緋色の羽の忘れ物   作:こころん

15 / 31
第十四話

 立ち並ぶ店々はどこもシャッターや鉄格子を下ろしており、ビル自体の明かりも点いていない。暗闇と人気の無さに加えて天井がそう高くないこともあり、妙な圧迫感を感じるそこをコルネリウスは連れと歩いていた。

 

「こんな場所じゃ狙撃は出来んし逃げる時も一苦労だが、構わんのか?」

「問題ない。私が中近距離にも対応出来るのは、知っているだろう。懸念としては建物ごと爆破された場合だが、その時はお前がなんとかすればいい」

 

 コルネリウスの問いに特に気負う様子もなく答えたのは、防弾装備とコートに身を包んだレナート・カザロフだ。女子供どころか並の男ですら扱えないであろう、鈍器にも使えそうな大口径の拳銃を片手に自然体で歩いている。

 

 二人が今いる場所は、複数の建物が連結される形で成り立つ巨大なビルの三階だ。九慶大厦(ガオキンマンション)と呼ばれるここは、店舗と個人住宅の詰め合わせであり、行政の管理が行き届かぬ危険地帯であり、そして蛇咬会の主要拠点の一つでもある。下層限定とはいえ普段は人で賑わうとされる場所だが、今は争いを恐れてか、それとも迎撃の準備か全く人気が無い。

 

「成程、任された。だが連中も派閥が異なるとはいえ、同じ組織に属している。自分達の権威の象徴を、無闇矢鱈に吹き飛ばしはせんだろうさ」

「どうかな。聞けばどこぞの誰かに、随分と痛めつけられているそうではないか。今度の選挙で影響力を行使出来るかどうかの瀬戸際だと、構成員達は厳しいノルマを課されているそうだ」

「あーやだやだ。宮仕えってのは怖いもんだ」

 

 わざとらしく呟きつつ、コルネリウスは右手に持ったシュラハトシュベールトを、まるで重さを感じさせぬ様子で一振りする。その動きで刀身から床に血が飛び散るが、それは剣全体を覆う彼のものではなく、ここに辿り着くまでに吸った多数の蛇咬会構成員のものであった。

 

 クラウス達との面会を終えた後、コルネリウスの下に転がり込んできた血だらけの男。蛇咬会幹部からの和平の使者だというその男は、譲歩する形の手打ちに反発したとされる別派閥の構成員に追われていた。とはいえ彼等は余程運が悪かったようで、コルネリウスや店の戦力だけでなく、当代でも有数のヴァンパイアハンターまで参戦することであっという間に鎮圧されたのだが。

 

 面倒事を察して、しかし立ち去るのではなく、手を貸そうとするクラウス。そんな彼をコルネリウスは、そちらにも仕事があるだろうと少々強引に帰して、男から詳しい話を聞いた。

 救急車が到着するまでの間。しかも重傷だったため、得られた情報は少なかった。しかしコルネリウスは一つの組織を完全に潰すよりかは、手打ちの方が効率が良いと判断。その男を遣わした楊大人が囚われているとされる九慶大厦へと、自費で雇ったレナートと共にやって来たという訳だ。

 レナートが選ばれたのは、楊大人を連れて脱出する場合の護衛が必要だったからだ。彼はHLにおいて要人護衛を数多くこなしていたし、コルネリウスはそれを知っていた。

 

「私は構わないが、これが罠という可能性は無いのか」

「面倒だが、それだけだな。警察への言い分も出来るし、感謝しながらでかい墓標に相応しい数を用意するだけだよ」

「ふむ、むしろここを爆破する可能性があるのはお前という訳か」

「残念ながら、名目上無関係の連中も住んでるので禁じ手だ」

 

 この九慶大厦というあからさま過ぎるマフィアの拠点が放置されているのは、行政の力不足と言えばそうだが、コルネリウスが言ったように自称一般人が多数住んでいるからでもある。当初はショッピングモールと個人住宅を複合させた巨大施設として鳴り物入りで建てられたここは、幾つかのマフィアに徐々に侵食され、ついに抗争の最前線へと化してしまう。

