緋色の羽の忘れ物   作:こころん

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第二十七話②

「……ジェイムズは正義感と行動力、そして先見性を持った男でした。あの不安定な時期にあってもHLが発展することを確信し、この混沌とした街と民衆には"外"の比ではない家庭用警備システムが必要だと、実利と義侠心を兼ねた事業に財産の多くを投じたのです」

 

 オフィス街に建つとあるビルの最上階。扉に社長室と彫られたプレートが輝くそこで、遠い目をして故人を偲ぶのは、髪に白いものが混じり始めた中年の人間種の男性だ。

 穏やかで理知的な風貌に、高価ながらも落ち着いた服装。由緒ある家に生まれた、人柄の良い地域の名士といった言葉が似合う人物である。

 

 彼の名はハンフリー・ヘイワード。ケイリーの父とビジネスパートナーであった、二年前の事件における犯人候補の一人だ。

 

「ありがとうございます。ミスター・ヘイワードにそう言って頂ければ、亡き父も浮かばれるでしょう」

 

 目元を抑えつつそう返すケイリーは、普段とは全く異なる姿であった。髪をアップにまとめ、眼鏡とパンツスーツ姿の彼女。どこからどう見ても知識階級のホワイトカラーであり、コルネリウスの秘書という肩書が偽りであることなど微塵も感じさせない。

 

「おいおい、さっきからそればかりじゃねぇか。ケイリーが言いたいのはそういうことじゃねぇんだろ?」

「……ザップさん。これが本来の仕事でないことは重々承知していますが、貴方の言動も社長の、ひいては社の印象に関わるのです。もう少し言葉に気をつけて下さい」

「……へいへい。インテリ様方はお上品なこって」

 

 ケイリーに注意を受け、そっぽを向くザップ。こちらも必要に応じて雇われただけの粗野な護衛というイメージを完璧に演じている、もとい素でこなしている。

 

 立場を弁えないザップの言葉に対し、ハンフリーは気分を害した様子も無く頷く。

 

「いや、確かにその護衛の方の言う通り。ケイリーさん、二年前のあの忌まわしい事件について貴方が知ったことを、もう少し詳しく教えて頂けませんか」

 

 コルネリウスと彼が話し合いの場を持つのはこれで三度目だ。彼は常に穏やかで、相手を気遣った言動をする。

 商談を装った二度目の会話でも、彼の側から旧友の娘に似ているとケイリーに言及し、今回の話し合いの場を設けた程。もう一人の犯人候補とは雲泥の差であった。

 

 ケイリーは頷き、口を開く。

 

「はい。二年前、私は……ニコール、妹を死へと追いやった事件に巻き込まれました」

「なんと、貴方も?」

「両親の死を知ってHL入りした直後です。何もかもが遅かったですが……あのガス爆発と火災の中、妹は言いました。通常ではあり得ない、人の行動を阻害するための薬が使われている、と」

 

 ケイリーは話を続ける。

 

 火で退路を断たれたケイリーは妹を支えつつダストシュートからの脱出を果たすが、ケイリーと合流する前にその薬品を大量に吸ったらしき妹は帰らぬ人となった。

 専攻でこそないがカレッジで優秀な成績を修めていた妹。その言葉を信じ、事件直後に自身の身体を調査したケイリーは薬品の存在を確信する。しかし人体にも大気中にも長時間残る類のものではなく、立証は諦めざるをえなかった、と。

 

「なんと……いや、しかしそれなら確かに……」

「HLPDには証拠不十分だとされた、世間一般では陰謀論に属するような戯言です」

 

 仮に調査するとなれば一流の――二年が経った今では、超一流のサイコメトリストを長期間雇わねばならない。しかもそれは、あくまで最低限のラインだ。

 警察が対応出来ないのも仕方のないこと。そう力無く言ったケイリーに対し、ハンフリーは首を振って彼女の手を握る。

 

「私は貴方を信じます。ジェイムズの娘であり、ニコールの姉である貴方を」

「父だけでなく、ニコールの言葉も信じて頂けるのですか」

「ええ、彼女はジェイムズによく似ていた。顔もそうですが、心が。何より……」

 

 ハンフリーはそこで初めて、険のある表情を見せ

 

「ジェイムズとその細君の死にも、立証出来ないだけで疑念があったのです。おそらく……いや、きっと奴の仕業に違いないというのに……!!」

 

 

 

 

 

 

 

「……とでも言ってやがるんだろうな、ハンフリーの野郎は! あの偽善者の、大嘘憑きめ!」

 

