まだ昼間だというのに、酒や薬を片手に浮かれる人々で溢れる歓楽街。眼前に広がる欲望の園に夢中な群衆は、他所に注意を払うことなど考えもしない。故に、薄汚い路地裏の虚空に突如扉が現れたとしても、気付く者は皆無であった。
普段は収納用の『門』として使っている空間連結術式。その本来の用途で長距離移動を果たしたコルネリウスは、一度だけ周囲を見回した後に表通りへと歩き出す。
路地裏と表通りの境には、獲物を品定めするストリートギャングがたむろっている。生き死にに関する勘が鈍い彼等は当然のようにコルネリウスに通行料を要求し、人数分きっかりの拳を頂いて意識を刈り取られたが、当のコルネリウスは考え事の真っ最中で半ば無意識の行動であった。
彼の考えることはひとつ。メイナードは何故コルネリウスの行動を把握しているのか、だ。
コルネリウスは姿を隠して生きている訳ではないので、ある程度の追跡は可能だろう。しかし継続的な監視となれば話は別だ。彼は自身の正体を隠すために日頃から様々な対策を講じており、どこかで監視の目に気付く筈なのだ。過信ではなく、マフィアの一幹部程度に易々とそれが成されるようであれば、彼は悪意を持つ者の密告でとうに牙狩りの滅殺対象になっているだろう。
彼が今回の報復に『門』を使ったのはそれを懸念してのことである。メイナードはコルネリウスが把握していない何かを用いて、彼の行動を先読み、又は知り得ているのだ。
もっとも彼がそれを早々に確信出来たのは、当のメイナードの短気と無思慮によるお陰だ。そして様々な技術が氾濫するこの街であっても、相手の格を考慮すれば選択肢を狭めることは可能である。この分であれば解が得られるのもそう遠くない、と彼は考えていた。
歩みを止めぬまま思索を続けるコルネリウス。そんな彼を現実に引き戻したのは、二度三度と鳴らされた車のクラクションと、聞き覚えのある陽気な声であった。
「やーやー、遅れてすみません! これでも女の子からの誘いを袖にして来たんで許して下さいよ。ねっ?」
黒塗りの車の窓から身を乗り出し、手を振るトーニオ。コルネリウスはそれを一瞥すると、無言で歩みを再開した。
「ちょっ、シニョール! 無視しないでくださいよ!」
車を降りて追いかけてきたトーニオに対し、コルネリウスはため息と共に振り返る。
「……おいトーニオ、お前なんでここにいる」
「なんでって、そりゃカチコミの援護に」
「いらん。戦力は足りてるし、短期間に何度もコミッションと行動を共にしてたらHLPDが煩いだろうが」
「あー、そういえば表向きカタギでしたっけ。でも兄貴に頼み込んで代わってもらった役目だし、もう皆揃っちゃってるからなぁ……」
額に手を当てて悩むトーニオの背後。風景に溶け込んでこそいるが、見る者が見れば一目瞭然の物騒な気配を纏う男達がひとつの方向に向けて移動を続けている。コルネリウスが知っている顔もいくらか混じっているため、コミッションの構成員であることは間違いない。
ちなみにトーニオは彼等と違い、どう贔屓目に見ても隠密性の無い白スーツ姿であった。言動も含めて色々と台無しだが、仲間がそれを掣肘しないあたり黙認されているのだろう。それどころか、幹部クラスの人材が見当たらないことや、トーニオに対する近頃のコミッションの態度も考慮すれば、あるいはトーニオこそが指揮官かもしれない。
コルネリウスはそうだとすれば世も末だと思ったが、同時にトーニオの晴れ舞台でもあると考え、これ以上小言を言うのはやめにした。
「……ここまで来て帰れとは言わん。が、下手打っても助けんぞ」
「そりゃあ勿論。美女の待つベッドに帰るまでが戦争っすからね!」
革製のアタッシュケースを片手に決めポーズらしきものを取るトーニオ。コルネリウスはそれについて何か言及することはなく、親指を用いたジェスチャーで歩みを促す。
「ああ、そうだ。俺の行き先を教えたのはカルベストか?」
「そっすね。でも直接聞いた訳じゃなくて、偶然みたいなものですよ。メイナードの部下がシマで怪しい動きをしてたから、何か企んでるんじゃないかって兄貴が連絡したんです。そうしたら、それはシニョーレへの罠に違いない! って慌てて救援要請されたそうで」
「……まぁ、あいつは文人だから仕方ないか」
