ロックリーの朝は早い。それはトレーニングという日課があるからだ。
毎朝決まった時間に起きて、決まった時間に朝食を食べるルーチンワーク。
それは彼が幼い頃から変わらず、欠かせないモノとなっている。
「……今日もランニング日和の、良い天気です」
そう言いながら、朝食を食べつつ、天気の具合を気にするくらいには、彼にとって大切な日課のようだ。
朝食を食べ終え、着替え、戸締りをしランニングへ向かう。
「お、リー君。おはよう」
「おはようございます! 今日も良い天気ですね!」
「おはよう、リー君。リー君は相変わらず元気だねぇ……」
近所のお爺さんやお婆さんが、ランニングをしているリーと挨拶を交わす光景も、変わらない日常だ。
だが、リーはこの当たり前のように感じるこの光景を、当たり前とは思わない。
かつて、体験した中忍試験、木の葉崩し、ペイン襲来、そして――あの大戦を知っている身では仕方が無い。
(この時代、この世界では……三代目も健在、ガイ先生も……そしてあの人も……)
そう、彼は本来この時間軸には存在しないはずだったロック・リー。
彼は走りながら、町並みを見ては眩しげに、触れては壊れてしまう宝物のように感じている。
(ボクの足掻きは無駄じゃなかった……!)
かつての記憶に想いを馳せながら、彼は今日も日課をこなしていく。
▽
「こんにちは。モミジさん」
「ん? 今日も見舞いに来てくれたんだ。ありがとう。リー君」
リーはネジに連れられて、とある部屋へ。
日向の宗家。日向ネジの護衛対象であり、日向ヒナタの姉である日向モミジの見舞いにやってきた。
必要最低限の家具に、殺風景な部屋。余計な物を欲しがらない彼女らしい、そんな場所にネジと共に入る。
ベッドに横たわっていた彼女は、起き上がり。病的までに白い肌と、細い腕を晒しながら見舞いの品を受け取る。
そも、彼女とリーは接点など無かった。
だが、一緒に修行をしようとネジを誘う為日向家に赴き、偶然ヒナタと共に庭でひなたぼっこをしている彼女に出会わなければ、接点は生まれなかったはずだ。
「相変わらずですねモミジさんは」
「何が相変わらずなのか。まるで寝ているだけのごくつぶしとでも言いたげだね?」
「あ、いえ。そう言う意味ではなく……」
「おい、リー。モミジ様に失礼だぞ」
扉の前で陣取って居たネジが、すかさず苦言を呈す。
「んふふ、ごくつぶしに違いないけどね」
「モミジ様!」
「そんな怒鳴んないでよ。冗談だよ冗談」
自虐的なモミジに怒るネジ。そしてその声を聞き、部屋にやって来る影。
「また姉さんに怒鳴ってる。ネジ兄さん……?」
白眼全開でネジを睨みつけながらモミジの部屋へやって来た日向ヒナタ。
「あ、あの……ヒナタ様? 違うんです! 誤解です!」
「姉さんをお願いしますね」
「あ、はい」
叫びながら釈明するネジを引き摺りながら、ヒナタはネジと部屋から出て行く。
こうしたやり取りも日常と言えるほどには、リーは日向家によく入り浸っている。
「騒がしくてごめんね。ネジもヒナタも育ち盛りだからね」
「え、いや、そういう問題では……」
「あはは。真面目だね。リー君は」
何故リーが、彼女を見舞いにわざわざ来ているのかと言えば。単純にネジやヒナタの姉というだけで来ているだけだ。
そこに特別な感情など無い。しいて言えば哀れみだろうか。
「貴女は何故……」
「ん?」
「貴女は何故笑っていられるんですか? もう余命幾許も無いというのに……」
「ううん? どうした、リー君」
そう。彼女は余命幾許も無い。ヒナタとネジから聞いている。そして彼女自身もそれを知っている。
かつてリーを治し、現場に復帰させた……あの医療のスペシャリストである綱手ですら、匙を投げた。死亡宣告に等しいそれを彼女は笑って済ませたらしい。
何故……彼女は笑っていられるのだろうか。ネジや自分をからかい、普通の人間のように振舞っていられるのだろうか。
子供故の、残酷な質問。大人であれば、躊躇し、けっしてしないであろう問い。
「……貴女は何故、そんなにも強いんですか」