 煌びやかな装飾で溢れたVIPルームに怒声が響き渡る。

 声の主であるベルガントは横に太い巨体を揺らし、豪奢なソファーに勢い良く腰を下ろした。

 

 彼こそがもう一人の犯人候補であり、ここは彼が副業で所持するクラブだ。窓からは多種多様な欲望に塗れたダンスフロアが一望できる。

 

「それは穏やかでないお言葉ですね。貴方は今も彼のビジネスパートナーでしょう?」

「はん、結果的にそうなっただけだ。あの大泥棒の好きにさせる訳にゃいかなかったからな!」

 

 不機嫌そのものといった表情で葉巻を吹かすベルガント。複眼を持った犀のような顔に、他者を威圧するような表情。そして財を見せつけるための、過剰に豪奢な服装。金に煩い、成り上がりの豪腕経営者といった言葉が似合う、ハンフリーとは対極的な異界存在である。

 

 彼はケイリーのことを知ってから、プライベートな会話の場を設ける代わりにとコルネリウスに幾度かの取引を持ちかけてきた。不利な取引でこそなかったが、得た商品を転売することで生まれる損益は、今回の報酬を随分と目減りさせるだろう。

 

 ベルガントはグラスに酒を注ぎつつ、

 

「いいか? ハンフリーの野郎はジェイムズがくたばった後、遺志を継ぐだのなんだの言いながら事業を吸収しようとした。そこまでは、まぁいい。俺もそうしてたからな。ジェイムズは大した奴だったが、死んじまったらそれまでだ」

 

 残った社員達の意向もあり、ジェイムズの会社は割とスムーズに分割されたらしい。

 

 問題はここからであった。ハンフリーは事業拡大のため、故人が嫌っていた相手と手を組んで防犯業界での伸長を狙ったのだ。ベルガントはそれを強く非難したが、金になることは確かであり、またハンフリーだけにそれを許せば業界が牛耳られると危惧して、同じ相手と手を組むに至る。

 以来、彼とハンフリーは商売上の協力をしつつも、主導権を握らせないため敵対もする間柄となったという。

 

「ジェイムズはいつも言ってたぜ。ロックハート・ジョニーは商売こそ上手いが自分と金だけが大事で、顧客もパートナーも顧みねぇ。組んで育てちまえば、HLの防犯事情に禍根を残すってな。俺も同意見だ」

 

 現在のビジネスパートナーである大手防犯警備会社の社長を非難しつつ、ワインを呷る。

 

「……では、ミスター・ベルガントは両親と妹の死には不自然なところはないと、そうお考えなのでしょうか」

 

 自己紹介と二年前の件を語った後、沈黙を続けていたケイリーが静かに問う。ベルガントは声を聞いてようやく彼女の存在を思い出したといった様子を見せたが、すぐに首を横に振った。

 

「いや、そうじゃねえ。俺はハンフリーの奴が怪しいと睨んでる。……嬢ちゃん、信用出来ねぇって顔だな」

「正直に言えば、そうです。妹から聞いた、貴方と会った時の印象は、あまり良いものではありませんでしたから」

「ふん、正直だな。まぁ仕方ねぇ、ジェイムズも最初は俺のことを嫌ってた」

 

 胸元から何かを取り出すベルガント。持ち手の先で金属らしき何かが蠢くそれは、どうやら形状変化式の鍵のようであった。

 

「奴が死ぬ直前、俺に預けた貸し金庫の鍵だ。生体DNA認証とパスワード認証を合わせた、家族以外にゃ開けようがない代物さ。立て続けに家族が死んじまったもんでそのままになってたが、あんたならどうにか出来るだろう」

 

 鍵を胸元にしまい、

 

「何が入ってるかは知らねぇが、金なら調査に使えるし……タイミング的には、あの時何があったかを知らせるための情報があってもおかしくねぇ。これをハンフリーの前で開けりゃ、奴も観念するだろうさ」

 

 

 

 

 

 

 

「どっちもぶちのめせばいいんじゃねぇの?」

 

 誠に物騒な発言であるが、ビヨンド・マカオの路地で些末な事を気にする者はいない。

 

 ハンフリー達と再度話し合い、犯人候補の二人と共に貸し金庫へ向かう日取りを決めた帰り道。入室を許可されなかったベルガントとの会話の録音を聞き終えたザップは、面倒そうにそう言い放った。

 

 ケイリーは自身の額に手を当て

 