二人の行く先には、この一帯でも有数の大型カジノがそびえ立っている。無数の電飾により煌々と照らされたカジノは、街を包む薄い霧と、それを越えて差し込む陽の光すら霞ませる程。だがその威容に反し、入り口の周囲には不自然な程に人影が無い。
「景気悪いんすかね。……ん? なになに、本日貸し切り……スゲェ! 俺もこんなでかいカジノを貸し切れる男になりたいっすよ!」
「まずはこれが待ち伏せだと気付けるようになるところからだな」
守る側が戦場を選べる戦というものは、一般的には防御側が圧倒的な優位に立つ。それが要塞化された拠点ともなれば、尚更である。
「入り口付近にゃ何も仕掛けられてないと思ったら……中はすげえ有様ですね。機関銃のバーゲンセールみたいだ」
「店の外に騒ぎを知らせたくないんだろうな。舐められてるとも言えるが」
受付も兼ねた二層吹き抜けのラウンジを抜けた先、旧式のスロットから電子化されたカードゲームの機体まで、賭博のためのありとあらゆる品が集う一般客用の大部屋。コルネリウスと、トーニオを始めとするコミッションの正面突入部隊は、顔を出せないどころか隠れ場所すら細切れになるような鉛の雨に足を止められていた。
「あー、そういう。腹立ますね。俺行きましょうか」
「いや、いい。後から適当に付いてこい」
「へ? でも今『昼』っすけど……あいたっ」
コルネリウスは迂闊なことを口走ったトーニオを小突いた後、上着の内に形成した『門』を用いてワイヤロープを取り出す。コルネリウスが触れた部分から急速に血で覆われていくそれは、先端に血で作られた返し付きの鏃を備えるに至った。
「魔術弾頭でもないただの弾幕だぞ。この程度で立ち往生する訳があるか」
まるで重さを感じさせない動きで放たれたロープだが、着弾点たる電子化されたゲームテーブルに突き刺さるとトラックでも衝突したかのような衝撃と音を周囲に撒き散らす。銃器を扱う手こそ止めなかったが、音の出処に気を取られるガルガンビーノの構成員達。
そこで彼等が見たものは、瞬く間に血で覆われた六人掛けのゲームテーブルが固定用の金具を引き剥がしつつ、数百キロはあろうかというその身を宙に浮かせる姿であった。不可解な光景を前に絶句する彼等をよそに、それはエンジンでも付いているかのような勢いで移動を始める。行き先など、言うまでもない。
「すげー……人間ゴルフみたいだ」
「感覚的には犬の散歩だけどな」
コルネリウスは腕に巻き付けたロープを介してゲームテーブルを操りつつ、『門』からシュラハトシュベールトを取り出す。そのまま部屋へと踏み込み、手当たり次第に敵を斬り倒していった。
宙に浮かぶ鉄の塊は必死に放たれる弾丸を嘲笑うかのように易々と弾き、お返しとばかりにガルガンビーノの構成員達を薙ぎ倒している。既に混乱の極みにあった彼等に、コルネリウスへの組織的な対応など出来る訳がない。時たま応戦する者もいるが、放った弾丸が血を纏ったコートを貫くことすら出来ず、顔を引き攣らせた直後に首と胴が泣き別れするだけだ。
ガルガンビーノの構成員達は事ここに至り、ようやく絶望的な彼我の戦力差に気付いた。部屋の奥に陣取っていたため比較的被害の少ない面々が撤退を呼びかけ、廊下へと続く扉へ我先にと飛び込んでいく。
もっともそれは随分と身勝手なものであり、コルネリウスやコミッション構成員と直接対峙していた構成員達はそうもいかない。命綱とも言えた後衛が消えたせいで状況は悪化し、逃げようにも逃げられない者と、それでもどうにかして逃走しようとする者とに二分されてしまう。前者は当然のように玉砕し、後者の殆どは背を向けたところを鴨撃ちにされる。極少数は扉まで辿り着いたが、それもコルネリウスが使い終わったゲームテーブルをロープから解き放った結果、破砕された扉ごと廊下の壁の染みと化した。
静けさを取り戻した部屋の中、コルネリウスは落ちていたカジノのパンフレットを拾い上げ、建物の構造を確認する。
「案内板にもあったが、上層に行く程レートの高い部屋がある構造だな。総支配人室は最上階か」
レートの違う客同士がなるべく顔を合わせないようにするためか、上層に繋がる移動手段は先程抜けてきたラウンジにのみ設置されているらしい。スタッフも上層と下層で分かれており、下層のスタッフ用エレベーターでは上層に行けないとの注意書きが書かれている。
