緋色の羽の忘れ物   作:こころん

30 / 31
第二十七話①

 まるで出来損ないの積み木作品のように、ただ上へ上へと乱雑に積み上げられた無数の建築物。各階層はデザインはおろか、サイズすら統一されておらず、酷いものになると一つの建物の上に二つの建物があったり、土台よりも巨大なものが重ねられていたりする。

 

 ここは『大崩落』直後に生まれ、再開発が無いまま無秩序に成長した区画の一つ、ビヨンド・マカオ。街並み、経済、種族、そして組織間の縄張り。それら全てがモザイク模様のように複雑に絡み合ったHLでも有数の魔窟は、今日も不健全な熱気に包まれていた。

 

 不格好、あるいはグロテスクとすら言える建築物群が生み出す、混沌とした街並み。その合間を通る細く入り組んだ路地を、コルネリウスは自分の庭のように迷いの無い足取りで進む。

 

「コルバッハの旦那じゃあないですか。今日は仕入れで? アリ・クメール式の魔力封入血液、純度も鮮度も高いの入ってますぜ」

「いや、仕事だ。また今度な」

「そりゃ珍し……いや、残念だ。いつでもお待ちしてますよ!」

 

 隙間だらけの建物から差し込む日差しにより、日向と日陰が汚く入り混じった道。その左右には様々な超常技術の産物を取り扱う個人商店が並んでおり、自慢の品を売り込もうとコルネリウスへ声を掛けてくる。

 

 顔見知りである彼らの勧めを断りつつ、コルネリウスは一棟の建物へと辿り着く。

 他のそれと同じく、いつ崩れるかと不安を覚えずにはいられない、安定性を欠いた形状。元は別の建物であったのだろうが、今は人間の足のように全体の土台となっている二つの一階の内、片方に備え付けられたスイングドアを押し開く。

 

 室内の視界はお世辞にも良いものとは言えない。質も状態も悪い照明は部屋の隅を照らせておらず、様々な色の煙が混じり合って形成される煙の帳がそこに追い打ちをかけている。

 

 煙の発生源は室内に乱雑に置かれたテーブルを囲み、酒や賭博に興じる人異達の嗜好品だ。紙巻き煙草だけでなく水煙管や香まで多種多様。合法・違法入り混じってはいるが、周囲に著しい害をもたらす物は無い。

 理由は単純で、彼らとて飯の種である依頼人を逃したくないからだ。配慮としてはささやかに過ぎるようにも思えるが、ビヨンド・マカオの依頼斡旋所など、極一部を除けばどこもこんなものである。

 

 コルネリウスは依頼が貼り出されたボードを無視して部屋の奥へと進む。目指す先は階段脇に設けられたカウンター、その請負者用受付だ。

 

 木製と見せかけて防弾素材のそこには、幾人かのフリーエージェントが寄りかかっている。いずれも異界存在であり、やや古めかしいが、いかにもアウトローな服装をしていた。

 

 彼らの目的はボードに寄ることなく受付に向かう者。つまり人選や指名が必要になるような、重要であったり割の良い仕事を受けた可能性がある者だ。様々な方法で依頼に一枚噛む、あるいは横取りを目論もうとする質の悪い輩であるが、彼らは相手が誰であるかを把握した途端、焦って道を空ける。

 

 これはコルネリウスに限った光景ではない。指名を受ける者の多くが荒事に長けている故の必然であり、成功率の低さは逃げ出した当人達も重々承知している。

 では何故それを繰り返すのかといえば、生きるためにプライドを捨てた……訳ではなく、人界の創作物に触れ、それがお約束なのだと思い込んでいるだけ。つまり趣味である。

 

 コルネリウスは彼らを呆れた目で見つつ、

 

「暇ならペットでも探しに行けよ」

「いやそれが、今月は迷子のベスベスラムルガが多かったお陰でもう働く必要ねーんすよ。でも俺らヤクはやんねーし、エデンも先週から改装中だし」

「飯に金かからねぇ種族はほんと気楽だな……」

 

 暇潰しの算段を始めた彼等を片手で追い払い、受付のブザーを鳴らす。カウンターの奥にある扉から出てきた大柄な人間種の男性。この斡旋所の経営者であるイアンは、コルネリウスを見るとその強面を僅かに緩めて両手を広げた。

 

「よく来てくれた。正直なところ、新しい事業にかかりきりで断られるかと思ってたんだ」

「店もこっちも、どちらかが本業って訳じゃないからな。それで、仕事の詳細は?」

「大まかなところは電話で伝えた通りだ。後は直接、本人から聞いてくれ」

 

