緋色の羽の忘れ物   作:こころん

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第二十三話

「本来であればこのあたりで三分の一、ってところか。どうせ延びたり縮んだり捻れたり入れ替えられたりしてるんだろうが……」

 

 霧の中を行く車の運転席。コルネリウスは僅かに倒した座席に背を預けながら、外縁部で買って来たサンドイッチと果物をつまんでいる。両手はハンドルから離れているが、血で覆われたそれは握らずとも主の意を汲んで回転するので問題は無い。

 彼がこの手法を試し始めた頃は、手や腕の些細な感覚やハンドルが返す重みが無いために危うい場面も多々あった。だが知恵持つ存在とは、即ち進歩するもの。慣れた今となっては、事故に繋がるようなことはあまり起きない。

 

 多数の非合法組織間で起きていた抗争を切り抜けたコルネリウスの気分は軽い。コルネリウスに危害を加えようとする者、そして彼と因縁のある統一戦線に属する者のみを蜂の巣にして、車体にもこれといった傷を負うことなく戦場を離脱。実にスマートなドライブであったと、彼は自分を称賛することで待ち受ける難局を乗り切るための英気を養っていた。

 

「なにせ座標が座標だからな。成程、あれを雇ってたのは合衆国の連中か。ガルガンビーノなんかを使って網を張ってた訳だ」

 

 そう呟く彼が目的地に向かうには、とある座標を経由する必要があった。壁や交通ルールが存在しない深部において奇妙な話に思えるだろうが、霧に潜む危険を避けるには――余計なリスクを厭わぬのであれば話は異なるが――必要なことだ。そして座標が示す位置は、直近の選挙の後、コルネリウスが"血闘神"と讃えられる血法使いと共に血界の眷属を討った場所である。

 目的地へ向かうにあたり、唯一安全であろう経路。それを塞ぐようにして各種非合法組織が活動していたり、超越種が拠点を構えていたというのは、偶然にしては出来過ぎている。かの一件に正体不明の巨大組織の影がちらついていたこともあり、コルネリウスの疑念は確信に変わりつつあった。

 

「そこに悪戯好きの爺様が手を加えてた、ってとこか。工作員連中はお国のためを思ってこの街への影響力を確保しようと努力しながら、その実政権どころか本国が吹っ飛びかねない玩具が揃うまでのお守りをしていたと。……意図せぬ災禍の種を育てさせる、とはまさにその通りだ」

 

 コルネリウスは喉まで出かけたため息を抑えつつ、質が悪いとだけ言ってサンドイッチを口に放り込む。

 

「まったく、暇を持て余した権力者ってのはどうしてこう……なんだ、またか」

 

 何かを感じ取ったコルネリウスは再度、車体に格納された火器を表へと出す。弾薬が枯渇しても、血のみを撃ち出すことで制圧力を維持出来るそれ。先日の一件でMS-1313から強請り取る、もとい善意の価格でアップグレード依頼したこともあり、性能が以前より格段に上がっていた。

 "会議"に参加していたような、札付きの悪人達に効くようなものではない。しかし先程の統一戦線のような、裏社会における飛ばし記事でも信じてしまう、あるいは余った人手を無駄にしないために片っ端から首を突っ込む一山幾らのチンピラ集団には十分過ぎる代物である。

 

 多数の赤い銃口を前方に向け、コルネリウスは会敵に備え――――

 

 

 

「…………はぁ?」

 

 

 

 獲物を貫いたままの馬上槍を高々と掲げた騎士が、騎乗する馬を巧みに操って機動警察を馬蹄で踏み抜く光景に直面した。

 

「……まぁ、いいか」

『おい待てコルネリウス、通り抜けようとすんなこのアホ! 今すぐ速度緩めねぇと後でスピード違反でしょっぴくぞコラ!』

「…………ちっ」

 

 コルネリウスの車を追ってくる一台の警察装甲車。その助手席からスピーカー越しに叫んでいるのがダニエル・ロウ警部補であることなど、コルネリウスにとっては見ずともわかる。

