緋色の羽の忘れ物   作:こころん

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第六・五話

「ヘルメス流。確かにそう言ったんだな?」

「はい。名刺にもそう書いてますし……ほら」

 

 レオは財布から取り出した名刺を眼前の男に手渡す。様々な肩書の最後に『ヘルメス流錬血術』と記された、何の変哲もない名刺。左頬に大きな傷跡のあるスーツの男はそれを確認し、手元の紙に素早く情報を写し取ってレオへと返す。

 

「血法使いとしての肩書は最後、か。成程、らしいと言えばらしいな」

「いやいや、ちゃんと技使ってるとこも見ましたよ? スティーブンさんにも報告したじゃないですか」

 

 それはブルンツヴィークの祭司団と名乗る非合法組織が壊滅した日のこと。レオは一時連絡が途絶したことをこのスティーブンに――――世界の均衡を守るために活動する秘密結社『ライブラ』の"同志"であるスティーブン・(アラン)・スターフェイズに叱られた後、『電子魔術書』を巡る争いの一部始終を報告していた。

 ただ仲間と合流してすぐに祭司団のアジトを探して駆け回る羽目になったため、戦闘員でないレオは疲労困憊。祭司団もライブラが介入する前に壊滅し、電子魔術書の手掛かりは途絶える。その直後には相変わらずと言っていいのか、別の事件が勃発したため電子魔術書の件は一時棚上げし、レオは帰宅を許されることとなった。

 今日は情報を整理し今後へ繋げるための、改めての聞き取りである。

 

「そういうことじゃない。錬血術師としての肩書を前面に出してないってことだ」

「…………すいませんスティーブンさん。俺名刺には詳しくないので仰る意味が」

 

 手に持った名刺を凝視するレオ。だが如何に彼が『神々の義眼』などというオーパーツじみた眼を持っていても、新たに導き出される情報は無い。

 そんなレオを見て少し頭が痛そうにしたスティーブン。とはいえ彼は後輩への説明を厭わないし、無知を責めるような性格でもない。

 

「名刺の肩書ってのは、自分をそう扱ってくれというメッセージでもある。宮仕えであれば組織の一員として相応しい順序にする必要があるが、そうでないなら……」

「あー、上に書かれてる方が本人には重要なんすね」

「そういうことだ。まぁ渡す相手によって内容が違うこともあるし、国によっても傾向は違うが」

 

 なるほどなー、などと呟きながらしげしげと名刺を眺めるレオ。スティーブンはそれを横目に、仕事机のPCを操作しながら続ける。

 

「俺達牙狩りの業界ではヘルメス流は少し特殊で、知名度も高い流派なんだ。いい意味でも、悪い意味でも」

「だからコルネリウスさんもアピールしてないんですかね」

「いや、むしろそれが悪い意味での知名度の理由のひとつだ」

 

 スティーブンは手招きし、レオが自分の横まで来るとPCの画面を指す。

 モニターに映っているのは何かしらのグラフだ。その殆どはとても小さな数値しか持たない項目であるが、一つだけやけに大きなものがある。

 

「これは牙狩り構成員が用いる流派のグラフだ。この一番多いのがヘルメス流」

「えっ、こんなに数の差があるんですか? ……というか一人や二人しかいない流派が多いですね。そのせいで余計目立ってるなぁ」

「俺達はそもそも裏社会の存在だ。『血』は勿論のこと、身体そのものを弄る流派も珍しくないので素の能力や適性も大事になる。訓練だって過酷だ」

 

 そして、実戦はその比じゃあない。そう言ってスティーブンは続ける。

 

「だから各流派の方針を抜きにしても、母数はそんなに増やせるものじゃないんだよ」

「じゃあ、ヘルメス流はなんでこんなに多いんですか?」

「そこらへんの理由を全部取っ払ってるからさ」

 

 スティーブンが溜息をつき、一時会話が途切れる。レオは少し待ってから質問をしようとしたが、丁度そのタイミングで拠点の扉が開いた。

 入って来たのは身の丈2mはあろうかという、眼鏡をかけた赤髪の男。白のワイシャツとネクタイ、ウエストコートと大した紳士振りだ。扉の開け閉め一つとっても、育ちの良さが伺える。

