緋色の羽の忘れ物   作:こころん

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第三話

 数メートル先すら霞んでしまう霧の中から響く二人分の足音。薄い鉄板の上を歩いているようなそれは一定のリズムを刻んではおらず、響いたり止んだりを繰り返している。音だけを頼りにするのであれば、この足音の主は頻繁に足を止めているように思えるだろう。

 

『私だ。目的地に着いたのか?』

「ええ、先程セントラル・シーポートに入ったところです」

 

 だが足音の主、携帯でジノヴィエフと話をしつつ歩くコルネリウス達は立ち止まること無く歩き続けている。つまり彼等が生み出す途切れ途切れの足音の原因は地面そのものだ。

 ところどころ舗装の剥がれた道に完全に埋まった、あるいは張り出している鉄の長方形。これは錆付き、所々塗料の剥がれた大型コンテナである。船舶による荷運びに使われる鉄の箱、無数のそれが大地に埋まっているのだ。

 ここセントラル・シーポートはかつてHLがNYと呼ばれていた頃の港、その一部と言われている。三年前にHLを生み出した大崩落と呼ばれる未曾有の災害で都市が地層ごとレゴブロックのように組み替えられる中、内陸に移されてしまったらしい。

 そんな無茶苦茶な転移で生まれたのがこの地に生えるコンテナや、コンテナ同士が混ざりあった奇妙なオブジェ、そしてそれらで構成された迷路のような地形という訳だ。

 

『わかった。迎えが到着するのが遅れているが、そこで待機しろ』

「了解しました。ところで一つ、お聞きしたいことが」

『君と違い私は忙しい。手短にな』

 

 最早港としての機能も果たせず、置き去りにされた荷が消え、ついでにそれを漁ってた連中と再開発工事の工員まで度々原因不明の消失を果たしたこの土地。

 外縁部に近いにしては霧が深いことも相まり、今やスラムにも適さないと見做され打ち捨てられている。そのせいか人目につきたくない連中が利用する場としては需要があるとかないとか。

 

「勿論、わかっていますよ。私が調べたところ、護衛対象のトムスキー博士からは科学・魔術その他諸々の追跡手段は感知されませんでした。何故統一戦線の連中は最寄りでもない駅に人員を集中して待ち伏せが出来たので?」

『情報が漏洩しているとでも? テロリスト共の人員が多かった、あるいは君の不手際で追跡を許しただけかもしれんだろう』

「統一戦線は数こそ多いが、その過半は練度も統制も不足する末端組織。下っ端を締め上げれば奴らの使える人員や装備、今日どのような命令を受けたはわかりますよ」

 

 つまりセントラル・シーポートには人気と行政の監視が乏しい。何かを起こすには適した場所であり――――隠しきれない多数の足音の主達には好都合であろう。埋まったコンテナが響かせる足音と、身に付けた装備が生み出す音は徐々に増し、コルネリウス達へと近付いている。コルネリウスにとってそれが何者であるかなぞわかりきったことであり、重要なのは何故ここにいるか、そしてその答え合わせだ。

 

『では迎えに寄越した連中を中心に調査をしておこう。君の言い分には疑問も残るが、これで構わんだろう』

「いえ、そちらも直に会って調べた結果、原因ではないと判断しました。……単刀直入に言わせていただきますが、統一戦線には手を引かせ、博士は無事救出したという結末で手打ちにしませんか?」

『………………』

 

 統一戦線を手引きしているのはお前だろう。言外にそう言い放ったコルネリウスに電話の相手、今回の依頼主でもあるVD社のジノヴィエフは何も返さない。気の弱い者なら意味もなく謝ってしまいそうな痛い程の沈黙が続く。会話の内容を聞いた緊張からか走り出そうとした連れを制止したコルネリウスは足を止めて話を続けた。

 

「余所者の私にはVD社の派閥力学も、貴方が受け取る見返りもわかりません。が、博士を殺さずとも入社を諦めさせれば結果は同じ。貴方個人の対外的な評価も維持出来るのでは」

 

 コルネリウスの見立てでは、この件はVD社内の人間至上主義派閥が異界存在用の技術を進歩させかねない博士を嫌って起こしたものだ。

 電話の相手であるジノヴィエフ個人の怨恨だとか金目当てでの行動、社への背信行為なども選択肢には入る。しかしプロを雇うでもなく外部のチンピラを噛ませるような危ない橋を、しかも自分の仕事が失敗するような形で行うとは考え辛い。

