緋色の羽の忘れ物   作:こころん

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第八話

「あ、ちょっ、ちょっと待って……いやタイム! タイムだってシニョーレ!」

「あぁん? 俺は何回か言ったよな、話をしに来ただけで敵じゃないと。……それが今更なんだって? おい、もっぺん言ってみろ」

「すいませんマジすいません!! 勝てると思って調子乗りました!!」

 

 暗闇の中、血を纏った鎖で全身を縛られ、天上から吊り下げられているトーニオ。彼は四肢で唯一残っている左腕を使い、謝罪の意を示そうとする。失われた右腕と両足はコルネリウスの足下に、彼の血で封をされた状態で転がっていた。

 

 本来吸血鬼たるもの四肢を再生するのは勿論、切り離されたそれを操り攻撃に使うことなど造作もない。コルネリウスが眼前の吸血鬼の技術的な拙さに気付いていなければ、どうせ即座に再生するものだと焼き尽くされていただろう。

 だが相手は高位の吸血鬼なのだ。コルネリウスも、話し合いをするのに支障をきたすようなダメージを与えない、などという気遣いをする羽目になるとは思わなかった。

 

「だが素材や術者が悪いって訳じゃあないな。お前、その身体になってどれぐらいだ」

「二十四時間経ってないです、はい」

「……正真正銘の新人か。確かに俺の運は悪かったようだ」

 

 なにせトーニオは簡単な魔術すら使わずに戦っていたのだ。またコルネリウスが見る分には、戦闘における何かしらの技能があるようにも思えなかった。転化したてという情報も踏まえれば、トーニオはコルネリウスが求めるような情報を見てはいても、理解し説明することは難しいかもしれない。

 

 コルネリウスは尾行を考慮して、魔術的な保険を何重にもかけつつここまで来た。その上でそれを突破され、目撃されてもいいように、人である時間帯を選んでいる。

 だが吸血鬼とは同じ種族であろうと荒事に発展しかねない相手。餌扱いの人の身で向かえば、十中八九はやり合う羽目になる。実のところ話し合いを蹴られるのは想定内だったのだ。

 よってコルネリウスは話し合いがしやすい『夜』までどの程度の時間を取るかも、多数の作業を並行してこなす中で割と悩んでいた。その成果としては、なんとも寂しいものであろう。

 

「不幸中の幸いだが、お前の相手が片手間で出来たから外はちゃんと見張れててな。ここに他人が向かってる様子は無い」

「……シニョーレ、それはつまり目撃者はいないってことですよね? 今から俺の口に石が詰め込まれるように思えて、とても恐ろしいんすが」

「なんだ、バラバラにされた挙句、身体中に呪い刻まれて車のトランクにでも突っ込まれるのがお望みか?」

 

 必死に首を横に振るトーニオを見て、コルネリウスは笑う。

 

「安心しろ、何度も言った通り話し合いが目的だよ。だがお前からすれば無理な注文だろうから……そのまま少し待て。『夜』になればすぐわかる」

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあシニョール・コルバッハは、HLを身一つで生き抜き、武闘派として鳴らしてる上に金まであるんすね! でもって、俺も血界の眷属ならそうなれるってことすか! 女も選り取り見取りだろうなぁ夢が広がってきた!」

「……あのなぁトーニオ、お前自分がどういった存在で、半日前にどんな目に遭ったかもう忘れたのか」

 

 机の上に並ぶ大量の酒瓶や軽食。それを遠慮せず飲み食いしていくトーニオの前で、コルネリウスは呆れたように言った。

 コルネリウスが所有するこの隠れ家は各種防音設備が整っている上、名義上は他人のものなので万一でも彼に辿り着かれる可能性は低い。よって会話内容に気をつける必要は無いが、トーニオの言動がそれを考慮したものであるとはコルネリウスにはとても思えないのだ。

 

「あー……いやでも、俺らってカメラとかに写らないんすよね? シニョール・コルバッハの情報通りならお尋ね者にもなってないみたいだし、問題無いんじゃ」

「表向きはな。お前が短期間で再生可能だと思わずに滅殺判定が出てる可能性もある。だが、単に有象無象の賞金稼ぎ共が仕掛けて大惨事を回避したいだけかもしれん」

 