 だが服の上からでもわかる鍛えられた身体と、気が弱い者なら腰が引けそうな強面のせいで威圧感が凄い。会う場所を選ばねば、初見の人間は色々と勘違いしそうだ。

 彼こそが秘密結社『ライブラ』のリーダーであるクラウス・(フォン)・ラインヘルツである。

 

「あっ、クラウスさん。おはようございます」

「うむ。おはよう、レオナルド君、スティーブン。だが、私だけでなくニーカ君もいるのだが……」

「えっ……あ、ほんとだ。すいません、ニーカさん」

 

 クラウスの発言と共に、彼の背後から茶髪をポニーテールにした作業服姿の女性が現れる。小柄な彼女はクラウスの巨体に隠れて見えなかったのだ。

 特に気を悪くした様子もなくレオへと挨拶を返し、隣室にある簡易作業台に向かって行った彼女の名はニーカ・コヴァレンコ。ライブラでは主に武器の整備や修理を行っているが、やろうと思えば車から日用品までわりとなんでも扱える。

 

「おや、二人だけかい。パトリックがいないようだが」

「うむ、それがパトリックは街で見かけた……あれは模型、でいいのだろうか? それの値段交渉に夢中になってしまったのだ」

 

 クラウスは困ったように言う。

 

「だが急ぎの用も無い。彼は普段から働き詰めであるしたまには、と……」

「あー、まぁ構わんだろ」

 

 『ライブラ』はタイムカードを押して働くような職場ではない。やることをやっていればいい、とスティーブンは思っている。もっとも、彼自身は文字通り身を粉にしてプライベートすら捨てる勢いで職務に励む人種であるが。

 

 今頃どこぞの店で値切りに勤しんでいるであろう巨漢。その姿を思い浮かべていたスティーブンに、別の部屋へ行く途中であったクラウスが声をかける。

 

「ところで、二人は何か話していたようだが。それはもういいのかね?」

「ん? ……ああ、すまんレオ」

「……あっ、そうでした」

 

 スティーブンだけではなく、レオも忘れていた。彼は慌てて、先程までの自分が何を言おうとしていたかを思い出す。

 

「ヘルメス流はなんで人数が多いんですか?」

「さっきの内容と被るが……まず習得難易度が低いんだ。最低限のラインでいいなら、まず誰でも覚えられる」

 

 机の上に用意されたメモ用紙を一枚取り、レオにわかりやすいようヘルメス流の特徴を箇条書きにしていくスティーブン。

 

「流派の側が一門と認めるかどうか、ってだけじゃないぞ。絶対に必要な『血』が受け入れやすい。これは偶然でも技術的な問題でもなく、意図的なものだ」

「人を増やすため、ですか」

「そういうことだ。そしてその意図が問題でもある。早い話、ヘルメス流は自分達の技を売りに出してるんだよ」

 

 快く思っていないのか、スティーブンの持つペンの後部が机を小刻みに叩いている。

 

「売る、って」

「そのまんまの意味さ。実力はともかく超常の技の使い手になれる。異形と戦うための技術が、金持ちのちょっとしたステイタスに早変わり。その行いが有名といっても、あくまで狭い業界内での話。そしてその中ですら知らない者がいる程度だ。粗製乱造でも外部になんかわかりゃしない」

 

 彼にしては珍しいが、目に見えて機嫌が悪くなってきたスティーブン。レオはそんな彼の姿に地雷を踏んでしまったかと焦りつつ、渡されたメモ用紙の内容から他の話題に逸らそうとする。

 

「で、でもちゃんと戦える人も多いんですよね? それなら――」

「戦えるが、義務ではない」

 

 スティーブンの声が一段と低く、冷たくなる。レオには周囲の温度まで下がったような気がした。同時に気付く。流派自体に悪印象を持っているのであれば、このリストにあるものは全てそれに繋がるのではないか、と。

 

