緋色の羽の忘れ物   作:こころん

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第六話

「ガ、ラララァ! ナラァ!」

「溶けた脳味噌で囀るな、煩いから」

 

 コルネリウスは奇声と共に振り下ろされた偃月刀の刃を避け、横から血を纏わせた左手で叩き割る。得物を失った蛇咬会構成員を右手のシュラハトシューベルトで切り捨て、その勢いのまま半回転。隙を突かんとしていた全身鎧の両手剣を弾き飛ばし、空いた胴に左拳を叩き込んで吹き飛ばす。

 所々が錆び付いた鈍色の全身鎧は乱戦の中へと飛んでいく。そのまま敵味方双方に踏まれ、蹴り飛ばされるが、何事も無かったかのように立ち上がり付近の蛇咬会構成員へと襲いかかっていった。

 

 唐突に開始された三つ巴の争いは乱戦の様を呈していた。玄関から突入する蛇咬会は数で勝るものの、廊下は祭司団の全身鎧達に占拠されている。必然的に破壊されて隣の部屋と繋がった廊下でかち合うことになり、コルネリウス達へは殆ど辿り着けていない。

 また彼等自身、別にコルネリウス達を標的としてここに来た訳ではないようだ。怒りの声と共に、祭司団を優先して襲っているのもコルネリウスの余裕に繋がっている。

 

「あの鎧、中身無しでこの戦闘・耐久力か。確かにバイオマフィアとも渡り合えるな」

 

 そして祭司団のトップ、ひいては例の記憶媒体に繋がる存在。

 ここで重要なのは自立操作なのか、直接操作なのかである。だが直接操作は力量にもよるとはいえ、操れる数が限定されやすい。また術者が戦場の様子を把握する必要があるため、複数箇所での運用も難しい。

 コルネリウスは祭司団の拡大過程で起きた抗争の内容を考慮した結果、制限はあるかもしれないが自立操作だと判断する。

 

(それに、なんだ。この術式は直感的に自立操作だと思える)

 

 コルネリウスは自身に向かってきた別の鎧の足を払い、剣で片方しか無い腕と両足を斬り飛ばす。文字通り手も足も出なくなった鎧の胸に剣を突き刺せば、剣を伝って広がった血が鎧を包み込む。コルネリウスが試みているのは戦場故に即席で荒いものではあるが、魔術の解析であった。

 

(これ自体に見覚えは、無い。しかし)

 

 鎧は既存の無機物を動かしているのではない。魔術で生み出されたものであり、高度な術式でコルネリウスも知らないものだ。

 しかし何故であろうか。コルネリウスの脳裏には、この魔術に足りないと思う要素が即座に幾つか浮かんだ。まるで持っていたパズルのピースを、別のピースを目の前にして合わせるべきものだと気付いたかのような感覚。

 この奇妙な一致は何故起きたのか。コルネリウスは今日集めた情報と、自身の特異な現状を鑑みて一つの推論を立てんとする。

 

 しかしそれは乱戦の中において長々と考えるべきことではない。コルネリウスは自身へと向かってくる敵が途切れたのを確認。彼の背後、部屋の隅で小さくなっているレオへと声をかける。

 

「おいレオ、壁の向こうはどうだ!」

「大丈夫です! 何もヤバそうなものはありません!」

「よし。少し派手にやるから耳塞いでろよ」

 

 言うが早いかコルネリウスは手に持った剣の刃先を左手で持ち、次いで右手も同じ場所へ。逆さに持たれた剣は十字架のようであるが、コルネリウスは吸血鬼であってもそれを恐れることもない。彼はそのまま血を纏った両手剣をバットのように構え、レオがいた付近の壁へとフルスイングする。

 轟音と共に三度粉塵が舞い、壁に大穴が空く。コルネリウスは注意を惹かれたバイオマフィアや全身鎧が向かってくる前に、レオの襟首を掴んで穴から飛び出した。

 

「ここ五階なんですけどぉぉぉぉ!?」

 

 言うまでもないが、この地区では重力が仕事をしている。

 

 

 

 

 

 

 