 舌打ちをしつつ、アクセルを踏む足に込めた力を弱めるコルネリウス。こういった時、血で覆うことで特徴的になる彼の車は誤魔化し辛いのだ。以前彼が似たような状況において血でナンバープレートを隠して逃げた際、本当に嫌がらせの切符を切ろうとしてきたこともあり、無視するのは得策ではない。あくまで、まだ、ではあるが。

 

 自身の乗る車両を並走させつつ、防弾の窓を開けて僅かに身を乗り出すロウ。HLPDの扱う装甲車の車高と座席の位置は大抵のそれよりも高い。見下ろす形で顔を出し、手で窓を開けるようジェスチャーするロウに対し、コルネリウスは嫌そうな顔をしつつも応じた。

 

「ったく、街を守る正義の味方の危機を無視しようとはふてぇ輩だ」

「バッジ持ってるだけのマフィアだろうが」

「んだとォ? そのバッジの力を見せてやってもいいんだぞ、っと――『あまり散開し過ぎるな! 連中のいい的になるだけじゃなく、孤立したままどこかに飛ばされかねねぇぞ!』」

 

 妨害対策に無線とスピーカーの両方を用いて部下に指示を出しつつ、ロウはコルネリウスを睨み付ける。

 

「てめぇが高位犯罪者の集まる"境界会議"に出入りしてるってネタは挙がってるんだ。先日も俺達がレギオカ千兄弟を相手にしてる裏で、武器商人やガルガンビーノ共と楽しそうにしてたそうだしな。辞書より分厚い令状の山でどつき回されてもおかしくないところをこれだけで済ませてやってるんだから、有り難く思いやがれ」

「そりゃどうも。だが"境界会議"なんて大層なものは、名士気取りのデューラーの頭の中にしかねぇよ。ただの"会議"ならあるかもしれないけどな」

「同じようなもんだアホ。いつか会場に突入して全員パクってやるから覚悟しろよ」

 

 コルネリウスを指していた指を引っ込め、代わりに親指を立てて下に向けるロウ。対するコルネリウスはお好きにどうぞとばかりにぞんざいに手を振って返す。

 

「金の無駄だろ。この前も武装ヘリと機動警察を大量動員したってのに、"機械公"一人を取り逃したらしいじゃないか」

「……うるせぇな、あれとは相性が悪いんだよ。生身で戦える連中を雇うしかねぇってのに、近頃"外"から送り込まれたお偉いさんが面子がどうだの、予算がどうだのと……ああ、思い出したら腹が立ってきやがったぜ、あのデブめ!」

「警部補、まずいですよ。相手は部外者なんですから、もうちょっとこう、色々と……」

 

 運転席の警官に窘められるロウを横目にコルネリウスは周囲を見渡す。複数の非合法組織と謎の騎兵団、そしてHLPDによる争いはまさに戦場と呼ぶべき苛烈さだ。今も魔術と鎧を纏った重騎兵が銃弾を跳ね返しつつ突撃し、違法改造された装甲車を爆散させている。

 戦況だけでなく視覚的にも混沌としているが、そこはコルネリウスも百戦錬磨の便利屋。早々に現実を受け入れ、敵を討ち取って高らかに鬨の声を上げる騎士を冷静に観察していた。

 

「術式に諦めが少ない」

「どういう意味だ」

「古い魔術だってことだ。ある意味では、失われたと言い換えてもいい。連中の素性や、どこで出会ったかはわかるか」

 

 コルネリウスの言葉にロウは運転席の警官を振り返るが、すぐに向き直って首を振る。

 

「お偉いさんにせっつかれて来たはいいが、急に現れたクズ共と戦ってる内に何度も転移させられて座標なんざ取れやしねぇ。で、最後に来たのがあの騎兵団だが……幾つか候補が浮かぶ程度だな」

「何も把握してねぇじゃねぇか。厄ネタばかり引っ張ってくる癖に役には立たねぇな」

「あ゛ぁん?」

「紋章学はあまり『憶えて』いないんだがなぁ……いや、しかしあれは……」

 