 職員用のスペースの奥。イアンは壁に空けられた四角い穴に近付き、そこに垂れ下がる鈎付きの紐に金属製のプレートを引っ掛ける。彼が紐を引くとプレートは勢い良く引き上げられ、上階へと繋がる穴へ消えていった。

 

 この斡旋所の上層にあるのは、職員用の部屋や依頼人用の待合室だけではない。外と同じように様々な商品を扱う人異達が店を構えており、プレートはそこで必要な道具を揃える請負者、あるいは時間を潰す依頼者を、職員が呼び出すために使われている。

 ただの金属板に必要な情報を込めているのは、サイコメトリストでもあるイアンだ。しかし禿頭巨躯の強面という外見にそぐわぬ能力であるため、その事実を知る者は少ない。

 

「依頼者がここに? 今朝の電話じゃ情報収集とだけ聞いたが、急ぎなのか」

「かもしれん。が、そうは伝えられてない。守秘義務さえ守れば、依頼を受けるも断るもあんたの自由、ってのはいつも通りだしな。ただ……」

 

 イアンは眉根を寄せつつ、続ける。

 

「裏があるって訳じゃないだろうが、面倒そうな依頼だ。……受けるにせよ、断るにせよ」

「おい、そりゃどういう――――」

 

 抗議の意も込めたコルネリウスの言葉は、何か硬いものがぶつかったような大音と、次いで響いたガラスの割れる音に遮られる。

 出処はコルネリウス達の横、上層から続く階段。そこから転がり落ちてきたであろう何かが階段付近のテーブルへと突っ込み、卓上のグラスやら何やらを盛大に破砕した結果であった。

 

 賭博の進行や卓上の嗜好品を台無しにされたフリーエージェント達が怒りの声を上げ、テーブルの残骸から元凶を引きずり出す。どうやら人間であったらしい褐色肌の男に対し、荒くれ者達は拳を振り上げ――――次の瞬間、全員がその腕を斬り飛ばされる。

 

 犠牲者が絶叫を上げつつのたうち回り、店内の騒がしさは先程までと違った性質のものと化す。囃し立てる者と逃げる者、混乱に乗じて小さな悪事を働こうとする輩や、それに武器でもって対応する者と大混乱だ。

 

 ちょっとした地獄絵図の中、元凶である男は壁に背を預けて座り、両手で周囲を探っている。酒で濡れた頭を拭こうとしているようだが、床に散らばるトランプを自身の銀髪に擦り付けては首を傾げている様子を見るに、はっきりとした意識があるようには見えない。

 

「――ちょっと、何やってんのさ、この酔っ払い! どアホ!」

 

 慌ただしく階段を駆け下りてきた人間の女性。服装からして水商売の者であろう栗毛の女が、手提げバッグから取り出したタオルを男の頭に叩き付けつつ罵倒する。

 

 イアンは頭痛を抑えるように片手で頭を抑えつつ、残った手で女性を指差し、

 

「彼女が今回の依頼人だ。で、もう一人のボンクラだが…………おい、ザップ! てめぇいい加減にしろよ! 何百件と来てるてめぇの賞金首申請受理して、日の出を拝めなくしてやってもいいんだぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

「オウオウ兄ちゃんよぉ。悪いこたぁ言わねぇから、怪我する前にママのところへ帰りな。この仕事はお上品なコート着て出来る程甘かねぇんだ」

「ザップ、黙りな! ……すいません、コルバッハさん。この穀潰しは無視して下さい」

「……まぁ、構いませんが」

 

 斡旋所の二階に設けられた、依頼内容と条件を詰めるための部屋。座り心地はともかく、頑丈さとコストパフォーマンスには定評のあるソファーに座るコルネリウスは、眼前で同じものに腰掛ける二人を眺める。

 

 依頼人である女性の名はケイリー。コルネリウスの見立て通り水商売の女性だ。

 契約条件の細やかな確認や、同様の案件・法律を根拠とした値切りには、付け焼き刃ではない高い教育の跡が伺える。本人の言によれば高級店の所属ではないため、そういった意味では珍しい。

 

 とはいえHLは"元"が付く者には事欠かない街だ。身を持ち崩す原因など幾らでもであるし、コルネリウスにとって特別興味が湧くことでもない。

 問題は、もう一人のほうだ。

 

「おいケイリー、そりゃねぇぜ。この街の何でも屋なんてのは、安全地帯じゃなきゃ犬猫を探すことすら手間取る連中が殆どだ。高え金払って分の悪い籤を引くより、俺に任せる方が確実かつ格安だろ?」