 最盛期は一つのビルの同じ階に異なる十個のマフィアの拠点があったとか、階段やエレベーターで別の階を通り過ぎる際は防弾具が必要だとまで言われた激戦区。その血みどろの争いを制した蛇咬会は、以後下層の商業施設を上手く活用することで莫大な収入を得ていると言われる。

 

「上層の分譲エリアに住んでる連中は勿論、中層の賃貸や下層のテナント連中も明らかに蛇咬会と繋がりがあるってのにな」

「それだけ金があるということだろう。もっとも議員連中に嗅がせる鼻薬や、それが効く相手を今後も用意出来るとは限らんが」

「素晴らしきかな民主主義。次の選挙が楽しみで仕方ないと、そう思わんか?」

「私はあの馬鹿騒ぎは好かん。収入こそ増えるが、"外"なら内戦扱いされてもおかしくない」

 

 去年の、あるいは一昨年の光景を思い出したのか、レナートは顔をしかめる。HLにおける選挙とは政治生命だけでなく、本当の生命も賭けて行われるものだ。一部区域はHLの住人にすら狂乱だと言われる程の賑わいを見せるため、近頃では選挙シーズンにおける観光客の街への出入りを制限すべきではという声さえ上がっている。

 

「力の伴わぬ謀略が成り立たないという意味では、好ましくあるがな。この街には善悪はともあれ骨のある政治家が多い」

「三年前の選挙から、クライスラー・ガラドナ合意までの大抗争なんかは凄かったからなぁ。今年もまた、あれぐらいの騒動が起きるかもしれんと思うと怖くもあり、楽しみでもあり――」

 

 話しつつ、剣を構えるコルネリウス。その横では瞬時に銃を構えたレナートが視線の先、曲がり角の柱に向けて発砲。呪式化学兵器に属する弾丸は分厚いコンクリートを容易く貫通し、その背後に潜んでいた男の胸に大穴をこしらえた。

 

「――そんなお祭り騒ぎに、お前達みたいな気に障る連中が参加出来ないよう、ここで頑張らないとなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

「和解どころか、迷惑を……誠に申し訳ございません……」

 

 九慶大厦を構成する五棟のビルの内の一つ。その最上階の一室では、腰の曲がった小柄な老人がコルネリウス達に謝罪の言葉を繰り返していた。周囲には敵と、彼の護衛だったであろう者の死体が転がっている。部屋に立ち込める薬混じりの嫌な血の匂いと、放っておけばいつまでも続きそうな謝罪。それらに少し辟易としたコルネリウスは、老人を制止しつつ会話を再開した。

 

「それで貴方は手打ちの条件として例の電子魔術書……と言ってもそもそもが誤解ですが、それをこれ以上求めぬこと。また私とその関係者への報復・敵対行為の中止を認めるということで宜しいのですね?」

「はい、それだけであればありがたいぐらいです。ですが三不管の……久龍の面々はそれを面目が潰れるとして、断固として認めないでしょう」

 

 憂鬱そうに呟く老人は、コルネリウス達が先程助けた楊大人である。彼が言うにはこの九慶大厦を取り仕切ってはいるものの、同派閥の幹部達は過去の権力闘争で殆どがこの世を去り、彼自身も付き従う人間が少ない落ち目の人物らしい。

 対する久龍――久龍城塞と呼ばれる、九慶大厦と並ぶ蛇咬会の主要拠点を差配する一派とそれに同調する好戦的な派閥は、現在の蛇咬会の最大勢力であるという。首領が変死を遂げて以来、各派閥のいがみ合いで新たな裁定者が決まらぬこともあって、大きな武力を持つ彼等の影響力は非常に強い。

 久龍の異界存在を中心とする派閥、及びそれに同調しているとされる人間の派閥については、コルネリウスもよく知っていた。一方楊大人について知っていることは少ない。非主流派でこそあるが、九慶大厦を制するにあたっての功績が大であった人物の兄弟分であったというぐらいだ。もっともその兄弟分も、去年に暗殺されてしまったのだが。

