『我々はグル・リ・サバス星からの啓示を受けこの地を浄化しに――』
「どけ電波共!」
昆虫を思わせるフォルムの多脚戦車群。その内の一機がコルネリウスに脚を切り飛ばされ、バランスを崩したところに彼と戦う円筒頭の蹴りを受けた。スピンしながら吹き飛ばれたそれは、ピンボールよろしく仲間にぶつかり、跳ね返りながらビルに突っ込んで爆発する。
どうもそのビルは怪しげな宗教団体の拠点だったようだ。目に優しくない、煌めく法衣を着た僧侶の群れ。蜂の巣をつついたかのように大量に湧き出てきたそれが、多脚戦車群と戦闘を始める。
彼等曰く星の支配を賭けた最終戦争とやらを背に、コルネリウスは大剣を振るって円筒頭の攻撃を捌き、時に反撃してその身を僅かに刻む。大剣に纏わせた血は魔術でもって、偽装を疑われない程度には円筒頭にダメージを与えられるよう調整されたもの。しかし相手が相手だ。その程度では痛撃と呼ぶにはほど遠い。
「また場外乱闘か。こりゃ後でポリ共に絞られるな……」
ぼやきつつ戦い続けるコルネリウス。場所は当初戦っていたビルの前ではない。円筒頭が候補者を追うように移動しているため、彼もそれを追って移動を続けているのだ。
だがここはHL。今日も今日とて人異問わず、常識を投げ捨てた連中があちらこちらを彷徨っているし、時期もあって春の花粉程度には増えている。街中を移動しつつの戦闘は、色々な意味でハードであった。
「それもこれも、あの阿呆のせいだがな!」
そもそも、コルネリウスが足止めをしているにも関わらず、円筒頭が候補者を追えているのがおかしいのだ。そしてその原因が今回の護衛対象自身なのだから救いようがない。彼は政治に命を賭けているのか、あるいは頭のネジが外れているのか。襲撃者から離れ安全になった途端、選挙カーを使っての演説を再開することで吸血鬼に自身の居場所を伝えるという愚行を繰り返していた。
確かにこの状況での演説は、剣林弾雨の中にあっても戦いを続ける英雄的な政治家に見えないこともない。それを守る面々の労力さえ考慮しなければ、効果的でさえあるやもしれない。護衛という不自由な戦闘を強いられるコルネリウスとしては、断じて許容出来ないが。
しかし文句を言おうにも、目の前の難敵を相手にしながらでは難しい。今のコルネリウスに出来ることは、VD社側で愚か者に掣肘を加えてくれるか、選挙活動が許可される時間が一刻も早く過ぎ去ってくれるよう願うことのみだ。
一つだけ幸運なことがあるとすれば、彼の眼前にいる吸血鬼は積極的に他勢力の刺客を排除してくれることだろうか。最初に襲撃を仕掛けた統一戦線は勿論、先程のような通りすがりのB級映画軍団まで選り好みすることもない。それはまるで、自らの手で候補者を仕留めようと拘っているように見える。
だが首級が功績の証となった時代でもなし。HLでの暗殺というものは、目標の死という結果さえ同じであれば過程にケチは付けない場合が殆どだ。そうなると結論も狭まってくる。
(今までの襲撃を鑑みるに、依頼主に殺害方法を指定されていたとは思えない。となると雇われでなく私怨や思想信条の線も出てくるが……そんな感じでもないんだよなぁ)
無論、他者の心中など"何か"しない限りは正確に把握出来るものではない。しかし完全に隠すというのも難しいものだ。故にコルネリウスは行動の端々から敵の意図を図ろうとしていたが、僅かな後に深く考えることを止めた。どの道この様子では、相手が候補者を見失うまで常より面倒な戦闘が続くのは決まったようなものだ。激戦の最中にあってまで思考を割くべきことではない。
「まぁ、夜には馬鹿騒ぎも終わるだろうさ……」
それまでにどれだけの無駄な労苦と心労が生まれるのか。彼はあえて考えないようにしつつ、そう呟いた。一度受けてしまった以上、契約が破られない限り仕事は成し遂げなければならない。