「あんたね……それちゃんと考えて言ってる?」

「おうよ。あいつら、二人とも胡散臭いだろうが。理由なんざ勘で十分だ」

「そうね……チェックシートの選択肢全部塗り潰して実質正解とか、真顔で言える奴だったわ」

 

 ケイリーはザップへのお説教を始めるが、当の本人は明らかに聞き流している。近頃は見慣れてしまった光景であるため、コルネリウスはしばし放っておき、一段落ついたところで会話に割り込んだ。

 

「両者の言い分をどう見るかはともかく、犯人は大した役者です」

「オウ、そうだな。なにせ探し続けてたてめぇの犯罪の生き証人を前にしても、眉一つ動かしゃしねぇ。相当場数踏んでるぜ、ありゃ」

 

 犯人候補の二人と話す際、ケイリーは幾つかの事実を伏せていた。その中で最も大きなものが、二年前の彼女は事故現場にて犯人と遭遇し、その頭部と腹部に傷を負ったということだ。

 

 犯人達は炎の中に逃げた彼女を長くは追わなかった。否、追えなかったと言うべきだろう。いかに火災現場とはいえ、死体の死因が捨て置かれることは無い。さりとて炎の中を追いかけ回して殺し、回収まで行うのも非現実的。見つかってしまった時点で挽回不能なのだ。

 

 記憶から顔写真を作る程度であれば、当人に害を与えない範囲の脳技術で事足りる。当然、犯人達とその雇い主は、ケイリーの遺体が見つからなかったことを把握しているだろうし、程度はともあれ彼女を探していた筈。

 なにせ知能を持つ生き物というのは、HLにおいて法的に立証可能な証拠の宝庫である。境界都市で用いられる数々の超常技術は、その当人が把握していない真実まで取り出すことが出来るのだから。

 

 ケイリーが今の職に就いているのは、実入りが良いという理由だけではなかった訳ではないのだろう。全体的に灯りに乏しい売春窟では、化粧や薬、酒の力で素性を誤魔化しやすい。

 彼女がコルネリウスに話した際にぼかした情報源の男の行方も、怨恨だけでなく護身の結果だと言える。

 

 犯人には看過できない証拠。それを用いて、ケイリーは自身の身を犠牲に釣りを仕掛けるつもりであった。

 

(まぁ、解せんところはあるがな)

 

 何故今までそれをしなかったのか、という部分だ。施術の危険に対する同意書にサインさえすれば、HLPDとて門前払いはしない。だが彼女は立証の難しい薬物だけを警察に提示して、諦めている。

 当人は薬物で荒れた身体と精神だったため、情報の真偽を疑われる可能性があったと言う。確かにそういったこともあるが、コルネリウスとしてはやはり腑に落ちないのだ。

 

「ミス・グルーコックから見て、どちらが怪しいですか?」

「……そうね。私は――っ!?」

 

 だが捜査は順調に進んでいるし、候補者二人が怪しいのも事実。どうしたものかと悩むコルネリウスの前で、急にケイリーが頭を抱え、苦しみ出した。

 

 ザップがいち早く彼女へと駆け寄る。

 

「おい、ケイリー! いつものあれか!?」

 

 苦しそうにしつつも頷くケイリーを見て、ザップは彼女の鞄から幾つかのピルケースと水のペットボトルを取り出す。その動きは手慣れており、幾度か同じ経験をしたことがわかる。

 

「持病か?」

「……ああ、事故で負わされた頭の傷とヤクの後遺症、あとは後悔の記憶が嫌な具合に噛み合っちまったらしくてな。ダウナー入ったフラッシュバックの亜種みたいなもんだ」

 

 そう話すザップが持つ薬の幾らかは、明らかにドラッグと呼ぶべきものだ。薬による悪影響を打ち消すには最も手っ取り早い方法であるが、根本的な解決にはならない。

 

「……別に、てめぇへの依頼料がどうこうって話じゃねぇよ。その程度じゃ足りないって聞いてるからな」

「…………………」

 

 コルネリウスはケイリーを看護するザップを無言で見ていたが、不意に顔を上げた。ザップも同様だ。

 上着の内に『門』を形成し、シュラハトシュベールトを取り出して、全身と武器を血で覆う。一方のザップも、手の内に瞬時に血の刃を形成している。

 

 "血闘神"と同じ倭刀を模した血の刃。核となる物体を必要とせず、自らの血を形状・硬度に至るまで自由に変化させる離れ業。血闘術全体で見ても貴重な技術であるため、このような時でなければコルネリウスもじっくりと観察したい程だ。

 