 

 異なる派閥とはいえ、蛇咬会の牙城とも言える九慶大厦の戦闘員が全滅したとは考え難い。襲撃者があえて敵の拠点に留まっていたことや、この部屋へと至るまでの不自然な人気の無さを考慮すれば、消極的な裏切りの連鎖で最早派閥としての体を成していない可能性すらあるだろう。楊大人の名を聞いた時から多少の頼り無さを感じていたコルネリウスも、ここまでとは思わず眉をしかめる。

 

「となれば我々の和平の芽は無いに等しいのでは? この件に関して中立を保っている派閥が多いようには見えない。その上で敵対する連中を全て黙らせるとなると、蛇咬会を潰すのと同意だ」

「いえ、そうでもないのです。外からでは分からぬ事情ゆえ、コルバッハ殿が知らぬのも無理はないことですが」

「……ふむ」

 

 楊大人はゆっくりと語る。曰く、中立派閥こそ少ないが、好戦的とされる派閥も極一部以外は内心で和平を望んでいること。その極一部の力が強く、彼等は逆らい難いこと。その最右翼こそが久龍の異界存在達と、ネオ三元里と呼ばれる地区を仕切る――祭司団事件以降、コルネリウスと頻繁にやり合っている――人間派閥の二つということ。そして最後に、彼等だけであれば、壊滅しても蛇咬会の運営にそう支障は出ないということらしい。

 

「つまり私にその二派閥を潰せと。我々は虎の片方ですかな?」

「……都合の良い話であることは十分に理解しております。ですがこれを逃せば、残るはどちらかが死に絶えるまでの争いとなりましょう」

 

 楊大人は為政者へ温情を求める民のようにコルネリウスの足下に縋り付く。その必死な様子は哀れみさえ感じさせるもので、とても大規模マフィアの幹部には見えない。外部からは分からぬだけで、相当に追い詰められていたことを感じさせる。

 

「知らぬのも無理はない、か」

 

 ただ自身のものか他人のものか、その手を濡らす血がコルネリウスの服に付着しており、彼はなんとも言えない表情を見せているが。

 

「手打ちの際には先程申された条件の他にも、様々な物を用意します。なにとぞ、なにとぞ……」

 

 コルネリウスは暫し思案してから、答えを返す。どの道、やることは一緒であった。

 

 

 

 

 

 

 

「腕の立つ監視員がいる。もしくは情報が漏れている」

「個人的には前者を推すが、現実は両方ってところだろう。このあたりの住人も、蛇咬会と繋がってない奴を探すのが難しいぐらいだ」

 

 レナートは足下で耳障りな呻き声を上げるバイオマフィアの頭に銃弾を打ち込みつつ、隣のコルネリウスへと告げる。対するコルネリウスは、大剣で串刺しにした構成員を中華飯店の二階、手すりの外へと放り投げるところであった。緑の肌を持つだけでれっきとした人間の薬物中毒者は、鳥のような奇声を発しながら潰れた蛙へと転身を果たす。

 ここはネオ三元里の中心部にある中華街。件の好戦派が本拠を置く、敵の真っ只中である。

 

「移動経路まで把握されていたことを考慮すれば、監視がいたのは確実だろう」

「随分と腕の立つ奴だな。朝の牛乳の代わりにアッパー系飲んでるような連中に、優秀な目があったところで有効活用出来るかは知らんが」

「まともな意識を保っているという時点で、精鋭中の精鋭とも言える。中華系の組織は独自の暗殺者を擁するとは聞くが……」

 

 吹き抜けから見える一階の扉から、隣の店とそう離れていない窓から、店内の個室から。二人が話している内にも、銃火器だけでなく青龍刀だの薙刀だのを持ったバイオマフィアや薬物強化マフィア達がなだれ込んでくる。赤を基調とした伝統を感じる趣の高級中華料理店は、たちまち無法者の巣窟と化してしまう。

 

