「お父様いま帰りました。」
「おお、帰ったかワシの可愛いフローラよ。」
フローラさんの愛らしい挨拶と共にバハラタの村へと帰った私たちは、彼女の家であるお店の扉を開けた。
あのヘンテコな髪型の中年ルドマンさんがすぐ様抱きつき再会を喜び合う姿を想像していたのですが……
お店の中は緊張に包まれていました。偉大なる大精霊である私には何が起きているのか即座に理解しました。
と言うのも……
「くっさ!!な、何よこの店、めっちゃ臭いんですけど!!」
「これはもはや魔瘴だな。」
私の悲鳴にも近い叫びにボッチ(エスターク)が答える。
そう、私たちはこれが何者の仕業かを知っているのです。私たち勇者一行の視線は壁際にある一つの壺に集まる。
あの澄み切った空のような蒼い壺が、今は炎が吹き出しそうなほど真っ赤になってガタガタと振動を立てている。
ルドマンさんの話しによれば『ブォーン』という名の魔物が封じられているというあの壺です。
濃い魔力が魔瘴と化し、ルドマンさんをはじめとしたアンディさんにデボラさん、そして今入ったフローラさんまでもが息を切らして苦しそうにしている。すみません、言い間違えました。アンディさんは瘴気とは関係なくヘロヘロでしたね。
訂正しておきます。
「ね、ねぇコレどうする?」
私は小声で仲間2人に話しかけると、勇者はさも当然だと言わんばかりに小声で答える。
「これただ赤いだけじゃねーのか?コレがブォーンとかいう魔物の復活の予兆なんて誰も確信ないんだよな?無視してよくね?」
「珍しく意見が合うわね、そうよね。私たちはあくまでも盗賊団に拐われたフローラさんの救出を頼まれた〝だけ〝だものね?ね?」
「キサマ、それでも元何とかか?情けない。」
「煩いわねボッチ!私は元じゃないわよ現役よ現役!」
「キサマ!オレはボッチじゃないと何度言えば分かるんだ!オレはソロだ。それに今はキサマらのパーティじゃないか。」
興奮ぎみに反論するボッチの魔力に反応したかのように赤い壺は更に濃い魔瘴を発する。こうなると普通の人はもう意識を保つことも出来ないようで、ルドマンさん一家+オマケ1人は気を失ってしまった。
「コイツ(ブォーン)、オレがいる事に気付いていながら随分と調子に乗って魔力を放出してくれるじゃねーか…グェ!」
黒い笑いを浮かべながら二振りの剣を手にし構えるボッチ(エスターク)の首根っこをグイッと引き寄せた勇者は
「余計なことすんなよエスターク。」
「何だよ、マコトはオレがブォーンに勝てないって言うのか?」
「そうは言ってねーけど、魔物の間でもそれなりに有名な奴なんだろ?第一に面倒くさい。今なら誰も見てないしトンズラしちまおうぜ。」
「そうですぜ。マコトのアニキの言う通り、ここは一旦引きましょうぜ。」
背後から会話に混ざる…覆面パンツ。
「……なんでいるんだよおまえ。」
さすがのマコトも冷静に変態にツッコミを入れる。
「何言ってんすか、あっしも仲間に入れてくださいよ。あっしはアニキの強さに惚れたんです。しかもアニキはあのオルテガさんの息子なんですよね?これは運命の出会いじゃねーですか。」
「そんな運命の出会いならいらねーよ!」
そう、マコトにコテンパにやられた盗賊団の首領、カンダタこと覆面パンツは、あろうことかパーティに入りたいとか抜かし、勝手に付いて来ちゃいやがりました。
当然私は反対です。
「いらねーよ。第一パーティ枠がねぇよ。そんな大人数の食費とか装備とかを賄う金もねーし。」
「金ならあっしに任せてくだせー。またべっぴんを掻っ攫って金策をしやすから。」
「勇者一行が誘拐なんかできるかアホ!良いか?オレ達パーティが度を続けるには節約しても何とか4人がやっとなんだ。後ろを見ろカンダタ。」
マコトに言われて人数を改めて確認する覆面パンツ
勇者マコト
僧侶ルビア
戦士エスターク
歌姫 ?