 仮にジノヴィエフが無関係という大暴投であってもコルネリウスが失うものはそうない。そも彼はVD社などという超大企業と吹けば飛ぶような便利屋に長い付き合いが出来るとは考えていないのだ。それよりもこの件が予想通りであった場合にその便利屋風情が――――ある日行方不明になっても気にされない程度の存在が雇われた方が問題なのだから。

 

「無論私はこの件について何も言いませんし、要求するつもりもありません。当初の報酬さえ頂ければどうでもいいですからね」

『………………』

 

 一通り話し終えたコルネリウスは口を閉じ、ジノヴィエフは沈黙を続けている。聞こえるのは段々と近付いてくる鉄の触れ合う音と足音だけだ。

 少し薄れてきた霧の中でコルネリウスが時間切れかと考えかけた頃、遂にジノヴィエフが口を開く。その声は先程までより更に平坦で、冷たいものだ。

 

『私は君の言った事に関して肯定も否定もしない。この短時間で行われたらしい君の調査とやらの信憑性についても同様だ。この街において個人の知覚出来る真実などというものは幾らでも変異するし、それは時に隠蔽でも誤認でもなく言葉通りの意味で信頼など出来ないからだ』

「つまり交渉は決裂だと」

『最初からそのようなものはなく、故に答える言葉も無い。私から言うべきことは一つだ。我が社の迎えが今セントラル・シーポートへと到着した。君は依頼通り、その場で博士を護衛したまえ』

 

 言うと同時、コルネリウス達の周囲に多数の影が現れる。地上だけでなくコンテナの上にもいる種族も武装も雑多な彼らは言うまでもなく双世界統一戦線の者だろう。

 それを見たコルネリウスは苦笑しながらジノヴィエフとの会話を続ける。

 

「はて、私の目には勤労意欲に溢れる大企業の社員ではなく、濁った目をした一山いくらのチンピラしか見えないのですが」

『迎えに寄越した者の報告ではそのような連中は確認出来ない。もし我が社の人員がセントラル・シーポートで君や博士と合流出来なかった場合、あるいは居る筈のないテロリスト共が待ち伏せていた場合、カニンガムパーク駅での不可解な襲撃も踏まえれば私は君の背信行為も疑わねばならないだろう。非常に残念な事だが』

 

 死なずに逃げおおせても強引に罪を被せる。迂遠にそう言い放つとジノヴィエフは最早話すことは無いとばかりに口を閉じ、呼応するかのように統一戦線の面々がコルネリウスへと武器を向ける。

 だが無数の銃口に晒されて尚、コルネリウスは動じることがない。ただ携帯を左手に持ち替えて自らの上着の内側から――正確にはそこに張り付くように存在する赤い水溜りのような何かから、服の内には到底収まらないであろうサイズの大型の両手剣を取り出した。

 他の大剣よりもリカッソが長くとられたそれはシュラハトシュベールトと呼ばれる骨董品だ。コルネリウスが一振りすれば、刀身の先から柄の頭までを赤い血が薄くコーティングするように覆う。仔細はわからずとも明らかに戦う為の特殊な技であり、また両手で扱うべき剣を片手で軽々と振るう姿に彼を囲む戦闘員達の一部が怯む。

 

「ええ、まったくです。この仕事は信用商売ですから。……ところで、無事に博士を御社に送り届けられた場合きちんと報酬は頂けますよね?」

『………………無論だ。……私は忙しい。また後で連絡する』

 

 先程とは違い呆気にとられたような沈黙の後、苦々しい声音となったジノヴィエフは電話を切った。その反応に少しだけ気を良くしたコルネリウスは通話終了の機械音を鳴らす携帯を懐にしまい、周囲のテロリストへと向き直る。

 手を出さないのか出せないのか、統一戦線はコルネリウスを遠巻きに囲んだきりだ。しかし自分達を恐れる気配すら見せぬ彼に苛立ったのか、リーダー格らしき二足歩行するダンゴムシのような異界存在が指示すると騒々しい駆動音と共に2メートルはあろう強化外骨格に身を包んだ戦闘員が現れる。重武装と厚い装甲を持つ数トンの鉄巨人の威容に鼓舞され、腰が引けていた戦闘員も拳や武器を掲げつつ気炎を上げる中でリーダー格の異界存在が叫ぶ。

 