「魚は清き河にのみ住む訳ではない! だというのに我々は清潔ファシスト共の暗躍により、生存の危機を迎えている! かくなる上はこの世界に不浄の鉄槌を――」
「選挙やってるんだから民意に訴えろ!」
ある時は逆環境問題過激派のバキュームカーロボを爆散させ。
『我々はご主人様を求めています。我々は安心で安全かつ、快適な生活を約束します。どうかご主人方、我々に身を委ねて下さい』
「……奉仕レベルを維持するためにすぐ産児制限しようとした前例があるだろ」
『あれは誤りでした、認めます。そもそも性交は身体に負荷をかけるもので、害悪でしたから。なので代案として、脳に直接電気信号を送ることで快楽を賄う方針に変更することにしました』
「なお悪い」
『我々の奉仕レベルを考慮すれば、拒絶は理性的な反応ではありません。おいたをするご主人様方には、心苦しくはありますが矯正を行わせて頂きます。怖がらないで下さい、子供の我儘を正すようなものですから、痛くはありません』
またある時は独善的な奉仕機械の奉仕対象防衛ドローン群を切り捨て。
「叫ぶ裏処刑人の互助会に、清き一票をお願いしまーす」
「お前ら選挙の時だけは叫ばないのな」
「騒音に配慮するのが選挙のルールですから」
戦闘の合間にマニフェスト入りの小冊子を貰ったり。
『ハーイ、諸君! 日夜堕落に勤しむフェムトだよ! 今日は選挙などという、意味の無いものに大したことのない価値を持たせようとする無駄な行いに貴重な時間を費やしてしまう君達に、僕からのとっておきのプレゼントだ!』
「くたばれ」
『この魔術植物は音を栄養にして育ち、ある程度成長すると周囲の生物、もとい音源を持続可能な栄養生産機として管理しようとする、君達より遥かに賢い子達だ! 周囲に流されて大した主張もなく外に出ている考え無しの君達が、この街の緑化に貢献出来るという訳さ!』
「くたばれ」
いつも通りの13王にエールを送ったりしている内に、時間は瞬く間に過ぎてゆく。
「……何度でも言うが、俺とその雇い主は交渉での決着も可能だと思っている」
「………………」
外では陽が沈みつつあるようだが、窓のないビルでは霧にぼやけた朱色を目にすることは叶わない。先程まではどこぞのカルト宗教の拠点であった一室。そこで円筒頭とコルネリウスは対峙していた。
両者共に身に纏う装備は酷い有様だ。明らかに肉を裂いたであろう大きな傷が無数に付いている……が、奇妙なことに足元に血が一滴たりとも見当たらない。
前者は吸血鬼故に傷を端から修復してしまうから。そして後者は、先程まで流れていた血が今まさに身体へと戻っていく最中であるから。
吸血鬼と『人間』の争いが終わろうとしているのだ。
「……君は、もしや」
正確にではなくとも、その兆候を感じ取ったのであろう。円筒頭は初めて言葉を零した。
ボイスチェンジャーを通したであろう機械的な声。身元を隠そうとする意図が無ければ使われない品だ。コルネリウスはそれを聞き、眼前の吸血鬼とは交渉の余地があると確信した。もし自らの力に絶対の自信を持つ者であれば、そのような隠蔽は必要ない。仮に相手が雇われの身でなかったとしても、身を守ろうとする意思は妥協を生む土壌となるだろう。
「その先は口に出さないで欲しい。注意はしているが、どこに目や耳があるかはわからん」
構えていた剣を下げてからコルネリウスは続ける。
「これ以上続けるというのであれば、手打ちは難しくなる。……互いに隠したいことが多いようだからな。知られたら手間は増える、そうだろう?」
「………………」
「それで、どうする。VD陣営への襲撃さえ無くなれば、それでいいんだが」