「あー……そういう事」
もちろんリーも普段ならばこんな問いなど問わなかっただろう。
今は普段ではない。木の葉崩しという悲しい出来事があった後なのだ。サスケの里抜け、三代目火影の死。色々な悲しみがリーに降りかかる。
もっと自分に力があれば。もっと色々な事ができていれば……リーはある種の自信を無くして不安になってしまったのだ。
師であるガイと続けている修行は……果たして実を結んでいたのだろうか……意味はあったのか……
木の葉崩しの後で、少々ナーバスになっていたリーは八つ当たりのように、彼女にその鬱憤を質問でぶつけている。
「……強くなんてないよ。ただ諦めてるだけ。君のほうが……よほど人間として強い」
「えっ……?」
だが、リーにはあり方が強く見えたモミジは、自分の方が強い人間だと言う。
「慣れって怖いよねぇ……諦め癖なんて付くくらいには……」
「それはどういう……」
ふと、リーを眩しいモノのように見つめるモミジ。そんな彼女にリーは言葉を続けられなかった。
ああ、ごめんねとモミジは言って再び言葉を続ける。
「そんな滑稽な……わたしに比べて、君はハンデを物ともせず頑張り続けた。ネジはよく君の話をしていたよ。
運動オンチで忍術の才能も幻術の才能も無い。そう同級生から馬鹿にされているのに、ひたすら頑張っている愚か者とか当時は言ってたかな。
ネジは素直じゃないけど、君のあり方に憧れて、認めてもいたよ。あの子も屈折した難しい子だけど、そういう直向な君を見て何か感じたんだろうね。
それからかな。ネジはいい方向に変わったよ。無駄に他者を見下すような事はしなくなったし、今では君をライバルと目標みたいに思って日々修行しているよ。
……わたしはほら、稽古つけてあげようにも血吐いちゃうし、あの子に何もしてあげられなかったし……感謝してるよ」
「……そうだったんですか」
勝手に憧れライバルだと思っていた。そんなネジは自分を認めていたらしい。
モミジの独白にリーは胸が熱くなる。ネジは自分の事をそんな風に思ってくれていたのかと。
「だがら自信を持っていい。君は強い。わたしが認める。かつて日向の天災と言われたわたしが。
諦めなければ良い。他人の誰かに認められなくても、貶されようと……たった一人でも認める人間が居ればそれは本物だ。
君は君が信じる道を行けば良い。貫き通せば、それは一つの真実になる」
かつて日向の天災として名声があった日向モミジ。特別上忍になるまでは第一線で活躍していた人物。
だが病が発病してからは自宅で療養する日々。かつての鬼才は、ただのゴクツブシと里の者から陰口を叩かれるようになった。
そんな彼女だが、けして腐る事は無かった。
稽古をつけたりは出来ないが、ネジやヒナタに口頭でアドバイスもするし、日向一族の長老達の色々な相談にも乗る。
そんなモミジをネジやヒナタは、日向一族は、けっして貶したりしない。
日向家の長老達は、いまだにモミジを次期長として押しているくらい彼女は評価されている。
日向モミジに対してリーも、ある種の憧れを抱いていたのかもしれない。
そんな彼女やネジに認められているのだ。リーの胸に消えかけていた火が、再び激しい炎となる。
「……ありがとうございます。モミジさん。少し自分に自信が持てました」
「うん。悩みが少しでも晴れたなら良かった。 ……わたしにも君のような直向さがあったなら……まだこの世界で足掻いていたのかな」
「えっ」
「あー……柄じゃない。やめやめ。笑顔で平和。それが一番だね。若者よ、大いに悩みながら前進していけ」
「あ、はい。頑張ります! 今日はありがとうございました!」
小声でボソリと呟くその言葉はリーには聞こえなかった。彼女には彼女にしかわからない悩みがあるのだろう。
リーは笑顔を取り戻す。その直向さは、努力の天才と、どこかの誰かに言われるほどに輝いていく……
▽
「そんな……」
ペイン襲来後、多くの忍達が死んでは蘇った。だが、その蘇った中に日向モミジは居なかった。
ネジやヒナタも日向一族の長老達も嘆き悲しんでいる。