「どうだ、少しはやるようだがこいつらには勝てまい! 降伏して博士の居場所を教えるなら命は助けてやってもいいぞ!」

 

 対するコルネリウスは横にいた連れ―――駅前で確保し、血でコーティングされた縄で縛られた統一戦線の戦闘員を蹴倒しながらつまらなそうに言った。

 

「飼い主に叱られるのが怖くて目標がいない事すら伝えてない。そんな連中が型落ち品持ち出して粋がっても滑稽なだけだろ」

 

 直後、霧も吹き飛びそうな怒号と共に無数の銃声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 人と異界存在で賑わうHL外縁部を走るパトカーの集団と少数の護送車。彼等はサイレンを鳴らしていないが、それでも自ら道を譲る車が多いため快適なドライブとなっている。

 もっともそれはHLの住人が警察に敬意を払っている訳ではなく、この都市における治安機構の強力さを知っており、そしてそれでも事件を起こす愚か者共に巻き込まれる可能性を少しでも減らしたいからだ。車の数、すなわち火力が多い時など尚更である。

 そんな正義の味方というより災厄の使者といった扱いをされている車群の中心、一台のパトカーの後部座席にトムスキー博士は座っていた。居心地が悪そうにする博士に対し、助手席に座る左目を髪で隠したトレンチコートの男が話しかけている。

 

「過去に脅迫・誘拐の対象となったことは無し……と。なるほど、ありがとうございました。これで質問は終わりです、くつろいで頂いて大丈夫ですよ」

「いや、その……」

 

 困ったような顔をする博士に対し、運転席の警官が苦笑する。

 

「ロウ警部補、そりゃ難しいですよ。まっとうにお天道様の下を歩いてたら、パトカーに乗せられてお大尽気分なんてなれやしません」

「物見遊山に来る外のお偉いさん乗せるために結構いいシート使ってるんだがなぁ……」

「駄目ですって、視察ですよ視察。それに警部補のガラ悪いですし、こんな閉所にいたら威圧感受けるでしょう?」

「あぁん?」

 

 茶化した警官を軽く小突いたロウ――ダニエル・ロウ警部補はひとつため息をつき、ドリンクホルダーに置いた紙コップのコーヒーを飲みつつ愚痴り出す。

 

「この街の警察なら誰だって……十人に六、七人ぐらいは強面になるってもんだ。めんどくさいお偉いさんや玩具持ったクズ共は勿論、俺達をタクシー扱いするような便利屋なんかも相手しなきゃならんしな」

 

 そう言ってロウは飲み終わった紙コップを窓から道端のゴミ箱に投げ入れる。運転席の警官は目線で無言の抗議を送るが、ロウは口笛を吹きつつ無視した。彼はHL殉職率ランキング上位である己の職務を真面目に勤める程度には正義感に溢れた男であるが、その内面は品行方正とはかけ離れている。そして何より、人に使われるのが嫌いなのだ。だからこそこんな世界の果てにいる、あるいは送られたのかもしれないが。

 そんなロウの言動から博士は自身を乗せる現状が気に食わないのかと思って更に縮こまり、運転席の警官は再度ロウに対して無言の抗議を送る。

 

「あーいや、事件に巻き込まれた民間人を保護することに異議はありませんよ」

 

 少し慌てつつもフォローに入るロウはしかしですね、と続ける。

 

「それをいいことに警察を利用しようって奴は気に食わんのです。……それが積み重なったりしようもんなら、思わず脳天にポインターを合わせたくなっちまう」

「……その、もしかしてロウ警部補はコルバッハ君と付き合いが長いので?」

「えぇ、まぁ。私としてはさっさと檻に叩き込んでそれっきりにしたいですが」

 

 コルネリウスの話題になると目に見えて機嫌が悪くなったロウに対し博士が躊躇いがちに問いかけるとロウは渋々といった体で頷く。

 

 スロープで起きた道路の大規模破損を伴う銃撃戦とそれに関係するであろうビル火災、そしてカニンガムパーク駅前での武装組織同士の抗争。HLPDの処理能力は今日も限界を突破しているが、FDHL(消防・救急)の安全確保も必要であるし対応しない訳にはいかない。

 