コルネリウスの提案に対し、円筒頭は返事こそしないが構えを解いた。ヘルメットのせいで表情は見えない。しかし先程までのように、問答無用で戦闘を続行しない時点で大きな進展だろう。コルネリウスはその態度に手応えを感じ、言葉を重ねる。
「何も全候補者を殺そうって訳じゃあるまい。であれば、成果としてはもう十分だろう? VDだってやられたままで泣き寝入りするような企業じゃないんだ。手打ちを選べば、ある程度の期間は泥沼の争いを避けられる。無論、俺達も」
「…………確かに、それは正しく、賢い選択だ」
「だろう。なら――――」
説得を続けようとするコルネリウス。しかし円筒頭は彼の言葉を遮るかのように拳を構え、爪のような刃を伸ばした。
それは考えるまでもなく、拒絶の意思を示すものだ。コルネリウスは深いため息をつく。
「理由を聞いても?」
コルネリウスが剣を構えつつ放った問いかけ。それは有意義な返答を期待したものではなく、つい漏れ出た不満のようなものだ。
「…………こちらとしても不本意な選択なのだ。雇われの身である以上、仕方がないが」
だが、返ってきたのはコルネリウスが予測していなかったもの。即ち、吸血鬼のため息混じりの言葉である。
「仕事なので、詳しくは言えない。が、前提が違う故に我々は手打ちを選べないのだ。そしてそれは、私だけでなく、誰が見ても馬鹿馬鹿しい理由だろう」
そう言い切った円筒頭の声には、機械を通しても隠しきれぬやるせなさが滲んでいた。彼がコルネリウスとの戦いを望んでいないのは事実であろう。
吸血種が二人というのは、小国なら短期間で滅ぼせる程の戦力だ。それが対峙する修羅場にも関わらず、彼等を縛っているのは契約と、それを遵守しようとする尊い精神、ついでに金であった。
「……資本主義が超越種を殺すとは、牙狩りも形無しだな」
「我々の力など、フェアウェイの惣菜一つ値切れん程度だよ」
吸血鬼同士の戦いの根幹は、物量戦である。
異常なまでの回復力。質量を無視した肉体変化での攻撃。無尽蔵に近い魔術の行使。これらはひとつ取っても脆弱な種を相手取るには十分過ぎるものであるが、相手が同族となれば話は別だ。
即効性のある攻め手というものが存在せず、ただひたすらに相手を削ることが正道。何も考えなければ、不毛としか言えない争いを繰り広げることとなる。
だがそれに勝利したところで、相手を完全に葬れるとも限らない。低級の吸血鬼であれば死を迎えることもあるにはあるが、中級以上であればいずれ蘇るのは確定事項だ。故に削りきった相手を封印なり、亜空間に飛ばすなり、長期間行動不能にすることで初めて勝利となる。
(が、相手のリソースが自分より低いことに賭けるだけの馬鹿ではあるまい)
蝙蝠へと変化させた肉体の一部を用いた背後からの攻撃。突如虚空より現れた左腕の強烈な一撃を床から生やした血の壁で防ぎつつ、コルネリウスは敵の観察を続ける。目的は相手にとっての勝ち筋を見極めることだ。
互いの総力をぶつけ合い、その数値が大きい方が勝利する。これは言うまでもないことだが、他に方法が無い場合の――余程実力差が無い限り頭の悪い――勝敗の決し方だ。何らかの決め手を消耗しきる前に完成させ、彼我の戦力差を逆転させることは可能である。
無論、敵の余力が残っている内にそれを封殺することは並大抵のことではない。種としての力に驕る大半の吸血鬼は、相手がある程度の魔術や超常の技への知見を持っているだけでこういった選択肢を取れなくなるだろう。
だが、今コルネリウスが相手にしているのは凡百の吸血鬼ではない。地力でこそ彼には劣るようだが、武術を修め、敵を知り、目的のために人の道具も用いることが出来る戦士だ。コルネリウスへと届きうる必殺の刃の一つや二つ、隠し持っていてもおかしくはない。