「この口半開きで涎を垂らすのが規則のようなアホ共の中に、演技してるだけの暗器使いが紛れ込んでる可能性があるってか。成程、東洋の神秘だな」

「だがゼロではない以上、油断はするな。あるいは狙撃の機会を伺っているやもしれん」

「お前の装備も血で覆ってるから、多少は大丈夫だ。頭は知らん」

 

 軽口を叩くコルネリウス達に一斉に襲いかかるマフィアの群れ。コルネリウスは大剣と魔術、時に短剣やワイヤーを用いて。レナートは両手に持った拳銃でそれを薙ぎ払っていく。倒れる衝立、壊れる手すり、風穴の空く机。店内の高価な内装など誰も気にすることはない、血と鉄の騒乱がひたすらに続く。しかし四方八方から襲い来る敵の只中にあっても、二人には会話を続ける程度の余裕があった。

 

「これを切り抜けてしまっては、敵の首魁は怖気づいて逃げるのではないか?」

「武闘派の名が泣くな。戦力を失った上でそれをやれば良い粛清の標的だ。少なくとも手打ちに異を唱えられる状態ではなくなる……ぞっ、と」

 

 コルネリウスが上体を僅かに傾けたその空間を、背後から飛来した肉切り包丁が唸りを上げて通過していった。彼が振り返れば、この店だけで何度目かのおかわりの中に、両手に肉切り包丁を持ち背に鍋を備えた巨漢が混じっている。白を基調とした料理人の装いをしたその男の目には、他の連中と違って狂気の色が見えない。

 

「暗殺者……ではないよな」

 

 彼は呟きつつ、足下から床を突き破って飛び出てきた数匹の刺又蛇を輪切りにする。その隙を突かんとした、店内を縦横無尽に跳ね回るゴム鞠のような男はレナートに撃ち落とされ、空気の代わりに血飛沫を放出させた。

 

「敵も本腰を入れたということだろう。何人か別格の奴がいる」

 

 今も無数の肉切り包丁を投擲してくる料理人に、マフィアの包囲網に混じって二人を狙う大量の刺又蛇。平均より遥かに長い弁髪をシャンデリアに巻きつけて移動して来た、二丁拳銃を構えた上半身裸の筋肉達磨。それらは先程までとは明らかに毛色の違う、精鋭と呼ぶに相応しい存在だ。

 

「しかし、うーむ……何か違うと思うのは、気のせいか?」

「銃の種類ならともかく、極東の文化など知らん」

 

 

 

 

 

 

 

 絶え間なく放たれる銃弾と、それを補完するような角度とタイミングで襲い来る無数の蛇。既に雑魚の片付いた中華料理店の大広間で、コルネリウスは筋肉達磨との戦いを続けていた。レナートは二階の個室で料理人とやり合っているため、コルネリウスは血の探知を介してでしか戦況が確認出来ない。

 

「ハイヤァー!」

 

 掛け声と共に筋肉達磨が正拳突き、は届くはずもないが握り込んだ拳銃を撃つ。拳の軌道を見れば容易に避けられると見せかけたそれは、その実細かく握りを調節することで思いもよらぬ場所へと着弾する。コルネリウスはそれを避けつつ、死角から飛び掛かってきた蛇を掴んでそのまま握り潰す。

 頭部を失い痙攣する蛇を握る彼の眼前では、筋肉達磨がリロードの真っ最中。銃を下ろすことなく弾倉を落とし、身体を巧みに使ってズボンから跳ね上げた新たな弾倉を綺麗に銃へと治める。コルネリウスはそれを眺め終わると、掴んでいた蛇の死骸に血を纏わせ、地に落ちた弾倉へ向けて投擲。一見するとなんの意味も無さそうなその行動は、しかし小規模な爆発を生んだ。

 

「よく考えるよなぁ、こういうの」

 

 先程彼も引っかかりかけたそれは、空の弾倉に見せかけた爆発物である。弾薬が残っている訳ではなく、そもそも筋肉達磨の使う銃の弾は魔力で出来たもの。そう、敵は魔術師なのだ。

