緋色の羽の忘れ物   作:こころん

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第二十一話

 コルネリウスがワイヤロープで台車を引きつつ一階に戻ると、カジノ部分の更に奥、下層の管理室らしき部屋の前でコミッション構成員に囲まれたトーニオが何やら考え込んでいた。

 

「おう、どうした」

「あ、シニョール。こっちはハズレだったんですけど、メイナードはそっちに?」

「ああ、痛めつけてきた。捨て台詞吐いて窓から飛び降りたが、まだ生きてるだろうな」

 

 目標を逃したと言うコルネリウスの顔に悔やむ色は無い。それを見たトーニオは一瞬不思議そうな顔をしたが、コルネリウスが手に持つ大剣――そこから滴るメイナードのものであろう血――を見て納得したように頷いた。

 

「なーる、後は煮るなり焼くなりってやつですね」

「そういうことだ。で、こんなところで突っ立って何かあったのか」

「いやーそれが反応に困るもん見つけましてね。見て貰えばわかるでしょうけど……おっ、HLグリューナーの十年ものじゃないっすか」

「ん、ああ。帰り道に割れてなかったのを集めてきてな……おい、酒漁ってないで説明しろ」

 

 コルネリウスがトーニオを小突くと、台車に積まれた様々な高級酒入りの木箱に夢中であったトーニオは思い出したかのように立ち上がった。それでも彼が開いた箱の中では一番高級な酒をちゃっかりと確保しているあたり、コルネリウスは呆れと共に感心する。

 

 その酒瓶を小脇に抱えつつ、トーニオは幾人かの構成員に上層の家探しを命じてから、管理室の扉を開けた。

 

「下の連中を排除してから色々探してみたんすけど、この奥、の更に奥の狭い倉庫の床に隠し扉があったんですよ。専用の機械でも用意してなけりゃ、人型種族が開けるのは困難でしたけど」

「……少しは隠す努力をしろよ」

「やー、そこは上手くやったんで安心してくださいって。で、隠し金庫でもあるのかなぁとウキウキして突入したはいいんですが……」

 

 言いつつ、件の隠し扉から通じる階段を降りていくトーニオ。コルネリウスは無理矢理こじ開けられた扉を一瞥し、それがトーニオの言うように容易には開かないものであることを見て取った。おそらくはメイナードの無機物を操作する能力を前提とした扉であったのだろう。

 

 階段を降りた先は一本の通路で、その左右と突き当りに幾つかの部屋が設けられていた。壁はコンクリートの打ち放しなどではなく、錬成された頑丈な金属。そして照明もシーリングタイプかつ質の良いものであるあたり、この空間は後付けではなく、建築計画に当初から織り込まれたものだとコルネリウスは推測する。

 

 先導するトーニオは通路の左右に並ぶ部屋は無視して、突き当りの部屋まで歩いていく。

 

「横の部屋は偽札とか薬とか、わかりやすい禁制品置き場っすね。でも本命はあそこです」

「本命……ああ、ここだけ隠し扉なのか。壁も異様に厚いし、多少調べられても見つからん。いざという時のダミーまであるとは大した念の入れようだが、よく気付けたな」

「でしょう? ……いや、実を言うと扉、開いてたんすよね。ピエトロに言われて隠し部屋だって気付いた次第で」

「……まぁ、手柄であることにゃ変わりない。で、ここにあるのは――」

 

 眼前の光景に言葉を無くすコルネリウス。その隠し部屋は随分と広く、目測でも二人が通り過ぎたばかりのダミー部屋を全て合わせたものの数倍はあった。

 

 そして、その広大な空間を埋め尽くすかのような大量の兵器と弾薬。

 銃の割合が多いが、爆発物や防具から補助センサー類、果ては強化外骨格まで。陸上戦闘で用いられる兵器の大半が揃っている。照明にあてられ鈍い輝きを返すそれらは、量が量だけに存在するだけで圧力を放っているのではと感じる程。なにせこれだけあれば、短期間なら数百人の戦闘員を充足させることが可能なのだ。

 

「俺は詳しくないんですけど、旧式ばかりで性能はいまいちらしいっすね。でも状態は良いし、何よりこれだけの量があれば一財産間違いなし!」

 