 睨み付けてくるロウを無視して考え込むコルネリウス。ロウはそんな彼に幾つか暴言を投げかけていたが、ふとそれをやめて後方を振り返る。

 

「おい」

「あー、もう少し待て」

「おい! んな場合じゃねぇぞ!」

「うるせぇな、もう少しで思い出せそうなんだよ。あまり良い類の情報じゃないと思うが……」

「重騎兵共の増援が隊列組んでチャージ仕掛けてくるより大事なことがあるってのかコラ!」

「あの密集陣形……ああ!」

 

 コルネリウスはサイドミラーを見てぽん、と手を打ち合わせ、同時にアクセルを全力で踏み込む。そうしてロウの乗る装甲車両を置き去りにしてから、顔を出して振り返り、叫ぶ。

 

「ああ畜生、思い出した! カネリアル魔術騎士団! 選挙で"悔恨王"の野郎が蘇らせた亡霊だ! 魔法陣に見立てた陣形で相互強化を繰り返しながら、対軍規模の突撃を仕掛けてくるぞ!」

「もう知ってるわクソがぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 眩い輝きに包まれた馬上槍が車体の後部を貫く。武器に込められた魔力が対象を破壊せんと荒れ狂い、後ろ半分を吹き飛ばされたHLPDの装甲車が前転しつつ宙に舞った。車両に備えられた搭乗者の保護機能はその申し訳程度の性能をしっかりと発揮し、運転手とロウは衝撃が感知されたのとは逆方向――――つまり前方に向け、窓ガラスを突き破る形で座席ごと射出される。

 

「……うごぁ!」

「おい、降りろ」

「…………ざけんなボケ」

 

 先を行くコルネリウスの運転する車両。そのルーフに叩き付けられたロウは必死に車体にへばり付きつつ、助手席の側にある窓を叩く。防弾ガラスは血で覆われているために割れることも無いが、車内に響く音を嫌ったコルネリウスは嫌々ながらドアのロックを解除した。

 

「……クソっ、ジェームズの奴はどうなった!」

「運転手か? それなら座席から出たクッション使って着地した後、別の車両に拾われてたぞ。お前は官憲の癖にシートベルト着けないからこうなるんだ」

「けっ、あんな上手くいくのは五分以下の棺桶じみたもんに頼ってたまるか。屋根ぶっ壊されたら床ぶち抜いて道路に射出されるんだぞ」

 

 愚痴りつつ、宙を舞う中でも保持していた拡声器を片手に残った警察車両へと指示を出すロウ。背後より迫る光り輝く幽霊騎兵の群れはHLPDも非合法組織も別け隔てなく貫き、馬蹄で蹂躙している。

 銃弾、爆発物、そして魔法。その全てを魔術での防護、あるいは霊体化によって物ともせずに突撃を続ける彼等は、言うなれば大波や動く壁と大差ない脅威。どこからか飛ばされてきたのであろう、霧の中よりまろび出て来る不運な非合法組織のおかわりを平らげつつ、ただひたすらに前へ、前へ。

 

 時たま、群れから離れた騎兵が、先を行く獲物の足を緩めようと攻撃を仕掛けている。コルネリウスはそれを車両に備え付けた兵器、あるいは大剣を使って迎え撃つ。すると先行する騎兵は与し難い相手には深入りせず、他の相手へと向かって行くのだが、他の方向へと逃げられぬよう牽制だけは怠らない。

 

「まぁ、狩猟における猟犬の役目だわな」

「だとすれば兎や狐は俺達じゃねぇか。このままじゃジリ貧だぞ」

「HLPDは、だろ」

 

 コルネリウスは後部座席に置いたクーラーボックスから飲料のペットボトルを二本取り出し、片方をロウへと投げる。ロウはそれを受け取り、憮然とした表情をしながら開けた。

 