「嫌なことは重なる。HLの常識だな、畜生め」

「クソっ……おい、俺は――」

「わかってるよ騎士様。俺は前に出て自分の身を守る。討ち漏らしは任せた」

 

 物陰に富むビヨンド・マカオのあちらこちらから出てきた刺客達。望まぬ来客に向け、コルネリウスと彼が生成した銀色の全身鎧達が得物を構えて走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

「ご無事で何よりです。知らせを聞いた時は心臓が止まるかと思いました……本当によかった」

「けっ、心にもねぇことを言いやがるぜ」

 

 ホテルのロビーのような、休むための場所ではないのにどこか安心出来る空間。貸し金庫に集まった五人はめいめいが好きな場所に座りつつ、主にハンフリーとベルガントの口論で時間を潰していた。

 

 この貸し金庫は空間の組み換えで金庫を隔離することにより、完全な防犯を謳っている。今は金庫がこの場所に"来る"までの待ち時間だ。正確にはこのロビーもそうして組み換えたものであるため、他の客と鉢合わせるようなことはない。

 

「……ベルガント、貴方こそよくこの場に顔を出せましたね。貴方が問題の多い副業を利用して、僅かな薬代欲しさに悪行を働く人々を囲っているなど、周知の事実だというのに」

「俺だけが怪しいってか? HLの防犯業界に携わる奴が自前の兵隊を持つなんざ当然だ。よく自分を棚に上げてそんなことが言えるな」

 

 二人は先程からこのような状態だ。ザップは勿論、コルネリウスやケイリーも間に入ることはもう諦めて、供されたドリンクを飲んでいる。

 

「持った力をどう使うかの違いです。私にはそのような考えは無い」

「ふん、大した偽善者だぜ。この金庫を知らないってのになぁ」

「……正直に言いましょうか。私はこの金庫自体、信憑性を疑っています。武名を知られるミスター・コルバッハや護衛の方がいなければ、貴方と会うこと自体が危険だ」

「言ってくれるぜ! ……なら、俺も本音を言おうか。おめぇ、本当にジェイムズからこの金庫のことを知らされてなかったのか?」

 

 ベルガントは持っていた葉巻を握り潰す。

 

「奴がくたばった後、妻のジェシーは気落ちしてたが健康だった。それが急にあれだ。ここを開けられる人間が、な」

「……貴方の下劣な発想には、ほとほと嫌気が差します。やはりジェイムズと貴方の関係を、無理してでも止めるべきだった」

 

 何かが噛み合うような重厚な音。激化するばかりで鎮まることのない口論を止めたのは、ロビーと金庫との接続を示す音と、扉の脇に備え付けられた機械の表示だ。

 

 全員の視線が扉に、次いでケイリーへと向かう。

 

 ベルガントは無言で胸元から鍵を取り出し、彼女へと放り投げた。

 

「生体認証をパスすれば、パスワードのヒントも出るらしい。家族と離れてた時期があるのは心配だが……そんときゃそんときだ」

 

 ケイリーは頷き、両開きの扉を開ける。目の前には廊下や別の部屋ではなく、銀色に光る大金庫の扉のみが広がっていた。

 迫り出してきた機械で生体認証をクリアし、ランダム配列のキーボードに何かを打ち込んでパスワードを打ち込み、ようやく出てきた鍵穴に鍵を差し込む。あとは、開くのみ。

 

 ケイリーは取っ手に手をかけ――しかし、それを引こうとはしない。

 

 訝しんだハンフリーが一歩、前に出る。

 

「どうしたのです? まさか何か仕掛けが――」

「いえ、違うんです。これを開ける前に、お二人に伝えたいことがあって」

「あん? そりゃあいったい――」

「二年前の事件。その犯人についてです」

 

 驚く二人を前に、ケイリーは続ける。

 

「実は、お二人に話していないことがありました。それを使って、犯人が誰かわかったんです」

「……ふむ。成程、であれば確かに、それを開けるのはリスクが高い」

「言ってろ。……わかってるぜ、開ける前にこいつを抑えておけってんだな。だが心配するな、どうせここは空間編成された場だ、逃げられやしねぇ。安心してそれを言ってくれ」

 

 互いに互いを犯人だと信じて疑わない二人は納得し、続きを促されたケイリーは彼等へと向き直る。

 

 

 

「二年前、私の家族を騙し、死へと追いやったのは――――貴方たち、二人です」

 

 

 

 空気が凍る。

 

 その言葉に対し、誰一人として反応を返さない。

 

「おい――――」

 