 はしゃぐトーニオには返事をせず、簡単な魔術も用いて幾つかの兵器を調べるコルネリウス。彼が手に取ったものはいずれも新品、そうでなくとも未使用品と言って良いであろう保存状態だ。

 この時点でコルネリウスの機嫌は傍から見ても悪くなっていたが、それでも確認の手を止めることはなかった。しかし、その全てにとある共通点を見つけたところで、コルネリウスは持っていたアサルトライフルを投げつけるようにしてガンラックへと戻すことになる。

 

 苛立ちの伺える彼の仕草に対し、トーニオは驚いた、というより意味がわからずきょとんとしていた。

 

「えーと……量が量だしうちだけじゃ捌くどころか運ぶのも難しそうなんで、シニョールのお力をお借りしたかったんですが……売り物にならないレベルだったりしますか、これ?」

「お前の現状把握の度合いはよくわかった。当たり番号のLOTTO(宝くじ)の表面が削れちまった程度の認識だな?」

「あーはい、そんな感じです。俺スーペルエナロットはツキに恵まれない方だったんすよね」

 

 コルネリウスとしては尚も呑気なトーニオに思うところもあったが、彼の経歴を考慮すれば随所に不足があることは仕方がない。苛立ちを表に出さぬよう抑えつつ、近くの銃器群を指差す。

 

「まず第一に、これらは全て新品だ。無論、全てを確認した訳じゃあないが、大きく外れてはいないだろう。次に大事なことは、この玩具の山がHLではともかく"外"では現役、モノによっては新しいとまで言えるラインナップってところだ。作る手間や費用だけなら"内"のものと大差無い」

「確かにそうですね。だから俺の目には宝の山に見えるんすけど」

「時代遅れのポンコツだろうと全くの役立たずって訳じゃあない。鉛弾にぶち抜かれれば四、五割程度の種族は死ぬ以上、金にはなる」

 

 話を戻すぞ、とコルネリウスは続ける。

 

「最後に重要なことは、この兵器群全て、種類を問わず製造番号やそれに類する個体識別情報が無いってところだ。削られた、とは違うぞ。魔術的な調査もしたが、最初から無い」

「製造時から手を加えられてる、ってことですね?」

「そういうことだ。……で、これらの点を踏まえ、どういった結論が導き出せる」

「えっ? えーと……」

 

 トーニオは両手を組んで首を捻り、暫し後に答えを出した。

 

「よし、わかった! ガルガンビーノが大規模な武器職人の集団を抱え込んだか、契約を交わしたってことでしょう? 連中は最近MSとの付き合いが浅いって聞きますし、間違いないっすよ!」

「三十点だな。お前その身体でなけりゃ、この街で一日二回は死ねるぞ」

 

 落ち込むトーニオをよそに、コルネリウスは自らの推測を話し始める。

 質はともかく、量や手間などを考慮すれば、HL内の企業・職人であってもこれだけの仕事を成せる者は限られる。しかし利益が少な過ぎるため、彼等が作ったものだとは考え難い。同様の理由から名の知られていないHL水準の職人集団が存在したとして、そうする可能性は低いだろう。水準に満たぬ者を秘密裏に掻き集めるというのも、あまり現実的ではない。どうやっても低所得者の集まる地区なりで話題になってしまう。

 何よりガルガンビーノ一家ほどの組織が、他に選択肢のある中で低い性能の武器を選ぶ理由に乏しいのだ。一部派閥の独自行動という線も無くはないが、これだけの量を用意出来るかは甚だ疑問であるし、結局は何故普通の品を作らないのかという疑問が残る。

 

「つまりこれは十中八九"外"で、あるいはその組織が人員か技術を送り込むことでHL内で製造したものだ。個人的にな予想は前者だな」

「でも"外"で製造番号無しとか一発でしょっぴかれますよ? 途上国でAK作るとかならともかく、新しいものですし。それにHLへの運び入れだってそう簡単には……ん?」

 

 そこで言葉を止めたトーニオは、何かに気付いたようで徐々に顔色を悪化させていく。まだ推測に過ぎないとはいえ、ようやく現状の面倒さに思い至った彼を見てコルネリウスは頷き、言葉を引き継いだ。

 