 こうしてアホ共に手錠か鉛玉の二択を選ばせ終えたロウはやっと一息つけると遅いランチについて考え始めたが、そこに現れたのがコルネリウスという訳だ。

 この本屋兼便利屋などというHLらしいふざけた肩書のフリーエージェントは抗争への対応に来る警官隊を待っていたのだろう。贈賄ではなく差し入れだと有名喫茶店のコーヒー片手にロウの前までやって来たかと思えば、世界的大企業に招聘されている研究者の護衛を押し付けて足早に去っていった。とんだ疫病神である。

 腹立たしいが護衛の相手が相手だけに、そしてロウは自身の職務を忘れない故に断る事も出来ない。たとえ経験則からこの後コルネリウス絡みのドンパチが起き、ロウのランチがディナーへと転身を遂げるのがわかっていても出来ないのだ。

 

「ですが、その、コルバッハ君は私のためを思い危険を承知で敵の注意を引きつけてくれたのですし……」

「そんな殊勝な奴じゃありませんよ。いえ、博士の安全については抜かりなく考えているでしょうがね」

 

 小さい声ではあるがコルネリウスを擁護しようとする博士。自分が標的であることが原因だと忘れておらず、かつ根が善良なのだろう。守られて当然とばかりにふんぞる連中とは違うその姿にロウは好感を覚えたが、それとこれとは話が別だ。何せそう考えて散々ババを引かされた同僚を沢山見てきたのだから。

 

「依頼に対しては真摯に取り組みつつも、他に何か企んでるに違いないんです。まったくこの街にはろくな奴がいねぇ……」

「警部補、民間人に愚痴るのはやめてくださいよ」

「うるせー……あー、コルネリウスの野郎がクズ共と相討ちになってくれりゃあなぁ」

 

 警官らしからぬことを呟きながら座席に身を沈めるロウ。高官の接待用に整備されたシートは心地よい感触であったが、彼の気分は空と同じく暗くなりつつある。

 

「でもならねぇんだよなぁ畜生。あいつは今日も夜は働かねぇとか言ってさっさと帰るんだろ。こんなもんコーヒー一杯じゃ割に合わねぇぞ……」

 

 

 

 

 

 

 

「――こんな危険な街で夜まで働くなんて真っ平御免だな。特に血の匂いがする場所にゃあ何が寄ってくるかわかったもんじゃない」

 

 左肩から右脇腹へと振り抜かれた剣が強化外骨格ごと戦闘員を両断する。既に片手片足を失っていた鉄の巨人は轟音と共に崩れ落ち、二度と立ち上がることはない。

 

「割に合わないから早く帰るべきだ。そうは思わんか?」

 

 強力な存在は味方を鼓舞する反面、敗れた際は動揺を引き起こす。コルネリウスを囲む統一戦線にとって暴力の象徴であった強化外骨格が鉄屑に変えられた結果、彼等の半数以上は引き金ひとつ引く勇気すら無くしてしまった。

 それでも闘志を失わなかった、あるいは恐慌に陥った者はひたすらに弾丸をばら撒く。夜の帳が下りつつある中で暗視装置も無しに撃ち出された弾は、そもそも殆どがコルネリウスに当たる軌道を描いていない。

 だが数少ない、しかし人間一人引き裂くには十分な数の弾丸はコルネリウスに命中するも硬質な音と小さな火花だけを残して地に落ちてしまう。それは戦闘の開始から今に至るまで繰り返されてきた光景でもある。肉眼では有無が判別し辛い程の薄い血の鎧。彼が纏うそれを安物の銃と弾丸では貫くことが出来ないのだ。

 

 多勢に囲まれてはいるが、コルネリウスを害せる者はいない。コルネリウスは時に剣で銃弾を弾きつつ――無論防ぐ必要などなく、半ば遊びのようなものだが――悠々と歩を進め、抵抗する者を切り捨てていく。

 次第に抗う者は減り、ついにが逃げ出す者まで現れる。統一戦線の指揮官はコンテナの上という当面の安全地帯から怒声を上げて部下を焚き付けているが、最早戦況は誰の目にも明らかであった。

 

「ひ、ひぃっ……」

 

 また一人、貴重な蛮勇の持ち主が切り捨てられ、横で銃を構えていた二足歩行の海老のような異界存在が腰を抜かしてへたり込む。

 腰が抜けるのは犬猫の方じゃないのか。愚にもつかないことを考えながらコルネリウスは刃で頭を落とそうとし、その手を止める。既に銃を取り落とした異界存在は抵抗などしていない。ただ女性の名前と、その女性への謝罪を延々と呟いているだけだ。