 暫くは用心するに越したことはない。そう言われたトーニオは玩具を取り上げられた子供のような顔になる。

 

「えー、でも機動警察ぐらいなら一捻りっすよ俺。ライブラにさえ気をつけりゃあ、暗黒街の帝王だって夢じゃないですって絶対」

 

 その言葉に対するコルネリウスの返答は、凄まじい速度で投げつけられた空の酒瓶であった。トーニオは反射的に生成した血の刃でそれを切り裂く。二つに分かたれた瓶が壁に激突し、甲高い音を立てた。

 

「い、いきなり何するんすか!?」

「口で言うより早いからだよ。お前、今その瓶を切ろうと決めてから切ったか?」

「え? いや飛んでくるのが見えたから咄嗟に切りましたけど……」

「それじゃあいけないって話だ」

 

 吸血鬼の、しかも高位のそれは世界中の殆どの種より高いスペックを持つ。常人であれば視認すら難しい速度で飛来する瓶も、目で追えるだろう。

 だがそれに対して受け止めるか切り裂くか、あるいは違う選択肢を取るのか。選ぶことが出来ず、身体能力頼りで反射的に対処している内は、戦士の肉体を手に入れた赤子でしかない。

 

「魔術が使える訳でも、戦闘の経験が豊富な訳でもない。その程度の吸血鬼がでかい顔しようもんなら、素材が良かろうが百回は滅殺されるぞ」

「そういうもんですかね?」

「そういうもんだ。大物と敵対するなら、限定的に召喚された神性存在をぶち当てられたり、亜空間に飛ばされて戻ってこれなくなるぐらいは覚悟しておくんだな」

「なるほど……つまりそういうコネや力が無さそうな中堅相手ならいけると」

 

 事実ではあるが、危機感の足りないトーニオにコルネリウスは溜息ひとつ。彼が下手を打った結果、コルネリウスの正体にまで辿り着かれるのが一番の懸念なのだ。

 コルネリウスの情報を漏らさぬよう、釘は刺してある。だが情報を引き出すだけであれば、この街では本人の意思なぞ無視出来るとコルネリウスはよく知っている。故に彼はトーニオに対して、昼は弱体化する程度にしか伝えていない。そして『記憶』に関しては話題にもしていなかった。

 

「同行者が全滅したとはいえ、正規の手続きで来たんだ。陸路でHLPDの手が及ばない二重門を経て街を出れば、"外"で好き勝手生きれるだろうに」

「それも夢がありますねぇ。……でも、俺にはマスターシニョリータがいますから」

 

 HLに比べれば格段に安全な"外"での栄華。コルネリウスが提案するそれをまるで興味無さそうに蹴ったトーニオの表情は、今までの能天気なものと違い暗いものだ。

 

「……すぐに、お前一人で解決出来る問題でもあるまいに」

 

 コルネリウスはトーニオが吸血鬼になるまでの経緯を彼から聞いている。

 死にかけていたところをシチリアマフィアに拾われ、それ以降ボスに可愛がられていたトーニオ。なんだかんだで親分のために命を賭ける覚悟もあった彼が、組織内の主導権争いのためあっさりと吸血鬼への贄とされた……どころか、彼が拾われた時からそのつもりだった可能性。

 そんな地獄へと片足突っ込んだトーニオを救ってくれたのが、彼がマスターシニョリータと呼ぶ血界の眷属だという。契約を破棄する形でマフィアを殺し、トーニオを転化させてくれた女性にトーニオは惚れているし、多大な恩義を感じている。

 

「ボス……元ボスや兄貴達に裏切られた反動と、代わりを求める気持ちが無いとは言いませんけどね。それでも、なんとかしたいんすよ」

 

 急に湿っぽい声になったトーニオの主は、半日前に起きたライブラとの戦いに敗れ行方知れずとなっている。

 その戦闘においてトーニオは途中離脱を余儀なくされたため、敗北に至った詳細な過程はわからない。だがコルネリウスが話を聞く限り、おそらくはライブラのリーダーであるクラウス・∨・ラインヘルツに敗れたのだろう。