 弾の威力を調整出来る銃を用いた中近距離の機動戦を挑みつつ、相手が近付いた弾倉型爆弾を遠隔起動して仕留める、または態勢を崩したところを撃つ。練り込まれた戦闘スタイルに、未だ姿を見せぬ蛇使いのフォローが合わさって非常に厄介なものとなっている。

 

 しかしコルネリウスも様子見ばかりしている訳にはいかない。剣を構え直し、『門』から取り出したダガーを投擲しつつ駆ける。たまにあらぬ方向へと飛ぶそれを、筋肉達磨は冷静に自らへ当たる軌道のものだけを撃ち落としつつ牽制弾も放って後退せんとする。しかしコルネリウスの人間離れした脚力に回り込まれ、それが成せないと見るや彼へ向かって怪鳥が如く鋭く跳躍した。

 

「キェェェー!」

 

 飛び蹴りと、その隙を隠す射撃、着地してからの途切れることのないガン=カタ。コルネリウスの振るう大剣を、何かが仕込んであるであろう弁髪を自由自在に操って防ぎつつ、攻勢にも転用して怒涛の攻勢を仕掛ける筋肉達磨。当然無数の蛇もそれを補い、戦況は一気に加熱する。

 息もつかせぬ、しかし互いに決め手の無い接近戦。先程までのような膠着状態に陥りかけたそれを破ったのは、やはり筋肉達磨の奇手であった。

 

「ホァァァアー!」

「っ……!?」

 

 これまでと変わったところもない、筋肉達磨の掛け声。だがそれを聞いたコルネリウスの動きががくんと落ちた。それは刹那を競う攻防において致命的な隙。無論、それを見逃す訳もない筋肉達磨は決着のための大技を放つ。

 銃を自らの頭上に高く放り、腰元から弾倉を跳ね上げる。そして先程まで捨てていただけのそれが宙空にある内に、拳で押し出すようにしてコルネリウスへと叩きつけた。

 

 響く轟音、剥がれる床、立ち込める煙。その奥に浮かんだ上半身が吹き飛んだシルエットを確認するに至り、筋肉達磨は拳を引き戻す。

 

 その瞬間、地に伏せていたコルネリウスの振るう大剣が、筋肉達磨の脇腹を深く切り裂いた。

 

「ガッ……ハァッ!」

 

 残心を維持していた筋肉達磨は致命傷こそ避けたものの、咄嗟の拳を放ちつつ、落ちてきた銃を拾って後ろに飛び退くだけで精一杯であった。彼が銃を向ける先、煙が晴れたそこには上半身が吹き飛んだ銀の鎧と、一瞬の間に部屋の隅へと移動し床に大剣を突き刺したコルネリウス。

 

「声に乗せる催眠とは考えたが、生憎その手の魔術は常に対策してあってな」

 

 彼の大剣が刺さった床からは、敷かれた絨毯を染める大量の血が湧き出ている。その染みが大きくなるにつれて、彼等を囲んでいた蛇の群れが算を乱して遁走していることから、そこに誰がいたかは明らかだろう。

 血を纏わせた短剣を各所に突き刺すことによる、魔術的なソナー。血による地上の探知に引っかからない故に、逆に居場所の算段がついてしまったのだ。自らへと至る短剣を撃ち落とすのに忙しかった筋肉達磨はともかく、気にもかけなかった蛇使いのミスであった。

 それを悟った筋肉達磨は悔しそうにしつつも、諦めず銃を構える。しかしその銃口が再度火を噴くことはなく、彼は落ちてきたシャンデリアに押し潰され沈黙を強制された。コルネリウスが当たれば幸運程度に考えていた短剣での仕込みが、上手く嵌った形だ。

 

「レナートの方も、もう終わるか」

 

 コルネリウスが呟くと同時、打楽器を叩くかの如く連続する銃声が響いた。先程までと違って扉を隔てていないその銃声と共に、二階の手すりを突き破るようにして巨漢が落ちてくる。

 

 自然、目はその音と巨漢に向けられる。ただしコルネリウス以外の、だが。

 