「その組織はちょっとした地域紛争が可能な量の武器を用意するだけでなく、二重関門を越えて運び込むことすら出来る。更に言えば、裏社会で幅を利かすガルガンビーノに対し、質の低い武器を強要出来る立場だ」

「あー、その……製造元わからないですし、うろ覚えだから断言出来ないですけど、この兵器のライセンス持ってる企業って全部アメ――――」

 

 

 

 ――――暗闇。

 

 

 

 まるでトーニオの言葉を遮るように突如訪れたそれは、局所だけではなく地下空間全てを覆っている。この場に立つ二人は種族という同様の理由によってそれを苦にしなかったが、反応は全く異なっていた。コルネリウスは大剣を構え、トーニオは原因を探ろうと天井のライトを見上げる。そして、それがそのまま両者の明暗を分けた。

 

 コルネリウスの眼前でトーニオの頭部が弾け飛ぶ。彼の身体に隠れる軌道で飛来していた二発の弾丸をコルネリウスが大剣で弾く。部屋の奥に積まれた弾薬・爆発物の山に向けて放たれた三つの何かが虚空に現れた魔法陣に直撃し、布のように柔らかな反応を返すそれに包み込まれて地に落ちる。

 これら全てが、同時であった。

 

 その直後、コルネリウスは自らの背後で響く足音を耳にし――――それを無視して部屋の入口付近に向けて駆け、大剣を振り下ろす。それは彼に手応えこそ返さなかったが、変化を生じさせる。何も無かった筈のそこに、滲み出るようにして現れたトレンチコートにソフト帽の人影。

 

 凶手はサングラスとマスクで顔が判別出来ないが、自身の隠形が暴かれたことに焦る気配は見せていない。前に踏み出しつつ、左手に持つサバイバルナイフはコルネリウスの首元を狙い、右手のリボルバーは心臓に向けて一発。しかしその双方がコルネリウスを覆う血の膜と魔法陣に防がれる。

 無防備を晒した凶手を大剣が横薙ぎにせんと迫る瞬間、信じ難い速度で撃鉄が起こされたリボルバーが再度火を吹き、更には凶手の腹部からコートを突き破るようにして数多の閃光と銃声が響いた。

 リボルバーは先程と同じく心臓を狙い、同じように弾かれる。しかし恐るべきことに、予想外の場所から放たれた射撃はリボルバーとは狙いが異なるものの、その全てが同一の箇所に着弾したのだ。不可解であると同時に神業と呼べるそれは、コルネリウスの防護をも打ち破る威力を擁していた。彼が咄嗟にワイヤロープを巻き付けた左腕を差し込んでいなければ、であったが。

 

 必殺の一撃は凌がれ、ついに大剣が凶手を切り裂く。トレンチコートが胴切りにされ、地に落ちる上半身と、力なく倒れる下半身。だがコルネリウスは動きを止めない。

 彼は確かに見たのだ。防がれた多量の弾丸が生む火花で一瞬だけ照らされた闇の中、穴だらけのコートの中で蠢く何かがその形を変えて刃を避け、逃げ出す光景を。

 

 コルネリウスは大剣を振り切る前に軌道を変え、地に叩きつけるように放り出す。宙を舞う大剣は纏う血の位置と量を調整され、更に魔術の助けによって瞬時に半回転し、柄を先とする形でコルネリウスに握り直された。

 彼はそのまま刃の部分を握りつつ、柄を床へと打ち付ける。魔術を込めるのに適した改造が成されたそれは使い手の意思に従い、部屋の外に向かう形で指向性の爆発を生み出し、通路を爆炎で埋め尽くした。

 

「…………ちっ」

 

 双方が数多の必殺を放った、しかし実際には僅か数秒の出来事。魔術で生み出された炎が通常では有り得ぬ速度で消えゆく中、静寂を取り戻した暗闇の中でコルネリウスは舌打ちをひとつ。感触からして厄介な敵を逃したことを面倒に思いつつ、最後の最後にもう一度弾薬類を狙って撃ち出された起爆式の魔術弾頭を左手の内で握り潰す。

 

「おい、さっさと起きろ」

 