「あんたに金を預けるくらいなら、砂漠の魔術士共がやってるランプの魔神召喚クラウドファンディングにでも投資した方がましだよ」

 

 ケイリーにすげなくあしらわれる、褐色肌に銀髪の青年。名をザップ・レンフロといい、コルネリウスとは初対面である。しかし、コルネリウスは彼のことを前々から知っていた。

 

 なにせ彼は"ライブラ"の中核メンバーであるのだ。

 

 HL、ひいては世界の危機に対処する秘密結社・ライブラ。血界の眷属でも最高位の"長老級"を打倒した経験からもわかる通り、その実力はHLでも折り紙付き。そしてコルネリウスにとっては天敵と呼べる相手だ。

 

 故に彼は情報収集を怠っておらず、組織の中核とされる面々のデータもある程度は持っている。彼等の活動は場を選べる類のものではないため、特級の案件に駆り出されるメンバーについて調べることはそう難しくない。

 もっともそれは、彼等の実力を前提とした囮や撒き餌のようなもの。ライブラのもう一つの強みである諜報力。それを支える組織の全貌は厚いベールに包まれているし、迂闊に踏み込めば火傷では済まない報復が待っている。

 

「そりゃ言い過ぎだぜ。第二上海窟でもリトルアキバでも、俺にかかりゃちょちょいのちょいだっての」

「あんた私の話憶えてる? チンピラや売人探すのとは訳が違うの。4F以外の取り柄が無い奴にそんなこと出来るわけないでしょ」

「……なんだその4Fって」

喧嘩と顔とセックス(Fight・Face・Fuck)

「もうちょいなんかあるだろ!? ……というかあと一つはなんだよ」

 

(見た目はこうなんだが、なぁ)

 

 コルネリウスはザップを眺めつつ、自身の中で警戒のランクを上げる。

 

 彼が調べたザップ・レンフロという男は、一言で言えば腕利きのクズだ。

 

 その性格や素行の悪さは凄まじく、金銭・暴力・女性・薬物といったおよそトラブルの種となりうる要素全てに塗れた生活を送っている。

 HLPDが一々捜査しないというだけで、犯した軽犯罪は星の数。彼がライブラ構成員と知っているかに関わらず、HLのアウトローの七割以上から殺意を抱かれていると言われる程。

 

 だが、同時に優秀なヴァンパイアハンターでもある。なにせあの"血闘神"裸獣汁外衛賤厳の流派を修め、弟子と認められているのだ。流石に師と同じ二重属性使いではないが、それは比較対象が規格外であるだけで、ザップ・レンフロの実力を否定する要素にはならない。

 

(あの爺さんみたいに、冷や冷やさせてくれるなよ)

 

 師と同じく動物的な勘に優れるとの評を思い出しつつ、コルネリウスは未だにやいのやいのと言い合う二人に割り込まんとする。

 

「お取り込み中のところ、申し訳ない。依頼内容について詳しくお伺いしたいのですが、それはミスター・レンフロが同席していても可能ですか?」

 

 邪魔であれば叩き出す、という遠回しな提案に対し、ケイリーは少し考えてから首を振る。

 

「いえ、大丈夫です。これもある程度の事情は――過去の私を問い詰めてやりたいけど、知ってますから」

「そーだそーだ、てめぇの出る幕なんかねぇ。あとミスターってのはやめろ。野郎に丁寧な呼び方されるなんざ、鳥肌がいてっ!?」

「………………」

 

 ケイリーはザップの後頭部をはたき飛ばしてから、一枚の写真を取り出す。そこに写る彼女の姿を見るに、そう遠くない過去のものだ。他には年嵩の男女と、彼女より若いであろう女性が一人。いずれもケイリーに似た顔立ちをしており、一目見て家族だということがわかる。

 

「家族の仇を取りたいんです。そのための調査を」

 

 曰く、ケイリーの父はHLで事業を興そうとしたが、その成功を目前にして詐欺に遭い、挙げ句挽回の一手を打とうとしたところで事故死したという。伴侶の死と経済的な苦境による心労で母は病没、妹もその直後に事故死。絵に描いたような悲運であった。

 

 ハイスクールを中退して以降、薬物に溺れ家族と離れていたケイリーは、父母の死を知ってHL入り。妹の死に目にだけは会えたが、そこで一連の悲劇に疑問を抱くきっかけを見つける。

 