「し、死ぬかと思った……」

「さっきも聞いたからそのネタはいい」

「いやネタじゃないですって……」

 

 猥雑としたビヨンド・マカオの街を歩きながら愚痴るレオと、受け流すコルネリウス。二人は空の旅を楽しんだ後、入り組んだ小路を幾つも抜けてひとまず鉄火場からの退避を果たしていた。

 

「仕方ないだろう。この街でヤクを決めてる系統のマフィア共と、あんな閉所でやり合うのはまずいんだ」

「やっぱり狭いところだと避けたりし辛いからですか?」

 

 レオの質問と同時、大きな爆発音が響く。聞こえてきたのは、彼等が逃げてきた方向からであった。

 

「ああやって閉所だろうが後先考えず爆発物使うからだ」

「いくらバイオ強化されてるからって、絶対に死なない訳じゃあるまいに……」

「鉄砲玉なんかにゃ最適なんだけどな。ところでレオ、ここはもう安全だし……」

 

 コルネリウスは離脱を促そうとしたが、レオは慌てた様子で話を切り出す。

 

「で、でもあの壁を壊した技、どうやったんですか? 血? で強化してたとしても、ただの剣ですよね」

「鍔や柄に細工があってな、即席で魔術を仕込みやすいんだよ。俺は錬血術だけじゃなくて魔術も修めてるから……ってそんなこたぁどうでもいい。レオ、お前はもう帰れ」

 

 誤魔化されることもなく、路地の先にある別地区へ繋がる道を指差すコルネリウス。レオはそちらを一度だけ見て、首を振る。

 

「いやでも、ここで抜けるのは」

「必要な情報は手に入った。ここから先は荒事続きでお前にゃ向かん」

「あいつらに目をつけられたかもしれないし」

「部屋の隅にいたお前の顔なんて覚えてないだろ。だいたい確実な安全を確保したいってのは、両組織に手打ちさせるか完全に叩き潰すってことだ」

「ひ、暇ですし……」

「おめーさっきから何度も鳴ってる電話気にしてるだろ。店からじゃないのか」

 

 いよいよ苦しくなってきた理由付けにコルネリウスは溜息をつく。収納していた剣を再び取り出して、レオの顔の横、所々剥離しているコンクリートの壁に突き刺した。

 もっともレオに中途半端に避けられたとしても、絶対に刺さらないような間隔を空けてではあったが。

 

「それがお人好しなのか好奇心なのか、あるいは別の目的があってなのかは知らん。だが一つ言えるのは、この先は鉄火場だらけだ。戦闘面でのお荷物は連れて行きたかない」

「うっ……」

 

 自覚はしているのか、弱った顔になるレオ。

 

「これでもだいぶ譲歩してる方だぞ。他の相手にこんな状況で無理に付いて行こうとしてみろ。別組織の人間扱いされて、問答無用で墓の下に送り込まれても文句は言えん」

「…………わかり、ました」

 

 警戒されながらも気遣われていると気付かぬレオでもない。彼は自分が戦闘においては足手まといである現実も理解はしている。遂に観念した様子で別地区へと向けて歩き出したが、ふと立ち止まる。

 

「あっ、あの……!」

「ん?」

「ええと、コルネリウスさんもお気をつけて……」

 

 出てきたのはコルネリウスを気遣う言葉。コルネリウスはレオのどうしても滲み出てしまう人の良さに苦笑しつつ、胸元から取り出した名刺入れの中身をレオへと投げた。

 魔術でも用いたのか、不自然なまでに綺麗な軌跡を描いてレオの手元まで届いた名刺。彼はそれをきょとんとした目で眺める。

 

「何か聞きたいことがあるなら今度にしろ。知ってるとも、話せるとも限らんけどな。単に店に来て買い物するのも歓迎するぞ」

「……はい! 今日はありがとうございました」

 

 頭を下げ、今度こそ去って行ったレオ。その背が見えなくなったところでコルネリウスは剣をしまいつつ、自身の行動を省みる。

 

「手間かけて"そうではない"と思わせる情報を持たせたから、怪しくても殺すのは勿体ないってか? そんなこたないだろうに、甘いもんだよ」

 