「余裕こいてるんじゃねぇ。今日は一段と霧の悪戯が激しいんだ。振り切ったと思った瞬間に、連中が前から突撃して来るようなクソ展開が起きてもおかしくねぇ」

「それなんだが、霧のせいだけでもないぞ」

「あん? そりゃどういう――――」

 

 訝しむロウの言葉が途切れる。ひとつは、横から吹き飛ばされてきて、前方に山と積み重なった車群の発した轟音のため。もうひとつは、コルネリウスが大剣の柄に込めた魔法で地面を爆発させ、自身の操る車体を強引に宙へと浮かばせたため。そして最後に、騎兵に追われる集団を挟むように突如現れた巨大なトラックと、洗練されたフォルムのスポーツカー。前者の上に立つボルドイの腕から生えたロケット砲が火を吹き、その弾頭が後者の上に立つハルバストルの操る大型の拳銃により迎撃・起爆されたからだ。

 

「――何かと思えば、てめぇか。丁度いい、煙野郎と一緒にここで死ね!」

「やれやれ、獣の相手は疲れる。君にも手伝って欲しいものだね、コルネリウス」

 

 双方共に勝手なことを言うだけ言ってから、集団を挟む形で戦いを再開する。その巻き添えとなった者達が脱落し、騎兵の波に呑まれていく。混沌が地獄絵図へと進化しつつある中、コルネリウスの車は空の旅を終え、再び大地へと戻った。

 

「"機械公"ボルドイに、"劇作家"ハルバストルだぁ!? こん畜生が! 『各員、両サイドの極悪人共を撃ち殺せ! どうせ周囲にいるのもクズだけだ、誤射なんてもんは気にするなよ!』」

 

 思わず手放したペットボトルの中身でずぶ濡れになったのロウの号令と共に、未だ健在であったHLPDの装甲車や強化外骨格に身を包む機動警察達が左右に向けその火力を解き放つ。不運にも射線を遮る位置を走っていた非合法組織の車はたちまち蜂の巣にされ爆散するか、脱落して馬蹄のローラーにかけられていく。しかし、機動警察の大口径ライフルも重武装パトカーのガトリングガンも、肝心の目標には効果を見せない。

 二つ名の由来である無機物を自身と一体化させ、操る能力を活かしたボルドイは、多数の武器や盾付きのアームを持つに至ったトラックを用いて攻撃を防ぐ。一方のハルバストルも彼の合金製の口元に咥えられた葉巻の煙が車を包み、如何なる原理でもってか放たれた弾丸を受け止めてしまう。両者は返す刀でHLPDや、その周囲の有象無象を薙ぎ払いつつ争いを再開させる。

 

「ぬぐぐ……おい、コルネリウス!」

「わかったわかった。今度何か奢れよ」

 

 いずれ自身にも被害が及ぶことが明白であるため、コルネリウスはドアを開け、片腕の力のみでルーフの上へと登る。車内ではロウが慌ててハンドルに飛びついていたが、コルネリウスはそちらには関心を向けずにボルドイへと向き直る。現状においてコルネリウスの脅威となるのは、目的以外には頓着しないハルバストルではなく、無差別な攻撃を仕掛けるボルドイであった。

 

 ボルドイはトラックの上に立ち、コルネリウスに向けて悪意の籠もった笑みを浮かべる。

 

「街中じゃあ邪魔なポリ共が多過ぎるせいでその暇も無かったが、ここなら別だ。俺が国からも恐れられる存在に進化する前祝いとして、お前の血を貢がせてやる」

「頭の足りてねぇチンピラが爆弾持っただけで国家を超えられるものかよ。三文ゴシップ誌から頂いた分不相応な二つ名を大事に抱えたままくたばりやがれ」

 

 罵倒を投げ合うと同時、ボルドイが操る火器群が一斉に火を吹いた。コルネリウスは自身とその車に直撃するものだけを大剣と魔術で防ぎ、周囲を走行する非合法組織の車の屋根に飛び移る。それはボルドイに近付くためであり、自身に攻撃を集めることで移動の足である車を潰させないためだ。

 