トーニオもコルネリウスの持つパンフレットを横から覗き込む。
「ホテルを併設してない以外はよくあるタイプっすね。それが何か?」
「上に行くにはここを通る必要は無いし、奥にも下層用のスタッフルームや厨房がある程度だ。メイナードが最上階にいると仮定した場合、ここを守る意味が薄い」
「単に支配人室以外にいるとかじゃないんすか? 待ち伏せされてたし、警備室やシェルターにいるとか」
ある意味当然のトーニオの返答に対し、コルネリウスは手に持った大剣を手元で回して肩に担ぎつつ言う。
「かもな。だが逃走用の経路や金庫室のような、隠したい何かがあるかもしれん。コミッションに下の掃除を頼んでいいか」
「いいっすけど……俺としてはこっちのが当たる確率高いと思いますよ? もしメイナードの野郎を見つけたら、俺達で始末することになっちゃいますが」
「構わん。鬱陶しくはあっても、拘るような首じゃあない。それに――」
コルネリウスはラウンジまで付いてきたトーニオに手で別れを告げ、電源の切られたエレベーターを通り過ぎ、上層へと続く階段を登り始める。
「それに?」
「あの手の輩は高い所が好きだと相場が決まっているもんだ」
二階から階段の踊り場を狙っていた敵の銃撃を血を纏わせた左腕でぞんざいに払いつつ、コルネリウスは大剣を構えて駆け出した。
ロケットランチャーが発射される寸前、飛来した短剣が弾頭へと突き刺さる。小さな火花が散った直後に起きた大爆発は、最上階への階段を塞ぐように設けられた即席らしきバリケードと、その裏に隠れていたガルガンビーノ構成員達を吹き飛ばした。
運良く生き延びた者が四肢を引き摺りつつ逃げ出す中、傷一つ無い短剣を回収したコルネリウスは火の付いた机の残骸を蹴飛ばし、最上階へと踏み入る。その目は廊下の隅や、部屋の中で震える者には向けられていない。血で覆ったカジノチップを指で弾き、大口径の弾丸並みの威力を持つそれで抵抗する者のみを排除しつつ、悠々と歩みを進めていく。
既にカジノ内のガルガンビーノ構成員達の士気は崩壊していた。コルネリウスが見る限りでは、当初出し渋っていたらしき爆発物がまるで通用しなかったことが決め手になったらしい。もっとも彼からすれば、敵の用いる兵器はその殆どが型落ち品なので当然の結果だ。
"外"ならばともかく、HLでは粗悪品扱いすらされかねない武器の数々。ガルガンビーノ一家の規模からすれば相応しくないし、同組織の兵器調達において大きなシェアを占めるMS―1313ではこのような兵器は中古扱いの更に下、ジャンク品の分類となる。
コルネリウスは敵が自称する羽振りの良さと装備の充実度の差に若干の疑問を抱いたが、破砕音と何かが潰れる音が彼の思考を中断させた。音の出処は彼の眼前にある角を曲がった先。地図が正しければ総支配人室のある場所からだ。
距離がある訳でもなし、コルネリウスはものの数秒で目的地へと辿り着く。そこには総支配人室のものだったであろう砕けた扉と、腹部に大穴を空けたガルガンビーノの構成員が壁に張り付くようにして死んでいた。おそらくは部屋の中から飛んできて、扉ごと壁に叩きつけられたのだろう。
状況を察したコルネリウスは大剣を肩に担ぎ直し、部屋の内へと歩を進めつつ、呆れを隠さぬ声音で部屋の主へと呼びかける。
「あれだけ大見得を切っておいて、上手くいかなけりゃ部下に八つ当たりか。マフィアの幹部ってのは気楽な仕事だな」
「……使えねぇ道具を捨てただけの話だ。茶化される謂れはねぇ」
それに応えたのは部屋の奥、実用性よりも見栄えを重視した執務机に両足を乗せた若い男だ。苛立ちを隠さぬその声はコルネリウスが先程聞いたばかりのものであり、彼がメイナードであることを示していた。
「であれば、部下よりも先に武器か、あるいは自分の脳味噌を換えるべきだったな。あんなガラクタが通用するのはチンピラか、抵抗する力が無い相手だけ。日頃の仕事振りが伺えるってもんだ」
「んなこたぁてめえに言われずともわかってる!!」
激高し、持ち上げた両足で机を叩き割った勢いで立ち上がるメイナード。筋肉質な長身を怒りに震わせつつ、コルネリウスへと向けて歩き出す。