 『昼』は反射物に映ろうと、羽が常時見えなかろうと、怪しまれる時は怪しまれる。吸血鬼とは理論上、一体いれば一月もかけず人界を滅ぼせる存在だ。戦力が揃っている状況で、灰色が灰色のまま放置されることは無い。

 単純な強さや過去の所業から警戒されているのではない。ましてや個々の性格なぞ関係なく、存在からして他種の脅威なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 狭い空間に金属同士をぶつけ合う耳障りな音が響く。シェルターの素材にもなっている三種の特殊金属を用いて作られた分厚い扉は値段相応の働きを見せ、暴力による侵入者をしっかりと拒んでいた。ただし、対魔術に関してはその限りではない。

 

「こ、コルバッハの旦那……何の用で……いや、それよりも外の連中をどうにかして救急車を……」

「とりあえずの止血はしといた。すぐには死なない」

「あ、ありがたいんだがあいつらを、祭司団の連中を! か、金なら」

「ウーゴ、俺が聞きたいのはそういう話じゃあない。薄々わかってるだろ?」

 

 『戸籍屋』ウーゴ。二つ名のとおり主に戸籍に関する裏稼業に従事する彼は、その仕事内容や地道な作業を厭わない性格もあって人探しに長じる情報屋でもあった。

 コルネリウスがヘンリエッテを探すために金を払っていた情報屋の一人。そしてその情報の横流しを禁ずる契約を破った結果、祭司団の全身鎧によって脇腹に冷たいものを挿し込まれたばかりの男だ。

 

「い、一体何のことだか……ま、待ってくれ! あいつらから依頼を受けたし情報も渡した、すまない!」

 

 コルネリウスはシェルターの扉から手を離し、下手な誤魔化しをするウーゴへと向き直る。その口調は穏やかであったが、目は決して優しいものではない。

 

「情報屋稼業において商品を一人に独占させるのは厳しい注文だ。折角の商機を逸しかねないし、内容と求める相手如何では危険も呼び込む」

 

 だが、とコルネリウスは懐から短剣を取り出す。普段使いのサクスと呼ばれるものではなく、ミセリコルデと名付けられた負傷者にとどめを刺すために設計されたものだ。

 

「スペインからこの街に逃げ込み、ここでもヘマをやらかして三叉鰻の餌になりかけてたお前を助けたのは俺だ。人一人探す依頼にしちゃ、十分過ぎる金も払っていた」

 

 ウーゴはこの剣が役立つような鎧を着ていないため、少々ミスマッチではある。しかし斬ることよりも刺すことに特化した形状は、この状況において言葉よりも雄弁であった。

 それを見たウーゴは顔を青くして悲鳴のようにまくし立てる。

 

「だ、旦那に渡した以上の情報は流してないし、むしろ少ないぐらいなんだ!」

 

 つまり、何もわかっていないに等しいということ。彼が死にかける羽目になった追加料金の請求も、ただの吹っかけだとウーゴは言う。

 

「あんな小組織どうせ長続きしない。取れるだけ取っておこうと値を吊り上げてた。敵以外にゃ足元がお留守だったから、取引ついでに何個か調べた連中のアジトの情報も何時間か前に蛇咬会に売ったんだ……」

 

 先程の三つ巴の原因はウーゴであったようだ。コルネリウスは手元で短剣を弄びつつ、聞いていない情報まで喋り出したウーゴを軽く蹴る。痛みに痙攣するウーゴだが、コルネリウスの瞳はなんら感情を感じさせない色でそれを見ているだけ。ウーゴが痛みに耐えきった頃に、コルネリウスは再度口を開く。

 

「俺が今欲しい情報は祭司団のトップに繋がる情報だ。だがお前の話じゃ知ってるアジトは全部襲撃済で、役には立たないようだな」

「い、いや、違う! ……全部売った訳じゃないんだ。まだ幾つか知ってるし、その内ひとつは電話でのやり取りにも使ってる。一気に売ったら勿体無いし、いずれ潰れるにせよ祭司団にも蛇咬会の情報は売れるから……」

 