綱手が言うには、まだもう少し生きられたはずだ。延命措置を施していた。なのに何故。
この日から、リーの輝きにかげりが出る。ほんの少し、だがそれは染みのように広がっていく。
そんなリーの心情のように、世界にもそのかげりが広がり始める。
第四次忍界大戦が始まり、数多くの忍が散っていった。ネジが亡くなった。
――また一人、未熟だった自分を認めてくれていた人が居なくなってしまった。
そして終戦間際に、師として尊敬していたガイも亡くなった。
――また一人、自分を認めてくれていた人が居なくなった。
そして大筒木カグヤとの戦い。ヒナタもナルトを庇って亡くなった。
悲しみの連鎖。それでもナルトやリーは懸命に努力し、何とかカグヤを撃退し、その後、五大国と協力しつつ平和を保ち続けた。
だが、そんな頑張りを嘲笑うかのように、木の葉の里は滅んでしまった。否。忍世界は滅んでしまった。
今では忍と呼べるモノは片手で数えられるほどに減った。
リーは思う。何故こうなってしまったのだろう。どうすれば良かったのだろうか。自分は、自分たちは間違っていたのだろうか。
後悔と悲しみにくれるリー。だが、そんな彼に言葉をかける仲間はもう居ない。
「ボクはずっと木の葉のために……何が出来るかを……探しました……」
朽ち果て、ボロボロになった墓標に彼は語りかける。
「その何かを、何度も、見失いそうになったりしましたが……ボクは貴女の言葉や、ガイ先生の言葉を胸に頑張ってきました」
彼の心境はどういうものなのだろうか。悲しみか憎悪か。それとも諦観か。
「ボクは……間違って……いたのでしょうか……」
涙は枯れ果てたはずだ。だが流れるコレは何だろうか。
「……もう誰もボクに教えてくれません」
彼は今、後悔しかない。かつて灯った火は消えかかっていた。
できるならば、あの頃に戻りたい。ヒナタやネジ、モミジが笑い合っていた日々。
同期の面々と馬鹿をやりながら、笑っていた日々。
かつて交わした言葉を胸に、彼はひたすら進んだ。その結果がこれでは報われない。あまりにも報われない。
そんな彼に不思議な事が起こった。リーは光に包まれる。
空から人影が降ってくる。そう、文字通り降って来た。
半透明で、生きている人間ではないのは明らか。だが、その人間をリーは知っている。
「えっ」
『後悔しておるのか。ならば戻してやろう』
それはかつて忍界大戦時、穢土転生で蘇った時に見た、初代火影柱間だった。
『お前に全てを託す……笑顔になれるとよいな……』
そんな言葉を最後に、彼はこの時代から消える。
▽
気付けば彼は、ガイに出会う前の幼子へと戻っていた。摩訶不思議な出来事に彼は困惑した。
何が起きたのだろうか。時間移動? だが……リーは難しい事を考える事をやめた。
「何だっていい……これは
二度と、あの悲しみを繰り返してはならない。リーの心に再び火が灯された。
再び師と出会い。彼は今まで以上に修行をする。聞けば彼の師であるガイも似たような境遇らしい。
ならばと、二人は己が信じる道を突き進む。悲しみを背負いながら、彼らは歩み続ける。
気付けばガイもリーも凄まじい忍になっていた。ソレはこの時代の五影と互角の実力。
火影に相談し、対峙し、戦い、認めさせて、自由に行動できるようになった。
ふと、リーは彼女の事を思い出す。自分を認めてくれた一人である。日向モミジを。
だが、彼女は同じ存在かを疑うほどに行動的だった。気付けば、既に彼女は木の葉から抜けていた。
彼女も……もしかしたら、自分達と似たような存在なのかもしれない。
ならば、道は再び交わるだろう。彼は、彼女の邪魔にならないようにガイと共に戦い続ける。
ふと、音の里にて……彼女の様子を見に来たリー。
大蛇丸と和やかに過ごす彼女を見て、少し寂しい思いを感じる。
「……覚えていますか? ボクは貴女の言葉を忘れない」
けして届かぬであろう小さい言葉。そんな言葉と共に彼は再び駆ける。
己の信じる道を師と共に。
――I will start over again and again for your word.