 クラウスが使う『ブレングリード流血闘術』に関しては、コルネリウスの吸血鬼、そして人の記憶に断片的だが情報があった。コルネリウスはそれを整理しつつ話す。

 

「滅獄の術式が何をどこまで出来るかは俺も知らん。だが知る限りでは、未だ長老級を滅ぼすには至っていない……つまり、お前の主は封印された可能性が高い」

「ってことは、マスターシニョリータは生きてるってことですよね!!」

「おそらくはな。だが長老級を封印したんだ。その身柄はどこかに移されてるだろうし、徒手空拳で探すのはまず不可能だろう」

 

 探知妨害や情報隠蔽などは、対吸血鬼専門家が集う『牙狩り』と名乗る組織が全面的かつ慎重なバックアップをしているだろう。例えばトーニオが牙狩りの支部を闇雲に襲ったところで、有益な情報が手に入るとは思えない。下手すれば返り討ちだ。

 

「シニョール・コルバッハの協力は……駄目、ですね、はい」

「ただでさえ損しかしないってのに、主の『諱名』を他人に伝えかけるようなトーシロと組んでたまるか」

 

 『諱名』とはその者の本質を表す名。様々な意味と効果があるが、簡単に言えば長老級であろうと知られるだけで致命的なものだ。

 彼の主が敗れた戦いで敵が知っていたというそれ。トーニオ自身一部しか聞き取れておらず、またコルネリウスが殴って止めたので彼が知ることは回避できた。しかしそうでなければ、非常によろしくないことになっていたのだ。将来トーニオの主が助けられたとして、コルネリウスに凄まじい警戒心を抱かれるのは間違いなかったろう。

 諱名を握っている分戦闘は優位に進む。しかし油断していない長老級と戦うのは、そう簡単な話ではない。特に、コルネリウスのように明確な弱点がある身では。

 

「他のお仲間に手伝ってもらうとか、出来ないんですかねぇ」

「世間じゃ一括りにされようが、本当の意味で同族意識を持ってる奴は少ない。個人間の関係次第ってとこだろうな」

 

 助けるにしても裏の思惑を持つ者もいるだろう。下手をすれば人間如きに負けたと怒って、戦いを仕掛ける者すらいるはずだ。なんら希望を持てない回答に、トーニオは八方塞がりだと情けない声をあげつつ机に突っ伏した。

 

「転化したばかりの時は、『血界の眷属』は最強で何でも思い通りになる世界の覇者。そう思ってたのに、ままならないもんなんすね……」

「……そもそも俺達が種として最強だなんて考えは捨てろ」

 

 苦々しい表情のコルネリウスを見て、トーニオは首を傾げる。

 

「でも神様みたいな連中を除けば、最強みたいなものじゃないんですか?」

「その手合いを遠い世界の存在だと思うな、ってことだよ」

 

 手近にあった酒瓶の蓋を指で外しながら、コルネリウスは続ける。

 

「『血界の眷属』という呼び名を、何故俺達自身が使ってると思う」

「へ? そりゃあ……そういうもんなんじゃ」

「ああ、そういうもんだ。つまり、俺達は『眷属』なんだよ」

 

 心底忌々しそうに吐き捨て、手に持った酒瓶を口元で傾けるコルネリウス。

 

「科学的にも魔術的にも実証されたことだが、俺達は作られた存在だ」

「誰にですか?」

「探らん方がいい。……この世に存在する無数の種の殆どを下等生物とみなしているような奴ですら、自らを『眷属』と称すそれを他種族の戯言とは言わん」

 

 言いたくもないことを口にするには必要なのか、コルネリウスが持つ酒瓶の中身はあっという間に無くなってしまった。彼はそれを机に置く。

 

「自らの意思に関係なく眷属として生み出された俺達は、俺達を作り出せるような存在同士のラグナロクにいつ招集されてもおかしくない。……被害妄想だと切り捨てたきゃすればいい」

 

 所々欠落しているせいで、本来なら取っ掛かりを掴めず思い出せそうにない記憶。にも関わらず、コルネリウスの脳裏にこびりついて離れないその考え。彼は瓶の底に残った僅かな酒を眺めながら続ける。

 