 呆れた蝙蝠であるが、背信行為さえ除けば情報屋とはこういうものだ。コルネリウスとてこの手の輩を利用するリスクは承知の上であった。自らの不利益となっても徹底的に不義理を嫌う者もいることはいたが、それだけでは明らかに手が足りないのだから。

 

「祭司団はトップが使う魔術に、ヘンリエッテが関係あると見ているんだよな?」

「直接そうは言ってなかった。けど探す相手は魔術師だって話だからそのはずだ」

 

 だが、だからと言って契約の不履行を許せば、予備軍であっただけで踏み止まっていた者すら次のウーゴになりかねない。見せしめは決定事項であり、あとはその度合いを決めるだけ。

 コルネリウスは最後の質問を始める。無論、相手にはそう告げず。

 

 

「それで、その話やヘンリエッテの存在は祭司団の他にどこに流した?」

「…………ええと、その、蛇咬会にはアジトの情報と一緒に。あとはガルガンビーノと統一戦線と、『日和見』のアンドレだ」

「結構。では祭司団のアジトに連絡してくれ。ヘンリエッテの件と蛇咬会の情報と……まぁ、ドンパチの真っ最中でも気を引かれる程度に盛ってだ」

 

 ウーゴは何度も頷き、傷を忘れたかのように跳ね起きる。ひとまず見逃されたと思ったのか、先程までと違い身体からは幾分緊張が抜けている。

 

 

 

 故に、彼の背後にいる存在が既に『人間』ではないことなど、気付かない。

 霧に包まれた境界都市に、今日も夜がやって来る。

 

 

 

 

 

 

 

 カシュパル・ベナークはブルンツヴィークの祭司団を率いる身だ。今でこそ急拡大している武闘派組織の長として日々豪遊しているが、ほんの数ヶ月前までは日雇い労働者として食うや食わずの毎日であった。

 

 HLの出現と多種多様な超常技術の開示・流出によって世界のパワーバランスは変化した。中でもEUは今まで秘匿されていた『魔術』的な技術・資源の豊富さから好景気を迎える。が、それも主に西欧の話だ。

 東欧はかつて領域内の魔術資源の殆どを『来るべき理想の国家』と『赤く染まった鎌と槌』に奪われている。当時気付かれていなかったそれは過去の戦争責任を求める声と、不穏な運動へと結び付き、国内は混乱。

 それでもある程度は好景気の恩恵に与れたものの、EU内における経済・政治的格差は更に広がった。少なくとも、彼のような無産階級にはそう考える者が多い。

 

 不景気に喘ぎ、あるいはこの街ならば、と夢を見た。その姿はまるで中世の自由都市へ逃げ込む農奴のよう。そして彼を迎えた現実は、数百年前の彼等と大して変わらないものであった。

 

「失ってなるもんか。大丈夫、大丈夫だ。この力があれば、もっと強くなれば……」

 

 そのような経歴を持つため、カシュパルは一度得たものを失うことを極端に嫌う。分の良い再起や、不利益を伴う手打ちという選択肢が取れない。

 蛇咬会の同時多発襲撃に右往左往する部下達を見れば組織の欠点と脆弱性は明らかであるというのに、時間を得て地盤を固めるよりも戦って力を示すことを選んだのだ。

 

「ウーゴから連絡だと?」

 

 今日初めてもたらされた、泣き言の類ではないまともな報告。それは欲しい情報の値を釣り上げる小癪な、そして力ずくで聞き出すことにした情報屋に関するもの。例の少女の情報と蛇咬会の動きを、当初より安い値段でいいので買ってほしいとのことであった。

 鎧と一緒に向かわせた構成員からの報告でなく、数少ない無事なアジト経由だ。カシュパルはウーゴの事務所にいる構成員に連絡を取らせようとしたが、そこは防犯の都合でシェルター内の固定電話でしか連絡が取れないと返されて舌打ちする。

 

 結局、カシュパルはウーゴの提案を飲むことにした。ウーゴの命を握っているのは祭司団であったが、彼がもたらす情報の有用性次第では今後も付き合いが続く。値切ったり始末するようなことはしない。むしろ寛容さを見せてやろうと、最初に払う予定であった金額を持たせて部下を送り出す。魔力消費による疲労で身体が重くなるが、十分過ぎる数の鎧も護衛につけ裏切りや蛇咬会の襲撃にも備えた。

