命に関わる危機を目の前にした脳の働きか。支えを外し落下する化物の姿は、コルネリウスの目にはやけにゆっくりと見えた。

 だが時の流れが変わった訳でもなし。一秒にも満たぬ後、巨体はその身を地面へと打ち付ける。地震と間違える程の凄まじい衝撃と、新たな天井や壁の崩落を伴って。

 

 それは穴に砂を流し込むような光景であった。人を殺すには十分な大きさの瓦礫が、四方八方から降り注ぐ。そしてそれを物ともせず、追い討ちのように振り回される触手。文字通り逃げ場のない怒涛の攻勢は、ついにコルネリウスの回避限界を突破した。

 剣を盾にしつつも触手に吹き飛ばされたコルネリウスが、コンクリートの津波の中に消える。

 

「コルネリウスさん!?」

 

 揺れと崩落が収まった駐車場跡地で、ミヨンは思わず悲鳴を上げた。楽天家の彼女ですら、最悪の事態を想定するような状況なのだ。

 故に、ミヨンの声に呼応するように瓦礫の一部が吹き飛んだ時、彼女は目を丸くしてしまった。

 

「……生きてらぁ! 痛っ……あー久々にいいのを貰った」

 

 肩の瓦礫を払いつつ、大剣を杖代わりに立ち上がるコルネリウス。身に纏っていた血は所々剥がれており、その下からは技に依らぬ流血が覗いている。満身創痍とまではいかぬが、明らかに劣勢なその姿にミヨンは何かを決意したように強い眼差しで化物を睨む。

 

「や、やっぱり私、体内にその爆発符入れられないか試してみますっ!」

「難しいんだろ、やめとけやめとけ。俺も詳しくはないが、人狼の力がどれだけハイリスクかぐらいはわかってる」

「でも……」

 

 人狼の力は、自身の存在すら薄めることで、様々な危機をすり抜けさせるものだ。制御を誤れば攻撃を受けたり、中途半端な実体化で物質の中に埋まってしまう。それどころか、下手をすれば消滅してしまうことすらあるらしい。

 消滅の仕組みは、コルネリウスにもほぼわからない。だが彼が話を聞いた相手によれば、数々の奇跡が重なることで、ようやく過程と結果の一部が『記憶』から消えなかったとのことだ。『記憶』に関する複雑な事情を抱えるコルネリウスにとっては、事情が異なるとはいえ近付けたくない話であった。

 

「だが体内から大火力で起爆ってのは、効果的だよなぁ……」

 

 方法さえあれば、それが一番であることは確かだ。しかし実現出来ない以上、地道に傷を与えるか、人間離れした身体の言い訳を考えた上で大規模魔術を撃ち込むしかない。

 後者はもうどうにもならなくなった場合に限る。だが前者の達成も難しい。先程までならともかく、新たに繰り出されたジャンプ攻撃は、コルネリウスであっても物理的な限界で避けきれないからだ。

 防御に専念すれば、生き埋めになる代わりに瓦礫と触手は耐えられるだろう。問題は相手の知能次第では、埋まったコルネリウスに対し、全身を使ったボディプレスが放たれかねないということだが。

 

「やっぱり私がやりますって! 次にあの攻撃をされたら、崩れるのは地下三階の床です。天井だけでなく、車まで降ってくるんですよ!」

「…………ん?」

 

 やはり『門』による三十六計の最上を選ぶべきか、はたまた死なないことを願いつつ瓦礫に埋もれて『夜』を待つか、アリギュラの仕事の早さを信じるか。

 ミヨンの覚悟を無にするかのような作戦に逸れていたコルネリウスの思考は、彼女の一言で蒙が啓けたかのように明るくなった。

 

「いや待て。ミヨン、あのデカブツの口は上にもあるか?」

「えっ? えーと、さっきから見てる分にはいくつか」

「よし、それだ。というか、最初に考えてた計画の延長だろうに。歳は取りたくないもんだ……」

 

 困惑するミヨンに、コルネリウスはありったけの爆発符と、血で補強したワイヤーを手渡した。

 

 

 

 

 

 

 

 避け、斬り、弾く。先程までと同じ攻防を繰り広げるコルネリウスと巨大イソギンチャク。やがてイソギンチャクは、焦れたかのように身体を震わせ、触手を壁へと突き刺し始める。有効であった攻撃をもう一度繰り返そうとする意思は明白だ。

 対するコルネリウスといえば、逃げるでもなく本体への攻撃を繰り返すのみ。打つ手なしと見た怪物は、再度必殺の一撃を放つことになんら躊躇いはなかった。

 

 二度、叩き付けられる身体と衝撃、そして崩落による瓦礫の奔流。コルネリウスは衝撃が発する直前に跳躍し、魔術を併用しつつ壁や瓦礫を用いて宙へと駆け上がる。追撃として放たれた無数の触手は、下や横へと叩き付ける軌道であれば無理をしてでも避け、望んでいた叩き上げる軌道のそれを大剣と魔術で防御。彼の身体はイソギンチャクの上空へと打ち上げられた。