「故に彼等は牙狩りとしての仕事を受けない者も多い。それどころか、鍛えた技を私利私欲に用いることすらある。先程見せたグラフでも、籍を置いているだけに近い者がわりといる」

 

 スティーブンが扱う流派は『エスメラルダ式血凍道』。血の氷を操るその名に相応しいような冷気が――別に技を使っている訳でもないのに――室内に広がる。もはやレオは震えるばかりである。

 

「そして、流派の側はそういった行いを取り締まる気がほぼ無い。名実共にトップである者がおらず、有力派閥が乱立しているせいで統制が取り辛いという事情はある。だがそれを含めてもやる気が無い」

 

 その後も恨み言を吐き出し続けるスティーブン。彼が発する暗い冷気に体力を削られ続けていたレオを救ったのは、隣室から戻ってきたクラウスであった。

 

「スティーブン、共に世界の脅威と戦う戦友をそう悪く言うものではない」

「……共に戦わない者も多いだろう。お尋ね者すら抱えているような流派を野放しにしていては、我々牙狩りの印象も下がってしまう」

「そういった悲しい事実も、確かにある。だが同時に、彼等は牙狩り……だけではなく、平和を守らんとする同胞達に多くの恩恵をもたらしてきたではないか」

 

 今までスティーブンが語ってきたものとは正反対のイメージ。レオはそれが気になるのが二割、この恐ろしい空気を払拭したいのが八割でクラウスの言葉に飛びつく。

 

「クラウスさん、どうか説明をお願いします!」

「む、レオナルド君は興味があるか。仕事熱心なのは素晴らしいことだ」

 

 レオの言葉を都合よく解釈したクラウスはうんうんと頷く。そしてレオが持つメモを求め、それを受け取ってから話し始める。

 

「まず、彼等は政財界を始めとする様々な方面との繋がりが深いのだ」

「技を売ってるからですか」

「正確には技だけではないが、概ねその通りだ」

「裏の情報を無秩序に流出させ過ぎだと思うけれどね」

 

 納得できないとばかりに口を挟むスティーブン。クラウスはそんな彼をまあまあとばかりに宥めながら続ける。

 

「それは資金・政治・情報といった様々な面で、我々のような組織にとって大きな助けとなっている。彼等がいなければ『極限の14日間』が倍以上に延びてもおかしくない」

「へー。じゃあ僕達の活動資金の幾らかも、そこからだったりするんですかね」

「うむ。次は今の話にも関係があるのだが、ヘルメス流の歴史についてだ。レオナルド君は、我々が扱う技は何のために作られたと思っているかね?」

 

 レオはライブラに加入してからの、短いながらも濃密な日々を振り返って答える。

 

「ええと、世界平和……?」

「素晴らしい答えだと思うが、正確ではない。我々の技は――」

 

 クラウスは言葉を切る。レオに今『吸血鬼』という単語を聞かせれば、そちらが気になるであろうと考えたのだ。だが話としては――熱心に聞いてくれる相手に説明することは好きなのだが――脱線となる。また非戦闘員であり、ライブラの仕事にも慣れていないレオに、吸血鬼関連の情報を今詰め込むのは良くないと判断した。

 

「――失礼。我々の技は仮想敵こそいるものの、全てがそういった敵と戦うために……更に言えば戦闘を目的として作られた訳ではない」

「と、いうことはヘルメス流もなんですね」

「うむ。『錬血術』の名から連想するかもしれないが、彼等の原点は錬金術だ」

 

 錬金術は表の世界では体系化された『科学』へと昇華し、オカルト的な要素は排除された。しかしその実、搾り滓であり非現実的・詐術の類とされた部分は、裏の世界で『魔術』として発展を続けてきたのだとクラウスは言う。

 

「そしてその支流のひとつがヘルメス流へと至ったのだ。彼等の理念はそもそもが錬金術の探求。特殊な『血』を用いるようになったのは、研究の一結果に過ぎない」

「だから戦闘特化の流派とは違う、と。なるほどなぁ」

「彼等の錬金術、そしてそれを様々な技術と組み合わせる貪欲さは多くの成果を生んでいる」

 