 春を販ぎ資金を貯め、調査すること二年近く。家族の死の真相、そして父が失った財産の行方がようやく絞り込めてきたのだという。

 

「父にはビジネス上のパートナーが二人いました。彼等は父が騙された後も、その再起を助けようとした情に厚い仲間。でも……」

 

 静かな、しかし怒りを感じさせる声でケイリーは語る。

 

 ある日、彼女の客がこう零した。ケイリーはかつて仕事で殺した親子に似ている。娘の方は美人で殺す前に楽しみたかったが、クライアントの意向で出来なかった、と

 

 常人には理解出来ないだろうが、男にとっては自慢話であり、美人に似ているという褒め言葉でもあったのだろう。彼は酔った勢いで頼んでもいないことをペラペラと喋り、そこから辿り着いたのが、父の相棒であった二者のどちらかなのだという。

 

「二人は父の死後、その事業を取り込む形で自身の会社を成長させ、今では地域の有力者です。もう簡単に調査出来る相手じゃあ、ない」

 

 難度の面でも、資金の面でもだ。そしてそれは、コルネリウスにとっての懸念ともなる。

 

「……ミス・グルーコック。依頼内容は真相の調査とのことですが、犯人候補を拉致して頭を掻っ捌くような手段をお考えで?」

「いえ、そういう訳では……」

「まともな調査では難しいと知っているのに? ……正直に仰って頂きたい。貴方は犯人にとって見過ごせない何かを知っていて、それを使うつもりなのでは」

「………………」

 

 押し黙るケイリー。彼女がコルネリウスの『記憶』に関する技術を知っているとは考えにくい以上、この場においての沈黙は肯定に等しい。

 

 その何かを提示するのがコルネリウスにせよケイリーにせよ、依頼の性質は大きく変わる。危険も承知の調査ではなく、相手がボロを出すまで刺客を返り討ちにする囮捜査。ケイリーの護衛も必要になるだろう。つまり依頼内容、ひいては報酬の誤魔化しだ。

 

 こういった際、高い金を払うのだからその程度の融通は、と開き直る者もいる。だがコルネリウスから言わせれば、当人の了解を得ない以上、請負者は仕事を放棄することも、請け負った事以上は関知しないと無視することも出来るのだ。

 

 静まり返る室内。時計の針が動く音が妙に大きく聞こえる中、思いつめた表情のケイリーが口を開こうとし、しかし目の前に出されたザップの手がそれを妨げる。

 

「だから言ったろ、この手の連中は金にうるせぇし、中途半端な誤魔化しも通じねぇ。朝の占い代わりに区画クジ用の家を買うような金持ちでもねぇ限り、腕利きは雇えないんだよ」

「でも――」

「デモもストもねぇ。俺がやる、それでいいだろ」

 

 ザップの言葉に対し、ケイリーはしばし口を開いたり閉じたりしていたが、視線を落として悔しそうに呟く。

 

「……嬉しいけど、駄目だよ。一方的に調べてはいおしまいって訳にはいかない。殴れば片付く裏社会のクズだけじゃなく、金持ち連中とも会って、話す必要があるんだ。あんたがどんなに強くても、出来ないことはある」

「けっ、富豪だろうがセレブだろうが、やろうと思えば何度でも会えるぜ。"お話"にしたって不可能なんざねぇよ」

 

 そう言い捨て、立ち上がるザップ。部屋を出ようとする彼と、それを見ておろおろとするケイリーを前に、コルネリウスは表情を緩めないようにしつつ手で制止する。

 

「まぁ、待て」

「んだよ。一流は一流らしく、大統領のペットでも探してりゃいいだろ。俺は行くぜ」

 

 取り付く島もないが、コルネリウスは気にした様子もなく続ける。

 

「予算オーバーだってのはわかった。俺が彼女の護衛をするならな」

「あぁ? そりゃあ、つまり……」

「そういうことだよ。分業ってやつだ。……ミス・グルーコック。どうしますか」

 

 問われたケイリーはしばしコルネリウスとザップの間で視線を行き来させていたが、やがて頭を下げ、了承の意を告げた。

 

「……おいケイリーよぉ、必要ねぇって言ってるだろー。なんかいい話っぽくしてるが、最初の条件通りだし、タダじゃねぇんだ。それにお前の財布が軽いと俺の飯も――」

 

 納得いかないと不満を零すザップ。ケイリーは彼に応対せず契約書にサインしているが、その口元は僅かに緩んでいる。

 