「だが今ある万能感や自由は、異界や……あるいは人界という入れ物に限った話だ。ガラス一枚隔てた"外"の連中が瓶の中身をどう扱うかなんて、わかったもんじゃないぞ」

「……心には留めておきます。――――でも、俺は瓶の中でも水のように自由に動けるならそれでいいかなって。という訳で、これから世界的組織に愛のため挑む俺に、オススメの店とか奢ってくださいよ!」

「お前ほんと切り替え早いよなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 胡麻を摺る技術に関しては光るものを持つトーニオの猛攻もあり、コルネリウスは彼を連れて夜のHLに繰り出すことにした。そもコルネリウスは彼の目的こそ手伝わないが、情報提供の礼をするつもりはあったので渋る程でもない。無一文で放り出し、チンピラ相手にでも暴れさせた結果足がつくことを恐れたのもあるが。

 

 コルネリウスはトーニオが手配されている前提で物事を考えていた。なのでトーニオの希望に沿うことと安全性の両立はなかなかに面倒であったが、ここがHLである以上条件に合う店が無いということはあり得ない。

 暫く後、コルネリウスと、彼に渡された当座の軍資金で服装を整えたトーニオは一軒の見るからにお高いナイトクラブの前に立っていた。

 

「あれ、個室があるような店じゃないんですね」

「情報が漏れ辛い反面、知られた時面倒だからな。その点この店なら……まぁ理由は色々あるんだが、店員が情報を売る心配が無いってのが一番の理由だな」

「そりゃ凄いっすね。何か弱みでも握ってるとか?」

「いや、一応秘密なんだが、店員全てロボみたいなもんなんだよ。ちなみに全機並列操作してるオーナーは、性別的には雄だ。生身だからって女店員に誘われてもホイホイついてくなよ、色々抜かれるぞ」

「知りたくなかった……」

 

 夢が壊れたとばかりに落ち込むトーニオだが、女性客もいると当然の事実を指摘された途端に活力を取り戻した。コルネリウスはそんなトーニオに一枚のICカードを渡して暫しの待機を言いつけ、自らは先に店へと向かう。渡したICは幾つかの機能を持つが、この場合はナイトクラブの会員からの招待券だ。使用するにあたっての制限も多々あるし、招かれる側の入店時の不便は多少増えるが、別々に入店出来るというのはこの状況においてはありがたい。

 

 入店チェックをパスしたコルネリウスは、店員にトーニオの件を伝えて先へと進む。正面に広がるステージと、そこで繰り広げられる芸術性にも重きを置いた夜のショー。それを一瞥すらせず二階へと向かい、入店時より厳重なチェックを経てテーブル席へ。

 この店では一階と二階の接客内容は大分違う。店員と客が行き交い、客同士の交流も多い一階。それに対して二階は客のパーソナルスペースを重視した設計・接客だ。どちらも決して安くはないのだが、単純に言えば二階の方が高級感がある。

 

 コルネリウスはソファに座り適当な酒を頼んだ後、案内役の店員にトーニオと、場合によっては彼が引っ掛けた相手も二階に来られるように頼んでおく。店員は指導の行き届いた丁寧な対応でそれを了承した後、コルネリウスと個人的な交流のあるオーナーとしての顔で興味を示してきた。

 表情や口調、そして雰囲気まで、まるでスイッチが切り替わったかのようなその姿。事情を知る者であっても不気味に思う者が大半らしいが、コルネリウスは慣れたものだ。死地を一人だけ脱した、HL一年生にしては見所がある三下だと適当に返す。対するオーナーはそれを頭から信じた訳でもなかろうが、他の"機体"からの情報でもあったのだろう。どこか納得したように頷いた後、再度店員の顔へと戻り仕事へと戻っていった。

 

「ども、お待たせしました」

「なんだ、お前一人か。何だったら別に席取るから気にしなくていいと言ったろうに」

 

 少し経つとトーニオが店員に案内され、コルネリウスの席へとやって来る。遠慮したのか、あるいは自分の金でないことがナンパに差し障るのか。そういったことに疎いコルネリウスから、興味本位で聞かれたトーニオは苦笑した。

 