 HLで売られている日用品から、ライブラが組織の維持に使うような重要なものまで。ヘルメス流を含む錬金術は、様々な超常技術に影響を与えている。

 本来『錬金術』という括りは『科学』や『魔術』に近いレベルの広い範囲を指すので当然とも言えるし、成果をひとまとめに語るのは正しくないかもしれない。『魔術』の一分野扱いにされるのを嫌う者もいる。だが『魔術』として扱われた時、その成果は他の分野を遥かに凌ぐという。

 

「はー、凄い話ですね」

「口さがない者は銃後の流派などと言うが、私は彼等のような流派も必要だと思っているよ。それにヘルメス流にも他の流派に劣らぬ強者はいるのだ」

 

 クラウスは自らが知る名を幾つか挙げる。

 

「彼等は『商品』とは違う方法で鍛えてるだけじゃあないか。派閥ごとの技術共有もされてないみたいだし、僕には流派全体の成果とは思えないね」

「それも彼等の特徴だと、私は思うがね。ああ、他の戦闘・研究用技術に精通している者が多いのも彼等の長所だ」

「本職を疎かにする分、学ぶ時間が多いんだろう」

 

 またもや茶々を入れるスティーブン。もはや個人的な恨みがあるのでは、とレオは思ったが指摘するようなことはない。なにせ彼がこのような――はっきりと言えばめんどくさい――言動をするのは非常に、非常に珍しいのだ。触らぬ神に祟り無しである。

 もっとも、対するクラウスは気を悪くした様子もない。先程までと同じようにスティーブンを宥めるクラウスの鋼の精神、あるいは鈍感さにレオは色々な意味で感嘆した。

 

「そういえばコルネリウスさんも魔術使ってました。剣も……あくまで僕から見た分には達者で戦闘も強かったし、凄い人だったんですね」

「――そして例の電子魔術書に関係している」

 

 先程までの面倒なものとは違う、怜悧な声と表情。仕事の際の雰囲気に戻ったスティーブンにレオは思わず姿勢を正す。今の今まで彼は忘れていたが、そもこの会話は電子魔術書の件についての聞き取りだったのだ。

 

「電子魔術書の所有者だったとされる祭司団のカシュパル・ベナーク。彼とその部下が探していた少女を、コルバッハは知っていた。そうだな?」

「多分、ですけど。ワンさんとの会話を見ている限りでは」

「そこを抜きにしても、コルネリウス・コルバッハは祭司団の壊滅に明らかに関与している。電子魔術書の行方についても知っている可能性が高い」

 

 レオは嫌な流れになってきた、と思った。彼はコルネリウスのことを悪くは思っていないし、むしろピザの代金の件などで感謝している。別れ際に言っていたレオの名を出しての大口注文も実行され、ドギモピザでは店長に感謝されたぐらいだ。

 とはいえ、ライブラの理念も電子魔術書の危険さも理解している。仕事である以上、情報は全て報告しなければならない。

 

「今回使われたと思われる電子魔術書。術自体の危険性は――あくまで災害レベルのものと比べた場合ではあるが、そう高くはない。だが素人を短期間で一端の魔術師に仕上げる代物。それを作り出すような存在がいるかもしれないということだ」

「あー、コルネリウスさんは説明はしてくれませんでしたが、そんなものじゃないみたいなことは言ってました……けど」

「その様子だと君もわかっているな。"そうではない"と言い切るには弱い。怪しまれている本人の言葉なら、尚更だ」

 

 スティーブンはそう言った後、コルネリウスを調査の対象とする旨を数人のライブラ構成員へと送る。レオは気乗りしない様子でそれを見ていた。

 

「ふむ……スティーブン。その件について少しいいかね」

「なんだい。仮に何かあったとしても、僕達戦闘要員の出番はまだ……」

「いや、私も調査に加わりたいのだ。といっても、基本的には他の同志に任せるが」

 

 そして、そのレオを見ていたクラウス。彼は信頼すべき同志であり、心優しい少年を気遣うことを選択した。ライブラのリーダーとして多忙な日々を過ごす自身が、更に仕事を抱えるということを承知の上で。