 焦れたザップがケイリーに向かって歩き出した、その時であった。

 

『は、ははハハははハははははっ!!』

 

 ハンフリーとベルガントが狂ったように笑い出すと同時、部屋の各所から僅かに色の付いた何かが流れ込んでくる。それはたちまち部屋を覆い尽くし、吸い込んだコルネリウスとザップは身体の自由を失ったように膝をついてしまう。

 

 影響が無いのはハンフリーとベルガント、そしてケイリーのみ。

 

「あぁ、心配するな。嬢ちゃんの飲み物には中和薬を入れておいた」

「ええ、ええ。せっかくのお楽しみを、この薬で朦朧とした意識で見逃されてしまっては興ざめですからねぇ!」

 

 ケイリーは険しい視線を向けるが、顔を醜く歪ませて笑う二人は気にすることもない。

 

「しかしよぅ、兄弟。何があっても良いよう準備はしていたが、まさか正解に辿り着かれちまうとは思わなかったな!」

「ですねぇ。忘れた頃に転がり込んできたのは、極上の道化ではなかったようだ。我々の演技も無駄になってしまいましたよ。いや、しかし、これもまた面白い!」

「おう嬢ちゃん、死ぬ前に聞かせてくれや! どうして答えがわかった!? ああ、ハッタリなんてのはやめてくれよ。それじゃあ俺達がどう動こうが面白くねぇからな!」

 

 隔離されていた筈の部屋の扉から、武器を構えた人異達が雪崩込んでくる。配下であろう面々に囲まれた二人が目を輝かせて答えを待つ中、ケイリーは気丈にも一歩踏み出す。

 

「ふん、クズ共がお気に召すような完全無欠の解答じゃないわよ。あんたらを全く信用出来ない、単純な理由。ニコールは……妹は、あんたらと会ったことなんて無いんだから」

 

 二度、部屋に哄笑が響き渡る。

 

「ぐうははははァ! しまった、そりゃあ盲点だったぜ! 二年前までヤク中だったっつうてめぇが、HL入りしてたった数日でそこまで聞いてたとはなぁ! これも家族の絆ってやつか!」

「ふふ、仰る通り、答えとしては減点せざるを得ませんねぇ。ですが、確かに。我々を疑うには十分な理由だ。惜しむらくは、その疑念の使い所はもっと考えるべきだった。いや、我々としてはこれ以上無い結果ですので礼を言いたいですが!」

 

 二人の部下がケイリーへと近付いていく。彼女に逃げ場は無い。強いて言うなれば、背後にある金庫ぐらいだろう。

 

「逃げ込んでくれても構わねぇぜ。少し手間ァかかるが、酒でも飲みながら待つさ」

「この貸し金庫も、我々とロックハートの経営。幾らでも自由はききます」

 

 口を結び、動くこと無くただ家族の仇を睨み付けるケイリー。

 

 彼女にならず者達が迫り――――

 

「斗流血法――刃身ノ壱・焔丸」

 

 滑るようにその前へと飛び込んだザップの振るう刃によって、まとめて斬り捨てられた。

 

「なっ!? てめぇ、どうやって――」

 

 驚きの声と共に袖口から銃器を取り出すハンフリーとベルガント。彼等に応じたのはザップではなく、やはり何事も無かったかのように立ち上がり、入り口付近を制圧したコルネリウスだ。

 

「おめでたい頭をしてるもんだ。昔も薬を使ったってんなら、対策ぐらいする。……まぁ、お陰様でお前達の楽しいお喋りを録音出来た。このボンクラ共がさっさと刃向けてきたら、色々とやることが増えてたからな」

 

 舌打ちしたハンフリーが手元で何かを操作すると、部屋中から防犯設備が迫り出してくる。

 だが自身に照準を合わせる無数の銃口を前にしても、ザップは焦る様子を見せない。無言でもう一本の刃を形成してから、ケイリーの前に仁王立ちし、敵を睨み付け

 

「来いよクズ共。俺ァ久々にドタマに来てるんだ。いつも通りに口だけ動かせば済むと勘違いしてるようなら……生まれてきた事を後悔する羽目になるぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 荒れ果てた室内に、鼻をすする音のみが響く。

 

 部屋中にあった防犯設備はその尽くが機能を停止し、チンピラ達は壁や床の染みと化し、詐欺師二人も恐怖の表情を浮かべたまま、壁に縫い付けられて絶命していた。

 