 そして一時間後、彼の下にその部下が全滅したとの報告が届く。

 

「何が起こった!」

 

 首領の剣幕に怯えた部下が途切れ途切れに説明する。向かわせた部下の一人が、おそらく死ぬ直前にかけてきた電話によれば相手は蛇咬会でも他組織でもなく、ウーゴらしきものだったという。

 ウーゴはただの情報屋であり、戦えるような男ではない。混乱したカシュパルは半ば当たり散らすように部下に詳細な報告を求める。しかし、それもアジトの電気が消えるまでの話だ。

 

 このタイミングにおける停電を事故と捉える者は、底抜けの楽天家か脳が溶け切ったジャンキーぐらいであろう。

 部下達が悲鳴のような怒声を放ちつつ防戦の準備をする横で、カシュパルは限界まで鎧を生み出す。カシュパルはもはや椅子から離れるのも億劫な程疲労しているが、彼自身の戦闘力は見た目相応でしかない。最悪の場合その身を鎧に運ばせればいいため、数を揃える方が重要であった。

 

 暗闇の中、息を潜めた構成員達が各々の得物を構える。耳が痛い程の沈黙が続き、鎧に囲まれて安全な筈のカシュパルですら冷たい汗を流すほど。

 しかし、いくら待てども銃声のひとつも、敵の声も聞こえてこない。

 

「おい、予備電源が起動しているかもしれんから監視用の機械の確認をしてこい」

 

 不審に思ったカシュパルは部下に命令する。普段の彼ならこの程度のことは部下が自主的にやれと怒るところだが、場に漂う異様な雰囲気に飲まれていた。

 しかし返事が無い。苛立ったカシュパルが鎧に命じて近くに立っていた部下を小突かせ――――その部下は触れられた場所から全身が崩れ、ただの粉となった。

 

 驚愕、混乱、恐怖。一気に様々な感情を抱え込んだカシュパルは、恐れを振り払うかのように次々と部下の名を呼び、鎧に確認させる。だが返ってくる反応は全て同じもの。暗闇に慣れてきたカシュパルの目が、男達がまるで木乃伊のように干からびていることに気付いてしまったことも混乱に拍車をかける。

 やがて部屋にかつて人であった粉が散らばり、確認する相手も尽きた。もはやこの部屋に彼以外に生きた者はいない。その、はずだった。

 カシュパルは部屋に何者かの気配が現れたことを感じ取り、鎧達に自分を囲ませてから叫ぶ。

 

「……こ、殺せ!!」

 

 主の意を受けた数体の物言わぬ騎士達が駆け、得物を振り下ろし、次の瞬間には壁に叩きつけられていた。頑強な筈のそれらは大きくひしゃげ、もはや原型を留めていない。

 振り返ってその光景を見たカシュパルは、恐怖で凍り付きそうな首を無理矢理に動かして再度敵を見る。彼の目が捉えたものは、黒髪の男の光る眼と、口元に覗く長い牙。

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どうやってここに来た……」

「知ってる奴を捕まえただけだ。大金を扱える拠点から辿れば早いと思っていたが、初回で当たるとは思わなかったぞ」

 

 椅子に力なく座り、青い顔をしながら言うカシュパルにコルネリウスは少し呆れたような表情で言った。

 

「ここを知ってるのは一部の……そうか、くそっ。貴様、ウーゴと……」

 

「あれは今頃、命令通りに自分ごと痕跡を抹消してる最中だろうな」

 

 吸血鬼の力の一つに、命を奪った相手を屍喰らい(グール)と呼ばれる意思無きモンスターにする術がある。哀れな、そして愚かな情報屋の末路がそれだ。

 

「貴様、死霊術師の類か」

「……この状況で吸血鬼だと考えもせんあたり、確かにトーシロだな」

「吸血鬼などと、何を馬鹿な……!」

 