 一足飛びで通りに面する店の壁へと接近するコルネリウス。彼は逆さに持っていた大剣の柄、そこに仕込んだ魔術で壁を吹き飛ばし、その向こう側にいた男にダガーを投げつける。

 多少長めの髪に黒い服のアジア系の男は、乏しい表情を変化させることのないままそれを避けようとする。しかしダガーに括り付けられていた血を纏う糸により、常軌を逸した軌道を見せる刃に肩を深く抉られた。

 コルネリウスはそれを追撃せんとするが、引き戻した剣は男が放った針を防ぐのに使われる。血の防護が浅い顔の中でも、急所を的確に狙ったそれ。切り払う際に一瞬だけ塞がれた視界が戻った時、コルネリウスの探知は男は既に逃走を果たしたことを伝えていた。

 

「……伏兵か?」

「ああ、逃げられた。手練の割に、やり合ってる間は茶々を入れてこなかったのが気になるが」

「何か思惑があるのか、あるいは所属が違うのか。再度潜まれると厄介だな」

「そこは問題ない。次からは簡単に見つけられる」

 

 二階から下りてきたレナートに断言するコルネリウスは、ダガーに付いた男の血だけを抽出しつつ、大剣を『門』へと収納する。これだけの新鮮な"データ"があれば、相手の情報を探知に組み込むことは容易かった。

 

「敵も打ち止めみたいだし、後は親玉を叩くだけだな」

「だが、場所がわからんだろう」

 

 レナートはそう言いつつも、振り返り自らが仕留めた男を見る。彼は知らないだけで情報自体はある、ということだ。

 

 そんな視線の先、コックコートを血で染めた男は苦しそうに周囲を見渡し、仲間が敗れていることを確認。持っていた鉄鍋に生える長い柄、そこに付いたボタンを操作してから力尽きた。鉄鍋が接している床から上がっていた煙が途切れたところを見ると、火が回ることを避けたのだろうとコルネリウスは判断する。

 

「大した料理人魂だ」

 

 称賛しつつ近付こうとするコルネリウスを、レナートが止める。

 

「ああ待て。そいつは異界産の胡椒と唐辛子の粉末を周囲に漂わせている。本人には効かず、相手にガスマスクによる視界差を強いるためにな。お前は血で防護してるから、効果は薄いだろうが」

「つまり薄いだけだってのは知ってたな? おう表出ろや」

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっとした戯れの後に尋問を開始しようとした二人は、再度現れた大量の蛇に襲われた。それ自体は難なく防いだものの、蛇の目当ては彼等にあらず。奔流が過ぎ去った時、二人が目的としていた手練達は何処かへと消え去っており、残るのはまともに会話が出来ない有象無象ばかり。仕方がないので、マフィアの拠点であろう一番大きい館へと向かうことにした。

 

『よくぞ我が四天王を倒してここまで来たものだ! それは褒めてやろう!』

 

 そして、こうなった。館の屋根を突き破って現れたのは、創作における古代の武将が身につけるような装飾の多い鎧。無論、館を内から壊す程度には巨大なものである。コルネリウスの探知によれば中に操縦者がおり、おそらくこの地区の派閥の長であろう。

 

『だがこの魔導巨兵相手には貴様らなど赤子同然! 我ら蛇咬会へと歯向かった、その愚かさを悔やみながら血の報復を受けるがよ――』

 

 鎧の中心部へと放たれた禍々しい紫色の光球。内に無数の式が渦巻くそれは、数多くの強化が施されているであろう金属を瞬く間に溶かし、あるいは腐食させていく。一分も経たぬ内に巨大な鎧はただの鉄屑へと成り果て、地響きを上げて崩れ落ちた。

 

「周囲にも波及しているが」

「隣かその隣の建物程度までしか広がらんよ。周り気にしなくていいなら、楽でいい」

 

 つまらなそうにそう言い、コルネリウスは来た道を引き返す。レナートは今も溶け続ける鎧と館を眺め、一度だけ首を振ってからそれに続いた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。