 個人が操るものとは思えぬ凄まじい火力により、コルネリウスが飛び乗った、申し訳程度の装甲しか持たない車はすぐさまスクラップへと変わる。もっともその時にはコルネリウスは別の車両へと移動を終えているし、追うように向けられた銃口も同じように標的のいない車を撃ち抜くのみ。小隊並みの火力に対し、コルネリウスは屋根がへこむ程の脚力と速度で対抗していた。

 

「ちょこまかと、鬱陶しい……!」

 

 足場代わりの車を次々と変えながら近付くコルネリウスに対し、ボルドイが苛立ったように右手を振るう。標的を捉えられぬのであれば、足場を無くしてしまえばいい。そう言わんばかりにコルネリウスの前方にあった車群が所属問わず吹き飛ばされる。

 

「まだだ、こんなもんじゃねぇぞ!」

 

 叫びと共に振るわれたボルドイの左腕から肉と機械が融合したような触手が多数伸び、たった今破壊された車両に次々と接続される。ボルドイの能力は発動までに接触と侵食のプロセスを踏まねばならないが、彼は自らの肉体を文字通り自在に操れるよう研鑽を重ねることで射程の制限を乗り越えて久しい。瞬く間に侵食が終わり、ボルドイの肉体と化したそれらの車群は形を変えていく。

 

「さぁいくぜ。おら、おら、おらぁ!」

 

 生き物にでもなったかのように、牙の並ぶ口が形作られた車であった何か。ボルドイに触手を経由して操られるそれらは備え付けていた、あるいは元の搭乗者が持っていた武器をも取り込むことで、その一個一個が何かを殺めるのに十分な攻撃力を擁している。そこに先程からボルドイが操っている大量の火器まで加わり、彼の有する制圧力は周囲一帯を補って余りある程。

 

 巻き込まれる事を恐れた周辺の車両群は、多少無理をしてでもコルネリウス達から離れようと努力していた。その場に残った気骨あるHLPDの車両もあったが、すぐにボルドイの攻撃で粉砕されてしまう。後方より迫る騎士達も、ボルドイを警戒してか今は陣形を維持して単騎になることはない。唯一、ロウが運転するコルネリウスの車は退路となりうる位置を維持していたが、その周囲にも空白が出来ている以上、先延ばし以外のものではないだろう。

 

「ぐぁはははは! 死にたくねぇなら空でも飛んで見せるんだな!」

 

 "機械公"の操る無数の攻撃がコルネリウスへと迫る。

 

「それも出来ないこたないが――――」

 

 コルネリウスは後方へと飛び退き、自身の車の屋根に片手で掴まることで難を逃れた。当然ボルドイはそれを追い、トラックを寄せつつ火器や触腕での包囲を狙う。前・右方にはボルドイ、後方には騎兵、左方は経路逸脱による更なる危機への入り口。

 

 逃げ道の無い袋小路。誰が見てもそう考える状況にあって、コルネリウスは焦りを見せない。ただ笑って大剣を逆手に持ち、敵ではなく、大地へと突き刺した。

 

「北米のお約束に従って、ここは騎兵隊に頼るとしよう」

 

 大剣は赤い輝きを放ちつつ、大地を抉って強引なブレーキの役割を果たす。急速な減速と後方への離脱により、ボルドイの攻撃は空を切る。

 

「あん? そっちにゃそれこそ騎兵がいるだろうが、この阿呆……が……?」

 

 が、ボルドイの目が亡霊騎兵の群れを捉えることはなかった。あるのは白い霧の大地と赤いコルネリウスの車両。そして意地の悪い顔でボルドイの後方を指差すコルネリウスのみ。

 

「…………!! てめっ、まさか」

 

 自身の後方から立て続けの破砕音が響くに至り、ボルドイは追撃の手を止め、敵に背を向けてまで後方へと振り返る。そこで彼が見たものは、土煙を上げ、数多の車両をボーリングのピンの如く吹き飛ばしながら迫る亡霊騎兵の群れであった。

 

「う、うおおおお!?」

 