 魔術で簡単な光源を生み出したコルネリウスは、次いでトーニオの胴体を軽く蹴り飛ばす。通常であれば死体を蹴り飛ばす残酷な、あるいは死体に話しかける滑稽な姿であるが、無論コルネリウスの精神は正常だ。

 

「おうふっ。……あー、もう朝っすか。あと二時間って痛い痛いすんません」

 

 なにせトーニオは未熟と言えど、コルネリウスと同じく吸血鬼である。再度コルネリウスに蹴られた彼は、既にほぼ修復しつつある頭部をかきつつ起き上がった。

 

「人が戦ってる時におねんねとはいい御身分だな、おぉ?」

「いやそのー……練習はしてるんすけどまだ再生遅くてですね、はい。戦いもすぐ終わっちゃいましたし、不可抗力かなって痛い痛い」

「そもそもあんな隙を晒すのが間違いだと、丁寧に剣で語って欲しいのか? ここは見ておいてやるが、俺にもやる事がある。さっさと修復して上の様子確認してこい」

 

 

 

 

 

 

 

 日も暮れ、窓からの光で朱に染まったビルの一室。MS-1313の構成員である七三分けで黒縁眼鏡にスーツの男は、突然の来客への対応として、茶と菓子の代わりに拳銃を選択していた。

 足元に転がっている通勤鞄は彼が帰宅する間際であったことと同時に、憩いの時が遠のいたことをも意味する。もっとも彼の首元に突きつけられた大剣がどうなるか次第では、それは永遠に訪れないのだろうが。

 

「ええと、護衛の方々がいらした筈なのですが……」

「厄ネタを余所者に押し付けつつ自分達の問題も解決するとは、なかなかやるじゃあないか」

 

 冷や汗を流しつつの彼の問いを無視し、厳しい視線を寄越しているのはコルネリウスであった。コルネリウス自身も男から拳銃を向けられているのだが、こちらはまるで意に介していない。

 

 コルネリウスの明確な怒りに対し、男は焦りを顔に出しつつ口を開く。

 

「その、弁明をさせて頂きたいのですが。よろしいでしょうか。お時間は取らせませんので」

「………………」

 

 釈明の許可を求める声に対し、コルネリウスは無言のまま、しかし目線で続きを促す。男は僅かに安堵の様子を見せてから、話を始めた。

 

「まずはお詫びになってしまいますが、情報提供の時点で我々はこの件に、ええと……鷲のマークの巨大企業が噛んでいるのは承知の上でした。彼等は……と言ってもその一部署ではありますが、幾人かの大株主の後援を受け、この街への進出を企図したようなのです」

「それはそうだろうな。社一丸となって、であればHLは今頃火の海だ」

 

 それがこの街にとってどの程度の打撃になるかはともかく、とコルネリウスは続け、それを聞いた男も微かに笑う。

 

「違いないでしょう。彼等もそれは把握している……といいのですが、少なくとも今回はそういった直接的な方法は選んでいません。目的はこの街に自社製品のシェアを築くためであったようで」

「成程、MSにとっては商売敵だ。ガルガンビーノはそれに?」

 

 男は刃に注意しつつ頷く。

 

「はい、乗りました。主流派に属する好戦的な一派が、独断で手を結んだようです」

「それで俺にちょっかいを出す余裕が出来た、と」

「でしょうね。支援自体は以前から続いていましたが、近頃地区の再開発事業という形でまた大規模な増資があったようですから。……ともかく、彼等は見返りに得た財源で力と発言力を増しました。更に一家が多数の抗争を抱えたことで戦力が必要となり、内部での掣肘も困難に」

 

 男はそこで一度言葉を切り、銃に添えていた腕の片方を、ずれはじめていた眼鏡を直すために使いたいと申し出たが、対するコルネリウスの返事はすげないものであった。彼は諦めた様子で続ける。

 

「ガルガンビーノさんとの取引が無くなるだけであればまだしも、件の企業の目的が比較的安価な兵器市場の掌握、ひいては街への影響力獲得であることは明らかです」

 

 "外"の兵器の大半はHL内のそれに比べて劣っているが、全くのガラクタという訳でもない。採算を多少無視した上で商品以外の手札も随時切っていけば、対抗勢力を駆逐した後で安かろう悪かろうの需要以外も獲得出来る可能性はそれなりにある。