「っつーか、俺が守るのはケイリーだけだかんな。てめぇの身はてめぇで守れよ」

「そりゃそうだ。騎士様は自分の仕事に専念してくれて構わんよ」

「……急になんだよ、気色悪い。そこもネックだって言ってただろうが」

「まぁ、そうだな。だが――」

 

 コルネリウスが譲歩した理由は幾つかある。

 調査依頼としての報酬は十分であったこと。

 原因がケイリーの深刻な金銭的事情であり、悪意によるものではないと判断したこと。

 当然のように立ち上がったザップの姿に、彼と同じ組織に属する知人達の姿が重なり、評判との落差もあって少し愉快になったこと。

 そして――

 

「妹のために、って部分に思うところがあってな」

「けっ、行き過ぎたシスコンか何かかよ。どっかの陰毛頭が同じこと言い出さないよう願うぜ」

 

 つまるところ、彼は不確定要素を無くしたかっただけで、答えは決まっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「こんなところか。思ってたよりは普通だな」

 

 数日後、コルネリウス達は焼肉屋の個室で調査資料の確認をしていた。

 

 七輪と天井の間に備え付けられた換気装置はあまり性能が良くないため、室内には煙と肉の匂いが充満している。異界由来の技術で品種改良された牛は特殊な脂を多量に含んでおり、火と炭が弾ける音が激しいのもマイナスだ。

 話し合いに相応しい場か怪しいが、ここを強く推したザップ曰く、個室であり肉の焼ける音が防諜にもなるとのこと。ちなみに彼の分の支払いはケイリー持ちである。

 

「普通……なんですか? この立ち退き拒否した住人ごと住宅を爆破解体とか、警察沙汰だと思うんですが」

「ケイリー、おめぇは変なところで頭固いよなぁ。そいつらには意見交換会だの説明会だのと伝えて集めたところでドカンすりゃあ、文句言う奴なんて残らねぇだろ。HLPDも通報されない案件全てに首突っ込む余裕ねぇしな」

 

 ザップは焼かれて尚びくびくと痙攣する牛タンを口に放り込む。

 

「ふぉれで」

「食ってから喋れ」

「……ふぅ。それで、こっからどうするんだ? 直接乗り込まずに調べたにしちゃあ十分なもんだが、これで出来るのはそいつらに保釈金払わせる程度だ。この程度はどこもやってるからな」

 

 そもこのようなケースであっても、必ずしも企業の側が悪とは限らないのがHLという街だ。そして依頼の内容は過去の事件の真相究明であり、この罪状で犯人候補を檻に入れてもケイリーは納得しないであろう。

 

 コルネリウスは頷く。

 

「そうだな、これはあくまで下調べだ。目標とする二人がどんな連中とつるんでいるかが知りたかった」

「まどろっこしいな。ギサ公なんざ詰めれば小鳥みたいに勝手に囀るもんだろうが」

 

 その勇ましい言葉を聞き、烏龍茶片手に隣に座るケイリーがため息をつく。

 

「……ザップ、わかっちゃいたけど、あんた本当に脳筋ね」

「まぁまぁ、そういう手法が有効なのも事実です」

 

 どちらかが本当に犯人であれば、という言葉は胸にしまったまま、コルネリウスは続ける。

 

「とにかく、これで候補者二人は独立非合法組織との繋がりが無いか、薄いってのがわかった」

 

 この街は厳格な法とお行儀の良い捜査が必要な"外"とは違う。日頃から切った張ったを繰り返す在HL非合法組織は、過去の犯罪を暴露することに特段のリスクも無ければ躊躇も無い。

 だが企業の側はそうもいかず、行政と司法の顔色を伺う必要がある。情報流出前に相手を叩き潰せる戦力が無い限り、多くの企業は一度手を組んだ相手と共生関係になることが多かった。

 

 その気配が見受けられない以上、二年前の事件はフリーの請負者か、子飼いの部下が使われた可能性が高いと言える。つまり候補者とその周囲以外を締め上げての真相究明は難しくなった。

 

 そしてケイリーによれば、かつて犯人へと繋がる情報を得た男との再接触は困難だという。当然と言えば当然であるが、コルネリウスは彼女の雰囲気から、男はもうこの世にはいないであろうことを感じ取っていたため、これも選択肢から除外せざるを得ない。

 

 地道な調査が行き詰まったのであれば、次のステップに進むべきだ。そのための鍵はある。

 

「当初の予定通り、直接揺さぶりをかけるとしよう。……なに、これだけ調べて"普通"の結果しか出てこないんだ。大したことは出来ないし、身の丈を超えた動きをすればすぐにわかる。安全ってのはいいことだ」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。