「……どいつもこいつも、俺を苛立たせることしかしねぇ。目障りなASが消えたかと思えばアグニが市場を荒らす。頭でっかちな化物が三下に殺されただけで一家は舐められる。幹部会じゃ弱虫共が足を引っ張りやがる」
まるで怒りに呼応するかのように、その足音は大きく、重くなっていく。だがそれはメイナードの発する殺意が生んだ錯覚などではなく、厳然たる事実だ。故に、変化には理由が存在した。
日に焼けてはいるが白人のそれであったメイナードの肌が、鈍色に変わっていくのだ。そして変色が終わったであろう部分から順に、内から押し上げられるようにして、服を破りつつ角ばった形へと変貌する。
「役立たず共は金だけ出してりゃいいものを、口だけでなくゴミまで押し付けて来る。連中の寄越した犬も肝心な時には訳に立たねぇ。そこで死んでるアホ共もだ。ああ、何もかもが腹立たしいッ!」
一歩進む毎にメイナードの輪郭は人間のものから二足歩行するだけの何かへと変わっていく。コルネリウスの前で立ち止まった時には、体格は二回り以上大きくなり、部屋の天井にまで達しそうな程になっていた。
「だがなァ、ここはHLだ。過程でどれだけ躓こうと、最後にゃ力がものを言う街だ。つまり――」
巨大で、力強く、禍々しい。鉄鉱石を乱雑に繋ぎ合わせて作った、岩の怪物の如き姿――まさに"鉄人"。
「ここでてめぇをミンチにすりゃあ、俺の勝ちってことだ!!」」
もはや拳ではなく岩石と表現すべき暴威。空を裂き、唸りをあげて襲いかかるそれを、コルネリウスは少ない歩数で危なげなく避けた。目標を捉えられなかったメイナードの拳が、豪奢な絨毯ごと床に大穴を空ける。のみならず、吹き飛ばされた破片が下層の床すらも破砕した。
凄まじい破壊力であるが、コルネリウスはそれが単純な力技でないことに気付く。メイナードの拳が着弾した箇所、その壊れ方が綺麗過ぎるのだ。先の一瞬に僅かな魔力の流れを感じたこともあり、彼はメイナードの攻撃は魔術を併用したものだと結論付ける。つまり、力のみで受け止めようとすれば、手痛い被害を喰らうということだ。
「なるほど、脳まで筋肉で出来てる訳じゃあないか」
「さぁ死ね、死ね、死ねえッ!!」
乏しい語彙と共に繰り出される猛打の嵐。室内はすぐにプレーリードッグの群生地もかくやといった惨状と化し、自然と戦いの場は室外へと移る。メイナードは建物は勿論、最上階の各所に隠れていた自身の部下すら気遣うようなことはない。上司に恵まれなかった哀れな構成員達が、自身の命よりも高価であろう調度品諸共に先祖の列に加わっていく。
無論、コルネリウスとてそれを眺めているだけではない。振り下ろされる鉄の拳を避けつつ、機を見ては大剣による一撃を叩き込む。しかしメイナードの纏う鉄岩の鎧は、血と魔術で強化された斬撃をもってしても傷一つ付かない頑強さを誇っていた。
「無駄だ。未だかつて、俺の鎧に傷を付けた奴はいねェ! 圧倒的な破壊力と防御力……これこそが力って奴だ。身の程も知らねぇで格上に挑んだことを後悔しながら床の染みになりやがれッ!」
鉄の巨人の進撃を阻むものは無く、じきにコルネリウスは壁際へと追い詰められる。そこは一面がガラス張りとなっているバーラウンジ。無数の光源により、霧の中にあっても尚明るい地上の風景を一望出来る特等席であった。
この場に通じる二本の通路の片方は崩れており、もう片方にはメイナードが陣取っている。そして唯一残った通路の壁を、メイナードが見せつけるようにゆっくりと破壊し、塞ぐ。彼の目元は鎧によって隠れており、赤い光のようなものが覗くのみであるが、そこからは誰が見ても優越感や嗜虐的な色といったものが見て取れた。
メイナードが嗤う。
「兎のように逃げ回るのもこれで終いだ。いつもなら時間をかけて解体してやるんだが……これでも忙しい身でな。てめぇの首で幹部会の腰抜け共に言うことを聞かせてやらなきゃならねぇ」
「………………」
対するコルネリウスは無言。それを萎縮したと見たメイナードは小馬鹿にするように鼻で笑った後に、標的への歩みを始める。二人の距離はそう離れてはおらず、今のメイナードの歩幅であれば十歩にも満たない。
「じゃあな、三下。てめぇみたいな雑魚でもあの世で俺に殺されたと言やぁ、少しは箔が付くかもしれねぇぞ?」