 兵器市場を通じてHLに影響力を持てば、"有事"に取れる手段が大幅に増えるだろう。露見したとしてもHL行政の手は"外"までは及ばないし、HLについてゴシップ誌レベルの情報しか持たない大衆への誤魔化しは幾らでも効く。本国の政治状況や現地工作員の安全はまた別の話であるが、総合的には悪くない策だ。

 

「排除される側としてはこれを座視することは出来ませんし、事実彼等は我々に対しての妨害も増やしています」

 

 たとえば先日の中華製品の件、と男は続ける。

 

「確かに元を辿れば共産圏ではありますが、それを掻き集め、街に流したのは彼等です。ジャガーノート・スミスが自社製品を運ぶついで、あるいは目眩ましであったようですが、ご丁寧に情報を流出させ、旧東側とのパイプを持つ我々に当局をけしかけた訳で」

「成程、話はわかった……が、そっちの都合だけで終わりか?」

 

 コルネリウスが手元をほんの少し動かすと、男は刃に触れぬように器用に首を振って否定する。だが両手で保持し、コルネリウスの眉間に向けた拳銃の狙いがぶれることはない。

 

「いえいえ、まさか、そんな! 説明から入って結論や要点を後にするのは悪い癖でして、はい。きちんと報酬や、騙す形になった事への追加料金や、有用な情報を用意してあります、ええ。本来であれば双方共に納得済みで事を成すはずでしたがこちらの手違いもありまして――――」

「であれば早く俺を納得させて欲しいもんだな。これでも俺はMSを取引相手として信頼している方だ。だからその安全装置のかかったままの銃が火を噴くことのないよう、心から願っているよ」

 

 苛立ちの中に多少の呆れが混じったコルネリウスの言葉。それを聞き、首元の刃に目線をやった男の額に流れる汗がどっと増した。

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、コニー。ついに朝も働かなくなったの?」

「ニーカお前、その言い方は無いだろ……」

 

 翌日の朝。霧も濃く、まだ人異共に影の少ない表通り。ビルの合間の路地から出てきたコルネリウスは、通勤途中らしきニーカと鉢合わせていた。

 なかなかに辛辣な言葉を投げかけたコートにキャスケット帽の少女、もとい女性はコルネリウスのぼやきを聞いてころころと笑う。

 

「あはは、ごめんごめん。お店が順調なのは聞いてるよ。本だけじゃなくて車も売るんだって? 私は本屋でDVD買うことはあるけど、車は流石に買わないなぁ」

「ん? あー、ラッセルあたりから聞いたか」

「あれ、どうだったかな……でも、多分そんなところ」

「あの遊び人はまた適当なことを……中古・廃棄車の回収と再利用な。確かに状態が良ければ流すこともあるだろうけど、メインじゃあないさ。ついでに言えば、ちょっとしたトラブルで用意してた事務所が西海岸まで吹き飛んでったばかりだ」

 

 少々強く、冷たい風が吹き、ニーカが首をすくめる。彼女は首元に手を伸ばし、マフラーが無いことに気付いたかのようにそれを彷徨わせた後、襟を直しつつ

 

「今日は予報と違って寒いね、家を出た時はそうでもなかったのに。……で、さらっと言ってるけどそれ大事件じゃない?」

「なに、HLじゃよくあることだ。もっとも保険が無ければ、今頃犯人を釣り竿に括り付けてザンジェスター湖まで持って行ってたろうが」

「おー怖い。あそこ餌を与えないで下さいって煩い割に、同じく禁止にしてる釣り餌扱いなら何も言わないんだよね。薬に耐性持ったサイコウェーブロブスターが増え過ぎて個体数の管理が出来なくなってるって噂、ほんとかな」

 

 二人はしばし雑談に興じていたが、ニーカがふと思い出したようにスマートフォンを取り出し、時間を確認した途端に焦り出す。それを見たコルネリウスも腕時計を確認すれば、成る程彼女の出勤時刻は間近であった。

 

「うわ、もうこんな時間。ごめん、そろそろ行くね」

「こっちこそ気付かなくてすまん。また今度な」

「うん、また今度。あと、車の修理なら私も結構出来るから、何かあれば聞いてくれていいよ」

 