 驚いた様子のレオの前で二人の話は進む。

 

「……クラウス。君はそういった仕事には向いていない。それに正直な話、君はレオを助けたという一事だけでコルバッハとやらに好感を抱いてしまいそうだ」

「自身の適正は承知の上。だがスティーブン、君もヘルメス流に対する隔意が無いとは思えない。我々は必ずしもその相手を出し抜いたり、敵対する必要は無いのだから」

「それは……まぁ、そうだが」

 

 ライブラの活動目的は世界の均衡を保つことである。しかし構成員である彼等が目指しているのは、無慈悲な天秤となることではない。他者の権利にだって出来る限りの配慮はする。そも様々な情報こそ仕入れて危機に備えているが、それが起きると確定して初めて動く組織なのだ。

 件の電子魔術書が実在し、そしてコルネリウスの手元にあるとしよう。必要なのは、あくまでその製作者の情報だ。あとはそれを譲って貰うなり、可能な限り協力し厳重な管理を約束してもらうなりでいい。交渉で済ませることになんら問題は無かった。

 

 スティーブンとてそれは重々承知している。少しばかり険しさが取れた彼の顔を見て、クラウスは畳み掛ける。

 

「電子魔術書は本来拡散性の高いものであるにも関わらず、現状では祭司団以外が使用したらしき情報も無い。唯一の情報源であるなら、慎重にいくべきだろう」

「……ふぅ。わかった、わかったよクラウス。身辺調査が終わったら君に知らせる」

「スティーブン、感謝する。……レオナルド君」

「は、はい!」

「その調査には君と共に行こうと思うが、どうだろうか。例の件において君は所属を明かしていなかったと聞くので、良心が咎めるかもしれない。故にあくまで君が望むのであれば、だが……」

 

 提案という形の、明らかな気遣い。レオがそれを拒む理由は何もなかった。

 

 ちなみにそれを見ていたスティーブン。クラウスの発言から、彼が荒事になる心配を全くしていないと感じ取って頭を痛めていた。まぁそれだけではなく、彼がまた馬鹿正直にライブラ所属と記された名刺を差し出す姿を幻視していたのもあるが。

 

「二人とも気をつけてくれよ。コルネリウス・コルバッハがレオを助けたのは結果論とも言えるんだ。本当に信頼出来る人間かは――――」

「私はわりと信頼してるよ、コニーのこと」

 

 発言の主は、作業を終えて戻ってきたニーカであった。

 

「お、おお……? ニーカも知ってる相手なのか」

 

 自分の発言を遮る形で発言したニーカを、驚いた様子で見るスティーブン。

 なにせ普段の彼女は、ライブラでも一二を争う程に発言が少ないのだ。別に人付き合いが苦手な訳でも、仲間に苦手意識がある訳でもない。理由を挙げるとすれば、仕事ではなく世間の流行などといった会話を出来る相手が少ないからであろうか。

 ちなみにこの部屋にいる男三人は全滅である。特にスティーブンは仕事に使うという理由で、本心では興味がないのに知識だけ仕入れているため一段と質が悪い……とは一部ライブラ女性陣からの評である。

 

「ニーカ君も、そのコルバッハ氏とは親交があるのかね?」

「HLに来てすぐの時に助けてもらった。それからの付き合い」

「ふむ、やはり強さだけでなく良心も兼ね備えた人物なのだな」

「…………クラウス、頼むから調査だって忘れないでくれよ」

 

 しきりに頷くクラウスを見て、こめかみを押さえるスティーブン。レオは半分程は自分が原因であることも忘れ、そんな彼をやはり苦労人だななどと笑って見ていた。

 なお、レオはコルネリウスがニーカの知人だということを、祭司団騒動の中で聞いていた。つまり報告漏れであり、この後すぐにニーカ経由でそれに気付かれ説教を受けることとなる。

 

 世界の均衡を保たんとする秘密結社ライブラ。自ら望んだとはいえ壮絶な重責を背負うはずの彼等だが、普段はこんなものである。

 