数秒の後にコルネリウスの眼前へと至った鉄の巨人はことさらにゆっくりと拳を振り上げ、鉄槌の如きそれをコルネリウスへと叩き込む。ラウンジに響く轟音。
「……んぁ?」
鉄と、鉄がぶつかり合う音。
「な、何だとぉ!?」
「予想外のことがあっただけで動きが止まるってのが、お前の底だな」
メイナードの破滅的な一撃。それを両手で支えた大剣で受け止めていたコルネリウスは、流れるような動きで剣を片手に持ち替え、メイナードを斬りつける。掬い上げるような一太刀はこれまで通りに重厚な鉄の鎧に阻まれる――ことはなく、濡れた紙を破るかのように易々と切り裂いた。それは鎧の奥に隠された生身にまで届き、鎧の脇腹から鮮血が溢れ出す。
「がっ……ああッ!?」
たまらず後方へと飛び退るメイナード。コルネリウスはそれをゆっくりと、先程までのメイナードのように歩いて追いかける。
「無機物を取り込む力と操る力を応用し、攻撃を加速させる。着弾点のそれをも操り、更には魔術を併用することで効率的な破壊と、砲弾の如き瓦礫といった副次効果を生み出す」
傷口を抑えていたメイナードはコルネリウスから離れるように後ずさったが、無意識に動いてしまったであろう自らの足に気付くと、逆に怒りの声を上げてコルネリウスへと飛びかかった。それは今までと遜色ない一撃であったが、コルネリウスは余裕の見える動きですれ違うように回避しつつ、再度大剣を叩き込む。先程の攻撃がまぐれでなかったことを証明するかのように、メイナードの鎧が切り裂かれ、大量の血が流れる。
「防御も同じような塩梅だな。元々の頑強さと魔術的な防護に加え、敵の攻撃に合わせて鎧の表面を操作することで衝撃を逃す。それでも受けきれずに付いた傷は、即座に修復することで無かったように見せかけ、相手に心理的なプレッシャーを与える」
膝をついたメイナードへと振り返りつつ、コルネリウスは大剣に付いた血を払う。
「確かに工夫はしているが、種が割れればこんなもんだ。魔術の腕はお粗末なもので、打ち消すことは容易。独自の能力は修練不足で、効果も範囲も限定的。ただの剣ならともかく、魔術と血で覆われたこれならその場で幾らでも対策を練ることが出来る。切断力を上げてもよし、鎧の表面に合わせて刃の形を変えてもよし」
メイナードが立ち上がり、振り返る。目元から覗く光は彼の怒りを表すかのように強くなっていたが、それとは裏腹に膝が震えており、息も荒い。自身の能力、あるいは普段相手をする敵の質のせいで傷を負わないことが当然となっていたであろう身には耐久力が欠けているのだろう。
互いの位置が入れ替わったため、メイナードの背後はガラス張りの壁で退路は無い。傷付き追い詰められた、無様とも言える敵の姿を見て、コルネリウスはもうひと押しだなと嗤う。
「……成る程、上位互換の"機械公"を目の敵にする訳だ。あいつは人間の屑だが、自身の研鑽にかけてはお前より遥か先にいるからな」
届く筈もない、血管の切れる音。コルネリウスは確かにそれを聞いた。
「殺――――や――ァァ!!」
最早声ではなく音としか表せない絶叫と共に、メイナードが走り出す。その鎧、あるいは身体が急速に縮み、代わりに右腕が膨張していく。
歪なまでに巨大となった鉄の巨腕は天井を突き破り、夜へと向けて濃くなりつつあった霧へと埋もれる。僅かな後、白の帳を引き裂いて再度現れたそれは、霧の中でも膨張を続けていたらしく、コルネリウスの視界を埋め尽くす程の質量となっていた。
まるで天より飛来する隕石の如き暴威だが、それを放った当人は怒りで我を忘れており、防御どころか体勢すらも怪しい。コルネリウスであれば、回避し、致命的な一撃を叩き込むことなど造作もなかったであろう。
しかしコルネリウスはそうはしなかった。彼が選んだのは単純であるが、困難かつ非効率な一手。敵の最大の攻撃に対し、正面から立ち向かうという暴挙。
余人であれば止めるか、諌めるであろう。
だが、もしそれを成せるのであれば、精神の面においてこれほど有効な手は無く――――コルネリウスは、無謀な賭けに挑む性格ではない。
巨人の腕は真正面から縦に断ち切られ、分かたれた部分から制御を失って崩壊し散華する。降り注ぐ鈍色の雨の中、緋色の刃はなおも止まることなく突き進み、呆然とするメイナードを袈裟懸けに切り裂いた。