 コルネリウスに軽く手を振り、脇を通り抜けたニーカはしかし、少し行ったところで立ち止まって振り返る。彼女はその様子を不思議そうに見るコルネリウスを見て僅かに口元を緩めつつ、彼の足元を指差してたった一言。

 

「靴」

「……あー、おう。ありがとな」

「どういたしまして。じゃあね」

 

 今度こそ慌ただしげに駈けてゆくニーカに手を振りつつ、コルネリウスが自身の足元を見れば、そこには後部、腰側の部分が汚れた上等な革靴が一足。

 彼がそれに対し手を用いることはない。ただ眺めるだけで、赤黒い汚れはまるで意思を持つかのように何処かへと消え失せたからだ。

 

「見落としたか。あいつ、思ってたより早く来たからなぁ」

 

 彼の属する種は、たとえ力の弱まる昼間であってもその程度のことは造作も無い。それは食料であり、武器でもあり、そして自身の根幹を成すものであったから。

 

 コルネリウスが他にも見落としが無いか改めて確認していると、上着の内にあった携帯が振動でもって着信を伝え始める。彼はそれを取り出しつつも自らの作業が終わるまで応対することはせず、全てを終え、再度路地裏へと戻ってからようやく通話ボタンを押した。

 

『よぉ、三下』

「昨日の今日でその物言いが出来るところだけは大物だな」

 

 割と直球の皮肉に対し、通話の相手であるメイナードは一瞬言葉に詰まってから舌打ちを返す。

 

『一度勝ったぐらいで良い気になるなよ。手下共も、金も、掃いて捨てるほどあるんだ。傷だって大したことはねぇ。さっさと叩き潰してやろうと思ったが、計画変更だ。てめぇはじわじわと嬲り殺しにしてやる』

 

 大したことはない、余裕があるのだと豪語しているが、怒りを隠しきれていない声。電話先から漏れ聞こえてくる女性の嬌声も、自身の余裕と健在をアピールする一環であろう。そう捉えたコルネリウスは相手のわかりやすさに苦笑する。

 

「よく吠えるもんだ。だが昨晩お前が逃げ込んだサラ・ヘルムリンポートの貴金属店は二度と使えないだろうから、次は別の隠れ家を用意しておくんだな」

『…………なんだと?』

「ああ、カブリアス光脈通りのお抱えの闇医者もだ。あとは援軍を頼んだ兄弟分のジェイコブとやらにも、もう会えないだろう」

『てめぇ、どうやって――』

 

 メイナードの先程までとは種類の異なる苛立ちが籠もった声を遮り、コルネリウスは続ける。

 

「いいかチンピラ、相手の心を攻めるってのはこういうことだ。お前みたいな奴は、相手は強がっていただけだから、寝所に愛馬の首を投げ込まれることで恐怖に屈したもんだと勘違いする。気構えたところに、全く察知出来ない形で圧力を叩き付けることが重要だったなんざ考えもしない」

 

 コルネリウスは路地裏に放置された四角いゴミ箱の裏、血溜まりの中に倒れ伏した男達――――メイナードの部下だったものを、なんの感慨も感じさせぬ目で眺める。

 

「だから力の無い相手にしか通用しない嫌がらせを初手に選び、無駄な損耗を受け、準備の時間を与える。当然の失敗だってのに頭に血を昇らせ、危険も勝算も顧みず、直接的な手段に訴え出す。そうして無様に負けた途端、標的の友人知人を狙う」

 

 それはもはや圧力とならず、子供の仕返しと同じようなものだ。コルネリウスは嗤う。

 

「お前が今朝、各所に寄越した連中は全て処理した。元々はこいつらを締め上げてお前の情報を得ようと網を張っていたってのに、下部組織を見捨てて自分から情報を吐かせた挙げ句、事が終わってから来るとは予想外だったが」

『なっ……くっ、この……』

「じゃあな三下。お前には幾つか聞きたいこともあるが、それは生きてようが死んでようが関係なく取り出せるものだ。細かいことは気にせず、短い余生を謳歌してくれ」

『…………はっ。そんなハッタリが効くと思ってるならお笑いだ。いいか、俺はこの程度の修羅場なんざ何度も乗り越えてきてる。お前如きに――――が、あああッ!?』

 