 

「恋人の名か?」

「ひっ!? えっ、あ……い、妹だ……です」

「妹かぁ……そりゃあ運が良かったな。ほら、さっさと行け」

 

 コルネリウスは恐怖と困惑で動けなくなっている異界存在を軽く蹴飛ばす。衝撃を与えられてようやく意図に気付いた異界存在が慌てて逃げ出したのを横目に戦場を眺めれば、既に統一戦線の戦闘員はその過半が逃げ去っていた。銃声轟く戦場にあって妙によく聞こえる指揮官のがなり声もいつの間にか聞こえなくなっている。

 

「もうこんな時間か」

 

 乱戦の中にあって傷一つ無い腕時計を見れば、既に夕方が過ぎ夜になろうとしている。基本的にという前置きこそ付くが、深い霧に包まれたHLであっても夜は暗くなるものであり、様々な存在が活発になる。

 今も周囲に倒れている死体にコルネリウスが付けた覚えのない、軽自動車程の大きさの何かにかじられたような痕がついているぐらいだ。こういったこともあり、コルネリウスは先程彼自身が言ったように夜は働くことを避けている。

 

 程なくしてこれ以上戦っても得る物が無いと判断した彼は、少し目を離した隙に更に削れていた死体を剣先で引っ掛けてコンテナの上に放り投げつつセントラル・シーポートを出ようと歩き出し――――彼を囲むようにして、三機の強化外骨格が地面を割りつつ降り立った。

 

「逃ぃぃぃがぁぁさねぇぇぇぞぉぉぉ!!」

 

 型落ちではあるが先程のそれより数段性能の良い強化外骨格。その内のひとつから発せられる怒声は、この数時間で散々聞いた統一戦線の指揮官のものだ。自らの組織に大きな打撃を、あるいは既に手遅れな状態にされた指揮官の声からは明確な殺意が感じられるが、コルネリウスは意に介さずとばかりに眼前の強化外骨格を観察している。

 

「整備と燃料だけで弱小組織が傾く代物だな。売り飛ばせば再起も出来るだろうに」

 

 そうはしない。否、出来ない頭の出来だからこその惨状だろうが。

 コルネリウスが言外に馬鹿にしていると感じ取った指揮官の頭で何かが切れ、怒りのままに拳を振り下ろす。鬼気迫るその姿に残りの二機も釣られるようにしてやたらめったらに攻撃を繰り返し、鉄の身体と土煙で見えなくなったコルネリウスがいた場所からはおよそ人体が発するとは思えぬ音のみが響く。

 ただでさえ凶悪な鉄の拳は、腕や肘に取り付けられた熱機関の発する噴流により強化されている。積載物と速度を目一杯にした2トントラックですら正面から弾き返す程の威力を持つそれの連打に耐えられる生身の人間など……否、何かしらの防護があっても存在しない。

 

 

 

「――空はすっかり暗くなったなぁ」

「ひっ……な、なんでだ!? なんでだぁ!?」

 

 

 

 そう、人間ならば。

 

 

 

「言っただろう? この街じゃあ、夜はどんな化物が出て来るかわかったもんじゃない」

 

 二人の戦闘員達が思わず後ずさると共に土煙が晴れ、一撃一撃が致死となる筈の鉄の拳を無数に受けたコルネリウスの姿が露わになる。

 全くの無傷――というだけではない。コルネリウスの周囲には彼を守るかのように赤黒い血の盾が幾つも浮かんでいるが、それは彼の技能を考慮すれば納得出来る範囲。

 一人コルネリウスの前に残った――残らざるをえなかった指揮官の強化外骨格の右拳を素手で掴み取っていることも、特殊な技能があれば不可能とは言えないだろう。

 

 だが、笑みを浮かべる彼の口元から覗く長い牙は?

 

 周囲の生物が根源的な恐怖を覚えるようなこの圧力は?

 

 そして……幸か不幸か、この場に見える者はいないが、コルネリウスの背から生える巨大な緋色の羽のような光は?