 崩落した天井からは鉄筋やコンクリート、そして無数の車両が面となって降ってくる真っ最中。再度触手が振るわれれば、回避の難しいコルネリウスは連打を受け、その身を沈める――はずであった。

 

「コルネリウスさん! そのあたりの車には、全部仕掛けてます!」

「よくやった! あとは爆死しないよう祈るのみ!」

 

 瓦礫をすり抜けて現れたミヨンの声を受け、コルネリウスは頭上にあった影。ガラスの一部が割られ、そこにワイヤーが通されている車に、フロントガラスを破砕する形で乗り込んだ。その直後に車を覆った血が、車体を僅かに歪ませつつも触手の一撃を防ぐ。

 コルネリウスの飛び込んだ車、そしてそれとワイヤーで括り付けられた車群は、巨大イソギンチャクの上部に開く口に落ちる軌道だ。悲しいかな、明らかに何かが仕掛けられたそれを一瞬で罠と見破る程には、怪物の、あるいは素体となった人間の知能は高くなかった。むしろ無機物を加工する機能を与えられていた故に、敵ごと飲み込んでやらんと触手で引き寄せてしまう。

 

 内側に牙が生えそろった漏斗状のイソギンチャクの口へ、車群が次々と飲み込まれてゆく。しかしコルネリウスが乗る車両だけが、彼の大剣によって口元に引っかかっている。

 血で補強されているとはいえ、怪物がそれを噛み砕くのに必要な時間は僅かであった。既に噛み砕き、消化しようとしている最中の車群。それらに仕掛けられた符が爆発し、怪物を内から殺すまでの時間よりかは長かったが。

 

 

 

 

 

 

 

「なんとかなるもんだなぁ。助かったよ」

「もっと喜びましょうよ、大逆転ですよ、大逆転! これ映画とかに出来ますよね!」

「わりと穴のある作戦って意味では映画らしいが、うーん……」

 

 上体を花のように破裂させた焼きイソギンチャクの横で、ハイタッチをする二人。

 最悪の場合は『門』で逃げるつもりだった上に、自身で言うように作戦の穴に今更気付いたり、もっと成功率の高そうな方法が浮かんでしまったコルネリウスは素直に喜び難い。結果として協力したミヨンへの感謝のみしている形だ。

 

「じゃあ、帰るか。デリミドさんへの報告は頼むぞ」

 

 暫し互いの健闘を称え合った後、コルネリウスは武器やら残ったワイヤーやらを『門』へと仕舞いつつミヨンへと伝える。が、ミヨンはそれを不思議そうに眺めるのみだ。

 

「えっ、アリギュラさんがこの後何か見せてくれるんですよね? じゃあ待たないと」

「お前の記憶力は凄いな」

「ありがとうございます!」

 

 先程よりも更に大きな危機を控えつつも、それをあっさりと忘れてしまう。それはミヨンが危機回避能力の高い人狼だからか、それとも性格か。コルネリウスは三秒程で後者であると結論を出してから、改めて帰途に就こうとする。だが当初守ろうとしていたスロープは当然のように破壊されており、移動用の『門』も秘匿したい魔術だ。簡単に地上へ戻る方法が無いと思い至って、立ち止まってしまったのが運の尽き。

 

「こら~、帰ろうとするんじゃないわよ~」

「……いやさ、もう夜も近いしさっさと帰って寝たいんだが」

「だ~め。絶対に後悔させないから、ちょっと見ていきなさ~い」

 

 先程の戦闘で埋もれていたはずなのに、いつの間にか掘り返されていた階段。そこからひょこりと顔を出したアリギュラが、おいでおいでと手を動かす。

 見つかってしまった以上仕方ないと、コルネリウスは彼女へと向き直る。

 

「それで? パンドラムに収監されてる彼氏を助けるために、どんな戦術兵器を作ったんだ」

「えっ、彼氏さんって……」

「そうだよ、犯罪者だよ。それも累計懲役千年超えの」

 

 コルネリウスの知る限りでは、アリギュラの一番新しい玩具、もといパートナーはデルドロ・ブローディという名の人間だ。犯罪というカテゴリに属する行いの大半を実行した勤勉な彼は、現在『パンドラム超異常犯罪者保護拘束施設(アサイラム)』という特級の刑務所で、強制された静かな余生を過ごしている。それをアリギュラが助けるとなれば、当然刑務所は破壊されるだろう。そこに収監されている、無数の凶悪犯罪者の脱獄というおまけ付きで。

 

 もっとも、アリギュラはそれを何とも思っていない。今もコルネリウスの目の前で、彼氏がライブラに連れ去られ、刑務所に入れられたと不満たっぷりに語っているぐらいだ。

 

「そ、こ、でっ。今週の~びっくりアリギュラちゃんメカ~」

 

 何かを紹介するかのように、背後を示すアリギュラの手。彼女が言い終わると同時に、強い振動がコルネリウス達を襲った。そして、地面に広がる大きなひび割れ。

 