 尚も何かを言い募ろうとしたメイナードの突然の絶叫。既に相手への興味を失い、電話を切ろうとしていたコルネリウスであったが、それを聞いて再度携帯を耳に当てる。聞こえてくるのは何かの、おそらくはメイナードと誰かが争う肉を打つ音と、家具やガラスの割れる音。

 

『てめ、俺のモノを離しやがれっ! あがっ、クソ、このスベタがっ! はなせ、この、やろ……がっ、はな…………やめ……』

 

 鈍い音が響き、メイナードの声が途切れる。それはコルネリウスもよく聞き覚えのある、太い骨が折れる音だ。理由はともかく何が起きたかを悟った彼は、死体の回収が面倒になったと舌打ちをひとつ。

 

『――――――□○%△&、∀$@#?』

「おい、何がこちらホワイトハウスだこの野郎」

 

 思わず返事をしてしまってから、コルネリウスはしまったという顔をした。今度こそ電話を切ろうとしていた彼であったが、断じて人間の言語ではない何かで話しかけられた珍妙な内容の落差と衝撃が強烈であったのだ。

 咳払いをひとつしてからコルネリウスが耳に携帯を当て直すと、電話の先からは微かな笑い声が聞こえてきた。先程とは違い、今度は人間のそれである。

 

『いや、失礼。てっきり伝わらないものだと思っていたが、予想以上の反応で嬉しいよ。この手のネタ振りは人間にはあまり通じないし、伝わっても返してくれないのだよ』

「そりゃどうも。仕事上便利なもんで、そっちの言語も幾つか修めてるからな」

『素晴らしいことだと、心から思うよ。私も仕事を頼みたいぐらいだ。もっとも立場が許してくれないし、昨日貴方に銃弾を撃ち込んだばかりとあっては、それも叶わないだろうが』

「…………メル・アルバ・カーティルスか」

 

 コルネリウスとトーニオをカジノの地下室で襲った凶手。それが今の通話の相手だ。仕留められなかったとはいえ、何の対応もせずに済ませるコルネリウスではなく、相手の素性はわかっている。もっとも手を尽くして調べた結果というよりは、彼も名を知っている相手であったという部分が大きいが。

 普段は人型を模す集散自在な無数の大型ミミズの如き異界存在であり、大崩落後にガルガンビーノ一家へと加わってその急拡大を支えた殺し屋。銃だけでなく算盤も弾ける文武両道の大物だ。

 

『おや、"タイバーン"殿に名を覚えてもらっていたとは恐縮至極』

「なんのことやら。ガルガンビーノ随一の殺し屋の言うことは俺にはわからんよ」

『それは残念。まぁ、お遊びはここまでにして、今我々に必要な話をしよう。具体的には、消極的な手打ちについてだ』

 

 カーティルスのその言葉に対し、コルネリウスは良い反応は見せなかった。

 

「マフィア同士での協定不履行に続き、国家との結託。物証の廃棄にも失敗し、同業他社どころか当局まで欲しがる大義名分を積み重ねている現状で、尻に火が付いているのはどっちだ?」

『我々を潰せる今、退く理由は無いと。成程、確かに一家の現状は苦しい。しかし、打開出来ぬ訳でもないのだよ。陳腐な言い方になるが……欲をかくと、後悔することになる』

 

 常人であれば底冷えのするような声であったが、コルネリウスが動じることはない。それは度胸や自信に依るものだけではなく、彼がこの場において鬼札となりうる情報を得ていたからだ。

 

「間接的とはいえ、自分のボスを始末した直後であってもか?」

『…………ふむ。いや、まいったね。情報源はMSだろうが、これだから彼等と敵対することは嫌なんだよ。彼等の諜報網は独特に過ぎて、足元がお留守な幹部が一人いるだけで何もかも筒抜けだ』

 

 出入り業者どころかペン一本買う場所すら注意しないと避け難い、とぼやく殺し屋に対し、コルネリウスは言葉を重ねる。

 

 主に異界存在の非主流派を纏め上げ地盤を確保。同時に主流派内の好戦派の更に一部を持ち上げるふりをして、穏健派の親殺しに焚き付ける。邪魔者が消えた後は、それを糾弾する形で好戦派内の邪魔者も消す。ガルガンビーノ内部で起きた、あるいはこれから起きる政変の筋書き。