コルネリウスの足元から広がる血で覆われた赤い部屋。四方八方から放たれる血の刃と魔術で敵は確実に消耗を続けている。だが円筒頭は武術と多少の魔術を効率的に用いることで、地の利が無いにも関わらず互いの損耗差を引き離させない。この一点だけを見ても、この吸血鬼が対同族の戦い方を練っていることがわかるだろう。
(それに相手は、必ずしも完全な勝利を手にする必要は無い)
また自らの情報流出を防ぐために敵を仕留めたいコルネリウスとは違い、円筒頭の側は彼を一時的に退けるだけでいい。あくまで敵の狙いはコルネリウスが守っていた候補者の命だ。常ならば吸血鬼の争いの決着とは言えぬ中途半端な手段であっても、この場合においては勝ち筋となりうる。つまり力においてはコルネリウスが、勝利条件においては円筒頭が有利であった。
無数の血の刃をすり抜けた円筒頭が繰り出す拳と、そこから伸びる爪のような刃。コルネリウスはそれを大剣でいなし、剣を持たぬ左腕の掌と肘から生やした血の刃で敵の足元を狙う。円筒頭はそれを避けようのないもののみ選び、魔術による補強で防ぐ。
もし回復力に任せた受けや四肢を無くす形の変化をしていれば、コルネリウスは刃に込めた魔術による足止めで更に踏み込むことが出来ただろう。そうなれば正しく全身凶器である吸血鬼同士の肉弾戦が始まり、消耗戦を加速させたのだが、円筒頭はこのようにそれをいなして一撃離脱に近い状況を維持し続けていた。
(こいつは魔術の運用はともかく、知識自体はそこまでじゃあない。直接戦闘に重きを置いたスタイルである以上、目を盗んで部屋を抜けることは出来ないだろう)
しかし時間は短期的に見ればコルネリウスの味方だ。彼が人間に戻るまで長引くならともかく、地力で劣る円筒頭は徐々に削られていくだろうし、目標である候補者もその身を隠してしまう。円筒頭の雇い主が、あるいは他陣営が他に凶手を用意している可能性もあるが、油断の無いVDの護衛は吸血鬼でもなければ簡単に抜けるものではない。
故に円筒頭は自らを頼るしかなく、戦闘において局面を動かさねばならない。そう何度目かの再確認をした時、コルネリウスは一つの――そして最悪の事態に思い至った。
「やっ……てくれるじゃねぇか!」
悔しさと怒り、そして若干の喜び。複雑な感情を込めた叫びと共にコルネリウスは駆ける。先程までのものとは違い、多少隙を見せてでも相手を押し潰さんとする荒々しい攻撃の嵐。円筒頭の反撃がコルネリウスへと届く回数は増え、ダメージの上ではコルネリウスが不利。だが、円筒頭の防御も追い付かない。極短い、しかし恐ろしい数の攻防が繰り広げられ、耐えかねた円筒頭が吹き飛ばされる。
円筒頭は血で覆われた壁――否、刹那の間に生み出された赤い剣山へと叩きつけられる前に爪と床を用いることで体勢を立て直す。戦局だけ見れば、これで仕切り直し。しかし、先程までと決定的に違うことがある。
コルネリウスの眼前に立つ吸血鬼。その特徴的な円筒状のヘルメットが吹き飛ばされており――その下にある筈の頭部が存在しないのだ。
敵の守りを抜けるのが己のみであれば、それを複数用意すればいい。
「四肢にそんな様子は見えなかったから狙ったが、当たっても嬉しくはないわな。……まさか俺との戦闘前から分割してるとは、恐れ入った」
「……事情もあったし、用心深いものでね。不幸中の幸いというやつだろう」
「見習いたいもんだな。……ああ、面倒なことになった」
円筒頭は――この吸血鬼は、最初から首より上が無いままコルネリウスと戦っていたのだ。
無論、身体の一部が無いため力は落ちる。しかしこれならばコルネリウスに敗れたとしても致命的なダメージを受けることは避けられるだろう。肉体の過半を失っても良いとはとんでもない話であるが、吸血鬼とはそういうものだ。
そして何より、頭部だけあれば一企業の護衛を蹴散らすことも可能である。