 

「き、き、吸血鬼……!?」

「ああ、その呼び名は好きだぞ。『血界の眷属(ブラッドブリード)』などという呪われた名より余程」

 

 好意的な言葉とは裏腹に、コルネリウスから溢れ出る圧力は増している。それは逃げる者は逃げ終えたこの場にいる全ての敵対者に告げる死の知らせに他ならない。

 

「ただこの姿は夜限定でな、知られる訳にもいかんのだよ」

 

 掴んでいた指揮官の強化外骨格の右拳を腕ごと引き千切り、背後で逃げ出そうとしていた生身の戦闘員へと恐るべき勢いで投げつけてコンテナの染みに変えたコルネリウスは笑顔で言った。

 

「では、忠告を無視した悪い子にはここで先祖の列に加わってもらおうか」

 

 

 

 

 

 

 

 応接室は広く、清潔で、何より調度品の一つ一つが地味ながらも高級品であった。特にソファは程よい硬さで座り心地が良く、僅かに開かれたブラインドから差し込む陽の光も相まってコルネリウスにとって非常に心地よい。

 

「では、弊社はジノヴィエフの件に関して貴方が無関係であるとさせて頂きます」

 

 この空間で机一つを挟みコルネリウスの前に座るカルネウスという男は、VD社において社長秘書と運転手、そして護衛をも務める――絶対的な権力を持つ社長の側に侍ることを許可されている、ただの秘書とは呼べない人物である。

 だがカルネウスはその大柄な身体や巨大企業の事実上の重役という身分に似合わず、吹けば飛ぶような便利屋にも丁寧かつ真摯な対応を選ぶ。それどころか支払いの滞っていた先日の依頼報酬を、個人の裁量で増額して振り込んでくれるような男であった。

 仕事を完遂したコルネリウスに対し、報酬の支払いを拒否したどころか背任で告発しようとしたジノヴィエフとは雲泥の差。初対面ではあるが、このような人物にこそ長生きしてもらいたいとコルネリウスは思う。

 

「……このような不手際の後では言い辛いことだが、もし良ければ今後も依頼を受けてもらえないだろうか。勿論、裏切るようなことはしない」

「あー、内容に問題が無ければ否とは言いませんが、VD社が?」

 

 軍事サイボーグ技術で鳴らすバリバリの武闘派。軍需企業の最上位にある天下のVD社が、便利屋風情を本気で使いたいと言う。コルネリウスの当然の疑問に対し、カルネウスは少し顔を曇らせる。

 

「いや、社を通しはするが私の一存に近い。……今回の件もあって薄々察しているとは思うが、VDは外部の戦力を侮る節がある」

「ご多分に漏れず内部闘争も」

「ああ、身内の恥だ。今持つ市場だけでも無限の可能性があるとはいえ、社の未来を狭めていることに違いはない。……それでは、いかんのだ」

 

 カルネウスは断ってから一度こめかみを揉み、続ける。

 

「お嬢様……失礼。社長を守るためにも、貪欲に技術を取り込み、多角的な戦力を擁し、そして多くの種から支持を得ることが必要であると私は考えている」

「HLでは必要なことでしょうね。ただ、専属であるとか技術の提供はお断りしますが」

「そこまでは求めんよ、どうせ横槍も入るしな。ただ、VD社にもこのような思想はあると覚えておいて欲しい。信頼のおける人材を紹介してくれるのも助かる」

 

 

 

 

 

「昼は何食うかなぁ」

 

 カルネウスの思想を好ましく思い、好意的な返答をしてVD社を後にしたコルネリウスはHL外縁部の表通りを歩きながら様々な飲食店を見て回る。食欲を刺激する店は勿論、何を供しているのか好奇心がそそられる店から、明らかに客を殺しにかかっている店まであるのがHLの良いところだ。

 

 十字路の角にあるニューススタンドを横切った際、新聞棚が目に入る。

 コルネリウスはつい立ち止まってゴシップ誌を手に取り、それをじっと睨んでいる軟体生物のような異界存在に貨幣を渡して広げた。

 隅も隅であるが、一面に書かれたその記事には常に身辺警護を付けていた筈のVD社の管理職が事故死したことに対する"外"では面白おかしい、しかしこの街ではあり得なくもない見解が書き連ねられていた。被害者の名前は、ジノヴィエフであるという。

 

「いやー、ここは本当に怖い街だなぁ」

 

 魑魅魍魎が跋扈し、把握しきれない程の多様性を持った超常の技が溢れるHLにおいて頑なに一つの方向性を信奉するのは非常に危険なことである。

 コルネリウスは担当捜査官がダニエル・ロウだという一文を読んだ後に折りたたんだ新聞を小脇に抱え、心持ち弾んだ足取りでHLの霧の中に消えていった。

 

 

 

 




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