 当然、正面衝突するように進んでいたボルドイにとって他人事ではない。火器や盾、触腕を操って騎兵の迎撃を試みるが、魔術と霊体化による防護は完全ではないながらもボルドイの攻撃を無効化。幾人かの騎士がトラックへと至り、大量の魔力を込めた馬上槍が"機械公"の操る鋼鉄の馬を爆散させた。

 

 

 

 後方にいた筈の騎兵が突如前から現れたことにより、一帯は大惨事に陥っている。突撃を喰らった大量の車群は言うに及ばず、それを後方から突き落とすのではなく、正面からぶつかりあった騎兵の側も打撃力を失った。彼等は乱れた陣形のまま白兵戦へと移行したため、暫くは突撃を再開出来ないであろう。

 

 車の中へと戻り、ロウと入れ替わって運転席に付いたコルネリウス。彼はドリンクホルダーに置いたままであった飲料を片手に、その光景を愉快そうに眺める。

 

「ざまぁみろってんだ」

「おい、HLPDも巻き込まれてるじゃねぇかこのアホ!」

「壊滅した訳じゃあないし、死ぬよりましだろうが」

 

 前方の混乱を避けるように進む車内でロウが吠える。

 

「クソが、一瞬でも奢ろうと考えた俺が馬鹿だったわ!」

「そりゃ残念だ。まぁ突撃の大部分はゴロツキ共に吸い取られたみたいだし、仕事は続けられるだろうよ。なんだかんだで俺達からあまり離れてなかったんだろうな。ほんの少しだけ見直した」

 

 こちらに近付いてくるHLPDの車両を見つつ、心の籠もっていないコルネリウスの賛辞。殆どの部下達が肝心な場面で距離を取っていたのも事実であると思い出したロウは、不服そうに唸りつつも矛を収めて話題を変える。

 

「というか、空間編成なんていつの間に仕込んだんだ。最後のあれ、後ろにいた連中を前にやったんだろ」

「術式は俺のじゃなくて、元からあったのを弄っただけだ。さっき話題になっただろ」

「……ああ、霧のせいだけじゃねぇってあれか」

 

 コルネリウスが行ったことは単純だ。一定の領域で区切った空間をパズルのように入れ替える空間編成の魔術、それを用いて騎兵の位置を入れ替えただけである。魔術自体は大規模かつ複雑だが、他人が準備したそれに一時的に介入して好きに使う程度であれば、コルネリウスにとってそう難しいことではない。地に刺した大剣はブレーキであると同時に、魔術的なハッキングツールでもあった。

 

 もっともそれは、高度な魔術を用いて今まで状況をコントロールしていた者の存在を意味する。

 少なくとも味方ではないであろう難敵の影。しかしコルネリウスの顔には、うんざりとしたものはあれど脅威の色は無い。

 

「俺の勘が鈍ってなけりゃだが、相手はわかってるんだよなぁ……」

「なんか心当たりでもあるのか。ろくな交友関係じゃねぇな」

「ほっとけ」

 

 そんなコルネリウスの視線の先。炎上したトラックの上では、ボルドイが不死の騎兵達と死闘を繰り広げている。彼の能力があれば移動手段を再度確保することは出来るだろうが、それが許される状況とは程遠いだろう。

 

「眼前の危機は脱したことだし、お前も指揮に戻れよ」

「ここでも出来るだろうが。大体、てめぇだって監視対象だぞ」

「そうかい」

 

 コルネリウスはロウの首根っこを掴み、運転席のドアを開ける。彼が空いた側の手でジェスチャーをすれば、横付けするように近付いていたHLPD車両の運転手は察したようで、慌ててドアを開けた。

 

「おい待て、まさか」

「本日はコルバッハ・キャブをご利用頂きありがとうございました。次回はシートベルトをきちんとご着用ください」

 

 ロウの身体を留めるものは無く、白い霧が広がる空に一人の警部補が飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 霧の大地を疾走するコルネリウスの車の前方には、一台のスポーツカー。霧よりも濃い煙に包まれた車体には多くの傷があり、走行にも多少の支障が出ているようであった。