 コルネリウスの発言を否定するかのように頭を振り、鎧をけしかけ続けるカシュパル。あるいは目の前の、追い詰められているという現実も否定したいのかもしれない。

 

 『吸血鬼』『血界の眷属』『緋き羽根纏いし高貴なる存在』

 様々な名で呼ばれる彼等は、裏社会にある程度精通した者であれば避けるべき災厄。だがそうでない者にとっては、HLというものが出現してなお御伽噺の住人と見られていることも多いのだ。『Need to Know』に基づく努力も関係はあるだろうが。

 

「……まぁ、吸血鬼として出会ったらまず死ぬのもあるしな」

「う、うるさい! 死ぬのは、お前だ!」

 

 襲い来る鎧をコルネリウスは剣すら使わず素手で破壊していく。だが、その内何かを思い出したかのように動きを止めた。無論敵の隙を見逃す鎧達ではない。即座にコルネリウスの身に無数の剣や槍が突き刺さる。

 カシュパルは凄惨な光景を前に、喜びよりも安堵の色が強い乾いた笑いを漏らす。だが悲しいかな、それも一瞬の後には凍り付く。針山のようになったコルネリウスが、何事も無かったかのように一体の鎧を掴み、引き寄せたからだ。

 

 コルネリウスの袖から流れ出た血が瞬く間に鎧を覆う。それが持たぬ頭や片腕をも形作った血の檻。囚われた鎧は暫し呼吸を求めるかのように暴れていたが、その身を覆う血が流れ落ちる頃には大人しくなっていた。

 それだけではない。錆が落ち、銀の輝きを取り戻した鎧には頭部と両腕が揃っている。誰が見ても言うだろう。こちらが在るべき姿である、と。

 

「な、何をした……」

「無くした知識とはいえ、正しい断片は残ってる。であれば修正も可能だ」

 

 コルネリウスが自分に刺さった剣の一本を無造作に引き抜き、銀の鎧へと渡す。新たな主を得た鎧は、立ち塞がる先程までの同胞を次々と切り捨てていった。銀の鎧は不完全であった頃よりも更に力強く、そして疾い。

 

「だが式の大半はお前にあった筈だ。それでこれだけ不完全なものになるあたり、地力の無さってのは悲しいな」

「ち、違う。俺には才能があるんだ……あのジャンク屋とは違い、俺は多くの『力』をあれから得た!」

「――そりゃあ『記憶』の間違いだな。才能ではなく、せいぜい適正があった程度だ」

 

 コルネリウスに嘲笑され、カシュパルは叫ぶ。ただしそれは怒声というよりも、悲鳴のようなものだ。既に彼の兵団はたった一体の銀の鎧によって壊滅寸前となっている。

 偶然得た力に驕り、頼り切り、自らを磨いてこなかった。その現実が死神と化し、今まさに彼の命に追い付かんとしているのだ。

 

 部屋の主を守る最後の一体が地に伏したところで、コルネリウスはカシュパルへと向けて歩き出す。カシュパルは思い出したかのように逃げるための鎧を生み出そうとして、魔力が尽きている事実に愕然とする。残ったのは絶望の眼差しと、命乞いの言葉だけ。

 

「あ、あれを渡す! 金も渡すし、あんたの言うことも聞く! だから……がっ!?」

 

 コルネリウスは片手でカシュパルの首を掴み、身体ごと持ち上げて嗤う。

 

「能のない生者より、死者の方が遥かに役立つ」

 

 

 

 アジトの予備電源が作動し、部屋に灯りが戻った時。豪奢な椅子には一人分の衣服と何かが砕けた粉しか残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 窓から見える豊かな自然はHLでは珍しく、人の心を和ませる。建材の大部分を占める明るい色の木材も、視覚と嗅覚から癒やしを与えてくれるだろう。更には大きな窓と吹き抜けが明るく開放的な空間を作り出しており、このログハウスはまさにくつろぐための場所だ。

 

「であるからね、ムッシュ。ここで剣呑な雰囲気は勘弁願いたいんだ」

 

 『日和見』アンドレは左手を挙げて降参の意を示しつつ、右手で対面に座るコルネリウスにエスプレッソが注がれたカップとソーサーを置く。

 一方コルネリウスはというと、別に敵意を見せてはいなかった。ただやり辛そうな顔をしつつ、カップを口に運ぶだけだ。

 