「やっぱり正面突破なのな……」

「あったりまえでしょ~? 恋愛ってやつは~、正面から、押して、押しまくるものなのよ~!」

 

 コンクリートと積み上げられた瓦礫を突き破って現れたのは、車高十mはある巨大なトラック、のような何か。少なくとも普通のトラックには巨大な口だとか、腕は付いていない。

 アリギュラは背後のそれを、自慢げに見やる。

 

「他の車や瓦礫を食べながら、無限に大きくなるんだよ~。これなら刑務所の壁ぐらい、一捻りなんだから~」

「ちなみに、男を助けた後は」

「かわいそうだから~、野生に返す~」

「やっぱりHL崩壊器具じゃねぇか」

「えっ、えっ?」

 

 戸惑うミヨンに特にフォローを入れることなく、コルネリウスは帰り支度を再開する。

 

「ほら、ミヨンもさっさと帰ってこれ報告してくれ」

「えっ、でもこれ止めないとまずいやつじゃ」

「俺の仕事じゃあない。それにもう少し"育てる"んだろ、これ」

「そうだね~、今のままじゃ、ちょ~っと頼りないし」

「この通り、時間の余裕はある。じゃ、おつかれー」

「えっ、えーっ!?」

 

 ミヨンは未だにコルネリウスとモンスタートラックの間で視線を行き来させているが、彼女一人でどうにかなる問題ではない。そも彼女に求められているのは迅速な報告であり、英国エージェントばりの大活躍ではないのだから。

 

「あ、そうだ。コルネリウス~」

「なんだー?」

 

 血を纏わせた短剣をピッケルよろしく壁に突き刺し、ロッククライミングを始めていたコルネリウスに声をかけるアリギュラ。

 

「探してる人、見つかった~?」

「……どこまで広がってるんだ。まだだよ、まだ。手出すなら相手になるぞ」

「そんなことは~しないよ~。アタシは~人の恋路は応援する派だから~。と、いう訳で~、一途な貴方に~アリギュラちゃんからのボ~ナスタ~イム」

 

 アリギュラから投げられた何かを受け取るコルネリウス。光沢のある黒い正二十面体のそれは、コルネリウスが最近手に入れたものと同じ形をしている。そして、手に持った瞬間に『記憶』が流れ込んでくるところも。

 

「お前、これ……」

「作ってる最中に見つけたんだ~。ちょっとだけ中を見ちゃったけど、許してね?」

「もちろん! ありがとな! そしておやすみ!」

「おやすみ~」

 

 にこやかに別れの挨拶を交わし、機嫌が良さそうに去っていくコルネリウス。アリギュラはそんなコルネリウスの背を見ながら呟く。

 

「おやすみ~、だって。やっぱり嘘つきじゃ~ん」

 

 

 

 

 

 

 

 いつものオフィス、いつものソファ、いつもの時間、そして平日。今日も今日とて昼から寝転んでいるコルネリウスは、HL中の新聞の一面を飾る記事を読んでいる。

 アリギュラによって引き起こされた、モンスタートラックによる大破壊。結果だけ言えば彼女の企みは失敗。ただしそれに対処したらしきライブラは、怪物車両を空中に吹き飛ばした上に、爆発させるという決着を選ばざるをえなかったようだ。

 結果としてクラスター爆弾よろしく降り注いだ破片が数十区画の壊滅を招き、死者は百数十万ともあるが、数は新聞によってまちまちである。アリギュラの目的やライブラの活動は伏せられているため、当局の対処を批判している記事も多い。コルネリウスとしてはこれでも軽い被害で済んだ方だと思うが、暫くはいい行政批判の種となるであろう。

 

 新聞を置いたコルネリウスは、次いで机の上にあったタブレット端末を操作する。目的は彼が事前に危険を知らせたため、難を逃れた知人達からのメールの山、ではない。開かれたデータは、ランドルナーザともう一社の隠し資金やらなんやらの内訳や引き出し方だ。

 ランドルナーザにまつわる一件において、コルネリウスは社長宅の調査中、部屋から出た"二つ"の血の痕跡を把握していた。片方はアリギュラのものだが、もう片方は何か。アリギュラが言っていた、彼女の到着時には既に社長が尋問中だったという事実を踏まえ、コルネリウスはランドルナーザの裏情報を既に持ち出した者がいたと判断。あとは『昼』では追いきれない痕跡を、『夜』に追うことで目的の品と、刺客を雇ったランドルナーザの同業者が持つおまけを得たという訳だ。

 

「別に依頼の目的じゃあないし、これぐらいは役得だってことで」

 

 ミヨンの組織からの報酬も合わせ、13王に関わる事件に相応しい対価を得られたコルネリウスは満足そうに呟く。使い終わったそのデータを丁寧に抹消した彼は、そのまま夢の世界へと旅立った。なにせ今日の夜は、世界に名だたる13王への贈り物を吟味しなければならない。十分な休息が必要なのである。

 

 

 




ちょっと書き急ぎ過ぎている

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。