「俺も常に女の尻追っかけてる訳じゃないですよ。七割ぐらいです」

「残り三割は?」

「睡眠時間ですね。いや、俺この手の店で性欲煽るだけじゃないショー見るの初めてなんでちょっと感動しまして。今夜ぐらいはいいかなって」

「そうか。ちなみにあれも操作してるのは」

「あっやめて、それ言わないで」

 

 グラスを片手にたわいない会話に興じるコルネリウスとトーニオ。トーニオはマフィアだった頃の経験、というのも妙であるが、会話を盛り上げるのが上手い。そしてコルネリウスも祭司団の一件で『記憶』に関するごたごたが起きて以降、夜は忙しくこういった時間は久々だったので思いの外楽しめていた。

 

「じゃあHLでも選挙があるんですか。人間以外が投票用紙に……ここじゃタッチパネルとかなのかな。チェックマーク入れてる姿ってなんか想像出来ませんね」

「この街に住むなら異界存在と呼ぶようにした方が面倒が少ないぞ。まぁ、HLらしいお祭り騒ぎだな。あと弱い候補者は死ぬ。候補者一覧表でビンゴをするのが流行りになりつつあるぐらいだ」

「それ二桁余裕ってことですよね……?」

 

 何せ世界で唯一無二の境界都市だ。話の種は尽きることはなく、時間と酒は瞬く間に費やされる。

 このままでは店を出る時には『人』へと戻っていてもおかしくない。などとコルネリウスが頭の片隅で考え、しかし追加の注文をした時のことだった。

 

「てめぇ、こっちが黙ってりゃ良い気になりやがって!!」

 

 他人を脅すために最適な声というのは、自然に出るものではない。良く練習したことがわかる、しかしこの場では聞きたくないそれ。

 この手の店に裏社会の人間が通うことは珍しくない。店側も無用なトラブルを避けるため、工夫はしている。座席の周囲を覆う注意しなければ見えないカーテンは、他の席のみを対象とした防音や視界の調整を行ってくれる高級品。それも他の席に座ってる客や私物だけが見えないという代物だ。客側も相応の配慮をするのであれば、本来揉め事など起きようがない。

 

「あー、こういう時耳が良すぎるのも嫌なもんすね」

「まったくだ。だが俺達が割って入る訳にもいかん。少し視界は狭まるが、そっちのボタンで防音レベルを上げてくれ」

「へーい…………ん?」

 

 ソファの肘掛けに内蔵されたリモコンを操作しようとしたトーニオが、何かに気付いたかのように動きを止めた。訝しんだコルネリウスが何事か訪ねても反応せず、真剣な顔で聞き耳を立てている。

 この状況で集中せねば聞き取れない、逆に言えば意識すれば聞き取れる程度に大きな声は少なかった。しかもその全てが同じ方向から――先程の声が聞こえてきたあたりからとなると、コルネリウスは雲行きの怪しさを感じられずにはいられない。

 

「おいトーニオ、一体何を気にしてるんだ」

「今怒ってる連中の相手に、俺の古巣の奴等が混ざってました」

「そうか。だがタイミングが気になるとはいえ、今のお前の立場は――」

 

 その言葉を遮るように立ち上がり、声のする方向へと歩いて行くトーニオ。肩を怒らせて表情にも怒気を滲ませたそれは、明らかに旧交を温める目的ではない。

 コルネリウスはトーニオを拘束することも考えた。だがこのままだと起きる騒動と、彼を納得させられない場合に起きる騒動を天秤にかけ、結局は様子を見るに留める。どちらにせよろくなことにならないと、半ば諦めの気持ちもあったが。

 

 コルネリウスはカーテンを操作することなく、魔術によって正常な視界を確保する。彼の視線の先、トーニオはついに声の下へと辿り着き、未だ怒り冷めやらぬ様子の男を押しのけて言った。

 

「レミージョてめぇ、上の許しもなく他の組織と協力関係を結ぼうってのはどういう了見だ! 返答次第じゃただじゃおかねぇぞ!」

 

 裏切られ、捨てられた組織のことで何を今更。コルネリウスはそう思いつつ、空になっていたグラスに酒を注いだ。どうも今日のHLの夜は普段より長く、騒がしいようであった。

 

 

 


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