 コルネリウスとザップは部屋の隅に立ち、椅子に座ってすすり泣くケイリーを――大粒の涙を流しながら、両親と"姉"の仇を討ってくれたことに何度も何度も感謝の意を示した彼女を、無言で眺めていた。

 

 沈黙に耐えかねたザップが葉巻を取り出そうとしたタイミングを見計らい、コルネリウスは話しかける。

 

「……お前も知ってたんだろ?」

「……そうでもねぇよ。俺ァ深く考えるのは苦手だからな。確信は持ってなかったし――結局のところ、どっちでもやるこたぁ同じだ」

 

 小さな血の刃で葉巻を切りつつ火をつけ、ザップは再び無言になる。

 

 HLではありふれた、救いのない話のひとつだ。

 父の失敗を機に薬に溺れた少女は、夢の世界に逃避している内に両親を亡くした。燃え盛る炎の中で諦めた命を救ったのは、同じ境遇にいた筈なのに、目に強い光を宿した最後の家族。

 彼女の命と引き換えに得た命と復讐心を最大限活用するため、"外"とは比べ物にならぬ薬で荒れ果てた身体を捨て、証拠にもなる姉の身体へその脳だけを移し替えた。

 

 経歴に似合わぬ知性を持ち、HL内でしか用いられない薬物に、他人の言葉であっても確信を抱くことが出来る。

 有効な手段を取らない代わりに、本来知り得ない情報で解へ辿り着く。

 単なるドラッグ後遺症の治療であれば足りる筈の金を不足だとし、用途を考慮すれば不可解な薬まで多く服用する。

 

 脳移植はHLにおいて珍しい技術ではない。一つの疑念では弱くても、積み重なれば選択肢として浮かんでくるもの。特に、男女の仲で多くの時間を共有しているのであれば。

 

(もって数年、か)

 

 元々脳も薬物の影響を受けていたのだ。良い施術を受けた訳でもないため、長くは生きられないだろう。ここは奇跡が起きる街だが、その確率など言うまでもないし、本人とてそれを望んでいるかわからない。

 

 紫煙をくゆらせつつ、同じことを考えていたであろうザップが、急に頭を振って歩き出した。

 通りすがりにケイリーの肩を叩き、金庫へと向かって行く。

 

「……クソっ、こういうのは苦手なンだよ。どんな奴だろうと、明日生きてるかすらわかんねぇのがHLだ。なら生きてる内は何かしら楽しめることを見つけた方が、天国への階段を上る時の足だって軽くなるってもんだろ」

 

 そう言って金庫に手をかけたザップを見て、ケイリーが驚いたように立ち上がる。

 

「ちょっ、まっ――」

「オウ、その顔だ。死人みたいなツラしてたら、向こうから死神が寄って来るからな。まずはこいつらから正当な対価ってやつを頂いて、豪遊してから考えようぜ。……てことでこの金庫にゃあ何が――――がぁぁぁっ!?」

 

 響く銃声。

 

 咄嗟に血法で防護したのか、倒れ伏したザップは血を流しつつも元気にもがいている。それを見て慌てて駆け寄るケイリー。

 コルネリウスは呆れたように頭を振り、それから歩き出す。

 

「……お前なぁ、さっきの今でこれが罠だとは思わないのか?」

「いてぇぇぇ! 畜生、知るかそんなもん! ぐあっ、ケイリーそこは抑えんな!」

「それじゃ応急処置出来ないでしょ! 男なんだから、ピーピー喚くんじゃないよ! 全く、かっこつかないんだから、この馬鹿!」

 

 荒々しい手付きで処置しつつ、ザップに向けて罵倒を繰り返すケイリー。しかし、その顔には笑みが浮かんでいる。

 

 コルネリウスもそれを見て笑う。

 

「いや、しかし、彼なりの気遣いかも。ここ数日、ずっとそんな感じだったのでしょう? 疎まれても貴方から離れようとはしなかった」

「いーや、こいつは素でこんなもんですよ。ただ……」

「ただ?」

「4Fってね、本当にこいつの良いところだと、私は思ってますから」

「……ふむ」

 

 コルネリウスは暴れるザップから視線を外し、前を見る。

 扉の開いた大金庫の中には、糸を使ったごく簡単な仕掛けと、硝煙を靡かせる銃。そして中指を立てたイラストに、『大馬鹿野郎!!(Fool)』と書かれたプラカード。

 

「成程、これが四つ目ですか。確かに、人を笑顔にすることもありますね」

「おいコラ! いい話みたいにしてねぇで、さっさと病院に……ってぇぇぇぇ!?」

 

 

 

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