 コルネリウスは自身の車を横に付けるよう移動させ、窓を開けて叫ぶ。

 

「ボルドイを押し付けたつもりだったろうが、そう上手くはいかなかったな、ハルバストル!」

 

 その声に応じるようにスポーツカーの窓が開き、表情の読めない機械の顔が覗く。

 

「まったく、君はその狭量なところを直した方がいい。美しくないだろう」

「人が戦ってる間にコソコソ逃げようとした奴が言うことかよ……」

 

 空間編成による騎兵突撃に巻き込まれ、車が傷付きさえしなければコルネリウスとの距離は大きく離れていたであろう。ボルドイの好戦性を考慮すればコルネリウスがそちらを優先するのは必然であるため、策として悪くはないものであった。

 

「効率的と言って欲しいものだね。今とて獣のように君に牙を向けず、こうやって対話をしているだろう」

「物は言いようだな。お前の煙は飛び道具にゃ強いが、力が加え続けられる直接攻撃とは相性が悪いってだけだろうに」

「なに、それとて対処は十分に可能だ。知っているだろう」

 

 これが答えだと言わんばかりに、自らの鋼鉄の腕を見せつけるハルバストル。表情こそ無いが、余裕があることは間違いない。それを面白くなさそうに見つめるコルネリウスに対し、ハルバストルは言葉を続ける。

 

「さて……問答無用で仕掛けてこないあたり、今回は妥協点があるように思うが」

「どうだかな。お前が目的を正直に答えるか次第だ」

「ふむ……」

 

 ハルバストルは考え込むように手を顎に当て、少ししてから頷いた。

 

「よかろう。私が求める物は二つ。まずはノボスツーヌク空間断裂爆弾。数ヶ月前に二重関門で押収されたものだが、先日保管庫からの正式かつ不自然な持ち出しが確認された。私の調べでは、目的地にある可能性が高い」

「……まぁ、あの程度のもんならこの街にはゴロゴロしてるからいいか。もう一つは?」

「出処が合衆国政府であることが明確な核兵器――と言ったらどうする?」

「………………」

 

 コルネリウスは無言のまま、指でハンドルを叩く。それを何度か繰り返した後に、大きく息を吐いた。次の瞬間、ドアを開いたコルネリウスは逆上がりの要領で車体の上へと至る。

 

「時間の無駄だった。というよりお前はボルドイのような後入りのアホと違い、"会議"の理念を覚えていたと思ったが」

「"平和に非ず、我らが自由のために"――勿論覚えているとも。芸術活動のため、HLの最低限の平和を保つのは私も望むところだよ」

 

 一方のハルバストルもドアを開け、煙に運ばれるようにして優雅に車上に立つ。向かい合う両者は共に血と煙でハンドルを包み、自らの意思のみで運転を可能とする。

 

「そのダサい標語はともかく、なら別の玩具にしろよ。人界限定の遺物より派手で強力、かつ封殺手段に乏しい兵器なんざ、今となっちゃ幾らでもあるだろうに」

「遺物呼ばわりするあたり、わかっているのだろう。"外"の人間種はそれを知らず、故に心を揺さぶる最大の兵器は未だに核だ。HLでは演出の出来ない、政府、あるいは国の終わりというものに興味が湧いた以上は仕方がない。それに、その程度で街の根幹が揺らぐことはなかろう」

「まぁそうなんだが……理由は二つ。まず依頼の目的だから譲る訳にはいかん」

 

 コルネリウスは『門』から取り出した大剣に血を纏わせた。対するハルバストルは両肩を始めとする身体の各所から円筒形の機械をせり出させ、大量の煙を放出する。

 

「やはりそうか。もう一つは?」

「故あってすぐに取り出せない資産が北米に割とあってだな……」

「やはり美しくない奴だな、君は!!」

 

 呆れを含んだ叫びと同時、血を纏う大剣と煙で作られた無数の槍が激突した。

 

 


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