盗賊 覆面パンツ(カンダタ)
「ほらな?人数がいっぱいだ。」
「え?ちょっと待ってください。今私…人数に入っていませんでしたか?」
「何言ってんだ、もうオレたち仲間じゃないか。」
「そんな素敵な笑顔で言われても…。それに私、戦えませんよ?武器も下手だから直ぐに壊してしまいますし、呪文はセンス無いみたいで……。」
「大丈夫大丈夫。歌姫さんはいてくれるだけで癒されますから。存在そのものが僧侶っすよ。」
「マコトのアニキも分かりやすか?あっしは彼女こそが精霊神ルビスの顕現した姿そのものだと思うんすよ。」
「おお!確かに。ルビス様なら大歓迎だな。」
コイツ…本物を目の前にしてよく言う…
「そ、そんな…私がルビス様だなんて恐れ多い…。それに僧侶ならルビアさんがいるではありませか。」
蚊の鳴くような小さな声で彼女はそう言い私の方をチラ見した。
ええ、ええそうでしょうよ。私の今の表情はちょっと言葉に出来ないような表情でしょうよ。あとでマコトにはキッチリとお説教をしてやりますとも。
なんて私が考えた矢先に
「あー…ルゥはパーティメンバーではペット枠なんで。気にしないで良いっすよ。」
何て言いやがります。
「なんだとー!!ちょっとマコちゃん、アンタそこに正座しなさいよ。今日という今日はもう許さないんだからね!」
「うわっ、ルゥキレるなって。些細な冗談じゃねーか。」
私がマコトに掴みかかろうとしたその時、ボッチがいつになく真剣な声で警告してきた。
「おまえ等、夫婦漫才している場合じゃないぜ。壺を見てみろ。既に光を放ちながら明滅を始めやがった。ブォーンの奴、間も無く復活するぜ。一度この店から退避した方がいい。」
「あーら、確か地獄の帝王だとか仰ってたのに、下々の魔物が復活するから逃げるんですかぁ?本当はボッチもビビってるんじゃありませんかぁ?」
「キサマ!誰がビビっているだと?復活したとてこのオレがブォーンに引導をくれてやるわ!だが、ブォーンは山ほどの巨体だ。このままこの店にいると潰されてしまうぞ?」
などと、中々に物騒な事を言う。私たちは止む無く覆面パンツとボッチ、そしてマコトの力を借りてルドマンさん一家とオマケを店の外に運び出そうとすると……
歌姫ちゃんが壺の方へと歩いていく。危ないから離れろと私たちは叫ぶが歌姫ちゃんはまるで何事も無いかのように歩み寄る。
なんだろう、私以外だれも気付いていないようですが彼女の雰囲気が少しだけ変わったような気がした。
壺はまるで彼女を威嚇するかのように濃い魔瘴を吹き出してなおも明滅を繰り返す。やがて黒い煙まで吹き出し始めた。歌姫ちゃんが壺に顔を近づけ覗き込んだその時だった。
壺がまるで何かに気付いたかのようにビクッとしたあとピタリと動きを止め真っ青になった。
先日見たような澄み切った青空のような色ではない。文字通り真っ青です。
そして耳を傾けてみると、微かにガチガチガチと歯を打ち鳴らすような音も聞こえ、しばらくすると壺の上部からピョコンと腕が出てきた。
牛のようなかぎ爪のある手には白い旗が掲げ、中央に『ごめんなさい。千年は静かにします。許してください。』と書かれていた。
「あの……こんな事が書いてあるんですけど…」
振り返った歌姫ちゃんは、先程までのゆるふわな彼女に戻っていた。
どうも最近気のせいが多いわね。ともかく
こうしてブォーンの件は、まさかのブォーンが白旗をあげることで片付きました。
そしてよがあけた
「わっはっは。やあゆかいゆかい。まさかブォーンを倒してくれるとは。さすがは勇者一行だ。」
「いや、オレたちは別に…モゴモゴ」
余計なことを言おうとするボッチ(エスターク)の口を塞ぐマコトは小声で話す。
「おいエスターク、余計な事は言わなくて良いんだよ。もしかしたら『くろこしょう』とか『船』をタダで貰えるかも知れないんだから。」
「マコト…おまえ確か勇者だよな…。おい、キサマはそれで良いのか?仮にも女神なんだろ?」