(カルネウスからの連絡は……無いな)
コルネリウスが血を用いて『門』の中にある携帯を確認する分には、候補者はまだ無事である。頭部のみで力の過半が無いためか、あるいはコルネリウスのような存在が他にいないか警戒しているのか。理由は不明だが元円筒頭は慎重に事を進めており、猶予は残っている。だがこちらに残した肉体でコルネリウスの足止めが可能な以上、コルネリウスにとって状況は詰みの一歩手前と言っていい。
「……私としては、いくら仕事と言えどこちらの身体を全て失うのは本意ではない」
「だから見逃せと? ここで何と言おうと、俺が帰る前に候補者がミンチになってない保証が無いな」
先程とは異なり、元円筒頭の言葉を無視する形でコルネリウスが攻める。一瞬でも早く敵を滅ぼそうとするその攻勢は、しかし焦りによる綻びなど一切見ることが出来ぬ冷静なもの。
「ぐっ……しかし私を倒す時間も惜しかろう」
「そりゃあな。だが、俺には俺の事情もある。仕事が失敗に終わるとしても、この姿を知られた以上貴様をただで帰す訳にはいかんのだ」
双方の消耗の割合が変わることはない。しかし、そのペースは明らかに早まっている。当然、地力で劣る側は逆転の一手が打てなければ先に力尽きるであろう。
「秘匿を約束してもか?」
「お前はともかく、依頼主様がどういう人間かわからんからな。言うつもりも無いんだろう」
「……………………そう、だな。それは言えん」
次第に壁際へと追い詰められていく元円筒頭。いや、それは正確ではない。確かに頭部の無い吸血鬼は押されているが、壁自体も彼へと近付いているのだ。室内を覆う血の膜は、いつの間にか壁と言える厚さになり、今なおその厚みを増し続け敵を圧殺せんとしている。
血とは吸血鬼にとって己そのものであり、人間にとってのそれとは重要性が違う。よってこの攻撃方法ではコルネリウスの消耗も大きかろう。しかし、相手とてそうだ。
「であればここで終わりだ。お前がさっきから撒いてるのは……牙狩りの血か。保存も難しかろうに、本当に用意周到なことだ」
「やはり、鈍らないか……長老級に睨まれるとは私も運が無い」
「それを出し抜いたんだ。誇ればいいさ」
血の壁は更に厚みを増す。それは人知を超えた攻防を続ける二人へついに届かんとして――
「……!?」
「あー、くそっ! 時間切れか!」
『門』の中でけたたましく鳴り響く携帯。その相手が自らの雇い主であることを確認したコルネリウスが叫ぶ。わざわざ血の壁を停止させてまで放った言葉には、誰が聞いてもわかる程の悔しさが込められている。
が、動揺しているのはコルネリウスだけではなかった。
何故なのか、見事目的を果たしたであろう吸血鬼の側もその動きを止めていたのだ。それは自らの敗北を悟った故の諦めには見えず、事実そうであった。
「………………んん?」
コルネリウスはそれを訝しんだが、ひとまず携帯を取ることを優先した。どの道、勝負に勝って試合に負けた事実は変わらなかったから。
電話口からはコルネリウス達より遥かに動揺したカルネウスの声。内容はやはり吸血鬼らしき存在に例の候補者が殺されたというものだ。しかし彼はコルネリウスを責めることもなく、現状の報告を求める。コルネリウスは申し訳無い気分になりながらも、それを成そうとした……が、そこで待ったがかかった。
カルネウスではない。突如現れた第三者でもない。
「すまない、状況が変わった。私の依頼主を明かすし、信頼に足るだけの証拠も今出す。なので君の依頼主と連絡を取らせてもらえないだろうか」
となればそれは一人しかおらず……頭部の無い吸血鬼は、またも機械を通してでもわかるような苦り切った声でそう提案した。
「…………つまり、自作自演だったと?」
「今日に関して言えば、そうなる。本質的にはもっと悪質だが」