 

 

 だから、仕方がないのだろう。構成員の二人と"偶然"知り合った者がいる。それを知った時のスティーブンの目に宿った冷たい光に気付いた者は、いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 午後五時を過ぎた頃になると、夜を書き入れ時とする店が本格的に営業準備を始める。道には客引きやスカウトマンが次第に増え、既に今日の営業を終えた店の者や、会社帰りの者達と交差する。

 まだ夜ではないが、昼とは別種の賑やかさに移り変わろうとする街。コルネリウスはそんな独特の雰囲気を醸し出すHLを、早めの夕飯を求めて歩いていた。

 

「小売とはいえ出版業界に携わる者として、官憲の横暴に文章でもって抗議するべきか否か……」

 

 などと呟く彼の夕飯が今日に限って早まったのは、相応に疲れることがあったからだ。

 VD社のカルネウスから、意見を聞きたいことがあると呼び出されたせいではない。少ないながらも助言の対価を貰い、帰途に就こうとした時にダニエル・ロウ警部補と出会ってしまったからだ。

 コルネリウスは先日の件について、任意同行か昼飯を食べながらの『世間話』かを選択させられた。そして紆余曲折を経て、ラーメン屋で殺人的な濃度と量の豚骨ラーメンを二人で平らげる羽目になる。そこに何の意味があったかは誰にもわからない。

 

 弱体化する昼であっても、人間より遥かに強靭な胃袋を持つコルネリウス。流し込んだ固体手前の液体を、しっかりと栄養に還元することに成功する。ただし、その反動でまともなものが食べたいという欲求が強まり今に至るという訳だ。

 明らかに肉系統の店を避けて歩くコルネリウス。彼がやがてたどり着いたのは、まだ暗くもないのに看板に灯りを灯している一軒の店。独特の宣伝ソングが流れる、回転寿司屋であった。

 

「となると、このあたりでいいな」

「へー、お寿司かぁ」

 

 背後から発せられた聞き覚えのある声に、コルネリウスはゆっくりと振り向く。果たしてそこには、彼が想像した通りの小柄な女性。

 

「おう、ニーカ。仕事帰りか」

「当たり。そういうコニーは夕飯外で食べるんだね、珍しい」

「そういう訳じゃあないんだが、一人で食べることが多いからな」

 

 なにせ彼は夜になると反射物に映らない。とはいえ変に警戒し過ぎるのも逆効果かつ疲れるだけ。よって夜の彼は、個室があったり人気の少ない店を利用することが殆どであった。

 

 コルネリウスはしばしニーカと雑談に興じていたが、ふとした拍子に空腹を思い出す。土日とは違い、地味な作業服のニーカに別れを告げた彼は回転寿司屋の自動ドアへ

 

「『ちっこい割によく食う奴』」

 

 向かおうとして、足を止める。

 

「……レオか」

「しくじった、みたいな顔はすべきじゃないね。このままじゃ土日のHLを楽しむ今時の若者たちに、デリカシーが無いって噂されちゃうよ」

 

 へいへーい、と少し笑みを浮かべつつスマートフォンのSNSを開いている画面を見せつけるニーカ。そこには共通の知人のアカウントがずらり。

 別にコルネリウスにとってそれが痛手となる訳ではない、と本人は思いたい。しかし大事なのは、地味ながらも抗議されているという事実である。コルネリウスは早々に諦めて両手を上げつつ、ニーカの方向へと踵を返した。

 

「如何すればよろしいので」

「回らないお店とかどう? 別に今日じゃなくてもいいけど」

「強請れば出て来る相手を知ってるってのは、怖いことだと思わんか……」

「友情、友情。丁度仕事終わったみたいだし、シャーリーとかも呼ぶよー」

「おう、呼べ呼べ。どうせ日付ばらした領収書だ自営業舐めんなよ」

「あと着替えてくる」

「……出来るだけ早いお戻りを」

 

 夕方を迎えつつある街の雑踏に紛れる二人。

 吸血鬼とは世間で思われている程、無敵ではない。

 

 




せつめいかい

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