「良いんじゃない?別に嘘は吐いていないもの。ルドマンさんがかってに勘違いしているだけだし。」
「だよな?やっぱルゥだな。分かってるじゃねーか。」
声を潜めて笑う私たちをボッチが白い目で見ているけれど、悪魔っ子の視線なんか無視です。
それより気になるのは…妙に勇者の近くに寄り添うフローラさんです。しかもマコトのヤツまで鼻の下を伸ばしていやがるのがなお気にくわない。
「ほら、フローラさん。あまりマコちゃんに近寄ると不幸が移るわよ。」
そう言って彼女を引き剥がそうとすると、フローラさんはマコトの腕にしがみついた。
「お父様、私、勇者様のお嫁さんになろうかと思いますの。」
「おお!マコトくんか、それは良い。マコトくんは勇者だし、何よりブォーンを倒した者。これで我がルドマン家も安泰と言うものだ。わっはっは!」
「ちょっと!ヘンテコな髪型のジジイ(ルドマン)まで何言ってんのよ!そんなのダメに決まってるでしょ!それに貴女にはそこで転がってるミイラ男(アンディ)がいるじゃない!さっさと離れなさいよっ」
力尽くでマコトからフローラさんを引き剥がそうとするが、見た目に反した凄い力でマコトにしがみついている。
「嫌です!昨夜勇者様とは何でもないって言ってたじゃないですか!それにアンディは姉さん(デボラ)がいるから大丈夫ですよ。」
「ちょっと何言ってんのさフローラ。アンディはアンタに惚れてんのよ。だから小魚くんは私が…。」
そう言って今度はデボラさんまでもがマコトを引っ張りだしました。
「おお、マコトのアニキモテモテじゃねーすっか、羨ましいですぜ。」
覆面パンツは余計なこと言わないで良い。この状況はラチがあかない。当の本人たるマコトは鼻の下が床につくほどにだらし無い顔をしている。かくなる上は…私はそっとモーニングスターを振り上げようとすると、私の肩に手を置き、私を引き止める者がいた。
ゆるふわ(歌姫)だった。
相変わらず柔らかな微笑みを浮かべている彼女だけれど、なんだろう…ちょっと雰囲気が違う。先程のブォーンの時程ではないにしても、少しだけ違う。その彼女は
「ルビアさん、それは少しやり過ぎですよ。」
「仕方がないじゃない!この親娘3人を止めるにはこれしか無いの!邪魔しないでちょうだい。」
「ダメですよそれじゃ。村で殺人なんて犯したらルビアさんが犯罪者になってしまいますから。」
「じゃあどうすれば良いって言うのよ。」
「この状況をどうにかすれば良いのですよね?お手伝い…しましょうか。」
彼女のほんのり赤みを帯びた瞳が怪しく輝いた。
『バシルーラ!』
彼女がボソッと呪文を唱えると、空間に大きな歪みが現れた。
そしてその空間にフローラさんを始め、デボラさんにルドマンさん、ミイラ男(アンディ)に、覆面パンツが吸い込まれ、彼等は何処かへと消え去っていきました。
次の瞬間でした。
勇者とは言え人間のマコトには気づかなかったようですが、空間だけではなく、時空、時間軸、そして私の本体のいる彼の地への空間がガタガタと不穏な音を立てて干渉されるのを察知した。
このままではこの次元だけでなく全てが吹き飛んでしまう…私が長い年月を重ねて創り上げた世界が消えてしまうかも知れないと、背筋を冷やした瞬間、
「ご、ごめんなさい私…やっぱり呪文が下手で、また失敗してしまいました。すみません、すみません。」
彼女はぺこぺこと頭を下げ、無理矢理発動中のバシルーラを止め、自らも『ルーラ』で飛び去ろうとしている。訂正します。文字通り逃げ去ろうとしている。
「あ!せめて名前だけでも!」
飛び去ろうとするゆるふわ(歌姫)に勇者が叫ぶが、すでに発動した呪文のさなか、彼女の唇の動きだけでは名前までは聞き取れませんでした。
彼女の去った後に残ったのは私たち3人だけ。まぁ『バシルーラ』なら不特定先に強制的に飛ばされるのみ。きっと死んだりはしないでしょう。私たちはとりあえずもぬけの殻となったお店から『くろこしょう』を手にし、再びポルトガへと向かうことにしたのでした。
つづく
休憩時間中にこっそり投稿です♡