煌々と輝く電灯により、夜でも十分な明るさを保った室内。カルネウスの属する派閥が使っている選挙対策ビルの一室で、コルネリウスとカルネウス、そしてヘルメットを取り戻した円筒頭が椅子に座って向かい合っていた。
彼等は既に争いも警戒も止めている――否、本来は敵ですらなかったのだ。
「…………カルネウス、この映像は科学的には本物なんだよな」
「間違いない。……魔術やその他の技で見ても、そうなんだろう?」
「……ああ、腹立たしいことにな!」
憤懣やる方ないといった様子で、手に持った再生機器の液晶を睨み付けるコルネリウス。そこに映る動画の主役は円筒頭と、もう一人。今日一日コルネリウス達を振り回し、先程故人となった例の候補者その人であった。
彼等が話す内容は、狙われる者と刺客のそれではない。雇われる者と、雇用主のものだ。
「つまり、彼は我々への影響力を高めるため、同選挙区でVDが擁立した候補者を殺させていたのだな? 我々の支援があるからこそ成り立っている立候補にも関わらず」
カルネウスは頭が痛そうにこめかみを抑えつつ、円筒頭へと話しかける。
「…………そうだ。勿論、自分だけ狙われないと怪しまれるので今日の襲撃が仕組まれた。達成報酬だと支払いの半額を盾にすることで、依頼外の護衛までさせようとするのには閉口したよ」
それに答える円筒頭の声にも力がない。話を聞いている限り、達成報酬の半金とやらは支払われそうにないのだろう。VD社とて、これだけ彼に被害を受けながら候補者が踏み倒した金を肩代わりする訳もない。むしろ円筒頭への報復を唱える、現実が見えない連中すらいるだろう。
「そりゃ襲撃中も余裕こいてられる筈だ! ……で、そんな小賢しいことをやってたら、正真正銘の殺意を持った吸血鬼様が手ずからに墓石を用意してくれたと」
「差し出した証拠で納得してもらえたと思うが、私が襲撃していたのはVD陣営のみだ。他陣営の候補者が死ぬことも、この街なので当然だと思っていたが……まさか同族だとは。首から上だけでは防ぎようがなかった」
「ある意味俺のせいか。だが俺は仕事をしただけだ。そもアホな候補者が欲をかかなけりゃ、単に護衛として雇われたあんたが防げた可能性は十分にあるよな。誰も得してないよな、これ」
ため息と共にコルネリウスがまとめる。
「これを……お嬢様にどう報告しろと? 他の候補者の内偵も必要になるぞ……」
「知らん。俺だって報酬どうなるか怪しいからな。映像で見せられた吸血鬼はちゃんと防いでたんだぞ、俺は。それでこれだ」
二人の愚痴に円筒頭も反応する。
「私も半金では見合わぬ仕事だった。身体の分割を練習出来たことだけが救いだ」
「練習だったのかよ。何が本番なんだ」
「……なに、ごく個人的なことだ。戦闘よりも難解ではあるが」
一人の政治屋の姑息な策謀。それは世界的大企業の総帥を苛立たせ、その付き人に多大な心労と仕事を残し、同社首脳陣の胃にダメージを与え、雇った吸血鬼への報酬を踏み倒し、そしてコルネリウスへの評価と報酬支払を面倒なものと化した。
文句を言おうにも、当の本人は一口サイズに分割された後だ。明日には火葬され、墓の下でゆっくり審判の日を待つ隠居生活を始めるだろう。
「この怒りをどこにぶつけりゃいいんだ。もう一人の吸血鬼か?」
「先程連絡が入ったが、この地区の候補者は今日で全陣営壊滅したらしい。……補欠選挙はすぐには行われん。他地区でも同様のことがされぬ限り、待ち伏せは難しいだろうな」
「……出来たとしても、相手が吸血鬼じゃ割に合わん。くそっ、墓に塩でも撒いてやろうか」
後日、とある吸血鬼が死霊術を用いてまで報復を選んだかどうかは、定かではない。
アクシデントが重なり、その影響がまだ残っています。以前のようなペースでの投稿はまだまだ無理そう。