 

「強引だが、力技として成立する範疇だな」

『なに、対外的には手打ちの一環として取り巻き共々"引退"してもらうだけだよ。ただ消えてしまうだけでは勿体無いだろう?』

 

 普通であれば秘中の秘とすべき内容を、カーティルスは世間話のような気軽さで語る。

 近頃のボスとその取り巻きが頑迷かつ臆病に過ぎたこと、その彼等が人間第一主義になりつつあったこと、非主流派の金庫番であったガルモスが死んで肩身が狭くなる一方であったこと、等々……もはや愚痴を聞かされているだけのような話が続く。

 

『――後は余計な事を知っている人形を捨て、親の仇を取りましたと墓前でパーティーでもすれば万事解決という訳だ。……しかし人間というのは不便だね。いくら頑強な肉体を持っていようと、生殖活動における隙が致命的過ぎる。まぁ彼の場合は姿形に騙されて、"こんなもの"を寝所に引っ張り込むその迂闊さが問題なのだろうが』

「そうでもなければ、お前の口車に乗って親殺しなんざしないだろうよ」

 

 それで、とコルネリウスは続ける。

 

「どうする? ここまで話すあたり、幹部会の刷新と手打ちはほぼ終わっているんだろうが」

『……いや、可能な限り貴方の要望を受け入れるとしよう。広く知られて欲しい話でもないし、この街における協定など紙よりも軽い。ただ、過分な要求を断固として続けるようであれば、私とて覚悟を決めることになる』

 

 最後の一言は先程と異なり軽い調子であったが、コルネリウスはむしろこちらの方が強い圧力を感じた。自身の命を賭すことを日常の延長線上だと受け入れている者の、計算された脅しではない、純粋な決意表明であるから。

 

「そんな大層なことは望まん。例の電子魔術書絡みから手を引くこと、報復の禁止、アンクル・サムに関する情報提供、そっちで転がってるアホを誰が見てもわかる形で始末すること、こちらが被った損害の保証に加え幾らかの見舞金。あとは――――」

 

 コルネリウスの並べた要求を聞き終わったカーティルスの返事は早かった。彼は承諾を告げ、直後にしかしと続けた。

 

『ただひとつ、最後の要望にだけ応えられそうにない』

「理由は?」

『我々もそれが誰か、までは知らないのだよ。情報は常に、おそらくはラングレーの方向からいらっしゃったお客様経由で渡されていたようだ。まぁ、その誰かさんも必死なのだろう――――コミッションに属していながら政府に情報を流すなど、一番の背信であろうから』

「…………わかった。疑念が確信に変わっただけで今は良しとしよう。残りの条件の詳細は、うちの秘書と詰めてくれ」

『誠心誠意、務めさせて頂くよ』

 

 カーティルスのその言葉を聞き、コルネリウスが通話を終えようとしたその時であった。

 

『ところで』

「まだ何か?」

『いや、深い意図は無いのだが……昨日頭を撃ち抜いた彼が、先程街角で女性を口説いていたのを見かけてね。もしや人間ではないのかな?』

「……さぁ、どうだかな」

『しかし私の見間違いということもある。そうなれば、私の目も曇ったものだ』

「………………」

 

 沈黙。たとえ相手が確信を得ていようと、トーニオはコルネリウスの正体を知っているため、彼について無闇に情報を漏らす利はない。必然的に会話は途切れ――――

 

『私の目も曇ったものだ』

「………………」

『私の目も――』

「……お前に眼球は無いだろ」

『その言葉が聞きたかった!』

「うるせぇ!」

 

 コルネリウスは乱暴に通話を切り、表通りへと向けて歩き出した。

 霧が薄れてきた表通りには徐々に人異入り混じった影が増えつつあり、今日もHLの日常が始まろうとしている。

 

 




知人から雑誌の方でニーカメインの回があったとの情報。
単行本派なので待ちますが、おそらくニーカやパトリックの過去だとか個人的な関係だとかに踏み込むはず。楽しみにしつつも、色々と怖い。たぶんプロットは破り捨てることになる。

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