「話に聞いてはいたが、うまいもんだな。こっちが本職扱いされるだけある」

「そういって貰えると嬉しいね。僕自身、そうでありたいと思ってるし」

 

 そう言って笑うフランス人は情報屋の傍ら、このログハウスで不定休のカフェを経営している。欧州の権威ある組織からバリスタとしての技能を認められている彼は、自身で言うように情報屋よりもこちらの生き方を好んでいるのかもしれない。

 

「……で、だ。どうも言いたいことはわかってるようなんだよなぁ、お前は」

「例の少女の情報、正しくはその扱い方。でいいかな?」

 

 その言葉にコルネリウスが無言で頷くと、アンドレは困ったように笑いながら自分の椅子に座る。

 

「ウーゴのところで仕入れたのは偶然だった。ただ、これが"誰の"求めていた情報かってのは知っていたし、"そう"したらどうなるかも予測はついた」

「だから一度たりとも商品にはしていない、と。大した危機回避力だな」

「スペインの考え無しのように、チェコの新参者のように、はたまた最近原因不明の被害を受け続けてる中国の自称武侠のようにはなりたくなかったからね」

 

 コルネリウスは自分の調査が完全であるなどと思うつもりはない。ただ彼が知る限り、このアンドレからヘンリエッテの情報が他所に流れた形跡は確認できなかった。

 問答無用の詰問や口封じをしていないのにも理由がある。コルネリウスにとっては数少ない信頼出来る情報屋がアンドレであるならば、と穏当な対処を薦めてきたのだ。

 

「ただ簡単に力を得られる電子魔術書、なんて馬鹿げた情報は一定の信憑性を持って広がってしまったよ。悪魔の証明とまでは言わないけれど」

「ヘンリエッテが見つかった時の混乱は酷いだろうな……現状のままなら」

「おお怖い」

 

 わざとらしく胸元で十字を切るアンドレ。彼は電子魔術書などという代物を信じないらしい。少なくとも、コルネリウスの前では。

 

「あと、今回の件は『ライブラ』も気にしてたようだ。祭司団が消えたあの日、唯一蛇咬会の手によらず焼け落ちたアジト。その周辺でメンバーらしき人間が目撃されてる」

「……はぁ、何が起こってもおかしくない街ってのはこういう時面倒なんだ。何かを嘘だと断じることが"外"に比べて難しい、どころか危険にすらなるからな」

 

 コルネリウスがあの日手に入れた記憶媒体――――否、取り戻した『記憶』は便利な魔術書という側面が確かにある。何せ吸血鬼という存在の叡智がおまけ付きで入っているのだ。事が事だけに公にする訳にもいかず、事態はこんがらがる一方。

 運良く"無い"と把握出来るだけでも、彼の『記憶』はまだ幾つかあるだろう。今後それを見つけた者が、どのような騒動を起こし世間の耳目を集めるかは考えたくない。

 

 コルネリウスはうまくいかない世の中、あるいは噛み合いすぎている歯車を憎々しく思った。しかし様々な意味で自身も原因の一つであると思い出し、軽く落ち込みつつ席を立つ。

 

「今のところお前をどうにかする必要は無さそうだ。邪魔したな」

「気にしないでくれ。今度はお客様として来てくれれば嬉しいけどね」

「あー……どっちのだ?」

 

 コーヒーを主力とするカフェに、と言われるとコルネリウスは困る。実のところ、彼はコーヒーについてわりと無知であるから。ただ幸いなことに、そうではなかったようだ。

 

「どっちもさ。ムッシュの想い人の件、僕も受けようか?」

「……まぁ、いいか」

 

 『門』から札束の入った袋を取り出して投げ渡したコルネリウスは歩き出す。その背後ではアンドレが金額が多過ぎるだのなんだのと言っていたが、彼は無視した。

 依頼についてのフランス人の勘違いを正す気力すら無いのだ。どうせ後々払う金を、細かく数えるなどやりたくもなかった。

 

 

 

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